認知症の人の誤嚥性肺炎予防の具体策 誤嚥をさせない食事ケ …特集3...

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  • 特 集 3 認知症の人の誤嚥性肺炎予防の具体策

     2020年度の診療報酬改定において,摂食嚥下支援チームの対応により加算の算定が可能になり,食事ケアへの関心が高まってきています。私は,介護施設や病院にて,高齢な認知症患者の食事ケアに携わってきました。その中で,嚥下障害の変化を早期に発見し,少しの工夫を行うことで,口から食べることを継続できる人を多く経験してきました。本稿では,誤嚥に至るメカニズム,食事ケア時の観察のポイントを踏まえ,よくある事例から誤嚥をさせない食事ケアのコツについて述べたいと思います。

    認知症の人が誤嚥に至る メカニズム

     食べること,食事をとることの過程すべてを摂食嚥下といい,口の中に食物を取り込み,咀嚼し,飲み込み,胃へ送り込む一連の動作のことを指します。本稿では,摂食嚥下を簡略化して嚥下と表現します。そして,これらのいずれか1つ以上に支障を来すことを嚥下障害といいます。嚥下障害が生じると,誤嚥性肺炎・窒息・低栄養・脱水の危険性が生じ

    やすくなります。 誤嚥とは,食物,唾液,胃液などが,食道ではなく,誤って気管に入ることをいいます。誤嚥は,食事に伴うものだけではありません。食事に伴わない唾液や咽頭分泌物などの誤嚥もあります。誤嚥物の量,細菌量と個々の免疫機能などによっては,肺炎を発症することもあります。 認知症の人の誤嚥に至る要因には,食物が認識できない,早食い,口の中のため込み,嚥下が起こりにくいなどの問題がかかわっていることが多くあります。食物を認識できていないと,口の中に食物が入ってきたことが分からないため,咀嚼が行われず,そのまま丸飲みしてしまう可能性があります。早食いは,多くの食物を咀嚼しないまま飲み込んでしまうため,窒息の危険性も同時に高くなります。認知症が進行すると身体機能障害を伴うことがあり,上肢の動きに問題が生じ,口への取り込みがうまくできなくなるため,早く食べようとして早食いになる場合もあり注意が必要です。ため込みがあると,飲み込む際に1回で多量に飲み込んでしまうなどの問題が生じやす

    誤嚥をさせない食事ケアのコツ

    西 依見子 Taste&See 代表           慢性疾患看護専門看護師/摂食・嚥下障害看護認定看護師大阪府立成人病センター附属高等看護学院を卒業後,大阪府立急性期・総合医療センターに勤務。2007年に摂食・嚥下障害看護認定看護師資格を取得,大阪府立大学大学院看護学研究科を修了後,2013年に慢性疾患看護専門看護師資格を取得。2016年にTaste&Seeを起業し現職。2019年より千里金蘭大学看護学部客員教授を兼務。

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  • くなります。また,嚥下反射が起こりにくい場合は,解剖的に食道の入り口が弛緩しないため,気管に入る可能性が高くなり,誤嚥の危険性を高めることになります。 そのほか,認知症の人は,濃い味付けや甘いものを好むような嗜好の変化が起こっている場合があります。また,口にある程度の量が入らないと味が分からず,飲み込めない状態になることがあります。そのため,一口で飲み込む量が多くなりやすく,食具や食事形態への配慮が必要になります。嚥下障害の原因としては,認知症の進行だけでなく,高齢や薬剤などの影響も加わることがあり,内服薬が変更になった際なども注意が必要になります。

    食事ケア時の観察ポイント

     食事の際は,食事前,食事中,食事後を通して観察が必要です。

    ◦食事前 食事の前には環境,口腔内の衛生状態,覚醒状態,食欲,食事形態,食具,姿勢の観察や確認が大切になります。環境の設定は,集中力低下がある場合は,さまざまなものが気になり,口に食物を入れたまま飲み込まないなどということが起こる可能性があります。テーブルの上に食事に関係のないものが置かれていないか確認が必要です。また,テレビが気になって食事がス

    ムーズにいかない場合は,テレビを切る,視界に入らない位置で食べるなどの環境調整が必要になります。食べ方が分からないため食事ができないという時には,食べている人の正面に座ってもらうなどの環境への工夫も必要です。 痰などの汚れで口腔内の衛生状態が悪い時や,粘膜の乾燥が強い時などは,味が分からなくなる,嚥下状態が悪くなるといったことが起こる可能性があります。口腔内の観察では,歯や粘膜だけでなく,義歯の汚れも確認が必要です。また,咀嚼・嚥下に適さない食品(表1)にはどのようなものがあるかを知り,一人ひとりの嚥下機能に適した食事形態かどうか,確認することが重要です。家族からの持ち込み食や行事食などには,普段と違う食事形態が提供されることもあり,注意が必要です。

    ◦食事中 姿勢については,安全な座位姿勢(図)がとれているか,食事中常に観察することが大切です。特に,足底が全面床面に

    •水分…お茶,ジュース,汁物など

    •パサつくもの…焼魚,ゆで卵など

    •喉に張り付きやすいもの…お餅,海藻,パンなど

    •粒状のもの…ピーナッツ,枝豆など

    •繊維の硬いもの…ごぼう,蓮根など

    •変形しにくいもの…寒天など

    •液体と固体の混合物…果物,がんもどきなど

    •吸いながら食べるもの…麺類など

    表1●咀嚼・嚥下に適さない食品

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  • ついていないと,食事中に姿勢が崩れてくることがあるので注意が必要です。足底を安定させるために,足台の使用が有効な場合もあります。足台は100円均一ショップなどで売られている発砲スチールブロックや,漫画雑誌などを代用することも可能です。また,リクライニングできる車いすの使用を考慮した方がよい場合もあります。 むせや声質の変化がないか観察することは,特に大切です。 むせは気管に食物が入りかけると生じるため,誤嚥の徴候と考える必要があります。しかし,むせがなくても誤嚥を起こしている人もいるので注意が必要です。高齢な認知症の人やレビー小体型認知症の人などは,むせが生じにくいことがよくあります。むせがない誤嚥を不顕性誤嚥と言います。むせの有無だけで誤嚥の判断をせず,呼吸様式の変化や呼吸数の増加,声質の変化,夜間などの咳の増加,酸素飽和度の低下などを観察し,これら

    の症状があれば,不顕性誤嚥も疑う必要があります。 声質は,声かけをすることで観察します。食事中に声かけをすると誤嚥しやすいのではないかと思われることもありますが,タイミング良く声かけをすることで,誤嚥の観察だけでなく,良いコミュニケーションにもなります。声

    かけのポイントは,飲み込む前には声をかけないことです。飲み込みを確認した後,「おいしいですか」などと声をかけてください。もし,その返答がガラガラした声であれば,しっかり咳払いをしてもらう,ゼリーやとろみつきの飲み物といった付着性の少ないものを食べてもらうなどの対処が必要になります。時には吸引が必要な場合もあるので,観察が大切です。 また,食事介助の際は,食事が本人の視界に入っているか,においが分かっているかの確認も必要です。何が口に入ったか分からないことは,口の中のため込みの原因にもなります。特に,ペースト食などの嚥下食の場合は,説明が大事です。

    * * * そのほか,疲れて食事が食べられないという場合があれば,1日のスケジュールを確認することも大切です。入浴後,リハビリテーション後などは,疲れて嚥下状態が悪くなるということが時にあり

    テーブルとおなかの間に握りこぶし一つ分の余裕

    テーブルの高さは腕を乗せて肘が90度に曲がる程度

    顎が後屈していない(顎を引き気味に)

    背もたれのあるいすに深く腰かける股関節とひざは

    直角に近い

    足底全面が床面(足台)についている

    図●安全な座位姿勢

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  • ます。このような場合は,多職種での調整が必要になります。食事ケアには,家族も含めてさまざまな職種がかかわることがあります。表2の観察ポイントを理解し,観察で得た情報を共有し,異常を早期に発見することが誤嚥予防につながります。

    誤嚥をさせない食事ケアのコツ

    ※事例1,2は架空の事例です。

    事例1 早食いでむせているAさん Aさんは,80代後半,施設入所中のアルツハイマー型認知症の女性です。手引き歩行が可能な状態で,いすに座って食事をします。いつも食べるスピードが早く,あっという間に食べ終えてしまうのですが,徐々に食事中のむせが多くなってきていました。そのため,食事中には必ず「ゆっくり食べてくださいね」と声かけをしていましたが,「はい,はい」と一瞬箸を止めるものの,次の瞬間にはかき込むように食べてしまい,むせるということを繰り返していました。Aさんについてどのようにしたらよいか,施設スタッフから私に相談がありました。◦口腔内の状態 歯は比較的そろっており義歯はなく,臼歯の上下の咬合も良い状態でした。しかし,歯全体へのプラーク(歯垢)の付着や口臭があり,ブラッシングが不十分だと考えられました。自分で口腔ケアをしていましたが,使用している歯ブラシ

    は毛先が広がっており,ブラッシングの時間も短く,ほとんど磨けていない状態でした。 そこで,小児用で小さく毛の軟らかい歯ブラシへ変更し,本人が歯磨きをした後,スタッフが確認し,仕上げ磨きをすることにして,Aさんに説明しました。これによりAさんの歯のプラークは消失し,口臭も改善しました。◦嚥下機能の観察 Aさんとの会話はかみ合わないこともありましたが,発語は明瞭な状態でした。しかし,舌を出してもらうと,やや右への偏位を認めました。口唇はしっかり閉じることができ,頬を膨らますことも可能でした。指示での嚥下は「唾を飲

    •口腔内の衛生状態は保てているか•義歯装着の有無•食物の認識はできているか(覚醒状態の確認も含めて)•姿勢は安定しているか•捕食動作はできているか(上肢の運動,口への取り込み)•食事内容の確認(嚥下状態に適した食事になっているか)•食具は適切か(スプーンの大きさなど)•一口量(どのくらいの量で飲み込んでいるか)•口からの食べこぼしや,口の中のため込みの有無と量•咀嚼はできているか•嚥下反射が起こるタイミングはどうか•むせの有無(何で,どのタイミングで)•声質の変化(ガラガラ声,かすれた声,声が出にくいなど)•食事時間(45分以上かかっていないか)•摂食のペースは早すぎないか•食欲はあるか•情報共有ができているか(介助方法,エピソードなども含め)  など

    表2●食事ケア時の観察ポイント

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  • み込んでくださいね」という声かけに対し,嚥下するのではなく「ごっくん」と発語し,うまく行うことができませんでしたが,喉頭挙上のスピードは良く,嚥下音も比較的良い状態でした。水分には中間のとろみをつけており,コップからの摂取で,摂取前後の声質,呼吸状態,酸素飽和度の値の変化はありませんでした。 これらから,軽度の舌運動の低下による嚥下障害があると推測できました。◦実際の食事場面の観察 Aさんには普通食を刻んだものが提供されていました。手すりつきのいすに座っているのですが,足底が床についておらず,つま先のみが床面についている状態でした。食事が置かれると,箸を使用して食べはじめるのですが,すぐに左手にお椀などを持ち,口元に持ってきてかき込むように食べます。そして,徐々に体幹が右に傾き,自分で戻せず傾いたまま食べ続けていました。ほとんど咀嚼

    もせずに飲み込んでおり,食事の後半には強いむせ込みを認めることが多く,最後は声がガラガラになっていました。 これらから,姿勢・食具・食事形態の工夫が必要であると考えられました。◦食事ケアの工夫 まず,体幹が安定し,食事中に右へ傾くことを防げるように,姿勢調整を行う必要がありました。そこで,リハビリテーションで使用している足台を使い,足底の全面が床面につくようにしました。右への傾きに対しては,体幹の右側の肘下にクッションを入れ,肘台を設置し右肘をつけたまま摂取できるようにしました。 また,食器を持ち上げず,一口ずつ箸でとり口元へ運ぶことで食事のペースダウンができるように,食具を調整する必要がありました。そこで,重みがあり,滑り止めのついた,仕切りのあるランチプレートに食器を変更しました。同時に右への体幹の傾きが起こらないように,お膳は本人の正中よりやや左側へ設置し,食物を箸でとりやすいように角度をつけました(写真1)。食塊形成ができず,きざみ食を丸飲みしていたため,窒息の危険性が考えられました。そのため,ソフト食へ変更し,食塊形成をしやすくしました。 このような工夫を行うことで,Aさんは安全な姿勢を保って食事ができるようになりました。また,一口ずつ箸でとり

    軽く角度をつけて取りやすいようにします。食器やお膳に滑り止めがついていない場合は,滑り止めマットを食器の下に敷くとよいでしょう。

    写真1●お膳の工夫

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  • 口に入れることで,食事のスピードを抑え,咀嚼しながら飲み込むことができるようになりました。そのため,食事時のむせ込みがほぼなくなりました。生活面においても,普段の姿勢が安定したため,本を読むなどの行動を自らとることもできるようになってきています。 事例2 食べこぼしの多いBさん Bさんは,90代,脳血管性認知症の男性です。食欲はあり,食事はすべて口に入れていましたが,食べこぼしが多い状態でした。そのため,介助も加えて食事をしているのですが,それでも食べこぼすことが多く,最近になり体重減少を認めていました。嚥下に問題があるのではないかと心配になり,評価をしてほしいと私に依頼がありました。◦口腔内の状態 Bさんは総義歯でしたが,口を開けると義歯が落ちてくる状態でした。歯科受診はしていましたが,顎堤(歯が抜けて歯肉だけになった部分)が痩せており,義歯の調整は難しいとされていました。しかし,食事を開始し,唾液が出てくると,義歯が落ちてこなくなるということでした。これは,義歯と粘膜の間に唾液が入り,濡れたもの同士がくっつく作用で義歯が安定するためだと考えられました。そこで,義歯の裏に口腔内保湿ジェル(オーラルピース)を塗布して義歯を装着することにしました。その結果,義歯が安定し,口を開けても落ちてくるこ

    とはほとんどなくなりました。◦食事場面の観察 Bさんは,車いすに座り,大きなスプーンを使用して食べていましたが,半分程度はエプロンに落としてしまっていました。テーブルの高さはかなり低く,スプーンで食物をすくい口に取り込むまでにいくらか落としていました。また,スプーンの先を口に入れてすぐに口唇を閉じるため,スプーンを口から抜き取る際にさらに食物が落ちていました。◦食事ケアの工夫 上肢の動きに問題があると考え,食物をすくってから口に持ってくるまでの距離が短くなるように,テーブルの高さを,腕を乗せた時に肘が90度に曲がる程度に調整しました。また,スプーンに乗せた食物を口唇で十分に取り込むことができるように,ヘッドの小さいリードスプーンに変更しました(写真2)。これらにより,Bさんの食べこぼしの多くは改善しました。 Bさんは,一見食事を摂取できているように見えましたが,その多くをエプロンに落としていたため,実際の摂取量はかなり少なかったと考えられます。また,口唇での取り込みに問題があったため,介助摂取でも食べこぼしていたことが体重減少につながっていました。この例のように,口唇の取り込み状態によりスプーンの大きさを変更することは,効果的だと考えます。

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  • まとめ 認知症の人が誤嚥を起こすことの危険性を理解し,早期に異常を発見することが重要です。一人ひとりの変化に気づくのは,日々の食事ケアを担うスタッフの皆さんや家族です。誤嚥の兆候を見逃さ

    ない観察のポイントを理解し,食事ケアの中で工夫を取り入れることで,安全に口から食べることを維持できます。食べることを支えることで,健康に生きることを助ける支援を共にしていきたいと思います。

    ヘッドの大きなスプーンから小さいスプーン(リードスプーン)へ変更し,しっかりと口の中に食物が取り込めるようになりました。

    写真2●スプーンの大きさ変更

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