初等複素関数 - 東京大学coral.t.u-tokyo.ac.jp/fujiwara/Mathematics-2/Ch3.pdf3.1 1...

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第 3章

初等複素関数

展望:

本章では頻繁に現れる複素関数の性質について調べる。最初に 1次分数関

数について議論する。1次分数関数はあまり簡単すぎて何のために学ぶのか

よく分からないという感想を持つかもしれない。しかし 1次分数関数は様々

な議論の基になるものである。

これまではガウス平面上の点は常に原点から有限の距離にあるものと考え

てきた。しかし原点から無限大の距離にある点も考えておいた方が便利であ

る。この章では無限遠点を定義する。無限遠点は原点から無限大の距離にあ

り偏角不定の点である。

本章では再びべき級数について議論するが、「べき級数の収束半径」とい

う概念を導入する。収束半径という言葉は実数の級数ですでに出ていること

であるが、「半径」という言葉の意味はここでガウス平面を思い浮かべて初め

て納得できるものである。

多価関数である一般のべキ関数、指数関数などは注意して学ぶ必要があ

る。実変数の範囲でのベキ関数と複素関数としてのべき関数はだいぶ違った

側面がある。その違いは本章で導入するリーマン面を理解することで明瞭に

することができる。対数関数は指数関数の逆関数として導入され、変数 zの

全域で定義される。多価関数のリーマン面が理解できれば本書における複素

解析を学ぶ目的の大半は達成したことになる。あとは計算技術的なものであ

るといってもよい。リーマン面は大切であるから、後の章でも何度も繰り返

し述べる。

43

44 第 3章 初等複素関数

3.1 1次分数関数

3.1.1 1次分数関数とその写像

nを 0または正整数、a0; a1; a2; � � �を複素定数として (a0 6= 0)

P (z) = a0zn + a1z

n�1 + � � �+ an�1z + an (3.1)

を n次多項式または有理整関数という。多項式は複素 z平面全域(原点より

有限の距離にある全ての点)で正則である。一般に複素平面全域で正則な関

数を整関数という。

P (z), Q(z)が z の多項式(Q(z) 6� 0)であるとき、

P (z)

Q(z)=

a0zn + a1z

n�1 + � � �+ an�1z + anb0zm + b1zm�1 + � � �+ bm�1z + bm

(3.2)

を有理関数という。

特に、a; b; c; dを複素定数として 1次の有理関数

w =az + b

cz + d; (ad� bc 6= 0) (3.3)

を 1次分数関数あるいは 1次関数という。またこれを写像と考えて、1次変

換(1次写像)あるいはメビウス変換という。(3.3)を書き直すと

w =(bc� ad)=c

cz + d+a

c(3.4)

であるから、1次変換は

1. w = z + �

2. w = �z

3. w = 1=z

の 3つの変換の組合せである。この 3つの変換は写像の基本であり、等角写像

としても重要である。(1) は複素平面上の並行移動, (2)は複素平面上の拡大

(縮小)と回転である。平面上で原点 Oから出て点 Pを通る半直線上にあり

OP = 1=OQの関係にある点Qを、「PとQは互いに鏡像の関係にある」とい

3.1 1次分数関数 45

図 3.1 1=zと zの鏡像の位置 1=�z.

う (図 3.1)。zと 1=�zは原点を 1端とする同一線分上にありかつ jzj � j1=�zj = 1

であるから鏡像の関係にある。したがって変換 (3)は複素平面上の点 zを鏡像

の位置 1=�zに移しそれをさらに実軸に対称な点 1=zに移す写像である。

1次分数関数 (3.3)は z = �d=cを除き全平面で正則でかつ等角である。ま

たこれは z = �d=cあるいは w = a=cを除いて、z平面と w平面の上の点の間

で連続な 1対 1対応を与える。また変換によって動かない点(自分自身に写

像する点=不動点: w(z) = z)は cz2 + (d� a)z � b = 0の根であり一般に 2

つある。

z平面上の直線または円の方程式(aと cは実数)は

az�z + �z0z + z0�z + c = 0

である。写像 w = 1=zによってこれは

cw �w+ z0w + �z0 �w+ a = 0

に移る。これもまた w平面上の直線または円である。1次分数写像はこれに

並行移動および拡大・縮小・回転を行なったものであるから、一般に 1次分

数写像は平面上の直線または円を直線または円に写像する。これを「円円対

応」という。

例 18 1次分数変換(Imz0 > 0 )

w = ei�z � z0z � �z0

46 第 3章 初等複素関数

を考える。z = xとすると jwj = 1であるから、z平面の実軸はw平面の単位円

に写像される。したがって 1次変換の連続性より z平面の上半平面(Imz > 0)

は w平面の単位円の外または内に写像される。w = 0に対応する z平面上の

点は z = z0であるから、z平面の上(下)半平面はw平面の単位円内(外)部

に写像される(図 3.2(a))。

例 19 1次分数変換(jz0j < 1 )

w = ei�z � z0�z0z � 1

を考える。z = exp(i�)とすると jwj = 1だから z平面の単位円は w 平面の単

位円に写像される。さらに w = 0に対応する z平面上の点は z = z0だから、z

平面の単位円の内(外)部は w平面の単位円の内(外)部に写像される(図

3.2(b))。

3.1.2 無限遠点

これまでは複素 z平面上の点を考えるときそれはいつでも原点より有限の

距離にある点と考えてきた。実際、「整関数は複素 z平面上で正則」といった

ときも zは原点より有限の距離にあるという意味である。しかしたとえば 1=z

という写像を考えるときなど、それでは少し不便である。z 6= 0の写像を考

えることはできるが z = 0だけは特別扱いをしなくてはならない。

w = 1=zを考えたとき z = 0を除き複素 z平面上の点と複素 w平面上の点

はすべて 1対 1 で対応する。これを拡張して w = 1=zによって z = 0が写像

されるべき点を定義しあるいは w = 0に写像されるべき点を定義して、複素

z平面上の点と複素 w平面上の点がすべて 1対 1に対応するとした方が便利

である。複素数 z = 0 は絶対値が 0で偏角は不定である。そこで w = 1=zに

よって z = 0が対応する点は絶対値無限大、偏角不定ということになる。

定義 18 無限遠点:

limz!0

1

z(3.5)

によって写像される点を導入する。この新しい点を無限遠点とよび、記号と

して1と書く。無限遠点は絶対値無限大、偏角不定である。

3.1 1次分数関数 47

図 3.2 (a)1次分数変換 w = ei�(z � z0)=(z � �z0) (Imz0 > 0 ), (b) 1次分数変換 w = ei�(z � z0)=(�z0z � 1) ( jz0j < 1 ).

図 3.3 リーマン球面と無限遠点.

もう少し具体的に理解するためには次のように考える。3次元空間 (�; �; �)

において�-�平面を複素 z平面 (x; y)と同一視する。�-�平面の原点 Sに接して

半径 1/2の球面�を置き、その中心に関して Sに対称な球面上の点をN(0; 0; 1)

48 第 3章 初等複素関数

とする。Nと平面上の点 zを結ぶ線分が球面�を貫く点を Zとすると、Z = N

である場合を除いて、zと Zは 1対 1で対応する。複素 z平面上にさらに 1点

を付け加えてその点と Nを対応させると、複素 z平面と球面�は完全に 1対 1

で対応することとなる。複素 z平面に付け加えたこのあたらしい 1点が無限

遠点である。

先ほどの zと Nを結ぶ線分を書いて zを原点 Sから遠ざけると、�上の点

Zは�上を Nに近づいていく。したがって zを S から無限の距離遠ざけたの

が無限遠点であるということができる。原点からどの方向に遠ざけても対応

する点 zは Nに近づいていくから、原点から無限に離れた先は方向によらず

1点と考える、すなわち偏角が不定である。1これが「無限遠点は原点からの

距離が無限大で偏角不定である点」という意味である。球面�をリーマン球

面といい、複素平面とリーマン球面を対応させる写像を立体射影と呼ぶ。

複素 z 平面上の点 z について、適当な正数 � に対して jz � z0j < � の領

域を「点 z の近傍」といってきた。これに対応して、任意の正数 Rに対して

複素 z平面上の jzj > Rである領域を無限遠点の近傍 という。

3.2 べき級数

3.2.1 べき級数の絶対収束

f(z) = a0 + a1(z � z0) + a2(z � z0)2 + � � � an(z � z0)

n + � � � (3.6)

の形の級数を z0の周りのべき級数という。以下では議論の煩雑さを避けるた

めに z0 = 0の場合すなわち原点の周りのべき級数を考えるがこれは何ら一般

性を失うものではない。1次変換により任意の点の周りのべき級数に移すこ

とができるからである。べき級数の収束発散に関しては次の定理が成り立つ。

定理 16 アーベルの定理:級数

f (z) = a0 + a1z + a2z2 + � � � anz

n + � � � (3.7)

1実数の範囲では+1と�1を区別するが、ここでは共に1である。

3.2 べき級数 49

が z = z0で収束するなら jzj < jz0jである各点で級数(3.7)は絶対収束する。

また原点 z = 0を中心として原点と z0の距離 jz0jより小さい値�を半径とす

る円内で級数(3.7)は一様収束する(広義一様収束)。2

定理の証明は次のとおりである。級数が z = z0で収束するなら第 1章の

定理 6より

limn!1

anzn0 = 0

である。すなわち任意の数Mに対して適当な自然数 Nを選んで n > Nであ

るすべての nに対して

janzn0 j < M

とすることができる。そのような nに対して

janznj = janz

n0 j � j

z

z0jn < M j

z

z0jn

である。Pjz=z0j

nは等比級数で jz=z0j < 1であるすべての zに対して収束す

る。したがって級数(3.7)は jz=z0j < 1で絶対収束する。

次に原点を中心に半径� (� < jz0j)の円を考えるとこの円内で

janznj � janj�

n < janzn0|� �

jz0j

�n< M

� �

jz0j

�n

である。級数PM(�=jz0j)nは zに無関係に収束するから

Pjanz

nj は一様かつ

絶対収束である。すなわち級数は半径�の円内で一様収束する。

例 20 xを実数として級数

1 + x+ x2 + � � �+ xn + � � �

は jxj < 1 なら収束し 1=(1� x) である。したがって

1 + z + z2 + � � �+ zn + � � �

は z < 1 で絶対収束する。このときこの級数は 1=(1 � z)に等しい。

2後半の広義一様収束では jz0jを半径とする円内に含まれる任意の閉集合領域であることが肝腎である。すなわち jz0jを半径とする円周上とそれに任意に近い領域は除外され、円周の境界から有限の距離だけ離れた円内の領域で一様収束していることを広義一様収束いう。

50 第 3章 初等複素関数

3.2.2 収束半径

定義 19 収束円と収束半径:定理 16により、複素平面上でPcnz

n がその内

部のすべての点で絶対収束し外部のすべての点で発散する円が存在する。こ

の円を収束円、収束円の半径を収束半径という。

先の定理 16では収束円上の各点で級数の収束・発散がどうなるかは何も

述べていないことに注意しなくてはならない。実際、収束円上のある点で収

束し他の点では発散したり、あるいは収束円上のすべての点で発散したりな

どいろいろな場合がある。

収束半径は次の方法によって決めることができる。

定理 17 コーシー・アダマール(Cauchy-Hadamard)の定理:べき級数Panz

n

の収束半径 r は

1

r= lim

n!1

n

qjanj (3.8)

である。3

(証明) jzj < r ならば jzj < � < r である�を考えると

1

�>

1

r= lim

n!1janj

1=n

であるから、上極限の定義から充分大きな n0を考えれば n > n0 であるすべ

ての nに対して

janj1=n <

1

となる。すなわち

janznj �

jznj

�n(n > n0) :

3実数列 fxngにおいて、点Xに任意に近いところに無限個の点があるとき、この点Xを集積点という。言い換えれば、実数列 fxngの適当な部分列 fxnj

gの収束値が集積点である。集積点の値の集合の上限を記号limn!1xn あるいは limn!1 supxnで表し、上極限という。したがって上極限より有限の値だけ大きな値をとる点 x

nは高々有限個である。また集積点の

値の下限を記号limn!1

xn あるいは limn!1 inf xnで表し、下極限という。これらの定義から、fxng の極限値が存在するということは上極限と下極限が存在してかつ一致していることを意味する。

3.2 べき級数 51

jzj < �であるから級数P(jznj=�)nは収束する。したがって

Panz

nは絶対収束

する。逆に jzj > r ならば

1

jzj<

1

r= lim

n!1janj

1=n

であるから、部分列 fanigを適当に選べば

1

jzj< janij

1=ni

とすることができる。すなわち

janizni j > 1

であるような項 niが無限にある。したがって定理 6によりPanz

nは収束しな

い。(証明終わり)

実際に収束半径を決めるときには上のコーシー・アダマールの定理は必ず

しも使い易いものではない。多くの場合に有効に用いられる方法として次の

定理がある。

定理 18 べき級数Panz

n について、

r = limn!1

��� anan+1

��� (3.9)

が収束して存在すればそれが収束半径である。ここでの議論は r = 0;1 を

含む。

(証明)極限

r = limn!1

��� anan+1

���が存在すれば

limn!1

��� anan+1

���= limn!1

��� anan+1

���= limn!1

��� anan+1

���= r

である。したがって各項を un = anznとおくと

limn!1

���un+1

un

���= limn!1

���an+1zn+1

anzn

���= jzj limn!1

���an+1

an

���= jzj

r:

初めの有限項を除いて 級数Pjunj は、jzj=r < 1なら公比< 1、jzj=r > 1なら

公比> 1の等比級数となる。以上により、jzj < rでPun は絶対収束するから

収束する。また jzj > rでは limn!1 un 6= 0 であるからPun は発散する。(証

明終わり)

52 第 3章 初等複素関数

例 21 収束級数の項別微分:級数P1

n=1 anzn の収束半径が r であるなら、P1

n=1 nanzn�1 の収束半径も r である。

級数P1

n=1 anzn が収束するなら、jzj < r の場合に jzj < r1 < r である r1

をとると janrn1 j < M (有界)であるから、janj < Mr�n1 。したがって

1Xn=1

njanjjzjn�1 <

M

jzj

1Xn=1

njzjn

rn1:

定理18によりPnzn=rn1 は jzj=r1 < 1で収束するから、上の級数

Pnjanjjzj

n�1

も jzj=r1 < 1 で収束する。よって級数P1

n=1 njanjjzjn�1 は jzj=r < 1 で収束

する。

次に jzj > rの場合には njanjjzjn�1 > janjjzj

n 1jzjであるから

P1n=1 anz

n が

発散すればP1

n=1 nanzn�1 も発散する。(limn!1(njanj)

1=n = limn!1janj1=n)

例 22 収束級数の項別積分:級数P1

n=1 anzn の収束半径が r であるなら、P1

n=1 anzn+1=(n+ 1) の収束半径も r である。このことは上の例に倣って簡

単に示すことができる。複素関数の積分はまだ定義していないが、後で述べ

るように zn の積分は zn+1=(n+ 1) である。したがってこの例は収束級数の

積分に関して項別積分が可能であることを述べている。

3.3 指数関数

3.3.1 指数関数

指数関数は第 1章 1.2.3極表示の項で既に出てきている。

定義 20 指数関数:指数関数 w(z) = exp zはべき級数

exp z =1Xn=0

zn

n!(3.10)

によって定義される。4

(n+ 1)!

n!!1 (n!1)

4この関数は普通 ez と書く。3.5で定義する一般のべき関数 az (aは複素数)の定義に従えば e = 2:71828 � � � � � � のべき乗 ezとここで定義した exp z は関数の多価性において違う。exp z は 1価関数である。しかし ez に限っては ez � exp z の意味で用いる。

3.3 指数関数 53

であるから、既に見たように指数関数の収束半径は無限大である。実際 z =1

を除き複素 z平面上すべての点で正則である。

公式 4 指数関数の微分:上の級数を項別微分して

d

dzexp z = exp z (3.11)

である。これが指数関数の微分規則である。

指数関数の大切な性質の一つに指数法則がある。

公式 5 指数法則 : exp(z1 + z2) = exp z1 exp z2

これは第 1章 例 9で証明した。

またべき級数の定義から直ぐにオイラーの公式

exp ix = cosx+ i sinx (3.12)

が導かれる。これから次の式も導かれる。

exp z = ex(cos y + i sin y)

指数関数は zに関し周期 2�iの関数であることもすでに知っている。

exp(z + 2m�i) = exp z

3.3.2 3角関数、双曲線関数

複素数に拡張された指数関数により 3 角関数も複素数の領域に簡単に拡

張される。オイラーの公式(1.27)

ei� = cos � + i sin �

に対して複素共役な式

e�i� = cos � � i sin �

を組み合わせると

sin x =eix � e�ix

2i

cosx =eix + e�ix

2(3.13)

54 第 3章 初等複素関数

が得られる。

実数 xに関して成り立つ上の式が複素数 z についても成り立つように、次

のように複素数の指数関数を定義する。

定義 21 3角関数:

sin z =eiz � e�iz

2i

cos z =eiz + e�iz

2(3.14)

3角関数は指数関数によって定義されたからその性質も指数関数から容易

に知ることができる。たとえば関数値が 0になる点(ゼロ点)は zの実軸上

の点でだけであること、特異点は無限遠点のみであることなどが知られる。

公式 6 オイラーの公式、加法定理:複素数の 3角関数では、オイラーの公式、

3角関数の加法定理、その他の関係もそのまま成り立っている。証明は簡単

であるので読者各自で試みられたい。

eiz = cos z + i sin z :オイラーの公式

sin(z1 + z2) = sin z1 cos z2 + cos z1 sin z2 :加法定理 1

cos(z1 + z2) = cos z1 cos z2 � sin z1 sin z2 :加法定理 2

sin2 z + cos2 z = 1

3角関数と密接な関係があるのが以下で定義する双曲線関数である。

定義 22 双曲線関数:

sinh z =ez � e�z

2

cosh z =ez + e�z

2(3.15)

これらはそれぞれハイパボリック・サインあるいはハイパボリック・コサイ

ンと呼び、ゼロ点は虚軸上にのみある。特異点は無限遠点以外にはない。

3角関数と双曲線関数は z , izという置き換えで互いに入れ替わる。こ

れは 3角関数双曲線関数の定義からすぐに示される。

cos z = coshiz; cos iz = coshz

i sin z = sinhiz; sin iz = isinhz

3.4 対数関数 55

公式 7 双曲線関数の加法定理 その他:双曲線関数の加法定理、その他の関

係は次のとおりである。これについても定義からすぐに示すことができるの

で、読者の演習にゆだねよう。

sinh(z1 + z2) = sinh z1 cosh z2 + cosh z1 sinh z2

cosh(z1 + z2) = cosh z1 cosh z2+ sinh z1 sinh z2

cosh2 z � sinh2 z = 1

3.4 対数関数

実数の範囲では対数関数 log xの変数 xは正の実数でなくてはならない。

e = 2:71828 � � � � � � の実数べき乗の逆関数として定義されていたからである。

ここでは複素数を変数とする対数関数を考える。対数関数は指数関数の逆関

数として定義される。

3.4.1 対数関数の定義と主値

定義 23 対数関数:対数関数は指数関数 expの逆関数として定義される。

w = log z () z = expw (3.16)

極表示 z = rei� = eln rei� を用い ei� = ei(�+2n�) ( n は 0または整数)に注

意すると

z = eln rei(�+2n�)

= ew = elog z

であるから

log z = ln r + i(� + 2n�) = ln jzj+ i(argz + 2n�) (3.17)

が得られる。対数関数は式 (3.17)で定義される。5 nはゼロまたは正または

負の整数であるから、関数値は nがとりうる値だけの異なる値すなわち無限

個の異なる値をとり、したがって対数関数は無限多価関数である。

z = elog z

5本書では、複素数を変数とする対数関数 logと区別して、eを底として実数を変数とする対数関数を ln と書く。lnxは実数 x を変数とする 1価関数である。

56 第 3章 初等複素関数

図 3.4 対数関数. (a) 複素 z 平面上で z が原点を一回りすると, (b) 複素 w 平面でw = log z は 値を 2�i だけ変える.

という書き方もしばしば役に立つ。

変数 z が原点の周りを一回りするとその偏角は 2�だけ増加(時計と逆周

り)または減少(時計と順周り)する。したがってこのとき対数関数 log z は

2�i だけ値が変わる。その様子を図 3.4に示そう。複素 z平面上で点 zが原点

の周りを一周するとき、log z は複素平面上を虚軸に平行に動く。

z平面上の閉じた曲線上を zが動くとき、その曲線の囲む領域の内側に原点

があれば z の偏角は元に戻らず +2� または�2� だけ変化しているので log z

が動く曲線は閉じたものとはならず�2�i だけ動いている。一方、z平面上の

閉じた曲線が原点を取り囲んでいなければ、z が元の点に戻ったとき log z も

元に戻り したがって log zが動く曲線は閉じたものとなる。この意味で対数

関数の多価性のカギは複素 z平面上の原点にある。ここで zの偏角が不定に

なるからである。この原点のように多価関数の源になる点を分岐点 (branch

point) という。特に対数関数の分岐点を対数的分岐点という。

対数関数の値を一義的に定めるためには主値を定義する。

定義 24 対数関数の主値:対数関数の虚数部分を��から�に限ったものを対

数関数の主値といい Log と書く。

Logz = ln jzj+ i� = ln jzj+ iArgz (� = Argz : �� < � � �) (3.18)

したがって

log z = Logz + 2n�i

3.4 対数関数 57

である。対数関数に関しては次の加法定理が成り立つ。

log z1z2 = log z1 + log z2 : (3.19)

これについても argについて 1.2.3で述べたと同じように、左右両辺の示す無

限個の複素数が集合として等しい、言い換えると多価関数として両辺が一致し

ているということである。関数値を問題にするなら 2n�; (n = 0; �1; �2; � � �)

だけの差がある。

公式 8 対数関数の微分公式:

d

dzlog z =

1

z(3.20)

この微分公式の証明は簡単である。z = exp(log z)の左右両辺を zで微分し

1 =d log z

dz

delog z

d log z=

d log z

dzelog z =

d log z

dzz

となる。

3.4.2 対数関数の多価性とリーマン面

対数関数は無限多価関数である。なんとかして z の一つの値に対して関

数 log z の一つの値を対応させることができないだろうか。

複素平面上の1つの z の値に対して無限個の w = log z の値が対応して

いて、その対応関係を一意的に定めることができないために次のような困難

が発生していた。最初 z を定めたとき一緒に log z の値を定めておけば、そ

の後の zの連続的な変化に対応して w = log z の値も連続的に変化し、した

がって w = log z の値は一意的に定められる。しかしこの場合には対応をい

つも追っかけていて、zが分岐点(z = 0)の周りを何回周ったのか記録して

おかなくてはならない。

このような混乱を避けるために、関数 log zの値の組だけの z平面を用意し z

平面の 1つづつに log zの値を対応させてみよう。つまり zが原点の周りを廻っ

ていない場合には n = 0の z平面、原点の周りを時計と反対方向に n回周った

ときの z 平面を n・z 平面(2n� � arg z < 2(n+1)�)、原点の周りを時計と順

方向に n回周ったときの z平面を (�n)・z平面(�2(n+1)� � arg z < �2n�)

58 第 3章 初等複素関数

図 3.5 対数関数のための無限枚のリーマン面.

という具合に�1 から +1 までの z 平面を考える。これらを上手に繋ぎ合

せて、原点 z= 0 の周りを廻るたびに 1つの z 平面から次の z 平面へと自

然に移るようにしておく。こうすれば z がどの z 平面にあるかを決めれば関

数 log z の値が決まる。関数の多価性を除くためにこのように用意した z 平

面をリーマン面という。

対数関数 log z で z = 1=� と変数変換すると � = 0 すなわち z = 1 も

(対数的)分岐点になっていることがわかる。z平面上で、log zの 2つの分岐

点 z = 0; z = 1 の間(たとえば実軸の右半分)に切り込みを入れ、ここで

n・z 平面の arg z = 2(n+ 1)� 部分と (n+ 1)・z 平面の arg z = 2(n+ 1)� 部

分とをつなぎ合せる (図 3.5)。このようにしておけば無限枚の z 平面が必要

ではあるが、z平面上の 1点と w = log z 平面上の 1点が 1対 1対応し、かつ

無限枚の z平面 が連続してつなぎ合わされる。

3.4.3 2次元の流れ II: 循環のある場合の流れの問題に対する対数関数の応用

円(柱)の回りの循環を表現するには対数関数が必要である。循環があっ

て円から充分に離れると一様流になる場合、式(2.30)で与えられた複素速

度ポテンシャルに対数項を加えたものが、新たに複素ポテンシャルとなる。

f = U(z +a2

z) + i

2�log z (3.21)

新たに加えた対数関数項の虚部は円周上で一定となり、したがってこの円周

jzj = a は複素ポテンシャルに対しても流線となる。さらにこの円周 jzj = a

3.4 対数関数 59

図 3.6 循環のある場合の流れ.

の上を廻るとき複素ポテンシャルは �� だけ増える。これは円周の周りを円

周に沿って流れる流れすなわち渦ができていることを意味している (図 3.6)。

速度は上の速度ポテンシャルから

d

dzf = U(1 �

a2

z2) + i

2�

1

z(3.22)

となる。循環のない場合には円柱の上下で流れは対称であるが循環があると、

円柱の周りを周る循環と順方向で流れは速くなり反対側で遅くなる。そのた

めベルヌーイの法則によって円柱は力を受ける。

円柱に沿った流れの速度は

f = �+ i

v� =�1r

@�

@�

�r=a

= �2U sin � ��

2�a: (3.23)

流れのないときの圧力を p0、流体の密度を�として、ベルヌーイの定理より

圧力は

p = p0 ��

2v2� = p0 �

2

��2U sin � �

2�a

�2(3.24)

となる。円柱に働く全圧力を計算するには、円柱の表面法線方向は n = (cos �; sin �)、

表面微少線分要素は ds = ad�であることに注意して積分

P = �Zpnds

を行なえばよい。xおよび y方向の圧力として

Px = 0

Py = �U� (3.25)

60 第 3章 初等複素関数

を得る。非圧縮性完全流体のなかでは円柱には流れの方向(x方向)には抵

抗が働かず、循環に比例した揚力を受ける。

3.5 一般のべき関数と多価性

べき乗については、これまでは複素数 zの整数べきおよび有理数べきに関

して考えていた(第 1章)。これからは任意の実数べきのみならず、複素数の

複素数べきを定義する。

3.5.1 べき関数の定義

定義 25 一般のべき関数: a および b を複素数としてべき関数 ab を

ab = expfb log ag = exp(bfln jaj+ iargag) (3.26)

と定義する。6

arg a = Arga + 2n� であるから上の定義より

ab = exp(bfln jaj+ iArga+ i2n�g) (3.27)

である。exp bfi2n�gの部分に注目すれば b が整数ならば ab は 1価関数であ

る。b が有理数 p=q であれば ab は q価関数である。bがそれ以外、無理数あ

るいは複素数であれば ab は無限多価関数となる。ab の多価性は log a あるい

は arg a の多価性に起因している。

複素変数 zの関数 za は、a が整数でないとき、aの値により上記の多価

性をもち、z= 0 が特異点 (分岐点)となる。a が有理数のとき z = 0 を za

6この定義に従えば、

ez � exp(z log e) = expfz(ln e + i2n�)g

= exp z(1 + i2n�) = exp z � exp(i2n�z)

となる。したがって ezと指数関数 exp zは異なることになってしまう。しかし 3.3の脚注で述べたように、ezについては慣用として上で n= 0のみをとり、

ez � exp z

とする。

3.5 一般のべき関数と多価性 61

の 代数的分岐点、a が無理数であるかあるいは実数でないとき対数的分岐点

という。一方、 az は log a の(虚部の)値を決めれば一意的に値が定まり、

したがって 1価関数である。

例 23 log z の値を一意的に定めておかない限り

zazb = za+b ; (za)b = zab

などは成立するとは限らない。

一般のべき関数に関する微分は合成関数の微分および指数関数の微分を用

いて、次のように得られる。

公式 9 べき関数の微分公式:

d

dzza =

d

dzea log z =

da log z

dzea log z =

a

zza = aza�1 (3.28)

d

dzaz =

d

dzez log a = log aez log a = az log a (3.29)

3.5.2 多価関数 w = z1=nの写像とリーマン面

w = z1=nを考えよう。この関数は n価関数であり、z = 0が特異性を与え

る。すなわち z = 0の周りを 2�まわっても wは元の値に戻らないが、原点か

ら有限の距離にある z = 0 以外の点の周りを 2�まわるならば wは元に戻る。

z = 0 は代数的分岐点である。

w = z1=nは n価関数であるから z = 0の周りを n回周ると関数 wの値は

元に戻る。複素 z平面を n枚用意してそれぞれを区別しよう。0 � argz � 2�,

2� � argz � 4�, 4� � argz � 6� をそれぞれ 0 � argw � 2�=n, 2�=n �

argw � 4�=n, 4�=n � argw � 6�=n に対応させる。このような z平面を n

枚まわれば、w平面で元の点に戻ると決めておく必要がある。z = 0 以外に

z = 1も w = z1=nの分岐点であることに注意しておこう。確かに、z = 1=�

とおくと w = ��1=n であるから � = 0 すなわち z =1 も w = z1=nの分岐点

となっていることが分かる。

簡単のために w = z1=3 を考えよう。2つの分岐点 z = 0 と z = 1 を結

んだ任意の曲線を選んで複素 z 平面を切断する。いまは z = 0 と z = 1 を

結ぶ直線、実軸上 x � 0 の部分を選ぼう。ここに切断を入れ、argz = 2� � 0

62 第 3章 初等複素関数

図 3.7 べき関数 w = z1=3のリーマン面.

の部分(0枚目の z平面の切断の下の部分)と argz = 2� + 0 の部分(1枚目

の z平面の切断の上の部分)、argz = 4�� 0 の部分(1枚目の z平面の切断の

下の部分)と argz = 4�+ 0 の部分(2枚目の z平面の切断の上の部分)を図

3.7のようにつなぐ。さらに argz = 6� � 0 の部分(2枚目の z平面の切断の

下の部分)と argz = 0+ の部分(0枚目の z平面の切断の上の部分)をつな

ぐ。最後の連結では実際には他の面を貫いてしまうが我々は頭の中だけで考

えておけばよいのでそのような心配はしない。図 3.7のように、3つの z 平面

を 1つにつないだものが完成し、zと wが 1対 1で対応するようにできる。

3.6 第 3章問題 63

3.6 第 3章問題

問 1. 3角関数 sin z; cos zについて公式 6を示せ。また微分公式

d

dzsin z = cos z;

d

dzcos z = � sin z

を示せ。

問 2. 公式7を示せ。また微分公式

d

dzsinhz = coshz;

d

dzcoshz = sinhz

を示せ。

問 3. 次の級数の収束判定を行ない、収束半径を求めよ。

(1)1Xn=0

zn

n!(2)

1Xn=0

n2zn (3)1Xn=1

zn! (4)1Xn=0

n!zn : (0! � 1)

問 4.以下の計算をせよ。

(1) ii (2) exp(exp z)の実部、虚部:

問 5.次の級数の収束半径をもとめよ。

S(z) = 1 +ab

cz +

a(a+ 1) � b(b+ 1)

2!c(c+ 1)z2 + � � �

+a(a+ 1) � � � (a+ n� 1) � b(b+ 1) � � � (b+ n� 1)

n!c(c+ 1) � � � (c+ n� 1)zn + � � �

zが収束円内にあるとき S(z)は

z(1� z)S00(z) + fc� (a+ b+ 1)zgS0(z)� abS(z) = 0

を満たすことを示せ。

問 6. 逆3角関数を

z = sinw *) w = sin�1 z

z = cosw *) w = cos�1 z

z = tanw *) w = tan�1 z

64 第 3章 初等複素関数

と定義する。

sin�1 z = i log(�iz + (1� z2)1=2)

cos�1 z = i log(z + (z2 � 1)1=2)

tan�1 z =i

2log

1� iz

1 + iz

を示せ。

問 7. 一般のべキ関数の定義から微分公式

d

dzzz = zz(1 + log z)

を導け。

問 8. w = (z� 1)1=2(z+1)1=2の分岐点を求めリーマン面を定めよ。(第 4章)

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