12
電磁界シミュレーションの 基礎知識 時間領域で解決する

時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

電磁界シミュレーションの基礎知識

時間領域で解決する

Page 2: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

2 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis

今日にいたるまでに多種多様な電子電気機器の設計開発過程で電磁界シミュレーションが必要とされ、それに応じるようにさまざまな解析法が開発されてきました。あらゆる応用のそれぞれに高精度の解を早く導き出すための研究が今も続けられています。この冊子ではそうした解析法のなかでも特に時間領域の解析法に焦点を当てて解説します。まず 3 つの主要な時間領域解析法について特長と概念を述べた後、周波数領域解析法と、やや特殊な時間領域解析法を簡単に紹介します。後半は応用例を挙げて、時間領域解析の特長的な機能と有用性を解説します。

時間領域解析の特長時間領域の解析法は、FDTD(Finite Difference

Time Domain)の発表(Yee、1966 年)[1] を機に目覚ましい進歩を遂げ、電磁界解析において周波数領域解析と並ぶ重要な位置を占めるに至りました [2]。3 次元時間領域解析についてはこれまでに多くの解析法が発表されましたが、現在入手可能な商用ソフトウェアの大半は上記 FDTD、TLM(伝送線路行列、1971 年)[3][4]、および FIT(有限積分法、1977 年)[5][6] のいずれかに基づきます。以下では、これらの解析法を中心に説明します。

3 つの解析法は、いずれも陽解法の時間積分アルゴリズムに基づきます。また、下記の二点で周波数領域解析法と大きく異なります:• 線形方程式を解く必要が無い。時間領域解析

のアルゴリズムは、疎行列についてタイムステップごとにベクトル乗算を行うのみである。

• 計算に必要なコンピュータ資源(特にメモリ)と未知数が比例する。

上記は、特にボリュームベースの周波数領域解析と対比させた場合に、時間領域解析の際立った長所となります。

短所としては、タイムステップがメッシュに依存する点が挙げられます。陽解法の時間領域解析では、メッシュサイズが小さいほどタイムステップは小さくなり、シミュレーションの安定性が増す一方で、計算時間は増加します。タイムステップの上限はシステム行列の固有スペクトルによって決まります。シンプルなケースではこれをクーラン条件で近似することができます[11]。とはいえ、基本的な空間離散アルゴリズムを変更する場合、それがどのような変更であっても

不安定さを招くおそれがあります。FITは上記の問題を明快に示し、適切な解を導き出します[12]。

直交格子(グリッド)を用いる時間領域解析では他の解析法と比較して分散誤差(dispersion error)が大きな問題になります。分散誤差が生じる要因は、格子を通過する波の伝搬速度がその方向に依存することにあります。ただし多くの場合、この誤差は抑制することができます。

以 上、3つ の 時 間 領 域 解 析 法(FDTD、TLM、FIT)に共通の長所と短所について説明しました。一方、これらの解析法には相違点も少なくありません。以下、この相違点について述べます。

FDTDは微分方程式を差分法によって離散化する手法で、メッシュの向きは必ず座標軸方向に一致します。通常は直交メッシュを使用しますが、それ以外のメッシュによるスキームもあります[2]。

FITは、メッシュセルのエッジに沿う電圧とメッシュセル表面を通過する磁束を用いて、格子空間におけるMaxwell Grid方程式を記述します。この方法は時間領域ばかりでなく周波数領域にも、またどのようなメッシュにも使用可能です[7][8][9]。

TLMは、小さい伝送線路を大きいメッシュで模擬して、波動の伝搬を表現します。FDTDやFITに比較してメッシュセルあたりの未知数が多くなりますが、 半セルずらした格子(staggered grid)を必要としない[1][6] ためTLMの電磁界モデルは集中定数回路素子と容易に接続できます。また、構造細部に対しマクロモデルを適用し、微細なメッシュが生成されるのを回避できます。

陽解法による時間積分は基本的に直方形の直交メッシュを使用し、曲面形状をいわゆる階段状近似で表現します。この粗い近似では誤差が大きくなる傾向があります。誤差を抑制するには、従来はメッシュを非常に細かくするしかありませんでしたが、現在では新しい技術が開発され、メモリ効率に優れるFDTDの長所を損なうことなく形状近似が改善されています[10][13]。階段状近似ではひとつのセルは単一材質で占められますが、この技術ではひとつのセルが2つの材質で占められることが許容されます。また、特別なアルゴリズムを用いてそれらの材質の境界を正確に考慮します。その結果、下記の二通りの働きによりシミュレーションの高速化に寄与します:

Page 3: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 3

時間領域の手法

・陽解法FDTDTLMFIT

・陰解法時間領域有限要素法時間領域積分法有限差分法

周波数領域の手法

FEMFITモーメント法

• 階段状メッシュに比較して少ないメッシュセル数で目的の精度に達することができる

• 階段状メッシュに比較してメッシュセルのサイズが大きくなり、したがってタイムステップも大きくなる

上記技術を使用すると、メッシュを最適化するプロセスにおいても収束が向上します。階段状メッシュに比較して収束が早く、安定性の面でも優れます。

周波数領域解析の特長周波数領域解析は上記の解析法(FDTD、TLM、

FIT)と同様に商用ソフトウェアで広く使用されており、なかでもFEM(有限要素法)は最もよく知られた解析法です[24]。FEMは四面体メッシュを使用し、四面体が本来的に柔軟性に富む形状であることから、形状近似において優れます。その反面、直交メッシュに比較して生成過程が複雑で時間もかかります。

FEM による解析では周波数点ごとに連立方程式を解く必要があります。十数年前までは、このことが周波数領域解析の大きな欠点でした。近年では連立方程式の解法が進歩するとともに、計算アルゴリズムの効率が向上しています。さらに並列計算や分散計算を用いて、相当に規模の大きい問題についても周波数領域解析で解を求められるようになりました。それでも、今日の時間領域解析が扱う、未知数が 100 億にも及ぶような超大規模問題は、周波数領域解析の守備範囲をはるかに超えます。四面体メッシュの周波数領域解析で扱えるのはせいぜい数千万メッシュセル程度であり、時間領域解析で計算可能なメッシュセルの 100分の 1 程度にとどまります。

一方、低周波問題や Q の高い問題では立場が逆転し、周波数領域解析に優位性があります。Q の高い問題ではすべての信号が 0 まで減衰するのに時間がかかり、したがって時間領域解析に長時間を要します。これとは別に、周波数領域の計算には任意の周期的境界の設定が可能で、無限周期構造のシミュレーションが行えるメリットがあります。

周波数領域解析にはオブジェクトの表面を離散化する解析法があります [25]。積分計算が複雑になり

ますが、ボリュームではなくオブジェクトの表面だけを離散化するため(サーフェスメッシュ)総メッシュ数を抑えた大規模空間の解析が可能となります。ボリュームメッシュによる解析法と異なり、サーフェスメッシュによる解析法には分散誤差の問題がありません。この解析法について詳しくは『始める前に読む!電磁界解析の基礎知識(原題 “A practical guide to 3D simulation”)』を参照してください。

その他の時間領域解析法上記以外の、あまり知られていない時間領域解析法

について説明します。時間領域有限要素法 [15] と時間領域積分法 [16] は、

直交格子より柔軟性に富む四面体や三角形の格子を使用することで曲面形状近似の改善を図る解析法です。どちらも陰解法の時間領域積分を行い、細かいタイムステップを必要とせず、したがって陽解法に比較してシミュレーションのタイムステップ数が大幅に少なくて済みます。陰解法の時間領域解析には直交格子を使用する有限差分法もあります [17]。ただ、陰解法のアルゴリズムでは、いずれの解析法も線形連立方程式をタイムステップごとに解く必要があり、これが大きな難点となります。概して陰解法は陽解法に比較して、より多くの時間とメモリを必要とします。

近年になって流体力学から導入された解法にdiscontinuous Galerkin 法があります [18]。Galerkin 法は四面体格子を使用することができます。また、FDTD、TLM、FIT と同様な陽解法の長所を備えており、大規模問題の精度に関して有望な解法です。しかし現在はまだ開発の初期段階にあって、シミュレーション時間とメモリの必要量の両方に改善の余地を残しています。

図1 : 主な3次元数値解析法

Page 4: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

4 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis

以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域アルゴリズムは陰解法と陽解法のいずれも、現状ではまだ形状近似の精度を向上させる決定打にはなっていません。時間領域解析は盛んに研究が進められている分野であり、上記の解析法以外にもこれまでに有限容積時間領域法(finite-volume time-domain)[26]、疑似スペクトル時間領域法(PSTD: pseudo spectral time-domain)[27]、多重解像度時間領域法(MRTD: multiresolution time-domain)[28]、高次 FDTD スキーム [29] が発表されています。

時間領域 vs. 周波数領域先述の通り、問題の規模が大きい場合は明らかに時

間領域解析が有利です。これ以外にも時間領域解析は周波数領域解析に無い下記の特長を備えます:• 任意の時間信号を励起信号にできる• 1 回のシミュレーションのみで広帯域を計算し

複数の周波数点における結果を求める• 過渡電磁界の解析(トランジェント解析)• 非線形効果の考慮これとは対照的に周波数領域解析法は低周波問題や

固有モード計算、共振性の高い構造の問題に適します。下表に電磁界問題に対する時間領域解析と周波数領

域解析(ボリュームベース)の適合性を、問題の種類別に示します。原理的には、荷電粒子が存在しない線

形のシステムでは時間領域解析と周波数領域解析はフーリエ変換によって移行可能であるので、このような適不適は存在しないはずですが、実際には計算効率の面で違いが生じる可能性があり、表の記号はそれを含めた評価を表します。評価の値は解析効率の程度を示し、「++」は良または優、「+」は可、「-」は不適をそれぞれ表します。なお、これは決定的な評価ではなく、あくまで解析法を選択する際の目安です。

解析例以下では時間領域解析の応用について、実際の解析

例を挙げて説明します。なお、解析法は FIT と TLMを使用します [19] [20]。

広帯域シミュレーション 1:UWB アンテナUWB アンテナでは、アンテナから放射された電磁

界パルスとアンテナに入力した信号の電磁界波形が一致する必要があります。このため設計精度を高めるには時間領域解析が必須となります。

この解析例では論文 [21] のアンテナを少し変更したモデルを用います。モデル形状を図 2 に示します。このアンテナの広帯域特性は、同軸からコプレーナ導波路へのトランジションによって大きな影響を受けることが予測されるため、トランジションの最適化を目的とする解析を行います。具体的には同軸の接続面に定義したポート機能で信号を励起し、放射による近傍界および遠方界分布を計算します。図3(b)と(c)はそれぞれ励起から 0.93ns 後と 1.23ns 後の遠方界分布を示します。経過時間により遠方界分布が大きく変化しています。他方、従来の周波数軸によるモニタリング(ここには示していない)では動作周波数範囲においてダイポール特性を示し、上記の時間領域解析と明らかに異なる結果となっています。

電界プローブによる信号波形を図 3(a)に示します。減衰とともに僅かな変形が遠方界のプローブ信号に見られます。

現実的な条件下でのアンテナ特性をシミュ レーションによって求めるには、アンテナだけでなく給電や整合回路も含めた解析が必要です。アンテナの 3次元モデルと回路を接続したシミュレーションにより、現実的な遠方界信号の計算が可能となります。

時間領域 周波数領域

メッシュ生成の負荷 ++ -

過渡解析 ++ -

広帯域計算 ++ +

コシミュレーション ++ +

低周波問題 - ++

未知数が1010を超える問題 ++ -

非線形材質 ++ -

非線形コシミュレーション ++ -

電磁界および粒子ビームシミュレーション ++ -

EMCシミュレーション ++ +

固有モード計算 - ++

共振性の高い構造 - ++

周期的構造 + ++

表1:時間領域解析と周波数領域解析 (ボリュームベース)の比較

Page 5: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 5

(a) (b)

(c)(b)(a)

0

V/m9

5

V/m0.7

0.4

00 0.5 1 1.5 2 2.5t (ns)

z z ThetaTheta

PhiPhi

y y

x x

Input

Nearfield×Farfield

20

広帯域シミュレーション 2:航空機への落雷航空機への落雷の解析には、下記の理由で時間領域

解析が適します:• 入力信号が時間信号である• 大型構造を対象とする時間領域で計算した 3 次元電磁界に対しフーリエ

変換を適用することで周波数軸の電磁界分布が得られます(次頁図 4(b))。また時間領域シミュレーションでは電磁界プローブ機能により、機体の表面電流データを時間軸で記録することができます(次頁図5)。落雷によって生じる電磁界を模擬し、航空機の計器が受ける影響を調べます。計器に複合材料のような先進の材質が使用されている場合は特に、このような

落雷解析が重要な意味を持ちます。解析の手順は、まず落雷により発生する電磁界のシミュレーションを行い、次にその電磁界を励起源とするシミュレーションを実行して、計器類を含む航空機細部の電磁界を計算します。

シミュレーションの正確さ(accuracy)はメッシュのステップサイズ(step size)と密接に関係しています。これら 2 つのパラメータの設定では、下記の二点を考慮します:

第一に、伝搬する波を正確に表現するために、メッシュの分解能を十分に高くする必要があります。原則として、波長に対するステップサイズの比率を 10 以上とすることにより、高い精度が得られます。

図2 : UWBアンテナの解析モデル (a) 形状 (b) 離散化したメッシュ。新しいメッシュ技術を使用し[10]、曲面形状には材質の境界を考慮しながら直交メッシュを生成する。

図3 : UWBアンテナの解析結果 (a) 時間領域電界プローブによる観測結果 入力信号と近傍界、遠方界(アンテナ上空250mm(計算領域外))横軸は時間(ns)。遠方界信号のみ振幅を20倍にして表示。 (b) 信号入力後  0.93ns の遠方界 (c) 同1.23ns の遠方界

Page 6: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

6 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis

第二に、形状を正確に表現する必要があります。この例は MHz 帯の問題であるため、上記の原則を適用するとメッシュステップが粗くなる、つまり形状を正確に表すにはメッシュが大きくなり過ぎます。このような場合は、形状の細部を考慮してメッシュステップサイズを決めます。この方法によれば、この例のメッシュセルは 30 万となり、波形を十分正確に表現できる分解能が得られます。電磁界成分の未知数は合計190 万、パルスの持続時間を比較的長く取る必要があるためタイムステップの合計は 12 万となります。

メッシュ生成過程は短時間で終了します。実際に要した時間は、行列係数の計算に 46 秒、タイムステップ の 計 算 に 44 分 で す(Intel Core2Duo 搭 載 の PC

(3.16GHz)を使用)。

広帯域シミュレーション 3:航空機の EMC シミュレーション

前述の落雷シミュレーションは未知数 190 万の比較的規模の小さい計算例でしたが、同じ航空機でも機内の細部と搭乗者を含めて(図 6(a))900MHzの平面波で照射するシミュレーションでは問題の規模がはるかに大きくなります。そこそこ質の良い解

を得るには 1 波長あたりのメッシュステップ数を最低でも 10 に設定する必要があります。その場合は未知数が 20 億を超える計算規模になりますが、時間領域解析であれば 52GB ほどのメモリで実行可能です。それだけでなく、時間領域解析は 1 回のシミュレーションで任意の周波数範囲の電磁界データを求めることができ、広帯域計算が必要な応用に適します。この例では 0Hz から 950MHz までの計算を行います。

時間領域解析で使用される直交メッシュは、この例のように膨大な数にのぼる場合でもミリ秒のオーダーで生成されます。前の落雷解析と同様に、シミュレーションを通して、外部電磁界(図 6(b))が計器におよぼす影響の詳細な解析が可能です。ここでは平面波照射を励起原としていますが、より複雑なモデルを使用して、たとえば機内のワイヤレス通信がおよぼす影響を解析することもできます。

今回の解析は前述の落雷シミュレーションに比較してかなり波長が短いため、これがメッシュステップの大きさの決定要因となります。すなわち 1 波長あたり 10 メッシュとしたメッシュ生成の設定によりメッシュセルの総数は 4 億 1400 万となり、15,000タイムステップで未知数 25 億の電磁界成分を求める

(b)

2e 5

1e 5

0

I(t) (

A)

0 50

(a)

100t (μs) 4

0

–4

–8

–12

–160 1 2

t (μs)

l(t )

図4 : 落雷シミュレーション (a) 二重指数関数で表した励起信号(時間関数としての電流) (b) 落雷を受けた航空機モデルの表面電流分布(1.3MHz) 高速フーリエ変換により抽出。赤い矢印は落雷の入口と出口を表す。

図5 : 航空機のEMCシミュレーション カラードットで示した各点における表面電流の時間変化。

Page 7: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 7

計算を行います。実際の計算に要した時間は、行列係数の計算に 330 分、タイムステップの計算におよそ 28 時 間 で す(64bit、Xeon X5472(3GHz) を 2台搭載の PC)。時間領域解析は並列計算が可能であるため、コンピュータクラスタなどを使用して計算時間を大幅に縮小することができます。

時間領域解析では時間信号を離散フーリエ変換することによって周波数領域の結果を求めます。この過程で誤差が生じる可能性があります。つまり、理想的には時間信号が減衰し 0 になるのを待ってフーリエ変換を実行しますが、それが難しい場合はいくらか現実的な方法として、入力信号の振幅に比較して十分に小さい値をあらかじめ基準値として指定しておき、減衰する時間信号がその基準値に達した時点でシミュレーションを停止する、という設定ができます。その場合、膨大な数のメッシュセルのすべての電磁界成分について上記の停止基準をチェックするのでは時間が余計にかかるため、代替手段として、計算領域全体の電磁界エネルギーをチェックします。減衰したエネルギーが設定した基準値に達した時点でシミュレーションを停止します。

PCBと筺体のEMCシミュレーション

EMC解析は、問題が生じる周波数をあらかじめ特定するのが難しいため、広帯域解析によらざるを得ません。その意味で時間領域解析を選択するのは必然です。EMC解析の代表例としてプリント回路基板

(PCB)と筺体の問題を考えます。機器の放射特性は、放射源となる

装置(この例ではPCB)の電磁特性に依存するばかりでなく構造の仕様

(ベント、継ぎ目、ケーブル、寸法など)にも左右され、不要輻射の削減やイミュニティ強化などの対策によって必ずしも思い通りの効果が得られるものではありません。電磁界シミュレーションは、問題を設定し

ソリューションを求める手段として有効ですが、問題が複雑になりがちなEMC解析では、規格への適合性をインタラクティブに改善できるような先進のシミュレーション技術が必要となります。

この例では比較的単純なレイアウトのPCBモデルを電流で励起し放射シミュレーションを行います。PCBモデルは筐体内部に配置されています(図7)。問題の複雑さを下げ計算時間を短縮するために、段階を分けてシミュレーションを実施します。まずPCB専用のシミュレーションプログラム([19]のモジュール)でPCBに流れる電流を計算します。次に、PCBを覆う仮想ボックスを想定し、ボックス表面に流れる電流と磁流を、等価

(a)

(b)

V/m4.00

2.74

1.64

0.95

0.52

0.25

0.08

θ

(b)(a)f (GHz)

40200

–20–40–60–80

Without Shielding GasketWith Shielding Gasket

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0

図6 : 乗客と乗務員を乗せたA320航空機のシミュレーション (a) 外観と内部 (b) 平面波を照射した結果 磁界(絶対値)表面図とその断面表示 (900MHz)

図7 : PCBと筺体のシミュレーション (a) PCBを収めた金属製筺体外観 (b) 最大電界強度(dBμV/m)距離3m、周波数軸、シールディングガスケット無し(赤)と有り(緑)

Page 8: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

8 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis

原理に従って広帯域で計算します。最後に仮想ボックスを筺体内部に配置し、これを放射源として広帯域シミュレーションを行います。この手順を踏むことによりシミュレーションモデルの複雑度を低減することができます。

筺体にはベントや継ぎ目などの構造細部があります。ボリュームベースの解析法では細部の孔のひとつひとつまでメッシュで表現する必要があり、そのため無駄に多くのメッシュセルを要しますが、コンパクトモデル[20]を導入するとそれを大幅に低減できます。コンパクトモデルは細部形状の伝送インピーダンス特性をマクロモデルで表現する機能です。この機能により、精度の劣化を許容範囲内に留めながら、メッシュノード数とシミュレーション時間を劇的に削減することができます。この例では、数回のFCCコンプライアンスシミュレーションのみで、シールディングガスケットの導入により全体構造のEMCが大幅に改善すること(前頁図7)が示されました(図8)。

結合シミュレーション: 電磁界と非線形素子3次元構造を持つ電子部品を線形素子や非線形素子

を含む回路に接続したシミュレーションでは、強い非線形を示すのであれば時間領域の回路シミュレーションが最も信頼できる手法であることが知られています。その理由は、ハーモニックバランス解析のような周波数領域解析では、十分な数の高調波を考慮しないと結果が不正確になるおそれがあるためです。

解析を実際に実行する方法はいくつか考えられます。例えば、まず部品のシミュレーションを実行して3次元構造の電磁特性をSパラメータマトリクスとして取得し、次にこれをタッチストーン形式で回路に接続して非線形トランジェントシミュレーションを行うことができます。

3次元モデルが多ポート構造である場合は、上記のタッチストーン形式を経由する方法ではなく、モデルと回路を直接接続してトランジェントシミュレーションを行うのが解析効率が良い方法です。この方法には非線形効果による電磁界を考慮できる利点もあります。

直接接続による例が、ステップリカバリダイオード(SRD)パルスジェネレータのシミュレーションです。このパルスジェネレータは、図9に示すように、2本のコイルを含むコプレーナ導波路構造です。この3次元構造に、キャパシタやインダクタ、測定用ケーブルモデル、およびSRDを含む回路に接続します。SRD には、SMD パッケージの寄生成分を含むSPICEモデルを使用します。パルスジェネレータの励起は、サイン波形の時間調和信号を低域通過フィルタに通したもので行います。SRDの非線形性により鋭いスパイク波形を作ります(図10(b))。3次元モデルは現実の構造と厳密に一致させることができないにもかかわらず、測定結果と一致する結果がシミュレーションで得られます。

進行波管のPICシミュレーション進行波管(TWT)は高周波信号を高出力に増幅す

る目的で使用されます。増幅には複数の構成要素が関わります。まず、電子銃が連続的な電子ビームを発生させます。熱したカソードから出た電子は静電界により加速され、アノードから放出されて遅波構造に入ります。遅波構造の内部で、電子の運動エネ

210

240

270300 330

Frequency: 713 MHz Polarization: Vertical (Axial)

0

30

60

0 10 20 30 40 50

R.M.S Magnitude/uV/m

60 70 80 90 100 110

図8 : PCBと筺体のシミュレーション 3m 電界スキャンでFCCコンプライアンスをテストしたもの (713MHz)

図9 : SRDの3次元解析モデル (下 ) とテストサンプル(上)(Czech Technical Universityの承認を受けて掲載)

Page 9: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 9

ルギーの一部が高周波に変換されます。この波が電子ビームと相互作用し、システム外部と結合します。電子ビームはビームコレクタで確実に減衰させます。

この例のTWTは、微小な導波路を折り曲げた構造をしており[22]、220GHzで動作します。これを時間領域で解析します。

静電界によって加速された電子は光速の1/4程度に達し、遅波構造に入るときには既にいくらか相対論的電子になっています。空間電荷によるビームの発散を防ぐためにソレノイド磁界を印加しているので、電子はらせん軌道を描きながら遅波構造内を進みます。

図11にTWTの構造モデルを示します。図左側のポートに低電力の信号を入力します。ミアンダ状線路の長さは、内部を進行する波の位相速度と粒子の速度が一致する長さに決められており、その結果、ビーム管と導波路が交差する点において、粒子と電

磁界が必ず同期します。電磁波によって粒子が加速(減速)される場合は、粒子は構造全体にわたって加速(減速)します。つまり、縦構造はビームに従うことになります。この構造(ビーム構造)は同一構造の波形を励起し、これにより信号が増幅されます。この増幅を有効なものとするためには、TWTを特定の長さとする必要があります。

このようなマイクロ波管は過渡的な動作をするので、シミュレーションは時間領域でのみ可能となります。DC ビームからパルスビームへの変換による高周波信号の増幅をシミュレーションするには、過渡電磁界だけでなく相対論的な電子の運動や電子によって励起されるタイムステップごとの電磁界を考慮しなければなりません。このようなシミュレーションは、[19]に含まれるParticle-in-Cell(PIC)コードによってのみ行うことができます。そのシミュレーションの結果を図12(次頁)に示します。

15 p

Cv p

10 p

0.1 p 0.02 p 0.2 p

0.05 n

SMMD840

0.6 n

0.02 p 0.11 p

6

4

4ʹ5

4

321

0–1

–2

–39 10 11 12 13 14

t (ns)(b)(a)

Output Voltage(Simulated)

Output Voltage(Measured)

Input Voltage

1 2

Output Voltage(Simulated)

Output Voltage(Measured)

Input Voltage

1 1 2 1 2 11 21ʹ

2

3 3ʹ5 5ʹ

(a)

(b)

(c)

ParticleBeam

ParticleBeam

RF-Out

RF-In

BeamCollector

図10 : SRDのシミュレーション (a) SRDパルスジェネレータの回路モデル。伝送線路、ケーブルモデル、SRD、集中回路定数素子を含む。 (b) シミュレーションの結果。入力電圧と出力電圧の時間軸プロット

図11 : TWTのシミュレーション (a) TWT構造モデル (全体) (b) TWT構造モデルの詳細 (c) 粒子ビーム。エネルギー偏差に従ってビームを色分け表示。ビームバンチが増加している。

Page 10: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

10 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis

0.6

0.4

0.2

0

–0.2

–0.4

0 100 200 300

Reflection

02 pica01 picai1(0.05,0,signal1)

InputOutput

400 500 600t (ps)

まとめ時間領域解析法は成熟期に入り、電子機器関連の

シミュレーションに適した解析法として日常的に使用されています。時間領域解析には数々の利点があります:まず、シミュレーションが高速でメモリ効率に優れるため、規模の大きい構造の解析が可能である点。第二に、シミュレーションを1回行うだけで広帯域の結果が得られる点。第三に、先進のメッシュ生成技術により、曲面を含むさまざまな形状に対して高精度の形状近似が可能な点。時間領域の電磁界シミュレーションは他の物理領域のシミュレーションとの連成を最も自然な形で行うことができます。これにより包括的なシステムシミュレーションの応用の幅が広がり、また多様な物理効果を考慮に入れた設計が可能となります。

この文書では時間領域解析に焦点を当てて説明しました。ほとんど触れませんでしたが、周波数領域解析にも独自の特長があり、得意とする応用分野があります。問題の内容によっては、周波数領域解析が適当あるいは唯一可能な解析法となる場合もあります。とはいえ、私たちは時間が支配する世界に生きています。

最後に、EMCコンサルタントとして活躍されているE. Bogatin氏の言葉を借りて結びの言葉とします:

”The most important quality of the frequency domain

is that it is not real. It is a mathematical construct. The

only reality is the time domain.” [23]

参考文献[1] K.S. Yee, “Numerical solution of initial boundary value problems

involving Maxwell’s equations in isotropic media,”IEEE Antennas

and Propagation, vol. 14, pp.302-307, 1966.

[2] A.Taflove and Susan C. Hagness, Computational Electrodynamics:

The Finite-Difference Time-Domain Method. 3rd edition. Boston: Artech House, 2005.

[3] P.B. Johns, R.L. Beurle, “Numerical solutions of 2-dimensional scattering problems using a transmission-line matrix,” in Proceedings of the IEE, vol. 118, no. 9, pp. 1203-1208, 1971.

[4] Christos Christopoulos, The Transmission-Line Modeling Method:

TLM. Wiley-IEEE Press, 1995.

[5] T. Weiland, “A discretization method for the solution of Maxwell's equations for six-component fields,”Electronics and

Communication (AEÜ), vol. 31, p. 116, 1977.

[6] T. Weiland, “Time domain electromagnetic field computation with finite difference methods,”International Journal of Numerical

Modelling, vol. 9, pp. 295-319, 1996.

[7] T. Weiland, “On the computation of resonant modes in cylindrically symmetric cavities,”Nuclear Instruments and Methods

(NIM), vol. 216, pp. 329-349, 1983.

[8] M. Dehler and T. Weiland, “A new spectral domain technique for the calculation of eigenvalues in curvilinear coordinates,” IEEE Transactions on Magnetics, vol. 30, no. 5, pp. 3574-3577, 1994.

[9] U. v. Rienen and T. Weiland, “Triangular discretization method for the eva luation of rf-f ields in cylindrica l ly symmetric cavities,” IEEE Trans. on Magnetics, vol. 21, pp. 2317-2320, 1985.

[10] B. Krietenstein, R. Schuhmann, P. Thoma, and T. Weiland, “The perfect boundary approximation technique facing the challenge of high precision field computation,” in Proc. of the

XIX International Linear Accelerator Conference (LINAC’98), Chicago, USA, 1998, pp. 860-862.

図12 : TWTのシミュレーション 進行波管内の信号の時間軸プロット。赤は入力信号、緑は入力ポートにおける反射信号、青は増幅された出力信号を示す。プレカーサーの発生と減衰という非線形な過渡特性が明瞭に現れている。

Page 11: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 11

[11] R. Courant, K. Friedrichs, and H. Lewy, “Über die partiellen Differenzengleichungen der mathematischen Physik,” Mathematische Annalen, vol. 100, pp. 32-74, 1928.

[12] P. Thoma and T. Weiland, “Numerical stability of finite dif ference time domain methods,”IEEE Transactions on

Magnetics, vol. 34, no. 5, pp. 2740-2743, 1998.

[13] S. Dey and R. Mittra, “A locally conformal finite-difference time-domain (FDTD) algorithm modeling three-dimensional perfectly conducting objects,”IEEE Microwave and Guided Wave

Letters, vol. 7, pp. 273, 1997.

[14] T. Weiland, M. Timm, and I. Munteanu, “A practical guide to 3D simulation,” IEEE Microwave Magazine, vol. 9, no. 6, pp. 62-75, dec. 2008.

[15] K. Mahadevan, R. Mittra, and P. M. Vaidya, “Use of Whitney’s edge and face elements for efficient finite element time domain solution of Maxwell’s equations,”J.Electromagn.

Waves Appl., vol. 8, pp. 1173–1191, 1994.

[16] Raymond A. Wildman, Greeshma Pisharody, Daniele S. Weile, Shanker Balasubramaniam, and Eric Michielssen, “An a ccurate scheme for the solution of the time-domain integral equations of electromagnetics using higher order vector bases and bandlimited extrapolation,”IEEE Transactions on Antennas

and Propagation, vol. 52, no. 11, pp. 2973-2984, 2004.

[17] Bing-Zhong Wang, Yingjun Wang, Wenhua Yu, and Raj Mittra, “A Hybrid 2-D ADI-FDTD subgridding scheme for modeling on-chip interconnects,”IEEE Transactions On Advanced

Packaging, vol. 24, no. 4, pp. 528-533, Nov. 2001.

[18] Jan S. Hesthaven and Tim Warburton, Nodal Discontinuous Galerkin Methods: Algorithms, Analysis, and Applications. Springer, 2008.

[19] CST STUDIO SUITE version 2010 User Manual (with modules CST MICROWAVE STUDIO, CST PCB STUDIO, CST PARTICLE STUDIO). CST AG, Bad Nauheimerstr. 19, Darmstadt, Germany, www.cst.com.

[20] CST Microstripes version 2010 User Manual, CST AG, Bad Nauheimerstr. 19, Darmstadt, Germany, www.cst.com.

[21] Atiqur Rahman and Yang Hao, “A novel tapered slot CPW-fed antenna for ultra-wideband applications and its on/off-body performance,” in Proc. of International Workshop on Antenna

Technology 2007 (iWAT07), Cambridge, 21st-23rd March, 2007.

[22] R. Zheng and X. Chen, “Design and 3-D simulation of microfabricated folded faveguide for a 220GHz broadband travelling-wave tube application,”in Proceedings of the IVEC

2009, Rome, Italy, April 28-30, pp. 135-136, 2009.

[23] Eric Bogatin, Signal integrity: simplified, New Jersey: Prentice Hall Professional Technical Reference, 2004.

[24] J. Jin, The finite element method in mlectromagnetics. 2nd ed. Piscataway, NJ: IEEE Press, 1993.

[25] R. F. Harrington, Field computation by moment methods. New York: Piscataway, NJ: IEEE Press, 1993.

[26] V. Shankar, A.H. Mohammadian, W.F. Hall, “A time-domain, finite-volume treatment for the Maxwell equations,” Electromagnetics, vol. 10, pp. 127-145, 1990.

[27] Q. Liu, “The PSTD algorithm: A time-domain method requiring only

two cells per wavelength,” Microw. Optical Technol. Lett., vol. 15, no. 3, pp. 158-165, 1997.

[28] N. Bushyager and M. Tentzeris, MRTD (Multi Resolution Time

Domain) method in electromagnetics. San Rafael, CA: Morgan and Claypool Publishers, 2005.

[29] N. V. Kantartzis and T. D. Tsiboukis, Higher-order FDTD

schemes for waveguide and antenna structures. San Rafael, CA: Morgan & Claypool Publishers, 2006.

このガイドは、Darmstadt 工科大学理論 電磁気学 研究所 の Thomas Weiland、CST の Martin Timm と Irina Munteanu が IEEE Microwave Magazine に寄稿した ”It’s About Time”を日本語に訳したものです。

Page 12: 時間領域で解決する 電磁界シミュレーションの 基礎 … 3D Simulation Guide - Time Domain Analysis 以上をまとめると、四面体格子を用いる時間領域

本冊子記事の無断転載を禁じます

©2014 AET, Inc. All rights reserved.

C-SO109-003

 2010 年 9月  初版第1刷発行

2012 年 9月 第 2 版第1刷発行

2014 年 9月 第 2 版第2刷発行

時間領域で解決する電磁界シミュレーションの基礎知識

CST - Computer Simulation Technology AGwww.cst.com

株式会社 エーイーティー〒215-0033 神奈川県川崎市麻生区栗木 2-7-6www.aetjapan.com