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GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2012, Vol. 20, No.2, pp.13-22

【原著論文】

Web-GIS により期待される地域効用の規定要因分析-伝統行事へのWeb-GIS の適用事例から-

酒井聡一*・坪井塑太郎**・後藤真太郎***

Research on Determinant Factor of Regional Effects by Application of Web-GIS- A Case Study of Applying Web-GIS to Traditional Event-

Toshikazu SAKAI*, Sotaro TSUBOI**, Shintaro GOTO***

Abstract: The purpose of this study is to clarify factors which contribute to the appearance of ex-pectation about regional effects brought about by Web-GIS. As a result of analysis of user charac-teristic of the festival float location system using Web-GIS in traditional event Kumagaya-UCHIWA festival in Saitama, there were no significant associations between use of this system and the at-tributes of users except sex. From the result of the analysis for the relationship between factors, at-tribute such as age, action such as the willingness to put out the information on the Internet by Web-GIS, and regional effect such as the improvement of regional security, the expectation about regional effects brought about by Web-GIS receives a larger influence from the willingness to put out the information on the Internet by Web-GIS than frequent use of Web-GIS in the variables set as action, and the willingness to put out the information on the Internet by Web-GIS is influenced by age.

Keywords: GISの普及(utilization and consensus of GIS),空間情報社会(spatial information Society),共分散構造分析(covariance structure analysis),GISの地域効用(regional effect of GIS)

1.はじめに携帯電話やインターネットの普及により,情報空間における「人(点)と人(点)」のコミュニケーションが頻繁に行われるようになってきている.インターネット上の代表的なコミュニケーションツールとして,従来はウェブ上の掲示板システムを利用した電子会議室が広く利用されていたが,現在はブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が広く普及しつつある.このような情報空間でのコミュニケーションから形成されるコミュニティが地域(面)に関心を持つことで地域活性化等につながることが期待され,地域への関心を喚起させるような情報を可視化して「人(点)と地域(面)」を繋ぐためのツールとしてGISの利用が考えられる.

GISは,災害等の非常時においては災害情報等

の共有ツールとしての利用がみられ(後藤ほか,1997;Goto and Kim,1999;後藤,2004),2011年3月に起きた東日本大震災においては,送られてくる被災地の支援案内や安否確認等の情報の内容を確認し,詳細なレポート形式で地図とともに公開する「sinsai.info東日本大震災|みんなでつくる復興支援プラットフォーム」(sinsai.info,2011)や,被災地の災害対応や復旧・復興に役立つ信頼できる情報を集約・作成・発信するためのサイトである「ALL311:東日本大震災協働情報プラットフォーム」(防災科学技術研究所,2011)において被害状況の把握やボランティア支援のための地図等が公開されるなど,災害情報等の共有のためにGISが利用されている.また,平常時においては地域に密着した情報の収集・発信や市民活動において利用され始めており(酒井

* 正会員 立正大学地球環境科学部(Rissho University)       〒 360-0194 埼玉県熊谷市万吉 1700 E-mail:tsakai563@gmail.com** 非会員 日本大学理工学部(Nihon University)*** 正会員 立正大学地球環境科学部(Rissho University)

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ほか,2005;酒井・後藤,2005;坪井ほか,2007;中川ほか,2007),人と地域を繋ぐツールの一つとして利用されるようになってきている.さらに近年では,ウェブ上でコミュニケーションを行うツールとして,Twitterのようなソーシャルメディアが用いられ,東日本大震災でも従来の通信方法を補完する方法として注目されたのは耳目に新しい.例えばTwitterは,平常時にはユーザの近況や意見,周囲の実況等を投稿し,それを参照したユーザが返信してコミュニケーションを取る等の利用がみられる.また,位置情報とともに投稿することで地図上にその位置を表示するサービスも提供されており,空間情報を併用した利用事例もみられる.東日本大震災においては被害情報の発信や安否確認等に利用され,平常時での日常的な利用が非常時における有効的な情報共有ツールとしての活用へと繋がった例といえよう.自治体などでGISによるハザードマップ等が公開されているが,これらが非常時に有効活用されるためにも,平常時におけるGIS

の日常的な利用の促進が重要となろう.GISは,空間情報を地図によって表現するため,位置に関する情報の可視化に有効である.特に,各地物をレイヤ単位で管理し,複数のレイヤを重ね合わせることで利用者の用途に応じた地図として表現することが可能である.地域社会の中には,共同性,あるいは,共同の仕組みが埋め込まれており,これらを可能な限り見える化することで,合意形成や地域情報の発見につながることも期待できる.このようにGISは,注目している対象に加えてその周囲の状況を確認したり,関連する情報との関係を見たりできるなど,地域の情報を俯瞰的に把握できる機能を有しており,人と地域を繋ぐツールとして位置づけることができよう.従来の専門的な分析ツールとしての用途以外でのGIS利用が広まりつつある中で,政府レベルでのGIS普及の取り組みとして,地理空間情報活用推進会議による「GISアクションプログラム2010」(http://

www.cas.go.jp/jp/seisaku/sokuitiri/index.html)では,空

間情報やメタデータの標準化と整備,これらデータの入手を容易にするためのクリアリングハウスの構

築と公開,無料で利用可能なWeb-GISである「電子国土Webシステム」の開発,GISを用いた質の高い行政サービスの提供,セミナー等による普及・啓発などが行われている.この取り組みでは,GIS利用を推進するために,主にGISを利用する上での環境面の整備が行われているが,生活や地域活動の中で,市民の自発的,継続的なGIS利用を促進させる仕組みの検討が課題となってくるであろう.また,地域レベルでのGIS利用に関する研究とし

て,まちづくりに関する活動での利用(嶽山・中瀬,2005;田中・内平,2008)や市民と行政の意見交換での利用(大場,2005)などの事例がみられる.これらでは,運用実験等のイベント的な場においてGISによるシステムを用いてシステム利用に関する評価を行い,その効果やシステムの機能的な課題などが示されており,市民がGISを利用した結果に対する評価を行うという点で重要な取り組みである.今後はGISをイベント的な場のみならず,市民が日常の中でGISを利用するためには,どのような要素に注目すべきかを分析することがGISを普及させる上での検討課題となろう.本研究では,地域のさまざまな場面で利用可能な

GISを普及させるためには,GISが地域社会に対して効果をもたらしうる技術であるという認識を得ることが必要であると考え,GIS普及のための諸要因を整理するために,Web-GISにより配信される空間情報の利用と利用者属性との関係性において,地域活性化や地域への興味向上等の地域への効果(本稿では「地域効用」と称す)に対する期待感がどのように発現するかに関する連関構造の分析・検討を行うことを目的とする.

2.調査概要本調査において対象とした「熊谷うちわ祭」は,埼玉県熊谷市にて毎年7月末に行われ,12町区による山車・屋台が街中を練り歩き,3日間の祭り期間中に約70万人を集める北関東の勇壮な夏の風物詩となっている.本祭りでは,それぞれの山車・屋台の現在位置をWeb上で確認できるシステムを構築し,一般に公開した.

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調査にあたっては,2007年7月20日から22日の祭り期間中,JR熊谷駅構内およびコミュニティー広場の2地点において,熊谷うちわ祭来訪者を対象に無作為にアンケート調査を依頼し,必要に応じて適宜説明を行いながら,回答者自記方式により実施した.主な調査項目は,「来訪回数」「来訪理由」「年齢(年代)」「居住歴」「性別」のほか,山車・屋台の位置を確認できるシステムの「使用歴」「使いやすさと有用性の評価」および「Web-GISに関する利用度や期待・効用評価」により構成し,合計265名の回答を得た.調査回答者の基本属性を表1に示す.なお,「Web-GISに関する利用度や期待・効用評価」の調査項目では,「携帯電話やPCから利用できる地図」として質問しており,本稿ではこれをWeb-GISとして定義する.「熊谷うちわ祭」におけるWeb-GISを用いた山車・屋台の位置情報の発信は,本調査実施前年の2006年に実証実験を行い好評を得た.本取り組みは,この実証実験の結果を以て2007年より祭りの準備の一つに組み込まれて実施したものであり,祭礼におけるこのようなGIS利用に対しての利用状況やシステムの有用性等について評価を行い,利用者属性との関係を把握することが重要と考え,調査を実施した.次いで,本研究でGISを適用した地域祭礼および

システムに限定せず,地域のさまざまな場面でのGIS利用を想定し,Web-GISにより地域情報を配信することで,地域活性化や安全安心等の向上につながりうるかどうかの期待感が,年齢等の個人属性やGIS利用行動とどのような関係において発現するのかも分析する.なお本稿では,「地域」を「居住地を中心とした日常生活・活動を営む領域」とする.

3.山車・屋台位置情報システムの構築と評価3.1.山車・屋台位置情報システムの概要本研究では,街中を練り歩く12台の山車・屋台の現在位置をWeb-GISにより配信する「山車・屋台位置情報システム」を構築して公開した.回答者の基本属性とシステムに対するアンケート調査の結果から,本システムの利用動向の把握とシステム評価を行う.本システムは,山車・屋台の現在位置を自宅で参照することを目的としたPCブラウザ用システムと,携帯電話のウェブ接続機能を利用して,祭り会場にいながら山車・屋台の現在位置を確認することを目的とした携帯電話用システムの2種類を公開し,熊谷うちわ祭公式パンフレットでの広報のほか,公式ホームページにおいても専用バナーを設置し,あわせてQRコードによる携帯電話用システムへの誘導が図られた.また,システムの導入に当たっては,各種機器提供やトラブル対応等の一連の作業は,祭りで用いられる相互扶助の行為として,祭りを仕切る熊谷祇園会と密接な連携の下で行われ,産学官民それぞれのシーズを提供し合いながら,関係する機関の共同作業として進められた.PCブラウザ用システムは,PC接続機能を有した40インチ超の大型テレビを準備し,祭り当日に JR熊谷駅構内の改札出口正面のオープンスペースに設置して山車・屋台の現在位置を表示し,システムの認知や来訪者への興味の喚起を試みた.

PCブラウザ用システムでは,山車・屋台の現在位置取得にアイ・オー・データ社製GPS「ケータイサイトGPS」を使用し,GPSと接続した携帯電話のメール機能により緯度経度が入力されたメールを定期的に自動送信した.Web-GISによるクライアント

表 1 回答者基本属性

項目 人数 割合(%)

男性 127 48.7女性 134 51.3

未回答 4      -20代以下 58 22.3

30代 50 19.240代 41 15.850代 55 21.260代 46 17.7

70代以上 10 3.9未回答 5      -5年未満 62 23.6

5-10年未満 34 12.911-20年未満 56 21.3

21年以上 111 42.2未回答 2      -

性別

年齢

居住歴

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への山車・屋台の現在位置配信は,国土地理院により提供されている「電子国土」を利用した.電子国土では携帯電話に空間情報を配信する仕組みが提供されていないため,携帯電話用システムでは,携帯電話への地図配信機能を持つ,子ども等の見守りサービスとして提供されている「どこ・イルカ」(株式会社ユビキたス)を使用し,PCブラウザを対象とした山車・屋台位置情報システムとは別システムとした.どこ・イルカサービスでは,どこ・イルカ端末の現在位置を取得する機能も備えているため,GPSに加えてどこ・イルカ端末も山車・屋台に設置した.なお,携帯電話用システムにおける地図表示は,どこ・イルカサービスで使用されている機能,および地図データを利用した.

PCブラウザ用,および携帯電話用山車・屋台位

置情報システムによる山車・屋台の現在位置表示画面を図1,図2に示す.

3.2.システム利用動向とシステム評価本システム閲覧に関するアクセス解析の結果,両システムをあわせ1日あたり約20,000ページビューが記録されるなど高い関心がみられた.アンケート調査の集計結果より,本システムはシステム利用の有無への回答者228名中30名(13.2%)の使用が確認された.基本属性別のシステム利用人数と同属性における人数比(ただし,システム利用の有無への質問項目,および各属性に関する質問項目に未回答であった回答者は除く)でのシステム使用率を表2に示す.属性とシステム使用の関係についてχ2分布による独立性の検定を行った結果,性別では,有意水準5%で女性よりも男性の方が有意に使用率が高かったほか,年齢別では有意差はみられなかったものの,30代以下の若年層よりも40代以上の中高年層において比較的使用率が高かった.来訪理由とシステム使用の間に有意差はみられなかったが,「出身地」を来訪理由とした属性において最も高い使用率を示しており,次いで「現住地」,「伝

図1 PCブラウザ用システム表示画面(坪井ほか,2007) (背景地図は国土地理院の「電子国土」を利用)

図2 携帯電話用システム表示画面(中川ほか,2007) (どこ・イルカサービスより)

表 2 基本属性別システム利用人数と使用率

項目 人数 使用率(%)

男性 20 17.9女性 10 8.8

20代以下 4 8.530代 4 9.340代 9 24.350代 6 13.360代 7 16.7

70代以上 0 0.0広告 1 4.8

友人知人 4 10.0伝統 11 13.3出身地 12 18.2現住地 8 16.7

はじめて 3 4.82-5回目 12 17.16-10回目 2 8.7

11回目以上 13 18.1

性別

年齢

来訪理由

来訪回数

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統」を来訪理由とした属性の順となった.来訪回数別においても有意差はみられなかったものの,「11回目以上」の来訪者において高い使用率がみられ,「2-5回目」の来訪者においても比較的利用があったことが明らかになった.次に本システムの実際の使用者による「使いやすさ(容易性)」と「有用性」に関する評価を検討する.表3にクロス分析による結果を示す.χ 2分布による独立性の検定では有意差はみられなかったが,表3より,容易性,有用性とも携帯電話用システム(Mobile)よりもPCブラウザ用システム(PC)の方が高評価の割合が高い.これは,既使用者30名中,携帯電話での使用者は18名存在したものの,調査時の回答者に対するヒアリングの結果,接続に要するパケット料金等の懸念や操作性などの点から有用性評価についてはやや低位にとどまったことが指摘できる.次いで,Web-GISの日常的な利用度との関連をみる.Web-GISの日常的な利用度については,「携帯電話やパソコンから利用できる観光マップ・グルメマップ・イベントマップ・防犯マップなどの地図についてどのように思いますか」という質問の中で「日頃からよく利用する方である」かどうかを「思わない(主観評価:低)」「どちらでもない(同:中)」「思う(同:高)」の3件法で回答を得た.Web-GISの日常的な利用度とシステム利用の有無の関連において

は,有意な差はみられなかったものの,日常的なWeb-GISの利用度が低い回答者と比較してその利用頻度が高い(主観評価)ほど,本システム使用率も高い傾向がみられた(表4).未使用者における本システムの未使用理由には,

「知らなかった」(76.9%),「操作が難しそう」(13.9%)が高く表明されており,事前の広報による利用誘導の方法論的課題が示された.また,システム未使用者のうち,次回以降「使いたい」割合は129名(61.7%)であったが,「わからない」割合も68名(32.5%)と依然高く,本システムの利用による利便性の訴求のほか,山車・屋台の歴史や市内の交通規制情報等の山車・屋台の現在位置以外の情報も付加するなどのインセンティブを明示する必要があるものと考えられる.

4.地域が期待するWeb-GISの地域効用4.1.Web-GISによる地域効用への期待地域・市民活動におけるWeb-GISの導入は,地域情報の可視化による地域理解の促進・活性化や人と地域間の連携強化のためのHUBとして機能することが期待される.また,住民自身による情報発信や安全・安心等につながる地域内の情報共有の促進も期待される.近年では,環境保護活動や子育て情報の交換,地域安全情報の共有などにもGISが利用され,「人と地域」および「現実空間と情報空間」をそれぞれ取り結ぶ装置となりうる可能性を有すると考えられる.本研究では,伝統行事におけるWeb-GIS利用に限定せず,日常におけるWeb-GIS利用に対して来訪者がどのような期待を有しているかを検討するために,「地域の活性化効果期待(=地域活性)」と「地域への興味関心向上効果期待(=地域興味)」を指標として,山車・屋台位置情報システム既使用者・未使用者別のクロス分析を行った(図3).地域効用への期待に関する質問項目では,それぞれWeb-GISによる空間情報利用が地域に対して効果をもたらし得るか否かについて質問を行い,「ふつう(=どちらでもない)」を中間点とする「思わない」から「思う」までの3段階により回答を得る方式を採用

表 3 既使用者のパソコン・携帯電話別システム評価

表 4 既使用者・未使用者別日常Web-GIS利用度

人数 割合 人数 割合

低 7 10.1% 62 89.9%

中 11 12.6% 76 87.4%

高 12 18.2% 54 81.8%

既使用 未使用

日常Web-GIS利用度

主観評価

システム利用の有無,および日常Web-GIS利用度に対する有効回答 222件による集計

機種 項目 人数 割合 人数 割合 人数 割合

容易性 2 11.1% 5 27.8% 11 61.1%有用性 0 0.0% 3 30.0% 7 70.0%容易性 1 5.6% 12 66.7% 5 27.8%有用性 3 42.9% 1 14.3% 3 42.9%

高評価

PC

Mobile

低評価 中評価

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した.なお,Web-GISによる地域への効果に関する質問項目では,Web-GISの身近な利用事例を挙げて「携帯電話やパソコンから利用できる観光マップ・グルメマップ・イベントマップ・防犯マップなどの地図についてどのように思いますか」と質問することで,GISが様々な場面で利用されていることを明示して,山車・屋台位置情報システムだけがWeb-GIS

であるとの認識を回答者に持たれないようにした.本図より,システムの既使用者,未使用者とも地域活性,地域興味の効用への期待が高く表明され,独立性のχ 2検定の結果,有意水準5%で両者の間に差はみられなかった.このことから,システム利用の有無に関わらず,Web-GISが地域の活性化や,興味関心の喚起のための「装置」となり得ることが考えられる.

4.2.Web-GISにより期待される地域効用の規定要因分析

山車・屋台位置情報システムは,性別を除いては特定の属性において使用される傾向は示されず,また,Web-GIS利用による地域効用への期待は,山車・屋台位置情報システムの使用経験の有無に関わらず存在することが示唆された.このように,特定の条件において本システムの利用状況や地域効用への期待感に関連を示す傾向はみられなかったが,近年,その援用範囲が拡大しているWeb-GISの地域効用を見据え,属性や利用行動を踏まえて一般化に資する連関構造的検討を行っていく必要がある.

そこで,市民によるGISの利活用を推進させるためには,GISが地域社会に対して効果をもたらしうる技術であるという認識を得ることが必要であると考え,Web-GIS利用による地域効用の向上への期待感を発現させる要因を検討する.ここでは,「個人属性」「Web-GISの利用行動」「地域効用への期待」の関連について共分散構造分析を用いて分析し,得られた各々の項目間の係数から全体の解釈を試みる.本分析では,年齢や居住歴,性別といった個人属性がWeb-GISの利用行動に影響を及ぼし,この行動内容によりWeb-GIS利用による「地域効用への期待」が現れると仮定して変数の設定を行った.モデルに使用した観測変数の内容を表5に示す.図4に,個人属性,Web-GISの利用行動,Web-

GIS利用による地域効用への期待感の関連について設定したモデルを示す.本モデルにおける変数間のパスを設定した理由は,Web-GISによる地域効用の向上にはPCや携帯電話の利用という段階を踏むことから個人属性やWeb-GISの利用行動が関連していることが想定されるためである.個人属性に関する変数として「年齢」「居住歴」「性別」を,Web-GISの利用行動に関する変数として「GIS日常利用度(日常的なWeb-GISの利用度)」と「情報発信意欲(Web-GISによる情報発信意欲)」を,潜在変数「地域効用への期待」に関す

表 5 変数と質問内容項目 内容 評価尺度

年齢10歳間隔による10代(1)~80代

(8)の8段階

性別男(0)・女(1)の2段階(男性を

基準としたダミー変数)

携帯電話やパソコンで使用できる

「観光マップ・グルメマップ・イベ

ントマップ・防犯マップ」などの地

図について,以下の項目についてど

のように思いますか.

携帯電話やパソコンで使用できる

「観光マップ・グルメマップ・イベ

ントマップ・防犯マップ」などの地

図について,以下の項目についてど

のように思いますか.

・地域への興味・関心が高まる

(興味関心)

・まちや人との交流が活性化する

(活性化向上)

・行動が便利になる(利便性向上)

現住地での居住歴(居住歴)

思わない (1),どちらでもない

(2),思う(3)の3段階

思わない (1),どちらでもない

(2),思う(3)の3段階

個人属性に関する変数

Web-GISの利用行動に

関する変数

Web-GISによる地域へ

の効果に関する変数

(地域効用への期待)

5年(1),6~10年(2),11~20年

(3),21年~(4) の4段階

・日頃からよく利用する方である

(GIS日常利用度)

・自分で情報発信をしたい

(情報発信意欲)

・安全・安心感が向上する

(安全安心)

(全回答数 265件のうち有効回答 240件を使用)

0% 20% 40% 60% 80% 100%

既使用

未使用

既使用

未使用

地域

活性

地域

興味

思わない ふつう そう思う

図 3 既未使用・未使用者別の地域効用期待p> 0.05 有意差なし

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る変数として「利便性向上(行動利便性の向上)」「活性化向上(地域の活性化向上)」「安全安心(安全安心感の向上)」「興味関心(地域への興味関心の向上)」を設定した.個人属性とWeb-GISの利用行動の関係においては,総務省 情報通信政策研究所による「インターネット概観統計集(平成17年改訂)」(http://www.

soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/data/research/survey/

telecom/2006/2006-1-01-2.pdf)をみると,2004年の年代別の個人インターネット利用率は10代前半~40代で80%を超えて他の年代よりも利用率が高いように,GISはPCや携帯電話の利用という行動を介すことから,年齢による機器操作の習熟度や抵抗感等がGISの日常利用度にも関係すると考えられる.性別についても,男性(利用率75.1%)の方が女性(同64.0%)よりも約11ポイント利用率が高く,同様に性別もGISの日常利用度に関係すると考えられる.また,PCや携帯電話を用いた地域情報の発信の場として地域SNSが注目され始めているが,総務省の「住民参画システム利用の手引き~地域SNS,公的個人認証対応電子アンケートシステム~」(参考資料2.実証実験の概要,http://www.soumu.

go.jp/denshijiti/ict/pdf/index.html)をみると,実証実験地域の東京都千代田区と新潟県長岡市の地域SNS

では,SNS登録者の年代別の割合は10代,および

60代以上の年代はそれぞれ3%未満であるのに対して20代~40代はそれぞれ20%以上であり,さらに50代においても10%以上の割合が示されており,年代による登録者の違いがみてとれる.このことより,Web-GISを利用して地域に関する情報を発信するという行動に年齢が関係することが考えられる.居住歴との関係については報告されていないものの,居住歴が長いほど居住地への関心度合いも高まり,情報を発信するという行動に影響があるものと考えられる.さらに,女性よりも男性の方が地域SNSの利用者が多いことも報告されており,インターネットによる地域情報の収集や発信に性別も関係するものと思われる.これらより,個人属性を表す「年齢」,「居住歴」,「性別」の変数から,Web-GIS

の利用行動を表す「GIS日常利用度」と「情報発信意欲」の各変数への影響を設定した.

Web-GISの利用行動に関する2つの変数については,Web-GISによる情報発信にはGISの利用という段階を踏むことから,日常的にGISを利用している人ほどGIS利用に対する抵抗感が低く,GISの利便性を感じていると考えられるため,情報発信意欲に対して影響を及ぼすと仮定し,「GIS日常利用度」から「情報発信意欲」へのパスを設定した.「地域効用への期待」については,近年のWeb-

GISの援用事例を考慮し,「活性化向上(地域の活性化向上)」と「興味関心(地域への興味関心の向上)」に加え,「利便性向上(行動利便性の向上)」と「安全安心(安全安心感の向上)」の4変数を設定した.

Web-GISの利用行動と「地域効用への期待」の関係においては,GISによる地域効用への期待を測定するという目的から,日常的にWeb-GISを利用しているほどGISの利便性を認識し,Web-GIS利用による地域効用への期待感が高まると考えられる.また,利用者自ら地域情報を発信し,他者の地域に対する関心を高めたいという意欲を持つ人ほどGISによる地域効用への期待感が高いと考え,「GIS日常利用度」「情報発信意欲」から潜在変数「地域効用への期待」への影響を設定した.本分析の結果を示した図4において,有意なパス上に示した係数は標準解を表す.本モデルにおい

地域効用への期待

性別年齢

利便性向上安全安心 活性化向上興味関心

情報発信意欲 GIS日常利用度

-.16.16

.28.32

.74 .79 .83 .82

.45

χ2=46.53, df=21, p=0.001,GFI=0.957,AGFI=0.909, RMSEA=0.071実線:5%水準で有意なパス, 破線:5%水準で非有意なパス

e3

居住歴

e1 e2

d1

e4 e5 e6

図 4  Web-GISによる地域効用への期待の規定要因に関するパスダイアグラム

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てGFI,AGFIがそれぞれ0.957と0.909であり,高い適合度を示したといえる.また,モデルの分布と真の分布との乖離の度合いを示すRMSEA(平均二乗誤差平方根)は,適合基準値の目安となる0.05を超える0.071となったものの,当てはまりが良くないとされる0.1を超えない値を得たことから,一定の適合度を示したといえよう.χ 2値による検定では5%水準でモデルは棄却され良い適合度は示されなかったが,χ 2値は標本数が多くなるほどモデルが棄却される傾向にある.本分析では200程度と中程度の標本であるためモデルが棄却されたと考えられるが,他の適合度指標は良好であるため,本モデルは妥当であると判断した(朝野ほか,2005).分析結果より変数間の因果関係を考察すると,個人属性とWeb-GISの利用行動の関係においては,「性別」から「GIS日常利用度」へのパスは(-0.16)と負の効果を示しており,男性ほどGISの日常利用度が高くなることが示された.また,「情報発信意欲」に影響を及ぼしている変数は「年齢」であり,そのパス係数は(0.16)と正の効果を示していることから,年齢の上昇に伴いWeb-GISを用いた情報発信の意欲が高まるといえる.

Web-GISの利用行動から「地域効用への期待」へのパス係数は,「GIS日常利用度」は(0.28),「情報発信意欲」は(0.32)であり,ともに正の効果を示しており,日常のGIS利用度やWeb-GISによる情報発信意欲が高いほど,Web-GISによる地域効用への期待が上昇することが示された.日常的なGISの利用度が高いほど,GISや空間情報を利用することの利点を感じており,また,Web-GISによる地域情報の発信意欲が高いほど,自ら情報を発信することで地域住民にも地域への関心を促そうとする意識が強く,その手段として地域の魅力や課題等を可視化できるGISの利用に利点を感じ,Web-GISの利用が地域効用を向上させる可能性を持ちうるとの期待感を発現させていると考えられる.「地域効用への期待」においては,設定したすべての観測変数においてほぼ同値の高い正の関連性がみられ,特に「利便性向上」と「活性化向上」についてはパラメータ値0.8を上回る結果が得られた.

以上のことから,男性ほどGISの日常利用度が高く,年齢が高くなるほどWeb-GISを用いた情報発信意欲が高くなり,その結果としてGISによる地域効用への期待が高まる関係が示唆された.このことは,個人属性がWeb-GISの利用行動に影響を及ぼし,Web-GISの利用行動の高まりを介して地域効用への期待感が高まることを示しているといえよう.

Web-GISの利用行動に関する2つの変数に注目すると,地域効用向上のためには双方とも必ずしも高いパラメータは得られていないものの,「GIS日常利用度」よりも「情報発信意欲」の影響が大きいことが看取できる.現在では,PCや携帯電話の普及により日常的なWeb-GIS利用は高まっていることが想定されるものの,今後,Web-GISによる地域効用への期待感の向上にむけては,「情報発信」を支えるリテラシーや教育機会の導入などが重要であると考えられる.以上より,Web-GIS利用による地域効用に対する期待感は,個人属性からWeb-GISの利用行動を介して発現することが示され,このうちWeb-GISの利用行動については自主的な情報発信意欲の方が影響が大きいことが示された.情報発信意欲へは年齢が影響を及ぼしており,年齢が高くなるに伴いWeb-GIS

による地域情報の発信意欲が高まっている市民等に対して,地域SNSでもみられるようなSNSとGISを併用した情報発信を行う場の提供や,そのような場での情報発信のための教育機会の導入などによって情報発信意欲をより促進させることが,GISが地域に効用をもたらしうる技術であるとの期待感を高める一つの手段として考えられる.

5.結論と課題5.1.結論本研究では,伝統的地域祭礼を事例に,Web-GIS

を用いて山車・屋台の現在位置を公開するシステムの利用状況や有用性・容易性の評価を行った.次いで,個人属性とシステムの普及と整備が進んでいるWeb-GISの利用行動との関係性において,Web-GIS

利用による地域効用への期待がどのように発現するかに関する連関構造の分析・検討を併せて行った.本研究で明らかになった点は,次の通りである.

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1)熊谷うちわ祭において公開した山車・屋台の現在位置を確認するシステム利用の有無とアンケート回答者の基本属性との関係では,性別を除いては有意な関係はみられなかった.地域祭礼という限定された状況での評価ではあるが,特定の属性のみが本システムやGISに興味を示したわけではなく,幅広い層において受け入れられたと考えられる.

2)携帯電話用システムよりもPCブラウザ用システムの方が,容易性,有用性ともに高く表明された.携帯電話用システムは,接続に要するパケット料金等の懸念や操作性などの点から有用性評価についてはやや低位にとどまった.

3)Web-GIS利用による地域活性化,地域興味関心の向上に対する期待感は本システム利用の有無に関わらず高く存在することが確認され,このことからWeb-GISが地域効用のための「装置」としてのポテンシャルを持ち得ることが示唆された.

4)本研究におけるモデルで設定した変数の中では,Web-GIS利用による地域効用に対する期待の発現には,Web-GISの利用行動の中では「情報発信意欲」の影響が大きく,「年齢」から「情報発信意欲」を介する関連性を持つパスが確認された.これは,年齢の上昇に伴ってWeb-GISによる情報発信意欲が高まり,GISが地域社会に対して効果をもたらしうる技術であるという期待感が持たれる可能性が示されたといえ,情報発信意欲をより高めるためには,地域情報の発信を行う場の創出やその支援体制の整備等の情報発信に関する仕組みづくりが重要であると考える.また男性ほど「GIS日常利用度」が高く,日常利用度が高いほどWeb-GIS

による地域効用への期待が高まるパスが確認されたが,例えば子育て支援のような女性に関心を持たれるような空間情報を提示するなど,性別による関心の違いを考慮した空間情報を取り扱う工夫も必要であろう.

5.2.GIS普及に向けた期待と課題インターネット上のサービスの利用端末として携帯電話が浸透しつつあり,Web-GISのみならず,

SNSやブログも利用可能となってきている.携帯電話を利用することで,自分の住むまちで発見したものをその場でWeb-GISやSNS等に投稿する仕組みを構築することも可能であり,日常の中でもイベント性が高く利用意欲を向上させるようなGIS

利用環境を提供できると思われるが,結論2で述べたとおり,本システムの携帯電話用システムでの評価においてパケット料金や操作性への懸念が示されており,GISを利用するハード的な環境も検討する必要があろう.一方で総務省 情報通信政策の「通信利用動向調査報告書」(http://www.soumu.

go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR200700_001.pdf, http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/

HR200900_001.pdf)によると,本研究の調査と同年の平成19年の調査では,過去1年間に携帯電話(PHS,PDA含む)で個人のホームページやブログを閲覧した人は14.3%(n=7,233人)であったのが,平成21年の調査では16.2%(n=9,410人)と,2年間で約2ポイント増加しており,メールと比較してパケット料金がかかると思われるホームページ等を携帯電話で閲覧する割合が増加している傾向がみられる.また調査年以降,携帯電話による通信環境が変化してきている.通信回線の変化として,無線LANを介したパケット料金のかからない高速なデータ通信,携帯電話各事業者によるパケット料金の定額サービスの提供,従来の通信速度を超える次世代の高速通信サービスの登場など,通信環境が充実してきている.加えて,このような通信環境を利用できる端末として,画面上のボタンを直接タッチして操作する直感的なインタフェースを採用したスマートフォンと呼ばれる高機能携帯電話の利用が進み,平成23年通信利用動向調査(報道資料)(http://www.soumu.go.jp/

johotsusintokei/statistics/data/120530_1.pdf)によると,家庭外で毎日1回以上インターネットを利用する割合は,従来の携帯電話利用者は53.9%,スマートフォン利用者は79.6%であり,スマートフォン利用者の積極的なインターネット利用状況がうかがえることからも,パケット料金や操作性に対する懸念が軽減され,GIS利用の促進が期待される.結論4で述べたWeb-GISの利用行動に関する情報発

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信を行う場として,ウェブ上で情報を発信し合い他の利用者とコミュニケーションを取ることができるSNSやブログ上でのGISの利用が考えられるが,情報発信意欲を向上させるためには,地域において市民が愛着を感じる場や改善が必要と考える場など,地域に目を向けさせ関心を高めるような地域情報を取り扱うなどの仕組みを検討することが今後の課題である.併せて,このようなシステムの利用講習会の開催等の支援体制の整備など,情報発信の教育機会導入のための具体的な方法論の検討が必要であろう.また,情報発信意欲の促進によるGISの地域効用への期待感の向上が,GISの普及につながりうるかを検証していくことも今後の課題として挙げられる.

謝辞本研究は,文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業オープンリサーチセンター整備事業「ジオインフォマティクスの地域利用及び環境教育への適用に関する研究」(研究代表者:後藤真太郎)により実施した.また,システムの構築,運用にあたり,株式会社NTTドコモ埼玉支店には携帯電話を,株式会社ユビキたスにはどこ・イルカサービスをご提供いただいた.地元企業の方々には,大型モニタの提供やインターネット・ケーブルの敷設,トラブル対応等,様々なご協力をいただいた.熊谷祇園会の方々には,システム構築や運営に関して,ご意見,ご協力をいただいた.記して厚く御礼を申し上げます.

参考文献朝野煕彦・鈴木督久・小島隆矢(2005)『入門 共分散構造分析の実際』,講談社.大場亨(2005)WebGISを用いた電子会議室による市民と行政の意見交換実験.「GIS-理論と応用」,13(1),99-106.後藤真太郎・北川淳・竹内渉・尾山勇人・東康雄(1997)災害時におけるインターネット上の GIS

に関する研究 -ナホトカ号重油流出事故への適用-.「日本写真測量学会平成 9年度年次学術講演会発表論文集」,75-78.後藤真太郎(2004)Web-GISの最前線.「月刊 海洋」,

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Model and Its application to the Natural Resource

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(2012年3月19日原稿受理,2012年7月6日採用決定,2012年9月21日デジタルライブラリ掲載)