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向井裕樹(ブラジリア大学)

Yûki MUKAI (Universidade de Brasília)

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EJHIB 2015

国際語としての日本語に関する国際シンポジウム 2015年8月9日-13日(USP)

ラウンドテーブル1:「日本語教師のアイデンティティとビリーフ変容:3人のブラジルにつながる日本語教師のライフストーリー」

本発表の目的は,発表者自身のライフストーリーを通して,複言語環境における生活経験が自身のアイデンティティとビリーフの形成および再構築に日本語教師としてどのように関わってきた/いるのかを内省することである。本発表者は,1998年からブラジルで日本語教育に携わっており,本発表ではこの17年

の間に自分自身の日本語教師としてのアイデンティティとビリーフがどのように変容してきたのか考察する。自分自身のアイデンティティとビリーフは,今までの日本語教師としての経験,日本語教師像や「日本人」に対する自分の認識と他者の認識のずれによって生じる葛藤,他者との相互作用により再構築されてきたと言えるが,自分の置かれた環境に応じて適応してきたことも確認できた。つまり,教師自身としてのアイデンティティとビリーフが,自分自身を取り巻く他者や事物や環境の影響を受け,形成および再構築されてきたと言える。

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本発表の目的は,複数言語環境における自分自身の経験が自身のアイデンティティとビリーフの形成,および再構築に日本語教師としてどのように関わってきた/いるのかを内省することである。

Este trabalho tem como objetivo refletir como a minha vivência no contexto multilíngue está relacionada com a formação e a reconstituição de sua identidade e crenças como professor de língua japonesa.

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アイデンティティ (identidade)

ビリーフ (crença)

多言語話者 (multilíngue)

言語にまつわる経験 (experiência referente ao uso das línguas)

葛藤 (conflito, angústia)

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1990年代-上智大学(Univ. Sophia)でポルトガル語を専攻。大学時代に地元の国際交流協会で(ブラジル人に)日本語ボランティア教師 (きっかけ=>ブラジルで教えてみたい)

1995年-ポルトガル・カトリック大学留学

1998年-大学卒業後,ブラジリア大学(UnB)日本語専攻科で非常勤講師

2000年-サンパウロ大学院(USP)日本語専攻科修士課程入学

2004年-ブラジリア大学(UnB)専任講師

2008年-カンピーナス州立大学院(Unicamp)応用言語学博士課程後期入学

2010年-カナダのヴィクトリア大学で研究員

2013年-ポルトガルのミーニョ国立大学(Uminho)で研究員

2015年(現在)-ブラジルに来てから17年経過

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助詞の「は」と「が」の違いが説明できない。

自分は日本語が母語で,日本人なのになぜ説明できないのだろう。

葛藤 (conflito, angústia)

国語の授業で,先生はなぜ「は」と「が」の使用の違いについて説明してくれなかったのだろう。

国語教育 vs 日本語教育

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「先生は,日本人の頭で授業をなさっていますね。」

授業中,飲んだり食べたりする。 遅刻をしても特に理由を言わない。 授業中,教室の外に出る。

葛藤 8

気にはなりつつ,ここは日本ではないからと納得させていた時代

日本で自分が受けた教育や今まで自分が育んできた教育観が,ブラジルでは通用しないと強く実感した時代

そのため,ブラジル(考え方,文化)に近寄ろうと努力していた時代

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日本の教育 vs ブラジルの教育

日本の教師 vs ブラジルの教師

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【アカデミックの環境では】

日系の先生方と国語学を学ぶ。

日系の先生方(2世)が古文をすらすらと読むのを目の当たりにする。

院生の仲間は,バイリンガルの日系人(2世)。

自分は(彼らのような)バイリンガルではないと劣等意識を感じていた時代。

葛藤 11

【アカデミック以外の環境では】

1世のおばあちゃん:「あんた,日本語が上手だね~」

私:「ありがとうございます。」

1世のおばあちゃん:「漢字も書けるのかね?」

私:「はい,一応。日本人ですから。」

1世のおばあちゃん:「あぁ,あんた1世か。」

私:「いいえ,日本人です。」

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日系コミュニティーではよく「一世」と呼ばれた。 1世= (戦前,戦後直後に契約して)ブラジルに移民してきた日本人(契約移民)

自分は1世なのか,日本人なのか。 自分自身は「日本人(教師)」,「ブラジルに移住したというよりは,一時的にいる」という思いがどこかにある。

葛藤

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日系人(2世) vs 日本人

1世 vs 日本人

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「バイリンガリズム」の授業の中で

先生:あなたは自分自身のことを(ブラジルに)移民(imigrante)した日本人であると思う?

私:いいえ,思いません。

先生:ええ!?定職(professor concursado)も永住ビザ(visto permanente)もあるのに,思わないの!?

私:はい,思いません。帰ろうと思えば,いつでも日本に帰れるからです。

私にとっての「移民」=一生この地に住むといった決断。

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カナダ在住30年の日本人が経営しているB&Bに滞在。

カナダの大学で日本語を教えていらっしゃる日本人の先生方と接触。

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「向井さんって,もう日本人じゃないですね。」

「(行動や考え方が)ブラジル人じゃないですか?」

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自分は日本の日本人らしく行動していないのか?

自分の考え方は日本の日本人の規範から外れているのか?

葛藤

日本の日本人 vs 国外の日本人

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「(ブラジルでは)厳しい先生は,感じがよくない(antipático)。」

嫌われる。

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「ゆうき先生は,日本人だからもっと厳しい先生だと思っていました。」

自分は日本人教師だと思われていないのだろうか。

葛藤

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「裕樹さんは,1世じゃなくてニューカマーですよね。」

日本人 vs 1世 vs ニューカマー

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運転手:君はどれくらいブラジルに住んでいるの?

私:(小さい声で)17年です。

運転手:ああ,じゃ,君はもうブラジル人だね。

日本人 vs ブラジル人

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アイデンティティは違いの認識によって生産される。(Woodward, 2000)

「日本人」「1世」「日系人(2世)」「ニューカマー」?

「自分が思うことと他者が思うことによって形成される意識」(川上, 2010, p.212)

私は「日本人(教師)」,他者は自分のことを「1世(教師)」と思っている?

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「自分の認識と他者の認識をふまえて形成および再構築される,個人が選択・決定する自己に対する可変的な認識」(小泉, 2011, p.140)

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要素 例

自分が思うこと (自分の認識)

自分は(日本にいる日本人と思考,言動が同じ)日本人(教師)

他者が思うこと (他者の認識)

1世,ブラジルに移住した日本人,日本国外の日本人,ニューカマー

他者との交渉 学生,日系の先生方&院生仲間(2世),日系のコミュニティー(1世のおばあちゃん),日本国外在住の日本人

違いの認識 日系人(2世),1世,日本在住の日本人,ブラジル人,ニューカマー

個人が選択・決定する自己 戦前,戦後の契約移民の1世ではない日本人(教師),日本にしばらく住んでいないので思考,言動がずれているかもしれない「日本人」 25

自分自身はいまだに「(日本の)日本人(教師)」だという思いがどこかにある。

それにも関わらず,現在では

「国外の日本人(教師)」,「1世」

と呼ばれることに違和感は感じず,他者の認識を受け入れられるようになった。

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アイデンティティは,固定されたものではなく,不完全なもので,常に形成されていくもの。

Hall (2006, p.13) “A identidade plenamente unificada, completa, segura e coerente é uma fantasia”, e ela “sempre permanece incompleta, está sempre ‘em processo’, sempre ‘sendo formada’.”

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「時に戦略的に選択し形成されていくものが多言語話者のアイデンティティである」(小泉, 2011, p. 155)

日系コミュニティーでは「1世教師」

ブラジリア大学では「日本人教師」

ブラジル国外では「(日本国外在住の)日本語教師」

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環境 使用言語

日系コミュニティーやブラジルにおける「1世」同士の会話

コロニア語(日本語構文にポルトガル語の語彙を混ぜる)

職場(日本語専攻科の同僚) 日本語,コロニア語,ポルトガル語 英語(レター)

職場(日本語専攻科以外の同僚) ポルトガル語,英語

ブラジル国外(日本) 日本語

授業中 日本語とポルトガル語

「ここは日本の大学ではないから」

「5分や10分の遅れなら大丈夫」

「授業中に教室外に出るのは,生徒の問題」

「自分はいまだに日本人教師だと思っているが,移住してきた日本人教師や1世だと思われても構わない」

このように,ビリーフは動的なもので,社会的相互作用によって形成されたり,変化したりし,文脈によって特定されるものである(Barcelos, 2003)ことがわかる。

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自分自身のビリーフは,今までの経験や葛藤,環境,他者との相互作用を通して,また自分の置かれた環境に応じて適応,順応してきたと言える。

Deweyは,ビリーフを経験の一部であると考える。

学習者も教師も以前の経験を現在の経験と繋げて,新しい経験およびビリーフを作っていると主張する(Dewey, 1938 apud Barcelos, 2003)。

「(ブラジルの大学では)授業中に教室外に出るのは,生徒の問題」

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環境に応じて,適応,順応してきたのは。。。

「空間を移動し,複数の言語と文化に身を置く人々は,常に自分の位置や周囲との関係を確認し,自らの置かれた状況にふさわしい言語や文化的規範を選択し 使用しながら『ありたい自分』を表出している」(小泉, 2011, p.140)

からであると言える。

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教師自身のアイデンティティとビリーフが,教師を取り巻く他者や事物(環境)の影響を受け,変容してきたことが確認できた。

アイデンティティもビリーフも動的なもので,社会的相互作用によって形成されたり,変化したりし,文脈によって特定されるもの(Barcelos, 2003)であることが,自身のライフストーリーを通して見られた。

皆さんも,教師としてのアイデンティティとビリーフを意識的に内省したことがありますか。

「先生は,日本人の頭で授業をなさっていますね。」

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ブラジルにおける日本語教育には,多種多様なバックグランドを背負った教師や学習者が見られるが,彼らのビリーフに関する研究は,2010年に始まったばかりで,そのほとんどが学習者のビリーフについての質的研究である(Mukai, 2014) 。アイデンティティの研究は?

【ブラジルにおける日本語教育に関するビリーフ研究】

章1,学術論文3,学会誌2,修士論文3,専門講座3,卒論5,日本語学校雑誌2 (Mukai, 2015, in press)。

質的に,また量的に研究していくことが,日本語教師としての成長,およびブラジルにおける日本語教育の現状の理解,発展につながると思われる。

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