1
Turing Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム 大阪大学生命理学研究科:近藤滋 動物の模様は美しい。しかも数々の不思議さに満ちてお り、それが人間の好奇心を掻き立てる。何のためにあのよ うな模様があるのだろう?なぜ、あれほどまでにバラエテ ィがあるのか?そもそも、どのような原理で描かれている のか?これらは、小学生でも直感的に感じる疑問だが、最 先端の生命科学者にとっても手を出しにくい難問である。 たとえ模様形成に関与する遺伝子が特定できたとしても、 それが「答え」にはならないことが容易に察せられるからだ。 ところが、この謎を一気に解決できる数 学の理論が存在する。天才数学者 Alan Turing が60年前に発表した反応拡散原 理である。この理論によれば、複数の分子 の相互作用と拡散をうまく組み合わせるだ けで、動物の表皮のバラエティに富んだパ ターンを出現させることができるのだ。しかし、そんな素晴らしい仮説であるにも関わら ず、生物学の分野では「机上の空論で、現実ではありえない」との評価が大勢を占め、ほ とんど無視される状態が続いていた。20年ほど前、近藤がこの理論を初めて学んだ時、 同時に、生物学者が一致してそれに下している評価も知ったのであるが、それでも、 Turing の方が正しいことは一度も疑ったことはない。実験データもなしに、そのような確信を持 てた理由はただ一つしかなく、それは、理論自体の「美しさ」である。模様を「化学反応 が作る波」と理解するだけで、生物学では解答できない「謎」が全て「自明」な現象にな ってしまう。そんな美しい理論が間違っているはずはない。 確信が得られれば、後は実験で証明するだけである。 幸い、競争相手がいなかったので、雑音に惑わされず に、自分が正しいと思う研究を進めることができた。 15年前に0からはじめた Turing 理論の証明は、マ クロレベルで模様の動きを観察することから始まり、 次第に、 in vivo での色素細胞間の相互作用の測定、関与する遺伝子の同定、 in vitro での色 素細胞の挙動の解析、という過程を経て、分子レベルのネットワークの解明へと進んでい る。講演では、これまでの研究の過程を簡単に紹介するとともに、どのようなゴールに近 づいているかをご説明できればと思っている。

Turing Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム 大阪大学生命理学研究科:近藤滋 動物の模様は美しい。しかも数々の不思議さに満ちてお

  • Upload
    vandang

  • View
    213

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: Turing Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム 大阪大学生命理学研究科:近藤滋 動物の模様は美しい。しかも数々の不思議さに満ちてお

Turing Pattern とそれを実現する分子細胞メカニズム 大阪大学生命理学研究科:近藤滋 動物の模様は美しい。しかも数々の不思議さに満ちてお

り、それが人間の好奇心を掻き立てる。何のためにあのよ

うな模様があるのだろう?なぜ、あれほどまでにバラエテ

ィがあるのか?そもそも、どのような原理で描かれている

のか?これらは、小学生でも直感的に感じる疑問だが、最

先端の生命科学者にとっても手を出しにくい難問である。

たとえ模様形成に関与する遺伝子が特定できたとしても、

それが「答え」にはならないことが容易に察せられるからだ。 ところが、この謎を一気に解決できる数

学の理論が存在する。天才数学者 Alan Turing が60年前に発表した反応拡散原

理である。この理論によれば、複数の分子

の相互作用と拡散をうまく組み合わせるだ

けで、動物の表皮のバラエティに富んだパ

ターンを出現させることができるのだ。しかし、そんな素晴らしい仮説であるにも関わら

ず、生物学の分野では「机上の空論で、現実ではありえない」との評価が大勢を占め、ほ

とんど無視される状態が続いていた。20年ほど前、近藤がこの理論を初めて学んだ時、

同時に、生物学者が一致してそれに下している評価も知ったのであるが、それでも、Turingの方が正しいことは一度も疑ったことはない。実験データもなしに、そのような確信を持

てた理由はただ一つしかなく、それは、理論自体の「美しさ」である。模様を「化学反応

が作る波」と理解するだけで、生物学では解答できない「謎」が全て「自明」な現象にな

ってしまう。そんな美しい理論が間違っているはずはない。 確信が得られれば、後は実験で証明するだけである。

幸い、競争相手がいなかったので、雑音に惑わされず

に、自分が正しいと思う研究を進めることができた。

15年前に0からはじめた Turing 理論の証明は、マ

クロレベルで模様の動きを観察することから始まり、

次第に、in vivo での色素細胞間の相互作用の測定、関与する遺伝子の同定、in vitro での色

素細胞の挙動の解析、という過程を経て、分子レベルのネットワークの解明へと進んでい

る。講演では、これまでの研究の過程を簡単に紹介するとともに、どのようなゴールに近

づいているかをご説明できればと思っている。