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2013年 6月 15日 日本言語学会第146回大会 於：茨城大学
肯定・否定のスケール性に関わる意味・機能変化に関する一考察−日本語形容詞「やばい」を中心に−
東京大学 総合文化研究科 言語情報科学専攻
1
阪口 慧
13年9月23日月曜日
本研究の目的
✤ 否定的意味を持つ語の肯定的意味、強調詞としての機能への拡張・変化の動機付けを探る
✤ 従来の拡張に対する説明（メタファー・メトニミー）の応用によって説明可能か検討する
✤ 形容詞（やばい）から導いた説明が他品詞、他言語への応用が可能か検討する
13年9月23日月曜日
「やばい」の使用例・分類
(A)否定的意味例文(1)(2)(3)
辞書記述の基本義
(B)肯定的意味例文(4)(5)(6)
意味的拡張
(C)絶対値的意味例文(7)(8)
意味的意味(C’)強調詞例文(9)(10)機能的変化
13年9月23日月曜日
先行研究（１）Sano (2005)
✤ 「やばい」の肯定的意味の拡張は「すごい」の意味変化と同様
✤ 元の限定的 (definite) な否定的意味が漂白化 (bleaching)した結果、非限定的 (indefinite) な程度形容詞へと変化
✤ 語形変化を伴わない強調詞用法は日本語形容詞の活用の単純化（例、「すごく可愛い」→「すごい可愛い」）
13年9月23日月曜日
先行研究（１）Sano (2005)
✤ Sano (2005)の説明では、「やばい」は意味拡張ではなく、意味変化したものと考えられるが、疑問が残る。
✤ 意味変化：【元々の意味 A】 >【 変化後の意味B】 一対一対応変化意味拡張：【元々の意味 A】 >【元々の意味 A】【 変化後の意味B】
✤ 副詞「かなり」との共起において「やばい」は否定的意味に偏るが、「すごい」は肯定的意味とも共起：例文 (11)(12)(13)(14)(15)参照
✤ ∴「やばい」を意味拡張として捉えるべきではないか？
13年9月23日月曜日
先行研究（２） Voßhagen (1999)
✤ Voßhagen (1999) は意味の向上現象に関して、二価志向性に基づき、段階性のある肯定・否定スケールを相補化し捉えることによるメトニミーとして説明
0neutral
+‘good’
−‘bad’
‘good’(alive)
‘bad’(dead)
✤ 【絶対値的意味】や強調詞を示す語に対する説明はどうするか？この説明の応用だけでは強調詞用法は説明出来ない。
✤ ∴相補化メトニミー以外の概念操作を想定する必要がある
13年9月23日月曜日
先行研究からの展開
✤ Sano (2005) の分析は今後の「やばい」の変化の予測として有効と捉え、現時点での「やばい」を肯定・否定・その他の混在する多義語であると考える。本研究では拡張の動機付けに関する考察を行う。（予稿集図１）
✤ Voßhagen (1999) の説明も「やばい」の意味の向上に寄与する概念操作であると考え、同時に別の概念操作も起こりうると考える。その概念操作は肯定・否定などの程度性から抽象的な程度性（絶対値的程度）を取り出すものであると措定する。
13年9月23日月曜日
スケール性の差異による分類
✤ 否定的意味・肯定的意味及び絶対値的意味・機能（強調詞）の異なりはスケールドメインにおける概念化の異なり
✤ それぞれ異なる概念化によって三つのイメージスキーマがあると考えられ、それらは有機的に関連していると考えられる。
✤ 否定スキーマから肯定スキーマへの拡張は相補化メトニミーと絶対値化と便宜的に呼ぶ概念操作によって拡張が可能になる
13年9月23日月曜日
スケール性の差異による分類
✤ Calusner & Croft (1999) Paradis (2001, 2008) を参考に「やばい」の分類を行う形容詞の分類に「有界性・無界性」の概念を持ち出す
✤ Paradisは形容詞における有界・無界はスケール性の段階性の有無及びスケールの極端を取るかという観点から以下のように分類する
Non-Gradable Adj. Limit Adj. Scalar Adj. Extreme Adj.段階性 − + + +反義関係 none non-scalar scalar scalar有界・無界 none 有界 無界 有界共起程度副詞 none Totality Mod. (有界) Scalar Mod. (無界) Totality Mod. (有界)
例 daily (completely)dead (very) long (absolutely) excellent
13年9月23日月曜日
否定的意味の概念化
✤ 例文(3)「ちょっとやばい」(11)「かなりやばい」など種々の程度副詞と共起することから無界形容詞と分類
✤ 否定/肯定スケールをドメインとして、程度性はスケールの否定側の極端を取らず、段階性のあるものとして概念化される (Scalar Adj.)
+positive
−negative norm 0
domain: negative-positive SCALE 図2
13年9月23日月曜日
肯定的意味の概念化
✤ 程度を弱める「ちょっと」との共起を調べると11例全て否定的「やばい」という事実を勘案すると有界形容詞 (Limit Adj.)といえる。
✤ 但し、簡易に口頭調査を行ったところ、程度副詞との共起を容認するというケースも見られため無界形容詞の性質も有すると考えられる
✤ 否定/肯定スケールをドメインとし、程度性はスケール性の肯定側の極端を取る場合と、極端を取らずに段階性が認められる２パターン
domain: negative-positive SCALE 図3
+positive
−negative norm0
13年9月23日月曜日
絶対値的意味の概念化
✤ (C)(C’)に属す「やばい」は肯定性・否定性を持たないため、純粋な程度性（絶対値性）を持つと考えられる
✤ 純粋な程度性は元々の否定（肯定）的な程度性から抽象化
✤ 純粋程度性を示す形容詞としての意味、他の語の程度性を強める働きがあることから無界性を有するものだと考える
13年9月23日月曜日
絶対値的意味の概念化
✤ (a)否定/肯定スケールドメインにおける程度性からその絶対値的なスカラー量をスキーマ的に抽出し概念化（b）別の種のスケールドメイン(否定/肯定性ではないもの)において具体化/言語化される場合、極端を取らずに段階性が認められる。（c）強調詞として具体化される場合他の語の程度性を強める。
domain: absolute-value SCALE
0
図4
+positivenorm 0
−negative
domain: negative-positive SCALE
Schematization
13年9月23日月曜日
絶対値からのアナロジー
✤ |-x|+y=x+y ⇒|-3|+5=8 数学の絶対値
✤ |やばい|+上手い≒とても上手い
✤ |やばい|+怖い≒とても怖い
✤ 数学の絶対値は正負に関係なくスカラーを取り出す概念言語ではより多くの意味が落ちている例：「バカうまい」 バカには元のバカの意味は漂白化
13年9月23日月曜日
否定スキーマから肯定スキーマへ
✤ 否定的スキーマから肯定的スキーマへの拡張は先に示した相補化によるメトニミーによる可能性は否定出来ない
✤ また、程度の甚だしさ示す絶対値的スキーマからの拡張である可能性も否定出来ない。その場合、絶対値的スキーマは肯定的スキーマへの拡張の節点となる。
13年9月23日月曜日
意味の向上に関するモデル化
否定性(bounded)
肯定性(bounded)
絶対値性(unbounded)
extension否定性(unbounded)
肯定性(unbounded)
schematization肯定性・否定性(un/bounded)
adj1 adj2
絶対値性(unbounded)
advadj
✤ 左図は絶対値化による拡張と相補化メトニミーを統合したモデル
✤ 右図は各意味的スキーマ（程度性）がどう実現形を持つかを示す
13年9月23日月曜日
多品詞・多言語への応用は可能か
✤ 例文(20)「バカに機嫌がいいじゃないか」（名詞への応用）
✤ 「でら（<どえりゃあ<どえらい）可愛いがや」（方言への応用）
✤ 例文(22) They look like wicked girl. （否定的意味の英語形容詞）例文(23) Your new hair looks wicked! (肯定的意味）
✤ It’s ridiculously hot today, isn’t it? (英語副詞への応用)
13年9月23日月曜日
結語
✤ 絶対値化、純粋な程度性を取り出すという概念操作が可能な条件はあるのか？どのような語には使えるのか。
✤ 絶対値化では想定していない程度性の抽象化以上の意味の希薄化はどのように扱うべきか？
✤ より多くの例を観察し、対象を増やし、仮説として立てた概念操作を検証する必要がある。
✤ ご清聴誠に感謝いたします
13年9月23日月曜日
参考文献
✤ Clausner, Timothy and William Croft (1999) “Domains and image schemas” Cognitive linguistics 10-1, 1-31.
✤ Langacker, Ronald, Ronald W. (1987) Foundations of CognitiveGrammar, Vol. 1: Stanford university Press, Stanford.
✤ Langacker, Ronald, Ronald W. (2008) Cognitive Grammar -A Basic Introduction-: Oxford University Press, New York.
✤ Paradis, Carita (2001) “Adjectives and boundedness” Cognitive linguistics 12-1, 47-65
✤ Paradis, Carita (2008) “Configurations, construals and change: expressions of DEGREE” English Language and Linguistics 12-2, 317-343
✤ Sano, Shinichiro (2005) “On the Positive Meaning of the Adjective Yabai in Japanese” SOPHIA LINGUISTICA 53: 109-130
✤ Ullman, Stephen(1962) Semantics: An introduction to the Science of Meaning: Blackwell, Oxford(池上嘉彦訳(1967)『言語と意味』 大修館書店, 東京)
✤ コンコーダンサ(少納言):http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/
13年9月23日月曜日
参考文献・辞書・コーパス
✤ Voßhagen, Christian (1999) “Opposition as a Metonymic Principle” in Metonymy in Language and Thought: 289-308
✤ 谷口 一美 (2003)『認知意味論の新展開：メタファーとメトニミー』(英語学モノグラフシリーズ 20) 研究社, 東京.
✤ 籾山 洋介 (2001) 「多義語の複数の意味を統括するモデルと比喩」『認知言語学論考』1: 29-58
✤ [辞書及びコーパス]
✤ 岩波書店『広辞苑:第五版』
✤ 日本語書き言葉均衡コーパス（BCCWJ）検索サイト(NINJAL for BCCWJ):http://ninjal-lwp-bccwj.ninjal.ac.jp/
13年9月23日月曜日
