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途上国の教育の質向上におけるノンフォーマル教育の役割 ~バングラデシュの BRAC を中心に考察する~ コース 学籍番号: 20427067 西

途上国の教育の質向上におけるノンフォーマル教育の役割 ... · 2014-10-29 · 途上国の教育の質向上におけるノンフォーマル教育の役割

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途上国の教育の質向上におけるノンフォーマル教育の役割

~バングラデシュの BRAC を中心に考察する~

国 際 学 部 国 際 学 科

国 際 政 治 経 済 コ ー ス

牧 田 東 一 ゼ ミ

学 籍 番 号 : 2 0 4 2 7 0 6 7

葛 西 麻 奈 実

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目次

はじめに................................................................................................................................... 4

第 1 章 途上国における教育の現状と問題 .............................................................................. 5

第 1 節 EFA 達成において求められる教育の質向上 ...............................................................5 1.1 教育とは ......................................................................................................................5 1.2 教育の質とは ...............................................................................................................5 1.3 構造調整 .....................................................................................................................5 1.4 国際社会の教育協力の流れ .........................................................................................6

第 2 節 途上国の教育の現状と問題........................................................................................6 2.1 地域における教育状況の違い........................................................................................7 2.2 途上国に代表してみられる公教育の問題 ......................................................................7 2.3 男女格差の問題...........................................................................................................8

第 3 節 ノンフォーマル教育の役割..........................................................................................8 3.1 ノンフォーマル教育とは .................................................................................................9 3.2 ノンフォーマル教育の有効性・役割................................................................................9

第 2 章 バングラデシュの教育の現状..................................................................................... 10

第 1 節 バングラデシュの人口と教育の歴史.......................................................................... 10 1.1 人口の圧力................................................................................................................. 10 1.2 バングラデシュ独立前の教育の歴史............................................................................. 10 1.3 バングラデシュ独立後の教育政策 ................................................................................ 10 1.4 金品配布の諸政策 ...................................................................................................... 11

第 2 節 バングラデシュの学校教育....................................................................................... 13 2.1 教育システム ............................................................................................................... 13 2.2 初等教育 ................................................................................................................... 14 2.3 伝統的教育機関 ......................................................................................................... 14

第 3 節 バングラデシュの学校教育の問題 ............................................................................ 15 3.1 教育の財源................................................................................................................. 15 3.2 教育のガバナンスと行政 .............................................................................................. 15 3.3 ドロップアウト ............................................................................................................... 16 3.4 教員について.............................................................................................................. 16 3.5 学習成績 .................................................................................................................... 17

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3.6 保護者と教員の会合.................................................................................................... 17

第 3 章 バングラデシュのノンフォーマル教育活動-BRAC を例に- ................................... 18

第 1 節 BRAC の初等教育プログラム.................................................................................... 18 1.1 BRAC とは .................................................................................................................. 18 1.2 BRAC の教育プログラム .............................................................................................. 18 1.3 BRAC の初等教育スクール、青少年初等教育スクール.................................................. 19 1.4 BRAC スクールの教室 ................................................................................................. 19 1.5 BRAC スクールの授業の特徴 ...................................................................................... 20

第 2 節 BRAC の学校運営................................................................................................... 23 2.1 マネジメント ................................................................................................................. 23 2.2 プログラム・オーガナイザー ......................................................................................... 23 2.3 BRAC スクールの教師................................................................................................ 25

第 3 節 BRAC の公教育への働きかけ .................................................................................. 26 3.1 BRAC 就学前教室 ...................................................................................................... 26 3.2 Mentoring コース ......................................................................................................... 27

終章 教育の質の向上のために求められる NGO のアプローチ ............................................. 29

<参考文献> ........................................................................................................................ 30

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はじめに

世界中で 1 億人以上の子どもたちは学校に通っておらず、子どもの 4 人に 1 人は、5 年間の基

礎教育を修了できない。これらの子どもたちのほとんどは開発途上国で生活している。 ミレニアム開発目標では、「2015 年までに、男女を問わず、あらゆる子どもたちが各地で初等教

育を受けるようにする」との目標を掲げた。しかし、就学に対する取り組みだけでは十分ではない。

基礎的な識字教育及び計算のためには、少なくとも 5 年間の良質な学校教育が必要であり、質の

改善は不可欠である。良質な初等教育の修了は成功の指標であるが、90 ヶ国近くの国において

は、これを達成するための取り組みが軌道にのっていない。 筆者がこのテーマに深く関心を持ったのは、2006 年の夏、貧しいコミュニティに対してノンフォー

マル教育を支援する、カンボジアのローカル NGO で研修をしたことがきっかけである。実際にノン

フォーマル教育の現場に入ってみると、そこには懸命に勉強に取り組む子どもたちの姿があった。 この学校に通う子どもたちは、それぞれ家計を支えるために働いていたり、家事労働をしていたり

と様々な背景を背負っている。また、研修中に子どもたちの住んでいる家を訪問する機会があった。

その生活環境はというと、とても十分なものではなく、貧困における問題が複雑に絡み合っており、

教育を受ける機会を阻害してする要因が多く実在した。そんな状況下におかれた子どもたちが学

校に来る時間は、非常に貴重である。筆者は、それらの子どもたちに、学校に来ている時間だけで

も質の高い教育を受けさせたい、教育を受けることで将来の選択肢を増やしてあげたいと強く感じ

このテーマを選択した。 また、フォーマル教育とは異なった、学習者に合わせて場所やカリキュラムを決める、というノン

フォーマル教育独自の“コミュニティに根ざした柔軟な教育方法”に興味を持った。既存のフォーマ

ル教育は、中央政府により管理され「基準」や「規則」に縛られた「画一的」な教育方法がとられて

おり、学習者の多様なニーズに応えられていない。そのことが、貧しい人々の教育の場へのアクセ

スを難しくしている。また、これらの人々はすでに社会的に弱い立場におかれている場合が多く、

教育を受けていないことがさらにその立場をいっそう弱くし、より社会的格差を広げる原因となって

いる。 ノンフォーマル教育は、それらのフォーマル教育から排除された多くの人々に、その多様性、柔

軟性をもって教育の場を与えている。その教育方法の特徴は、より多くの人々が教育の場にアクセ

スしやすくなるように地域住民のニーズにあった教育環境を作り出している点である。これら、地域

住民のニーズを探っていくことは、同時にフォーマル教育の問題を浮き彫りにさせていくことでもあ

る。また、途上国では教育の質の向上が課題になっており、各 NGO では、教員の研修プロジェクト、

カリキュラムの改善、教育行政能力の向上などに力を入れている。これらのことから、ノンフォーマ

ル教育からフォーマル教育へのアプローチによる、途上国においての教育の質向上の可能性は

大きいと感じ、その可能性を探っていきたい。 また、その例として、バングラデシュのローカル NGO の BRAC を取り上げる。BRAC は、ノン

フォーマル教育プログラムにおいて全国レベルの成果を挙げ、巨大な初等教育プログラムを実施

している NGO であり、この初等教育プログラムでは、効率的・効果的な教育方法を開発し、広い地

域で大きな成功を収めている。また、公教育促進のための政府への支援プログラムも行っており、

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公教育に対しても積極的にアプローチしていることから、BRAC を中心に考察していきたい。 第 1 章 途上国における教育の現状と問題

第 1 節 EFA 達成において求められる教育の質向上

本稿では、教育の重要性、教育の質の概念、また国際社会での教育協力において、教育の質

の向上が強く意識されるようになった経緯とその理由を考察していく。 1.1 教育とは

教育とは、生物としてのヒトを社会を形成する人たらしめる根源的な活動であり、教育は人間社会

が形成されるための不可欠で普遍的な要因である[内海 2001:53]。 教育を受けることは基本的人権であるとともに、個人の生活の質向上を可能にする知識や技術

を習得し、自尊心や自信を育んでいく活動である。自己の持つ知識・技術に自信を持つことによっ

て、初めて自己の能力を十分に発揮することができ、積極的な政治・経済活動への参加が実現し、

開発への主体的な関与をすることができるようになるのである[JICA 2005:5]。途上国においては、

根強い支配構造の中で、貧困層の人々が自分たちの今ある姿や、あるべき姿を社会構造の中で

認識する「意識化」が、貧困の悪循環から抜け出す一つの機会となる。その機会を与える手段とし

て、教育は非常に有効であり、必要不可欠である。 1.2 教育の質とは

「教育の質」(quality of education)とは、「教育の量」(quantity of education)に対比して用い

られる概念である。「教育の量」といった場合は、就学率、学校数、児童生徒数、教員数等の教育

の量的側面を指す。これに対して、「教育の質」といった場合は、教育の目標、教育課程、指導方

法、学業成績、学校経営等の教育の質の向上に結びつく領域を指す[黒田・横関 2005:89-90]。 教育の質は、大きく「インプットの質」と「アウトプットの質」に分けることができる。「インプットの質」

とは、教師や校舎、教科書などの教育の条件整備に関する事項を指す。一方、「アウトプットの質」

とは、学業成績や識字能力、進路や卒業など、教育の結果として現れた成果を指す。「アウトプット

の質」を高めるには、良質なインプットが必要であり、両者は強く結びついている[黒田・横関 2005:90]。

初等教育において「量か質か」という問題に関しては、取捨選択することはできない。量と質の双

方を改善し、そのバランスをとっていくことが重要である。 1.3 構造調整

1970 年代から 1980 年代にかけて、多くの途上国は累積債務問題に悩まされるようになり、国際

通貨基金(IMF)や世界銀行からの構造調整借款に依存せざるを得なくなった。構造調整借款は、

財政赤字の削減と貿易赤字の削減を目的としており、政府支出の削減を余儀なくされた。そのた

め、多くの構造調整対象国では教育や保健、福祉といった社会部門への政府支出が大幅に削減

された[JICA 1995:1]。 構造調整が貧しい人々の生活に与えた影響は深刻だった。教育面での影響は大きく、構造調

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整対象国の多いアフリカでは、1980 年代の初等教育就学率の動向を見ると、まさに「失われた 10年」といわれるように、多くの国で初等教育就学率は低下し、アフリカ全体で見ても初等教育就学

率は低下したことがわかる[米村 2003:114]。この時期のアフリカ諸国について、世界銀行の『サハ

ラ以南のアフリカの教育』その他の報告では、高等教育への資金の偏り、教員資質の乏しさ、留年

や中途退学の多さ、学力の低さ、施設設備の貧弱さ、水や電気その他の物資決定的不足、経営

費全体不足など、アフリカの教育の危機を示している。1977 年から構造調整に入ったジャマイカで

は、教員の給料据え置き、学校予算の削減、教員養成施設の削減などにより、教員の意欲低下、

兼職や転職が広がり、教育の質の低下をもたらした[江原 2001:64]。 これら、とくにサハラ以南のアフリカ地域における教育開発の挫折が、世界銀行における高等教

育から初等教育へという大きなシフトを導き、1990 年「万人のための世界教育会議」のイニシアティ

ブへとつながっていった[江原 2001:65]。

1.4 国際社会の教育協力の流れ

構造調整政策における教育支出の大幅削減により、途上国の教育が危機の真っ只中にあった

1990 年、タイのジョムティエンにおいて「万人のための世界教育会議」が開催された。この会議で

は、世界の発展途上国の教育が深刻な状況にあることが報告された。 Education for All(以下、EFA と略す)の理念が国際的に広く認められるようになった契機は、こ

の「万人のための教育世界会議」であった。EFA 理念の特徴は、それまで初等教育を中心として

理解されていた基礎教育(basic education)の概念を拡大し、より包括的かつ柔軟な教育のあり方

を提案したことであった。しかしながら、EFA の理念の実現をめざす国家的・国際的な取り組みは、

ジョムティエン会議後 10年間を通して十分な成果を上げたとは言い難く、世界の現状は EFA達成

には程遠い状況にあった[黒田・横関 2005:17]。その背景には、基礎教育の量的拡大の中で、学

校施設を増加しても期待したように子どもが来ない、中途退学や落第が多い、学業不振等、実際

の学習がなされていないことがあることがわかってきた[内海 2001:80]。 そこで、その反省に基づき、質の高い基礎教育の普及を目指す国際社会の姿勢を再確認する

場として、2000 年 4 月にセネガルのダカールにおいて世界教育フォーラム (The World Education Forum)が開催された。このダカール会議では基本的人権としての教育を改めて考え

ることにより、教育の質(quality of education)に関する問題やライフスキル(life-skills)の向上と

いった課題について議論が行われ、量的な側面からだけではなく質的な側面からも、基礎教育の

推進を図ることが目指されるべきであると合意された[黒田・横関 2005:17-18]。 このダカール会議の中で、EFA を達成するためのさらなる戦略として打ち出された「ダカール行

動枠組み」では、特に初等教育に関する方針として、単にその完全普及を目指すだけでなく「より

良い質」の教育の必要性が明記された。以降、国際社会は、教育を基本的人権の 1 つと掲げ、良

質な基礎教育の拡大と充実をその中心政策として取り組むことになる[千葉 2003:6]。 第 2 節 途上国の教育の現状と問題

本稿では、途上国の教育状況の地域における違い、途上国において代表して見られる教育の

状況、またそこから見えてくるフォーマル教育の問題を考察していくことにする。

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2.1 地域における教育状況の違い

世界には依然 1 億 1540 万人の子どもが様々な理由から就学できておらず、これらの未就学児

童の内、サブサハラアフリカの児童が 37%、南西アジアの児童が 34%、そして東アジア及び大洋

州諸国の児童が 13%を占めている[外務省ホームページ 2006]。 教育の発展は、政治経済的な要因と同時に、歴史的・社会的・文化的な要因に基づく教育の内

発的な発展も大きな影響があると考えられ、地域的な傾向が強くうかがわれる。それぞれの地域・

国は固有の教育課題を担っているため、国際教育協力の実施に当たっては、そうした問題を抽

出・理解するための個別の研究が不可欠である。また、教育分野の協力ニーズや実施方法はそれ

ぞれが特殊であり、個別のプロジェクト実施に当たっての一般的な処方箋を作成することは困難で

ある[内海 2001:71]。 2.2 途上国に代表してみられる公教育の問題

Ⅰ) 学校設備の不足・損壊

まず、問題として挙げられるのが、遠距離通学や交通手段の不備、学校建設、教室、机、椅子、

黒板、トイレ、飲料水、電気など必要最低限の設備の不足や損壊である。南アフリカおよびタンザ

ニアの初等学校では、上記のような問題がかなり広範囲に見られ、特にトイレの数が絶対的に不足

しており、管理・清掃が行き届いていない例、男女のプライバシーの配慮がなく女子の就学の障害

となっている例も多く見られるという。こうした基盤の問題に加え、複式学級、一教室あたりの生徒

数の多さなど、教育運営上の問題、さらに、例えばニジェールでは、1999~2000 年度で、生徒 3人に 1 冊、セネガルでは 10 人に 1 冊しか教科書がないなどの状況が見られ、生徒一人ひとりに教

科書・ノート・筆記具が不足している問題が重なる[江原 2003:34]。 途上国の学校では就学率は増加したが、校舎や教室の建設が追いつかず、1 教室あたりの生

徒数が増大し、机やイスや教科書がない、教材がないという状況が慢性化している。このような学

習環境では、学習の成果は上がらないということは言うまでもない[江原 2001:19]。 Ⅱ) 教員と教員養成システム

「教育を論じようとすれば、結局は教師の問題に行き着いてしまう」ともいわれるように、学校教育

の成否は結局「教員」が鍵である。むろん、教員施設や教材も教育にとって重要であることには変

わりはないが、実際に教育現場で子どもたちに対面し、指導を行うのは教師である[黒田 ・横関 2005:90]。途上国の教員に関しては、「授業が出来ない」「ただ板書するだけ」「意欲が無い」「副

業を持ち、副業に熱心」「権威主義的」など、低い評価が多数を占める。その理由としては、無資格、

あるいは適切な教員養成課程を経ていない、教員の社会的地位が低い、経済的な魅力がないな

どがあげられ、どの理由も複雑に絡み合っている[黒田・横関 2005:91] 教師の指導力は、養成から採用、現職研修という一貫したシステムの中で高められていくが、途

上国においては、このような明確な教師教育システムがあまり見られない。地方の小学校では無資

格教員が教壇に立っていることもあるし、校長自身が無資格教員ということすらある。教員養成にお

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いては、教員養成校における授業内容が理論や歴史に偏っており、実際に指導案を書いたり、授

業をしたりといった実践的な訓練が不足している。さらに、現職研修においては、その制度化すら

なされていない国もある[黒田・横関 2005:91]。 Ⅲ) カリキュラム 学校で教えられる教育内容の改善も重要な課題である。学校で教えられている教育内容が、あ

まりにも自分たちの生活と無関係であったり、自分たちの求めるものからかけ離れたものであれば、

子どもたちは学校へ行く価値を見いだしにくい[黒田・横関 2005:90]。 途上国の人口は農村部に多いにもかかわらず、農村での生活を前提としたカリキュラムになって

いないために、人々の教育のニーズとかけ離れている。現在の初等教育は、地域を問わず、「読

み・書き・計算」を基本とした基礎教育である。それ以外で、農村に住む人々が必要としている教育

ニーズである、家庭生活改善のための教育(各種技能・家政・家の修繕等)、地域社会改善のため

の教育(地方や国の行政のしくみの具体的な提示等)、職業教育(特定の職業に必要な技能)等は

軽視されている。こうした地域のニーズとかけ離れた、一般教育中心のカリキュラムが農村部の

人々を学校から離れさせ、地域格差を増大させる一因になっているという指摘もある [内海 2001:67]。 Ⅳ) ドロップアウト率の高さ

途上国では、子どもたちが入学はしたものの通学を継続しない、できない、あるいは成績不良で

進級できずに留年、そのまま学校へ来なくなるといった中途退学(ドロップアウト)のケースが多く、

「教育の効率」という視点から問題となっている。 途上国の学校では、小学校1年生の教室がいっぱいでも、6年生の教室はガラガラという光景を

よく目にする。その理由は途中で通えなくなる子が多いためである。現在、1億1,540万人の子ども

が様々な理由から学校に通えていないが、初等教育を途中でドロップアウトせざるを得ない子ども

もあわせると、現在小学校の年齢に達していながら通えていない子どもの数は、世界中で 2 億

5,000 万人以上にのぼる[オックスファム・ジャパンホームページ 2006]。 2.3 男女格差の問題

初等教育における就学率の男女の開きが非常に大きい地域として挙げられるのが、南西アジア

である。教育における大きな男女格差の解消なくしては、就学率・識字率の改善は困難である。ま

た、母親の教育の有無が女子の就学を決定する大きな要素であることは一般に知られており、女

子の就学率を促すことは、次世代への教育投資という効果があることも見逃せない。加えて、女子

の基礎教育の向上は、家族計画の成功や乳幼児の健康増進のために鍵を握る要因であり、この

観点からも女子に重点をおいた初等・中等教育の拡充の必要性は高い[豊田 1998:81] 第 3 節 ノンフォーマル教育の役割

本稿では、公教育(フォーマル教育)の問題を踏まえて、ノンフォーマル教育の定義、ノンフォーマ

ル教育の有効性、役割について考察する。

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3.1 ノンフォーマル教育とは

フォーマル教育は、制度化された学校教育システム内での教育活動である。また、インフォーマ

ル教育は、日常の経験などに基づく、組織的ではない障害にわたる学習プロセスを指す。そして、

ノンフォーマル教育は、ある目的をもって組織される学校教育システム外の教育活動であり、

フォーマル教育を受けていない子どもや成人が対象となる。学校に行けない学齢期の子どもに対

するノンフォーマル教育活動においては、フォーマル教育の補完的役割が大きいことから、フォー

マル教育システムへの橋渡し、またはフォーマル教育との同等資格の付与が重要となり、国や

NGO によるノンフォーマル教育プログラムが充実している例もある。ノンフォーマル教育は、すべ

ての人々の「基礎的な学習ニーズの充足」のために必要不可欠であり、フォーマル教育とノン

フォーマル教育の連携が欠かせない[JICA 2005:4]。 ノンフォーマル教育という言葉は、フォーマル教育(初等教育)の非効率性が指摘されるように

なった 1970 年代初頭に登場した。そこでは、「なんらかの形で組織されたフォーマル教育システム

の外での教育活動」と定義された[JICA 2005:4]。 3.2 ノンフォーマル教育の有効性・役割

教育は基本的人権の一つであり、国家はすべての国民に教育機会を保障する義務を持ってい

る。しかし、途上国にはさまざまな理由から十分な学校教育を受けられなかった、あるいは今現在

受けられない人々が数多く存在する。彼らのほとんどは非識字者となり、社会生活を営むうえで深

刻な問題に直面している[黒田 横関 2005:145]。 このように、さまざまな理由で就学していない学齢期の子どもたちが多数存在していることは、

フォーマル教育がすべての子どもに教育機会を提供しきれていないことを示している。非就学の子

どもがフォーマル教育にアクセスできない理由は、経済的理由から社会、文化的理由まで多岐に

わたるが、一般的に、中央政府により管理され、「画一的」な性格を持つフォーマル教育が、学習

者の多様なニーズに対して十分に応えられていないことが大きな要因として指摘されている。これ

に対して、地域の特性や対象者のニーズに合わせて教育プログラムを形成するノンフォーマル教

育は、フォーマル教育が対応できない多様なニーズにきめ細かく対応できる可能性を持っている

[JICA 2005:19]。 ノンフォーマル教育特徴として次のことが挙げられる。 ◆人々が生活の中で直面する課題をテーマに取り上げることができる。 ◆地域の特性に合わせた教育プログラムの実施を可能とする柔軟性や、紛争や災害などの不

安定な状態にも対応できる即応性を持つ。 ◆子どもから成人まであらゆる人々に対して必要に応じた学びの場を提供できる。 ◆保健・衛生、環境保全、ジェンダー、人権、平和構築など多様な開発課題に対応する基礎能

力の開発に貢献できる。 上記のような特徴を持つノンフォーマル教育は、よりよい地域社会の形成、ひいては途上国の持

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続可能な発展にダイナミックに貢献する可能性を持っているといえよう[JICA 2005:5]。 第 2 章 バングラデシュの教育の現状

この章では、バングラデシュの人口、教育の歴史、学校教育の制度や教育における問題を通し

て、バングラデシュにおける教育の現状を考察していく。 第 1 節 バングラデシュの人口と教育の歴史

本稿では、人口大国バングラデシュにおける教育の役割と、教育の歴史を振り返り考察していく。 1.1 人口の圧力

人口 1 億 3,000 万人を擁するバングラデシュは、世界第 8 位の人口大国であり、また最も人口

密度の高い国でもあるが、天然資源には乏しい[国際協力銀行 2002:1]。 バングラデシュの貧困問題を考える際、急激な人口増を見逃すわけにはいかない。1951 年以

降のバングラデシュの人口推移は、高死亡率から高出生率、低死亡率に移行した。バングラデ

シュが東パキスタンであった 1950 年代から、先進国で開発された殺虫剤や薬品により、マラリア、

黄熱病、天然痘、コレラなどの死に至る病が制圧されていき、また公衆衛生計画の導入により、乳

幼児死亡率に改善が見られた。ところが、高死亡率に打ち勝つために高い出生率を維持しなけれ

ばならないという長い間の慣習、人々の価値観、そして社会制度は容易には変わらない。このため、

1961 年(東パキスタン)の 5,522 万人から、1991 年の 1 億 799 万人まで過去 30 年間で人口は倍

増した[田中 1994: 120]。 このような人口大国のバングラデシュが発展し、繁栄するためには、他の大半の開発途上国以

上に人的資源を活用する必要があり、その点で教育は効果的かつ重要であるといえるだろう。 1.2 バングラデシュ独立前の教育の歴史

独立以前の教育制度はイギリスが設定したもので、その目的は、植民地の運営を支援する下級

役人を養成することと、一方で西洋文化の習慣や態度を身につけた将来のエリートを養成すること

であった。そして、教育を受けた上層階級の現地人を、イギリス人から現地人全体への意思伝達の

窓口とした。このようなイギリスによる教育は、エリート層の教育は導いていったものの、実用的な技

術や専門的知識は発達しなかった[UNICEF ホームページ 2007]。 パキスタン時代は、1947 年の独立とともに、新しい国を作るための一般の教育システムの再構

築が求められた。1959 年のパキスタン政府によるレポートによれば、教育構造を再編成するため

に、広域的で、また技術教育を強調した改正案を推奨した。しかし、そのような政策の影響は、ごく

少数のエリート層を除いて、東パキスタンでは感じられるものではなかった[UNICEF ホームペー

ジ 2007]。 各時代を通して、エリート層と一般の人々の教育の格差は大きく、その影響は現在においても色

濃く残っている。

1.3 バングラデシュ独立後の教育政策

バングラデシュ独立後に制定されたバングラデシュ人民共和国憲法では、それまでの経済的必

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要性という捉え方を発展させ、教育を基本的人権、そして国家の義務として明示するという観念的

進歩がみられた。バングラデシュ人民共和国憲法第 17 条で、教育については、(a)教育の、画一

的で、大衆志向的で、全国的な制度を確立し、法で定められた年齢層の子ども全てにまで無償義

務教育を拡充すること、(b)教育を社会のニーズに関連づけ、これらのニーズに奉仕する、適切に

訓練され動機づけられた市民を育てること、(c)法で定められた期日までに、非識字者をなくすこと

とあるように、独立後の憲法によって、バングラデシュにおける教育は、「基本的人権の一部」であり、

「国の責務」となったのである。1973 年、政府は「国立化布告(Decree of Nationalization)」を発

効し、当時の全ての小学校を国立化した。この意図は、強力的な中央集権体制のもとで国家主導

の初等教育改善を目指すものであった。バングラデシュはイギリス植民地からパキスタン時代まで

の制度を一新するために、強力な中央集権を行ったが、教育制度もこうした流れによって、中央集

権化されたのである〔山内・杉本 2006:183-184〕。 その後は、主に 5 ヵ年計画に教育整備が組み入れられるようになり、1980~1985 年の第 2 次

5 ヵ年計画から、初等教育の普遍化(Universal Primary Education: UPE)が最初の大きなプロ

ジェクトとして始まった。計画の1つとして、初等教育法(1981年)が公布され、その第6条において

地方教育機関(Local Education Authorities: LEA )が小学校の運営をまかされるようになり、学

校運営委員会(School Management Committee: SMC)が学校ベースの運営体制を設立する

ことが盛り込まれたが、結局のところ未実施に終わった。この2年後、初等教育法は行政布告により

改編され、ウポジラ(Upazila: 副県)と呼ばれる行政区分の議会であるウポジラポリシャド

(Upazila Parishad)が、初等教育運営の責任を負うことになり、さらに下位のレベルにまで教育

に関する権限の委譲を推し進めた。こうした過程を経て、政府~州初等教育担当官~県教育担当

官(District Education Officer: DEO)~郡教育担当官(Upazila Education Officer: UEO, Thana Education Officer: TEO)~学校運営委員会(SMC)という現在の教育行政の構造がで

きあがった。こうして、フィールドレベルでは、ウポジラ教育担当官や郡教育担当官が地域内の学

校を監督するようになり、バングラデシュの現在の教育開発政策の道筋ができていった。こうした教

育行政改革の効果として、地方で、主に篤志家が土地や建物を寄贈して建設される私立小学校

が増加したことがあげられる〔山内・杉本 2006:184〕。 次の第 3 次 5 カ年計画(1985~1990)では、教育の普遍化(Universal Primary Education:

UPE)の第 2 段階と位置づけ、①就学率を 70%にする、②中途退学の防止、③教科書の無償配

布、④訓練、調査、および運営の改善を通じた質的改善、⑤時間割およびカリキュラムの再編成、

⑥物的インフラを改善する、⑦乏しい学校備品や教材の供給、という 7 つの目標が目指された。む

ろん、こうした目標が計画期間内に達成されたわけではなかったが、UPE という目標を定め、学校

建設がある程度まですすんだところに、初めて質的改善に関して言及がなされた〔山内・杉本 2006:185〕。 1.4 金品配布の諸政策

1990 年以前、国際的にも、国内的にもバングラデシュにおける未就学や中途退学の問題は大

きなものと捉えられていた。その解決策としてバングラデシュでは、前述のとおり、1990 年より義務

初等教育法を公布し、初等教育を基本的人権の一部として無償化し、以後、5 ヵ年計画を中心とし

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て数々の教育拡大政策を実施してきた。なかでも以下の 2 つの政策は、子どもが学校に一定日数

(85%)以上出席することで金品(小麦・米あるいは現金)を配布するという、世界でも類を見ない教

育政策を展開してきている。それが 1992 年から始まった「教育のための食料計画(Food For Education Program: FFE)」、および 2002 年に、それが現金支給に転換した、「教育のための

奨学金計画(Stipend for Education: SFE)、それから 1994 年に始まった世界銀行による「女子

中学生奨学金計画(Female Secondary School Assistance Project: FSSAP」の 2 つの政策で

ある〔山内・杉本 2006:186〕。 「教育のための食糧プログラム」とは貧困家庭の子どもの初等教育就学を促進するという目的で

1992 年度から実験的に導入されていたプログラムである。このプログラムの内容は、初等教育段

階における貧しい家庭の子どもを各学校でリストアップし、名簿をユニオン議会に提出する。リスト

アップされた学校の 40%の子ども(主に貧困層の子弟)が、出席日数の基準値を満たした場合に

は、その生徒の家庭に生徒 1 人につき、15kg 程度の小麦か、12kg 程度の米が月に 1 度、支給さ

れるというものである。第 1 学年時に名前が挙がったら、学年進行で第 5 学年まで支給される。出

席日数の満たない場合には、リストから名前が削られ、小麦または米の支給が停止される。しかし

翌月に基準を満たした場合には再度、支給が受けられる、というものである。 「教育のための食料計画(Food For Education Program: FFE)」は、バングラデシュ第 5 次

5 ヵ年計画(1997~2002 年)において 10 ある「政策課題」の一つとして位置づいている。このプログ

ラムの重要なポイントはいうまでもなく貧困家庭に小麦または米を給付することで、貧困線1以下の

家庭子ども就学促進をはかることである。月に十数 kg の穀物は量的にみれば 1 家庭にとっては少

ない量ではあるが、就学率向上に加えて食糧事情改善にも一役買うことになり、さらにはこれまで

能力がありながらも貧困が主な要因で学校へ行けなかった子どもたちが教育を受ける発端となりう

る。ただし、この FFE は 2002 年度 6 月をもって終了し、代わりに PESP(Primary Education Stipend for Education)が開始された。これは小麦を配布するのに、125tk2かかっていた費用を

直接 100tk 給付することで財政負担を軽減すると同時に、地域限定ではなく、バングラデシュ全土

で行われるようになった。給付基準は変わっていない〔山内・杉本 2006:186-187〕。 女子に対する教育政策は、1990 年頃から模索されてきたが、1994 年から本格化したのが「女

子中学生奨学金計画(Female Secondary School Assistance Project: FSSAP」である。これは、

75%以上の出席で 45%以上の成績、および未婚である、という条件で女子中学生に中学開始の 6年生から 10 年生までの 5 年間、奨学金を支払うというものである。これは、資金の出所によって呼

び名が違う3が、教育省の管轄の下に、各タナにプロジェクト関係者を 1 人配置し、方式を統一して

実施されている。FSAP の評価に関する調査報告によれば、奨学金の給付を受けている新中学生

1 本論では、「それ以下の生活では衣食住などの基本的な生活が維持できないと判断するラインであ

る」という抽象化した概念で捉えている。 2 1tk は約 2 円。(2007年 12 月) 3 女子中学生奨学金計画の種類には資金源によって以下のような 4 種類がある。 Female Secondary School Assistance Program(略称,FSSAP,世界銀行) Female Secondary Stipend Program(略称,FSSP,バングラデシュ政府) Secondary Education Development Program(略称,SEDP,アジア開発銀行) Female Secondary School Education Stipend Program(略称,FSSESP,ノルウェー政府)

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である 6 年生は 1994 年度では 75%であったが、1996 年度には 91%に達し、この制度が人々の

間に定着し、給付に必要な所定の手続きを期間内にとれるようになった。制度導入以前の 1992 年

においては、6年生に入学してくる学生はほぼ男女同率だが、学年がすすむにつれ女子は脱落す

る率が男子より高かった。9 年生についていえば、女子の全体に占める割合は、1992 年の 42.9%から 1996 年には 47.6%に上昇した。中学在籍者全員に対する割合も、1995 年には女子が

51.2%と男子を凌駕するようになった。こうしてみるとこの政策にも、入ってきた女子を留めておくの

に一定の効果はあるという評価であったが、地域全体を通して中等教育への就学を促進させること

に効果があるのかどうかはわからなかった。このプログラムは初等教育とは直接的には関係ないが、

初等教育へ就学する女子が卒業後の進路を考える際に深く関わってくる。 こうした金品配布政策は、除々に拡充してきた学校に、子どもたちを誘引するのに大きな効果を

発揮した〔山内・杉本 2006:188〕。 第 2 節 バングラデシュの学校教育

本稿では、バングラデシュの既存の公立学校の教育制度、教育システムや初等教育、また宗教

学校の制度について、調べていく。 2.1 教育システム

バングラデシュの学校体系は、5-3-2-2 制システムをとっており、小学校(1~5 年生)、中学(6~10 年生)、高校(11~12 年生)、大学(13 年生~)の 4 段階に分かれている[文部省 1996:114]。

初等教育の 5 年間(6~11 歳)は義務教育化されており、これは政府が識字率を 2010 年までに

100%にすることを目標に、1992 年に導入された。義務教育は小学校のみであり、Food For Education(以下、FFEと略す)のプログラムにより、全国に義務教育制度が完成した。このプログラ

ムは、働いている子ども 1 人につき 12 キログラム、2 人につき 16 キログラムの米を配給し、学校に

登校させるシステムで、これにより就学率は向上した[外務省ホームページ 2006]。 国の教育政策全般に対して責任を負っているのは教育省である。教育省は、初等教育局、中

等・高等教育局、及び技術教育局を中心に構成されている。初等教育局は、初等教育全体の責

任を負うとともに、初等教員の養成や現職教員の研修なども担当している。教育省には、このほか、

初等から高等に至る学校施設の運営・営繕を行う施設局、及びカリキュラムの作成や教科書の供

給にあたる教育課程・教科書委員会などが置かれている[文部省 1996:118]。 表 1 バングラデシュの教育システム

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(Wikipedia に基づき筆者作成) 2.2 初等教育

初等教育は、6 歳から開始され、5 年間、初等教育で行われる。初等学校の数は、5 万 314 校

(1994 年)であり、教育課程の編成は、1~2 年次と、3~5 年次とに分かれる。1~2 年次では、ベン

ガル語、算数及び理科と社会科を合わせた環境科を学び、3 年次から、それに体育、図工、音楽、

宗教、及び英語が加わる。そして、2 年次から学年末試験が行われ、合格しないと進級が認められ

ない。また、最終学年の 5 年次には、下級中等学校での奨学金受給資格試験がある。学校年度は、

1 月に始まり、12 月に終わる。公立校は 2 学期制をとっているが、私立校は 3 学期制のところもあ

る[文部省 1996:114]。 2.3 伝統的教育機関

学校教育制度には、一般的な学校体系に加えて、「マドラーサ」と呼ばれるイスラム教の宗教的

伝統に基づく教育制度がある。このマドラーサと呼ばれる宗教学校は、イスラム教の教義を中心に

教育を行う学校で、初等教育から大学レベルまであり、学校の段階区分、及び修業年限などにつ

いて一般の学校体系に対応したシステムをもち、試験による進学制度がとられている。また、マド

ラーサ教育は、カリキュラムや統一試験の管理を含めて、政府機関により統括されている[文部省 1996:117-118]。 4HSC : Higher Secondary Certification 後期中等教育修了資格試験 5SSC : Secondary School Certification 中等教育修了資格試験

年齢 グレード 17+ ⅩⅡ 試験 HSC4 16+ ⅩⅠ 後期中等教育 15+ Ⅹ 試験 SSC5 14+ Ⅸ 中期中等教育 13+ Ⅷ 12+ Ⅶ 11+ Ⅵ

中等教育

前期中等教育

10+ Ⅴ 9+ Ⅳ 8+ Ⅲ 7+ Ⅱ 6+ Ⅰ

初等教育

5+ 4+ 3+

就学前教育

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第 3 節 バングラデシュの学校教育の問題

本稿では、バングラデシュの学校教育の問題はどこにあるのかということを、教育財源、ガバナン

スと行政、ドロップアウト率、教員、学習成績など、あらゆる角度から考察していく。 3.1 教育の財源

バングラデシュでの一人当たりの年間教育支出は約 7.5 ドルと、非常に低い水準にとどまってい

る。これは GNP 比 2.4%の政府支出でしかなく、インドとネパールは 3.2%、パキスタンは 2.7%と、

南アジア地域でもっとも低いパーセンテージであり、また、世界でも最低レベルに属する[USAIDホームページ 2007]。この数字は、教育サービスの質、規模、妥当性という観点から、政府が示す

目標との間には深刻なミスマッチがあることを表している。これらのことから、教育の拡大と質の向上

に関する国家の目標と重点事項を達成するためには、国の総教育支出、特に国家予算の配分は

大幅に増幅させる必要があるということがわかる[国際協力銀行 2002:7-8]。 また、教育財源は公的資金の配分に依存するところが大きく、同時に重要な家計の貢献は教育

財政では無視されている。また、運営予算のほとんど全部が教職員の給与に使われ、質を高める

ために不可欠な他のインプットには回っていない。奨学金、授業料の免除、教育のための食料支

給 FFE(現在では現金での支払いに変った)などの形で支給され、教育参加に対するインセンティ

ブと認められているものは、コストが高く、教育的効果と持続性が問題視されている[国際協力銀行 2002:7-8]。 3.2 教育のガバナンスと行政

政府が直営する公立小学校には、全児童の 60%以上が就学している。政府は、公立・私立の教

員などの人件費の 90%を支払い、その他の部分には資金補助を行い、また無償で教科書を配布

している。こうした公的支援は、基礎教育に対する政府の強い取り組み姿勢を表すものであるが、

政府の財政支援は結果的に中央集権化された官僚支配を持ち込むことになり、同時に初等教育

に対する地域社会の関与とオーナーシップを弱めた。また、システム全体に見られる内部効率性

の低さ、行政の弱さと慢性的な資金不足が見られ、また、教育関係者の人員も専門知識も不足し

ている。皮肉なことに、NGO が運営するノンフォーマル初等教育プログラムには、政府による無償

の教科書や給与の補助などは与えられていないのにも関わらず、より不利な立場にある子どもたち

を対象にしていながら、学習成果の面では公立学校よりも高い実績を挙げている[国際協力銀行 2002:6]。 バングラデシュでは、標準化された国家試験は中等教育学校の終わりに行われる。初等教育レ

ベルでは、試験は学校ベースで行われる。これは教師が試験を作ることを意味するが、初等教育

レベルの試験は一般的に教員組合によって作られ、ときどき教員に売られ、教員はときどき生徒た

ちに試験を受けるための謝礼を請求する。これは、政府の方針ではない。教科書と教員のガイドは

継続的に供給されるが、現場で教員はそれを使用していない。初等教育学校で標準化された試

験を使わないことは、良い点と悪い点がある。質の良い学校では、教員たちが一緒に試験を作るこ

とによっていくらかの教員のトレーニングになっているし、学校ベースの試験は、教員と学校が、彼

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らが教えたことに対して対応したテストをすることが出来る。一方で、バングラデシュでは、多くの

ケースが多分そうであろうが、教員たちがテストに必要な能力をあまりトレーニングされていないた

め、彼らが作る試験は、一般に生徒たちが学んでいる内容を的確に反映する試験にはならない。

[BEPS 2002:11]。 この弱い評価システムには、3 つのマイナスな影響がある。第 1 は、生徒たちの学習の達成度を、

進級を決めるときに、おそらく公平に正確に判断できない。第 2 に、生徒たちは勉強をどれぐらい

習得したかというフィードバックをほとんど受け取ることが出来ないし、教員たちもどれぐらい教える

ことができたかということについてほとんど知ることができない。第 3 に、政府は生徒たちが学んだこ

とについてほとんど知ることが出来ないため、カリキュラム、学習、資料または教授法を改善するた

めのデータを得られない[BEPS 2002:11-12]。 3.3 ドロップアウト

2000 年の初等教育の総就学率は 96%に達したが、純就学率は 80%前後と推定されている。バ

ングラデシュの初等教育の就学年齢は 6~10 歳であるが、実際は生徒の 3 分の 1 は対象年齢外

の生徒である。このうち 5 年間の就学期間をまっとうするのは 64%で、クラスの平均出席率は 70%

と報告されており、この純就学率と完業率から考えると、初等教育学齢期児童の実に、49%が 5 年

間の初等教育期間を修了していないことになる。初等教育への不参加はほとんどの場合、児童の

家計状況および教室での授業、学習環境の貧しさに関係している。教育制度における公平性、そ

して貧困層にも教育を受ける平等なチャンスを与えることで社会階層移動と貧困削減に貢献するこ

とは、大きな課題である[国際協力銀行 2002:4]。 また、ドロップアウトの原因として児童労働が挙げられる。バングラデシュでは、790 万人の子ども

が働いていると推定されており、うち 150 万人が都市で生活をし、85 万人が 10~14 歳の年齢に

属している。働いている子どもたちは、多くの異なるタイプの仕事をしているが、レンガ工場や家事

労働のような仕事をしており、多くは少額のお金で働き、払われないこともある。バングラデシュの

多くの都市で家事労働が広がっている現象がある。しかしながら、家事労働者の正確な数の情報

は手に入ることは難しい[UNICEF ホームページ 2007]。このように、働いている子どもたちは教

育を受ける機会がなく、教育がないために貧しく、貧しいがために教育を受けられない、という貧困

の悪循環から抜け出すことができない。 3.4 教員について

2002-3 年度において、バングラデシュの教員 1 人当たりの生徒数は、1:56(先生:生徒)であり、

日本が 1:20、ネパールが 1:36、インドが 1:41 に対して、これはアジアの中でもっとも悪い数字にあ

る。 また、平均の学生と先生の接触時間は、1 日 2.5 時間と、世界で最も低い率の 1 つである

[USAID ホームページ 2007]。また、教員たちはよく欠席、遅刻をしていて、大部分の学校が1時

間もしくはもっと遅く始まっているという事実がある。その上、3 分の 1 を超える学校の教員たちは、

授業時間の間を、生徒たちの学習活動で占めようとしない。これは、生徒たちが教員と過ごすとて

も少ない量の時間をさらに悪化させる。またバングラデシュの初等教育学校では1年間で教える時

間が比較的少ない。1996 年には、グレードⅠとⅡの生徒たちは1日に 2 時間で、グレードⅢとⅣの

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生徒たちは1日に 4 時間であった。先生の頻繁な欠席と遅刻を入れると、生徒たちの毎週の教員と

触れ合う時間はより少ない時間になる[USAID ホームページ 2007]。 教員たちは学校で大きな困難に直面している。クラスはとても大規模で、給料は低く、社会的地

位もまた、低い。仕事量は増加の一方で、多くの教員たちは 100 人以上の生徒を教えなければな

らない。教員たちは、教える以外の仕事、そして、教室の設備が不足していることも含めて、責任を

負わされすぎている。教員たちは休憩なしで約6時間働き、質の良い授業を供給することは期待で

きない[ユネスコホームページ 2007]。 教員養成については、バングラデシュ全体で、54 の初等教育のトレーニング施設(PTI: Primary Teacher Training Institute)と 12 の教員養成大学がある。新規教員養成課程と現職

教員研修は、これらのトレーニング施設で行われる。それぞれのコースの期間は 10 ヶ月である。バ

ングラデシュには長期間の勉強で、同じコースを提供している通信制大学もある。これらのトレーニ

ング機関で行われる全てのコースは、教室でのみ教えられる。実験室で、実際どのように機具と薬

品を使うのかのような実際的な講習は何もない。教室での研修は、真に教員の質を改善しない。そ

のため、これらの施設での研修、実験室の授業はもちろん、教室内での講義の方法を改めなけれ

ばならない、ということを示している[筑波大学教育開発国際協力研究センター ホームページ

2007]。 3.5 学習成績

教育プログラムの質がもっとも反映されるのは、生徒の学習成績においてである。2000 年に

Education Watch が実施した、5 年生課程を修了する小学生を対象とした全国サンプル調査で

は、テストされた基礎能力のうち、全部を習得していた児童は 1.6%だった。また、子どもたちの半

数は基礎能力到達度が 60%以上に至らなかった。前年の 1999 年、Education Watch は、このテ

ストの基礎能力で合格レベルに達したのは 11~12 歳の児童の1/3 未満だったと報告している[国際協力銀行 2002:4-5]。 3.6 保護者と教員の会合

Education Watch の調査によれば、1998 年中に少なくとも 1 回は会合に出席したのは、公立

学校に子どものいる保護者の 28.9%のみであったという。インタビューにおいて、ある公立学校校

長が申告した保護者の出席率も、50%と低かった。保護者や両親が会合に出席した子どもの基礎

学力テスト(基礎的な読み書き、書き、算数の能力を測るために開発されたテスト)の結果は、そうで

ない子どもたちよりも高かったという調査結果もあり、現在の低い出席率は見過ごせない状況であ

る[笹間 2005:119]。 公立小学校の各学年の保護者と教員の会合は、学校で試験後に年 3 回開かれる。会合の課題

は、試験結果と生徒の出欠である。成績不良の場合は、教員と保護者の個別の会合が行われるが、

集団会合が基本である。各学年末の試験結果によって、次の学年への進級が決定される。公立小

学校の教員と保護者の会合における保護者の最大の関心は、試験結果にあるようだ。生徒数の多

い公立小学校では、教員は保護者をグループに分けて何回か会合を開かなければならない。教

員不足と公立小学校の生徒数の多さが原因で、保護者との会合を毎月開くことは出来ない[笹間

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2005:119]。 第 3 章 バングラデシュのノンフォーマル教育活動-BRAC を例に-

本稿では、2 章であげたバングラデシュの初等教育の問題について、BRAC のノンフォーマル教

育活動ではどのようなアプローチをとっているのか、考察していく。 第 1 節 BRAC の初等教育プログラム

1.1 BRAC とは

BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee=バングラデシュ農村進行委員会)は 9万 5,000 人以上のスタッフ(そのうちの 72%が女性)を抱えるバングラデシュ最大の NGO で、パキ

スタンからの独立戦争における難民支援を目的に、ファズル・ハサン・アベッドらにより 1972 年に設

立された。1年間の復旧活動後、援助、復旧活動は一時的な対策にしか過ぎないと認識し、村人

たちの生活をより持続的に改善するため、長期のコミュニティ開発へとシフトしていった。今日では、

アジアとアフリカでの開発において 1 億 1,000 万人以上の人々に支援をしている。その進化の過

程を通して、BRAC は自身を、貧困の特徴の違いを認識して、解決に取り組む開拓者として認識

している。BRAC はユニークで、全体的なアプローチをとっており、貧困を取り巻く状況に対して、

健康、教育、経済、社会開発というコアプログラムによって、人々をエンパワーメントすることで、貧

困を軽減しようとしている[BRAC 2006:6]。 1.2 BRAC の教育プログラム

BRAC は 1985 年に教育プログラムの試みに着手し、今では、公教育のシステムの外に居る恵ま

れない子どもたちにノンフォーマルの初等教育を広めている先導者となっている。BRAC スクール

は、子どもたちにスキルと自信を付け、公教育のシステムを通して彼らが教育を続けていけるような

モチベーションを彼らに与えている。今日まで、BRAC 初等教育スクールのシステムから

3,492,065 人の子どもたちが卒業し、その 93%が公教育のシステムの中等学校に進学している。

2006 年の終わりには、バングラデシュ全土で BRAC 教育プログラムは 32,000 の初等教育スクー

ルと 20,168 の就学前教育スクールを運営し、不利な状況下に置かれた 150 万人を超える子ども

たち(それらの子どもたちのうち 65%が女子)に教育を提供している[BRAC 2006:22]。 2006 年の終わりには、32,000 の初等教育スクールの先生の数は全体で 33,037 人だった。こ

れらのスクールの生徒数は 980,967 人で、そのうちの 65%以上は女子である。このレポートの調査

期間の間、175,277 人の生徒が BRAC 初等教育スクールで勉強を修了し、そのうちの 165,048人が公教育のシステムのより高いグレードへ編入している。2006 年、バングラデシュ政府は、グ

レードⅤの修了テストへの参加を全ての政府学校に義務付け、BRAC スクールの生徒たちにもそ

の参加を許可した。5,228 の BRAC スクールから、全体で 137,187 人の生徒(うち 64%が女子)が参加し、BRAC の生徒の合格率は 93%以上であった[BRAC 2006:22]。このように、公教育のシス

テムから外れた教育へのアクセスが難しい、貧困状況にいる多くの子どもたちに教育を提供し、公

教育の生徒たちよりも BRAC の生徒たちの学力が上回るというような結果を出し、質の高い授業を

維持している BRAC の成功要因を探っていく。

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1.3 BRAC の初等教育スクール、青少年初等教育スクール

初等教育スクールと青少年初等教育スクールでは、貧しい家庭の、ドロップアウトしたか、あるい

は学校に通っていない子どもたちをターゲットとしている。これらのスクールでは、1つの部屋を借り、

30~33 人の生徒と、少なくとも 10 年は学校に通ったことのある地元の結婚している女性の先生一

人という、共通の形式によってそれぞれ運営されている。4 年のスクール期間の間、生徒たちと一

緒に 4 年間同じ先生が受け持つ[BRAC 2006:23]。初等教育スクールと青少年初等教育スクール

は、両方とも 4 年の期間で国の初等教育のカリキュラムのグレードⅠ~Ⅴ全てを提供する。コア科

目は、英語、ベンガル語、数学、科学、社会科である。初等教育スクールは 8~10 才の年齢の子

どもたちを対象とし、一方青少年初等教育スクールは 11~14 才を対象としている。定期的な両親

と先生のミーティングを通して、プログラムは生徒たちの両親を、子どもたちの教育に直接的に積

極的に巻き込むようにしている[BRAC 2006:23]。 重要なことは、子どもの家庭の近くにスクールを開設し、生徒全員を同じ村または集落の出身者

とすることである。このため、子どもの年齢は、必ずしも同年齢にはならない。子どもの年齢を統一

したクラスを毎年新設しようとすれば、スクールはいくつかの村を対象にせざるを得なくなり、スクー

ルは多くの村から離れた場所に設けられ、通えない子どもが出てきてしまう。また、村の特色が失

われ、監督も難しくなったであろう。これら2つのプログラムのもう一つの目標は、スクールの生徒数

に占める女子の割合を 70%にすることで、男女の教区格差をなくすことである [ラヴェル 2001:100-101]。

以下の表は、筆者が 2007 年 11 月に実際に訪問した、マイメンシン州の 4 つの初等教育スクー

ルと青少年初等教育スクールの男女の比率である。

表 2 筆者が訪問した BRAC スクールの生徒の男女の比率 形態 学校名 男:女 女子比率(%)

Regoramour 17:20 54 Karil utter 01 13:23 64

初等教育スクール Anordorogon 12:24 67 青少年初等教育スクール Chikamari 8:18 69

(筆者作成) 1.4 BRAC スクールの教室

BRAC スクールの教室は、簡素な作りのトタンで出来たブリキ小屋である。床は、コンクリートの

上に麻の布を一枚敷いただけの上に、子どもたちは地べたに座って勉強をする。 壁には、1 クラスに 5~6 あるグループごとに子どもたちの描いた絵や作文が掲示されていて、その

他に、カレンダー、バングラデシュの地図などが貼られている。天井にもカラフルな飾り付けがして

あり、手作りで飾られた教室は温かみのある雰囲気となっている。 BRAC スクールの特徴的な点は、どのスクールを訪問してみても教室の建物、掲示物の種類や

貼られている場所が同じというところにある。これは、BRAC が 1 ヶ所で成功したモデルを全国に広

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めていくという方法をとっているためであり、また、管理が行き届いていることを表している。新しく教

室を建設する際には、BRAC によって 8000tk(約 1 万 6 千円)が提供され、コミュニティがブリキ小

屋をコミュニティメンバーからの寄付、建設資材、労働力を募って建設する[笹間 2005:116]。 1.5 BRAC スクールの授業の特徴

BRAC スクールの基本的な授業時間は、午前 9 時~13 時までの 4 時間である。教室によって

は 2 シフト制が組まれている教室もあり、午前と午後、計 2 クラスの授業が行われているところもある。

以下、筆者が実際に訪れた BRAC スクールの授業で、特徴的であると感じたものを挙げていく。

Ⅰ) 対話式の講義 授業は必ず先生と生徒の対話式の授業となっている。一方的に先生が話し続けるということは

なく、必ず話の間に生徒たちへ質問を投げかけ、答えさせるというように授業に生徒たちを参加

させるということをしている。質問を投げかけるときは全員に対して問いかけることもあるが、一人

を指名して答えさせることもある。状況に応じて使い分けることによって授業の緊張感を保ってい

る。 Ⅱ) 生徒たちの配列

生徒たちは、先生が一人ひとりの様子をよく見れるように配列されている。列と列の間にはス

ペースが空けられており、先生はその間を授業中、頻繁に行き来し、生徒たちの様子を確認す

る。

図 1 生徒たちの配列 授業のとき テストのとき

先生

Ⅲ) 自習スタイル BRAC の授業の進め方で基本となっているのが、自習スタイルである。授業を進める中で先

生が課題を出し、その問題を生徒たちは各自解いて、出来たら小黒板、ノートを持ち、その場で

立ち先生に一人ずつチェックしてもらう。先生 1 人が1回1回、約 30 人分の解答をチェックするた

め、時間はかかるが、このやり方で生徒一人ひとりの学力をチェックすることが出来る。なぜ、生

徒たち個々に取り組ませる自習スタイルというこの方法が機能しているかというと、BRAC スクー

ルの生徒たちは自ら勉強するスタイルを習得しているためである。実際、筆者が訪問したときも、

授業中に課題をやらなかったり、授業を乱したりするような生徒は見られなかった。生徒が学ぶ

姿勢を確立しているからこそ、この方法で授業を進めることが出来る。また、これは、先生がクラス

を良くまとめ、コントロールしていることの表れでもある。

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Ⅳ) 音読 自習スタイルの次に多く見られたのが声に出して読む、という音読である。教科書で新しい分

野に入るときには、まず一人ひとりがその場で教科書を指差しながら声に出して読み、それを繰

り返して頭に叩き込む。その後、教科書を閉じて先生が問題を出す、という方式や、一人の生徒

が立って音読し、それに続いて他の生徒たちが教科書に指を指しながら声を合わせて読む、と

いうような方法が多く見られた。黙読ではなく、音読させることによって教科書の内容を生徒たち

の頭に刷り込ませようとしているのだろう。 Ⅴ) 授業の合間のブレイク

初等教育スクール、青少年初等教育スクールともに 4 時間休憩なしの授業だが、科目と科目

の間にちょっとしたブレイクがある。そこでは、バングラデシュの伝統的な踊りを踊ったり、歌を

歌ったり、ゲームをする。長時間で頭を使う授業の合間に、体を動かしたり、大声を出すことで、

子どもたちの気分転換をさせているのだろう。このブレイクの時間、生徒たちは皆、活き活きとし

ていた。 Ⅵ) 教科書

子どもたちは、「ノンフォーマル初等教育プログラム」によって開発、試行、作成されたカリキュ

ラムに従って学ぶ。カリキュラムは、子どもたちに基本的な読み書きや計算、社会的認識を身に

つけさせることを目的としている。コア科目は、ベンガル語、数学、社会科、英語である。言語で

は、バングラデシュの公式言語ベンガル語と政府学校のカリキュラムの一部となっている英語を

学ぶ。社会科では、保健(栄養や清潔、衛生設備、安全、応急手当などが含まれる)、生態系、

コミュニティ、国、世界および基礎科学に重点が置かれている[ラヴェル 2001:101]。BRAC が

作成した教科書では、英語の例文において、「庭には牛がいる」などバングラデシュの子どもたち

の生活に密着した問題や、「毎日、歯を磨く」「食べる前と後には手を洗う」など、英語だけではな

く、衛生教育と連動した内容になっており、子どもたちが親しみやすく、効率的に学べるように作

成されている。

全体的に、生徒たちは授業の間、何もせずに話を聞いているだけという時間はほとんど無い。常

に問題に取り組んでいるか、声に出して音読をしているか、先生に指名され答えているかなど、受

身ではなく、子どもたち自身が自発的に行動する行為の割合が圧倒的に多い、生徒参加型の授

業である。そのため、何もせずに退屈しているというような生徒の姿は見られなかったし、むしろ自

ら進んで勉強に取り組んでいる姿が多く見られた。生徒たちの公立システムでの教育の継続を目

指している BRAC で、このように自ら進んで学ぶ姿勢を身につけさせることは、その後の公立学校

での勉強を継続させる上で非常に重要なことであると筆者は感じた。また、BRAC の授業の大きな

特徴として、授業の間に生徒たち一人ひとりが何度も直接、先生のチェックを受けるということが上

げられるであろう。公立学校とは対照的に少人数制のクラスという特徴を生かして、一人ひとりの生

徒に目を配る教授法になっていると感じた。

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表 3 筆者が訪問した初等教育スクール Karil utter 01 での授業内容 8:30- 9:20 ベンガル語のスペル

数学 ① 先生が図形を使って分数の計算問題を説明する。 ② 挙手制。先生が指名して 1 人の子が黒板の問題を解く。

積極的に手が挙がる。

9:20-10:20

③ 書き込み形式のドリルを各自やる。出来た子は立ち先生

のチェックを受ける。その後、口頭で答え合わせ。

国の名前ゲーム・・リズムに合わせて端から一人ずつ世界の国の名前を言っ

ていく。子どもたちはとても元気が良く楽しんでいる。

歌・・バングラでシュの伝統的な歌を元気よく歌う。

英語 ① 単語の書き取り。先生が一人の生徒を指名して黒板に

単語を書かせる。挙手制もあり。

② 教科書の音読。生徒たちが端から当てられ英文をベン

ガル語に訳す。内容も「毎日歯を磨く」「食べる前と後に

は手を洗う」などの生活に即した、衛生教育と連動した内

容となっている。

③ 数字の 1~20 を各自書く。(one , two , three・・・) 英語で曜日を各自書く。 出来たらその場で立ち先生のチェックを受ける。

10:20-11:50

④ 宿題を出す。

※先生は生徒たちのことをよく見ていて、集中力を切らしてい

る子がいると注意をしていた。

社会 ① 教科書を音読させて暗記させる。内容はビタミン A、C に

ついて。歯・爪をきれいに、という内容。 ② 音読させた後、暗記の確認のため、教科書の内容を見ず

に、下にある穴埋め問題を各自やる。 先生が一人ひとりをチェックする。

③ 終了したら、同じ内容で生徒が生徒に問題を出す。生徒

を授業に参加させていることで授業に活気が出ている。

11:45-12:30

④ 最後に先生がテキストを見ながら生徒に問題をだす。生

徒たちからは活発に意見が出る。

12:30 授業終了

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第 2 節 BRAC の学校運営

2.1 マネジメント

スクール運営の操作上のマネジメントの構造はシンプルなものである。農村地帯に、エリアオフィ

スがあり、スクールを管理し、他の支援も与えている。1 つのエリアオフィスは、たいてい 50-60 のス

クールをコーディネートしている。第一線のスタッフはプログラム・オーガナイザーとして知られてお

り、たいていは、地理的な集団次第で12-14のスクールの責任を負っている。プログラム・オーガナ

イザーはエリアマネージャーによって指揮され、エリアマネージャーは地域マネージャーに報告す

る[BRAC 2005:39]。 図 2 「ノンフォーマル初等教育プログラム」組織図

2.2 プログラム・オーガナイザー

プログラム・オーガナイザーは、1人当たり 14 校のスクールを監督しており、1日、午前 8 時~午

後 1 時までの間に 4 校を訪問し、各スクール、一週間に 2、3 回の頻度で訪問する。 ここでは、プログラム・オーガナイザーの具体的な仕事である、生徒の学力検査と parents meeting を挙げていく。

Ⅰ)生徒の学力検査 プログラム・オーガナイザーが訪問時には、生徒たちの学力を測るためにプログラム・オーガナ

イザー自らが生徒たちに問題を出しテストをする。問題を出されたら、生徒たちは各自問題を解き、

出来た生徒からその場で立ち、プログラム・オーガナイザーが生徒たち一人ひとりの問題をチェッ

クする。全問正解した生徒はその場で座ることができるが、出来なかった生徒はその場に立たされ

たまま、プログラム・オーガナイザーは新たに同様の問題が出し、出来なかった生徒にやらせる。 私が訪れたスクールはグレードⅢのクラスで、この日、算数のテストで理解していなかった生徒

は 33 人中 4 人。前の黒板で、同様の問題を出しても、やはり理解していないためか 4 人とも問題

を解くことが出来ず、プログラム・オーガナイザー自らが問題の解き方の説明をこの 4 人に対して

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行っていた。雰囲気はテストということもあって緊張感があり、生徒だけでなく先生も、生徒の出来

が悪いと自分の教え方が問われるためか必死になっていた。また、問題が出来なかった生徒は、

生徒全員の前で立たされ、緊張感が走る雰囲気の中で、プログラム・オーガナイザーの厳しい指

導を受けるため、とても緊張しているように見えた。この日、理解していない生徒がいたためにテス

ト後、プログラム・オーガナイザーはこのクラスの先生に対して教え方の確認と教え方の指導をし

ていた。全員正解しなかったため、次週また同じ形式の問題のテストを繰り返すという。 BRAC は週に 2、3 回のプログラム・オーガナイザーの行うテストを通して、各スクールの生徒

たちの学力をチェックしている。筆者は、各スクールを直接監督しているプログラム・オーガナイ

ザー自らが生徒たちのテストを行い、自ら問題の指導をするという方法は、監督者自身が、自分

の目で生徒たちの学力、また先生の教え方、授業の仕方をチェック出来るという点でとてもよい

システムであると感じた。

<この日のテスト内容> ① 算数のテスト。3 桁と 2 桁の数字の筆算の足し算を 2 題。 ② 英語のテスト。英単語を 5 個出題。Apple、Cat など。 ③ 社会科のテスト。プログラム・オーガナイザーが端から一人ずつ口頭で問題を出していく。生

徒たちは順番が来たら、その場で立ち、問題に答える。答えられなかった生徒は立たされたま

まである。この日のテスト内容は、生活に関する問題で、家にあるもの、家庭で飼う生き物の種

類などを答えるというもの。 Ⅱ) Parents meeting

プログラム・オーガナイザーの仕事の一つとして、parents meeting の運営がある。この

parents meeting は 1 ヶ月に 1 度行われ、親たちはこの会議に参加することにより、子どもたち

の出席率や授業時間の設定、休暇スケジュールの決定などに大きな責任を負う。また、この

parents meeting は、親、または先生から出た生徒たちに関する質問、問題に対して、プログラ

ム・オーガナイザーがどのように解決するかという方法を示すということもする。親の参加は、ノン

フォーマル教育プログラムの成功にとって重要ポイントのひとつと考えられている[ラヴェル 2001:101]。場所はスクールの教室で行われる。

この日の出席者は男性 8 名、女性 22 名で、保護者総数 33 人中の 30 人であった。各生徒

のどちらかの両親が出席をする形であり、家の問題で 3 人が欠席をしていた。この日の議題は、

宿題をやってこない 4 人の生徒についてであり、先生は懸命にその 4 人の両親に対して訴えて

いた。また、親たちも非常に熱心で、特に女性側からは活発的に意見が出て、言い争う場面も見

られたが、最終的にプログラム・オーガナイザーが取りまとめていた。解決方法としては、必要で

あれば、プログラム・オーガナイザーが宿題をやらない生徒の家に出向き、宿題をやる環境を整

える、ということもするという。公立学校では、親の教育に対する関心の無さが問題となっているが、

きちんと学校運営において親の参加の場、発言の場を作れば、親の子どもの教育への意識は確

実に高まってくる。それは、この meeting の出席率の高さからも読み取れるであろう。また、先生

と保護者という生徒の学習環境に深く関わる二者が、毎月、話し合う場があるということは、生徒

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の学習環境を確保し、維持するといった点でとても重要な働きをしている。 話し合われた議題に関しては、スクールに保管してある parents meeting 用のノートに記録を

し、プログラム・オーガナイザーの上司のエリアマネージャーが来たときに、どのようなことを話し

合ったか、ということを確認できるようにする。 2.3 BRAC スクールの教師

BRAC スクールの教師は、村の中等教育卒業資格を持っている、結婚している女性の中から選

出される。選ばれた人たちは、BRAC の訓練リソースセンター(宿泊施設併設)において、20~25人のグループで 12 日間の教員訓練を受ける。訓練では、学習理論の基礎的概念と実際の教授

法が教えられる。村に戻って教師となった後も、毎月在職訓練(月 1 日のみ)に参加する。在職訓

練には近隣の村の教員の他、彼らを監督するプログラム・オーガナイザーも出席することになって

いる。また、先生になった最初の年の終わりに、6 日間の再教育講習に参加することも義務づけら

れている。強力な監督システムが作られており、1 人のプログラム・オーガナイザーが教師 15 人を

監督する。教師の 75%は女性である。これは教師の 86%が男性で占められる政府学校とは対照

的である。先生は毎月決まった額の給与を受ける[ラヴェル 2001:102]。 先生の給料は毎年 50tk ずつ上がり、スタート時は月 1,150tk(2,300 円)、2 年目は月

1,200tk(2,400 円)、4 年目は月 1,450tk(2,900 円)の給料をもらう6。BRAC スクールの先生は教

師として雇われているというよりは、パートタイマーとして雇われている。そのため、政府小学校の教

員の平均給料が 4000tk(約 8000 円)[ BEPS 2002:4]というのに比べて給料は安いが、先生への

インタビューの中で、なぜ働いているのかという問いに対して、多くの先生から家計をサポートする

ために働いているという答えが返ってきた。このインタビューから、給料としては決して多くないが、

雇用機会の少ない農村の女性にとっては貴重な収入源になっている、ということを表していることが

わかるだろう。 BRAC スクールの教師は、BRAC の教員訓練を受けた後、生徒たちと一緒にグレードⅠから教

え始め、コース修了のグレードⅤまで教える。 Ⅰ)フォロー体制

教師のフォロー体制としては、教師を直接監督しているプログラム・オーガナイザーが深く関

わっている。もし、先生がクラスで何らかの問題を抱えたときには、プログラム・オーガナイザーに連

絡を取り、プログラム・オーガナイザーが学校に行き、その問題の解決方法を先生に指導する。も

し、授業を理解していない生徒がいたとき、先生はその生徒に対してどのようなフォローアップをす

るのかというと、先生の教授法で理解していない生徒が居たら、先生はその生徒たちだけの特別

レッスンをする。もし、それでも生徒たちが理解しなかったら、先生はプログラム・オーガナイザーに

連絡を取り、プログラム・オーガナイザーが学校に出向き、生徒たちに直接指導し、また、必要であ

れば彼らの両親に会い、指導方法を示すという特別なフォローをするという。 Ⅱ)在職訓練

在職訓練は、月に1度 BRAC のフィールドオフィスで、1回につき 10~15 人の教師を対象とし

て行われる。内容は、プログラム・オーガナイザーが先生に対していくつかの質問をし、先生を試験

6 2007年時点。

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する。そして、プログラム・オーガナイザーがその後、事務所に先生全員を呼び、問題点を指摘、

指導し、先生たちはノートにその解決方法、どのように教えればいいのか、などを書き取り、学校に

戻ってその指導のもと問題を解決する。先生たち同士で教え方や知識の情報交換をするミーティ

ングなどはあるか、という質問をしてみたところ、先生同士のミーティングは無いという。しかし、毎月

の在職訓練でプログラム・オーガナイザーが質問を投げかけ、それについて先生たちは話し合い

をする場があるという。オフィスで毎月 4 回話し合いがあり、1回の話し合いで 10~13 人の先生が

参加する。話し合いはプログラム・オーガナイザーも同席する。スクールで何か問題があるときは、

先生がその問題を話し合いに持ってきて、みんなで意見を出し合いアイディアをシェアする。 また、BRAC が運営している公立学校では、校舎の中にオフィスがあったためにミーティングが

行われているのか、といった質問を投げかけてみた。すると、オフィスに月に 1、2 回プログラム・

オーガナイザーが6人の先生を呼び、ミーティングをするという。ミーティングでは、先生たちがそれ

ぞれ持っている問題について話し合いをする。その問題を聞いた後に、プログラム・オーガナイ

ザーは先生一人ひとりに問題の解決方法を示す。 BRAC が教育プログラムが成功している要因として、学校運営の核となっているプログラム・オー

ガナイザーの存在が挙げられるであろう。生徒・教師・保護者と三者に密接に関わり、またこの三者

の橋渡し的な役割をも担い、1つの学校を監督する。生徒の学力検査から先生の在職訓練、親の

会合までと、1 人の人物が包括的に 1 つの学校を監督するというシステムは、何か問題を見つけた

ときでもスムーズに対応することができ、全体を把握することによって問題の早期発見にもつながる。

そして、特に週に 2 回は、各学校を訪れ生徒たちの学力検査をするなどの、強力な教師の監督体

制を敷くことによって、生徒たちに質の良い授業を提供することを維持することが出来ているのだろ

う。この監督体制の下では、公立学校で問題とされている教師の欠勤や遅刻、教授時間の少なさ、

教師の教える内容に対する知識の欠如などの問題を起こすことは不可能に近いであろう。このプロ

グラム・オーガナイザーの存在が各 BRAC スクールで学力の差もなく、広範囲で生徒たちの学力

を上げているという成功を収めている鍵であると思われる。 第 3 節 BRAC の公教育への働きかけ

本稿では、実際に筆者が訪れた BRAC 就学前教室と中等教育学校の生徒をトレーニングする

Mentoring コースについて論じていく。 3.1 BRAC 就学前教室

1990年のジョムティエン会議及び2000年の世界教育フォーラムでは、就学前教室は、子どもの

レディネス(学習準備)を整え、タイムリーな初等教育の就学を促進させる就学促進効果や知能の

発達という理解のもとで、その重要性が強調されている[DAKIS ホームページ 2008]。この教育に

対する国際的潮流のもと、BRAC は就学前教育を開始した。このように、国際的会議で決まった目

標を、BRAC は非常に忠実に実施しているところに BRAC の特徴がある。 BRAC 就学前教室は、5 歳~6 歳を対象としたスクールである。BRAC の就学前教育への参加

の総合的な目的は、楽しく、子ども同士の友好的な環境の中で子どもの全体的な発育を促す目的

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と、入学後の公立学校の学校教育への適応を容易にし、中途退学率を低下させることを目的とし

ている。就学前教室は、学ぶことへの興味を起こさせ、社会的、認識、言語、生徒たちの原動力と

なるスキルを発達させることにより、幼い子どもたちが公立学校のシステムでのグレードⅠへと入学

するための準備をしている。それぞれの就学前教室は 26~30 名の幼い生徒たちが在籍しており、

そのうちの少なくとも 60%は女子である。1年のコースは1週間に 6 日、1日 2 時間の授業が行われ

ていて、少なくとも 9 年間学校に通った経験のある、一人の女性教師よって運営されている。就学

前教室を卒業後は、地元の公立の小学校へと進学する。BRACは、現在20,168教室の就学前教

室を運営しており、各スクール1人の教師(100%女性)と542,881人の生徒たち(うち60.5%が女子)が在籍し、累積で 1,382,750 人の子どもたちがこの1年のコースを修了している [BRAC 2006:30]。

就学前教室では、ベンガル語の文字、数字、簡単な単語の読み書き、数の数え方などを、ゲー

ム、遊戯等の教育的手法を用いて教えている。児童は、保健衛生、環境、健康、そしてコミュニティ

に関する知識を学ぶ。それぞれの就学前教室の教師は、教室活動の教授法が詳細に指示された

指導書を配布される。学習教材は低コストで複製しやすいものを作成している。児童が使用する

チョークや小黒板も、BRAC によって提供されている[笹間 2005:116-117]。授業はよく出来てい

て、例えば数字の歌を歌いながらエクササイズをしたり、遊びをしながら子どもたちの衛生状態を

チェックしたりなど、子どもたちが学校という場を楽しめるように工夫されていた。また、教室の隅に

は人形、数字やアルファベットの書かれたサイコロなどの遊び道具がかごに入って置かれており、

これは1週間に 2 回遊びをする時間に使う道具であるという。教授方法は、幼い子どもたちを対象と

しているためか、授業では一つのことを何度も繰り返して行う、という方法が多く取られていた。まず

は声に出して、次は体を使って、という風である。そうすることによって、子どもたちが学んだことを

頭で、体で、覚えるようにしているのだろう。 郡教育長と校長は BRAC 就学前教室に対して、肯定的な意見を表明した。マニガンジの郡教

育長は BRAC 就学前教室に関して「BRAC 就学前教室は非常に重要である。公立小学校に生徒

が入学する前に訓練を受けるので、公立小学校側の苦労が少なくなるからである」と述べた。

BRAC就学前教室は、公立小学校が出席率をあげ、識字率の向上に役立つと述べた公立小学校

の校長もいた。BRAC 就学前教室、公立小学校の双方の学校運営委員および保護者が、BRAC就学前教室に関して、良い印象を持っていた[笹間 2005:121]。このように、BRAC は自身の運

営している BRAC スクールでのみ貧しい子どもたちを教育するだけではなく、むしろ事前に就学す

る前の子どもたちに公立学校へ進学し適応していけるようにトレーニングするなど、子どもたちが公

立システムで教育を継続していくことを推進している。幼いうちに、教師の指導が行き届く、少人数

制のクラスで学習スタイルを獲得することは、その後の公立小学校へ進む中で必ず重要な働きを

するだろう。BRAC はまた、この就学前教室を卒業し、公立学校へ進学した生徒のフォローも行っ

ている。 3.2 Mentoring コース

中等学校の生徒たちに価値のある教育を与えるために、PACE(Post-primary Basic and Continuing Education)は Mentoring プログラムを通して価値のある教育への手を差し伸べて

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いる。PACE は、Mentoring を受けた学校が生徒たちの出席や参加に影響を与え、学ぶ環境をよ

り良くしているということを発見している。このイニシアチブのもと、自尊心、リーダーシップのスキル

と創造力を発達させるため、各学校のグレードⅥ~Ⅸから選出された 25 人の生徒たちが

Mentoring の 6 日間のトレーニングコースに出席する。彼らが学校に戻った後、トレーニングを受

けた Mentor が小さいグループを組織し、特に弱い仲間に、社会的な、学問的なサポートを供給

する。今までのところ、3,376 人の生徒たちが Mentoring のトレーニングを受けている。この生徒た

ちは、週に 1 度のミーティングと年 4 回の定期刊行物を発行している。彼らはまた学校内でディ

ベートを行ったり、国を横断して、違う学校と相互にディベートを行ったりという活動も始めている

[BRAC 2006:29]。 コースの雰囲気は、生徒たちが同じ学校出身のためとても和やかで積極的に意見、質問が出て

いた。生徒たちは授業に非常に集中し、学ぶ姿勢もとても一生懸命で、生徒だけでなく学校の教

師もとても熱心に BRAC のトレーナーの話のメモを取っていた。生徒たちの学校の教師は、とても

協力的で、授業の進行を妨げる生徒が居たときに、生徒を積極的に取りまとめていた。授業の仕方

も生徒の参加型の授業であり、生徒から意見を引き出す方法で進めていたり、実際の学校へ戻っ

た後のグループワークを実践し発表するなどの内容であった。そのため、生徒たちも継続して授業

に集中することができていた。学校の教師が一緒にコースに参加し、授業を進める際もトレーナー

は学校の教師とよく話し合いの場を持っていたため、教師の参加型授業への意識を高める機会に

もなるのではないだろうかと感じた。 就学前教室、Mentoringコースともに、各学校関係者から良い印象、良い評価を受けているとい

う事実は、公教育システムにおいて NGO からの柔軟なアプローチが求められていることを意味す

るであろう。BRAC は自身の BRAC スクール、初等教育学校の運営に留まらず、その前後で子ど

もたちが質の良い教育を受けることが出来るように公教育システムの改善へのアプローチに積極

的に取り組んでいる。BRAC の考えはあくまでも、「BRAC は心から、公教育とノンフォーマル教育

セクターの双方の経験、努力、そして強みが、バングラデシュの子どもたちに質の高い教育を提供

するために利用され、共有されるべきだと信じている [BRAC 2003; 笹間 2005:114] 」、という

ように、ノンフォーマル教育だけで子どもたちへ質の高い教育を提供して行くのではなく、政府と協

力することによってバングラデシュ全体の教育の質の向上を目指して行くという考えである。公教

育システムに欠如している柔軟性を持って多様なニーズに応えるという要素を備えた NGO、両者

が協力することによって質の高い教育は生み出されるであろう。

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終章 教育の質の向上のために求められる NGO のアプローチ

本稿では、途上国において教育の質を高めるためにはどのような取り組みが必要なのか、というこ

とをバングラデシュの NGO の BRAC を成功例に基づいて論じてきた。 BRAC の活動で注目すべきところは、生徒の学力レベルの高さだけではなく、政府へ積極的に

働きかけ、連携をしている点である。政府と NGO の連携の利点の一つは、コミュニティ参画を得意

とする NGO のボトムアップ・アプローチを政府が活用できることにある。学校へのコミュニティ参画

は、教育の質や持続可能性を向上させるのに重要な役割を果たす。また、より大きな社会的統合、

経済発展、文化的一体性、そして教育がコミュニティのニーズを満たし、伝統を反映し、目標を共

有できるという保障につながるため重要である[笹間 2005:111]。一般的に政府が苦手とするコ

ミュニティ参画を NGO が協力することによって、教育の質の向上が望める。政府と NGO の強みを

お互いに活かして行くことこそが教育の質を高めるために求められることであろう。 また、BRAC の教育プログラムの成功の要因として挙げられた強力な監督体制こそが、授業の

質を維持するためには不可欠である。多くの公立学校ではこの監督体制が機能していないがため

に、多くの授業の質を低下させる要因を招いている。特に、実際に教育現場で子どもたちに対面し、

指導を行うのは教師であるため、教師の監督体制は直接的に教育の質へと影響してくる。教師の

監督体制を強化することは、教育の質向上において非常に重要な鍵といえるだろう。 BRAC の学校運営の効率の良さは、公立学校のみならず、他のノンフォーマル教育活動を行っ

ている NGO が見習うべきポイントが多くある。ノンフォーマル教育活動は地域に根ざしたものであ

るため、他の国、地域での適応は難しいと言われる。しかし、効率的なカリキュラムの作成、強力な

監督体制など、学校の運営面に関わる部分は適応できるのではないだろうか。また、BRAC はコ

ミュニティを基にした学校運営であるために柔軟に対応することが出来るであろう。その証拠に、

BRAC ではアフガニスタン、スリランカ、アフリカのウガンダでも教育プログラムを始動している。 本稿を書くきっかけとなった筆者の訪問したカンボジアのローカルNGOもまた、ノンフォーマル

教育活動を行っている NGO であったが、授業は効率的に行われているとはとても言えるものでは

なく、質の良い教育を提供しているとは言えなかった。クラスは学力別に分かれておらず、初等教

育に入りたての子どもから、高学年の子どもまでが一緒に授業を受けており、一体どの生徒のレベ

ルに合わせて授業をしているのか分からないといった感じであった。また、特に印象的だったのが、

教師の監督体制が甘く、教師各自の意欲によって授業のレベルに差が出ている、という点である。

私が訪れたスクールの1ヶ所では、先生が授業中に頻繁に教室からいなくなり、子どもたちが暇を

持て余して遊びだすといった光景さえも見られた。 公教育システムから外れている子どもたちは忙しい。そんな中、彼らがノンフォーマルの学校に

来る時間は非常に貴重である。だからこそ、ノンフォーマル教育を行う NGO 側は短い時間で子ど

もたちの学力のレベルを上げる質の良い授業を提供する必要があるし、その義務があるのではな

いだろうか。BRAC とこのカンボジアの NGO は規模こそ違うが、資金面ではなく、BRAC のように

教育の質のレベルを上げていこう、公教育に働きかけていこうという積極的な姿勢が足りないことこ

そが問題であると感じた。人々の生活に密着した、コミュニティベースの教育活動を行っているから

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こそ、NGO は公教育システムから外れた子どもたちの声を代弁し、公教育に対して訴えかけてい

くことが出来る。また、それこそが公教育における教育の質の向上のために、今、求められているこ

とではないだろうか。 BRAC を成功例として、多くの貧困状況にいる子どもたちが質の良い教育を受けることによって

将来の選択肢、可能性を広げ、貧困の悪循環から抜け出せる日がくることを真に願っている。 <参考文献> Basic Education and Policy Support(BEPS) Activity (2002) Bangladesh Education Sector Review Report No.1:Overview of Basic Education Sector BRAC (2005) 『BRAC annual report 2005』 BRAC (2006) 『BRAC annual report 2006』 千葉たか子 (2003) 『途上国の教員教育―国際協力の現場からの報告』国際協力出版会 江原裕美 (2001) 『開発と教育―国際協力と子どもたちの未来』新評論 江原裕美 (2003) 『内発的発展論と教育』新評論 黒田一雄・横関裕見子 (2005) 『国際教育開発論―理論と実践』 有斐閣 国際協力機構 (2001) 「国際協力研究 通算 22 号論文」 国際協力機構 (2005) 「ノンフォーマル教育支援の拡充に向けて」 国際協力銀行 (2002) 「バングラデシュ教育セクターの概観」 ラヴェル、キャサリン・H (2001) 『マネジメント・開発・NGO』新評論 笹間郁子 (2005) 「政府とNGOのパートナーシップ:学校運営へのコミュニティ参画強化のため

に」『国際教育協力論集 第 8 巻第 2 号』広島大学教育開発国際協力研究センター、

111-124 ページ 田中治彦 (1994) 『南北問題と開発教育』亜紀書房 豊田俊雄 (1998) 『発展途上国の教育と学校』明石書店 内海成治 (2001) 『国際教育協力論』世界思想社 山内乾史・杉本均 (2006) 『現代アジアの教育計画(上)』 米村明夫 (2003) 『世界の教育開発―教育発展の社会科学的研究』明石書店 <参考 HP> DAKIS HP (2008.1.4) http://dakis.fasid.or.jp/report/information/education.html 外務省 HP (2007.1.9) http://www.mofa.go.jp/mofaj/ オックスファム・ジャパン HP (2006.12.12) http://www.oxfam.jp/ 筑波大学教育開発国際協力研究センター HP (2007.11.11) Current Situations of Basic Education in Bangladesh, Md Madal Miah http://www.criced.tsukuba.ac.jp/ ユネスコ HP (2006.11.20) http://www.unesco.jp/ (2007.11.11) Teachers’ Perspectives on Ten Years of Education for All Mr. Ulf Frederiksson Education International

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http://www.unesco.org/education/partners/cco/English/Teachers.htm UNICEF HP (2007.131) http://www.unicef.org/bangladesh/ USAID HP (2007.1.28) http://www.usaid.gov/bd/education.html Wikipedia (2007.12.30) http://en.wikipedia.org/wiki/Education_in_Bangladesh#Education_system

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