9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント 東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助 教授を経て、2006年より現職。この間、アメリカ航空宇宙局NASAゴッダー ド研究所、内閣府総合科学技術会議事務局にも勤務。地球水循環システムを 専門とし、気候変動がグローバルな水循環に及ぼす影響やヴァーチャルウォ ーターを考慮した世界の水資源アセスメント、水文学へのリモートセンシン グの応用などを主な研究対象にしている。気候変動に関する政府間パネル (IPCC)第5次報告書統括執筆責任者、国土審議会委員、科学技術・学術審 議会や社会資本整備審議会の専門委員などを務める。 主な著書に、『水の世界地図第2版』(監訳/丸善出版 2010)、『水危機 ほん とうの話』(新潮社 2012)、『水の日本地図—水が映す人と自然』(共著/朝 日新聞出版 2012)、『東大教授』(新潮社 2014)ほか 気候変動による リスクマネージメント 7年前の『水の文化』26号で、 「高騰するエネルギーと水資源 100年後どうなる どうする水文化 」 について語ってくださった沖大幹さん。 当時の日本には、 温室効果ガスの排出量を2008年から2012年の間に6%削減しよう (1990年比)という気運が高まっていると同時に 懐疑的な意見もありました。 IPCCの第5次報告書の 水資源の章の統括執筆責任者を務められた沖さんに、 気候変動が人間活動によって影響を受けているという事実と、 リスクマネージメントの方向性についてうかがいました。 Intergovernmental Panel on Climate Change: 63 United Nations Environment Programme: World Meteorological Organization: Assessment Report 26 Working Group 12 19 沖 大幹 さん おき たいかん 東京大学生産技術研究所教授  博士(工学)

気候変動 促す 個によるリスクマネージメント · 2018. 9. 27. · 9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント 東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助

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Page 1: 気候変動 促す 個によるリスクマネージメント · 2018. 9. 27. · 9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント 東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助

9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント

東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助教授を経て、2006年より現職。この間、アメリカ航空宇宙局NASAゴッダード研究所、内閣府総合科学技術会議事務局にも勤務。地球水循環システムを専門とし、気候変動がグローバルな水循環に及ぼす影響やヴァーチャルウォーターを考慮した世界の水資源アセスメント、水文学へのリモートセンシングの応用などを主な研究対象にしている。気候変動に関する政府間パネル

(IPCC)第5次報告書統括執筆責任者、国土審議会委員、科学技術・学術審議会や社会資本整備審議会の専門委員などを務める。

主な著書に、『水の世界地図第2版』(監訳/丸善出版 2010)、『水危機 ほんとうの話』(新潮社 2012)、『水の日本地図—水が映す人と自然』(共著/朝日新聞出版 2012)、『東大教授』(新潮社 2014)ほか

気候変動が促す、個によるリスクマネージメント

7年前の『水の文化』26号で、

「高騰するエネルギーと水資源 100年後どうなる どうする水文化 」

について語ってくださった沖大幹さん。

当時の日本には、

温室効果ガスの排出量を2008年から2012年の間に6%削減しよう

(1990年比)という気運が高まっていると同時に

懐疑的な意見もありました。

IPCCの第5次報告書の

水資源の章の統括執筆責任者を務められた沖さんに、

気候変動が人間活動によって影響を受けているという事実と、

リスクマネージメントの方向性についてうかがいました。

IPCCとは

気候変動に関する政府間パネル

(Intergovernmental P

anel on Clim

ate Change:

IPCC)は、地球温暖化について

の科学的な研究の収集、整理を行

なう国際的な専門家で構成された

組織です。

1988年(昭和63)に国際連合

環境計画(U

nited Nations E

nvironment

Program

me:

UNEP)と国際連合の

専門機関にあたる世界気象機関

(World M

eteorological Organization:

WMO)

との共同で設立されました。

1990年(平成2)以来、数年

おきに「評価報告書(A

ssessment

Report

)」を発行していますが、地

球温暖化に関する世界中の数千人

の専門家の科学的知見を集約した

報告書で、国連気候変動枠組み条

約(UNFCCC)における議論の科

学的根拠とされるということもあ

り、大きな影響力を持っています。

昨年から今年(2014年〈平成26〉)

にかけて、第5次評価報告書(A

R5)が公表されています。

評価報告書の作成は、三つの作

業部会(W

orking Group

)に分かれて

行なわれています。第一作業部会

は気候システム及び気候変動に関

する科学的知見の評価(温暖化の科

学的根拠)、第二作業部会は気候変

動に対する社会経済システムや生

態系の脆弱性、気候変動の影響及

び適応策の評価(影響と適応)、第三

作業部会は温室効果ガスの排出抑

制及び気候変動の緩和策の評価

(温暖化の緩和対策)を担当します。

地球は

確かに温暖化している

2000年(平成12)に発表され

た第3次評価報告書までは「人間

活動の影響で地球が温暖化してい

る」ということに対して、日本で

はまだ「本当なのか」という懐疑

的な意見がありました。それが7

年前の2007年(平成19)に発表

された第4次評価報告書に至って、

ようやく「地球は確かに温暖化し

ており、どうやらその原因をつく

沖 大幹 さんおき たいかん

東京大学生産技術研究所教授 

博士(工学)

Page 2: 気候変動 促す 個によるリスクマネージメント · 2018. 9. 27. · 9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント 東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助

-0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.25 1.5 1.75 2.5℃

地上気温変化の分布は、左ページの図Cの橙グループのデータから線形回帰で求めたもの。データが有効で確実な推定が可能である場所(70%以上の完全な記録がそろっており、かつ期間の最初の10%と最後の10%においてそれぞれ20%以上のデータが利用可能な格子のみ)について計算され、それ以外の領域は空白(背景色)としている。〈+〉の記号で示しているのは、危険率10%の水準で変化傾向が見られる格子点。

A観測された1901~2012年の地上気温の変化

0-2.5-5-10-25-50100 2.5 5 10 25 50 100mm/10年

1901~2010 年の110年間と1951~2010 年の60年間に観測された、降水量変化の傾向を比較した分布図。近年の60年間のほうが、変化が激しい(年降水量の変化傾向は図Aと同じ判定基準を用いて計算されている)。

B観測された陸域の年降水量の変化1901~2010年 1951~2010年

10水の文化 48『減災力』 2014/11

っているのは人間活動のようだ。

そして温暖化は気候変動に影響を

与えている」というところまで認

められて、「その解決のためには、

今、行動を起こさなくては」とい

う気運が高まったように思います。

この年にIPCCは、アメリカ

の元副大統領アル・ゴアとともに

ノーベル平和賞を受賞しました。

第5次評価報告書では、自然へ

の影響を対象にしている第一作業

部会が「温室効果ガスが地球温暖

化に影響していることは間違いな

い」と言い切っていますし、第二

作業部会では、地球温暖化は地域

間格差やライフスタイルの違いに

左右されると言っています。第三

作業部会でも同じ論調の報告にな

っています。

評価報告書も第5次まで発表さ

れ、地球温暖化と気候変動の関係

は、一般の人にも広く知られるよ

うになりました。第4次評価報告

書以降は、行政サイドの水管理、

洪水防災意識にも大きな変化を促

しました。第5次評価報告書は、

こうした時代の空気が色濃く反映

されたものになっていると思いま

す。

個による

リスクマネージメント

第二作業部会では、今回の報告

に「気候変動がなくても、自然災

害は起こる」というメッセージを

込めました。個々人が、自らの裁

量でリスクマネージメントをしな

いと自分を守れない時代であるこ

との自覚を促しています。

現代社会には自然災害だけでな

く、テロや内戦や飢饉や疫病の大

流行など不本意な死に方をするリ

スクが広範囲に存在します。不本

意な死を遠ざけるためには、道路

や橋など老朽化したインフラの更

新、貧困対策や教育の充実にも投

資が必要です。安全で豊かな生活

を維持するためには、気候変動へ

の対策だけでなく総合的に考えて

いくべき、という時代がきていて、

私たち一人ひとりがさまざまなリ

スクの存在を自覚して、備え、自

衛しなくてはなりません。

防災から減災へ

明治以来、梅雨や台風シーズン

に1000人規模で被害者が出て

いた自然災害を、日本は克服しよ

うと努力してきました。先日50年

に一度という大雨が降った長崎で

も、甚大な被害を回避することが

できました。

戦後の防災対策のお蔭で、この

ように治水安全度はかなり確保さ

れるようになりましたが、気候変

動によって、狭い分野で個々に安

図はすべて気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「第5次評価報告書(第1作業部会報告書)」より編集部で作図

Page 3: 気候変動 促す 個によるリスクマネージメント · 2018. 9. 27. · 9 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント 東京大学大学院工学系研究科修了。東京大学生産技術研究所助手・講師・助

11 気候変動が促す、個によるリスクマネージメント

全対策をする従来のやり方では守

れない状況になる恐れがあります。

加えて、財政難でできることが限

られてきています。そういう社会

状況が「適切な身の守り方」や

「バランスの取れた生き方」を求

めているのではないでしょうか。

防災が減災に移行したのは、1

00%の安全は実現できないとい

う限界が見えてきたからでしょう。

そして減災と言ったときに、ど

の段階まで減災するのかをみんな

で決めて合意する必要があります。

たとえ莫大なコストをかけ、住民

に無理を強いたとしても絶対安全

を担保するのは極めて困難ですし、

それを実現するためのコストを誰

が負担するのかも決めなくてはな

りません。理想形を追求するだけ

でなく、こうした現実的な部分を

決めていく必要があります。

幸福度を指標として

地球温暖化の影響は少しずつ表

われてくるので、個人の行動様式

の変革(transform

ation

)だけで止める

には限界があります。地球温暖化

を緩和するには、個人の努力だけ

ではなく、公共交通機関を充実さ

せたり、住む場所や住まい方を制

限するといった国の政策も併せて

必要となります。

特に欧米は、これまで個人の努

力で地球温暖化を止めようとは考

えてきませんでした。ところが第

5次評価報告書には、「ライフス

タイルを変えよう」とか「まちの

在り方を変えよう」という行動様

式の変革を求める文言が入ってき

ています。この変化は、事態がそ

こまで深刻になっていることを欧

米諸国が認識したことの現れです。

そこには人類の子孫の可能性を狭

めることをしないように、という

戒めがあるように思います。

そもそも気候変動や水危機の解

決に向けた取り組みは、人類の幸

福度を短期的にも長期的にも高め

るためです。私の研究室では、専

門である水文学に留まらず、主観

的幸福度やリスク学といった他の

学術分野の研究成果も取り込んで、

より安全・安心かつ快適で豊かな

社会の構築を目指す研究に取り組

んでいます。

どこに、どれだけコストをかけ

ればバランスの取れた幸福度が得

られるのか。これが指標化できれ

ば、治水や水資源管理の安全度の

合意形成に寄与できると夢見てい

ます。

取材:

2014年7月7日

1850

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1961

2000

1990

年平均

10年平均

1850~2012 年までに観測された、陸域と海上とを合わせた世界平均地上気温の偏差を表わしたグラフ。偏差の基準は1961~1990年の平均を0.0℃とする。

黒、赤、橙の三つのグループのデータを表示するが、「年平均」の折れ線グラフのほかに、傾向を見るために「10年平均」も表示している。黒グループ(灰色の陰影)のデータについては不確実性の推定を含む。

C世界平均地上気温の変化 1850~2012年

1950 2000

2005 2081 21001986

2050 2100

RCP 2.6 RCP 4.5

RCP 6.0

RCP 8.5

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2.0

3.0

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5.0℃

四つのRCP(Representative Concentration Pathways:代表濃度経路)シナリオを想定して予測した2081~2100 年の世界平均地上気温。偏差の基準は1986~2005年の平均を0.0℃とする。見込まれる不確実性の幅を、彩色した縦帯で示している。

RCP 2.6

RCP 4.5

RCP 6.0

RCP 8.5

低位安定化シナリオ将来の気温上昇を産業革命以前と比べて2℃以下に抑えるという目標のもとに開発された温室効果ガス排出量が最も少ないシナリオ

高位参照シナリオ2100年の気温が産業革命以前と比べて5℃程度上昇する温室効果ガス排出量が最も多いシナリオ

中位安定化シナリオ

高位安定化シナリオ

過去の期間のモデル結果陰影は予測と不確実性の幅を示す

E世界平均地上気温の将来予測          2081~2100年平均

RCPシナリオ RCP = Representative Concentration Pathways(代表濃度経路)

1960 1970 1980 1990 2000 2010310

350

390ppm

マウナロア(北緯19 度32 分 西経155 度34 分)

南極(北緯29 度10 分 西経15 度30 分)

D大気中の二酸化炭素

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