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心の根のいちばん大事な部分は幼児期につくられる。 幼児期こそ、ものごとの感じ方や考え方の基礎が形づくられる時期なのです。 親が子に何かひとつ、これだけは与えよう、とするものがあるとしたら、 それは「吸収力のよい太い根、人のさまざまの困難に耐える強さを持った心の根」 であると思います。 よい根の条件 根が良い根であるためには、つぎの3つの性質が必要です。 1. ふとい根であること(基本信頼) 0~1才 2. 活な吸収力と排泄力を持つこと(自律性) 1~3才 3. 長くてたくさん枝分かれしていて、遠くまで伸びていること(自性) 3才~ まず、第一のふとい根であるということは、こどもの心が安定していることにあたります。 「この世はいいところだ。きることは楽しい。今の自分にまれてよかった」というき ることへの肯定な実感です。 第二の、活な吸収力と排泄力をもつということは、こどもがきたり成長したりするた めに必要な刺激や援助や養分を、必要な時に必要なだけまわりから取り入れること。そし てそれを自分の役に立つように自分の中で新陳代謝して、残りカスは排泄するということ です。こどもの心が、いきいきと外の刺激を受け、吸収し、体験して、動いていることに あたります。今自分にとって必要なことで、自分でやれること、やりたいことに活にと りくんでいることです。 これは、遊ぶこと、食べること、排泄することなど、活の必要にあわせた自立の能力を 持つことにあたります。心理学のことばでいうと<自律性>といえるものです。これがな いと、みずからあったき方をみつけだすことはできません。 第三の、長くて枝分かれしている根というのは、子どもの心が、未の世に関心を示し、 自分の世を広げようとしていることにあたります。いまの自分から、より大きな自分へ 伸びようとしている姿は、<自性>と言われるものです。 まず根の太さ、つまり<基本信頼>は零歳からおよそ 1 歳までにつくられます。根の吸 収力と排泄力、つまり<自律性>はおよそ 1 歳から3歳までに芽えます。根の長さ、つ まり<自性>は、3歳からあと、どんどん長さをまし、数を増やしていく時期につくら れます。この根は4、5歳までは、まだまだ植えかえのきくほど強くないので、根こそぎ にはしたくないのです。つまり、保護者がかわったり、環境がガラリとかわると子どもの

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○ 心の根のいちばん大事な部分は幼児期につくられる。

幼児期こそ、ものごとの感じ方や考え方の基礎が形づくられる時期なのです。

親が子に何かひとつ、これだけは与えよう、とするものがあるとしたら、

→ それは「吸収力のよい太い根、人生のさまざまの困難に耐える強さを持った心の根」

であると思います。

よい根の条件

根が良い根であるためには、つぎの3つの性質が必要です。

1. ふとい根であること(基本的信頼) 0~1才

2. 活発な吸収力と排泄力を持つこと(自律性) 1~3才

3. 長くてたくさん枝分かれしていて、遠くまで伸びていること(自発性) 3才~

まず、第一のふとい根であるということは、こどもの心が安定していることにあたります。

「この世はいいところだ。生きることは楽しい。今の自分に生まれてよかった」という生き

ることへの肯定的な実感です。

第二の、活発な吸収力と排泄力をもつということは、こどもが生きたり成長したりするた

めに必要な刺激や援助や養分を、必要な時に必要なだけまわりから取り入れること。そし

てそれを自分の役に立つように自分の中で新陳代謝して、残りカスは排泄するということ

です。こどもの心が、いきいきと外の刺激を受け、吸収し、体験して、動いていることに

あたります。今自分にとって必要なことで、自分でやれること、やりたいことに活発にと

りくんでいることです。

これは、遊ぶこと、食べること、排泄することなど、生活の必要にあわせた自立の能力を

持つことにあたります。心理学のことばでいうと<自律性>といえるものです。これがな

いと、みずからあった生き方をみつけだすことはできません。

第三の、長くて枝分かれしている根というのは、子どもの心が、未知の世界に関心を示し、

自分の世界を広げようとしていることにあたります。いまの自分から、より大きな自分へ

伸びようとしている姿は、<自発性>と言われるものです。

まず根の太さ、つまり<基本的信頼>は零歳からおよそ 1 歳までにつくられます。根の吸

収力と排泄力、つまり<自律性>はおよそ 1 歳から3歳までに芽生えます。根の長さ、つ

まり<自発性>は、3歳からあと、どんどん長さをまし、数を増やしていく時期につくら

れます。この根は4、5歳までは、まだまだ植えかえのきくほど強くないので、根こそぎ

にはしたくないのです。つまり、保護者がかわったり、環境がガラリとかわると子どもの

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心の根は苦労します。でも6、7歳を過ぎれば、新しい環境に植えかえても、それほど不

安定にならずにしっかり伸びていくでしょう。

そしてぐんぐん根を伸ばし、枝葉を広げながら、どの子も思春期を迎えます。

思春期は、子どもにしてみれば、心の木の根が地震でゆさぶられるようなものです。

その子が思春期につまづいたのは、単なる偶然ではありません。幼児期からの心の根の成

長に、どこかもろさがあったのです。根がかぼそかったのかもしれない、吸収力が悪かっ

たのかもしれない、知らぬまに根が枯れかけていたのかもしれません。ただそのときまで

表には見えなかっただけのことです。

こどもの心の根は、思春期になって品質検査を受けます。

グラグラとゆさぶられても生きのびることができたら、一応一人前の根とみなすことがで

きるでしょう。思春期という地震に耐え抜けなかった根は、倒れるべくして倒れたともい

えます。何とかして、根をよみがえらせるほかありません。

思春期の問題の治療は、幼児期につくられたバランスの悪いゆがんだ根を、もう一度バラ

ンスのよい健康な根につくりかえることからはじまります。でも幼児期ほどきれいに、す

っかりつくりなおすことはなかなかできないものです。ある種のもろさを残しながらも、

ふとく、吸収力のよい、長い根をしっかり最低何本かつくりなおしてやるのです。

また思春期以外にも人生の危機はやってきます。(親友の裏切り、仕事の失敗)

その苦労によって倒れるか、ますますしっかり根をはっていくかは、幼児期に

しっかりとしたバランスのよい根がつくられていたかどうかに大きく左右されるのです。

○ お母さんは大地

よいこころの根を育てるに、お母さんである大地には3つの条件が必要です。

1. 根を無条件に包むこと<無条件の愛>

2. 根の吸収と排泄の営みを受け入れること<受容>

3. 根が一人前に伸びようとすることを認めること<承認>

<無条件の愛>とは、どんな子であっても、どんなときでも、その子を見すてないで暖か

く包む愛です。「おりこうだったらいい子なのに」「○○さえしたらかわいがってやるのに」

というのは、条件つきの愛情ですね。

<受容>とは、こどもがいましていることや、こどものありのままの姿を受け入れること

です。寂しくて甘えたがっていたら抱いてやること、怒っていたらその怒りを受け止めて

やることです。喜ぶのはいいが、怒るのはいけない、と親が自分のワクをもってこどもに

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押しつけすぎないことです。

こどもは、心身ともに未熟だからこそ、親を必要とするのです。自信を失っているとき、

失敗して困っているとき、親の前でそういう自分をさらけだすことによってまた意欲をと

り戻すのです。

<承認>とは、こどもをひとりの人間として認め、尊重することです。自発的に何かをや

ろうとしているときに、「どうせ下手なんだから」とか、「かわりにやってあげる」といっ

て口や手をだすのは、こどもの根が伸びようとしているのに、わざわざじゃまをするよう

なものです。幼くてもその子なりの力と意欲を認め、よけいな干渉をしないで見守ること

です。

○ おかあさんの大地そのものに必要な3つの性質

1.大地のぬくもり

2.大地の浄化力

3.大地の広さ

<大地のぬくもり>

こどもがお母さんを無条件に安心できる存在と感じるのは、お母さんの接し方に、深い誠

実な暖かさがあるからです。それはふだんはあまり気づかないかもしれないけれど、こど

もが病気になったときや不安に直面したときなどに、はっきりとこどもに伝わり、一生心

に焼きつきます。

幼いときに深く愛されることなくして、自分の人生を愛し、また人を愛することはできま

せん。深く愛されたことがないひとは、心の中に人一倍強く激しく愛を求める気持ちがあ

りながら、それをしっかりと手に入れる力が弱いようです。本物の愛になじんでいないの

で、ちょっとした不満に腹をたて、傷つき、自分から愛を手放してしまいがちです。

<大地の浄化力>

こどもの心の根は日々活動しています。「いいなあ、楽しいなあ」といい刺激をとり入れる

一方で、「いやだなあ、頭にくるなあ」と嫌な気持ちも吐き出すのです。

嫌な気持ちを自分で処理する力もまだないし、毎日つぎつぎに新しい未知の体験と悪戦苦

闘して、びっくりしたり、不安になったり、疲れたりすることが多いので、こどもは、機

嫌の悪いことだってあるのです。でもお母さん、それを恐れてはなりません。こどもはお

母さんを信頼しているから、安心して怒りや不快をだしてくるのです。怒りをお母さんに

受け止めてもらえ、心がスッキリすると、またよいものを元気に吸収できるのです。

お母さんが泣いたりわめいたりするわが子の姿にあわててしまい、上手にうけとめること

ができなくなると、こどもはそれを敏感に感じて怒りをかくし、心の中にためこむように

なります。こどもの攻撃心は、親がそれにつきあい、こどもの怒りのわけを理解してやる

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ことでたいてい静まっていきます。そして成長するにつれ、だんだんと破壊的でない表現

のしかたや、処理のしかたにかわっていきます。

<大地の広さ>

こどもの心の根の成長のためには、一定の広さの土地が必要です。都会のアパートやマン

ションの中で、ともするとお母さんは大地どころか、小さな植木鉢の中のちっぽけな土の

かたまりになってしまいがちです。植木鉢ではたくましい根は育ちません。すぐに養分は

かれ、土はやせてしまいます。そして、根がぐんぐん伸びはじめれば、植木鉢はやがて窮

屈になって、根の勢いで植木鉢は破裂してしまうことになるでしょう。

そうなる前に、お母さんは自分の植木鉢の大きさを、こどもの成長とともに大きくしてい

きたいものです。そのためには、こどもの成長をともにみつめるひとと手をつなぐことで

す。まず、お父さんと、つぎには隣近所や幼稚園の先生、お友だちのお母さんやその家族、

というふうに、つながりの輪をひろげていきましょう。最初はちっぽけな土でいいのです。

こどもの成長とともに大人同士が手をつなぎ、こどもが根をひろげていけるような広さを

もった大地にしていくこころがけを持っていただきたいものです。

○ 子育てはつなひきに似ている

親子関係をひとつの遊びにたとえるなら、私はつなひきを思い浮かべます。親と子がつな

をはさんで、相手を自分の方に引っぱったり、引っぱられたり。そのやりとりは、つなひ

きによく似ているとは思いませんか?

よいつなひきをするためには、必要な環境があります。

1. ありのままの気持ちで引っぱらせる

2. こどもの怒りを見きわめる

3. ことばでなく態度で

○ ありのままの気持ちで引っぱらせる

親子のつなひきでは、こどものありのままのきもちがおもてにあらわれ、その通りにひっ

ぱってくるのがまずいちばんいいのです。

ありのままとなれば、よい感情と悪い感情の両方が混ざっていることになります。カッと

なって怒ったり、口をとがらせいい返したり、ときには困ったな、と思うようなこともた

くさんあるはずです。カッとなってわめいたときに、お母さんがどう受け止めたか。その

ひとつひとつの体験が、次の自分の感情をコントロールする能力の発達につながっていく

のです。

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いつもニコニコしているのがよいこども、よい親子と勘違いしてしまい、こどもがありの

ままに怒ったり泣いたりする前に、その気持ちをそらせたり押さえつけたりしてしまいが

ちです。するとその子たちは心の中の怒りや悲しみの感情をつなひきしながらおさめる練

習の体験が少ないので、大きくなった時に、自分の感情のたづなさばきができないのです。

ここで強調したいのは、こどものありのままの気持ちを出させるのであって、けっしてお

母さんの気持ちをありのままだす、ということではないことです。お母さんは手ほどきす

る側であって、導くひととして、こどもよりひとまわり大きな姿勢が求められるのです。

○ こどもの怒りを見きわめる

こどもが怒っているとき、それにどう対応するかは育児の難しいポイントのひとつでしょ

う。その対応のしかたは、怒りの原因が何かによって、① 要求をかなえるか、② 謝るか

③ 無視するか の3つに分かれます。

こどもの怒りが当然の要求をじゃまされたために生じる場合、お腹がすいたり、眠たかっ

たり、おしっこがしたかったり、というように生理的欲求がかなえられないときや、恐か

ったり、痛かったり、病気だったりして心の不安や体の不調があるときは、暖かくその訴

えに応えてあげるべきです。寒ければ温め、恐ければ抱きしめて安心させてあげましょう。

ところが親の都合でこどもの要求に応じてやれないことがあります。こどもは隣の子と外

で遊びたいのに、親せきの家におよばれでいかなければならないということもあります。

そのようなときには、少なくとも「かわいそうなことをしてしまった」とこどもの気持ち

を思いやる気持ちを持ちたいものです。そしてなぜ、要求に応じてやれないかを、ことば

でしっかりこどもに伝えてやりましょう。

さらに、親がはっきりと、ことばでこどもに謝るべきときがあります。こどもと約束した

のにやぶったときや、こどもの心や体を傷つけてしまったときです。こどもにウソをつい

たり、こどもをけなしたりして信頼を裏切ると、こどもは怒ります。もし一時の激情で、

「こんな子はいらん!」という怒り方をしてしまったら、あとで必ず、「さっきはごめんね。

お母さん、ちょっとイライラしていたのよ」と素直に謝りましょう。

思ったように粘土細工がつくれなかったり、雨で外遊びができなかったりして、こどもが

かんしゃくを起こしたり、イライラしたりするときがあります。そういうときは、お母さ

んは徹底して無視するに限ります。小言をはさんだり、叱りつけたりするのは、かえって

火に油を注ぐようなもの。一貫してゆうゆうと無視することにして、自分の仕事に没頭し

ていればいいのです。怒りはいっときすぎれば必ずおさまっていきます。こどもが自分か

らおさまっていくのがいちばんよいのです。もとどおりのきげんにもどってスッキリした

ら、温かく受けとめてやりましょう。

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○ ことばでなく態度で

つなひきはりくつではありません。からだで覚えるものです。ああやれ、こうやれと口う

るさくいうのは禁物です。

育児はことばではなく態度でーこれが育児の原則です。こどもの行動への口出しは、なる

べくすくなく、本当に必要なことだけよく選んでいうことです。ことばでいう場合も、

ことば以上にその話し方や態度が必要です。こどもにお母さんの気持ちをわかってほしか

ったら、遠くから大声でどなりちらしたりはしないで、近くによって、こどもとよーく目

と目をあわせ、心をこめたおだやかな態度で、ゆっくりゆっくり、わかりやすく話しかけ

てやりましょう。

ひとは、自分が直接してもらったことを、他の人にしてあげることはわりあいにやりやす

いものです。お父さんとよく遊んでもらった男の子は、自分が父親になれば、やはり自分

のこどもともよく遊んでやるようです。お母さんに暖かく包まれて育った子は、自分が母

親になったときに、無意識のうちに、自分がされたと同じように、自分のこどもをよくか

わいがるようです。

こどもに身につけてほしい行動があったら、それを直接こどもにやってみせる、それが生

きたしつけの原則だと思います。力尽くのしつけは、ただの押しつけにしかなりません。

叱ることでこどもはわかるかというと意外とそうではなく、そのときの親のカッとした状

態を覚えるだけのことが多いのです。

親は親であるがゆえに、ふしぎと自分のこどもに対するつなひきのやり方を、客観的にみ

ることはできないものです。親はわが子を分身のように思い、わが子のすぐれた点は、わ

がことのように美化してとらえ、その欠点は、わがことのように感じて、思わず目をそむ

け、見たくなくなるのです。

自分のこどものほんのちょっとした欠点を誰かに言われたときの、ドッキリする反射的な

拒絶反応を思ってください。まして、自分の子育てのやり方が悪いとは、誰も思いたくな

いものです。でもお母さんといえども、はじめからできあがった完璧な母親ではありませ

ん。いまこどもとの生活の中で、こどもから学びつつ、いずれ立派な女性、りっぱな母親

となっていけばよいのです。

ですから、自分では見えにくい、自分のこどもへの対応のまずさを、心から信頼できるひ

とならば、お父さんでも、おばあちゃんでも、保育園の先生でも、誰でもいいからききだ

すぐらいの気持ちを持ちましょう。よいコーチがいる方が、自分の欠点を早くあらため、

自分の持っている力をフルに発揮しやすいのです。

以上の内容は、今は絶版となりましたが、慶応大学医学部小児科の渡辺 久子 先生の

名著 「こころ育ての子育て」(1983年初版)からの 直接引用です。