中国語の「的」と日本語の「の」の意味用法の考察 ー日中対照研究ー 方...

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2004. “A Study of noun phrase connectives : Chinese [de] and Japanese [no]” Studies in Foreign Language Teaching No 26, pp. 91-103, March 2002, Foreign Language Center of Tsukuba University.

中国語の「的」と日本語の「の」の意味用法の考察

ー日中対照研究ー

方 美麗

0.はじめに

本稿は日本語の名詞に付く「ノ」と中国語の名詞に付く「的」との用法の相違を明らかにすること

を目的としている。日本語の「ノ」は中国語の「的」に置き換えやすいため、中国語教育の現場では

「的」の誤用が多い。例えば日本語の「私の家」は“我的家”で「私の本」は“我的書”になる。し

かし、「私の家」は「的」が省略した形で“我家”にはなるものの、「我的書」は、“我書”と省略す

るとはできない。「的」の省略について、中国語教育の現場で使用されているほとんどの教科書では、

「的」が省略できるのは後に家族、場所もしくは機関名詞がくる場合であるとしか書かれていない。

中国語の名詞に付く「的」がどのような場合に省略でき、どのような場合に省略できないのか。また、

「的」のついたものは省略したものとどのように違うか。そして、どのような場合に日本語の「ノ」

に対応し、どのような場合に他の形の日本語に対応するのかということについては説明されていない。

そこで、本稿ではこれらの問題を考察の焦点とし、「的」と「ノ」の対応関係及びその相違点を明ら

かにしたいと思う。なお、本稿では「具体名詞+具体名詞」(人、物、場所のような名詞の間に使わ

れる)の「的」と「ノ」を考察の対象とする。 研究方法としては、実例から採集した約2千枚の日中対訳カードをデータベースに、日本語の「ノ」

と中国語の「的」からなる「具体名詞+具体名詞」の意味的な結びつきを体系的に一般化し、「ノ」

と「的」との表現の相違を明らかにする。なお、実例が不足した場合、筆者の作例したもの(出典を

記さない場合は作例である)を加えて使用する。本研究が、中国語を学習する日本語話者、日本語を

学習する中国語話者が「的」と「ノ」の使い分けを学ぶ際の助けとなることを期待する。

1.先行研究

1.1. 日本語の場合

名詞と名詞の組み合わせ(「名詞連語」ともいう)の研究に関しては、鈴木康之、彭広陸、中野

はるみらの研究があり、『日本語文法・連語論(資料編)』(言語学研究会編 1983、以下『連語論』

と称する)にみられるような方法で進められてきている 1。鈴木も彭も中野も「ノ格の名詞+名詞」

の組み合わせを支配する単語である「ノ格の名詞」のカテゴリカルな意味 2 と支配される単語であ

る「名詞」のカテゴリカルな意味を一般化し、単語と単語の組み合わせの意味的な結びつきを捉え

ようとしている。本稿では、これらの先行研究を踏まえて、日本語の具体名詞を示す「ノ格の名詞

+名詞」の意味的な関係を参考に、中国語の<「名詞」(N1)と「名詞」(N2)との組み合わせ

>との相違を考察したい。なお、本稿で一般化した中国語「N1+N2」の意味的な結びつきは中

国語の視点から捉えたものであるため、日本語についての今までのものと必ずしも一致する訳では

ない。

1.2. 中国語の場合

現代中国語の「名詞+的+名詞」についての研究は、まだ十分になされているとは言い難い。特に

どのタイプの名詞が「的」を伴い、どのタイプの名詞と組み合わさり、そして、どのような意味的な

結びつきの「的」構造 (以下“介詞句連語”と称する)を作っているかというような分類はあまり

ない。そこで本稿では、中国語の「具体名詞+的+具体名詞」との組み合わせに注目し、『連語論』

のような方法で「物名詞+的+物名詞」「人名詞+的+人名詞」、「人名詞+的+物名詞」「人名詞+的

+場所名詞」「場所名詞+的+場所名詞」「場所名詞+的+物名詞」「場所名詞+的+人名詞」の組み

合わせについて、その意味的な結びつきを体系化する。「的」を伴う名詞の意味的な関係を体系的に

明らかにすれば、日本語からも他の言語からも互いに理論的に説明することができるだろう。

2.考察

以下、「具体名詞+具体名詞」における日本語と中国語のそれぞれの結びつきの相違、また、それ

ぞれの意味的な結びつきを表す“N1”と“N2”の組み合わせの表現の相違を考察する。まず、「物

名詞+の+物名詞」(以下「物N1+の+物N2」と示す)の組み合わせにおける日本語と中国語の表

現の相違を見ていく。

2.1.「物N1+の+物N2」の日本語と中国語の表現の相違

日本語の「物N1+の+物N2」に対応する中国語の表現には以下のようなものがある。

1. バスの窓から見てはらはらする光景だった。『西班牙犬の家』(以下『西』で示す)

從車窗看去、是一幅令人擔心的情京。

2. すりきれたジャケットの肘がほころびるように、おれの足がほぐれ…。『赤い繭』

就像磨破了的毛衣袖開線了那樣、我的腳也開線了。

3. 省造は年始代りに小さな桐箱におさめた香合を外套のポケットから出して、老人の前に置い

た。『青い壷』

省造把代替新年禮物、盛在桐木箱内的爐香盒、從大衣兜裡掏出來、放在老人面前。

以上の例の日本語の「物N1+の+物N2」の組み合わせが表現する意味的な結びつきは、前と後の

名詞が「全体」と「部分」との関係になっている。本稿ではこのようなタイプの結びつきを<物の部

分>と呼ぶことにする。<物の部分>の結びつきでは、日本語の「物N1+の+物N2」に対応する中

国語の表現は「物N1」と「物N2」の間に「的」が表現されなず、連語(「名詞+名詞」ではなく)

全体が一つの単語として使われている。<物の部分>を表現する場合、日本語では物とその部分との

関係は「ノ」が必須であるが、中国語の場合、「的」は使用しない。<物の部分>の表現は、中国語

の「的」が日本語の「ノ」に相当しないことが分かった。

物の部分を表現する中国語の「的」の省略は以下のような「植物、食物」を示す名詞の場合も同様

である。

4. 梅の花に関しては一かけらの記憶もない。『季節』

關於梅花的記憶我幾乎一了點兒也沒留下。

5. 隣りの家の一本の大きな桃の木が曲がってのしかかっている。『春』

在靠近籬笆儘頭的地方、鄰家的一棵大桃樹彎著身子蓋了過來。

6. 運動場のすみに咲いている美しい、カタバミの花を見つけた時の私のうれしさといったら、

非常なものだった。『菊の花』

我發現在活動場的角落裏著開著一朵美麗的酢漿草花、當時甭提我有多高興。

7. …食べ残したさかなの骨やパンのみみを、紙に包んで持って帰った。『猫の話』

…把吃剩的魚骨頭和麵包邊兒什麼的包在紙裡帶回來。

8. その糸は、糸瓜のせんいのように分解したおれの足であったのだ。『赤い繭』

那絲線就是像絲瓜筋一樣分解了的我的腳。

9. きみ子は庭に出ると、竹竿でざくろの実を取った。『石榴』

紀美子來到院子裡、用竹竿把石榴果摘起來。

10. かれらの荷物のふろしきから刀のさやが足のようにはみだしていたのだったが、…。『伊豆の踊

子』

記得在他們的行李中有刀鞘像腳似的突出來。

11. 奥さんは、普通の洋酒の瓶よりも、ひどく細長く伸びた瓶を、暗い棚から取り出して、…。

『胡桃割り』

他愛人從光線暗淡的板架上取出一個比普通的洋酒瓶細高得多的瓶子、…。

例 4.5.6.の植物以外のものは、言い方を変えれば、(「車的窗戸特別亮」「魚的骨頭很硬」「洋酒

的瓶子比老酒好看」)「的」を用いることができる。このような場合、「的」を用いると、N2の示す

部分のなんらかの特徴を取り立てることになる。なお、例 4.5.6.のような植物を示す名詞の場合、

文脈によっては<植物の種類>にもなる。(例えば「公園にバラの花、梅の花、桃の花など、たくさ

んの花が咲いている。」)このような<植物の種類>の関係も本稿では前の「名詞」と後の「名詞」と

の関係から<物の部分>として扱っている。

ところで、次のタイプの日本語の「物N1+の+物N2」に対応する中国語の表現は「的」が省略

できるものとできないものとがある。

12. やがて老人が、細長い桐の箱を抱えて戻ってきた。『青い壺』

不一會兒、老人腋下夾著一個細長的桐木盒子又來了。

13. 薄みどり色の絹のスカーフを頭にかぶった初老の妻は言った。『金兵衛さん』

已經初老的妻子說道、她頭上蒙著一條淺綠色的絲頭巾。

14. 君と知り合ってもう何年になるのか、青磁の香合を数えれば分るよ。『青い壷』

和歌要想知道認識你已經幾年、數數青磁的香合就知道了。

15. …年じゅう頭に豆絞りの手拭いをしめぱなしで、…。『金兵衛さん』

…一年到頭頭上老是绑著個帶豆點花兒的手巾、…。

16. レールセットの景色用の家でもないし、積み木の家でもないし。

這房子既不是火車模型的點綴用房子、也不是用積木堆的房子。

例 12.13.のタイプの日本語の「物N1+の+物N2」の組み合わせの表現する意味的な関係は、

前と後の名詞が「製造原料」・「製品」の関係になっている。本稿ではこのタイプの組み合わせを<製

品原料>結びつきと呼ぶことにする。<製品原料>の場合、日本語の「物N1+物N2」の間の「ノ」

は欠かせないものであるが、中国語の場合は「的」は使用されない。<製品原料>の表現は、日本語

の「の」が中国語の「的」に相当しないことが分かった。

また、例 14.15.16.の場合、前と後の名詞が「模様」・「製品」の関係になっている。本稿ではこ

のタイプの結びつきを<製品の特徴>と呼ぶことにする。例 14.15.16.のような<製品の特徴>の

場合、日本語の「物N1+物N2」の間の「ノ」は欠かせないものであるが、これに対応する中国語

は、「的」が表現されれる。<製品の特徴>の結びつきは、日本語の「ノ」が中国語の「的」に相当

することが分かった。なお、中国語の場合、<製品の特徴>を表す「物N1+的+物N2」の前に「帶」

「用」のような単語が加わっている。 要するに中国語の場合<製品原料>は一単語で表現されるが、<製品の特徴>の場合は、「帶」「用」

のような単語が加わった「物N1+的+物N2」の形で表現されるのである。

また、次のタイプも日本語の「物N1+の+物N2」に対応する中国語の用例では「的」が省略で

きない。

17. 紙の山は、諸国から中風の養生を教えてきた手紙や、諸国からとりよせた中風のくすりの袋

なのである。『伊豆の踊子』

這堆紙山是從各地寄來、教他中風療養的信以及從各地函購的中風藥的袋子。

このタイプの「物N1+の+物N2」の組み合わせは、前の名詞が後の名詞の表現する意味的な結

びつきは<特種物のための使用物>である。<特種物のための使用物>の場合、日本語の「ノ」は中

国語の「的」に相当する。中国語では「藥的袋子」を「藥袋」に、「鳥的窩」を「鳥窩」に省略する

ことはできるが、藥や鳥の名前が特定される(「感冒藥的袋子」、「蜂蜜的窩、小鳥的窩」)と「的」の

省略ができなくなる。

つぎの用例も<特種物のための使用物>と似たタイプである。

18. 腰を包んでいるおしめ。掛布団代わりの毛布。ベッドのシーツ。シーツの下に敷いてあるゴ

ム引きの布。その下のマットレス。『伊豆の踊子』

裏在腰下的尿布、當被子蓋的毛毯 、鋪上的床單、床單下的膠布。

このタイプの日本語の「物N1+の+物N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「(目的)物」・「使

用物=道具」の関係になっている(<道具>とも呼ばれる)。このタイプの結びつきはこの他にも「カ

メラのケース」(照相機的盒子)、「カメラのフィルム」(照相機的底片)、「パソコンのフロッピー」(電

脳的磁碟片)、「プリンターのインク」(印表機的墨帯)などがある。<特種物のための使用物>の日本

語の「ノ」は中国語の「的」に相当する。

さらに、次のような前の名詞が後ろの名詞の<取付ける場所>の結びつきの場合は日本語の「の」

は中国語の「的」に相当たる。

19. そうして、腹掛けの饅頭を、今やことごとく胃の腑の中へ落とし込んでしまった馭者は、い

っそう猫背を張らせて居眠りだした。『蠅』

圍裙裏的包子已經全部填進肚的車把式、弓著水蛇腰開始盹打起就在車把式打盹時、

20. 「その棚のブランデーも出して」『胡桃割り』

“把板架上的白蘭地也拿出來吧”

これらは前と後の名詞が「存在する所」・「物」の関係になっている。本稿では、このタイプの結び

つきを<物の取付ける場所>と呼ぶことにする。<物の取付ける場所>の表現はこれほかにも「口袋

裏的銭」「房間裏的床」「床上的枕頭」などがある。

以上に見てきた「物N1+物N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係を

まとめると次のようになる。なお、以下で「不要」は使ってはならないことを示し、「省略可」は使

っても、使わなくてもいいもので、「必須」は使わなければならないことを示す。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <物の部分> 「の」 「的」不要 ≠

<製造原料> 「の」 「的」不要 ≠

<製品の特徴> 「の」 「的」必須 = <特種物のための使用物> 「の」 「的」必須 = <物の取付ける場所> 「の」 「的」必須 =

2.2.「人N1+人N2」の日本語と中国語の表現の相違

日本語の「人N1+の+人N2」に対応する中国語の表現には以下のようなものがある。

21. 屋上の手すりに、血の気のうせた私の子供の小さな顔が行儀よく並んでいた。『棒』

屋頂平臺欄杆上整齊地排着我的孩子們熬白的小臉。

22. 私は彼の長男である二十歳ぐらいの東京の私大生であるという青年…。『投網』

我接待了一個青年的來訪、這是他的長子、二十來歲、是來東京某私立大學的學生。

23. 私の家来のフラテはこの水をさもうまそうにしたたかに飲んでいた。『西』

我的從僕夫拉太把這水甜滋滋地猛喝了一通。

24. 私の友人のフラテも同じ考えであったと見える。『西』

看樣子、我的期友夫拉太也是同樣的想法。

以上の例の日本語の「人N1+の+人N2」の組み合わせは、こ前と後の名詞が「関係の持ち主」・

「関係」の関係になっている。本稿では、このタイプの結びつきを<人間関係>の結びつきと呼ぶこ

とにする。<人間関係>における日本語の「名詞+名詞」の間の「ノ」は欠かせないものである。

これに対応する中国語の「名詞+名詞」の間には「的」が必須で省略できない。<人間関係>の結

びつきは日本語の「ノ」が中国語の「的」に相当するすることが分かった。

ところで、次のようなタイプは<所有者>の結びつきに似てはいるが、異なった意味的な関係を持

っている。

25. 姉の美代子を陽性とすれば紀子はその反対の性格で、…。『電話』

如果說他姐姐美代子是開放型的話、…。

26. 妹は東大に入った。

我妹妹進了東大。

27. 父は毎日酒と女…。

我爸爸毎天光是酒和女人…。

中国語のこれらは前の名詞が後ろの名詞の<家族親類>である。<家族親類>の結びつきの場合、

日本語では「人N1+の+人N2」の表現(例えば、「私の姉は」「私の父は」)を使うよりも、話者

からの親類関係で(「姉は、母は」のように)主語を省略した形で表現するのが普通である。一方、

これに対応する中国語の場合、「人N1+人N2」の間の「的」は省略できるが、日本語のように親

類の呼び方だけで表現することはできない。中国語では、親類の呼び方「姐姐」、「爸爸」だけで表現

すると、「姐姐!」、「爸爸!」(本人への呼びかけ)と呼びかけの表現になるので、第三者として表現す

る場合は、必ず“誰のどのような位置づけの関係”(例えば、「我的姐姐」「他的爸爸」)かを明確にし

なければならない。<家族親類>の結びつきは、日本語では話し手の「私」も「ノ」もつかないのが

普通であるが、中国語では話し手の後に「的」が使用され、省略できることが分かった。しかし、「的」

が省略されたこれらの中国語は全体で一単語ではない。

しかし、次のような「人N1+人N2」の組み合わせでは、日本語の「ノ」は中国語の「的」に

相当しない。

28. これを見た私の犬のフラテは、うなりながら…。『西』

我的狗夫拉太見此情景、哼叫著…。

29. 私の家来のフラテはこの水をさもうまそうにしたたかに飲んでいた。『西』

我的從僕夫拉太把這水甜滋滋地猛喝了一通。

30. 姉の美代子を陽性とすれば紀子はその反対の性格で、…。『電話』

如果說他姐姐美代子是開放型的話、…。

31. 妹の乃婦子も二階から起きてきていて言う。『電話』

妹妹乃婦子在這時從二樓起了床走下來問道。

32. 被害者の若妻は背後から何者かにおそわれて絞殺されていた。『証言』

被害人小姐是被人從背後襲擊、勒死的。

これらは前の名詞が後ろの名詞の<特定者名の言い換え>(「同格」とも言われる。)のものである。

本稿ではこのタイプの組み合わせを<特定者名の言い換え>と呼ぶことにする。<特定者名の言い換

え>の結びつきは、日本語の「人N1+人N2」の間の「ノ」は欠かせないが 3、これに対応する中

国語は「人N1+人N2」の間に「的」は用いられない。<特定者名の言い換え>の場合は、日本語

の「ノ」が中国語の「的」に相当しないことが分かった。

なお、本稿では例 28.29.に見られる「私の犬のフラテ」、「私の家来のフラテ」の「私の犬」

と「犬のフラテ」とを<所有物>と<特定者名の言い換え>(同格)に分けて分類している。日本

語ではこれらはいずれも「ノ格」で表現されるが、中国語では<所有物>(我的狗)と<特定者名

の言い換え>(我的狗夫拉太)を含む一つの名詞句に見ても<特定者名の言い換え>の部分は「的」

は使うことができない。

一方、この組み合わせの「N1」が次のような一人称の例の場合、日本語は「ノ」が省略されるよ

うになる。

33. 「この度、私曙太郎は相撲協会…」(2003.11.8 10:57 TBS)

“今天、我曙太郎将宣布退出相撲協会…”。仮訳

この例は、これらの前と後の名詞が「特定者名」・「名前」の関係になっている。本稿ではこのタイ

プの組み合わせを<話し手の名前の言い換え>の結びつきと呼ぶことにする。日本語において、<話

し手の名前の言い換え>は、例 28~32で見られる「同格」と言われる<特定者名の言い換え>とを

区別しなければならないだろう。なぜなら、(私曙太郎)は(私の曙太郎)に言い換えることができ

ないからである。日本語では、「ノ」は「話し手」であるか「特定者名」であるかによって使い方変

わってくることが分かった。<話し手の名前の言い換え>の結びつきは、日本語の「ノ」も中国語の

「的」も使われないことが分かった。

以上に見た「人N1+人N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係をまと

めると次のようになる。(「不用」は使わなくてもいいことを示す。)

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <人間関係> 「の」 「的」必須 = <家族親類> 「の」不用 「的」省略可 ≠

<特定者名の言い換え> 「の」 「的」不要 ≠

<話し手の名前の言い換え> 「の」不要 「的」不要 =

2.3.「人N1+物N2」の日本語と中国語の表現の相違

日本語の「人N1+の+物N2」に対応する中国語の表現には以下のようなものがある。

34. 現金一万五千円と夫の高級カメラ一台が紛失していた。『証言』

但丟失了一萬五千元現款和丈夫的一架高級照相機。

35. 私のダイヤモンド。

我的缵石。

36. 彼の辞書。

他的字典。

以上の例の日本語の「人N1+の+物N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「所有者」・「物」の

関係になっている。本稿ではこのタイプの組み合わせを<所有物>の結びつきと呼ぶことにする。<

所有物>の結びつきでは、日本語の「人N1+物N2」の間の「ノ」は省略できない。これに対応す

る中国語も「人N1+物N2」の間の「的」が省略できない。つまり、<所有物>の結びつきは「ノ」

が「的」に相当することが分かった。

<所有物>の結びつきには次のような「人N1+動物N2」のものもある。

37. そこで私の犬も尾をふりだした。『西』

於是、我的狗也搖了尾巴。

「私の犬」のような動物の場合、所有者のペットであるため、本稿では人間が所有する物をとして

扱っている。<所有物>の「N2」が生き物の場合でも、「ノ」は「的」に相当することが分かった。

一方、次のような日本語の「人N1+物N2」に対応する中国語の表現では「的」は使用されない。

38. もっとも、あの映画の自転車は今日私がうるさくせがまれているような子供の自転車ではなかっ

た。『自転車』

但是、電影中所說的自行車不是今天孩子死乞白賴向我要的那種兒童自行車。

39. 子供の玩具。

兒童玩具。

40. 男の靴。

男鞋。

41. 女子の衣類。

女装。

このタイプの「ノ」の「人N1+物N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「特定グループ」・「使

用物」の関係になっている。本稿では、このタイプの組み合わせを<特定グループの使用物>の結び

つきと呼ぶことにする。このタイプの日本語の「人N1+物N2」の間の「ノ」は欠かせない。これ

に対応する中国語は「人N1+物N2」の間の「的」は必要ない。<特定グループの使用物>は「ノ」

が「的」に相当しないことが分かった。

ところで、<特定グループの使用物>の「ノ格」の名詞は必ずしも人を示すものとは限らない。次

のような動物を指す場合もある。

42. それとも草のなかに鳥の巣でもあるのであろうか。『西』

是兔子的腳印?或者是草叢裡有鳥窩?

43. ただ目の大きな一疋の蝿だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の網にひっかかると、…。『蝿』

僅有一隻大眼睛蒼蠅飛撞在昏暗的牲口棚角落的蜘蛛網上、用後腿彈著…。

しかしこれらは、前と後の名詞が「製作者」・「特製物」というような<特定グループの特製物>に

も捉えられるし、「巣、網」が「鳥、蜘蛛」の<所有物>にも捉えることができ、多義的であるが、

本稿ではこの種の結びつきを<特定グループの特製物>の結びつきと呼ぶことにする。

以上に見た「人N1+物N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係をまと

めると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <所有物> 「の」 「的」必須 =

<特定グループの使用物> 「の」 「的」不要 ≠

<特定グループの特製物> 「の」 「的」不要 ≠

2.4.「人N1+場所N2」の日本語と中国語の表現の相違

次のタイプの日本語の「人N1+の+場所N2」に対応する中国語の表現は「的」の省略はできる。

44. 私の家では上の二人に一台ずつ、…。『自転車』

在我們家裏、因為兩個大孩子每個人一輛、…。

45. 兵十の家のだれか死んだんだろう。『ごん狐』

兵十家有人死了?

46. …私の部屋の帽子掛にかけた。『夜ふけと梅の花』

…掛在我房間的帽子鉤上。

47. 私のオフィス。

我办公室。

以上の例の日本語の「人N1+の+場所N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「所有者」・「場所」

の関係になっている。本稿ではこのタイプの組み合わせを<所有する場所>の結びつきと呼ぶことに

する。<所有する場所>の場合、日本語の「人N1+場所N2」の間の「ノ」は省略できないが、こ

れに対応する中国語は「的」が必要ではない。

しかし、例 44 の日本語の「私の家」は中国語では「我家」にも当たるが、ここでは「我們家裏」

(「我らの家」という意味になる)で訳されている。この場合、「我家」でも「我的家」でも中国語と

しては表現されにくい。「我們家裏」で表現されるのは「私の家」の後に「では」が表現されていて、

場所として取り出されているからである。「我們家裏」で表現する場合は、“家庭の中に関する様々な

出来事”である。これに対して、「我的家」で表現する場合は、“家に関する様々な状態”を述べる時

である。また「我家」で表現する場合は、“家族に関する様々な状態”を述べる時である。例 45 が

「兵十的家」ではなく「兵十家」で表現されるのは、そのような違いがあるからである。したがって、

多くの中国語教科書で指摘されている「我的家」の「的」が省略できるというような言い方は不適当

である。次の例も参考になる。

○「我家有三口人」

(「我的家有三口人」×)(「我們家裏有三口人」×)

○「他們家失火了」

(「他們的家失火了」×)(「他們家裏失火了」△)

○「我家来了三個客人」

(「我的家来了三個客人」×)(「我們家裏来了三個客人」△)

○「他的家正在蓋」

(「他家正在蓋」△)(「他們家裏正在蓋」×)

○「 近他們家裏常々発生一些奇怪的事」

(「 近他們的家裏常々発生一些奇怪的事」×)(「 近他家裏常々発生一些奇怪的事」○)

以上、「我家」、「我的家」、「我們家裏」の相違について分析した。「我家」と「我的家」はそれほど

違いを感じないものの、入れ替えのできないものがあることを確認できた。なお、<所有する場所>

の結びつきを作る「N2」のタイプは、自分一人で所有できるような空間(「家、房間、办公室、研

究室、書房」)のような名詞である。<所有する場所>の結びつきは日本語の「ノ」が中国語の「的」

に相当しないことが分かった。

ところで、<所有する場所>の結びつきに極めて似たようなの組み合わせがある。次の「人N1+

場所N2」の例をみてみよう。

48. 我々の会社。

我們的公司。○

我們公司。○

我的公司。(「自分が建てた会社」という意味になる。)

49. 私の学校。

我們的学校。○

我們学校。○

我的学校。(「自分が建てた学校」という意味になる。)

我学校。×

このタイプの「人N1+場所N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「所属者」・「所属する場所」

の関係になっている。本稿では、このタイプの組み合わせを<所属場所>の結びつきと呼ぶことにす

る。<所属場所>の結びつきの場合、日本語の「人N1+場所N2」の間の「ノ」は省略できない。

これに対応する中国語は「的」があっても、なくてもよい。なお、<所属場所>の結びつきを作る「N

2」のタイプは<所有する場所>とは違って、自分一人で所有できるような空間ではなく、「学校、

図書館、公園、工場、公司(会社)」などのような名詞である。このように、中国語では同じ「N2」

の場所を示す名詞に見えても、名詞の性質が変わると結びつきは異なる。

以上のように「人N1」と「場所N2」との関係は、ほとんどの日本語の例では、「ノ格」を必要

とする。これに対して、中国語では、名詞の下位的なカテゴリーの分類をしないと、どのような場合

に「的」が必要で、どのような場合に「的」が必要ではないかを見分けることができない。以上、<

所属場所>の結びつきは、日本語の「ノ」が中国語の「的」に相当することが分かった。

以上に見た「人N1+場所N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係をま

とめると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <所有する場所> 「の」 「的」不要 ≠

<所属場所> 「の」 「的」省略可 =

2.5.「人名詞+身体部位名詞」の日本語と中国語の表現の相違

次に、「人名詞と身体部位名詞」との組み合わせを見ていく。

50. 彼は両方の足が切断された。『夜ふけと梅の花』

他的兩支脚被切断了。

51. 彼は両方の耳に綿をつめていた。『夜ふけと梅の花』

他的兩個耳朵都塞著棉花。

これらは、前と後の名詞が「部位の持ち主」・「身体部位」の関係になっている。本稿ではこのタイ

プの結びつきを<持ち主の身体部位>と呼ぶことにする。<持ち主の身体部位>の結びつきでは、日

本語と中国語との表現は違う。中国語では自分の部分を表す場合、その部位は体の一部分であるため、

「的」で示されるが、日本語では自分が全体(=主語)として取り立てられることになる。そのため、

全体と部位との間は「ノ」ではなく“は”で表現されるようになる。これに対応する中国語は「名詞

+名詞」の間の「的」が必須で省略できない。

ところで、次のようなものは、<持ち主の身体部位>に近い表現であるが、「名詞+名詞」の間の

「的」が必要ではない。

52. 石野貞一郎は布団から両手を出し、新聞を顔の上でひろげた。『証言』

石野貞一郎從被窩裏伸出了雙手,打開報紙擎在臉上。

53. …途方にくれた手の中で、絹糸に変形した足が動き始めていた。『赤い繭』

…變成了絲線的腳在同樣無可奈何的手中,自個兒開始動彈了。

54. 西班牙犬はよろこんで私の手のひらを舐めた。『西』

西班牙狗高興地舔了舔我的手掌。

55. 顔はどす黒く腫れあがって、鼻の穴には両方とも紙が…。『現代中国文学 4』

臉上腫了兒快,顏色黑紅,鼻孔塞著兩個紙團。

56. 足の踵。

脚跟。

57. 指の爪。

手指甲。

これら前と後の名詞が「身体部位」・「部位の部位」という関係になっている。本稿ではこのタイプ

の結びつきを<身体部位の一部>と呼ぶことにする。<身体部位の一部>の場合、「ノ」は欠かせな

いが、一方、中国語では「的」は表現されない。中国語ではこのタイプはほとんど二音節で表現され、

連語ではなく一つの単語となっていて、これ他にも「臉上、鼻孔、手掌、手背、頭髪」などがある。

<身体部位の一部>の結びつきは、日本語の「ノ」が中国語の「的」に相当しないことが分かった。

以上に見た身体部位にかかわる組み合わせに表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応

関係をまとめると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <持ち主の身体部位> 「の」 「的」必須 = <身体部位の一部> 「の」 「的」不要 ≠

2.6.「場所N1+場所N2」の日本語と中国語の表現の相違

日本語の「場所N1+の+場所N2」に対応する中国語の表現は以下のようなものがある。

58. ある日、運動場のすみに咲いている美しいカタバミの花を見つけた…。『菊の花』

有一天、我發現在活動場的角落裡開著一朵美麗的酢漿草花、

59. わたしは安心して、その隣の船室にはいった。『伊豆の踊子』

我放心的進入隔壁的船艙。

60. …彼と十二月十四日午後九時すぎ、西大久保の裏通りで会ったことはないか『証言』

被問起十二月十四日晚上九點過後在西大久保的小胡同裏是否遇到他的事…。

61. 石野貞一郎は、会社からまっすぐに大森の自宅に帰った。『証言』

石野貞一朗從公司徑直回到大森的自己的家。

62. 西海岸の部落は、ここでおしまいになっているのだ。『たけ』

西海岸的村落到此算是儘頭了。

63. せがれが蓮台寺の銀山に働いていたんだがね、…。『伊豆の踊子』

他的兒子在蓮台寺的銀山工作、這次的什麼流行性感冒死了、兒子和媳婦也都死了。

64. 間もなく日本海の海岸に出る。

十三湖過去、不多遠就來到日本海的海岸。

65. 下田の港は、伊豆相模の温泉場なぞを流してあるく旅芸人が…。『伊豆の踊子』

下田的港口、是瀰漫著能使那些到伊豆相模的溫泉地來巡迴藝人…。

以上の例の日本語の「場所N1+の+場所N2」の組み合わせは、前と後の名詞が「所在する場所」・

「場所」の関係になっている。本稿ではこのタイプの組み合わせを<場所のありか>の結びつきと呼

ぶことにする。<場所のありか>の場合、日本語の「場所N1+場所N2」の間に「ノ」は欠かせな

い。これに対応する中国語も「的」が省略できない。<場所のありか>の結びつきは「ノ」が「的」

に相当することが分かった。

ところで、同じく「場所N1+の+場所N2」の表現でも、中国語では「的」が不要な場合がある。

66. いまでもときどき大島の港で芝居をするのだそうだ。『伊豆の踊子』

現在亦時常在大島港埠演戲。

67. はるかむこうに小さく、シラクスの町の塔楼が見える。『走れメロス』

在遙遠的對面可以看得到小的希拉庫市城的塔樓。

68. 主人はベルヒの城へきのふより駆りとられて、まだ帰らず。『うたかたの記』

當家的從昨天就被派去伯爾希城。

69. 人々はクスコの町を出発し、…。『太陽の処女』

人们就從庫斯科出发。対訳

これらの「的」がない例で表現されている「場所N1+場所N2」の関係は、後の名詞はほとんど

“港、城”のようなものである。中国語では、“港、城”が場所名詞と組み合わさる場合、「的」は表

現されず、全体で一つの名詞になっている。先ほどの例 65.の「下田的港口」の「的」を使用しな

い表現は「下田港」「下田港埠」になるが、「的」で表現される場合、「下田」と「港」との関係には

「口」が必要になる。“港、城”の一般化や、「場所名詞+~上、~中、~裏」のようなものについて

は、今後の課題にしたい。

「場所N1+場所N2」の関係には「アジアの国日本」(「亜州国家日本」)、「伊豆の島大島」(伊豆

島屿大島)のようなものがある 4。これらは名詞と名詞の間に「ノ」が省略された形で表現され、こ

の「ノ」が「である」という意味にもなる(いわゆる<同格>である)。本稿では、このタイプを<

場所の言い換え>の結びつきと呼ぶことにする。<場所の言い換え>の場合、中国語でも「的」が不

要で、「ノ」が「的」に相当することが分かった。

以上に見た「場所N1+場所N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係を

まとめると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <場所のありか> 「の」 「的」必須 = <場所の言い換え> 「の」 「的」必須 =

2.7.「場所N1+人N2」の日本語と中国語の表現の相違

「場所N1+人N2」との組み合わせには次のようなものがある。

70. 母が一度大阪の叔父のことをひどく悪く言った…。『波の音』

有一次媽媽曾把大阪的舅父說得一錢不直…。

71. 鹿児島の友達。

鹿児島的朋友。

72. 東京の祖母。

東京的外婆。

これらは、前と後の名詞が「場所」・「親類関係者」の関係になっている。本稿ではこのタイプを<

場所の関係者>の結びつきと呼ぶことにする。<場所の関係者>の場合、中国語では「場所N1+人

N2」の間に「的」は必要であることが分かった。

しかし、次のような「場所N1+人N2」との組み合わせの場合、中国語では「場所N1+人N2」

の間の「的」は必要ではない。

73. “こんなに御馳走していただいてますけど、私はこの土地の者で、懐かしい食べものがあ

りますんでね。『身欠きにしん』

承蒙拿這麼多好菜來招待、可是我本地人、有一樣很懷念的東西。

74. あの香をもらったときは流石に京都の人は違うと思った。『青い壺』

可是當我收到那熏香的時候就想還是京都人、到底不一樣、非常欽佩。

これらは、前と後の名詞が「場所」・「出身者」の関係になっている。本稿ではこのタイプを<出身

地>の結びつきと呼ぶことにする。<出身地>では、日本語の「場所N1+人N2」の間の「ノ」は

欠かせないが、中国語では「的」は必要ない。つまり、<出身地>の結びつきでは、「ノ」が「的」

に相当しないことが分かった。

ところで、次のような組み合わせは「場所N1+の+人N2」に似た表現で、名詞の性質が違うも

のがある。

75. 大学の先生。

大學教師。

76. 会社の職員。

公司職員。

77. 工場の女工。

工厂女工。

78. トラックの運転手。

卡車司機。

これらは、前と後の名詞の関係は「職場」・「職種」である。本稿ではこのタイプを<職業>の結び

つきと呼ぶことにする。<職業>の場合、中国語では「職場N1+人N2」の間に「的」が必要では

ないことが分かった。

「職場」・「職種」の間に「的」が入ると、前と後の名詞の関係は「所属先」・「職種」になり、結び

つきは<所属身分>になる。例えば次のようなものである。

79. 彼はわが会社の経理である。

他是我们公司的経理。

80. 彼は東京大学の教授である。

他是東京大学的教授。

日本語では、「職場N1+の+身分N2」は<所属する組織>の一つの結びつきでまとめられてい

るのだが、これに対応する中国語では、「的」が有無で結びつきが<所属身分>から<職業>へと変

わり、意味的な結びつきが違うことが明らかになった。

以上に見た「場所N1+人N2」に表現される日本語の「ノ」と中国語の「的」との対応関係をま

とめると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <場所の関係者> 「の」 「的」必須 =

<出身地> 「の」 「的」不要 ≠

<職業> 「の」 「的」不要 ≠

<所属身分> 「の」 「的」必須 =

2.8.「場所N1+物N2」の日本語と中国語の表現の相違

次に、「場所名詞と物名詞」との組み合わせを見ていく。

81. 流れよ、流れよ、隅田川の水よ。『隅田川の水』

流吧、流吧、隅田川的水。

82. 南宋淅江省の竜泉窯だね。『青い壺』

這是南宋浙江省的龍泉窯磁。

これらは、前と後の名詞が「産地」・「産品」の関係になっている。本稿ではこのタイプを<産地>

の結びつきと呼ぶことにする。<産地>の場合、日本語の「場所N1+物N2」の間の「ノ」は欠か

せない。これに対応する中国語も「場所N1+物N2」の間に「的」が必須である。<産地>の場合

は、「ノ」が「的」に相当することが分かった。

以上に見た「場所N1+物N2」に表現される日本語の「の」と中国語の「的」との対応関係をま

とめると次のようになる。

結びつき 日本語 中国語 対応関係 <産地> 「の」 「的」必須 =

3.中国語の「的」の有無の意味用法一覧表

以上の中国語の「N1+N2」の関係で「的」の特徴をまとめてみると次のようになる。 「的」の省略できないタイプをまとめてみると次のようになる。

結びつき 「N1」・「N2」 「的」の用法 <製品の特徴> 「模様」・「製品」

例:車窗(バスの窓)

「的」必須

<特種物のための使用物> 「特種物」・「使用物」 例:中風藥的袋子(中風のくすりの袋)

「的」必須

<物の取付ける場所> 「存在する所」・「付着物」 例:房間裏的床(部屋のベッド)

「的」必須

<人間関係> 「関係の持ち主」・「関係」 例:他的長子(彼の長男)

「的」必須

<所有物> 「所有者」・「物」 例:他的字典(彼の辞書)

「的」必須

<持ち主の身体部位> 「部位の持主」・「身体部位」 例:他的兩支脚(彼は両方の足)

「的」必須

<場所のありか> 「所在する場所」・「場所」 例:下田的港口(下田の港)

「的」必須

<場所の言い換え> 「地域」・「場所」 例:亜州国家日本(アジアの国日本)

「的」必須

<場所の関係者> 「所在場所」・「親類関係」 例:東京的外婆(東京の祖母)

「的」必須

<所属身分> 「所属先」・「職種」 例:東京大学的教授(東京大学の教授)

「的」必須

<産地> 「産地」・「産品」 例:隅田川的水(隅田川の水)

「的」必須

また、「的」のいらないタイプをまとめてみると次のようになる。

結びつき 「N1」・「N2」 中国語 <物の部分> 「全体」・「部分」

例:魚骨頭(さかなの骨)

「的」不要

<製造原料> 「製造原料」・「製品」 例:桐木盒子(桐の箱)

「的」不要

<特定者名の言い換え> 「特定者名」・「名前」 例:姐姐美代子(姉の美代子)

「的」不要

<特定グループの使用物> 「特定グループ」・「使用物」 例:兒童玩具(子供の玩具)

「的」不要

<特定グループの特製物> 「製作者」・「特製物」 例:鳥窩(鳥の巣)

「的」不要

<所有する場所> 「所有者」・「場所」 例:我房間(私の部屋)

「的」不要

<身体部位の一部> 「身体部位」・「部位の部位」 例:手指甲(指の爪)

「的」不要

<出身地> 「場所」・「出身地」 例:京都人(京都の人)

「的」不要

<職業> 「職場」・「職種」 例:大學教師(大学の先生)

「的」不要

<話し手の名前の言い換え> 「話し手」・「名前」

例:我曙太郎(私曙太郎)

「的」不要

「的」の省略できるタイプをまとめてみると次のようになる。

結びつき 「N1」・「N2」 「的」の用法 <家族親類> 「所有者」・「親類」

例:我爸爸(父)

「的」省略可

<所属場所> 「所有者」・「所属する場所」 例:我們学校(私の学校)

「的」省略可

なお、これらの三つのパターンの相違の共通性についての分類は今後の課題にしたい 5。

4.結び

以上、中国語の名詞に付く「的」と日本語の名詞に付く「ノ」との表現の相違について考察した。

その結果、日本語の「ノ格の名詞と名詞の組み合わせ」の形式に対応する中国語の「名詞+的+名

詞」の形式の表現の相違点が明らかになった。それを表にまとめると以下のようになる。

名詞のタイプ 結びつき 日本語 中国語 相違

<物の部分> 「の」 「的」不要 ≠ <製造原料> 「の」 「的」不要 ≠ <製品の特徴> 「の」 「的」必須 =

<特種物のための使用物> 「の」 「的」必須 =

物N-物N

<物の取付け場所> 「の」 「的」必須 = <人間関係> 「の」 「的」必須 = <家族親類> 「の」不用 「的」省略可 ≠

<特定者名の言い換え> 「の」 「的」不要 ≠

人N-人N <話し手の名前言い換え> 「の」不要 「的」不要 =

<所有物> 「の」 「的」必須 = <特定グループの使用物> 「の」 「的」不要 ≠

人N-物N

<特定グループの特製物> 「の」 「的」不要 ≠ <所有する場所> 「の」 「的」不要 ≠ 人N-場所N <所属場所> 「の」 「的」省略可 =

<持ち主の身体部位> 「の」 「的」必須 = 人N-身体部位 <身体部位の一部> 「の」 「的」不要 ≠

<場所のありか> 「の」 「的」必須 = 場所N-場所N <場所の言い換え> 「の」 「的」必須 = <場所の関係者> 「の」 「的」必須 =

<出身地> 「の」 「的」不要 ≠ <職業> 「の」 「的」不要 ≠

場所N-人N

<所属身分> 「の」 「的」必須 = 場所N-物N <産地> 「の」 「的」必須 =

表にも見られるように、「物Nと物N」との関係では、<物の部分>(植物の種類)、<製造原料>

の結びつきは、日本語では「ノ」が使われるのに対し、中国語では「的」が使われない。<製品の特

徴>、<特種物のための使用物>、<物の取付け場所>の結びつきは、日本語の「ノ」が中国語の

「的」に相当する。 次に、「人Nと人N」との関係では、<所有者>の結びつきは日本語の「ノ」が中国語の「的」に

相当するが、<家族親類>の場合、日本語では「ノ」は使用されないのに対し、中国語では「的」は

あっても、なくてもよいようになっている。また、<特定者名の言い換え>の場合、日本語では「ノ」

が使われるのに対し、中国語では「的」は使われない。<話し手の名前の言い換え>の場合、日本語

の「ノ」と中国語の「的」が両方使われないことになっている。 そして、「人Nと物N」の関係では、<所有物>の結びつきは「ノ」が「的」に相当するが、<特

定グループの使用物>と<特定グループの特製物>の場合、「ノ」が使われるのに対し、「的」は使わ

れない。

さらに、「人Nと場所N」との関係では、<所有する場所>の結びつきは、「ノ」は使用されるのに

対し、「的」は使われない。また、<所属場所>の結びつきは、「ノ」は使用されるのに対し、「的」

は使っても、使わなくてもいいようになっている。 「人Nと身体部位 N」との関係では、<持ち主の身体部位>の結びつきは、「ノ」が「的」に相当

するが、<身体部位の一部>の場合は、「ノ」が使われるのに対し、「的」は使われない。 また、「場所Nと場所N」との関係では、<場所のありか>も<場所の言い換え>の結びつきも「ノ」

が「的」に相当する。 そして、「場所Nと人N」との関係では、<出身地>及び<職業>の結びつきの場合、「ノ」が使わ

れるのに対し、「的」は使えないが、<場所の関係者>の場合、「ノ」が「的」に相当する。 そして、「場所Nと物N」との関係では、<産地>の結びつきは「ノ」が「的」に相当することが

明らかになった。

これまで見てきたように、「的」が省略できる、「N1+N2」の関係は、多くの教科書に説明され

る後に家族、場所もしくは機関名詞がくる場合だということは正確ではない。家族の中でも「N1+

N2」の関係が<>ではなく<家族親類>の場合のみである。また、場所・機関名詞の中でも、「N

1+N2」の関係が、<所有する場所>、<場所のありか>ではなく、<所属場所>の場合のみに限

られることが分かった。

本稿では、『連語論』の方法を用いて、「的」によって組み合わさる「名詞」と「名詞」の関係を体

系的に捉え、さらに対照研究の視点から、「的」と日本語の「ノ」との用法の相違を分析した。これ

まで見てきたように中国語の「名詞+的+名詞」の意味用法を捉えるのに、名詞の意味的なカテゴリ

ーの下位分類をしないと、どのような場合に「的」が必要で、どのような場合に「的」が必要でない

かを見分けるのが難しいことが分かった。こうして、「的」が使用されるものと使用されないものと

にどのような意味の違いがあるかが明確になった。また、「的」がどのような場合に「ノ」に対応し、

どのような場合に「ノ」に対応しないかの説明も可能になったと思う。日本語話者が名詞と名詞の関

係を中国語で表現する時に「的」を多用しやすい原因は、日本語の「N1+N2」に「ノ」がよく用

いられるからだと考えられる。逆に、中国語話者が日本語で、同じものを表現する場合、「ノ」の省

略の誤用が多いのは中国語表現の影響を受けるからであろう。

1 連語論の方法論についてはすでに方(2002)「「連語論」<「移動動詞」と「空間名詞」との関系

~中国語からの視点~>」で述べている。

2 「カテゴリカルな意味というのは文法的な結びつきとのかかわりにおける語彙的な意味の一般

化である。」と規定されている。(奥田 1985:162 抜粋)。

3 但しこのタイプの「ノ」は話し言葉では省略されなくもないようである。

4 このタイプの用例は採集したデータになかったため、ご示教を下さった松本泰丈氏が作例したも

ので充てることにした。このタイプについて今後用例を採集し明確にしたい。

5 鈴木康之は(1978~79)日本語の「ノ格の名詞と名詞との組み合わせ」を大きく関係的な結びつ

き、状況的な結びつき、規定的な結びつきの三種類に分けている。関係的な結びつきでは、一般

的な性格として、かざりは、個別的なものごとをさししめし、状況的な結びつきも同様で、規定

的な結びつきは個別的よりも属性的であると、非常に明確な分類をしている。今後、このような

指摘を基に中国語のこれらの三つの「的」のタイプを考えていきたいと思う。

参考文献

奥田靖雄(1985)『ことばの研究・序説』むぎ書房

鈴木康之(1978~79)「ノ格の名詞と名詞とのくみあわせ(1)(2)(3)(4)」『教育国語・55 号』む

ぎ書房

鈴木康之(1978)「「名詞の-名詞」というとき」『国文学 解釈と鑑賞(2月号)』至文堂

鈴木康之(1994)「現代日本語の名詞的な連語の研究」日本語文法研究会編

彭広陸(1992)『日本語の名詞的な連語に関する研究』

中野はるみ(2003)「名詞連語「ノ格の名詞+名詞」」日本語文法研究会『研究報告 24 号』

方美麗(1997)「物に対する働きかけを表わす連語~日中文法対照研究~」お茶の水女子大学博士論

―――(1999)「カテゴリカルな意味~日中文法対照研究~」『国文学 解釈と鑑賞(1月号)』至文

―――(2002)「「連語論」<「移動動詞」と「空間名詞」との関系~中国語からの視点~>」『日本

語科学 11 号』国立国語研究所

[付 記] 本稿は 2003 年 11 月 28 日に東京大学日本語文法研究会月末金曜日の会において口頭発表

した内容を基に修正したものである。日本語文法研究会月末金曜日の会では鈴木重幸、鈴木康之、鈴

木泰、松本泰丈の先生方から貴重なご意見を頂いた。記して感謝申し上げます。なお、本研究は筑波

大学 2002 年度学内プロジェクト研究助成金による援助を受けた。

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