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相解析による構造解析 1.はじめに 波長分散型の X 線検出器を搭載する EPMA では、微小領域の分析が可能な上、エ ネルギー分解能が高く、軽元素から重元素までの元素識別が容易で、高い再現性 でデータを取得できる。この利点を生かして、マッピング分析では、高感度で S/N の良い画像を得られる。しかしながら、より詳細な構造解析を行うときに、従来 の相解析 1) による方法(手動クラスタリング)を用いた検討では、正確な相組成や 相濃度分布を求めるものではないため、定性的な結論となる。また、定量的な検 討を行う方法として、EDXのデータにおいて適用されている多変量スペクトル分解 -交互最小二乗法(Multivariate Curve Resolution – Alternating Least Squares) のような多変量解析法 2)3)4) があるが、結晶チャンネルの制約を持った EPMA では、 エネルギー点数を増やすことが難しいため、そのまま簡単に適用はできない。 そこで、分析装置としての優れた性能を持つ EPMA のデータを用いて構造解析を 行うために、新しい発想による相解析法を提案する。 新しい相解析法によれば、相組成、相濃度、相濃度分布を同時に求めることが できる。また、相構造を求める原理から、分析分解能を向上させる効果も考えら れ、応用例についても紹介する。 2.実験 装置は、島津製作所製 EPMA-1600 を用いた。なお、筐体を断熱材で箱状に囲い、 温度制御した冷気を導入することによって恒温化を図り、長時間測定における安 定化を施している。 3.結果 3-1.従来の相解析法の問題 従来の相解析手法における問題点を FeSm 合金の分析例で示す。 図1に FeKa と SmLa のマッピング分析結果を示した。各分析点における FeKa と SmLaのX線強度をそれぞれ横軸縦軸にとり、2元素の強度相関分布図を作成する。 この相関分布図上にて、データの集合体を手動にて、クラスタリングした結果を 図上に示した。クラスタリングした分析点の元の座標をマッピング座標に反映さ せると、各相の存在位置を示した結果が得られる。

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相解析による構造解析

1.はじめに

波長分散型の X 線検出器を搭載する EPMA では、微小領域の分析が可能な上、エ

ネルギー分解能が高く、軽元素から重元素までの元素識別が容易で、高い再現性

でデータを取得できる。この利点を生かして、マッピング分析では、高感度で S/N

の良い画像を得られる。しかしながら、より詳細な構造解析を行うときに、従来

の相解析 1)による方法(手動クラスタリング)を用いた検討では、正確な相組成や

相濃度分布を求めるものではないため、定性的な結論となる。また、定量的な検

討を行う方法として、EDX のデータにおいて適用されている多変量スペクトル分解

-交互最小二乗法(Multivariate Curve Resolution – Alternating Least Squares)

のような多変量解析法 2)3)4)があるが、結晶チャンネルの制約を持った EPMA では、

エネルギー点数を増やすことが難しいため、そのまま簡単に適用はできない。

そこで、分析装置としての優れた性能を持つ EPMA のデータを用いて構造解析を

行うために、新しい発想による相解析法を提案する。

新しい相解析法によれば、相組成、相濃度、相濃度分布を同時に求めることが

できる。また、相構造を求める原理から、分析分解能を向上させる効果も考えら

れ、応用例についても紹介する。

2.実験

装置は、島津製作所製 EPMA-1600 を用いた。なお、筐体を断熱材で箱状に囲い、

温度制御した冷気を導入することによって恒温化を図り、長時間測定における安

定化を施している。

3.結果

3-1.従来の相解析法の問題

従来の相解析手法における問題点を FeSm 合金の分析例で示す。

図1に FeKa と SmLa のマッピング分析結果を示した。各分析点における FeKa と

SmLa の X 線強度をそれぞれ横軸縦軸にとり、2元素の強度相関分布図を作成する。

この相関分布図上にて、データの集合体を手動にて、クラスタリングした結果を

図上に示した。クラスタリングした分析点の元の座標をマッピング座標に反映さ

せると、各相の存在位置を示した結果が得られる。

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ここで問題となるのは、クラスタリングの任意性が大きいということである。

例えば、各相の組成を平均値として算出するとき、クラスタリングの領域を変え

るとその値は変化してしまう。また、マッピング座標に反映される領域もその大

きさを変えてしまう。つまり、このような手法によって得られる結果は、定性的

であり、定量精度は低いと言える。

また、実施例の黄色と緑の領域は重なりが認められる。今回のようなクラスタ

リングでは、両者の構造を表しているとは言えず。また、より緻密な構造の解析

においては相当に困難となることも容易に想像される。このことは、一般的なク

ラスター分析を適用した場合にも同様な困難さが想定される。

3-2.新しい相解析法の提案

新しい相解析手法を提案するが、基本的な手順は、従来

法に準じる。大きく異なる点は、強度相関分布図を統計空

間であると考えて、関数フィッティングするということで

ある。このことは、クラスタリングを実態に即した状態で

行うことになる。

原理を簡単に解説する。まず、2元素で一つの相をなす

構造をマッピングしたと考える(例えば SiO2)。このマッ

ピング像は、各元素一様な輝度の結果となるはずであるが、

図1 従来の相解析方法例(定性判断)

相関分布図

手動クラスタリング

クラスタリング領域の反映

FeKa

SmLa

FeKa

SmLa

図2 単一相の

強度相関分布図

マ ッ ピ ン グ

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実際のデータでは、ばらつきを持つ。これを 3 次元の強度相関分布図に表すと、

図2のような円錐状の分布となる。この分布は、前述のばらつきを表しているも

のでガウス関数にて表記できると考えられる。例えば、二変量正規分布にて表し

た場合、その同時確率密度関数𝑓(𝑥)は、次式で示される。

𝑓(𝑥) =1

2𝜋√(|Σ|)exp [(−

1

2(𝑥 − 𝜇)𝑇Σ−1(𝑥 − μ))]

ここで、𝜇は、平均ベクトル、Σは、分散共分散行列である。

これに係数を掛けたものが実際の分布を表し、係数、平均ベクトル、分散共分散行列

それぞれの値で、前述の単一相を表現できたことになる。なお、平均ベクトルは、こ

の相の2元素それぞれの X 線強度(wt%濃度)を表しており、その相の組成となる。

よって、多相からなる構造体では、相の数の分布を足し合わせる作業を行えば、相

構造の分離を行ったことになる。また、前述の FeSm 合金の黄色と緑のような重なり

の領域は、同時確率密度関数も重なりを持つ、この各座標における重なり部分は、

両者の構造体の比率を表している。この結果とマッピング座標の対応を取ること

で、相濃度の分布を求めることが可能となる。

基本的な原理は、前述のとおりであるが、実際の EPMA における強度相関分布図

を見ると、相と相をつなぐような形で分布が存在することが分かる。また、前述

の FeSm 合金の例でも、二変量正規分布で各相の合算を試みると、相-相間の分布

が残留してしまうことも分かる。よって、この残留した相-相間の分布も合わせ込

まなければ、正確な相解析を行ったとはいえない。

この相-相間の分布は、分析領域が相-相界面を通過する状況における相同士の

関連性を表していると考えられる。よって、それぞれの相の二変量正規分布を用

いてその相間の分布を表現することも可能であると考えられる。具体的には、特

定の割合で各二変量正規分布が相-相間に渡って存在すると考えればよい。計算と

しては、媒介関数(例えば、指数関数)を用いて、分布の合算値が、相-相間の残

留分布に一致するように、その強度係数と強度相関分布図における座標を求めれ

ばよい。

前述のような計算を行えば、この相-相間における合成分布と相自体の二変量正規

分布で表される総合体積が、この相の分析面における濃度を表しているといえる。ま

た、強度相関分布図の各座標において、この相の分布と他の相の分布との比率が、

その座標におけるこの相の濃度であるから、この結果とマッピング座標の対応を取

ることで、最終的な相濃度の分布を求めることが可能となる。

よって、以上の原理を用いた計算にて、相組成、相濃度、相濃度分布を同時に

求めることができる。

なお、実際の計算としては、パラメータを適時変化させてフィッティングを行

う。求めるパラメータは、相を表す、係数、平均ベクトル、分散共分散行列、と相-

相間を表す、強度係数と強度相関分布図における座標であり、これを相の個数に相

当する数を求めることで結果が得られる。そのため、これらの原理によって求め

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られた結果は、近似計算であることも忘れてはならない。

3-3.新しい相解析法の例

新しい相解析手法を FeSm 合金に適用した分析例で示す。

まず、2元素の3次元の強度相関分布図を作成するが、必要に応じて2次元ヒ

ストグラムとした方がよい。これを図3に示した。

フィッティング計算を行った結果を図4に示した。図は、相自体の二変量正規分

布を示している。この結果から更に、相組成、相濃度、相濃度分布を求める。表1

に相組成と相濃度を、図5に相濃度分布を示した。

相濃度分布の結果は、従来の結果とよく一致していることが分かる。しかし、

その輝度値は相の濃度を表している。中途な濃度は、上下に存在するなどの相同

図3 FeSm 合金の強度相関分布図 図4 フィッティング結果

反射電子像 相4 相3

SmLa

残渣 相2 相1

SmLa

図5 相濃度分布図

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士の混合領域などであると考えられる。さらに、ここで注目すべきは、相の界面

が通常のマッピングの結果に比べてシャープになっている点である。これは、相

間の分布の計算が、構造をシミュレーションしていることと同義なことであるた

めと考えられる。このことから計算による分析分解能の向上が簡単に図れる可能

性を示している。

相の組成は、二変量正規分布の平均ベクトルなので、一意に求まる。また、相

濃度は分析面における相の割合である。よって、分析面積を広げれば、試料全体

の相組成の推定を行うことも可能であると考えられる。補足として、残渣が一様

な分布となった時には、測定におけるノイズ除去を行ったことと同義であること

も付け加えておく。

4.結論

新しい相解析手法によって、相組成、相濃度、相濃度分布を同時に求めること

ができることを示した。これらは試料の構造解析として要求される情報に他なら

ず、しかも、微小領域としての情報が、非常に正確に求まることが特徴である。

また、記載は省略したが、多元系での計算も同様に行うことができ、EPMA のみ

での結果にとどまらず、この結果を参考にリートベルトや第一原理計算などを行

うことで、相互に補完しあい、結晶構造解析の高度化を図ることも考えられる。

クラスタリング手法ともいえる本手法は、MCR-ALS 法に対して、成分数決定の

自由度が高いという特徴もあり、EDX、EELS、AES のみならず他の測定手法への展

開も考えられる。

5.課題

紹介した相解析手法では、応用方法も含めて、検討中の事項を多く抱えている。特

に、測定領域内よりも小さい第三相の同定方法の実装がまだなされていない。このよ

うな相は、強度相関分布図上では、その平均ベクトルにあたる部位に分布は存在しな

いが、相間分布にはその影響が現れると考えられ、クラスタリングは可能であると想

定している。よって、分析領域より小さい構造も計算が可能であると考えられる。同

様の構造解析方法として木村らの報告 5)が参考となる。このような課題を順次解決し、

本手法の汎用性を今後も高めていく予定である。

Fe Sm 相濃度%

相1 467 3 15相2 367 51 40相3 260 96 27相4 225 118 1残渣 15

表1 相組成(X 線強度)と相濃度(%)

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6.参考文献

1) 株式会社堀場製作所. 微小部X線分析における二元素化合物の分析方法.

特許第 2573053 号. 1997-01-16.

2) Sandia Corporation. Apparatus and System for Multivariate Spectral

Analysis. U. S. Patent 6,584,413 B1. 2003-06-24.

3) 和田 充宏, EDX多変量イメージ解析を用いた自動相分離法による銅化

合物の存在形態の評価: J.Adv.Sci., 1-6, (2010)

4) 武藤 俊介,巽 一厳,近藤 広規,掘渕 嘉代,右京 良雄, STEM-E

ELS多変量解析を用いた Li 化学状態マッピング, 顕微鏡, 47, 3, 127-130

(2012)

5) 木村 隆,杉崎 敬,西田 憲二,石川 信博,田沼 繁夫, EPMA散布図

分析を応用したNi-P無電解メッキとはんだ接合域の解析(Ⅰ), 日本金属学会

誌, 68, 1, 8-13 (2004)