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平成 27 年度経済産業省委託 平成 27 年度化学物質安全対策 「高分子材料の劣化による有害化学物質排出・放散過程に関する調査」 調査報告書 平成 28 3 4 成蹊大学理工学部物質生命理工学科

平成 27 年度化学物質安全対策 「高分子材料の劣化による有 …GC/MS 分析を行い、物質の特定、捕集量の定量を行い、放散物質の特定及び放散速度の時

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平成 27 年度経済産業省委託

平成 27 年度化学物質安全対策

「高分子材料の劣化による有害化学物質排出・放散過程に関する調査」

調査報告書

平成 28 年 3 月 4 日

成蹊大学理工学部物質生命理工学科

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高分子材料の劣化による有害化学物質排出・放散過程に関する調査

1. はじめに

高分子材料は、日常生活の様々な場面で広く使われている材料である。高分子材料は低

分子量の有機化合物を原料として重合反応により製造されるが、重合反応の完全な制御は

困難であるため、反応に用いたモノマーや低重合度のオリゴマー等が製品に混入すること

が避けられない。また、高分子材料は、使用中に高温、紫外線、空気中の各種活性物質な

どの働きにより経年劣化することが知られている。高分子材料は高分子鎖の切断を伴い、

それにより様々な低分子量物質、すなわち、高分子を構成するモノマーやオリゴマー、あ

るいは高分子鎖の直接反応による低分子化合物の生成が起こりうる。これらの物質は、低

分子量であるため、高分子内を移動し、界面での蒸発を経て、空気中に放散するものと考

えられる。特に、高分子鎖の切断と共に移動が容易になり、放散速度も上昇することが考

えられる。また、高分子材料に含まれる添加剤などとの反応や、添加剤そのものの放散も

考えられる。これらの低分子量化合物の中には、スチレンモノマーやウレタンモノマーの

ように明らかに有害な健康影響を引き起こす物質も存在する。高分子材料の耐候性、劣化

に関する研究はこれまでに多くなされているが、それらは製品の性能としての観点からの

検討がほとんどであり、高分子材料の経年劣化による有害化学物質の放散過程、さらには

それによる健康影響評価については系統的な研究が行われていない。高分子化合物はこの

ように経年変化するため、その環境リスクを評価するのが困難な状況にあるといえる。

本研究・調査では高分子材料に対して加速的に経年劣化を起こさせ、それに伴って排出さ

れる有害化学物質の挙動を明らかにすること、さらにその結果に基づいて高分子材料の経

年変化を考慮した環境リスク評価法を開発することを目的とした。いくつかの代表的な高

分子材料を用いて、人工太陽灯を用いて加速劣化させ、排出される物質の特定とその放出

速度の測定を行った。加速劣化実験の結果に基づいて、高分子の劣化と放出過程の簡単な

モデル化を試みた。さらに、高分子材料の劣化に伴う環境リスクについても検討を加えた。

本調査で示した様々な実験、リスク評価の手法は、既存の高分子材料だけでなく、新規

な高分子材料の環境中でのリスク評価を可能とするものと期待できる。

2. 本調査の目的

本調査の目的は以下の 3 項目である。すなわち、(1) 各種高分子材料の加速経年劣化手法

の開発とそれに伴う有害物質放散過程の解明、(2)放散過程のモデル化、および有害物質放

散による健康影響リスクの推定法の開発、である。以下それぞれの項目毎に目的および手

法を述べる。

2-1 各種高分子材料の加速経年劣化手法の開発とそれに伴う有害物質放散過程の解明

日常使用されている高分子材料について、使用量あるいは生産量が大きいものから数点

選定し、それぞれについて経年劣化試験を行い、それに伴う気相中への化学物質放散過程

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を実験的に明らかにする。劣化試験は、温度、湿度、紫外線照射(人工太陽ランプ)などで過

酷条件を設定することによって加速劣化試験を行い、これまでに得られている高分子の耐

候性試験の結果と照合しながら、加速試験方法の妥当性を確認する。劣化による高分子材

料の性状変化、抽出試験による低分子量含有化学物質の含有割合の時間変化を観察する。

放散試験は、上述の加速劣化条件の元でチャンバーを用いて行う。放散物質はパッシブ法

あるいはアクティブサンプリング法による空気サンプリングにより捕集する。捕集後、

GC/MS 分析を行い、物質の特定、捕集量の定量を行い、放散物質の特定及び放散速度の時

間変化を測定する。補助的に陽子移動反応型質量分析計 PTR-MS による放散挙動のその場

観測も同時に行う。以上の結果から、それぞれの高分子材料について、劣化の程度と有害

化学物質放散挙動に関する知見を整理する。

2-2 放散過程のモデル化

劣化及び放散試験の結果に基づき、各種高分子材料からの低分子量の物質放散過程をモ

デル化する。モデル化に当たっては、高分子材料内での低分子量物質の物質移動過程及び

材料表面での蒸発、放散過程に及ぼす高分子材料の種類、重合度などの影響を考慮する。

なお、高分子鎖の切断による低分子化合物の生成などに関しては、既存の文献、知見を参

考にモデル化を行い、全体のモデルに加味する。以上の手法により、与えられた高分子材

料からの有害化学物質の放出速度を推算するモデル式を構築する。また、一般環境におけ

る経年変化と加速実験による劣化の関係について、既往の文献を参考に考察、解析を行う。

2-3 有害物質放散による健康影響リスクの推定法の開発

劣化及び放散実験結果と放散過程のモデルに基づき、高分子材料の劣化に伴う環境リス

クの評価手法を検討する。環境リスクとしては主として健康影響リスクを取り上げ、放散

物質の毒性、有害性データを元にそのリスク積み上げ法を用いる。それぞれの物質の毒性

については、綿密な文献調査を行い、毒性や健康影響は既知のものについては文献データ

を利用し、一方、毒性や健康影響が未知のものについては官能基や分子量などに基づく毒

性推定法を用いる。以上により、環境中での新規高分子材料による健康影響、環境リスク

を推定する手法を検討する。

3. 調査概要

3-1 各種高分子材料の加速経年劣化試験

現在、広く用いられている汎用高分子材料として、(1) ポリ塩化ビニル(PVC)、(2) ポリエ

チレン(PE)、(3) ポリプロピレン(PP)、(4) エチレン酢酸ビニルコポリマー(EVA)、(5) アク

リル樹脂(PMMA)、(6) ポリエチレンテレフタレート(PET)、(7) ポリアセタール樹脂(POM)、

(8) ポリカーボネート(PC)の 8 種類を選定した。以下に用いた各試料の物性と組成式、主要

な用途、添加物を示す。

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(1) ポリ塩化ビニル:PVC

主な用途:パイプ、壁紙、バッグ、インテリア

主な添加物:可塑剤、安定剤、紫外線吸収剤など

使用したサンプル

PVC-1: 軟質 PVC シート、DEHP 添加 ( 32.3wt%) 厚さ 2.0 mm

PVC-2: 軟質 PVC シート、DEHP 添加 (15.0wt%)、TPP 添加 (8.5wt%)、厚さ 1.0 mm

PVC-3: 軟質 PVC シート、DEHP 添加 (5.1wt%)、TPP 添加 (5.1wt%)、厚さ 0.5 mm

PVC-4: 硬質 PVC 板、添加物不明

(2) ポリエチレン:PE

主な用途:ポリ袋、キャップ、各種容器

使用したサンプル

PE-1: ビニール袋

PE-2: 発泡板

PE-3: 食品用発泡クッション

(3) ポリプロピレン:PP 融点 160-165C

主な用途:包装やキャップ、文具、プラスチック部品

使用したサンプル

PP: 文具用シート

(4) エチレン酢酸ビニルコポリマー:EVA

主な用途:人工芝、玩具、クロス、保護フィルムなど

使用したサンプル

EVA: レインコート

(5) アクリル樹脂:PMMA

主な用途:窓材、照明器具のカバー、ショーケース、レンズなど

使用したサンプル

PMMA: アクリル板

(6) ポリエチレンテレフタレート:PET

主な用途:飲料容器、フィルム、繊維など

使用したサンプル

PET: 板状

-CH2-CH2-n

-CH2-CH-

CH3n

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(7) ポリアセタール樹脂:POM コポリマータイプ

主な用途:家電、自動車パネル、文具など

使用したサンプル

POM: 発泡シート

(8) ポリカーボネート:PC

主な用途:家電、CD、PC、ヘルメット、自動車、航空機など

使用したサンプル

PC: 透明プレート

3-2 高分子材料の劣化手法

高分子材料の劣化原因としては、様々なものが考えられるが、本調査では最も一般的な

ものとして、熱と光を取り上げることにした。それぞれについて、以下のような方法を用

いて加熱劣化および光劣化試験を行った。

【加熱劣化試験】

劣化温度として、25C、50C、75C を選定し、それぞれの温度に保った恒温装置(イン

キュベータ)内に高分子試料を 1~3 ヶ月間静置することで熱劣化を起こさせた。

【光劣化試験】

人工太陽照明灯(セリック社製 SOLAX XC-100EFSS)を用い、各種高分子材料に垂直方

向に人工太陽光を連続照射することで光による加速劣化を起こさせた。図 1 に使用した人

工太陽照明灯の持つスペクトル分布を示す。本人工太陽照明灯の 4 時間照射で真夏の自然

光の(強度 1000 W / m2)の 1 日分の太陽光暴露と同等である。

図 1 人工太陽照明灯および自然太陽光のスペクトル(セッリク社ホームページによる)

n

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3-3 化学物質放散量の測定方法

放散量測定は、パッシブフラックスサンプラー(Passive Flux Sampler)法を用いて行った。

サンプラーとしてガラス製シャーレ底面に吸着材として TenaxGR(20/35)を設置したものを

作成した(図 2)。

図 2 パッシブフラックスサンプラー(PFS)の概要

このパッシブフラックスサンプラーを測定対象の高分子材料の表面にサンプラーの開口

面を向けて設置した(図 3)。これによって、高分子材料表面から放散した揮発性の化学物質

は、ガラスシャーレ内の空間を分子拡散により移動し、底面に設置した吸着剤である Tenax

GR に吸着、捕集されることになる。

図 3 PFS による高分子材料からの放散量測定の概念図

加熱劣化試験の場合には、高分子材料試料を所定温度に保たれた恒温槽(インキュベー

タ)内に所定時間静置し、数日おきにパッシブフラックスサンプラーを試料表面に 24 時間

設置し放散物質を捕集した。捕集後、Tenax GR 層を ATD チューブに移し、加熱脱着 GC/MS

にて捕集物質を分析し、捕集物質の同定、定量を行った。

光劣化試験の場合には、人工太陽照明灯を試料高分子材料に対して 30 cm 離れた位置から

所定時間照射した。照射面とは逆方向にパッシブフラックスサンプラーを設置し、熱劣化

の場合と同様、放散物質を捕集した。捕集時間は 24 時間とし、捕集物質の同定、定量は熱

劣化の場合と同様に ATD-GC/MS を用いて行った。図 4 に実験方法の概要図を示す。

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図 4 光劣化試験の方法の概要図

3-4 低分子量化学物質の含有量調査

ポリ塩化ビニル製品(PVC-1)について、熱劣化(50C)に伴う塩化ビニルモノマー含有

量の変化を調査した。手法は、JIS K 7380-1 に準じ、ヘッドスペース分析用バイアルに N.N’-

ジメチルアセトアミド 5 mL と試料片 1.00 g を入れ、70C で 1 時間半静置した後、バイアル

上部ガス 100 μL を GC-MS にて分析した。

3-5 化学物質放散過程のモデル式の構築及び健康リスクの推定法

放散実験の結果に基づき、劣化に伴う高分子材料からの化学物質放散モデルを構築した。

また、放散が見られた各種化学物質について、それらの個人暴露量および暴露に伴う健康

リスクを推定する手法の開発を行った。

人工太陽照明灯

高分子材料試料

パッシブフラックスサンプラー(PFS)

高分子材料試料 光照射

低分子量物質の放散

吸着剤(TenaxGR)

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4. 試験の結果

4-1 熱劣化試験の結果(50C、24 h の場合)

以下に 50C での加熱劣化試験に伴う各種高分子材料からの放散物質のクロマトグラムを

示す。劣化時間および捕集時間はすべて 24 h である。

4-1-1 ポリ塩化ビニル PVC

図 5-1 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム: PVC-1:軟質

PVC シート 厚さ 2.0 mm

図 5-1 は PVC-1 軟質 PVC シートからの放散物質を示す。同定された物質としては、①フ

ェノール、②2-エチルヘキサノール、③ブトキシエタノール、④安息香酸、および⑤各種脂

肪族炭化水素類、⑥DEHP である。このうち、DEHP は元来の PVC シートに対し可塑剤と

して添加(含有率 32.3%)されているものである。また、2-エチルヘキサノールは、DEHP の

分解に伴い生成したものと考えられる。フェノール、ブトキシエタノールは製品作製時に

溶剤として使用されたものの残渣であると考えられ、同工程で作製されている PVC-2、

PVC-3 からも同様に放散されている。劣化に伴い、添加 DEHP 以外にも高分子鎖の切断に

由来すると考えられる各種の炭化水素類が放散されていることがわかる。なお、塩化ビニ

ルモノマーは検出、同定されなかった。

図 5-2 および図 5-3 は同じ軟質 PVC シートだが、添加物と添加割合が異なる高分子材料

からの加熱劣化に伴う放散物質のクロマトグラムである。PVC-1 とほぼ同様の放散物質が

観察された。なお、これらの材料に含まれている難燃可塑剤である TPP のピークが保持時

間 38.0 min 付近に検出された。また、DEHP のピークは保持時間 40.0 min 付近であるが、そ

れぞれの含有量に対応して検出されたピークの大きさが変化していることがわかる。すな

わち、DEHP 含有量は PVC-1、PVC-2、PVC-3 の順に減少するが、クロマトグラムのピーク

面積、すなわち放散量もその順番になっている。

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図 5-2 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム: PVC-2:軟質

PVC シート、DEHP (15.0wt%添加)、TPP (8.5wt%添加)、厚さ 1.0 mm

図 5-3 PVC-3: 2 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:軟

質 PVC シート、DEHP (5.1wt%添加)、TPP (5.1wt%添加)、厚さ 0.5 mm

図 5-4は硬質PVCシートからの熱劣化による放散物質のクロマトグラムである。軟質PVC

の場合と異なり、主要な放散物質のピークは保持時間 27.0 min 付近の 1 つだけであり、ジ

エチルフタレート(DEP)であると同定された。これは、PVC の添加物として用いられる

物質である。

図 5-4 PVC-4: 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:硬質

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PVC シート

4-1-2 ポリエチレン:PE

図 6-1 はポリエチレン(PE-1)からの放散物質のクロマトグラムである。主要な放散物質と

してペンタデカンが、また多種の脂肪族炭化水素類および含酸素炭化水素類の放散も見ら

れた。

図 6-1 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PE-1 ビニル

袋 厚さ 0.08 mm

図 6-2 は PE-2(発泡板)からの図 6-3 は PE-3(食品用発泡クッション)からの放散物質のク

ロマトグラムである。PE-2 (発泡プレート)の場合には PE-1(ビニール袋)の場合と異なり、

テトラデカンをはじめとする特定の分子量を持つ脂肪族炭化水素の放散が見られた。また、

食品用発泡クッション(PE-3)の場合には、DEP のみが主要な放散物質であった。

図 6-2 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PE-2 発泡プレ

ート 厚さ 2.0 mm

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図 6-3 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PE-3 発泡シー

ト 厚さ 1.0 mm

4-1-3 ポリプロピレン:PP

図 7 は PP (文具用シート)からの放散物質のクロマトグラムである。DEP の他に様々な脂

肪族系炭化水素の放散がみられた。

図 7 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PP 文具用シー

ト 厚さ 0.1 mm

4-1-4 エチレン酢酸ビニルコポリマー:EVA

図 8 は EVA (レインコート)からの放散物質のクロマトグラムである。様々な脂肪族系炭

化水素の放散が見られ、テトラデカン、オクタデカン、ノナデカンが主要な放散物質であ

った。

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図 8 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:EVA レインコ

ート 厚さ 0.05 mm

4-1-4 アクリル樹脂:PMMA

図 9 は PMMA (プレート)からの放散物質のクロマトグラムである。DEP のほかには、顕

著な放散物質は見られなかった。

図 9 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PMMA プレー

ト 厚さ 2.0 mm

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4-1-5 ポリエチレンテレフタレート:PET

図 10 は PET(プレート)からの放散物質のクロマトグラムである。DEP のほかには、顕著

なピークはみられなかった。

図 10 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PET プレート

厚さ 2.0 mm

4-1-6 ポリアセタール:POM

図 11 は POM(発泡プレート)からの放散物質のクロマトグラムである。DEP のほかには、

顕著なピークはみられたかった。

図 11 熱劣化(50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:POM 発泡プ

レート 厚さ 2.0 mm

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4-1-6 ポリカーボネート:PC

図 12 は PC (プレート)からの放散物質のクロマトグラムである。DEP のピークがみられ

た。

図 12 熱劣化 (50C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:PC プレート

厚さ 2.0 mm

4-1-7 熱劣化 (50C、24 h)による放散試験のまとめ

図 13 は各高分子材料から放散された物質の総量をトルエン換算し、放散速度として示し

たグラフである。PVC 軟質シート(PVC-1~3)はすべて同様の製造プロセスで製造された

製品であると考えられる。これらは、他の高分子材料に比べ多種類の放散物質が検出され、

TVOC 放散速度も他の高分子材料に比べて桁違いに大きくなった。PVC であっても硬質プ

レート(PVC-4)からの放散速度は小さかった。PE、PP、EVA からは脂肪族系炭化水素類の放

散が主体であり、TVOC 放散速度は 2000 - 3000 μg m-2 h-1程度となり、DEP の放散だけが主

体であった PMMA、PET、POM、PC などからの TVOC 放散速度 (1000 μg m-2 h-1以下)の 2-3

倍程度となった。

図 13 熱劣化(50C、24 h) に伴い放散される揮発性物質の総量(トルエン換算値)TVOC

0

20000

40000

60000

80000

100000

120000

140000

TV

OC

em

issi

on r

ate

(μg

m-2

h-1)

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4-2 各種高分子材料から放散される揮発性有機化合物の温度および経日変化

各高分子材料を 25C、50C、75C のそれぞれの温度に設定した恒温槽内に 30 日間静置

し加熱劣化をさせ、1 日後、約 1 週間後、約 2 週間後、30 日後に PFS を用いて高分子材料

表面からの放散物質の捕集を行なった。なお、捕集時間はいずれも 24 時間とし、放散速度

はそれぞれのピーク面積をトルエン換算することに TVOC として求めた。

4-2-1 ポリ塩化ビニル:PVC

① PVC-2 軟質塩化ビニルシート 厚さ 1.0 mm

図 14-1-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを示す。また、図 14-1-2

に各放散物質放散速度の経日変化を示す。図 14-1-1 に示したとおり、いずれの物質も温度

上昇に伴い、放散量が大きくなることが観察された。特に高沸点物質である TPP、DEHP

は、75C において 50C に比べ著しく放散量が大きくなった。脂肪族系炭化水素の放散量も

同時に大きくなっていることから、75C では、高分子鎖の切断により材料内部の物質が放

散し易くなったものであると考えられる。一方、低沸点物質であるフェノール、2-エチルヘ

キサノールでは 75C と 50C において、大きな差異は見られなかった。

図 14-1-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h)に伴い放散される物質のクロマトグラム:PVC-2

軟質塩化ビニルシート 1.0 mm

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図 14-1-2 各放散物質の PVC-2 からの温度別放散速度およびその経日変化

図 14-1-2 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h)に伴い放散される物質の放散量変化と TVOC

放散量:PVC-2 軟質塩化ビニルシート 1.0 mm

図 14-1-2 は総揮発性物質(TVOC)および主要な揮発性物質の放散速度の経日変化を示し

たものである。TVOC は温度が高いほど放散速度は大きくなるが、経日と共に指数関数的に

低下する。例えば、75C の場合 6 日間で 1 日目の約 25%にまで減少した。脂肪族系化合物

(aliphatic compounds)、フェノール、2-エチルヘキサノールも TVOC の場合と同様の傾向を

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示した。一方、添加物でありかつ高沸点の DEHP、TPP は 75C の高温のみで目立った放散

速度が観察されたが、経過日数による放散速度の大幅な低下は見られなかった。以上の結

果から、製造時に使用されたと考えられるフェノールは高分子材料の劣化に関係なく比較

的早い段階で揮発するのに対し、DEHP、TPP などの高沸点化合物は、温度上昇と高分子材

料の劣化により放散されやすくなるものと考えられる。また、DEHP の分解性生物である

2-エチルヘキサノールは、経日的に増加しないことから、その大部分は製造時に生成し、高

分子材料中に蓄積されていたものが加熱によって徐々に放散されたものと考えることがで

きる。

図 14-2-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h)に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PVC-3 軟質塩化ビニルシート 0.5 mm

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図 14-2-2 PVC-3 からの各放散物質の温度別放散速度およびその経日変化

② PVC-3 軟質塩化ビニル 厚さ 0.5 mm

図 14-2-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 14-2-2 に各放散物質

放散速度の経日変化を示す。図 14-2-1 からわかるように、いずれの物質も温度上昇に伴い、

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放散量が大きくなり、特に高沸点物質である DEHA、DEHP は 75C において著しく大きな

放散量が観察された。全般に PVC-2 と同様の傾向を示したが、全体として PVC-2 より放散

量が大きくなった。これは材料の厚みが薄いためであると考えられる。また、高沸点化合

物である DEHA, DEHP の放散量も経日的に減少する傾向がみられた。これは、材料中の物

質量が放散により失われるためであると考えられる。

図 14-3-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグ

ラム:PVC-3 硬質塩化ビニルプレート 2.0 mm

.

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図 14-3-2 PVC-4 から放散された総揮発性有機化合物、DEHP の温度別放散速度および経

日変化

③ PVC-4 硬質塩化ビニルプレート 厚さ 2.0 mm

図 14-3-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 14-3-2 に各放散物

質放散速度の経日変化を示す。軟質塩化ビニルシートの PVC-2 や PVC-3 の場合と異なり、

温度上昇による脂肪族系化合物の放散がほとんどみられなかった。これは、高分子鎖の分

解が加温によってほとんど起こらなかったためであると考えられる。また、75C において

DEHP の放散量が著しく増加したが、経日的に減少し、16 日目には 1 日目のほぼ 20%にま

で減少した。これは、DEHP の物質量が放散によって減少するためであると考えられる。

4-2-2 ポリエチレン:PE

① PE-1 ポリエチレン製ビニ-ル 厚さ 0.08 mm

図 15-1-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 15-1-2 に放散した

総揮発性有機化合物の放散速度と経日変化を示す。各温度ともに主な放散化合物は脂肪族

系炭化水素と含酸素脂肪族系化合物であった。温度上昇とともに放散量が大きくなるとと

もに、より高分子量の化合物の放散が増加した。放散された TVOC 量は、試験 1 日目が最

も多く、9 日目で減少し、以降増加傾向が見られた。これは、製品表面に残存している化合

物が 9 日間で放散した後、劣化に伴い生成した化合物の放散によるものと考えられる。

② PE-2 発泡ポリエチレンプレート 厚さ 2.0 mm

図 15-2-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 15-2-2 に TVOC お

よびの放散量の経日変化を示す。脂肪族系炭化水素の放散が中心であったが、PE-1 の場合

と異なり比較的シャープなピークが観察された。このことは放散された炭化水素の分子量

が分布をもたず、特定のものだけが放出されていることを示す。これは高分子材料あるい

は製品の製造手法の違いによるものと考えられる。温度上昇に伴い高分子量の化合物の放

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散量が増加した。これらの物質の放散量は、試験開始 7 日後に最大放散量となった。これ

は、高分子材料の劣化に時間を要し、放散物質の生成が遅れるためであると考えられる。

図 15-1-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグ

ラム:PE-1 ビニール 0.08 mm

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図 15-1-2 PE-1 から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

図 15-2-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグ

ラム:PE-2 発泡プレート 2.0 mm

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図 15-2-2 PE-2 から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

4-2-3 ポリプロピレン:PP 文具用シート 0.1 mm

図 16-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 16-2 に TVOC 放散速

度と経日変化を示す。DEP は温度上昇とともに放散量が増加した。一方、脂肪族系化合物

の放散量は、PE の場合に比べて全般的に小さくなったが、側鎖および不飽和結合を含む化

合物の放散が見られたことが特徴的である。なお、75C における放散量は試験開始 7 日後

に最大値となり、その後減少した。

4-2-4 エチレン酢酸ビニルコポリマー:EVA レインコート 0.05 mm

図 17-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 17-2 に TVOC の放散

速度と経日変化を示す。特定の分子量の脂肪族系炭化水素のピークがみられ、温度上昇と

ともに高分子量の化合物が検出された。放散量は試験開始 1 日目が最も多かったことから、

製品表面の放散されやすい化合物は短期間に揮発すると考えられる。75C の場合、放散量

の試験開始 9 日以降の顕著な経日的な減少は見られなかった。

4-2-5 ポリエチレンテレフタレート:PET 透明プレート 2.0 mm

図 18-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 18-2 に TVOC の放散

速度と経日変化を示す。全ての温度において放散量が少なく、温度上昇時のみフタル酸エ

ステル類の放散がみられた。また、TVOC 放散速度の時間変化は見られなかった。

4-2-6 アクリル樹脂:PMMA 透明プレート 2.0 mm

図 19-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 19-2 に TVOC の放散

速度と経日変化を示す。PET の場合と同様、全ての温度において放散量が少なく、高温時

のみフタル酸エステル類の放散がみられた。また、TVOC 放散速度の時間変化は見られなか

った。

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4-2-7 ポリアセタール:POM 発泡プレート

図 20-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 20-2 に TVOC の放散

速度と経日変化を示す。脂肪族系炭化水素と含酸素の脂肪族系化合物のピークがみられた

が、全体に放散量が小さく、温度上昇にともなう放散量および放散物質の変化も顕著では

なかった。

4-2-8 ポリカーボネート:PC 透明プレート 2.0 mm

図 21-1 に静置時間 1 日間の温度別放散物質のクロマトグラムを、図 21-2 に TVOC の放散

速度と経日変化を示す。いずれの温度でも放散量はきわめて少なく、75C において DEP の

ピークがみられた程度であった。

図 16-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PP 文具用シート 0.1 mm

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図 16-2 PP から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

図 17-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:EVA レインコート 0.05 mm

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図 17-2 EVA から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

図 18-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PET プレート 2.0 mm

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図 18-2 PET から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

図 19-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PMMA プレート 2.0 mm

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図 19-2 PMMA から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

図 20-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:POM 発泡プレート 2.0 mm

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図 20-2 POM から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

4-2-8 ポリカーボネート:PC

図 21-1 熱劣化 (25C、50C、75C、24 h) に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PC プレート 2.0 mm

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図 21-2 PC から放散された総揮発性有機化合物の温度別放散速度および経日変化

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4-3 人工太陽光照射による加速劣化試験の結果

本実験で使用した人工太陽光灯は、紫外光だけでなく可視光、赤外光の幅広い波長範囲

の電磁波を含むことから、照射によって試料表面の温度上昇は不可避である。したがって、

以下の試験結果は、光劣化だけでなく温度劣化の分も含むことになる。なお、試料表面付

近の温度を放射温度計で測定したところ、ほぼ 50C 程度であることを確認している。した

がって、50C での熱劣化試験と、太陽光による劣化試験の結果を比較することで、ある程

度光のみの影響を切り分けることが可能であると考えられる。以下、それぞれの高分子材

料試料毎に、太陽光照射による劣化に伴う放散試験の結果を述べる。

4-3-1 塩化ビニル:PVC

① PVC-1 軟質塩化ビニルシート 2.0 mm (DEHP 32.3%含有)

図 22 熱劣化 (50C、24 h)と人工太陽光照射に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PVC-1 軟質塩化ビニルシート 2.0 mm

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図 22 は PVC-1(軟質塩化ビニルシート)の結果である。太陽光照射によりベンズアルデ

ヒド、フェノール、安息香酸などの芳香族系の化合物が放散されていることがわかる。ま

た、ヘキサナールのような含酸素化合物の放散も見られた。照射時間の違いによる放散物

質、放散量に顕著な違いは見られなかった。熱劣化の場合と比較すると、人工太陽光照射

によってベンズアルデヒドの放散が見られるようになることが特徴的である。

② 軟質塩化ビニルシート 1.0 mm (DEHP 15.0%、TPP 8.5%含有)

図 23 は PVC-2(軟質塩化ビニルシート)の結果である。太陽光照射により PVC-1 の場合

と同様、ベンズアルデヒド、フェノール、安息香酸などの芳香族系の化合物が放散されて

いることがわかる。また、添加物である DEHP や TPP のピークも熱劣化の場合と同様に見

られた。また、ヘキサナールのような含酸素化合物の放散も見られた。照射時間が長くな

ると全般的に放散量が低下した。

③ 軟質塩化ビニルシート、0.5 mm (DEHP 5.1wt%、TPP5.1wt%含有)

図 24 は PVC-3(軟質塩化ビニルシート)の結果である。PVC-2 と同様の素材であるが、

添加物である DEHP と TPP の含有割合が小さくなっている。太陽光照射により PVC-2 の場

合と同様、ベンズアルデヒド、フェノール、安息香酸などの芳香族系の化合物、添加物で

ある DEHP や TPP の放散が見られた。照射時間が長くなると全般的に放散量が低下した。

4-3-2 ポリエチレン:PE PE-1 ポリエチレン製ビニール 0.08 mm

図 25 は PE-1(ポリエチレン製ビニール)の結果である。初期の段階では不飽和の脂肪族

炭化水素類およびカルボン酸類の放散が主であるが、照射時間の増加と共に保持時間が長

い物質の放散量が増加し、高分子量側にシフトする傾向が見られた。これは、PE の分解に

伴って高分子量の分解生成物の割合が増加することを反映しているものと考えられる。な

お、加熱劣化の場合と比較すると、太陽光照射のどの時点でのクロマトグラムとも異なる

傾向が見られた。これは、PE の分解に対して、人工太陽光による分解メカニズムが熱によ

る分解メカニズムと大きく異なることを示すものと考えられる。

4-3-3 ポリプロピレン:PP ポリプロピレン文具用シート 0.1 mm

図 26 は PP(文具用シート)の結果である。脂肪族炭化水素類の放散が主であるが、照射

時間が 7 日間で放散量がピークに達し、その後減少した。なお、PE の場合と異なり、加熱

劣化の場合と 7 日目のクロマトが非常に類似したものとなった。これは、PP の分解に対し

て光ではなく熱による寄与が大きいことを示唆するものと考えられる。

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図 23 熱劣化 (50C 、24 h)と太陽光負荷 に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PVC-2 軟質塩化ビニルシート 1.0 mm

③ PVC-3 軟質塩化ビニルシート 0.5 mm (DEHP 5.1%、TPP 5.1%含有)

図 23 熱劣化 (50C、24 h)と人工太陽光照射に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PVC-2 軟質 PVC シート、DEHP (15.0wt%添加)、TPP (8.5wt%添加)、厚さ 1.0 mm

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図 24 熱劣化 (50C 、24 h)と太陽光負荷 に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラ

ム:PVC-3 軟質 PVC シート、DEHP (5.1wt%添加)、TPP (5.1wt%添加)、厚さ 0.5 mm

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図 25 熱劣化 (50C、24 h)と太陽光照射に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:

PE-1 ポリエチレン製ビニール 0.08 mm

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図 26 熱劣化 (50C、24 h)と太陽光負荷 に伴い放散される物質の GC/MS クロマトグラム:

PP ポリプロピレン製文具用シート 0.1 mm

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4-4 低分子量化学物質の含有量調査

熱負荷実験において、揮発性有機化合物放散量の大きかった塩化ビニルシート(PVC-1,

PVC-2, PVC-3)について、材料中の塩化ビニルモノマーの測定を行なった。

HD-GC/MS 測定の結果、何れの試料についても熱負荷実験前、後とも塩化ビニルモノマ

ーは、検出されなかった。

4-5 高分子材料からの化学物質放散過程のモデル式の構築

4-5-1 揮発性有機化合物放散過程のモデル化

以下のような高分子材料からの化学物質放散過程の数理モデルを構築した。

図は高分子材料からの揮発性物質の放散過程を模式的に示したものである。

図 27 高分子材料からの揮発性物質の放散過程の模式図

揮発性物質は高分子材料内に存在するか、あるいは高分子材料内で生成し、高分子材料

内を拡散し、材料表面に達する。材料表面では、揮発性物質が気相に放散することになる。

この場合、気相はサンプラー内部の空間になる。放散した揮発性物質は、サンプラー空間

内の気相中を拡散し(分子拡散)、サンプラーの底面に取り付けられた吸着剤に捕集される

ことになる。このような過程は以下のような一次元の反応-放散-拡散-吸着の基礎式で表す

ことができる。

高分子材料中での揮発性物質の反応-拡散過程

)(),(),(

2

2

rz

tzCD

t

tzCP

(1)

ここで、DPは揮発性物質の高分子材料中の拡散係数であり、C(t,z)は高分子材料中の揮発

性物質の濃度であり、時間 t と位置 z の関数である。ただし、位置としては高分子材料の中

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心面を z = 0 とし、z 方向を高分子材料の表面に垂直にとることとする。また、(-r)は反応速

度であり、揮発性物質が高分子材料内で生成あるいは消滅する速度を表す項である。高分

子材料内で生成も消滅が起こらない場合は(-r) = 0 と置くことができて、(1)式は単なる非定

常拡散式になる。また、反応項(-r)は、一般に位置及び時間の関数であると考えられる。

高分子材料表面での揮発性物質の放散

高分子材料内部を拡散してきた揮発性物質は、表面でサンプラー空間の気相中に放散す

る。放散速度は拡散速度などに比べて非常に速いので、高分子材料表面で平衡が成立して

いると考えることができる。平衡関係は、Henry の法則で表されるとすると、以下の関係式

が成立する。

),(),0( tlCKty H ; t > 0 (2)

ここで y(0,t)は高分子材料表面近傍の気相中の揮発性物質の濃度、C(l,t)は高分子材料の表面

での揮発性物質の濃度である。また、KH は気相中と高分子材料中の平衡関係を表すヘンリ

ー定数である。1.の高分子材料中での拡散の場合と記号を合わせるため、高分子材料表面で

の長さ z は高分子材料の厚みを 2l として、その 1/2 である l と置いている。

サンプラー空間での気相中の分子拡散過程

2

2 ),(),(

x

txyD

t

txyG

(3)

ここで、DGは揮発性物質の気相中の分子拡散係数であり、y は気相中の揮発性物質の濃度

であり、時間 t と位置 x の関数である。ただし、位置としては高分子材料表面を x = 0 とし、

x 方向を高分子材料の表面に垂直にとることとする。

吸着剤表面での吸着過程

揮発性物質は吸着剤表面まで拡散し、吸着剤に捕集されることになる。一般に吸着剤に

対する吸着速度は極めて速く、気相中と吸着剤相間の揮発性物質の濃度には吸着平衡が成

り立つものと考えられる。また、本調査で用いた Tenax GR のような強力な吸着剤の場合、

吸着容量が飽和に達しない限り、気相中の平衡濃度はほぼ 0 とみなすことができる。した

がって、吸着剤表面における境界条件としては、以下の(4)式が成り立つ。

0),( tLy ; t >0 (4)

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ただし、L はサンプラーの拡散長(シャーレの高さ)である。

以上が高分子材料からの揮発性物質の放散過程の基礎式である。これに加えて以下の初

期条件と境界条件が必要になる。まず、初期条件として、サンプラー内での気相中の濃度

は 0 と置くことができる。

0),( txy ; t = 0 for 0 < x < L (5)

また、高分子材料中の時間 t = 0 における初期濃度分布を )(~

zC と置く。

)(~

)0,( zCzC ; t = 0 for 0 < x < L (6)

以上の基礎式を解くことで、高分子材料中の濃度分布の時間変化、およびサンプラー空間

内の気相中の濃度分布の時間変化を求めることができる。サンプラー内の濃度分布の式を

用いると、吸着剤への捕集量 M(ts)が以下の(7)式で計算できることになる。

ts ts

o

Gs dtx

tLyADdttLAJtM

0

),(),()(

(7)

ただし、tsはサンプリング時間である。しかしながら、高分子材料中の初期濃度 )(~

zC が通常

に不明であるので、一般的に解くことは困難である。そのため、通常はいくつかの過程を

置いて式を簡略化することで解を得、実測値や実験値と比較する必要がある。

4-5-2 各パラメータの高分子材料の劣化による変化

上に述べた基礎式は劣化が起きている場合でも起きていない場合でも汎用的に成り立つ

式である。高分子材料が劣化するような条件下では式中の各パラメータは以下のような依

存性を持つものと考えられる。

加熱劣化による影響

加熱劣化による温度上昇によって、揮発性物質の放散過程を支配する各パラメータに対

して、以下のような影響を及ぼすことが考えられる。

高分子材料内拡散係数 DP

一般に高分子材料中の拡散係数の温度依存性は、以下のような指数関数式で表すことが

できる。

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RT

EDD D

PP exp0

(8)

ここで、DP0は温度に依存しない項、EDは拡散の活性化エネルギー、R は気体定数、T は絶

対温度である。DP0や EDの値は高分子材料の構造に依存するが、活性化エネルギーの値は

数 kJ/mol から数十 kJ/mol 程度になるため、一般に温度の上昇とともに、高分子内での拡散

速度は飛躍的に増大する。また、高分子材料内での揮発性物質の拡散には、高分子の構造

が大きな影響を及ぼす。劣化によって高分子鎖が切断された場合には、拡散の抵抗が減少

するので、拡散係数は増大することになる。ただし、水蒸気あるいは窒素等の無機化合物

に関しては PVC の重合度と高分子内拡散係数の関係はそれほど顕著ではないことが報告さ

れている。しかしながら、平均分子量ではなく、低分子量成分が増加する場合には拡散係

数が飛躍的に増加するため、劣化に伴って高分子鎖が切断され低分子成分の割合が増加す

るにともなって拡散係数が大幅に増加するものと考えられる(伊藤 1960)。また、可塑剤等

の添加割合が増大することでも拡散係数が増大するものと考えられる。今回の実験結果か

らはどの因子の影響が大きいかの定量的な評価は困難であったが、劣化に伴う放散量の増

加には高分子材料中の拡散係数の増加が大きな役割を果たすものと考えられる。

反応速度(-r)

反応速度も拡散係数と同様、温度に対して指数関数的に増加する。反応速度が反応物質

の濃度の n 次に依存するとしたときの反応速度定数 k は、

RT

Ekk rexp0

(9)

ここで、k0は温度に依存しない項、Er は反応の活性化エネルギーである。反応の活性化エネ

ルギーの値は数十 kJ/mol 以上と拡散に比べて大きく、温度の上昇とともに飛躍的に増大す

る。高分子材料中の反応速度に関しては、様々な検討がなされているが、今回のような添

加剤を含む高分子材料に関しては、高分子材料本体の分解と、添加剤の分解過程を分けて

考える必要がある。

放散平衡 KH

放散平衡関係の温度依存性はヘンリー定数 KHの温度依存性そのものである。ヘンリー定

数も、指数関数的な変化をすると考えられる。

RT

HKK HH

vap

0 exp (10)

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ここで、KH0は温度に依存しない項、Hvapは放散のエンタルピー変化(蒸発熱)である。

蒸発熱は一般に数十 kJ/mol であるので、放散平衡関係は温度の上昇とともに飛躍的に気相

側に傾く、蒸気圧 y0が大きくなることになる。

気相中の拡散係数 DG

気相中の拡散係数は、絶対温度の 1/2 乗に比例すると考えられる。したがって、他のパラ

メータに比べて温度依存性は大きくない。

以上まとめると、温度上昇に伴って、高分子材料内拡散係数、反応速度、放散平衡関係

が絶対温度の逆数に対して指数関数的に増加することになる。温度上昇に伴う、揮発性物

質の捕集量(放散速度)の増大は、上の各パラメータの温度依存性が複合的に影響するも

のと考えることができる。

光照射による影響

光劣化の効果は、エネルギー集中による温度上昇と、紫外線などの高エネルギー電磁波

による影響に分けることができる。温度上昇による効果は、上の温度上昇による影響と同

様なものと考えることができる。一方、紫外線などの電磁波照射は、拡散過程や放散過程

には影響を及ぼさず、高分子材料内部での反応項(-r)のみに影響するものと考えられる。実

際は、温度項の影響と紫外線などの影響を分離することは困難であるため、複合的な効果

として考えることになる。

4-6 一般環境における経年変化と加速実験による劣化の関係

一般環境における高分子材料の耐久性あるいは劣化を評価する方法としては、一般に屋

外での暴露試験と屋内での促進暴露試験がある。本調査で行ったのはこのうちの促進暴露

試験に該当するものである。促進試験には国際的にも標準が存在し、熱劣化に関しては

ISO2578、可塑剤の熱安定性に関しては ISO176 あるいは ASTM D1203 がある。耐候性に

関しては、屋外での試験(ISO877 など)と人工的な加速試験が存在する。人工的な耐候性

の加速試験は高分子材料に人工光を照射させて劣化させるもので、炭素アーク、キセノン

ランプあるいは蛍光管(ISO4892)を用いる方法がある。それぞれ人工光源のスペクトル分

布は異なるが、劣化に大きく寄与するのは波長が 300 nm 程度の紫外光である。しかしなが

ら、劣化が顕著な波長は高分子材料によって異なるため、それぞれの人工光による劣化試

験が同様の結果を与えるとは限らないとされている(Maxwell et al., 2005)。今回の調査で用

いたのは人工太陽光であり、長波長成分も含めて屋外での照射光に近いものとなっている。

実際の高分子材料の耐候性、あるいは劣化の評価には屋外試験が望ましいが、屋外条件

が場所や季節などによって大きく変化すること、劣化条件を標準化することが困難である

こと、また試験時間が長すぎることが難点であるとされている。なお、屋外での劣化試験

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結果と屋内での加速試験の結果の間の相関に関しては、屋外において温度や湿度等の要因

を切り分けることが事実上不可能であることから、明確な結論は得られていないとされて

いる(Davis and Sims, 1983, 金野ら、2004)。その意味で今回の調査結果も、あくまで限ら

れた条件下での劣化試験であることに注意すべきである。

耐候性の評価は高分子材料の引張強度などの機械的な強度を主眼に置いて行われており、

今回のような揮発性物質の放散に着目した例はほとんど見当たらない。もちろん、劣化に

よって表面の構造や色が変化するため、化学的な組成が変化することは間違いなく、たと

えば IR などによる表面分析で PE の劣化に伴うカルボニル基などの含酸素化合物の生成を

指標とすることも行われている(Rugg, 1954)。今回の調査でもカルボニルをはじめとする

含酸素化合物の放散が特に PP や PE で観察された。このことから、放散量の測定結果を指

標として高分子の劣化の評価を行うことも可能であると考えられる。なお、詳細に関して

は、より多くの実例による精緻化が不可欠である。

4-7 有害物質放散による健康影響リスクの推定法の開発

4-7-1 リスク評価のためのヘルスインデックスの利用

高分子材料から放散される揮発性有機化合物は、与えられた負荷によって、物質、放散

量ともに大きく異なる。溶剤などの低分子量で沸点の低い物質は、容易に放散し経日的の

放散量が減少する。したがって、製品使用時にこれらの放散を減少させるためには、一時

的に熱を負荷するなど放散を促進させることが有効であると考えられる。ただし、二次的

に生成する物質については、高分子劣化に伴う発生は不可避である。特に分子量の大きい

準揮発性有機化合物は、高分子材料の分子鎖が切断されることにより、放散量が増加する

ことから、高温(75C)の連続した熱負荷は避けるべきであると考えられる。以上のこと

から、製造段階でできる限り有害物質の発生が抑制できるような材料選択、設計が不可欠

となる。そのためには、高分子劣化に伴い発生する有害物質に対する暴露による健康影響

リスクを評価することが不可欠である。高分子材料の劣化に伴い発生する化学物質は多岐

にわたる。化学物質毎の毒性も発生量も異なるため、劣化に伴う有害物質放散による健康

影響リスクを表す指標が必要となる。このような多岐にわたる化学物質に対する毒性指標

として、報告者らが開発したヘルスインデックス(Health Index, HI)が利用可能であると考え

られる。化学物質 iをn種類含む系のHIは以下の式で定義される(Yanagida, et al., 2005, 2006)。

n

iii wm

1

~HI (11)

ここで、miは物質 i の質量、 i~w は物質 i の毒性指標であり、その物質の職業暴露閾値

OEL(Occupational Exposure Limit)と参照物質(有機物の場合には最も OEL が大きな二酸化炭

素で 9,000 mg/m3)の OELReferenceの比で与えられる無次元値である。

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iOELOEL

OELw

000,9~

i

Referencei

(12)

ここで二酸化炭素の OEL である OELReferenceは 9,000 mg/m3 である。このような定義に従え

ば、毒性の強い物質(OEL の小さな物質)が多く含まれているような系はより毒性が高い

ということになり、毒性の、ひいては暴露によるリスクの統一的な評価指標として用いる

ことが可能になる。

HI の推定のためには、物質毎の OEL が必要になる。OEL は各国で定められているが、

HI では安全サイドをとって最も小さいものを採用する。また、OEL が与えられていないも

のに関しては、以下のような OEL 値の推定法を提案している。

4-7-2 OEL の推定法

LD50 がわかっている物質群については以下のような推算式を用いることが可能である。

)....()()(50112.0Predicted 637.0njiratrat OCCOCCOCCLDOEL (13)

ここで LD50ratは rat に対する LD50(半数致死量)である。右辺の括弧内の項は補正項であ

り、OCCjは有機化合物の持つ官能基毎にその値が表として与えられている。これは、多く

の物質の OEL と LD50 の相関関係を統計解析し、求めた経験値である。一部分を以下に示

す。この表と LD50、官能基の種類がわかれば物質毎の OEL を推定可能であり、ひいては

放散物質全体を系とするときの毒性健康指標である HI を算出することが可能となる。

4-7-3 リスク評価の手法

HI を用いれば、様々な化合物の混合物である高分子材料からの放散物質の毒性比較を行

うことが可能になる。本調査のような手法で有害物質の放散を測定した場合には、データ

として得られるのはパッシブフラックスサンプラーPFS への捕集量である。捕集量はサンプ

ラーの大きさ、捕集時間に依存する。サンプラーや捕集時間の影響を取り除くために、以

下のような形で捕集量を変換する必要がある。

まず、簡単のためにすべての現象が定常状態であると仮定する。すなわち、サンプラー

中の濃度分布は時間によらず一定であり、高分子材料表面での物質 i の気相中濃度は yi0で

与えられ、捕集剤表面近傍の気相濃度は 0 であるとする。このとき、捕集速度 dM/dt は、

L

yAD

L

yAD

dt

dM iG

iG

00 0

(14)

Page 44: 平成 27 年度化学物質安全対策 「高分子材料の劣化による有 …GC/MS 分析を行い、物質の特定、捕集量の定量を行い、放散物質の特定及び放散速度の時

で与えられる一定値である。したがって、捕集時間 tsでの捕集全量 M(ts)は、

(15)

となり、捕集時間 tsと捕集剤の面積 A に比例し、気相中拡散係数 DGに比例、拡散長 L に反

比例する。したがって、捕集量そのものを用いた場合にはこれらの因子が入り込む。一方、

高分子材料表面近傍の気相中の濃度 yi0 だけでは気相中の移動速度を考慮しないため、暴露

指標としては不十分である。そのため、気相中の濃度 yi0 と拡散係数 DG の積をあらたな指

標として放散過程に係わるヘルスインデックス HIe を計算する方法を提案する。すなわち、

n

iiiG wyD

10

~HIe (16)

放散物質が同じ場合には、捕集量あるいは気相濃度だけでよいが、多種多様な物質が含

まれる系では、このような指標が有用であるものと考えられる。

官能基による OCC 補正項の値

OCC

HCB 基 3.0410-4

NCO + Phenyl 基 1.3010-3

Hydrazine 基 1.0110-2

NH2 + Biphenyl 基 1.3510-2

多環芳香族 + Cl 1.5210-2

環状脂肪族 + Cl 6.3110-2

芳香族 + ピリジン 1.7810-1

芳香族 + NH2 1.8610-1

直鎖炭素 + S 1.9010-1

芳香族 + O 2.1910-1

直鎖 + COO 5.56

環状脂肪族 + 炭素分岐 R 7.32

直鎖 + F 27.1

si

Gs tL

yADtM 0)(

Page 45: 平成 27 年度化学物質安全対策 「高分子材料の劣化による有 …GC/MS 分析を行い、物質の特定、捕集量の定量を行い、放散物質の特定及び放散速度の時

5. 文献

伊藤行雄、高分子化学、vol. 17, 7-12 (1960).

金野ら、北海道立工業試験場報告 No.304, 63-69 (2005).

Crank, J., and Park, G.S., Diffusion in Polymers, Academic Press, 1968.

Davis A. and Sims, D., Weathering of Polymers, Applied Science, 1983.

Neogi, P., Diffusion in Polymers, Ddkker,1996.

Rugg, F.M., J. Polym. Sci., 13, 535 (1954).

Yanagida H., et al., Environ. Sci. Technol., 2005, 39 (1), 371–376.

Yanagida H., et al., Environ. Sci. Technol., 2006, 40 (8),2832–2837.

Maxwell, A.S. et al., NPL Report DEPC MPR 016, National Physical Laboratory, UK, 2005.

6.学会発表

野口美由貴,山崎章弘,高分子樹脂劣化に伴うモノマーの放散,平成 27 年 室内環境学会

学術大会,2017, 12

7. 実施体制

山崎 章弘 (統括、解析)

野口 美由貴 (実験)