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基礎数学 I 2008 年前期, レジメ #2 2008/05/09, 西岡 * 1 3 数列 現代数学では, 無限と極限操作を多用するが, 最も易しい 極限に習熟するため, 数列での極限操作から始 める. 3.1 数列の収束と発散 順番をつけて数をならべたものを数列 という: a 0 ,a 1 ,a 2 , ··· ,a n , ··· (以後は {a n } と略記する) 数列 {a n } にたいしは, n →∞ のとき a n がどう振るまうか (数列の漸近挙動 と呼ばれる) が興味の対象と なる. 定義 3.1. (i) ()=「 数列 {a n } n を限りなく大きくするとき, a n がある数 α に近づく」. このとき, lim n→∞ a n = α と記し, {a n } α に収束する”という. (ii) 収束しない数列は, 発散する” という. 振動する数列も“発散”という. 注意 3.2. 実は, 上記 () の言い方は厳密さに欠けている. 正当派の格調高い表現では次の論法を使う (所謂 ε - δ 論法の表現). (3.1) lim n→∞ a n = α ( 任意の ε> 0 にたいし, ある自然数 N があり n N →|a n α|≤ ε. 例題 3.3. (3.1) ε δ 論法を使わないと, 収束の判定に迷う例がある. 次の数列は収束するのか? (i) a n { 1/2 n n ̸= 10, 10 2 , 10 3 , ··· 1 n = 10, 10 2 , 10 3 , ··· (ii) b n { 1/2 n n ̸= 10, 10 2 , 10 3 , ··· 1/n n = 10, 10 2 , 10 3 , ··· * 1 http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/˜nishioka/ 2 号館 11 38 号室, オフィスアワー: 水曜 4 1

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基礎数学 I2008年前期, レジメ # 2

2008/05/09, 西岡*1

3 数列現代数学では, 無限と極限操作を多用するが, 最も易しい ‘極限’ に習熟するため, 数列での極限操作から始める.

3.1 数列の収束と発散

順番をつけて数をならべたものを数列 という:

a0, a1, a2, · · · , an, · · · (以後は {an} と略記する)

数列 {an} にたいしは, n → ∞ のとき an がどう振るまうか (数列の漸近挙動 と呼ばれる)が興味の対象となる.

定義 3.1. (i) (†) =「 数列 {an} で n を限りなく大きくするとき, an がある数 α に近づく」.

このとき,lim

n→∞an = α

と記し, “{an} は α に収束する”という.

(ii) 収束しない数列は, “発散する” という. ⋄

• 振動する数列も“発散”という.

注意 3.2. 実は, 上記 (†) の言い方は厳密さに欠けている.

正当派の格調高い表現では次の論法を使う (所謂 ε - δ 論法の表現).

(3.1) limn→∞

an = α ⇔(任意の ε > 0 にたいし, ある自然数 N があり

n ≥ N → |an − α| ≤ ε.

例題 3.3. (3.1) の ε − δ 論法を使わないと, 収束の判定に迷う例がある.

次の数列は収束するのか?

(i) an ≡{

1/2n n = 10, 102, 103, · · ·1 n = 10, 102, 103, · · · (ii) bn ≡

{1/2n n = 10, 102, 103, · · ·1/n n = 10, 102, 103, · · ·

*1 http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/˜nishioka/2号館 11 階 38 号室, オフィスアワー: 水曜 4限

1

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[解答] (i) は収束しないが, (ii) は収束する.

ε− δ 論法を (i) の数列に適用する. {an} が 0 に収束しているなら, どんなに小さな ε > 0 を指定されても,

(3.2) ∀n > N にたいして |an − 0| < ε

となる N を見つけなければならない. ところが, n = 10, 102, 103, · · · (無限個ある!) では |an−0| = 1 > 1/2

となるので, ε = 1/2 と指定されると (3.2) が成立するような N は決して見つからない.

一方 (ii) では, どんな ε > 0 を指定されても,

N は 1/ε (有限!) を超える任意の整数

と決める. すると 2N > N なので

∀n > N にたいして |bn − 0| <

1

2N<

1N

< ε n = 10, 102.103, · · ·

1N

< ε n = 10, 102.103, · · ·

となるので, (3.1) が成立する. よって {bn} は 0 に収束する. 2

次に, 扱い易い数列を指定するため, 数列を分類する:

定義 3.4. (i) 数列 {an} がa0 ≤ a1 ≤ a2 ≤ · · · ≤ an ≤ · · ·

を満たしているとき, 単調増加 という. 逆に

a0 ≥ a1 ≥ a2 ≥ · · · ≥ an ≥ · · ·

を満たしているとき, 単調減少という.

(ii) 数列 {an} にたいし, ある数 K があり

(3.3) すべての n で |an| ≤ K

であるとき, 有界な数列という. ⋄

命題 3.5. 数列 {an} が単調増加もしくは単調減少であり, 有界. ⇒ {an} は収束する. ⋄

[命題 3.5 の略証]

K

● ● ● ●

a2 a3 a4a1

簡単のため, {an} は単調増加とする. 仮定より {an} は有界だから, sup{an} の存在が保証されている. すると 単調増加数列 {an} は基本列となり, 収束することが保証される. (イメージとしては, K 以下のどこかで数列が詰まってくる.) 2

2

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3.2 簡単な数列の例

定義 3.6. (i) d を実数とする.

(3.4) an ≡ nd + a0, n = 0, 1, 2, · · ·

を ‘等差数列’ という. ここで d は ‘公差’ , a0 は ‘初項’ と呼ばれる.

(ii) r を実数とする.

(3.5) an ≡ rn a0, n = 0, 1, 2, · · ·

を ‘等比数列’ という. ここで r は ‘公比’ , a0 は ‘初項’ と呼ばれる. ⋄

命題 3.7. (i) 等差数列 (3.4) は d > 0 のとき単調増加, d < 0 のとき単調減少である.

また d = 0 の等差数列は発散する.

(ii) 等比数列 (3.5) は0 < r < 1 1 < r

a0 > 0 単調減少 単調増加a0 < 0 単調増加 単調減少

である.

また等比数列は |r| > 1 のとき発散し, |r| ≤ 1 のとき 0 に収束する. ⋄

もちろん, 等差もしくは等比以外の数列が多数存在する. しかしそれらの漸近挙動をしらべることは, 一般には易しくない.

次は, たまたま簡単に漸近挙動が判る例である.

例題 3.8. (i) an ≡ 1/n, n = 1, 2, · · · :⇒ {an} は単調減少. また, すべての n にたいし 0 < an < 1 となるので有界. つまり {an} は収束し,

limn→∞ an = 0.

(ii) an ≡ 21/n, n = 1, 2, · · · :

⇒( an

an+1

)n+1

==2(n+1)/n

2(n+1)/(n+1)= 21+1/n

2 = 21/n > 1 となるので {an} は単調減少. また,すべての n に

たいし 1 < an ≤ 2 となるので有界. ⇒ {an} は収束し, limn→∞ an = 1. ⋄

4 フィボナッチ数列フィボナッチ数列は, 自然界で現れる数列として有名である. それは単調増加で発散する数列だが, 興味深い性質を数多く持っている.

4.1 縦横比

手近にある長方形の形をしたものに対して, 縦横比 r を測った.

3

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r ≅ 1.41 の 新聞紙, A4用紙, B5用紙, 文庫本,

グループ MacBook, Vaio-T

r ≅ 1.62 の クレジットカード, 身分証, 新書, iPod,

グループ Marlboroの箱, おつまみのパッケージ.

上記以外の CD (r = 1.13), ティッシュの箱 (r = 2.13),

グループ キーボード (r = 3.66), などなど

• 多くのものが r ≅ 1.41 と r ≅ 1.62 のグループに属している.

• 縦横比 r ≅ 1.41 と r ≅ 1.62 にはなにか特別な意味があるのか?

実は,

r =√

2 ≅ 1.41 · · · : 白銀比 silver ratio,

r =1 +

√5

2≅ 1.62 · · · : 黄金比 golden ratio

と呼ばれる特別な数字である. それでは, 白銀比と黄金比の意味は何か ?

4.2 白銀比

(i) 縦√

2, 横 1 の用紙 P1 を長辺の真ん中で二つ折りにする.

→ 縦 1, 横√

2/2の用紙 P2 が得られる. それぞれ用紙の縦横比は

用紙 P1 の 縦横比 r =√

21

=√

2,

用紙 P2 の 縦横比 r =1√2/2

=√

2.

(ii) さらに, 用紙 P2 を長辺の真ん中で二つ折りにし, 紙 P3 を作る.

P3 の 縦横比は r =√

2/21/2

=√

2. · · ·

つまり 白銀比 r =√

2 の用紙を使うと,

‘長辺の真ん中で二つ折りにする’ という作業を繰り返して作られる用紙の縦横比は常に同じ.

(4.1)

4

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これは, 紙の製造には大変都合のよい性質で, ‘新聞紙, A4, B5, 文庫本 など’ 多くの用紙規格が 白銀比r =

√2 の縦横比を持つ理由である.さらに, その逆も成立している;

命題 4.1. (4.1) の性質を持つ用紙の縦横比は 白銀比√

2 しかない. ⋄

練習問題 4.2. 上の命題 4.1 を証明せよ. ♠

4.3 黄金比

黄金比 r = (1 +√

5)/2 ≅ 1.62 · · · だが, この比率は

線分を二つに分けるとき, もっとも美しく見える比率

として知られている. その実例を挙げる:

(i) ミロのビーナス: いろいろなところに黄金比があるが, 下の式が有名,

足底から臍までの長さ AP

臍から頭頂までの長さ PB=

1 +√

52

≅ 1.62 · · · .

(ii) パルテノン神殿: 建物の横幅と高さの比.

(iii) 凱旋門: 門の高さと通り口の高さの比.

5

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(iv) レオナルド・ダビンチの絵画, ギザのピラミッド.

(v) 簡単に確かめられる例として, 人体での黄金比;

伸ばした指先から肘までの長さ肘から肩までの長さ =

1 +√

52

≅ 1.62 · · · ,

顔の長さ顔の幅 =

1 +√

52

≅ 1.62 · · ·

腰から足先までの長さ膝から足先までの長さ =

1 +√

52

≅ 1.62 · · · 

(自分の体で調べよ. ミロのビーナスはこの比率を持つ. では皆の場合は?)

(vi) 五芒星: 日本の陰陽道, 修験道では ‘魔除けのシンボル’ . 世界的にも pentagram と呼ばれる ‘魔除け’ あるいは逆に ‘悪魔のシンボル’ として, 紀元前から広く使われている.

(この図形には, いろいろな所に黄金比が隠されている. )

(vii) 自然の中でも多数の事例を見つけることのできる. (興味のある人は, 文献 [1, 2] などを見よ.)

4.4 兎の問題とフィボナッチ

では, 黄金比=1 +

√5

2≅ 1.62 · · · はどうやって導かれるのか ?

6

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4.4.1 兎の問題まず, 13世紀のイタリヤで提出された「兎の問題」を紹介する:

例題 4.3 (兎の問題). (i) 一つがいの兎が, 生まれてから 1ヶ月目以降, 毎月一つがいの子供を産む.

(ii) 産まれた一つがいの子供は, 生後 1ヶ月目以降, また毎月一つがいの子供を産む.

(iii) ”RR” で一つがいの兎をあらわすと, 各月のつがいの数は下図のようになる.

!"#$%

&'( )'( *'( +'( ,'( -'(

!! !! !! !! !! !!

!!

!! !!

!! !! !!

!!

!! !! !! !!

!!

!! !!

./0"1 " " # $ % &

このとき, 1 年後のつがいの数はどうなるのか? ⋄

[フィボナッチの解法]

当時のイタリア人数学者 フィボナッチ は, 兎の問題を数列を使って解決した: n 月目のつがいの数を Fn

とすると, Fn は次式で表される.

F0 = 1, F1 = 1,

Fn = Fn−1 + Fn−2, n ≥ 2.(4.2)

(漸化式 (4.2) で与えられる数列 {Fn} が, フィボナッチ数列.)

この漸化式 (4.2) を使うと, それぞれの Fn の値が計算でき, F12 = 233 となる.

(4.3)F1 F2 F3 F4 F5 F6 F7 F8 F9 F10 F11 F12 · · ·1 2 3 5 8 13 21 34 55 89 144 233 · · ·

2

7

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4.4.2 フィボナッチ数列の実例その後の研究で. このフィボナッチ数列 (4.3) は自然現象とも深く関わっていることが判明した.

(i) ヒマワリの種の配列.

中心から外側に伸びた種の配列が右回りと左回りに渦を巻いている. その数はそれぞれ 34 = F8 と55 = F9. 品種改良した巨大ヒマワリでは, 89 = F10 と 144 = F11.

(ii) 螺旋葉序: 葉はでたらめに生えているように見える.

しかし , 茎に沿って A の葉を辿ると真上に B の葉 (2回転して 5 枚目)が真上にある. つまりこの植物では 360◦ × 2/5 = 144◦ 毎に葉が生える.

「直立した茎の周りを, 螺旋状に昇りながら, 決まった角度で葉が生える事」を 螺旋葉序 という.

この写真の例を 2/5 (5 枚で 2 回転) と記述するが, 他の植物では

1/2 1/3 2/5 3/8 5/13

チューリップ カヤツリグサ 桜 菜の花 タンポポ

8

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などが知られている. これは, フィボナッチ数列 (4.3) から一つおきに選んだ数字

F0/F2, F1/F3, F2/F4, F3/F5, F4/F6

で, 多くの植物の螺旋葉序にはフィボナッチ数列が現れている.

(iii) 木の成長のルールは次の2つ.

a. 成長期に枝は二つに分かれる.

b. 枝分かれした枝に回る栄養はどちらか一つに若干偏る.

c. そして次の成長期にはその栄養が多くいった枝が枝分かれし, 栄養の少なかった枝の枝分かれは据え置き.

1

1

2

3

5

8

13

フィボナッチ木

d. 水平に枝の本数を数えると, フィボナッチ数列になる.

(iv) フィボナッチ・トリートメント: フィボナッチ数列を利用した株式投資理論.

a. 相場も多くの人間行動の結果で, 「その変動も自然現象の現れ」と考える.

b. そして, 相場の押しや戻りの目標価格を フィボナッチ数列

11

= 1,12

= 0.5,23

= 0.66,35

= 0.6,

58

= 0.625,813

= 0.615, · · ·

で推測する手法.

c. フィボナッチ・リトレースメントで「押し」や「戻し」の推測によく用いられる数値は, 0.61, 0.5,

0.38=(Golden Ratio -1)/Golden Ratio.

(v) 1963 年には, “フィボナッチ数列に関連する問題”を専門に扱う「フィボナッチ協会」(

http://www.mathstat.dal.ca/Fibonacci/ ) という団体が設立された. この協会は The Fibonacci

Quarterly という雑誌を刊行し, 国際シンポジウムや研究集会を開催して, フィボナッチ数列の研究を推進している.

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4.5 フィボナッチ数列の漸近挙動

さて, n が大きくなるとき, フィボナッチ数列の値 Fn は急速に増える. 実際, コンピューターを使うと, その様子をはっきりと図示できる:

5 10 15 20 25 30

1000

2000

3000

4000

例題 4.4. では, フィボナッチ数列 {Fn} はどれくらいの速さで大きくなっているのか?

[解答] Step 1. まず フィボナッチ数列の一般項を求める.

ある数 C, x があり, フィボナッチ数列 {Fn, n = 0, 1, 2, · · · } の一般項が

(4.4) Fn = Cxn

と書けていると仮定する. (4.4) を (4.2) に代入して,

(4.5) Cxn = Cxn−1 + Cxn−2 ⇔ x2 = x + 1.

この2次式 (4.5) の 2実根は

β1 ≡ 1 +√

52

, β2 ≡ 1 −√

52

.

ところが,Fn ≡ C (β1)n

では, F0 = 1, F1 = 1 を同時に満たすことはできない. これは

Fn ≡ C (β2)n

としても同じ. そこで 両者を同時に使い,

Fn ≡ C (β1)n + C (β2)n

とおくと, C, C を適当に選べば, F0 = 1, F1 = 1 が成立する. 実際

(4.6) Fn =1√5

{(1 +√

52

)n+1 −(1 −

√5

2)n+1

}は (4.2) を満たしている.

10

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練習問題 4.5. 上の主張を証明せよ. ♠

Step 2. (4.6) で与えられた Fn の漸近挙動を調べる.

まず,

|β2| =∣∣1 −

√5

2

∣∣ =∣∣ − 0.61 · · ·

∣∣ < 1

なので, (4.6) の第2項は急速に減衰.

(4.7) n → ∞ のとき Fn

Fn−1→ β1 =

1 +√

52

≅ 1.62 · · · = 黄金比.

練習問題 4.6. (4.7) を証明せよ. ♠

さらに, n ≥ 6 では, “ Fn/Fn−1 と黄金比との誤差”が 0.5 % 以下になるので,

自然界での増加率は黄金比になることが多い

との主張が成立する.

11

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5 重要な数列–ネイピア数 e と指数関数重要な関数である ‘指数関数’ や ‘自然対数’ を導入するため, ネイピア数 e と呼ばれる ‘特別な無理数’ を数列の極限として定義しよう. まず, その数列の意味を述べる.

5.1 金利計算と等比数列

年利 r で A 円を借り入れる. 利子は複利で計算されるので, 借金の総額は

0 年目 1 年目 2 年目 · · · n 年目総額 A A(1 + r) A(1 + r)2 · · · A(1 + r)n

と“公比 r の等比数列”になる.

とくに 1 年間の借り入れでは

(5.1) A → A(1 + r).

ところが 年利 r ではなく, 毎月の利率 r/12 で利息計算をする場合は,

(5.2) A → A(1 +r

12)12

となるが, このとき次の問題が発生する:

例題 5.1. “年利 r で計算した (5.1)”と“月利 r/12 で計算した (5.2)”では, どちらの金額が大きいか? ⋄

この問題に答えるには, 次節で解説する「2項定理」を使う.

5.2 2項定理

n を自然数とする. n 個のものを左から順番に並べる方法は

n! ≡ n · (n − 1) · · · 2 · 1; (n の階乗 factorial と呼ぶ),ただし 0! ≡ 1 と約束する,

通り. さらに, 全体が n 個のものから k 個を取り出す方法は

(5.3)n!

k! (n − k)!≡ nCk, k = 0, 1, · · · , n

通りある. この nCk は 2項係数と呼ばれる*2.

補題 5.2. 2項係数は次の性質を持つ.

nC0 = 1 = nCn,(5.4)

nCk = nCn−k,(5.5)

nCk + nCk+1 = n+1Ck+1. ⋄(5.6)

*2 この名称は「2項定理」に由来する. また, 2項係数を表す記号として,„

nk

«

もしばしば使われる.

12

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さて 2項係数 (5.3) は多項式 (x + y)n の展開に応用できる.

定理 5.3 (2項定理). (重要) 実数 x, y と自然数 n にたいし, 次の等式が成立する:

(x + y)n =n∑

k=0

nCk xn−k yn(5.7)

= xn + nC1 xn−1 y + nC2 xn−2 y2

+ · · · + nCn−1 x yn−1 + nCn yn. ⋄

[例題 5.1 解答] (5.1) < (5.2). なぜなら, 定理 5.3 より

A (1 +r

12)12 = A

{0C0 + 12C1 (

r

12) + 12C2 (

r

12)2

+ · · · + 12C12 (r

12)12

}= A

{1 + 12 · r

12+

12 · 112!

(r

12)2 + · · · + 1 · ( r

12)12

}> A

{1 + 12 · r

12}

= A (1 + r). 2

5.3 ネイピア数

次に 例題 5.1 を発展させ, 「日利計算で 1 年後の借り入れ」を計算すると

(5.8) 年利 r の利息 < 月利 r

12の利息 < 日利 r

365の利息

との不等式が成立している. では,

例題 5.4. 時間毎の利率 r

365 × 24→ 分毎の利率 r

365 × 24 × 60

→ 秒毎の利率 r

365 × 24 × 60 × 60→ · · ·

と利息の単位期間をどんどん細かくしていくと, 1 年後の借入金額はどうなるのか? ⋄

この 例 5.4 に解答するためには,いろいろな準備を必要とする*3.

例題 5.5. 数列

(5.9) an ≡ (1 +1n

)n, n = 1, 2, · · ·

の漸近挙動を調べよ.

[解答] Step 1. 定理 5.3 (2項定理) で x = 1, y = 1/n とおくと

an = (1 +1n

)n =

= 1 + nC1 · (1n

) + nC2 (1n

)2 + · · · + nCj (1n

)j + · · · + nCn (1n

)n.

*3 後述の (5.12) で解答する.

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ここで nCj =n!

j! (n − j)!を代入して

an = 1 +n!

1! (n − 1)!· 1n

+n!

2! (n − 2)!· ( 1

n)2 + · · · +

+n!

j! (n − j)!· ( 1

n)j + · · · + n!

n! 0!· ( 1

n)n =

= 1 +11!

+12!

· 1 ·(1 − 1

n

)+ · · · + 1

j!· 1 ·

(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − j

n

)+

+ · · · + 1n!

· 1 ·(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − 2

n

)·(1 − n − 1

n

)となる.

結局, つぎの等式が得られた:

an = (1 +1n

)n

= 2 +12!

·(1 − 1

n

)+ · · · + 1

j!·(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − j

n

)+

+ · · · + 1n!

·(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − 2

n

)·(1 − n − 1

n

).

(5.10)

Step 2. 上の等式から (5.9) の数列 {an} にたいして, 重要な性質を導びくことができる.

補題 5.6. 数列 (5.9) は単調増加, つまり an < an+1, n = 1, 2, · · · . ⋄

[証明] まず, 次の不等式が成立していることに注意する:

1 − 1n

< 1 − 1n + 1

,

...(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − j

n

)<

(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − j

n + 1),

...(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − 2

n

)·(1 − n − 1

n

)<

(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − 2

n + 1)·(1 − n − 1

n + 1).

これを (5.10) に適用して

an = 2 +12!

·(1 − 1

n

)+ · · · + 1

j!·(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − j

n

)+

+ · · · + 1n!

·(1 − 1

n

)· · ·

(1 − n − 2

n

)·(1 − n − 1

n

)< 2 +

12!

·(1 − 1

n + 1)

+ · · · + 1j!

·(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − j

n + 1)

+

+ · · · + 1n!

·(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − 2

n + 1)·(1 − n − 1

n + 1)

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< 2 +12!

·(1 − 1

n + 1)

+ · · · + 1j!

·(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − j

n + 1)

+

+ · · · + 1n!

·(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − 2

n + 1)·(1 − n − 1

n + 1)

+1

(n + 1)!·(1 − 1

n + 1)· · ·

(1 − n − 1

n + 1)·(1 − n

n + 1)

= an+1. 2

補題 5.7. 任意の n = 1, 2, · · · にたいし 2 ≤ an < 3. ⋄

[証明] 自然数 m にたいする不等式

m! = m · (m − 1) · · · 3 · 2 · 1 ≥ 2 · 2 · · · 2 = 2m−1

⇒ 1m!

≤ (12)m−1

を (5.10) に使うと

an ≤ 2 +12!

+ · · · + 1j!

+ · · · + 1n!

< 2 +12

+ · · · + (12)j−1 + · · · + (

12)n−1

= 1 +1 − (1/2)n

1/2< 1 +

11/2

= 3.

an ≥ 2 は自明だから補題が証明された. 2

Step 3. 上の 補題 5.7 と 定理 3.5 を組み合わせると, 次の結論が得られた.

定理 5.8 (例題 5.5 の解答). 数列 (5.9) は単調増加で有界だから, limn→∞ an が存在する. ⋄

この極限値の具体的な値は, 理論では計算できないので, 次のように定義する.

定義 5.9 (ネイピア数 e の定義). limn→∞ (1 +1n

)n = e とおき, ネイピア数*4 とよぶ. なお e は無理数で,

e = 2.71828 · · · である. ⋄

5.4 例題 5.4 の解答と指数関数

いよいよ 例 5.4 に解答しよう.

[例題 5.4 の解答] 最初に (5.8) を一般化し,

「年利 r を N 等分した利率 r/N で A 円を 1 年間 (= N 期間)借り入れる」

場合の借金総額

(5.11) A (1 +r

N)N

の N → ∞ での極限を計算してみよう.

*4 しばしば「オイラー数」とも呼ばれる.

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N ≡ r M とおくと(5.11) = A (1 +

r

rM)Mr = A

{(1 +

1M

)M}r

となる. r > 0 は定数なので, N → ∞ のときM → ∞ となる. すると 定義 5.9 より

limN→∞

A (1 +r

N)N = lim

M→∞A

{(1 +

1M

)M}r = A

{lim

M→∞(1 +

1M

)M}r = A er.

つまり, 次の結論が得られた:

[例題 5.4 への解答] N → ∞ としたときの借入金額の極限はA er に収束し, 無限大にはならない. 2

(5.12)

なお, この解答中に登場した er は特別に重要なので, 次の名称を与える.

定義 5.10 (重要). f(r) ≡ er を r の関数と見なし, 指数関数とよぶ. なお今後は, er の代わりに, f(r) =

exp{r} の表現をしばしば使う. ⋄

指数関数 f(r) = er のグラフは下図の通りである.

-1 1 2 3 4

10

20

30

40

50

注意 5.11. (5.10) を得るのと同様の方法により, 以下の不等式が導かれる.

(5.13) 1 + r ≤ er ≤ 1 +r

1 − (r/2), 0 < r < 1.

この不等式は,指数関数 f(r) ≡ er の微分を考えるときに必要となる. ⋄

練習問題 5.12. 次の極限を求めよ.

(i) limn→∞

(1 − 1n

)−n, (ii) limn→∞

(1 − 1n

)n,

(iii) limn→∞

(1 − 1n

)−n−3, (iv) limn→∞

(1 +12n

)n.

参考文献[1] 佐藤 修一, 自然にひそむ数学 – 自然と数学の不思議な関係, 講談社, 1998; ISBN-10: 406257201X.

[2] 橋本 和夫, 白石 亘, 黄金デザイン, 治郎吉商店, 2004; ISBN-10: 499022700X.

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