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図1 データベースにあるハッチョウトンボDNAの塩基配列
ハッチョウトンボの環境DNA分析による 生息分布マップづくりを利用した保全活動
実施担当者 島根県立浜田高等学校
副校長 平野 謙二
1 はじめに
ハッチョウトンボは日本一小さく、とても愛くるしいトンボである。特にオスはその美しさか
ら“赤い妖精”と称されている。本校自然科学部員はこのトンボの魅力に惹かれ、数年前よりこの
トンボの調査研究を行い、自力飛翔能力の低いこのトンボが山越えするしくみを解明した。このト
ンボを地域の宝として保護し、生物多様性のあるその環境を保全するため「ハッチョウトンボ生息
分布マップ」づくりを行う。その手法として、近年その技術が開発され応用され始めている“環境
DNA技術”を利用することとした。この技術を利用すれば生息の可能性のある地の水を採集する
だけで存在の有無が判断でき、生物及び環境へ負荷をかけずに調査が可能となるばかりか、成虫出
現期間外でも調査できるメリットがある。ハッチョウトンボが好んで生息する環境を明らかにし、
地元の小中学生と協力してハッチョウトンボの保全活動を行う。
2 研究活動
2-1 浜田高校自然科学部による研究活動(生息分布マップづくり)
浜田高校自然科学部では、島根県浜田市雲城地区における「ハッチョウトンボの生息分布マ
ップ」づくりを目標として、環境DNA分析法による調査を実施している。環境DNAとは、
環境中の生物の皮膚やフン等に由来するDNAのことであり、湿地環境の水中
のDNAを調べることで、その生物の存在の有無を確認することができる。 【環境DNA調査の利点】 ①生物を捕獲せずに迅速に情報収集が可能 ②年間を通して調査が可能
【調査方法】 ①プライマー(DNA の複製を開始する短鎖 RNA)の設計・作成
図3 企画会の様子
図2 環境水の採水の様子
図4 交流学習会の様子① 図5 交流学習会の様子②
②プライマーの確認 ハッチョウトンボDANのみを増幅させ、他のトン
ボのDNAは増幅しないことを確認するための有効 性検証作業
③採 水
調査地ごとに一定量を採水し[図2]、PCR法 を用いて採水中のハッチョウトンボのDNAのみを 増幅し、ハッチョウトンボの存在の有無を確認する
研究の結果、自然科学部員たちが設計したハッチョウトンボDNA増幅用プライマーは完成
し、有効性の検証作業を経て実用化に成功した。現在、各地の環境水を採水し、環境水中の環
境DNAの有無を調べる調査を行っている。DNA存在の調査のみならず、毎月の定量的な定
点調査も行っており、将来的には環境DNA量の変化から発生個体数の予測等を目指している。
2-2 企画会
この活動をいろいろな立場の者が連携して進めていくた
め、定期的に話し合いをもつことにした。参加者は、地元公
民館、ハッチョウトンボを守る会、まちづくり委員会、雲城
小学校、金城中学校、浜田高校の代表者たちであった。 第1回は5月に「ハッチョウトンボを通じた人づくり郷づ
くり」を目指し、小学校を中心にトンボを通じた ESD 学習
に組むことを確認。トンボの PR、グッズ、歌などを通じて
の雲城のまちづくり、7月の観察会等の行事や保全活動につ
いて話し合った。7月の第2回では、今年度の取組み状況の
報告、トンボ生息地の維持活動や「観察会・学習会」につい て話し合った。第3回は 12 月に、激減するハッチョウトンボの生息地を守る保全活動に焦点化し
た話し合いが行われた。このように、地元の大人たちの熱い支援がこの活動を支えている。
2-3 浜田市立雲城小学校生徒と浜田高校生(自然科学部員)との活動
①交流学習会 地元の雲城小学校とは、いろいろな活動を共にしてきた。その一つが高校生である自然科学
部員が小学校に出向いてハッチョウトンボの生態について授業[図4・5]を行い、ハッチョ
ウトンボについての本を寄贈した。小学生たちにとっても身近な生物であるため、集中して聞
いている生徒が多かった。
図8 参加中学生と校長先生 図9 中学生を指導する高校生 図 10 参加中学生と校長先生
図 11 採集に熱中する中学生 図 13 ハッチョウトンボの成虫 図 12 ハッチョウトンボのヤゴ
図6 観察会の様子① 図7 観察会の様子②
②小学生とのトンボ観察会、観察撮影会&学習会 その他、小学生とトンボ公園で一緒に観察会を行った。高校生が観察会を通して小学生にハ
ッチョウトンボ観察のポイントをアドバイスしたり、生態について話しながら、環境保全の大
切さを教えた[図6・7]。また別日には、地域一般の方を対象とした観察撮影会&学習会を
開催した。
2-4 浜田市立金城中学校生徒と浜田高校生(自然科学部員)との活動
ハッチョウトンボが生息地に出現した6月中旬、浜田高校の自然科学部員は、生息地に近い金城 中学校の生徒とハッチョウトンボのヤゴの採集を行った。浜田高校の自然科学部員が中学生に採集
方法を指導し、ヤゴの同定を行った[図8~12]。採集したヤゴは学校で飼育し、羽化までの様子
を観察する予定であったが、残念ながら飼育が失敗し羽化の様子を観察することはできなかった。
2-5 地域一体となっての保全活動
この地域では、地元の年配の大人たちが子どもたちのため、郷土のためと、主体的にトンボ公園
の整備に取り組んでおられ、その熱心な活動ぶりには頭が下がる。近年、乾燥化が進みハッチョウ
トンボの数が激減している。そのため、湿地の乾燥化を防ぎ、ハッチョウトンボが卵を産める環境
を守ろうと、定期的に地域に呼びかけ草刈りを実施している[図 14]。また、減少したトンボ公園
図 14 草刈りの様子 図 15 スポット刈り 図 16 イグサ類移植作業①
図 17 イグサ類移植作業② 図 18 イグサ類移植作業③ 図 19 イグサ類移植作業④
のハッチョウトンボを復活させるため、スポット刈りで産卵場所を見えやすくしたり[図 15]、生
息に好適な環境づくりを目指し、土の入れ替えによる貧栄養化と、イグサ植物類の移植作業を実施
した[図 16~19]。すぐには増えないであろうが、2年後には効果が現れると期待している。
3 まとめ
ハッチョウトンボには他のトンボにはない魅力がある。草に止まっているトンボを指で簡単に捕
まえられるほど動きが緩慢で飛翔能力が弱く簡単に他のトンボやクモの餌食になるかと思えば、環
境の変化に敏感で最適環境を求めて果敢に山を移動する。そして何より美しいため愛着がもてる。 本校自然科学部は、地元の「まちづくり委員会」や「ハッチョウトンボを守る会」に協力して地
域活性や教育にも取り組んできた。一般対象の観察会や小学校に出向いての観察会、生息地保全の
ための除草作業、啓発のための研究発表等も行ってきた。高校生が小学生にハッチョウトンボにつ
いて教えたり観察会の講師を務める機会は珍しく、小学生のみならず高校生にとっての教育的効果
は大きい。地元の「まちづくり委員会」と公民館が中心となって推進している“妖精の守り人プロ
ジェクト”として、浜田市の支援もいただきながらこれまで地道ながら活動を続けてきた。この活
動を通じて、地元の子供たちが地域の自然環境の素晴らしさ(生物多様性)に気づき、ふるさとを
愛する心を高めていること(ふるさと教育)が、感想文等から確認できた。 浜田高校自然科学部の“環境DNA技術”による研究では、ハッチョウトンボのDNAだけが増
えるプライマーの設計を大学の協力を得て完了することができた。ハッチョウトンボのプライマー
設計はまだ誰も行っておらず、完成により、年間いつでも各地の環境水を調査することでハッチョ
ウトンボ生息の有無を確認することができるようになったのは大きな成果といえる。「ハッチョウ
トンボ生息分布マップ」の完成までには至らなかったものの、完成の一歩手前まで進めることがで
きたといえる。今後も調査を進め、保全活動だけでなく、研究の採水作業でも小学校・中学校と連
携し、生息マップを完成させたい。県の絶滅危惧Ⅱ類の指定を受けているこのトンボが今後もこの
地で生息できる環境を特定し、保全活動へとつなげていきたい。
謝 辞
国立大学法人島根大学生物資源科学部の高原輝彦講師には、環境DNAの分析等、高校生自然科
学部員への技術指導でお世話になりました。心より感謝申し上げます。 なお、この活動の成果は 公益財団法人 中谷医工計測技術振興財団の助成によるものであること
を申し添えます。