フィリピンの子どもたちの...

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フィリピンの子どもたちの 笑顔の裏に隠された真実

-子どもの権利から児童労働を考える-

桜美林大学

リベラルアーツ学群

専攻 国際協力

指導教員 牧田東一

学籍番号 207D0526

関澤 春佳

1

目次 序論………………………………………………………………………………..3 第1章 児童労働とは………………………………………………………….…4

第1節 児童労働の現状と子どもの権利条約……………………………..4 第2節 子どもたちが働く理由……………………………………………..8

第2章 未来の子どものために…………………………………………………10 第1節 フィリピンの現状……………………………………………........11 第2節 今後の課題と取り組み…………………………………………….16

第3章 フィールドワークを終えて……………………………………………17 第1節 ゴミ山とスカベンジャーの現状……………………...………….17 第2節 ソルトの奨学金支援を受けて…………………………………....19

Investigate for Children and NGO……………………..……..19 第3節 分析結果…………………………………....................................23

終章……………………………………………………………………………….23 註………………………………………………………………………………….25 参考文献・HP・映像….………………………………………………………..26

2

序論 “異文化についてもっと知りたい“という漠然な思いを抱きながら大学へ入学し、国際

協力を軸にしながら主に途上国について学んできた。まず、大学1年の夏休みに「子ども

たちの笑顔が見たい」という単純な気持ちを持ちつつ、国際協力研修でフィリピンへ行っ

てきた。そこでは、自分が日本人であり豊かに生きてきたという事実を突きつけられた様

に感じ、改めて自分を見つめ直すことができた。なぜなら、多くの子どもたちの笑顔の裏

に隠された児童労働という現実・現状を肌で感じたからである。特に印象に残ったことは、

子どもが路上で物乞いをしている姿やゴミ山での子どもの姿であった。また NGO 団体で

活動している子どもたちもとても若かったことに衝撃を受けた。これらの経験から子ども

の最善の利益(子どもの権利)が守られていないと筆者は感じた。これをきっかけに、子

どもの権利と児童労働の関わりをより深く考えたいと思った。 子どものあるべき姿とは、どのようなことだろうか。フィリピンでは、児童労働は 18

歳未満の児童の労働と定義され、法律で禁止されている。しかし、貧困のためすべてを禁

止することはなかなか難しいのが現状である。この事実に対してアジアの先進国は、どの

ような対策をとらなければならないのか。また、貧困により経済的搾取を受けやすい子ど

もは、労働力の対象になりやすく、労働者の権利が守られていないこともわかる。弱者で

ある子どもたちには、意見を述べる場さえ与えられない。また、児童労働により教育の機

会を奪われた子どもたちは、教育が受けられるということが貧困から抜け出す唯一の手段

であることをしっかりと意識している。この問題に周囲が関心を持つことも大切だと考え

る。 児童労働問題を解決することは容易ではないが、これらに関わる人々が何らかのアクシ

ョンを起こさない限り、変化が起きないことは誰もが理解している点である。従って、す

べての関係者に法の制定および適用の改善が求められるとされる[ILO 2001:58-59]。筆

者は、身近な国際協力を求め、他人事ではないと感じた仲間と共に論文を通してフィリピ

ンの児童労働問題について世界へ伝えていきたいと考えている。 よって、まず第 1 章では、フィリピンの子どもの現状と児童労働へのつながりに触れ、

世界レベルでの動きを調査し、述べていく。また子どもの権利から見た児童労働の現状を

明らかにし、その実態と課題について考察していく。第 2 章では、児童労働から子どもの

権利と生活環境に与える問題は何かを定義し、権利が保障されるために必要な考え方や取

り組みを挙げ、考察していく。さらにそれが子どもたちにどのような影響を与えるのかを

論じていきたい。第 3 章では、貧困脱出のために活動している NGO を一団体取り上げて、

子どもたちの生活や政府との関わりを調査した結果をまとめていく。最終章では、子ども

たちの生活環境や精神面を知り、NGO や私たちの今後の取り組みや筆者の問題意識の変

化について述べる。またこれまでの経験を基に筆者の過去と現在の意識変化にも注目して

いきたい。

3

第1章 児童労働とは

本章では、児童労働の認識の歴史、児童労働者数の現状、児童労働の禁止を求める国際

的な動きについて述べていく。また児童労働の現状を明らかにし、尚且つ国連が定めた子

どもの権利条約から児童労働について考察する上で、子どもたちが働かなければならない

理由を導き出していきたい。

第1節 児童労働の現状と子どもの権利条約

1.児童労働に対する認識の歴史

工業化が発展する以前の社会では、子どもが働くことは学ぶことに値し、社会に出る前

の準備期間であると考えられたことから、子どもが働くことへの批判はなかった。しかし、

工業化が進むにつれ、1870 年代から 1900 年で児童労働は急増した。1880 年のアメリカ連

邦人口調査によれば、フィラデルフィアにおけるアイルランド系の家庭では、両親のいる

家庭でも子どもによる稼ぎが家族収入の 38~46%を占めていた[初岡 1997:3]。

子どもを労働から教育に向かわせた3つの要因を説明したい。第 1 は、19 世紀末に西欧

で、子どもを働かせることが社会問題に繋がると考えられ、子どもに対する見解が労働重

視から教育重視へ転換していった。これにより、義務教育の導入や児童労働を禁止する動

きが強まることとなった。第2は、産業社会が知識と教育のある労働者を必要としたため、

立身出世は教育と密接に関連していることを一般の人々が認識し始め、教育の重要性が広

がった。第 3 は、自由と平等の思想が全ての子どもに教育を与えることを推進し、民主主

義と人権思想が確立したことである。

このような国際的な大きな流れをつくった背景としては、第一に人権尊重に対する世界

的な認識の高まりがある。女性、心身障害者、少数民族、子どもなどの社会的弱者に対す

る人権の尊重である。また、子どもは親の所有物ではなく、保護する対象としての子ども

という考え方から、一人の人間として人権を尊重しなければならないという考え方に変わ

ってきた[初岡 1997:6]。

2.児童労働とは何か

最初に、児童労働の性質と評価は、国によってかなり違いがあることを確認する必要が

ある。労働の範囲、そして児童期の範囲さえも、社会文化的背景に加えて国の開発レベル

に左右される[豊田 2005:14]。ILOの推定によると、2008 年には世界の 5~9 歳の子ども

は 12%以上が、また 10~14 歳の子どもは 23%と就労していて、働く子どもの中でも約 1

億 7900 万人が「最悪の形態1」の児童労働に従事している(図1を参照)。

図 1.国際条約における児童労働 (条約による年齢制限)

国連児童の

権利条約

就業最低年齢に関する

ILO138 号条約

最悪の形態の児童労働

に関する ILO182 号条約

一般的定義 一般的最低年齢 軽易労働 有害労働 一般的定義

通常の環境 18 歳 15 歳 13 歳 18 歳 18 歳

4

例 外 14 歳 12 歳 16 歳

出典:豊田英子『世界の児童労働:実態と根絶のための取り組み』17 頁

※児童労働を ILO138 号条約と 182 号条約を準拠して定義するが、家庭における家事労働

は含まない。

さらに一般的にみると、児童労働と子どもの仕事をめぐる論争が研究を通じて展開され

てきた。子どもの仕事とは、子どもにとって特に有害ではなく、教育の機会を損なわない

仕事を主に指すと言われている。反対に児童労働とは、ほかの権利、主として教育を受け

る権利を行使する機会を妨げるだけでなく、子どもの健康や身体的および精神的発達を阻

害するおそれがある仕事のことである[豊田 2005:15]。

2-1.世界の児童労働者数

2000年の 2億 4600万人から 2004年の変化を見ると、5歳から 17歳の人口が世界で2.3%

増えているのに対して、児童労働者数は 11.3%減、危険な児童労働者数は 25.9%減少し

ている。ILOが発表した 2006 年の児童労働者数は、2 億 1800 万人、世界の子どもの7人に

1人にあたることとなる[ILO 2006]。地域別に見ると、アジアは微減、ラテンアメリカが

大幅に減った。またアフリカについは、人数は増加しているが、5 歳から 17 歳の人口に対

する児童労働者の割合は 2%減少している。このように前進しているようだが、児童労働

の分野としては農業、家事労働の取り組みが他と比べてまだまだ足りないことを指摘して

いる。また、特にサハラ以南アフリカの取り組みについてはHIV/AIDSの大きな影響を指摘

し、IPEC2として対応方法の開発を行なっている。今回のレポートによると、2016 年まで

に最悪の形態の児童労働をなくすという目標を設定し、そのために各国が 2008 年までに

時限的プログラムを策定する方針である[ILO本部HP 2009,12,20]。

3.児童労働の禁止を求める国際的な動き

児童労働を削減するための政策手段を検証し、主に国連や ILO、ユニセフなどの機関の

概要と活動により、それぞれがどのような方法で、問題解決に取り組んでいるのかを述べ

ていく。

3-1.国連

国連は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、国際司法裁判所お

よび事務局の 6 つの主要機関から形成される。オランダのハーグにある国際司法裁判所を

除き、すべての主要機関はニューヨークの国連本部を拠点としている。国連の計画および

基金などの名称の専門機関には、国連児童基金(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、国連

難民高等弁務官事務所(UNHCR)などがあり、開発、人道援助および人権のための活動を

行っている。また、国連は世界政府ではなく、国連加盟国が主権国家であるため、世界各

国が共通の問題に取り組む場で、他の国々と協力することは主権の行使であり、その制限

には当たらない。国連の存在意義は、世界が直面する問題の大半は極めて複雑であるため、

いずれの国も単独でこれに対処することが困難となったからであるとされる。

3-1-1.子どもの権利条約

18 歳未満のすべての者の保護と基本的人権の尊重を促進することを目的とし、子どもの

権利に関する包括的な条約である。子どもの権利条約が 1989 年 11 月の国連総会で採択さ

5

れ、日本は 94 年に批准し、158 番目の締約国となったが、2010 年 1 月現在の未締結国は、

米国とソマリアの2国だけである。締約国は、条約の趣旨に沿って、法律・制度・政策・

慣習などを改善することが求められ、さらに条約に設置された子どもの権利条約委員会が

締結国から提出される実施状況レポートを審査し、モニターする。委員会は締約国により

個人の資格で選出された 10 人の専門家から構成されている[初岡 1997:100-101]。

3-2.ILO(国際労働機関)

国連の専門機関のひとつで、労働問題を取り扱っている。1919 年に設立され、2009 年 5

月現在、183 カ国が加盟している。ILO では、公正な労働基準の確保によって世界に永続す

る平和をもたらすことを目的としていて、そのために国際労働基準の設定とその実施状況

の監視、技術協力、調査・広報といった3つの手段が定められている。このような取り組

みを支える訓練・教育・調査研究・出版活動を行なっている[ILO 駐日事務所 HP

2009,12,15]。

3-2-1.最低年齢条約(ILO 第 138 号、1973 年)

2009 年 11 月現在、ILO 加盟国 183 カ国中、154 カ国が批准している[ACE HP 2010,1,10]。

ILO では、3 億 5200 万人以上の子どもが経済活動に従事し、その 60%が 14 歳未満の子ど

もだと推定しているが、地域別で見ると、5~14 歳で働く子どもの3人に1人はアジア・

太平洋地域に住んでいる。その為 ILO では第 1 節でも述べたように、働いて良い年齢は義

務教育を終えてから(一般的に 15 歳。途上国は 14 歳でも可)としている。年齢・性別で

見ると、年齢の高い子どもほど生産性が高いと見なされるため、経済活動への従事も年齢

とともに増加傾向にある。ほとんどの国において、男子の方が女子よりも経済活動に従事

する比率が高いことがわかる[アムネスティ 2008:22-24]。

3-2-2.最悪の形態の児童労働条約(ILO 第 182 号、1999 年)

2009 年 11 月現在、ILO 加盟国 183 カ国中、171 カ国が批准している[ACE HP2010,1,10]。

批准国は、条約の効果的な実施を確保するための刑罰を含む措置を講じる必要がある。第

1 節でも触れたが、さらにここでは詳しく説明したい。児童労働撤廃における教育の重要

性に配慮しながら、定められた期限までに、児童労働から引き離し、社会統合、影響から

の回復、無償の基礎教育や職業訓練を受ける機会の確保を行なうことが定められている。

条約の実施に責任を負う権限ある機関の指定、条約の効果的な実施を監視する適当な仕組

みの設置または指定、最悪の形態の児童労働を優先的に撤廃するための行動計画の作成・

実施も求められている。社会開発・経済発展、貧困撲滅計画等への支援を含む、国際的な

相互協力・援助の強化についても規定される[ILO 駐日事務所 HP 2009,12,15]。詳細は以

下の4つにまとめられている。

① 児童の人身売買、武力紛争への強制的徴集を含む強制労働、債務奴隷などのあらゆる形

態の奴隷労働またはそれに類似した行為 ② 売春、ポルノ製造、わいせつな演技のための児童の使用、斡旋、提供 ③ 薬物の生産・取引など、不正な活動に児童を使用、斡旋または提供すること ④ 児童の健康、安全、道徳を害するおそれのある労働

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図 2.経済活動・児童労働・危険な労働に従事している子どもの数(2000 年、年齢別)

5-14 歳 15-17 歳

数(単位:100 万人) 数(単位:100 万人) 経済活動に従事する子ども 210.8 140.9 児童労働に従事する子ども 186.3 59.2 危険な労働に従事する子ども 111.3 59.2

出展:ILO 駐日事務所(2000 年)『児童労働の実態』

3-2-3.児童労働撤廃国際計画(IPEC)

1992 年から ILO が進めてきた児童労働撤廃のための技術協力活動である。予防および保

護的措置を通じて、漸進的に児童労働をなくすことを目指し、主に最悪の形態の児童労働

に重点を置いている。IPEC の活動は、政府、労働者・使用者団体、NGO(非政府組織)、学

校、メディアなど多くの関係者のパートナーシップの下で、活動を通して実施している[ILO

駐日事務所 HP 2010,1,16]。最近では、パキスタンでサッカーボールを縫っていた子ども

たちが、働かずに学校へ通うことができるようになったという成功例もある。 [アムネス

ティ 2008:79-80]。さらに1992 年以降、子どもの家事労働の効果的な撤廃に向けて活動

してきた。現在でも家事労働に関する調査を行い、その防止、犠牲者の救出、社会統合、

人々の意識向上、政策提言などにおいて各国政府や労働者・使用者団体、NGO の活動を支

援している[ILO 駐日事務所 HP 2010,1,16]。 3-3.ユニセフ(国連児童基金)

1946 年 12 月にユニセフは、第 1 回国連総会で「国連国際児童緊急基金」(United Nations

International Children’s Emergency Fund)として創設された。すべての子どもの権利

が守られる社会を目指し、各国の社会政策に子どもの福祉が据えられ、子どもや女性のた

めのサービスに十分な予算が確保されるよう、各国政府や国連機関などとのパートナーシ

ップを促進している。また、子どもに関わる重要な意思決定への子どもの参加を支援して

いる[ユニセフ HP 2009,12,28]。ユニセフは、国内および国際的な政策を、子どもの権利

条約や女子に対するあらゆる形態の差別の廃絶に関する条約で規定されている規範や基

準に照らし合わせて精査・監視する。この分析には子どもの権利の監視機関である子ども

の権利条約委員会を含むパートナー機関と共に実施し、それにより、子どもの権利の実現

が、世界的な国レベルの政策協議および貧困削減・人間開発の達成のためのプログラムの

中心に据えられると考えている[ユニセフ HP 2009,12,28]。

3-3-2.ユニセフの報告書について

ユニセフが 2009 年に発行した子どもの保護に関する報告書では、世界の子どもの権利

の侵害状況とそれをなくすための取り組みの進展状況や児童労働、性的搾取や人身売買、

子どもに対する暴力、児童婚などに関する地域ごとの状況を詳細なデータと共に記載して

いる。また年次報告書も作成しており、2006 年度の報告書によれば、児童労働をしている

5 歳から 14 歳までの子ども達は、1億 5000 万人以上であるとしている。児童労働は多く

7

の場合が貧困の結果であり、またその原因ともなっていて、これは子どもたちから教育の

機会を奪い、子どもたちを労働にかりたてた貧困を永続化しているとした。また、ユニセ

フは、ほかの国連機関、ドナー、非政府組織(NGO)、市民社会と共に力を合わせ、子ども

にとって保護的な環境を強化できるよう努力している。その努力には、政府を結集させ、

子どもたちへの約束を取り付ける、子ども中心の法律制定のための政策提言をする、直接

的なサービスを提供する、女性と子どもにとって有害な姿勢や習慣をやめさせる、子ども

の権利の侵害をモニターし報告する、オープンな討論を推進するといったことが含まれる

[ユニセフ 2007:13]。

3-3-3.ユニセフの国際的な動き

ミレニアム宣言とミレニアム開発目標の約束が果たせるよう政府を手助けすると共に、

ユニセフは 100 カ国以上で、政策アドボカシーとパートナーシップを通して、子どもの貧

困と差別の廃絶、社会的な予算確保、地方分権、安全と保護、子どもの権利条約と女性差

別撤廃条約に基づいた行政改革、移住が子どもたちに与える影響などに焦点を合わせた活

動を展開している[ユニセフ 2007:21]。また児童労働の統計について定義が改められ、児

童労働統計のための初の国際基準が設けられたことも触れられている。さらに児童労働の

定義には、これまでの枠組みだった子どもの経済活動に加えて、家事労働が新たに含まれ

ることになった。

3-3-4.ユニセフの収入とは

ユニセフの収入はすべて任意拠出によるもので、通常予算とその他の予算に分類される。

前者は、使途に関する制限がなく、ユニセフの執行理事会が承認するユニセフのカントリ

ー・プログラム、事業管理費および組織の管理・運営に使用される。後者は、使途が制限

されており、カントリー・プログラムの中で執行理事会が承認する特定の目的のためにド

ナーが拠出したものである。さらに後者は一般拠出と緊急拠出に分けられている。(図2

を参照)

図 3.ユニセフの特定分野向け拠出(2005-2007 年) (単位:百万米ドル)

2005 年 2006 年 2007 年

子どもの権利のため

のアドボカシーとパ

ートナーシップ

6.9

17.7

基礎教育とジェンダ

ーの平等

88.7 97.9 120.7

子どもの生存と成長 5.4 14.7 13.1

子どもの保護 6.8 25.7 38.8

HIV/エイズと子ども 8.0 16.7 19.0

乳幼児総合ケア 6.5 - -

緊急人道支援 476.1 144.3 84.4

8

※-は、不明である。

出典:ユニセフ(国連児童基金)『ユニセフ年次報告書(2007 年 1 月 1 日~12 月 31 日)』

32 頁

ユニセフでは現在、旅行・観光業における子ども買春撲滅を目指す「コードプロジェク

ト3」の推進や、インターネット上の子どもポルノの根絶問題に取り組んでいる。

第 2 節 子どもたちが働く理由

1.最大の理由は貧困である

児童労働の背景には、いうまでもなく貧困が存在している。「世界銀行の『アフリカに

おける児童労働問題調査報告書』によれば、子ども全体に占める児童労働の割合は、所得

が低いほど大きいとしています[アムネスティ 2008:25]。」そして、「貧しいから子どもを

働かせるという現実はあるが、子どもが働くことで貧しくなるという面もあるのです[ア

ムネスティ 2008:30]」とされている。

1-1.供給側の要因

グローバリゼーション4の進展に伴うコスト低下の必要性などが、児童労働の背景にあ

ることは否めない。また、教育機会の欠如も加えて述べたい。働いているために学校へ行

けないという事実があるが、学校がないから働くしかない状況の子どもも存在する。これ

らは主に、大人が教育の重要性を認識していないケースである。従って、子どもだけでな

く大人も巻き込んだ教育支援が必要となるのは明らかだ[アムネスティ 2008:25-28]。

1-2.需要側の要因

雇い主から見ると、大人よりも子どもの方が扱いやすく、低賃金で雇うことができるた

め低コストで効率よく生産が可能となるので好都合である。これらの問題は安ければよい

という考えを日々持ち合わせて生活している私たちは、知らず知らずのうちに児童労働問

題と関わっているのかもしれない[アムネスティ 2008:29-30]。

2.社会的・文化的環境

2-1.家事労働

12-17 歳の子どもが主に家事労働をしている。家事労働をさせられる子ども達は、貧し

い家庭生まれであるか、捨て子、孤児、片親である場合が多く、農村から都市へ連れてこ

られる。そして女子が多いことは確かであるが、具体的な数字は、透明性に欠けるため把

握できないのが現状である。さらに低賃金・長時間労働を強いられ、子どもたちが働かさ

れる時間は 1 日 10~15 時間にも及ぶとされる[初岡・藤井 1997:10-11]。女子の教育の機

会が奪われることは、教育を受ける権利が侵害されていることに加え、子どもの福祉に大

きな影響があり、将来にわたる深刻な問題であることを強調したい。また性的被害や虐待

にあうことも少なくない[アムネスティ 2008:85]。

2-2.奴隷・強制労働

世界の多くの国では、大人と共に子どもも奴隷制度に苦しんでいる。また家族の借金返

済のために子どもたちは売り飛ばされ、債務奴隷として生涯働くことを余儀なくされる。

その為、そのまま家族と生き別れになることが多く、主に 7~12 歳の男児が対象である[初

岡・藤井・中嶋 1997:10-11]。加えて子ども兵の問題も考えたい。まず子ども兵の訓練の

9

最初は、銃が与えられ自分の家族や親戚を殺すことである。私たちにとっては想像もつか

ない問題だろう。従って子ども達は、人間としての感情、さらに子ども時代までもが奪わ

れるのである。子どもは、人を殺すための機械として扱われるのだ[アムネスティ 2008:

40-41]。

2-3 危険有害労働

児童労働の大部分は農業であり、途上国で働く多くの子どもは農業に重視していると考

えられている。さらに、農村地域では子どもが働くのは当然のことだという認識が根強い

ため、劣悪な条件の上、低賃金で働かされている[アムネスティ 2008:82]。また、機械や

殺虫剤などを扱うこともあり、安全面や健康面を害す。有害物質の曝露の危険性や識字教

育を受けていないため正しく使用できず、科学中毒や神経障害をひき起こし、ガンの原因

になる恐れがある[初岡・藤井 1997:8]。その他にも鉱業、建設作業、ガラス工場、ゴミ

あさりなどがあげられている。

2-4.児童売春と子どもの不正売買取引 子どもの商業的性搾取(CSEC)は、児童売買、児童買春、児童ポルノに関する問題で

あり、15~17 歳の子どもたちが最も影響を受けている。特に、大人による性的虐待を含

む少年少女の基本的権利の侵害と定義されるが、ILO は子ども買春や子どもポルノ、子ど

もの売買や取引を、子どもに対する暴力の犯罪と見なしている。これらは強制労働や奴隷

労働に類似の経済的搾取と考えられ、1999 年の最悪の形態の児童労働条約(第 182 号)

の中で、撤廃されなければならない最悪の形態の児童労働とみなされている。この問題の

本質を知ることはとても困難で、ILO の 2000 年の児童労働世界統計は、世界中で買春や

ポルノグラフィで搾取される子どもたちは 180 万人と推計している。子ども達は法による

十分な保護を受けておらず、犯罪者として扱われることさえある。CSEC の原因は複雑で、

そのパターンは国や地域間で異なる。例えば、CSEC が明らかに外国人の観光と関係して

いる地域もあれば、地元の需要によるものもある。ほとんどの国で 80~90%の被害者は

女子だが、男子が多数を占める場所もある[ ILO 駐日事務所 HP 2010,1,16]。 このような問題は、子どもの一生にわたって、肉体的・精神的・情緒的に大きなダメー

ジを与えることとなる。また望まない妊娠、HIV・性感染症、薬物依存などの深刻な問題に

巻き込まれる可能性が高い。さらに精神的な問題を抱え、日常生活に簡単に復帰すること

ができない子どもが多い[初岡・藤井・中嶋 1997:12-13]。日本は、2005 年 1 月に「児童

の売買、児童買春及び児童ポルノに関する児童の権利に関する条約の選択議定書」に批准

している[外務省 HP 2010,01,16]。

第2章 未来の子どものために

前章では、児童労働における問題点や原因の一般的な見解を述べてきた。本章ではフィ

リピン国内に焦点を当て、原因を取り上げながら貧困についてさらに掘り下げていく。ま

た、児童労働における内発的・外在的要因を述べることで、それが子どもにどのような影

響をもたらすのかを論じていく。さらに、子どもの権利が保障されるための国際的な動き、

日本やフィリピンの NGO の対策も論じる。本章では、フィリピンの児童労働について詳し

く述べていくが、ストリートチルドレンについても少しだけ触れたいと思う。

10

第 1 節 フィリピンの現状

1.内発的要因

子どもの生活環境や文化・伝統などから児童労働者が生まれる因果関係を考察し、それ

に対する現地 NGO の取り組みを述べていきたい。

1-1.子どもの健康状態

フィリピン大学産業研究所の調査では455人の児童労働者と通学児童の健康状態を調べ

ている(図 1.2.3 を参照)。まず、児童労働者と通学児童の体調不良を訴えた項目を比較

してみる[谷 2000:137]。

図1.体調不良を訴えた項目を比較(%)

訴えた部分 児童労働者 通学児童

呼 吸 器 62.2 50.0

胃 27.2 18.3

皮 膚 28.6 26.9

出典:谷勝英(2000)『アジアの児童労働と貧困』137 頁

児童労働者は工場などで働かされている場合が多く、化学物質が含まれた用具を使うこ

とや、空気が悪い場所で長時間働かされるために呼吸器や皮膚を痛めてしまうのである。

さらに日々のストレスから胃を壊している。肉体的にも精神的にも未熟な児童にとって、

工場内での毎日の労働は無理であることが明らかにわかる。次に具体的に体のどの部分が

傷むのかを示してみる。

図 2.体の痛みを訴えた症状の比率(%)

症 状 児童労働者 通学児童

頭 痛 46.4 31.7

筋 肉 痛 11.9 5.8

腹 痛 22.6 16.3

胸 痛 9.4 3.8

熱 35.6 26.0

目 ま い 22.2 10.6

出典:谷勝英(2000)『アジアの児童労働と貧困』138 頁

11

図 3.栄養程度の比較

児童労働者 通学児童 栄養程度

実数(人) 割合(%) 実数(人) 割合(%)

重 度 の 栄 養 失 調 33 8.2 10 9.8

銃軽度の栄養失調 86 21.3 13 12.7

軽 度 の 栄 養 失 調 162 40.1 34 30.4

出典:谷勝英(2000)『アジアの児童労働と貧困』138 頁

上記の図からもわかるように、劣悪な労働環境とストレスからくる症状が児童労働者に

目立っている。加えて過酷な労働に従事してきた子どもたちは、成人するころには病気や

障害を負うケースも少なくないのが現状である。

1-2.子どもを取り巻く環境

フィリピン産業研究所は、栄養失調が多い児童は、低所得の家庭であり、貧困家族のた

め住環境が悪く、さらに大家族のため満足な食事を得られずに、病気になっても通院や売

薬を購入できないからだとしている。また、衣服工場で働く児童労働者の多くは、学校に

通っているが母親の仕事の補助労働力の役目を負っている。仕事の能率を上げるために自

分の子どもを働かせるケースがフィリピンでは多いのである。さらに両親の別居や再婚な

どによる新しい親からの虐待など家庭内での問題が原因で、児童労働者やストリートチル

ドレンになってしまう。ストリートチルドレンの仕事は、物乞い、新聞売り、車の窓拭き、

車の見張り、荷物運び、くつみがき、ゴミ拾い、物売り、レストランなどの掃除などから

スリや売春といった犯罪行為まで実に幅広くある[谷 2000:137-141]。子ども福祉会議

(Council for the Welfare of Children)によれば、子どもへの虐待とは、習慣性の有

無にかかわらず、子どもに対するひどい扱いであると指している[ILO 2001:217]。

本節で述べている児童労働者と比較してストリートチルドレンを考えた場合の両者の

大きな相違点は、家族と一緒に暮らしているかどうかである。フィリピン人にとっての幸

せは、家族や友人との人間関係を大切にし、愛する人たちと一緒にいることで感じる。そ

の為、児童労働やストリートチルドレンなどの問題は、心の豊かさとかかわってくる問題

であるとも考えられる。しかしながら、児童労働は絶えず盛んに行なわれているため、学

校へ通うこともできず遠く離れた場所で労働させられているケースが多い[ILO 2001:47]。

ILO の児童労働の推計にはストリートチルドレンは含まれていないが、研究者や NGO 活動

家にとっては事実を重視せざるを得ないため、ストリートチルドレンも児童労働者である

と考えている[谷 2000:140]。

1-3.文化・伝統

フィリピンはカトリックのキリスト教国であるため、家族が多いのが特徴であり、その

中には、ストリートで生活する人々が目立つ。フィリピンは伝統的に家族や地域社会の絆

が強い社会であるが、内乱や政治的混乱などによって社会が大きく変動した。さらにフィ

リピンの親族構造は、日本のように単系的ではなく双系的であり、この特徴は個人が自由

12

に父系、母系の双方の親族と強固な結びつきを持つことができることである。すなわち数

多くの親族の中から自分自身で相互互助関係を結び、それによって自己の生活保障を得よ

うとするのである。その為、親族とうまく折り合いをつけることは、将来の社会的・経済

的利益のための自己投資だともいえるのである[谷 2000:154]。

1-4.現地 NGO の取り組み

子どもたちの日常生活を取り巻く問題として上記のような問題から、子どもたちは大人

への不信感や社会に対する夢や希望などを失っていると考えられる。子どもたちの生活向

上や貧困からの解放を目的とし、FREE THE CHILDREN JAPAN(FTCJ)が行なっている事業

の中で、主にフィリピンで活動している 3 つの団体 (プレダ基金、タタグ、KPACIO)の

活動内容を詳しく見ていきたい。

FTCJ は、子どもによる子どものための国際ネットワークで、全国の 18 歳以下の子ども

が主体となり、それぞれコミュニティを作り、世界中の子どもたちを貧困や児童労働から

解放するために活動している団体である。設立のきっかけは、1995 年に 12 才のクレイグ

少年が国際協力団体の活動を日本にも広めようと、1999 年に FTCJ が作られたことからで

ある。児童労働や貧困の悩みを抱える多くの国の中から、フィリピンに焦点を当てて活動

しているが、現在では、インドや中国、イギリスなど、全世界へも FTC の活動が広まって

いる[FTCJ HP 2010,1,24]。

1-4-1.プレダ基金(PREDA:Peoples Recovery, Empowerment and Development Assistance)

プレダ基金は、1974 年にアイルランド人のシェイ・カレン神父とフィリピン人のヘルモ

ソ夫妻により設立された。フィリピン・オロンガポ市にある子どものための NGO で、「子

どもや女性、貧困層の人々を守る」という使命を掲げて活動している。団体名は、「人々

の回復や発展の支援」という意味である。年間予算は約 3000 万円で、現在 63 人の有給ス

タッフと大勢のボランティアによって活動が進められ、ノーベル平和賞に 2 回ノミネート

されるなどの実績もあげている。では5つの主な活動内容を挙げてみる[FTCJ HP

2010,1,24]。

①子どもらしく生きるためのプログラム

CFC GIRLS-性的虐待を受けた子どもたちを救出・保護し、自立のための支援をする。

性的搾取には、さまざまなケースがあるが、貧しいために性産業に従事する子どもがいる。

そういった辛い経験のある女児を救出し、施設で保護する。また、虐待の加害者を見つけ

裁判を起こすなど子どもへの教育支援も行っている[FTCJ HP 2010,1,24]。

CFC BOYS-刑務所で不当な扱いを受けている男児を救出する。無実にも拘らず刑務所に

入れられてしまう子や、虐待に苦しむ子どもが多く存在しているため、プレダのソーシャ

ルワーカーは、1 人 1 人にカウンセリングを行い、施設に保護する。 施設で生活のルール

や基礎教育を行い更生させ、自立を目指す[FTCJ HP 2010,1,24]。

②路上から子どもを守るプログラム

家族の暴力や貧困、麻薬などの理由により、ストリートチルドレンになった子どもたち

を守るためのプログラムである。スタッフが 1 日 1 回の食事提供や、基礎教育などを行っ

ている。しかし不衛生な場所で暮らしていることや麻薬依存などの危険もあるため、新し

い施設の建設を計画している[FTCJ HP 2010,1,24]。

③予防のための教育プログラム

13

学校や地域と協力して性的虐待の問題や、HIV/エイズ、麻薬の危険性、子どもの権利な

どを多くの人に知らせることにより予防の仕方を広め、未然に防げるようにするためのプ

ログラム[FTCJ HP 2010,1,24]。

④フェアトレード

貧困層の人々の自立を応援するプログラム。商品開発や生産方法を貧困地域の人々に教

え、商品を自らの力で生産できるようにしている。そしてその商品を、 公正な価格でプ

レダが買い取り、全世界に販売している。中間業者を入れないことで、不当な搾取を防ぐ

ことができるのです。

プレダの商品を FTCJ でも販売している[FTCJ HP 2010,1,24]。

⑤アドボカシー、研究部門

プレダの活動を広め、ネットワークを作るためのプログラム。プレダで生活している子

どもたちが劇団を作り、演劇を通して問題を訴える活動を行ったり、問題の追跡や研究を

おこない、ホームページやニュースレターなどを通して社会に広めている[FTCJ HP

2010,1,24]。

1-4-2.タタグ(TATAG:Tayo Ang Tinig At Gabay)

タタグは、1994 年にビル・アバイガルと元ストリートチルドレンたちによって設立され

た。フィリピン・オロンガポ市で活動している NGO で、団体名はフィリピン語で「私たち

自身が声であり道標である」という意味である。では6つの活動内容を見ていきたい。

①特に保護が必要な子どもたちの人間育成。精神的なケアや、文化的活動、その他のプロ

グラムを実行すること

②特に保護が必要な子ども、若者の可能性を開発する。また、特に困難な状況にいる母親

の支援を行うこと

③全ての形態の虐待や搾取、基本的な人権を侵害されることから子どもや若者を保護する

こと

④地域や若者の形成に必要な社会経済、社会文化、環境問題に着手すること

⑤子どもや若者の参画を実行するため、社会のあらゆる組織に働きかけ、啓蒙活動をする

こと

⑥地域や社会、そして国際的にもネットワークを形成し、子どもの権利を促進すること

タタグの活動の目的は、親を支援することで地域全体をエンパワーメントするとともに、

子どもたちを保護し、これから社会を築いていく未来人を育てることである[FTCJ HP

2010,1,24]。

1-4-3. ケーパック(KPAC:Konkokyo Peace Activity Center)

ケーパックは、日本にある金光教の活動が基盤となり、団体名は金光教平和活動センタ

ーという意味である。またフィリピンの首都マニラに事務所を構えてフィリピン各地で活

動している NGO である。特に教育分野が重要であると考え、各地域のデイケアセンターの

運営や小さな子どもへのケアに力を入れている [FTCJ HP 2010,1,24]。

2.外在的要因

社会制度や教育制度のしくみ、先進国のアプローチなどを挙げて、子どもにどう影響を

与えているのかについて考察していきたい。それに対する日本の NGO の取り組みも合わせ

て述べていく。

14

2-1.植民地時代から過剰都市化へ

スペイン、米国、日本に植民地や占領されたフィリピンは、アジア途上国に見られる貧

困の縮図と表現することもできる。フィリピンは、アジアの国々で最も欧米からの影響を

受けている国であり、信仰はキリスト教である。さらに多島国で、国土面積は日本の約 80%

である。また人口は約 6000 万人で、首都であるマニラの人口は約 600 万人にもおよび、

総人口の約 10 分の 1 が首都に住んでいることがわかる。このように過剰都市化現象であ

るため、都市問題としてスラム問題や農村の貧困が出てくる。しかしフィリピンの農村で

の児童労働に関する調査は少ないので詳しいことはわからない[谷 2000:130-135]。マニ

ラへ人口集中という都市化の進行により、家族や地域社会が崩壊し、ストリートチルドレ

ンを生み出したといえる。特に人口と産業がマニラに集中したことから貧困をもたらし、

児童労働者やストリートチルドレンが発生したと考えられる[谷 2000:145-146]。

2-2.スラム暮らしの原因

都市スラムは、貧困によって農村から押し出されてきた人々が、川沿い、鉄道線沿いに

暮らしている都市貧困層の居住区であり、住民は不法居住者として扱われる。地方での生

活に苦しくなった農民や漁民が都市であるマニラに移住し、巨大なスラム街を形成した。

なぜ多くの人々が村を捨て、マニラに集中することになったのだろうか。それは、フィリ

ピン社会の形成に問題があると考えられている。まず土地所有の不均等があり、たばこ、

サトウキビ、マニラ麻などの輸出作物が世界市場と結びつくようになった。そこからスペ

イン人入植者やスペイン系や中国系の混血層、現地人支払層が土地の囲い込みをはじめ、

大規模な農園を経営するようになった。

さらにアメリカ支配に移ってから、軍人による土地囲い込みが進行した。よって土地を

共有しながら自営業を営む農民たちの社会は崩壊し、大土地所有者が出現する一方で、土

地を奪われた多くの住民は小作もしくは農業労働者として地主に従属することとなった

[初岡・荒木 1997:43-50]。マニラの発展は農村の犠牲の上に成り立っている。すなわち

農村は資本の流出と人的資源の流出と言う二重の流出過程によって、貧困が堆積し、発展

が遅れていくのである。このような貧困が社会的に弱い立場である子どもを直撃するので

ある[谷 2000:159]。

2-3.低所得で不安定な就業

児童労働者の多くは、日によって稼げる金額が一定していないのが普通である。そのた

めほとんどの世帯はその日暮らしであるが、まったく収入のない日もある。そのような日

は、近隣集団間で現金や米などの貸し借りが日常的に行われている。このような環境から

大量の児童労働が発生するのは言うまでもない。子どもが育つ環境づくりはこれからも大

きな課題となってくるであろう[谷 2000:157]。

2-4. 日本 NGO の取り組み

これまでの現状を知り、著者が実際に何かできることはないかと考え、フィリピン事業

を支援している日本の NGO 団体を取り上げようと考えた。

2-4-1.ソルト・パヤタス(特定非営利活動法人)

ソルト・パヤタスは、フィリピン・ケソン市パヤタス、カシグラハンというゴミ山周辺

のスラムに暮らす人々への支援を行っている NPO/NGO で、特に学校へ行けない子どもたち

の奨学金支援を主な活動の柱としている。目的は、国の枠を超え、お互いを思いやり、共

15

感、共存していこうとする人々の「心」の輪を広げることである。またすべての国の人々

が、差別、貧困、戦争、環境汚染、他の国の支配のない社会で暮らせることも目指してい

る。主にデイケアセンターで小学校に入る前の子どもたちに読み書きを教える教育施設の

支援を行っている。フィリピンでは、公立小学校に入学するための条件としてデイケア教

育を修了していなければならない。本来、義務教育である小学校は無条件で就学年齢に達

した子どもを受け入れるものだが、教育が不十分であるため習得しないで入学した子は取

り残され、結果的に落第する子、中途退学する子を増やしてしまうこととなる。その理由

は、教員の人数が足りないことや施設が充実していないなどである。フィリピンでは、2001

年から 7 歳で入学するためにはデイケア教育を修了していること(9 歳からは無条件)と

いう条件が課されるようになった[ソルト・パヤタス HP 2010,1,26]。

3. 社会制度や教育制度のしくみ

児童労働の原因は、社会の慣習や伝統、文化的な背景、教育制度や社会福祉制度の未整

備などが挙げられるが最大の要因は経済的貧困である。教育を受け、知識や技能を身につ

ける権利と機会を奪われてきたために、仕事に就くために必要な能力が欠如している。特

にグローバル化の進行により途上国では貧困や社会的排除、不平等がなかなか解決できな

いでいる。経済的貧困と合わせて、差別、社会的疎外も児童労働に大きな影響を与えてい

る。また紛争や経済危機、自然災害という危機から親が仕事をなくしたり、命を落とした

りした場合、子どもたちは生き延びるために弱い立場へ追いやられ、結果的に児童労働へ

とつながるのである。これらの予防対策や保護する対策などを考える必要がある[アムネ

スティ 2008:87-89]。

第 2 節 今後の課題と取り組み

これまで児童労働における問題点や原因を挙げてきたが、ここでは論じてきた中で導き

出された課題や対策などを踏まえて国際的な取り組みを挙げ、筆者なりのまとめを述べて

いきたい。

1.ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)

国際的な動きの一つとして注目したいのが、MDGs である。世界中で 2015 年までに達成

すべき 8 つの目標を極度の貧困を半減させることから幼児死亡率の引き下げること、さら

に初等教育を普及することを世界のすべての国々、そして世界の主要な開発機関すべてが

合意した開発目標である[国連 HP 2010,1,15]。これに対して国連事務総長は、「(前略)今

まで通りのやり方では、目標の達成は難しいでしょう。勝利はすぐには訪れません。成功

を勝ち取るためには、今から目標達成期限まで、10 年間を通じた持続的な行動が必要です。

教員や看護師、エンジニアを養成し、道路や学校、病院を整備し、必要な雇用と所得を創

出できる大小の企業を育てるのには、時間がかかるのです。ですから、私たちは今、スタ

ートを切らなければなりません。そして今後数年間にわたり、開発援助の総額を 2 倍以上

に増やさなければなりません。これに満たない取り組みでは、目標の達成に役立たないの

です」と述べている[国連 HP 2010,1,15]。以前までは、個々の力不足により断念せざるを

得ない状況にあったことが、世界中が共通の目標を掲げ協力し合うことで、大きな力とな

り最大の結果を残せるのだろうと筆者は考える。

2.まとめ

16

虐待、搾取、差別から保護されるという子どもの権利は、国連子どもの権利条約5、フ

ィリピン青少年福祉法6、フィリピン共和国法第 7610 号といった、いくつかの宣言や条約、

法律に盛り込まれてきた。フィリピンの子ども達は、社会における最も脆弱な集団のひと

つとして認められているため、搾取、虐待、差別の対象とされている[ILO 2001:217]。

フィリピンの貧困問題は、フィリピン国内の原因だけで作られたものではなく、日本・ス

ペイン・アメリカの植民地支配や戦後の世界システムが作り出してきたものでもある。先

進国の豊かさが途上国の貧困を生み出している。またNGOの取り組みは先導的であり、現

状調査や研究を踏まえ、教育や訓練を支援していくことが重要だと筆者は考える。その中

でも最も大切なことは、参加型開発である。プロジェクトを実施していく上で現地住民や

現地NGOの存在は欠かせないものであり、大規模な新規技術の導入などではなく、小規模

なコミュニティでの協同組合化や組織化を計ることが必要だと筆者は考える。

これらの問題は、多くの国が協力し助け合うことが解決への近道になる。私たち一人一

人の意識を変え、国際的な協力・行動が必要である。

第 3 章 フィールドワークを終えて 筆者は、これまでの調査により貧困脱出のためには教育や訓練を支援していくことが重要だと

考え、第 2 章で取り上げたソルト・パヤタス(以下、ソルト)の現地スタッフに同行して、2010 年 11

月 4 日~9 日にフィリピンへ行き調査を行ってきた。その結果を第 3 章にまとめていく。フィリピン

の首都であるマニラのスモーキー・マウンテンにおけるゴミ拾いをしている(スカベンジャー)やソル

トの奨学金で学校に通えている子どもたちの生活に焦点を当て、1つの家族を例に挙げて述べて

いく。その背景として、NGO と政府の相互関係も含めて考察する。現地の子どもたちの生活環境

や精神面を知ることで、NGO や私たちの今後の取り組みや筆者の問題意識の変化についても

述べたい。

第 1 節 ゴミ山とスカベンジャーの現状 1.ゴミ山(スモーキー・マウンテン)

2009 年 7 月 10 日のゴミ山崩落事故7の後、ゴミ山に入る際にPOG8(Payatas Operations

Group)が 50 ペソで発行しているID9が必要となった。また、15 歳以下の子どもがゴミ山

に入ることは禁止されたが、保護者同伴であれば入ることはできる。その際にスカベンジ

ングすることはできないが、ゴミの見張り役やお弁当を運ぶなどの仕事をする為にゴミ山

に入ることは許可されたのである。

ゴミ山崩落事件ではゴミの積み方にも問題があったとされ、現在ではある程度のゴミが

溜まったら酸化しないよう上から土をかぶせるようにしている。さらにゴミの高さが事故

の時の高さに近づいてきていることから、今後のゴミ処理についてどうなるのかと人々の

不安を日々募らせている。

1-2.スカベンジングできる時間

45 歳以上のシニアは、24 時間いつでも入ることができるが、15 歳以上の子ども達は少

数チームを作り、シフト制で働いている(8 時間×3=24 時間)。また各チームごとに売り

にいくジャンクショップが決まっているため、ジャンクショップ側としても一定の収入を

17

得ることが可能となる。

1-3.ジャンクショップとは

スカベンジャーからリサイクルできるモノを買い取り、一定の量を集めたらまとめて回

収業者に買い取ってもらい工場までそのゴミが運ばれる。簡単に言えばスカベンジャーと

回収業者の間を取り持つ小売業のような役割をしているといえる。一番収入が良い時期は、

大量のゴミが出るクリスマス後で、とても儲かる時期だと説明してくれた。さらにお金が

あれば誰でもジャンクショップを開くことができるらしく、特に開業する為の条件はない

そうだ。私がお店を訪ねた時には、学校へ通う子ども達が放課後に小遣い稼ぎとして、ジ

ャンクショップで働いていた(1 日 250 ペソ=約 500 円)。聞いたところ、稼いだお金は自

分の余暇のために使うそうだ。

1-4.スカベンジャーとは?

ゴミ拾いをして、リサイクルできるものをジャンクショップへ売って生活をしている

人々であり、主に回収するものは、プラスチック・金属類・ビン・紙・木材・食べ物(人

用・養豚用)などである(図 1 を参照)。特に南部・北部ルソン地方、ビサヤ地方、ミンダ

ナオ地方で小作農や漁業を営んでいた人々が多い[ソルト・パヤタス 2010:7]。ストリート

チルドレンからスカベンジャーになる子どももいる中、11 才くらいの幼い子どもがスカベ

ンジングをして、ジャンクショップに売りに来ることもあるという。

1-5.スカベンジャーの数

パヤタスでは、専業・兼業を合わせて約 3,000 人と言われている。(POG:Payatas

Operations Group より)

1-6.収入

一日の平均収入は、100~150 ペソ(200~300 円)程だが、マニラ首都圏の最低労働賃金

は 404 ペソである[ソルト・パヤタス 2010:7]。

1-7.スカベンジャーの生活背景

専業のみならず、ゴミ山のふもとで生活している人も多く、他の仕事の契約が切れたと

きや副業として兼業で行なっている人もいるのが現状である。さらに収入が少ない為、ゴ

ミの中からまだ食べられる物を拾って食べていることもある。その為、栄養失調により知

能遅れになる子ども達もいる。現在、6 人前後の子どもがいる家族の場合は、1~2 人の子

どもを病気で亡くしている。日々の危険な労働に耐えるだけでなく、周りからの差別や蔑

みにも耐えねばならないのである[ソルト・パヤタス 2010:7]。ここ最近では、子ども達が

小遣い稼ぎでスカベンジングすることも増えているそうだ。

図1.ゴミの買い取り価格(1キロ当たり) 2010 年 7 月

品 目 値 段 (ペソ)

プ ラ ス チ ッ ク 15

ア ル ミ ( 缶 ) 35

段 ボ ー ル 1

空 き 瓶 1~2

18

鉄 類 2.5

出典:ソルト・パヤタス(2010)『STUDY TOUR ガイダンス 2010 夏』7 頁

第 2 節 ソルトの奨学金支援を受けて 1.支援の効果

学費がないために学校へ行けない、生活が苦しいために中退してしまったなどの子ども

達に就学・復学の機会を提供し、子ども達の学費支援や学用品配布、学校への交通費など

に使われる毎日のお小遣い支給などを行なっている。また家の手伝いなどの理由で授業に

ついていけない子ども達には、毎週土曜日に補習授業としてのサポートも合わせて行なっ

ている[ソルト・パヤタス 2010:18]。この結果、2010 年現在のパヤタスでは、以前に比べ

て学校へ通える子ども達が増えたと現地ソルトスタッフが説明してくれた。現在では全く

学校に通えていない子どもは約 2%と、近年改善されてきたが、小学校高学年から前期中

等教育にかけて中退者が急増している。原因として、悪友に誘われる、家庭内事情、学校

が遠い、学費が払えないなどだ。今後は子ども達に教育の機会を提供すると共に、多くの

困難の中で子ども達が主体的に学べるような環境作りが求められている[ソルト・パヤタ

ス 2010:10]。

2.クリスティーナさん(12 歳)一家 -family story-

両親共々、最終学歴が小学校卒業であり、農村出身であった。夫婦だけで暮らしていた

時の父の主な仕事はマーケットで野菜を売り、母はハウスメイドで働いていたため月収

1,500 ペソ弱で生活していた。しかし父の判断でマカティに移り住み、マルティスさん(母)

はハウスメイドの仕事を辞め、父は 20 年間ファミリードライバーを務めた。その後、2

人はノバリティスに移住し再びマーケットでの野菜売りをするが、月収 1,300 ペソと思う

ように収入が伸びず、1998 年にパヤタスのマーケットで商売することを決めて移住した。

だが、月収 1,500 ペソだったので、再びドライバーの仕事をするようになり月収 3,000 ペ

ソを稼いだ。マルティスさんは、この時の生活が一番安定していたという。しかし、そん

な矢先に夫が殺害されてしまったのである。

その後、マルティスさんは 1998 年にクリスティーナさんを出産後、女手一つで 5 人の

子どもを養っている。10 歳と 7 歳で学校へ通っている弟と妹 2 人と、4 歳と 1 歳の幼い男

の子 2 人の計 6 人でパヤタスに暮らしている。父は、クリスティーナさんが生まれた 1998

年、ドライバーの仕事中に揉め事があり、殺害された。事件の詳細はわからないが、加害

者は現在も服役中だとマルティスさんは話してくれた。夫が亡くなった現在では、とても

貧しい生活をしているが、子どもたちが無事に教育を終えて収入の安定した仕事に就き、

家計を支えてくれることが今のマルティスさんの願いだという。

2-1.質問調査の結果-Investigate for Child-

ソルトの奨学支援を受けて学校へ通っているクリスティーナさんに、直接いくつかの質

問をさせてもらった。筆記によるクリスティーナさんの回答は図1の通りである。

19

図1.クリスティーナさんへの質問内容(2010 年 11 月 7 日)

質問内容 クリスティーナさんの回答

➀今、一番大切なものは? 家族、教育、勉強すること

➁今、楽しいと思うことは? PC クラス

③将来の夢は? スチュワーデス、コンピュータ関係の仕事

⑤ ルト以外の団体の支援を受け

ている?

受けていない

⑥ 日のスケジュール

・家の手伝いは週にどれくらい?

・仕事内容は?

起床(6:00)就寝(20:00)

毎日(週 7 回)

クリーニング、洗濯、食器洗い、妹たちの世話

⑥ 今、困っていることは? お金、食費

⑦ フィリピン政府に求めること

は?

・収入の安定した職業に就けるようにして欲しい

・貧困撲滅を謳うならそれなりの行動を示して欲

しい

2-2.収入と支出

現在、家計を支えているのは母であるマルティスさんで、毎日ハウスメイドの仕事をし

て(6:00-20:00)1日 50 ペソ稼いでいる。主な仕事内容は、掃除・洗濯(週に 2 回で1日

10 ペソ)・料理などだ。子どもたちの食事は、毎朝マルティスさんが作り置きしていく。

自分は仕事場で食事をするそうだ。そして 21:00 頃帰宅し、22:00 には就寝する。たま

に 10 歳の子どもが一日かけて道の掃除をして 20~30 ペソ稼いでくる。

1日平均 50 ペソの収入で、米1キロ 30 ペソ、野菜(昼食)10 ペソ、(夜食)10 ペソで貯

金せずに日々を暮らしている。(NGO スタッフはこれをよく、“その日暮らし“と表現して

いる。)

筆者は、なぜ貯金しないのかを尋ねたところ、お金に余裕がないという理由に加えて、

他人に盗まれるのが怖いから貯金はしたくないと説明してくれた。ソルトスタッフに聞く

限りでは、フィリピンでは貯金をする習慣はあまり根付いてないそうだ。

3.今後のソルトの動き

2009 年の夏にソルトの活動を振り返る機会があったそうだ。第 3 章で明らかになったこ

とを踏まえ、ソルトでは小学校に入るまでの教育だけでなく、人としての倫理観や道徳観、

自力で貧困からの脱出を図る能力を身に付けるための“LIFE SKILL 教育”を今後の取り

組みとして考えていることを話してくれた。これこそが草の根教育であり、自己解決能力

や判断力を養い、広い視野で物事を考えられる人を育てることが目的である活動だと考え

る。また人々の生活に密着した教育が必要だとも語ってくれた。子ども達に、世界の貧困

の現状を知ってもらい、自分を客観視して大きな枠組みで社会の構造を考えつつ、自分自

身のことに加えて、家族やコミュニティのことも視野に入れ、コミュニティ全体としての

貧困脱出を考え、行動していける人を育てたいと力強く熱心に話してくれたのは、26 年間

フィリピンの NGO 活動に関わってきたミレットさん(現在ソルトスタッフとして活躍中)

20

である。

3-1.質問調査の結果-Investigate for NGO-

図1.現地ソルトスタッフ一同への質問内容(2010 年 11 月 7 日)

質問内容 ソルトスタッフ一同の回答

➀子ども達に今、必要だと思うこと

は?

コミュニティ全体で協力して貧困脱出を図るこ

と(子ども達が自立するためのエンパワーメン

ト)

➁今の活動効果はどのようなものか? 学校に行ける子ども達が増えたが、ドロップアウ

トが目立つようになった

③本当に子ども達は、貧困から脱出で

きるのか?

脱出するための知恵を身につけてほしい

⑦ 出した後の取り組みは? 私たちが生きている間にはわからない。理想は

NGO に頼らず自力で頑張ってほしい。

⑤援助には限界があると思う?(Ex:資

金、人)

はい。ソルトができることは、今の活動を持続さ

せていくこと(各 NGO がそれぞれの役割を果たす

のが義務だ)

⑧ 援できる対象の子ども達が限られ

てしまうことに対してどう思う?

貧困層に対する多くの NGO の中の一つであり、ソ

ルトができる支援はほんの一部であることは自

覚している。私たちはこれからもパヤタスのコミ

ュニティの人々の生活に密着した支援をしてい

くだけだ

⑨ 体として活動していく上での悩み

や不安は?

答えのないことをやっていくのは容易でないが、

未来のために必ず役立つ!と思ったことをして

いく

⑧ 満や理不尽だなと感じることは? 政府の汚職(貧困層に支援金が回ってこない)

⑨ 今後の団体に必要なことは?

(取り組まなければならないと感じる

こと)

Life skill 教育(3 章の 3.今後のソルトの動きを

参照)

⑩ フィリピン政府に求めることは? ・正規雇用

・全ての人に最低限の衣食住を

・政治腐敗(汚職をどうにかして欲しい)

⑪ 貧困における問題点や原因は? 問題は、私たちコミュニティ全体が貧困脱出を諦

めていること

原因は、教育の重要性がなかなか浸透しないこと

⑫ 貧困による子ども達への影響とは

何だと思う?

安定した収入を得られる仕事(良い仕事)につけ

ない=貧困層を迷走し、悪循環となる

21

⑬ 子ども達が求めていることは何だ

と思う?

安定した収入を得られる仕事に就いて、家族を助

けること

4.NGO の支援の限界

what’s about help? 実際に何が必要とされているのか、こんな近くにいる私たちで

も難しい問題だと現地ソルトスタッフは言っていた。放課後や学校がない日の子ども達の

行動までもソルトが監視して教育することは不可能に近いため、学校外での子ども達の活

動がとても気になった。なぜなら、ドロップアウトの原因が家庭内や悪友の誘いにのるな

ど、ほとんど学校外に問題があったためである。それではいくら学校で教育しても水の泡

になってしまう。その問題を解消するためにソルトは月 1 回(毎月第 3 土曜日)、保護者面

談を行い、子ども達の日々の生活をヒアリングし調査した。その結果、以前よりはドロッ

プアウトや家庭内問題を事前に防げるようになったというが、100%の保証はない。

学校で将来のために必要なスキルを教えても、家に帰れば今までの習慣に身を置くこと

になる。多くの子どもたちは貧困層の家庭であり、教育よりも家族を支えるために子ども

が大黒柱として働くことが重要視されている世界である。人は簡単に習慣から逃れること

はできない。またソルトスタッフも貧困層出身のため、どう変わっていけばいいのかわか

らない、というのが本音だそうだ。筆者は、ここに支援の限界が見え隠れしているように

感じた。

また、ソルトが奨学金を出せる子ども達は限られている為、ソルトの活動を必要として

いる子ども達は、まだまだ数え切れない程いるのが現状である。スタッフ達はその現状を

知りながら日々の活動に集中し頑張っているわけだ。これでは、支援は平等だと謳いつつ

も表には見えていないが順番があることに気づく。昔、筆者の知人で“命には順番がある”

と話していた人がいたが、彼の言いたかったことはこのようなことだったのだろう。私た

ちが日本で見るニュースなどで遠い異国の人たちの命が亡くなったことを知っても「悲し

いなあ」と思う程度で、身内を亡くした時の悲しみとは全く同じではない。命に順番はな

い、という思いを消したくはないが、筆者はそれを改めて実感した。

4-1.NGO 間のパートナーシップ

筆者の素朴な疑問だが、NGO 同士協力し合えば、二重支援を防げると共にコスト削減に

繋がる。よって、各 NGO の活動が濃密になり、質の高い援助をすることが可能となるはず

で、情報共有もできるため、両者にとってメリットがあると思った。しかし調査を行う段

階で現地スタッフに問いたところ、NGO 同士協力することは良いと思うが、絶対的なもの

ではないと言われた。しかし 5、6 年前に月 1 回、NGO 団体が集まり情報共有や活動のヒン

トを得るためのミーティングが行われていた。だが、ミーティングを統括していた日本人

の引き継ぎなどのミスで NGO 間の情報共有の場はなくなったそうだ。筆者が思うほど、NGO

間のパートナーシップの重要性はあまり認識されていないのが現状だった。

5.NGO と政府の相互関係

市民の税金がどうでもよい活動に使われている。政府と関わっている NGO とパートナー

シップは組みたくない。政府と協力して活動していくのは難しい。ソルトスタッフはこう

語ってくれた。政府のやるべきことは大きな枠組みで市民に影響を与えることであり、私

たちが取り組んでいることは市民にとても身近な活動を通して影響を与えること(草の根

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教育)だからである。ならば、県や市のようなところと協力してやる方が上手くいくとい

う。もし県や市と協力して活動をするなら、微妙な距離間を保つことが最大のポイントと

なるそうだ。ただ使われるだけの“駒”とならないために、付かず離れずの関係を維持し

ていくことが求められるという。やはりお互いが協力し合うという名目で活動していくに

は、対等な立場での発言や行動が必要であり、運営していく上でとても重要な点となって

くるのだろう。

第 3 節 分析結果 これまで筆者が考察してきたことから、今回の調査で明らかになった点がいくつかある。

筆者が特に述べたい点は、NGO 間のパートナーシップのあり方と第 2 章で述べた教育の重

要性だ。筆者が調査を行う段階で、NGO 間のコミュニケーションは必要であるという視点

から様々な質問に答えてもらったが、NGO 側は、「あれば利用する・なければそれでいい」

という考え方で筆者は少し驚いた。第 3 章でも述べたが、情報共有、二重支援、コスト削

減とメリットは沢山あると考える。しかし信頼関係を構築する時間やコストなどを比較し

て考えると、筆者が思うように上手くはいかないことに気付いた。何より信頼関係を築く

難しさがあると語ってくれたからだ。これは他の点に置いても同様のことが言えるだろう。

例えば、社会的弱者とされる子どもたちと社会で生きる大人たちや、政府機関と市民団体

とのパートナーシップなどである。 次に、脱貧困、脱児童労働を目指す人々は、教育の必要性を訴えてはいるものの現地 NGO

のスタッフ達も貧困層出身のため、実際は多くの不安を抱え、模索しながら日々を暮らし

ている。また、文化や伝統から教育を受けられずに働かされる子どもたちがいることを明

らかにしてくれた。その現状は筆者が 3 年前に見た光景とほぼ変わりはなかった。このよ

うな現地の人たちの考えや意見を聞けたことはとても貴重であり勉強になった。

調査最終日のソルトスタッフとのディスカッションは2時間に及び、とても白熱したも

のとなった。その中で、筆者の質問や疑問を多々答えてもらったが、「日本に帰国したら、

まず初めに何をしますか?」と逆に質問を受けたので、まずは身近な人に私が見聞きした

現実を広めつつ、自分の生活を見直していくことだと答えた。またエリアコーディネータ

ーを務めるジョセリンさんから「ソルトスタッフだったら何をしたいですか?」と問われ

て、教育面での支援プラス医療面の活動をしていきたいと答えた。率直に、衛生面が子ど

もたちの将来を左右する点に関わっているとフィリピンで過ごした数日で筆者は感じたか

らだ。健康なくしては何もできない。筆者は日本でも常日頃から思っていることであり、

それはどこの国でも同じことであると改めて実感した。最後にソルトのツアーやインター

ンを通して、関わってくれた人々のこれからの活躍に期待をしているとミレットさんは語

ってくれた。

終章

第1章では、児童労働の現状を論じ、第2章では、フィリピンの児童労働について子ど

もたちに与える影響を挙げ、それに対する NGO や国際的な動きを述べてきた。第3章では、

児童労働の原因の一つとされている「教育」に焦点を当て、筆者が実際に現地調査をして

きた結果をまとめた。筆者の本来の調査目的は、参考文献等を通して学んできたことを現

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実の観察を通して実証性を測ることであり、児童労働を強いられている子どもたちにイン

タビューをすることが大きなミッションであった。しかし、時間的な問題と筆者の実力不

足により、NGO 団体に協力してもらい論文と関連する部分を調査させてもらった。その結

果、子どもの権利が守られているかどうか、それが児童労働とどのような関係であるかを

深く調査することはできなかったが、貧困脱出への近道としての教育の重要性や NGO と市

民の関係について現地調査することができた。

筆者が再び同じ土地を訪れてみると、家族や親族を大切にすること、教育を受けて収入

の安定した職に就きたいという彼らの願いは、3 年前と変わっていなかった。これは、未

だに多くの子どもたちが労働条件に見合わない報酬で働かされている現状に変わりがない

ことを示している。また、子どもの頃に植えつけられた恐怖心を取り除くことは容易では

ない。危険や恐怖と隣り合わせの状態で働くことは、精神面等を育むどころか、壊してし

まう可能性が高い。自分に何の権利があるのかさえわからず、ただひたすら大人の言いな

りで子どもはいつまで経っても社会的弱者の立場なのだ。これに対する NGO スタッフも貧

困層の出身者が多く、彼ら自身が貧困慣れしているため、子どもたちを支援するにもどう

対応すれば良いか悩んでいる。しかし、これはフィリピンでの一例に過ぎない。筆者が論

じてきたことが現状としてあることをこの論文を通して多くの人に知ってもらい、それが

誰かの、何らかのきっかけになれば幸いだ。

また、児童労働では本来かけがえのない「いのち」として受け入れられるべき子どもが、

モノのように扱われている[山中 2006:52]。児童労働撤廃のために行動を起こすことも大

切だが、働かされている子どもたちは皆惨めで悲惨な思いをしているとか、子どもは学校

に行くべきだ、という意見はいつも正しいとは言えないのではないか。家族を守るために

幼い子どもたちが自らの意思で働いている場合もあるからだ。そのような子どもたちから

すれば、働くこと全てが児童労働として扱われてしまうと、生活に困るわけである。その

為、子どもの労働環境を守るための活動に力を貸すことが必要ではないかと筆者は考える。

これにより、児童労働が正当化されるわけではないが働く子どもには、大抵の場合彼らな

りの事情があるため、子どもが自ら選択できる自由な社会となることを願っている。 これまで考察してきて筆者は、フィリピンの二面性(リゾート地域と貧困地域)を目の

当たりにし、児童労働撤廃のために私たちが彼らに対して何ができるのか、何をすべきか

を自問自答し、前回同様の壁に悩まされている。簡単に答えを出せる問題ではないが、筆

者が現地で何か行動するといった考えを改め、日本で身近なことに取り組むことと、より

多くの人たちにフィリピンの現状とそのために動いている人たちの存在を知ってもらうこ

とから始めたい。MDGs の達成期限が残すところ4年となった今、これは決して昔の話では

なく、今日この日にも、世界中で進行している現実である。そして、途上国の現実を知っ

ている NGO や政府、私たちは、知らないところで誰かが苦しい生活を強いられる原因を作

っているかもしれない。そんな世界の現状を私たちはもっと知る必要がある。自分たちの

生活を見直すことが世界とつながる第一歩になるのだ[JANIC HP 2010,1,7]。

最後に、今まで論じてきたことなどを周囲に伝えていくことを前提として、その為に、

NGO のイベントに参加したり、社会貢献をしている企業と関わったり、またこのような分

野に興味のない人たちへのアプローチを一人の社会人として取り組んでいく所存である。

個々人が今、何を与え、その一方で何を奪っているのか、真剣に考えなければならない時

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代となってきたことを実感したのである。子どもの人権を本当に尊重する学び方、働き方

とはどういうものか、これが筆者の今後の課題となる。

1 有害労働、人身売買、強制労働、債務労働、売春、そしてその他の搾取的な条件の下で行な

われる活動を意味する[豊田 2005:9]また麻薬の製造・密売などの不正な活動なども含まれる。

(2009 年 11 月現在、171 カ国が批准)。 2 児童労働撤廃国際計画(IPEC)は、1992 年に開始された ILO の技術協力プログラムである。

主に「最悪の形態の児童労働」の撤廃を訴え、政府、労働者、NGO、学校、メディアなどのパート

ナーシップをもとに活動している。最終的にはすべての児童労働をなくすことが目標である。 3 観光地における子ども買春根絶を目的とした「子ども買春防止のための旅行・観光業界行動倫

理規範(Code of Conduct)」を、ユニセフ(国連児童基金)・UNWTO(世界観光機関)・国際

NGO の ECPAT(エクパット)等が世界的に推進するプロジェクト。 4 国境を越えた人々の移動により、さまざまな領域の問題が国家間で地球規模に拡大している事

態 5 18 歳以下を児童とし、12 歳以上 18 歳以下を青少年と定義し、児童を扶養家族としての

児童、遺棄された児童、知的障害児、身体障害児、情緒障害児、非行及び触法児童分類し

て福祉対策を規定している。 6 「虐待、搾取、及び差別に関する児童特別保護法」1992 年制定(フィリピン共和国法第

7610 号)①ここで述べる権利はどんな子どもも差別なく認められる②特別な保護を受ける

権利、法によるサービスを受ける権利、自由と尊厳のある健康な環境で育つ権利③国籍と

名前を持つ権利④社会保障教育を受ける権利、母子が出産前後のケアを受ける権利、食べ

物・家・医療サービスを受ける権利⑤障害児が治療・教育・特別なケアを受ける権利⑥愛

を与えられる権利、理解される権利⑦小学校教育を無料で受ける権利、ゲーム・レクを楽

しむ権利⑧最優先で助けられ、保護される権利⑨無視されない権利、搾取されない権利、

定められた年齢以下の労働・害のある労働を強いられない権利⑩人種や宗教によって差別

されない権利、理解と寛容と友情があるところで育つ権利 7 ゴミ山崩落事故:高さ 30m、幅 100mのゴミ山が崩落し、約 2ha の地域をのみ込んで 2,000 人

前後の人々がゴミの下敷きとなり、死者数は 300 人程度だとされている。 8 市の運営機関 9 パヤタス居住者であることが条件で、ID 取得者は 24 時間無制限でゴミ山へ入ることができる。

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ILO フィリピン・プロジェクトチーム(2001)『フィリピンの児童労働と観光産業』明石書

井上健治(1987)『子どもの発達と環境』東京大学出版会

河口和也[ほか]訳(1991)『フィリピンの子どもたちはなぜ働くのか:アジアの子どもの

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谷勝英(2000)『アジアの児童労働と貧困』ミネルヴァ書房

豊田英子(2005)『世界の児童労働:実態と根絶のための取り組み』明石書店

セン,アマルティア(2006)『人間の安全保障』集英社

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マン・シサコ、ガス・ヴァン・サント、ヴィム・ヴ

ンダース(2010)『8-Eight-』

[映像]

監督・脚本:阪本順治(2008)『闇の子供たち』

監督:ジェーン・カンピオン、ミラ・ナイール、ヤン・クーネン、ガエル・ガルシア・ベ

ルナル、ギャスパー・ノエ、アブデラ

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