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2008 年 4 月 に 公 表 さ れ た「 OECD Economic Surveys: Japan (対日審査報 告)」は、金融政策の不振、少子高齢化の 恐怖、財政問題など、日本政府が直面す る政策課題が OECD 諸国の中でもとり わけ困難な問題である点を、かなり明確 に指摘したことから話題を呼んだ。報告 書では、金融政策、財政支出、税制改革、 サービス生産性、労働市場改革という 5 つのトピックを取り上げている。 本稿では、税制改革の中でも特に法人 税に注目し、 OECD 本部が見た日本の法 人税の評価を整理する。国内では最近、 OECDが見た日本の法人税 経 済トピック 最高レベルにある 日本の法人課税 低い法人税率は、より多くの設備投資を促すことから、経済成長に資する「OECD対日審査報告」(2008年4月、訳出は 筆者)。OECD諸国の中でも高いレベルにある日本の法人課税が、激化する国際競争の中、日本企業の成長の足かせにな る場面が増えている。 法人課税の国際比較 (2000~2005年における平均) 資料:OECD(2008) "OECD Eco- nomic Surveys : Japan" 1:国と地方の法定法人所得 税率を含む 2 :実際の法人税収を積算し、 これを法人税率で割り戻すこと により推計した 4 8 12 16 20 24 48 44 40 36 32 28 24 20 16 12 48 44 40 36 32 28 24 20 16 12 法人税率と課税ベース 法定税率 ※1 %法定税率 ※1 %課税ベース ※2 (対GDP比率) y = - 0.950x + 41.80 R 2 = 0.3515 0 2 4 6 8 10 48 44 40 36 32 28 24 20 16 12 48 44 40 36 32 28 24 20 16 12 法人税率と法人税収 法人税収(対GDP比率) y = 0.3197x + 30.32 R 2 = 0.0024 DEU DEU USA USA AUT AUT TUR TUR POL POL ITA ITA FRA FRA GRC GRC BEL BEL JPN JPN CAN CAN ESP ESP PRT PRT NLD NLD GBR GBR DNK DNK KOR KOR SWE SWE SVK SVK CHE CHE HUN HUN FIN FIN CZE CZE NZL NZL AUS AUS IRL IRL 28 経済トピック 2008 07

経済トピック OECDが見た日本の法人税 費税議論が高まりを見せており、法人 税への言及が少なくなりがちだが、成長 のエンジンである企業への課税が重要で

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Page 1: 経済トピック OECDが見た日本の法人税 費税議論が高まりを見せており、法人 税への言及が少なくなりがちだが、成長 のエンジンである企業への課税が重要で

2008年4月に公表された「OECD

Economic Surveys: Japan(対日審査報

告)」は、金融政策の不振、少子高齢化の

恐怖、財政問題など、日本政府が直面す

る政策課題がOECD諸国の中でもとり

わけ困難な問題である点を、かなり明確

に指摘したことから話題を呼んだ。報告

書では、金融政策、財政支出、税制改革、

サービス生産性、労働市場改革という5

つのトピックを取り上げている。

本稿では、税制改革の中でも特に法人

税に注目し、OECD本部が見た日本の法

人税の評価を整理する。国内では最近、

OECDが見た日本の法人税 経済トピック

最高レベルにある 日本の法人課税

低い法人税率は、より多くの設備投資を促すことから、経済成長に資する―「OECD対日審査報告」(2008年4月、訳出は

筆者)。OECD諸国の中でも高いレベルにある日本の法人課税が、激化する国際競争の中、日本企業の成長の足かせにな

る場面が増えている。

法人課税の国際比較 (2000~2005年における平均) 資料:OECD(2008) "OECD Eco-

nomic Surveys : Japan"

※ 1:国と地方の法定法人所得

税率を含む

※2:実際の法人税収を積算し、

これを法人税率で割り戻すこと

により推計した

4 8 12 16 20 24

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法人税率と課税ベース 法定税率※1(%)

法定税率※1(%)

課税ベース※2(対GDP比率)

y = -0.950x + 41.80R2 = 0.3515

0 2 4 6 8 10

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法人税率と法人税収

法人税収(対GDP比率)

y = 0.3197x + 30.32R2 = 0.0024

DEU

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USA

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28 経済トピック 200807

Page 2: 経済トピック OECDが見た日本の法人税 費税議論が高まりを見せており、法人 税への言及が少なくなりがちだが、成長 のエンジンである企業への課税が重要で

消費税議論が高まりを見せており、法人

税への言及が少なくなりがちだが、成長

のエンジンである企業への課税が重要で

あることに変わりはない。OECD報告に

よる国際比較で見ると、日本の法人税に

は検討の余地が多いことがわかる。

日本の法人課税(法人税および法人事

業税)の法定税率は32%で、OECD平均

の24%を10%近くも上回る最高水準で

ある。OECD報告における法人税への言

及は、この点から議論が始まっている。

ここで、法人課税からの収入がGDPに

占める割合は3.6%であり、OECD平均

の 3.3%と大差ない。つまり、日本は税

率が高いにもかかわらず、法人課税が有

力な財源になっていないのである。この

点に関しOECD報告では、2つの興味深

いグラフを提示している。

第1のグラフは、縦軸が税率、横軸が

課税対象となる法人所得を示しており、

全体として右下がりとなっている。つま

り、課税対象となる法人所得が増えると、

法人に課せられる税率が低下するのであ

る。このグラフの意味するところは、「税

率が低い国では課税ベースが広くなる」

という経験則である。日本はこの経験則

とは逆パターンにあり、高い法人税率(法

人事業税の税率を含む)が狭い課税ベー

スをもたらしている。

第2のグラフは、縦軸が税率、横軸が

法人税収を示しているが、税率と法人税

収の間に相関はない。この結果は、第1

のグラフと整合的だ。つまり、高めの税

率を設定した国では、その対価として課

税ベースを縮小するため、そこから得ら

れる税収の規模は、低めの税率を設定し

た国と大差ないのである。

OECD報告は、日本における数多くの

欠損法人の存在や、長い歴史の中で見過

ごされがちな租税特別措置に対し疑問を

呈している。もう少し低めの税率でも、

現在と同じくらいの税収は確保できるは

ずというわけだ。

OECD報告では、法人税率と課税ベー

スのトレードオフに着目しており、低い

税率の方が好ましいと主張している。1

%の税率の引き上げは、海外からの直接

投資ストックを1~2%くらい縮小させ

る。個人に比べると、企業の方が明らか

に逃げ足が速く、高い法人税率が課せら

れる国からは企業が逃げてしまうためで

ある。

グローバル化した企業経営に対し、一

国の徴税権は無力な存在になりつつあ

り、日本における高い法人税率は、ひと

えに日本経済の規模の大きさが許容して

いるのだと、OECD報告は指摘している。

つまり、経済規模の大きさに起因する市

場ポテンシャルだけが、日本国内におけ

る企業の立地を許しているのだ。

多国籍企業ともなれば、さらに戦略的

な展開が可能となる。いろいろな国に拠

点をもつ多国籍企業の場合、利益は法人

税の低い国に、コストは法人税が高い国

に配置する操作が可能となり、日本はコ

ストが寄せられる側の国となる。多国籍

企業の純資産の約 75%は、特許などの

無形資産で構成されており、このような

租税回避措置もあながち不可能ではない

という。

周知のとおり、わが国における法人税

は、国際的に事業展開している大企業に

よって担われている。これらの企業のグ

ローバル展開が進むほど、わが国の法人

税収の基盤は縮小してしまう。法人課税

からの税収は、あまり期待しない方がよ

いのではないか。

成長にマイナスに働く 法人課税

政策・経済研究センター

主席研究員

白石浩介

29経済トピック 200807