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NTT技術ジャーナル 2016.1 53 グローバルスタンダード最前線 NTTグループは,電磁妨害波や雷 サージから通信設備を防護し,高品 質 ・ 高信頼性の通信サービスを提供 するため,通信設備の電磁環境適合 性(EMC)に関する国際標準規格の 作成に参画しています.ここでは, 2015年10月に開催されたITU-T SG5 会合における最新の標準化動向につ いて報告します. NTTグループの EMCに対する取り組み NTTグループは,通信サービスの 品質と信頼性の維持 ・ 向上を目的と し て, 電 磁 環 境 適 合 性(EMC: ElectroMagnetic Compatibility) に 関する社内標準を定め,通信装置の 開発 ・ 調達時に必要な技術的要件を テクニカルリクワイヤメント(TR) として規定し,運用しています(1 ).EMCに 関 す る 基 本 規格は, IEC(International Electrotechnical Commission)やCISPR(Comité International Spécial des Perturbations Radioélectriques)が作 成し,通信装置に求められる要求条 はITU-T(International Telecommunication Union- Telecommunication Standardization Sector)のSG5(Study Group 5 ) が作成するKシリーズのITU-T勧告に 規定されています.NTTが発行する TRは,これらの国際標準規格にほぼ 準拠しており,NTTグループが提供 する通信サービスの品質および信頼性 に大きくかかわっています.ここでは, ITU-T SG5における最新の標準化動 向について紹介します. ITU-T SG5 WP1/WP2の概要 ITU-Tはスイス ・ ジュネーブに事 図 1  NTTグループのEMC社内標準とテクニカルリクワイヤメント EMC 1.1 「通信装置のEMCに関する標準」(社内標準) 第 5 版 2015年 7 月23日 【遵守】 「通信装置から発生する妨害波に関するテクニカルリクワイヤメント」 TR550004号第 4 版 2009年12月18日 【推奨】 「通信装置の電磁妨害波耐力(イミュニティ)に関するテクニカルリクワイヤメント」 TR549001号第 3 版 2005年 5 月11日 【遵守】 「通信センタ内における無線機器利用を想定した通信装置のイミュニティに関するテクニカルリクワイヤメント」 TR549002号第 1 版 2015年 9 月18日 【一部遵守】 「通信装置の過電圧耐力に関するテクニカルリクワイヤメント」 TR189001号第 2 版 2012年 6 月29日 【遵守】 「宅内情報通信装置用外部電源の電気安全に関するテクニカルリクワイヤメント」 TR177001号第 1 版 2012年 6 月29日 【遵守】 「通信機械室内に設置される照明器具から発生する妨害波に関するテクニカルリクワイヤメント」 TR174001号第 2 版 2015年 9 月18日 ITU-T SG5における通信EMCの標準化動向 なかむら 村 尚 なおみち /奧 おくがわ 川 雄 ゆういちろう 一郎 /高 谷 和 かずひろ NTTネットワーク基盤技術研究所

グローバルスタンダード最前線 ITU-T SG5におけ … NTT技術ジャーナル 2016.1 グローバルスタンダード最前線 務局を置き, 通信分野に関する国際標

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NTT技術ジャーナル 2016.1 53

グローバルスタンダード最前線

NTTグループは,電磁妨害波や雷サージから通信設備を防護し,高品質 ・ 高信頼性の通信サービスを提供するため,通信設備の電磁環境適合性(EMC)に関する国際標準規格の作成に参画しています.ここでは,2015年10月に開催されたITU-T SG5会合における最新の標準化動向について報告します.

NTTグループの EMCに対する取り組み

NTTグループは,通信サービスの品質と信頼性の維持 ・ 向上を目的と

し て, 電 磁 環 境 適 合 性(EMC: ElectroMagnetic Compatibility) に関する社内標準を定め,通信装置の開発 ・ 調達時に必要な技術的要件をテクニカルリクワイヤメント(TR)として規定し,運用しています(図1).EMCに 関 す る 基 本 規 格 は,IEC(International Electrotechnical Commission)や CISPR(Comité I n t e r n a t i o n a l S p é c i a l d e s Perturbations Radioélectriques)が作成し,通信装置に求められる要求条件 等 は ITU-T(International T e l e c o m m u n i c a t i o n U n i o n -

Telecommunication Standardization Sector)のSG5(Study Group 5 )が作成するKシリーズのITU-T勧告に規定されています.NTTが発行するTRは,これらの国際標準規格にほぼ準拠しており,NTTグループが提供する通信サービスの品質および信頼性に大きくかかわっています.ここでは,ITU-T SG5における最新の標準化動向について紹介します.

ITU-T SG5 WP1/WP2の概要

ITU-Tはスイス ・ ジュネーブに事

図 1  NTTグループのEMC社内標準とテクニカルリクワイヤメント

EMC 1.1 「通信装置のEMCに関する標準」(社内標準)  第 5版 2015年 7 月23日

【遵守】「通信装置から発生する妨害波に関するテクニカルリクワイヤメント」TR550004号第 4版 2009年12月18日

【推奨】「通信装置の電磁妨害波耐力(イミュニティ)に関するテクニカルリクワイヤメント」TR549001号第 3版 2005年 5 月11日

【遵守】「通信センタ内における無線機器利用を想定した通信装置のイミュニティに関するテクニカルリクワイヤメント」TR549002号第 1版 2015年 9 月18日

【一部遵守】「通信装置の過電圧耐力に関するテクニカルリクワイヤメント」TR189001号第 2版 2012年 6 月29日

【遵守】「宅内情報通信装置用外部電源の電気安全に関するテクニカルリクワイヤメント」TR177001号第 1版 2012年 6 月29日

【遵守】「通信機械室内に設置される照明器具から発生する妨害波に関するテクニカルリクワイヤメント」TR174001号第 2版 2015年 9 月18日

ITU-T SG5における通信EMCの標準化動向

中なかむら

村 尚なおみち

倫 /奧おくがわ

川 雄ゆういちろう

一郎 /高た か や

谷 和かずひろ

宏NTTネットワーク基盤技術研究所

NTT技術ジャーナル 2016.154

グローバルスタンダード最前線

務局を置き, 通信分野に関する国際標準規格であるITU-T勧告を発行しています.現在,ITU-Tには11個のSGが設置されており,通信設備のEMCに関するITU-T勧告はSG5(環境と気候変動)で作成されています.また,SG5は 3 つ のWP(Working Party)で構成されていますが,通信設備の過電圧問題や接地条件,および電気安全にかかわる課題はWP1で検討され,電磁妨害波に対するエミッション許容値,イミュニティ要求条件,および人体暴露についてはWP2で検討されています.

本会期(Study Period 2013-2016)は,WP1およびWP2において,図 2に示す検討課題が設定されており,ここでは,2015年10月12〜23日にスイス ・ ジュネーブにて開催されたSG5会合における審議動向を紹介します.本会合において,合意(コンセント)された既存勧告の改訂案および新規勧告案は表のとおりです.

WP1の審議動向

WP1は,落雷時に発生する過電圧や,電鉄 ・ 電力線からの電磁誘導等に起因する電磁干渉から通信装置を保護する方法について検討しています.以下に,課題 2 から課題 5 の審議状況を紹介します.■課題 2

課題 2 では,バリスタ,避雷管などの過電圧防護素子に関する試験方法や要求条件に関する検討を行っていま

す.英国,ドイツより,PoE(Power over Ethernet)搭載装置のイーサネットポートにおけるディファレンシャルモードの雷サージに対する脆弱性を指摘する寄書が提出され,ペア線とペア線の間に1500 Vのサージを印加する試験方法が提案されました.次会合以降,本試験の必要性について審議される予定です.このほか,通信ケーブルの混触時の発熱問題に関する記載が既存勧告K.20,K.21,K.45,K.82のSup-plementとして追加されました.■課題 3

課題 3 では,電鉄 ・ 電力線からの電磁誘導問題や地絡時の安全に関する検

討を行っています.変電所が地絡した場合の大地電位上昇を考慮した大地インピーダンスの測定方法を規定する新規勧告案K.hvps2の最終案が本会合においてコンセントされました.また,柱上に設置される通信装置の保護方法を規定する新規勧告案K.tup,および電力線と通信線で電柱を共用する場合の混触事故の保護方法を規定する新規勧告案K.jupもコンセントされました.■課題 4

課題 4 では,通信装置のインタフェースに対する過電圧耐力の要求条件と防護方法,および電気安全に関する検討を行っています.NTTより,

ITU-TSG5

WP1(損傷の防止と安全)

WP2(電磁界:エミッション,イミュニティおよび人体ばく露)

課題 2(防護素子とアセンブリ)

課題 3(電気通信網に対する電力および電鉄からの妨害)

課題 4(通信装置の過電圧耐力と安全)

課題 5(通信システムの雷防護と接地)

課題 6(ICT設備/通信装置の融合に起因するEMC問題)

課題 7(無線システムおよび移動体による電磁界の人体ばく露)

課題 9(電気通信設備のEMC共通勧告および製品群勧告)

課題 8(ホームネットワークのEMC問題)

課題10(電磁環境に関する情報通信装置のセキュリティ)

課題11(情報社会のEMC規定)

図 2  ITU-T SG5 WP1/WP2の課題構成

NTT技術ジャーナル 2016.1 55

イーサネットポートの雷サージ試験方法の問題点を指摘する寄書を提出し,次会合以降に,既存勧告K.20,K.21,K.44,K.45の改訂案として検討を開始することが合意されました.また,電源線と通信線を橋絡する雷防護方法に つ い て もNTTよ り 提 案 し,IEC TC108と連携した検討が開始されることとなりました.このほか,過電圧試験時に印加するサージ波形の発生回路の構成を記載したK.44 改訂第 2 版がコンセントされました.■課題 5

課題 5 では,通信システムの接地構成およびリスク管理に関する検討を行っています.今会合では,無線基地局用給電トランスの雷防護に関する新規勧告案K.ldt,無線基地局の接地,ボンディングに関する新規勧告案

K.tot,および無線基地局周辺の構造物に対する雷防護方法に関する新規勧告案K.nttの最終案が中国より提案され,コンセントされました.また,通信網において想定される雷サージのレベルや波形を記載した既存勧告K.67の改訂案がブラジルより提案され,通信線への直撃雷の計算モデルなどに対する審議を経て,コンセントされました.このほか,TT接地系およびIT接地系における雷防護方法に関する新規勧告案の作成が新規ワークアイテム名K.pspとして承認されました.

WP2の審議動向

WP2では,通信装置のエミッションおよびイミュニティと,電波に対する人体防護についての検討を行ってい

ます.以下に,課題 6 から課題11の審議状況を紹介します.■課題 6

課題 6 では,通信の自由化による電気通信網の相互利用に関連したEMC問題についての検討を行っています.ケーブルのEMC,耐圧,および安全に関する要求条件と対策方法を規定する既存勧告K.59の改訂案についての審議が行われ,ITU-T勧告G.993.2に記載のLCL(縦電圧変換損)の規定値が反映された後,最終案がコンセントされました.また,無線システムへの電磁妨害波を最小化するための有線通信網からのエミッションレベルと測定方法を規定する既存勧告K.60の改訂案についても,さまざまな測定距離に対するエミッション許容値の換算式が追加され,コンセントされました.■課題 7

課題 7 では,無線システムのアンテナ周囲における電磁ばく露に関する検討を行っています.電磁界のマッピング方法を記載した新規勧告案K.mapsについては,電界強度に応じた分布図の配色の選択など,実用的な観点からの議論が行われ,コンセントされました.また,電磁界の人体ばく露に対する制限への適合ガイダンスに関する既存勧告K.52の改訂案に対して,情報通信研究機構(NICT)とNTTドコモが共同で,携帯電話基地局の出力測定に関する適用除外規定の追加を提案し,次会合以降,継続検討となりました.

表 本会合において合意された勧告リスト

ワークアイテム 勧告名

K.44(改訂) 過電圧および過電流に対する通信装置の耐力試験(基本勧告)

K.59(改訂) ケーブルの接続についてのEMC,耐力,安全に関する要求条件と手順

K.60(改訂) 無線サービスに対する電磁妨害を最小化するための有線通信ネットワークに対するエミッション許容値と測定法

K.67(改訂) 雷によって発生する通信ネットワークへのサージ予測K.hvps2(新規) 設置システムに対する対地インピーダンスの決定法K.tup(新規) ユーティリティポールに対する通信設備の設置法K.jup(新規) 接地された電力線と通信線の共架柱への設置法K.ldt(新規) 無線基地局の変圧器に対する雷防護K.ntt(新規) 通信鉄塔の周囲構造物の雷防護 K.maps(新規) 電磁ばく露に関する電磁界分布図の作成法K.bts_emc(新規) デジタル携帯電話基地局のEMC要求条件と測定法K.secmiti(新規) 電磁波セキュリティ脅威に対する影響緩和策K.ter_emc(新規) 無線通信端末のEMC要求条件と試験法

NTT技術ジャーナル 2016.156

グローバルスタンダード最前線

■課題 8課題 8 では,ホームネットワークを

構成する通信装置のEMC規定について検討しています.CISPRにおいて,CISPR 20(音声 ・ TV放送受信機とその関連機器のイミュニティ規格)とCISPR 24(情報技術装置のイミュニティ規格)が統合され,新たにCISPR 35(マルチメディア機器のイミュニティ規格)が策定される予定であることから,これらと関係の深い,宅内通信装置のイミュニティを規定する既存勧告K.93の見直しが開始されました.■課題 9

課題 9 では,新規通信サービスに対応したEMC規格の検討と,既存勧告のメンテナンスを行っています.NTT主導で検討中の通信施設内に導入される電気装置のエミッション要求条件を規定する新規勧告案K.e_faci第2 版,および通信装置近傍における無線機器利用を想定したイミュニティ要求条件を規定する新規勧告案K.prox第 1 版に対する審議が行われました.K.e_faciについては,これまでの通信施設内における電磁環境を維持するために,電気装置に求められるエミッション許容値をCISPR 22,およびCISPR 32と同等レベルとすることで合意しました.一方,K.proxについては,想定する無線機器を2.4/5.2/5.6 GHz帯の無線LANに限定した検討を開始し,IEC 61000-4-39(近接放射イミュニティ試験法:作成中)の検討状況を考慮しながら,段階的にほかの無線機器,周波数帯に拡張していく方

針で合意しました.このほか,通信施設内に導入される照明器具のEMC要求条件を規定する勧告案作成に関するNTT提案も新規ワークアイテム名K.lightとして承認されています.■課題10

課題10では,通信設備の電磁波セキュリティについて検討しています.NTTより,電磁波攻撃に対する影響緩和策に関する新規勧告案K.secmitiの最終案を提出し,適用範囲を明確化する修正を経て,コンセントされました.K.secmitiの勧告化により,NTT主導で検討されてきた電磁波セキュリティに関する一連の勧告群(K.78,K.81,K.84,K.87,K.secmiti)の標準化が完了しました.また,NTTから提案した,宇宙放射線によるソフトエラー

(電子機器中のLSIや半導体が二次宇宙線の中性子線等によって誤作動を発生させる現象)を回避するための勧告作成が承認され,概要(K.soft_ba),試 験 法(K.soft_test),品 質 推 定 法

(K.soft_mes), 設 計 法(K.soft_des)の 4 つに分けて勧告化することが承認されました.■課題11

課題11では,無線システムにおけるEMC問題について検討しています.無線端末のEMC要求条件を規定する新規勧告案K.ter_emcの最終案についての審議が行われ,用語の見直しなどの修正を経て,コンセントされました.次会合以降は,2.4 GHz帯の人体ウェアラブル機器の電磁環境を規定する新規勧告案K.bwenvについての審議が進

められる予定です.

今後の課題

ここでは,ITU-T SG5 WP1/WP2における最新の標準化動向を紹介しました.通信装置やモバイル端末のグローバルな進展に伴って,通信設備を取り巻く電磁環境も急速に変化したため,欧米諸国や日本だけでなく,開発途上国からもさまざまな課題提案が積極的に行われています.また,ITU-T勧告は,通信設備の特性に応じた試験方法や要求条件を規定する国際規格であり,NTTグループが調達基準に用いるTRと直結しています.今後も,通信設備を取り巻く環境の変化に応じた標準化活動を推進し,通信サービスの品質 ・ 信頼性向上に貢献していきます.