3. Enhancement of Yield of Harvest using Plasma and Pulsed ... · 3.1 はじめに...

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3.1 はじめによく雷が鳴る年は稲が豊作になるという言い伝えがある

ように,昔から我々は生体への電気的刺激を利用してき

た.医療・保健の分野では肩こり,腰痛,関節痛の治療か

ら骨折や創傷治癒まで電気的刺激がすでに広く応用されて

いる.一方,植物に対する電気的刺激の応用として高電圧

パルス印加によるシイタケの増産が実用化されつつある.

しかしながら,その他の農産物(花卉,野菜,穀物等)に

対するプラズマや高電圧パルス印加の実用化例は無く,農

産物に対するプラズマや高電圧パルス印加の効果や作用メ

カニズムに関する研究は国内外問わずほとんどなされてい

ない.

本節では,植物に対する高電圧パルスおよびプラズマの

代表的効果として,高電圧パルスによる発芽促進および大

気圧放電による発芽抑制,パルス電界や水中プラズマを用

いた植物成長制御,および帯電した農薬の植物病原菌不活

化効果に関する最新の研究結果を紹介する.

3.2 パルスパワー印加による球根の発芽促進3.2.1 はじめに

近年,植物の生育に対する電気刺激の効果についての研

究がなされている.例えば,大豆に交流電圧を印加すると

成長が促進されることが報告されている[1].また,トマト

の種子に交流電圧と磁界を印加すると発芽が促進されるこ

とが報告されている[2].しかし,そのメカニズムについて

は十分に解明されておらず,生育制御する技術として確立

していない.本研究では,花卉として市場性が高い球根に

対して,植物成長調整剤を使わない新しい生育制御方法と

して,パルスパワー印加法を提案した.グラジオラス球根

にパルスパワーを印加することにより,発芽が促進される

ことを実験的に実証したが[3],この手法を生育制御技術

として確立するためには,そのメカニズムを解明する必要

がある.一般に,植物の発芽においては,発芽関連遺伝子

の発現により�‐アミラーゼ等の酵素活性が上昇し,その作

用によってデンプンが分解されることで,グルコースが生

成され,それが栄養となる[4,5].本節では,発芽促進効果

のメカニズム解明の一環として,パルスパワー印加の有無

における発芽率と球根内のグルコース濃度を実験的に調べ

た結果について述べる.

3.2.2 実験装置,方法

球根にパルスパワーを印加する電極としてステンレス製

の針を使用した.針電極を使用したのは,局部的に強い電

界を起こすためである.針電極で放電を発生させないため

に,針を先端 1 mmを除いてガラス管で覆って水に浸し,

針電極先端を約 1 mmだけ球根内に差し込んだ.試料とし

て,縦3 cm,横4 cm程度の球根を使用した.印加条件とし

小特集 プラズマの農業利用

3.パルスパワー・プラズマによる農作物の収量改善

3. Enhancement of Yield of Harvest using Plasma and Pulsed Power

林 信哉,猪原 哲1),門脇一則2),高木浩一3),王 斗艶4),西村 亮5)

HAYASHI Nobuya, IHARA Satoshi1), KADOWAKI Kazunori2), TAKAKI Koichi3),

WANG Douyan4) and NISHIMURA Ryo5)

九州大学,1)佐賀大学,2)愛媛大学,3)岩手大学,4)熊本大学,5)鳥取大学

(原稿受付:2014年4月10日)

プラズマや高電圧を直接的にもしくは水や農薬を通じて間接的に植物に作用させることにより発芽や成長の制御が可能である.本章では農産物の収量改善に効果的なプラズマや高電圧の応用研究結果について解説する.高電圧パルスを球根に印加した結果,球根内でグルコース生成が促進され発芽率が向上することがわかった.種子のバリア放電処理の際に印加する電圧のパルス幅を変えることにより発芽の促進または抑制が制御可能である.水耕栽培植物に対しては,栽培用の水中で放電を発生させ生じる窒素酸化物イオンにより育成が向上した.また,水耕栽培植物の根部にパルス電界を印加した結果,葉部の重量は未処理と比較して増加しあるパルス電界強度において最大値をもつことがわかった.静電農薬散布法について,帯電電極に印加する電圧を三角波電圧とすることにより植物への農薬付着率が向上することが明らかとなった.

Keywords:pulsed power, germination control, glucose concentration, barrier discharge, polarity-reversed voltage pulses,

hydroponics, discharge in water, nitrate ion, nitrogen in chlorophyll, pathogenic reduction, pulsed electric field,

leaf weight, electrostatic pesticide spraying, triangle wave voltage

Kyushu University, Kasuga, FUKUOKA 816-8580, Japan

Corresponding author’s e-mail: hayashin@aees.kyushu-u.ac.jp

J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.9 (2014)541‐546

�2014 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

541

て,最大電圧 20 kV,パルス幅 300 ns,印加回数1000回,繰

り返し周波数 2 Hz とした.グルコースの抽出には,エタ

ノール抽出法[6]を用いた.抽出後,測定キット(Eキット

Dグルコース:J.K.インターナショナル)を使用して抽出

液中のグルコース量を測定し,その量を球根単位重量当た

りのグルコース量(μg/g)に換算した.3.2.3 実験結果と考察

図1は,栽培日数に対するグルコース濃度および発芽率

の結果を示している[7].使用した球根数は,発芽率の評

価では,印加の有無について各12球で計24球,グルコース

定量分析では,栽培日数毎に印加有無で各4球で計64球で

ある.精製水による水栽培を行い,条件は室内温度23±

2℃とした.発芽率は次式により算出した.

発芽率=発芽した球根数全球根数(12球)

×100.

グルコース濃度は,処理群(a)で処理後1日から 6 μg/g,コントロール(b)で 4 μg/g であり,パルスパワーを印加すると 2 μg/g 濃度が高くなることが示された.処理群(a)では,処理後3日目からさらに濃度が上昇し,処理後4日目

で最大値 9 μg/gが得られた.(b)では処理後4日目で濃度上昇が認められ,最大値 7 μg/g であった.一方,発芽率については,処理群(a)では,3日目にグルコース濃度の上昇

に呼応して発芽率が急激に上昇し,80%に達した.処理群

(b)では,処理後3日目から発芽率の上昇が見られたが,

その上昇率はゆるやかで処理後5日目で20%程度であっ

た.以上の結果を考え合わせると,パルスパワー印加によ

る何らかの刺激によって,球根内のグルコース生成が促進

され,これが栄養源となって発芽率の上昇ならびに発芽時

期が早まることが示唆された.グルコース濃度は両群とも

ピーク後減少するがこれは発芽によるグルコース消費の結

果を反映しているものと考えられる.

3.2.4 まとめ

パルスパワー印加におけるグルコース定量分析を行い,

発芽率の変化と比較した.その結果より,球根へのパルス

パワー印加はグルコース生成を促進させる効果があり,そ

のことにより,球根の発芽率の上昇ならびに発芽の早期化

を促すと考えられる.発芽後の生育への具体的な影響につ

いては今後実験的な検討が必要である.

3.3 極性反転パルス電圧によるバリア放電処理における種子発芽率の抑制

3.3.1 はじめに

育成者権によって守られるべき農作物のブランドが,容

易に侵害されているという問題を解決するための一つの方

法として,筆者らは極性反転パルス放電処理による発芽抑

制について研究している[8,9].農作物を出荷する前に処

理を施すことにより品質を損ねることなく発芽勢を失活さ

せることが最終的な目標である.本節では,ナノ秒極性反

転パルス電圧によるバリア放電処理が,Arabidopsis 種子の

発芽に対して促進作用と抑制作用の二面性を併せもってい

ることを示す実験事実を紹介する.

3.3.2 実験方法

図2に処理容器の断面図を示す.凹状のアクリル製受け

皿の中央部には円板電極とホウ珪酸ガラス円板が重ねられ

ており,アクリル製上蓋の凸面にも同じ寸法のガラス円板

と電極が貼付けられている.ガラス板の間に種子を並べた

状態のもと,ナノ秒極性反転パルス電圧を電極間に繰り返

し印加することにより種子表面に沿って非平衡プラズマを

形成することができる.

3.3.3 結果と考察

150粒の種子に対して所定時間放電処理を施した後,イ

ンキュベーター内で2日間もしくは3日間栽培した後の発

芽率を測定し,発芽率と放電エネルギーとの関係を調べ

た.-5 kVから+5 kVへの極性反転パルス電圧により形

成された非平衡プラズマに投入した累積エネルギー密度

と,Arabidopsis 種子の発芽率との関係を図3に示す.図中

のパラメータは処理後の栽培時間である.エネルギー密度

(a)パルスパワーを印加した場合

(b)コントロール

図1 栽培日数に対する発芽率とグルコース濃度の変化. 図2 極性反転パルス放電処理容器の断面図[8].

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.9 September 2014

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がゼロにおける発芽率は,放電未処理の種子(control)の

発芽率を意味している.この図から,累積投入エネルギー

密度が20 J/cm3程度の処理を施せば,処理後の発芽率は未

処理でのそれに比べて低下することがわかる.しかしなが

ら累積投入エネルギー密度を20 J/cm3からさらに増やすと

発芽率は再び上昇している点に注目すべきである.50 J/

cm3 付近で発芽率は極大値を示し,さらなる投入エネル

ギー密度の上昇とともに発芽率は低下し続け,最終的には

ゼロになっている.以上の事実は二つの効果,発芽促進効

果と抑制効果,の両方が極性反転パルス放電処理により発

現していることを示唆している.発芽率とエネルギー投入

密度との関係が,促進効果と抑制効果の両面を併せもつと

いう実験事実は,放電・プラズマ処理の場合に限らず,パ

ルス電界処理の場合でも既に報告されている.C.J. Eing

らは,幅10~100 ns,平均5~50 kV/cmのパルス電界を

Arabidopsis 種子に印加した後の葉の成長を観測した[10].

その結果,10 ns のパルス印加処理は種子の発芽とその後

の成長を促進したのに対し,100 ns のパルス印加処理は種

子の成長を阻害することを示している.

図4(a)は放電処理された後に,エバンスブルー染色さ

れた種子の顕微鏡写真である.種皮が完全に青く染まって

いる事実は,放電処理により種皮細胞が壊死していること

を意味する.壊死が引き起こされる理由は,プラズマ中の

荷電粒子の衝突によるものと思われる.比較対象として,

100℃の乾燥機中で1時間加熱した後にエバンスブルー染

色された種子の顕微鏡写真を図4(b)に示す.加熱により

発芽は抑制されるものの,種皮の壊死は引き起こされてい

ない.

3.4 水中プラズマを用いた植物の生育促進液肥や土壌などの培地にプラズマを照射することで,イ

オン(O2-,NO2-,NO3-など)や化学的活性種(OH,O,N,

O3,H2O2 など)が発生し,培地に入りこむ.これらの一部

は,植物の生育を促進または抑制する働きがある[11].一

例として,コマツナの栽培で投与する水(蒸留水)に,磁

気圧縮型のパルス電源を用いて,毎日10もしくは20分ほど

水中プラズマを発生させ,コマツナの生育を比較したもの

を,図5に示す[12].栽培期間は,28日になる.栽培は

ポットでの赤玉土壌で,肥料は鶏糞である.投与水は栽培

ポットの下部の容器で受けて,再度,投与水として利用し

た.図より,水中放電により,生育が促進されていること

がわかる.28日間の栽培後収穫し,乾燥重量を比較した結

果,比較区の 0.011 g に対して,10および20分間プラズマを

照射したもので 0.044 および 0.076 g となる.これらは比較

区の,それぞれ 3.9 および 6.6 倍の収量増加に相当する.サ

ンプルは,図5に示すように,各条件で三体用いている.

統計的解析として t 検定を用いた結果,危険率は������

の有意水準であった.生育過程について,図6に葉の長さ

で評価した結果を示す.定植から7日後には,プラズマ照

射の有無で葉長の差が確認でき,また14日後にはプラズマ

照射時間による差も確認できる.

プラズマ照射によるコマツナの生育促進のメカニズムを

明らかにするため,プラズマ照射の時間を変えた時の,28

日間コマツナを栽培した後の水中の硝酸(NO3)および亜

硝酸(NO2)イオンの濃度を調べた.図7に結果を示す.硝

酸および亜硝酸イオンとも,プラズマ照射によって増加し

図3 累積投入エネルギーと種子の発芽率との関係[8].

図5 プラズマ照射時間を変えた時のコマツナの生育の変化(左から,照射なし,10分照射,20分照射)[12].

(a) (b)

図4 エバンスブルー染色された種子の顕微鏡写真(a)極性反転パルス放電処理後,(b)加熱処理後(100℃ 1 h)[8].

図6 プラズマ照射時間をパラメータとしたコマツナの生育の時間変化[12].

Special Topic Article 3.Enhancement of Yield of Harvest using Plasma and Pulsed Power N. Hayashi et al.

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ていることがわかる.硝酸および亜硝酸の生成として,以

下のような化学反応が考えられる[13,14].

N2+O2+e*→2NO+e (R1)

2NO+O2→2NO2 (R2)

H2O+e*→OH+H+e (R3)

NO+OH→HNO2 (R4)

NO2+OH→HNO3 (R5)

図8に,コマツナを28日間栽培した後の葉の葉緑素の窒

素濃度を,葉緑素の色素計を用いて SPAD(Soil and Plant

Analyzer Development)値として評価したものを示す.葉

に含まれる窒素量は,プラズマ照射により増加する様子が

確認できる.硝酸イオンは,一般に窒素系肥料として,植

物の根より吸収される.吸収された窒素イオンは葉まで移

動して葉緑素の働きを強め,その結果,光合成が活発にな

り,生育が促進されることがわかる.図9に,硝酸イオン

を放電で発生する量と等量の濃度で水に混ぜ込み,プラズ

マを印加したものと同様に栽培したときの成長の様子を示

す.プラズマにより生成される硝酸イオンと等量の硝酸を

与えることで,成長が,プラズマ照射時とほぼ等しくなる.

このことより,プラズマで生成された硝酸イオンが生育促

進に寄与したことがわかる.

コマツナ以外の野菜についても,同様の効果が確認され

ている.イチゴなどの果実については,Brix 値など,糖度

が上がることなども明らかになっている[15].またプラズ

マ照射により,水中の一般生菌数も,対数値で 5.72 CFU/

mLから,1.85 CFU/mLと大きく減少した[16].これは植

物の病気のリスクを軽減することにつながる[17].

3.5 パルス電界を用いた水耕レタスの生育制御3.5.1 はじめに

静電界や直流放電による刺激が植物の生育に良い効果を

もたらすことは,18世紀頃にさかのぼり報告されている

[18].様々な研究が試みられた中で,収量の増加に対する

効果が得られる場合とそうでない場合があり,研究者に

よって異なっている.20世紀に入って,電気刺激下では成

長に伴って植物体に流れる電流が増加していくことが明ら

かとなり,電流変化が生育指標となる可能性が唱えられた

[19].その多くは直流電圧印加に伴う結果であるが,エネ

ルギー効率や植物体への負荷を考慮すると,短い時間幅に

おいて繰り返し刺激を印加可能なパルス電磁エネルギーへ

の期待が高まる.

天候・季節・栽培環境に左右されない,高度な環境制御

と周年栽培を実現する植物工場は,大気汚染と地球温暖化

が深刻な現代社会において,希望ある産業である.設備投

資と投資回収が可能な採算性がカギを握る植物工場におい

て,生産野菜の生育促進や高付加価値化が実現すれば,将

来性の高いビジネスとなる.本研究は,植物工場の主要栽

培品種である水耕レタスについて,その根部へパルス電界

を印加することで生育制御が可能であることを実験的に証

明する.

3.5.2 実験方法等

水耕レタス(品種:アーリーインパルス)の根部へパル

ス電界を印加した.実際の植物工場における水耕レタス栽

培では,レタス種を培養土で満たされた育苗ポットに播種

して定植期(播種後20日前後)までポット内で育てた後,

定植期より液肥に浸して,液肥を循環させることで栽培す

る.レタス葉部の収穫は,播種後40日前後である.

本研究においては,定植期まで植物工場と同様の方法で

育苗したレタス株(株式会社阿蘇バイオテック提供)を,

定植となる時期にインキュベーターへ移して,収穫日まで

約20日間培養した.その間に,パルス電界印加実験を実施

する.培養期間中は,インキュベーター内で蒸発減少した

分の液肥を追加することで,一定の液肥量を維持した.

パルス電界の発生には,PFN(Pulse Forming Network)

型シングルパルス発生回路(図10)を用いた[20].理論値

の出力パルス幅は 400 ns,電源特性インピーダンスは10Ω

図7 プラズマ照射時間を変えた時の循環水中の硝酸および亜硝酸イオン濃度変化[12].

図8 プラズマ照射時間を変えた時のコマツナの葉緑素中の窒素量の変化[12].

図9 硝酸を添加した際のコマツナの生育の時間変化[12].

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.9 September 2014

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である.レタス根部へのパルス電界印加用リアクタとして

は,アクリル製容器の対向壁面にステンレス製平行平板型

電極を固定した.パルス電界印加を開始するタイミングは

定植期へ入る20日前後とし,収穫日まで毎日1回,午前中

に印加を実施した.リアクタ内の電界印加時に使用した液

肥は廃棄し,レタス培養には使用しないこととした.

レタス根部へ印加するパルス電界の周波数は 1 Hz,印加

回数は100回と決定し,また電界強度を 0.2~2.0 kV/cmへ

と変化させた.レタス自身が有する生物的バラつきを考慮

して,各パラメータに3サンプルを用いた.また,コント

ロールサンプルには,パルス電界印加サンプルと同等の処

理を施し,電界強度 0.0 kV/cm(電界印加無し)とした.

生育評価方法として,収穫したレタス葉部の総重量を,

電界印加パラメータ毎のサンプルとコントロールサンプル

を比較評価した.また,収穫の際は育苗ポットの上面縁高

さに合わせてレタス葉部を切断し,電子天秤を用いて葉部

の総重量を計測した.

3.5.3 結果と考察

図11に,収穫時のレタス葉部総重量の印加パルス電界強

度依存性を示す[21].レタス根部へパルス電界を印加する

ことで,レタスの生育制御が可能であることは明白であ

る.また,生育促進効果を得るためには適切な電界強度値

が存在し,強すぎる電界強度を印加すると生育抑制とな

る.本研究においては,レタス葉部の生育促進に適切な電

界強度は0.5 kV~1.0 kV/cmであり,2.0 kV/cm以上の強い

刺激は葉部の生育抑制効果をもたらす.また,最も生育促

進効果が得られた 0.4 kV/cmでは,パルス電界を印加しな

い場合と比べて約20%の増産となった.

本実験では,レタスの根部にのみパルス電界を印加して

いる.その結果として,収穫時の葉部に生育に違いが生じ

たことは非常に興味深い.コントロールと比較して,最も

生育促進効果が得られた0.4 kV/cm印加では根が太く長く

伸びており,根毛の密度も高い.一方,生育抑制がみられ

た 2.0 kV/cm印加株では,コントロール株よりは根が発達

しておらず,指で触れると根部先端が脆く崩れた.減産を

招いた試験株においては,根部の形態が非常に脆いことか

ら,高い電界強度により不可逆な膜破壊が生じたために細

胞破損が引起されたものと考えられる.一方,増産となっ

た試験株においては,細胞膜の透過性が増すことで膜内外

の物質移動が促進され,養分吸収を促したのではないかと

考えられる.あるいは,根部細胞のイオンチャネル制御機

構が外部ストレスを受けたことで活性されたのではないか

とも考えられる[22].なお,生育抑制がみられたレタス株

において,葉部の損傷は確認されていない.

3.5.4 まとめ

レタス根部へ適切な強度を有するパルス電界を印加する

ことで,収穫部(葉部)の生重量を最大20%まで生育促進

可能である.一方,強すぎる刺激においては,逆に生育を

抑制する効果を来す.レタス根部へパルス電界を印加する

ことで葉部の生育促進効果が得られたことは,植物工場に

おける水耕栽培野菜の生育制御が可能であることを示して

おり,パルス電磁エネルギーの農業貢献に新たな可能性を

もたらすと考えられる.

3.6 三角波電圧で農薬を帯電させることによる防除効果改善

3.6.1 はじめに

農薬を帯電させる静電農薬散布は農薬の付着効率を改善

する方法であり[23],これにより防除効果改善,農薬の使

用量削減ならびに飛散農薬による土壌・河川の汚染の低減

が期待できる.ノズルから噴霧された帯電農薬液滴が大地

から生えている作物に接近すると,作物には液滴電荷と反

対符号の電荷が大地から誘導され,この誘導電荷と液滴電

荷間のクーロン力で農薬が作物に付着する.現在,国内の

農機具もしくは噴霧装置メーカーから種々の静電散布ノズ

ルが市販されている.これらのノズルでは農薬タンクは接

地され,ノズル噴口近傍に数 kVの電圧を印加した電極を

配置することで,電極と反対符号の電荷が大地より噴口か

ら出た薬液柱に誘導され,その薬液柱が電荷を保持したま

ま液滴に分裂することで帯電した農薬液滴を生成する誘導

帯電方式を採用している.

3.6.2 提案手法

直流電圧による誘導帯電方式の場合,同一の電極‐ノズ

ル系に対しては帯電電極電圧が高くなるにつれて帯電液滴

による液滴電流(単位時間あたりに測定電極に到達する液

滴電荷の総量)は大きくなるという報告がある[24].しか

し,過大な電圧を帯電電極に印加すると,絶縁破壊による

電極からの予期せぬ放電,漏電および操作者の感電等の不

都合が生じることが考えられる.また,農薬付着率を高め

るためには個々の液滴がある程度大きな電荷をもつ必要が

ある.十分な電荷をもつ液滴が存在しても,その割合が極

図10 PFN型シングルパルス発生回路の概略.

図11 レタス葉部総重量の印加パルス電界強度依存.

Special Topic Article 3.Enhancement of Yield of Harvest using Plasma and Pulsed Power N. Hayashi et al.

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めて小さく,他の液滴がほとんど電荷をもたないのならば

高い付着率は期待できない.したがって付着率の良し悪し

は液滴電荷の平均値(液滴電流に対応)だけでは評価でき

ない.著者らが所属する研究グループでは,電圧を上げず

に付着率を改善するために帯電電極に種々の波形の電圧を

印加することで直流電圧の場合とは異なる帯電状態の液滴

群を作り,電圧を上げずに付着率の向上を試みた.その結

果,急峻に起ち上がる三角波電圧を印加することにより,

その波高値の直流電圧よりも付着率が改善した[25].ここ

ではニホンナシの赤星病の防除剤散布においてこの三角波

電圧を用いた静電散布を行い,直流印加の場合と効果を比

較したものを紹介する.

3.6.3 静電散布による赤星病防除実験

供試樹には鉢の底面からの高さが 120 cm程度の2年生

および5年生のニホンナシを用いた.供試樹は図12に示す

ように4本を1組として散布実験を行う.その際,前方

1,2の試供樹は2年生,後方3,4は5年生のものを用い

た[26].ノズルの高さは地上から80 cmで固定し,ノズル

先端から供試樹1,2までの散布距離は60 cmおよび80 cm

とした.静電散布ノズルは市販のものを用い,帯電電極電

圧は 0 kV,DC4.5 kV,図13に示す波高値 4.5 kV の三角波

(立ち上がり 100 ms,立ち下がり 400 ms,周波数 2 Hz)の

3種類とした[26].帯電電極電圧以外の条件である散布

圧,散布時間,使用農薬は同一とした.散布は屋外で無風

時に行い,病班判定は散布日8日後,11日後,15日後に

行った.各散布グループで前列(1,2),後列(3,4)より

50枚ずつの計100枚の葉を,重複を許して無作為に抽出し,

それぞれの葉の病斑数,面積を計測した.葉の面積は,葉

の長径と短径を計測して楕円で近似した.各電圧波形に対

し,散布距離 60 cmと 80 cmをまとめて1つのグループと

し,各グループの散布後3回の測定結果の平均値を1つの

標本と見なした.各グループの葉面積あたりの平均病班数

を図14に示す[26].病班の発生を最も抑制できているのは

三角波電圧を印加したときであり,これは統計的にも有意

であった[26].メカニズムについては今後検証の必要があ

る.

参 考 文 献[1]E. Constanzo, J. Electrostatics 66, 417, (2008).[2]J. Moon and H. Chung, J. Electrostatics 48, 103 (2000).[3]猪原 哲他:電気学会パルスパワー・放電合同研究会

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053001 (2009).[14]B.Wenjuan et al., IEEE Trans. Plasma Sci. 37, 211 (2009).[15]J. Takahata et al., Jpn. J. Appl. Phys. (Submitted ).[16]�畑純一郎他:電学論A 133, 211 (2013).[17]谷野孝徳,柳沢美貴,大嶋孝之:静電気学会誌 36, 37

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ウム「プラズマ-農学融合科学の新展開」SVII-3 (2013).[21]王斗艶他:電気学会パルスパワー研究会資料 PPT-12-

004, 13 (2012).[22]大川和秋:植物細胞のイオンチャンネル,綜説,膜 18,

3 (1993).[23]S.E. Law, IEEE Trans. Industrial Application 19, 160

(1983).[24]S. Zhao et al., J. Electrostatics 63, 871 (2005).[25]井筒達也他:第70回農業機械学会年次大会講演要旨

370 (2011).[26]西村 亮,高谷英寿:平成26年電気学会全国大会講演論

文集 1-S7-2 (2014).

図12 ノズルと供試樹の配置[26].

図13 帯電用三角波電圧[26].

図14 葉面積あたりの平均病班数[26].

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.9 September 2014

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