5
東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011) 27 ●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析 1.はじめに シリコンカーバイド(SiC)は、シリコン(Si)より もバンドギャップ、絶縁破壊電界、熱伝導率が大きいた め、SiCを用いることでSiを超える低損失、高耐圧、高 速スイッチング・高温動作デバイスの作製が可能であ る。現在、4H-SiCを用いたパワーデバイスは低炭素社 会の実現へむけたキーデバイスの1つとして国内外で注 力されている。その中でも、電力変換用途に向けたSiC- MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)は低損失かつ高いスイッチング特性をもつ インバーター用素子として注目を浴びている。 本稿では、4H-SiC MOSFETの顕微ラマン分光法を用 いた微小部の応力評価とカソードルミネッセンス (CL) 法を用いた結晶欠陥評価を紹介する。さらに、SiC結晶 欠陥の評価に有効であるフォトルミネッセンス(PLイメージング法および放射光トポグラフ法に関する測定 事例も合わせて紹介する。 2.ラマン分光法について 2.1 ラマン分光法の原理 ラマン分光法は、物質に入射光を照射し、入射光と格 子振動のエネルギー分だけ振動数がずれた光(ラマン散 乱光)を分析することによって、その物質の振動状態に 関する情報を得る分析法である。一般的に、ラマン散乱 光のピーク周波数や線幅から結晶性や応力に関する情報 が、ラマンスペクトルから、ポリタイプ結晶多形面方位に関する情報が得られる。 また、LOフォノンのピーク波数を詳細に求めること によって、結晶中の自由電子濃度を求めることが可能で ある 1) 。他にも、ストークス線とアンチストークス線の 強度比から、動作時のデバイスの特定部位の温度(格子 温度)を非接触で算出することも可能である。 2.2 SiCのラマンスペクトル SiCには種々のポリタイプが存在することが知られて いる 2) 。ポリタイプの基本構造は3C-SiC(閃亜鉛鉱構 であり、 (111)方向をc軸と見たときに、ユニット セルに1個のSi-C単位構造を持つ。例えば、4H-SiCはユ ニットセルに4つのSi-C構造を持ち、3C-SiCのユニット セルに比べc軸方向の大きさが4倍になっている。長周期 構造を持つ結晶格子のブリルアンゾーンは、基本結晶構 (3C-SiC)のブリルアンゾーンの整数分の1(4H-SiC の場合4分の1)になる。このとき、フォノンの分散曲 線は3C-SiCの分散曲線を折り返したものとなり、Γ点 に新たなフォノンが現れる 3) 。これを折り返しモード (folded mode) と呼ぶ。一般に、Transverse Acoustic (TA) Longitudinal Acoustic(LA) Transverse Optic TO)、Longitudinal Optic(LO)ラマンモードの折り 返しモードについてFTAFLAFTOFLO等と記述 する。括弧中の分数、および03C-SiCの基本ブリルア ンゾーンに対応する波動ベクトルの大きさを示す。ポリ タイプの判定を行う際には、低波数領域に現れるFTA モードをモニターすることで判定が可能である。一例と して、図1c面に垂直にレーザー光を入射させ、その反 対方向にラマン散乱光を検出する測定配置(後方散乱配 置と呼ぶ)で測定した、4H6H15R-SiCのラマンス ペクトルを示す。 4H-SiC 6H-SiC 15R-SiC 40 40 40 40 FTA(4/4) FTA(2/4) FLA(4/4) FTO(2/4) FLO(0) FTO(0) FTA(2/6) FTA(4/6) FTA(6/6) FLA(4/6) FTO(2/6) FLO(0) FLO(4/6) FTO(6/6) FTO(0) FLA(4/5) FLA(2/5) FLA(2/5) FLA(4/5) FTO(4/5) FTO(2/5) FTO(0) FLO(0) 図1  4H、6H、15R-SiCのラマンスペクトル (後方散乱配置) 4H-SiCa,b軸とc軸方向で異方性が存在し、面方位 と偏光方向でラマンスペクトルの形状が異なる。よっ て、偏光ラマン測定を行うことで、面方位を特定する ことが出来る。図2に異なる偏光測定配置で測定した、 4H-SiCの偏光ラマンスペクトルを示す。 2において、偏光ラマンスペクトルの測定の偏光方 向は、例えばZ(X,Y)Z では左から順に、入射光の進行方 向がZ、入射光の偏光方向がX、散乱光の偏光方向がY散乱光の進行方向が-Zであることを示している。なお、 X,Y,Zは直交座標系であり、Z//<0001> とした。 2で示したラマンスペクトルでは、本来禁制である Z(X,X)Z Z(X,Y)Z 配置でのFTO(0)およびX(Z,Y)X X(Z,Z)X 配置でのFLO(0)などが観測されている。これ [特集]SiC半導体 (5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理解析 構造化学研究部 小坂 賢一

( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: ( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・27

●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

1.はじめに

 シリコンカーバイド(SiC)は、シリコン(Si)よりもバンドギャップ、絶縁破壊電界、熱伝導率が大きいため、SiCを用いることでSiを超える低損失、高耐圧、高速スイッチング・高温動作デバイスの作製が可能である。現在、4H-SiCを用いたパワーデバイスは低炭素社会の実現へむけたキーデバイスの1つとして国内外で注力されている。その中でも、電力変換用途に向けたSiC-MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)は低損失かつ高いスイッチング特性をもつインバーター用素子として注目を浴びている。 本稿では、4H-SiC MOSFETの顕微ラマン分光法を用いた微小部の応力評価とカソードルミネッセンス(CL)法を用いた結晶欠陥評価を紹介する。さらに、SiC結晶欠陥の評価に有効であるフォトルミネッセンス(PL)イメージング法および放射光トポグラフ法に関する測定事例も合わせて紹介する。

2.ラマン分光法について

2.1 ラマン分光法の原理 ラマン分光法は、物質に入射光を照射し、入射光と格子振動のエネルギー分だけ振動数がずれた光(ラマン散乱光)を分析することによって、その物質の振動状態に関する情報を得る分析法である。一般的に、ラマン散乱光のピーク周波数や線幅から結晶性や応力に関する情報が、ラマンスペクトルから、ポリタイプ(結晶多形)や面方位に関する情報が得られる。 また、LOフォノンのピーク波数を詳細に求めることによって、結晶中の自由電子濃度を求めることが可能である1)。他にも、ストークス線とアンチストークス線の強度比から、動作時のデバイスの特定部位の温度(格子温度)を非接触で算出することも可能である。

2.2 SiCのラマンスペクトル SiCには種々のポリタイプが存在することが知られている2)。ポリタイプの基本構造は3C-SiC(閃亜鉛鉱構造)であり、(111)方向をc軸と見たときに、ユニットセルに1個のSi-C単位構造を持つ。例えば、4H-SiCはユニットセルに4つのSi-C構造を持ち、3C-SiCのユニットセルに比べc軸方向の大きさが4倍になっている。長周期

構造を持つ結晶格子のブリルアンゾーンは、基本結晶構造(3C-SiC)のブリルアンゾーンの整数分の1(4H-SiCの場合4分の1)になる。このとき、フォノンの分散曲線は3C-SiCの分散曲線を折り返したものとなり、Γ点に新たなフォノンが現れる3)。これを折り返しモード(folded mode)と呼ぶ。一般に、Transverse Acoustic (TA)、Longitudinal Acoustic(LA)、Transverse Optic(TO)、Longitudinal Optic(LO)ラマンモードの折り返しモードについてFTA、FLA、FTO、FLO等と記述する。括弧中の分数、および0は3C-SiCの基本ブリルアンゾーンに対応する波動ベクトルの大きさを示す。ポリタイプの判定を行う際には、低波数領域に現れるFTAモードをモニターすることで判定が可能である。一例として、図1にc面に垂直にレーザー光を入射させ、その反対方向にラマン散乱光を検出する測定配置(後方散乱配置と呼ぶ)で測定した、4H、6H、15R-SiCのラマンスペクトルを示す。

4H-SiC

6H-SiC

15R-SiC

40

40

40

40

FTA

(4/4

)

FTA

(2/4

) FLA(4/4)

FTO(2/4)

FLO(0)

FTO(0)

FTA

(2/6

) FT

A(4

/6)

FTA

(6/6

) FLA(4/6)

FTO(2/6)

FLO(0)

FLO

(4/6

)

FTO(6/6)

FTO

(0)

FLA(4/5)

FLA(2/5)

FLA

(2/5

)

FLA(4/5) FTO(4/5)

FTO(2/5)

FTO

(0)

FLO(0)

図1 �4H、6H、15R-SiC�のラマンスペクトル�(後方散乱配置)

 4H-SiCはa,b軸とc軸方向で異方性が存在し、面方位と偏光方向でラマンスペクトルの形状が異なる。よって、偏光ラマン測定を行うことで、面方位を特定することが出来る。図2に異なる偏光測定配置で測定した、4H-SiCの偏光ラマンスペクトルを示す。

 図2において、偏光ラマンスペクトルの測定の偏光方向は、例えばZ(X,Y)Z

—では左から順に、入射光の進行方

向がZ、入射光の偏光方向がX、散乱光の偏光方向がY、散乱光の進行方向が-Zであることを示している。なお、X,Y,Zは直交座標系であり、Z//<0001>とした。図2で示したラマンスペクトルでは、本来禁制であるZ(X,X)Z

—+Z(X,Y)Z

—配置でのFTO(0)およびX(Z,Y)X

—や

X(Z,Z)X— 配置でのFLO(0)などが観測されている。これ

[特集]SiC半導体

�(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

構造化学研究部 小坂 賢一

Page 2: ( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

28・東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)

●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

は、顕微ラマン測定の場合、大きなN.A.(Numerical Aperture)を有する対物レンズを用いて測定するために、入射光の偏光の乱れによるものである。偏光の乱れによって、ラマン選択則が崩れて禁制であるはずのモードが観測されているためである。

3.ラマン分光法によるSiC-MOSFETの応力評価

 SiCパワーデバイスにおいて、過度な応力は閾値の変動や機械的な剥離・クラックなど、信頼性低下への要因となることが考えられる。特定のラマン線のピーク波数シフト量を用いることで応力の定量が可能である。弊社ではピーク波数精度を±0.02cm-1の範囲で管理しており、高精度(数MPa)での応力評価を行っている。また、顕微ラマン装置であるため、実デバイス中の応力を比較的高い空間分解能(0.5μm以下)で測定が可能である。 次に、SiC-MOSFETの断面作製を行った後、顕微ラマン分光法でSiCエピタキシャル層の応力評価を行った結果を紹介する。断面作製には垂直イオンミリング法を用いた。SiCは硬度が高く、機械研磨による断面作製は非常に手間がかかる。また、機械研磨では残留応力や研磨痕、メタル剥離などの懸念があるが、垂直イオンミリングはイオンビームで断面加工を用いるためそれらの影響がなく、ラマン分光法による応力評価には有用な加工手段である。今回、4H-SiCの応力はFTO(0)のピークシフトから見積もった。SiC-MOSFETの素子構造と、応力分布を図3に示す。また、応力分布は圧縮応力(格子が縮む方向)をプラス側、引張応力(格子が伸びる方向)をマイナス側で示している。 図3より、ソース電極およびゲート電極の直下では圧

縮応力が生じており、その圧縮応力は電極直下がもっとも大きく、エピ層の深さ方向に応力が小さくなっている様子が観測された。また、ドレイン電極・ゲート電極間では引張応力が生じており、電極直下と同様にエピ層深さ方向に応力が小さくなっている。今回用いた素子は、シンプルな構造であるため、その応力分布は比較的単純な分布を示していると考えられる。 実際に用いられる素子は、複雑な構造をしていることから、応力が局所的に集中する可能性が考えられる。応力集中は、電極剥離やチャネル移動度の変動など、不良を発生させる要因となる。さらに、SiCパワーデバイスでは高温環境下で動作させるため、熱による応力変化も考慮する必要がある。顕微ラマン分光法では高温・低温下でも測定が可能であるため、実際の環境温度での応力評価のニーズにも対応することができる。

4.�カソードルミネッセンス(CL)法による4H-SiC�MOSFETのイオン注入誘起欠陥の評価

 SiCは不純物の熱拡散係数が非常に小さく熱拡散によるドーピングが困難であることから、導電率制御にはイオン注入技術が重要になる。しかし、イオン注入は多量の照射欠陥が導入されること、注入イオンの電気的活性化および結晶性の回復のため非常に高温のアニール処理が必要であり、アニール処理時の欠陥の挙動などについての懸念がある。4H-SiCのルミネッセンスでは、図4に示すようなDI 欠陥と呼ばれるイオン注入で誘起される点欠陥に由来した発光線が観測されることが知られている。 CL法は、励起源に電子線を用いているため、高空間分

Z(X,X)Z+ Z(X,Y)Z

X(Z,Y)X

X(Z,Z)X

40

20

20

FTA

(4/4

)

FTA

(2/4

) FLA(4/4)

FTO(2/4)

FLO(0)

FTO(0)

FTA(4/4) FLO(0)

FLO(0)

FLO(4/4)

FTO(0)

FTO(2/4)

FTO(2/4)

FLA(4/4)

FTA(4/4)

図2 4H-SiCの偏光ラマンスペクトル図3 �顕微ラマン分光法による4H-SiC�MOSFETの応力評

価:(a)素子構造,(b)応力分布

(a)

(b)

μ

Page 3: ( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29

●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

解能での測定が可能である。走査型電子顕微鏡(SEM)像と発光強度分布の対応も可能なため、実デバイスの評価に適している。ここでは、SiC-MOSFETについて断面作製を行った後、CL測定を行った例を図5に示す。測定には、ゲート長が10μmおよび30μm の₂つの素子を用いた。図中にはDI 線の発光強度分布像と素子構造を示している。また、発光強度分布は疑似カラーで示しており、黒、赤、黄の順で強度が高くなっている。DI 線は基板方向ではエピ層厚み方向全体で観測されており、未注入領域にまで広く分布している。よってイオン注入領域で生じた点欠陥が周囲に拡散し、チャネル領域にまで達していることが示唆される。また、チャネル領域における拡散後の点欠陥の量はゲート長が小さい(イオン注入領域の間隔が狭い)ほど多いと考えられる。これらのイオン注入誘起欠陥は電気特性に影響を及ぼす可能性が高いため、今後は、イオン注入誘起欠陥と電気特性との相

関を調べることが重要である。

5.�PLイメージング法および放射光トポグラフ法による4H-SiCエピタキシャル層の欠結晶陥評価

 SiCエピタキシャル層に存在する結晶欠陥は、デバイスの順方向特性の低下、リーク電流の増大、逆方向耐圧の低下など信頼性を低下させる要因となるため、エピタキシャルウエハ中の結晶欠陥の位置や種類を広範囲で分析する手法が非常に重要となる。これらに対応する分析手法としては、KOHエッチング法、放射光トポグラフ法、PLマッピング法などが一般的である。しかし、KOHエッチング法では破壊法であるため、アニール前後で結晶欠陥の変化など、同じサンプルを用いたプロセス段階ごとに評価が行えない。また、PLマッピング法では数mm角程度の領域でも長時間の測定や膨大なデータの処理が必要になるなどのデメリットがある。 弊社ではウエハレベルでの簡便で非破壊な欠陥評価法として、PLイメージング法を導入して分析を行っている。PLイメージング法は励起光(310~330nm)を広範囲に照射し、フィルターにより特定波長領域のPLを取り出し、その発光強度を2次元検出器で直接像を観察する。そのため、顕微鏡とマッピングステージを用いて、タイリング測定を行うことで高空間分解能の発光強度像をウエハ全体で得ることが可能な分析法である。また、光学顕微鏡像を同時に取得することで、ウエハ中の欠陥の位置を正確に把握することができ、透過電子顕微鏡(TEM)像など、他の分析手法へ繋げやすいこともPLイメージング法の利点としてあげられる。PLイメージング法による欠陥観察の例として、図6に3イン

図4 4H-SiCにおけるイオン注入前後のCLスペクトル4,5)

図6 �3インチ4H-SiCエピタキシャルウエハ全体の�PLイメージング像(観測波長750nm以上)

図5 �CL法による4H-SiC�MOSFETのDI�線発光強度分布:(a)ゲート長10μm,(b)ゲート長30μm

Source Gate Drain

μ

μ

Source Gate Drain

(a)

(b)

Page 4: ( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

30・東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)

●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

チ4H-SiCエピタキシャルウエハ全体のPLイメージング像、図7に、その一部を拡大表示した像を示した。図7では、三角形状の結晶欠陥が確認されている。4H-SiCでは420nm付近に積層欠陥に由来する発光が観測されることが知られている6)。したがって、図7のPL像で観測された三角形状の像は積層欠陥に由来すると考えられる。このように、PLイメージング測定では、ミクロンレベルでの詳細な欠陥分布がウエハ全面で得られるため、簡便な欠陥分布の評価法として有用である。 また、弊社ではシンクロトロンから放射されるX線を用いた放射光トポグラフ法を用いたSiCエピタキシャル層中の結晶欠陥評価を行っている。シンクロトロンから放射されるX線は、ラボレベルのX線と比較して、平行度が高く、強度が非常に強いなどの特徴がある。そのため、放射光と原子核乾板を用いると、高空間分解能の欠陥分布を短時間で取得可能となる。また、浅い入射角で測定することで、エピタキシャル層内部の様々な欠陥を撮影可能7)であるため、低角入射を用いた放射光トポグラフ法による研究報告が数多くなされている。放射光ト

ポグラフ法は、SiC結晶中の結晶欠陥を種類によらず、観察できることからPLイメージングでは対応できない結晶欠陥やバーガーズベクトルの解析も可能である。図8に4H-SiCエピタキシャルウエハの放射光トポグラフ像を示す。放射光として、SPring-8の兵庫県ビームラインBL08B2を用いた。X線の入射角はおよそ7°程度である。図8では、白い点、線状の結晶欠陥、三角形状の結晶欠陥の他に細長い楕円をした像が観測された。白い点は、貫通転位(Threading dislocation)であり、貫通らせん転位(Threading screw dislocation)および貫通刃状転位(Threading edge dislocation)を示している。線状のものは基底面転位(Basal plane dislocation)、三角形状のものは積層欠陥(Stacking fault)の場所に対応すると考えられる。また、細長い楕円の像は、エピタキシャル層の浅い部分に存在する結晶中の歪みによるものであると予想される。 次に、PLイメージング法と放射光トポグラフ法とを

200μm

図7 �PLイメージング拡大像:(a)観測波長750nm以上 �(b)観測波長417±30nm

図8 4H-SiCエピタキシャルウエハの放射光トポグラフ像

180μm

100μm

(a) (b) (c) <1120>

図9 �4H-SiCエピタキシャルウエハのPLイメージング像と放射光トポグラフ像の比較�(a)PL像:観測波長750nm以上 (b)PL像:観測波長417±30nm (c)放射光トポグラフ像

Page 5: ( 5)分光学的手法を用いた SiCパワーデバイスの物理 …...東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・29 [特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・31

●[特集]SiC半導体(5)分光学的手法を用いたSiCパワーデバイスの物理解析

比較するため、同じ場所で測定を行った例を図9に示す。測定試料として、<112

—0>方向に4°offした4H-SiC

(0001)Si面基板上にエピタキシャル層を12.5μm形成されたものを用いた。エピタキシャル層と基板界面で発生した基底面転位が表面まで達しているとすると、ウエハ表面から観測した際の長さは約180μmとなる。図中②で示した場所は長さが約180μmであるため、基板界面で発生した基底面転位が表面まで達していると考えられる。一方、①で示した基底面転位は途中で消失しているように見えており、エピタキシャル層中で転位ループを形成している可能性が考えられる。①、②ともPLイメージング像、放射光トポグラフ像で確認することができる。放射光トポグラフ像では線状のコントラストが重なって伝搬の様子がわかりにくいが、(a)の近赤外領域におけるPLイメージング像の方は基底面転位が明確に観測されており、伝搬状況を把握しやすい。③で示した箇所は貫通らせん転位のペアに対応しており、PLイメージングでは小さな点としてのみ観測されているため見落としやすいが、放射光トポグラフでは明確に観測されている。また、放射光トポグラフでは確認されていない積層欠陥が、PLイメージング像では三角形状の発光像として得られている。このように、放射光トポグラフ像とPLイメージング像を合わせることで転位の挙動について詳細な解析が行えると考えられる。ただし、放射光トポグラフ測定は大型放射光施設を利用するため、時間的、費用的な問題があり、頻繁には使用しにくい。一方、PLイメージング測定はラボレベルで容易に行うことができるため、迅速なアウトプットが可能である。目的にもよるが、まずPLイメージング測定で欠陥分布の評価を行うことが、時間的、費用的にメリットがあると考えられる。

6.まとめ

 本稿では、4H-SiC MOSFETデバイスの応力や欠陥

の評価法として、顕微ラマン分光法、カソードルミネッセンス法、結晶欠陥分布の評価法としてPLイメージング法と放射光トポグラフ法を取り上げた。SiCパワーデバイスの開発に際して、不良解析やプロセス条件の最適化にこれらの分析技術が実用化の一助になれば幸いである。今後も分析技術について精度の向上、手法の開発を図り、SiCパワーデバイスの研究開発へ貢献をしていきたい。

7.謝辞

 本稿の作成にあたり、貴重な4H-SiC MOSFETの試料を提供していただいた、京都大学 木本恒暢教授に深く感謝いたします。

8.参考文献

1) S. Nakashima et al., Phys. Rev. B76(2007)245208.2) F. Bechstedt et al., phys. stat. sol.(b)202(1997)35.3) S. Nakashima et al., phys. stat sol.(a)162(1997)39.4) 三谷武志, The TRC News, No.104(July.2008)5) T. Mitani et al., Mater. Sci. Forum 600-603(2009) 615.

6) S. G. Sridhara et al., Appl. Phys. Lett. 79(2001) 3944.

7)Ohno et al., J. Cyst. Growth 260(2004)209.

■小坂 賢一(こさか けんいち) 構造化学研究部 構造化学第一研究室 専門: ︵株︶東レリサーチセンターでラマン分光法・

カソードルミネッセンス法の測定・解析に従事。

 趣味:旅行