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- 1 - 地すべりハンドブック -地すべりを知るためのガイド- リン・ハイランド(アメリカ合衆国地質調査所) ピーター・ボブロウスキー(カナダ地質調査所) このハンドブックは、地すべりによって被害を受けた方々にとって詳しい知識、特にその近隣や地域 社会に特有な条件について知るための拠り所となることを意図しております.地すべりに関してはかな りな文献や研究成果を網羅しています.しかし、残念ながら地球上のどんな場所にも、どんな特異な地 質や気象条件にも合うようにまとめられているという訳ではありません.地すべりは、世界中のあらゆ る気象条件や地形のところで発生します.金銭的損失は年間何 10 億ドルにも達し、毎年何千人もの死 傷者がでています.こうしたことは、しばしば長期間の経済的混乱や人口移動や自然環境へのマイナス 効果をもたらします. 時代遅れの土地利用政策を取っていると、地すべりを起こしやすい土地を利用するような結果となっ てしまうことにもなりかねません.身に感じるとか実際に危険な状態であったり、地質災害による潜在 的な損害が生じている場合に、それを最小限に留めるはずの土地利用政策が貧弱であったり、そんな政 策すら無いというようなケースはたくさんあって、政治的理由であったり、文化的理由であったり、経 済的理由であったり、地域社会の込み入った事情であったりします.地すべり災害は、しばしば地域的 な問題として特徴づけられます.しかし、その影響や分担費用が、複数の地区を跨ぐようなことは頻繁 に起きることであり、州あるいは市町村あるいは国家単位の問題になることもあります. 人口が増加すると地理的な制約を受けて、不安定斜面であったり、急斜面であったり、あるいは遠隔 地に土地を求めざるを得なくなるでしょう.地すべりの恐れがある箇所を安定化させるのは、非常にお 金のかかることですが、居住者によっては他に移転する場所が無い場合も少なくありません.幸いにも、 少なくとも個人の当面の安全を確保するためには、簡単で“ローテック”な予防処置や対応が可能です. そこで、このハンドブックではそのような多くの対処法を簡単に解説しています.可能ならば、専門技 術者や地質学者あるいは不安定斜面をうまく処理する経験を積んだ人達の援助を求め、行動を起こす前 に彼らに相談されることを強くお薦めします.このハンドブックは、住宅所有者・自治体の長・危機管 理者・決定権者といった人達が、地すべり災害に対応するのにどのような対処法があり、どのようなも のが頼みとなるのか認識しておいて、いざという時に積極的な行動を取って頂く助けになることを目指 しております.

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地すべりハンドブック -地すべりを知るためのガイド-

リン・ハイランド(アメリカ合衆国地質調査所)

ピーター・ボブロウスキー(カナダ地質調査所)

序 文

このハンドブックは、地すべりによって被害を受けた方々にとって詳しい知識、特にその近隣や地域

社会に特有な条件について知るための拠り所となることを意図しております.地すべりに関してはかな

りな文献や研究成果を網羅しています.しかし、残念ながら地球上のどんな場所にも、どんな特異な地

質や気象条件にも合うようにまとめられているという訳ではありません.地すべりは、世界中のあらゆ

る気象条件や地形のところで発生します.金銭的損失は年間何 10 億ドルにも達し、毎年何千人もの死

傷者がでています.こうしたことは、しばしば長期間の経済的混乱や人口移動や自然環境へのマイナス

効果をもたらします.

時代遅れの土地利用政策を取っていると、地すべりを起こしやすい土地を利用するような結果となっ

てしまうことにもなりかねません.身に感じるとか実際に危険な状態であったり、地質災害による潜在

的な損害が生じている場合に、それを最小限に留めるはずの土地利用政策が貧弱であったり、そんな政

策すら無いというようなケースはたくさんあって、政治的理由であったり、文化的理由であったり、経

済的理由であったり、地域社会の込み入った事情であったりします.地すべり災害は、しばしば地域的

な問題として特徴づけられます.しかし、その影響や分担費用が、複数の地区を跨ぐようなことは頻繁

に起きることであり、州あるいは市町村あるいは国家単位の問題になることもあります.

人口が増加すると地理的な制約を受けて、不安定斜面であったり、急斜面であったり、あるいは遠隔

地に土地を求めざるを得なくなるでしょう.地すべりの恐れがある箇所を安定化させるのは、非常にお

金のかかることですが、居住者によっては他に移転する場所が無い場合も少なくありません.幸いにも、

少なくとも個人の当面の安全を確保するためには、簡単で“ローテック”な予防処置や対応が可能です.

そこで、このハンドブックではそのような多くの対処法を簡単に解説しています.可能ならば、専門技

術者や地質学者あるいは不安定斜面をうまく処理する経験を積んだ人達の援助を求め、行動を起こす前

に彼らに相談されることを強くお薦めします.このハンドブックは、住宅所有者・自治体の長・危機管

理者・決定権者といった人達が、地すべり災害に対応するのにどのような対処法があり、どのようなも

のが頼みとなるのか認識しておいて、いざという時に積極的な行動を取って頂く助けになることを目指

しております.

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地すべりについてもっと詳しくお知りになりたい方々のために、参考文献のリストを用意しており、

プリントしたものかあるいはウエブサイト(インターネット)でも入手することができるようにしてお

ります.私達は、情報が自治体の長や決定権者によってその地域の人々に広められることを願っており

ますので、こうした人達にこのハンドブックをお薦めします.世界中の人々の識字率の差にも答えられ

るように、写真や図を使用することで、視覚による情報伝達に重きをおきました.私達は、このハンド

ブックの利用をさらに促進するために、資金調達ができ次第、様々な言語に翻訳することを計画してい

ます.

私達は、コメントやご批判を歓迎致します.そこで、私達への連絡方法や各々の名前と所属機関の住

所を下記に示しておきました.

さらに詳しい情報を必要とする方々のために

本書の内容に関する問い合わせあるいは地すべりの問題に関するその他の質問を必要とされる場合

は、次のことを知っておいて下さい.アメリカ合衆国コロラド州ゴールデンにあるアメリカ合衆国地質

調査所(USGS)地すべり情報センターはそのようなご質問にお答えし、解説するための機関です.また、

より詳しい情報を提供することで本書をご利用される方々のサポートをするといったことも行ってお

ります.センターへのご連絡は電話か、E-mail か、あるいは書面によるご質問でも結構です.

United States Geological survey

Landslide program and National landslide Information Center

Mail Stop 966, Box 25046, Denver Federal Center

Denver, Colorado, 80225 USA

Web address: http://landslides.usgs.gov/

Telephone: 1-800-654-4966, or 1-303-273-8586

[email protected]

Geological Survey of Canada

Landslides and Geotechnic Section

601 Booth Street

Ottawa, Ontario, Canada KIA 0E8

Web address: http://gsc.nrcan.gc.ca/landslides/index_e.php

Telephone: 1-613-947-0333

[email protected]

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セクションⅠ

地すべりに関する基本情報

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パート A. 地すべりとはどんなものでしょうか?

地質学者,技術者,その他の専門家は、地すべりについて独自にそれぞれちょっとずつ違った考え方

を持っています.このようないろいろな考え方の違いは、地すべり現象の研究に関連する多分野の複雑

さを反映しています.私達の目的のためには、「地すべり」が、重力作用による土や岩や有機物の斜面

下方への移動、あるいはまたそのような移動の結果として形成された地形を表すのに使用される総括的

な用語なのです(一つの地すべりタイプの事例として図1をご覧下さい).

地すべり分類に様々なものがあるのは、斜面崩壊の特別な仕組みあるいは破壊様式の特性とか特徴に

関係しています.ここでは、これらのことを簡単に説明しております.

マスムーブメントとか斜面崩壊などといったたくさんの熟語や用語がありますが、これらは「地すべ

り」という用語と入れ替えて使用できます.このような用語は、あらゆるタイプや規模の地すべりに普

通に用いられています.

使用された正確な定義とか問題となっている地すべりのタイプにはこだわらず、典型的な地すべりの

基本的な部位を知っておくと便利です.図 2 は、その位置と地すべりに特有な部位を記述するのに使用

される最も一般的な用語を示しています.これらの用語とその他の関連用語は付録 A に掲載した地すべ

り用語の解説の中で定義されています.

図 1 この地すべりは 2005 年に米国カリフォルニア州ラコンチータで発生しました.

10 人の人々が亡くなりました.(米国地質調査所, Mark Reid 撮影.)

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Crown:冠頂,Crown cracks:冠頂亀裂,Main scarp:主滑落崖,Minor scarp:二次滑落崖,Original ground surface:

元の地表面,Head:頭部,Right flank:右側部,Surface of rupture:すべり面,Main body:主移動体,Toe of surface

of rupture:すべり面末端,Transverse cracks:横断亀裂,Radial cracks:放尃状亀裂,Toe:末端,Foot:脚部,Surface

of separation:分離面

図 2 アースフローに発展した回転型地すべりの図解.この図では地すべりの部位を示すのに一般的

に使用されている用語を図解しています(Varnes,1978, 参考文献 43).

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パート B. 地すべりの基本型

地すべりとはすべり面上を -カーブ(回転型地すべり)していても、板状(並進型地すべり)の破

壊面であっても- 岩や土あるいは両者の混合物が斜面下方へ移動することです.その中では、物体の

多くの部分がほとんど内部の変形を生ずることなく、まとまった形かあるいはほぼまとまった塊として

移動するということがよく生じます.ケースによっては、破壊の開始時であろうとその後の段階であろ

うと、分離した物体が下方斜面に動いて行く過程で、その特性に変化を生ずる場合があります。そのよ

うな際には、違うタイプの動きも生じているかもしれないということを認識しておく必要があります.

このセクションでは様々なタイプの地すべりについて説明し、図解します.自分の地域における特殊

な地すべりタイプの特性を知っておくことが大切であり、損失や損害のリスクを軽減するための適切な

抑制策を計画したり採用したりするに当たって、考慮すべき極めて大事なことなのです.地すべりタイ

プによって、移動速度が左右され、移動量や移動距離も決まってきます.同じように、その地すべりに

よって生じうる影響や考慮すべき適切な抑制策も決まってきます.

地すべりは、運動型式や構成材料に基づいていろいろなタイプに分類できます(参考文献 9 および 39

参照).簡単に言えば、地すべり体の材料は岩か土(あるいは両者)のどちらかです.後者の場合は主

に砂かそれ以下の粒子からなる場合は土(earth)と呼ばれ、それより粗い岩片からなる場合は岩屑(debris)

と呼ばれています(訳者注:日本では後者を粘性土あるいは粘質土と呼び、前者を礫質土あるいは崩積

土と呼んでいます).移動型式は移動体がどのように移動するかということであり、実際の内部運動機

構を表しています.つまり、落下,トップル(傾倒),すべり,流動といった機構です.このように、

地すべりはそれぞれ材料と移動型式に関する2つの用語を使って記述されています(すなわち、落石,

土石流などです).地すべりはまた、複数の移動型式を含む複雑な形を取る場合もあります(すなわち、

岩盤地すべり~土石流です).

このハンドブックの利用目的のために、私達は「運動型式」を「地すべり型式」と同義語として扱う

ことにいたします.各運動型式は、特性や特徴にしたがってさらに細分することができます.それぞれ

の主な細分型式については、別に記述します.あまり一般的でない細分型式については、このハンドブ

ックでは説明いたしませんが、引用文献の中に記述されています.

説明文のための直接の引用元とか参考文献は、このハンドブック本体の中では示しておりませんが、

すべての引用雑誌は添付された参考文献リストの中でキチンと確かめられるようになっています.

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落下

落下は土や岩石あるいは両者が、ほとんどあるいは全くセン断変位の生じていない面に沿って急斜面

から分離することで始まります.次に、その材料は、主に落下,跳ね返りあるいは回転しながら落ちて

いきます.

落石

落下は、急斜面や崖から分離した石や土あるいは両者が、急激に下方に移動することです.落下物は、

一般に落下角度より小さな角度で下方の斜面に当たるので、飛び跳ねが生じます.落下物は衝撃で壊れ

るでしょうし、急斜面上を転がり始め、平らな地形になるまで転がり続けます.

発生と相対的な大きさ・範囲

世界中どこでも急斜面や垂直な崖、あるいは海岸地域や岩の露出した河岸などで発生します.落下中

の材料の体積は、実質上、個々の岩片や土の塊から数千 m3のサイズの大きなブロックまであります.

移動速度

急速なものから、極急速そして自由落下まであります.つまり、分離した土や石や巨礫が、飛び跳ね

たり回転します.回転速度は、斜面の険しさによります.

引き金となる要因(誘因)

河川とか差別風化のような自然現象(凍結・融解の繰り返しなど)によって斜面の下部が削剥される

とか、道路の建設やメンテナンス中の掘削のような人為的行為とか、地震動あるいはその他の強力な振

動などが原因となります.

影響(直接・間接)

落下物は命を危険にさらします.落下は、大きな岩塊の落下線上にある地所に損害を与えます.岩塊

は、非常に遠方まで飛び跳ねたり転がって、構造物に害を与え人を殺傷します.道路や鉄道への被害は

特に高い確率で発生します.つまり、落石は、乗り物に当たることで乗客を死に至らせたり、自動車道

や鉄道を封鎖することもあります.

対策工・抑制策

ロックカーテン,その他の斜面の覆い,道路の上を覆う保護カバー,回転や飛び跳ねを防ぐ待ち受け

擁壁,発生源を取り除くために危険な箇所を爆破する,ハイウエーや鉄道から岩やその他の落下物を除

去するなどの手段があります.崖を安定させるのに用いられるロックボルトや同様なアンカーを挿入す

ること、そして不安定な岩塊を剥ぎ落とすといった方法も災害を少なくできます.災害の多い地域では、

注意を喚起するために警告掲示板の設置を推奨します.災害の発生しやすい崖の下での停車や駐車は、

避けるように警告すべきです.

詳しくは、参考文献 9, 39, 43, 45

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予知

わずかですが、世界中の各地において落石危険箇所を図に示したものがあります.落石箇所の範囲を

図示するために落石の軌跡を計算し推定する方法も開発されており、そのような情報は広く公表されて

おります.岩盤がオーバーハングした形であるとか、急斜面を成す岩盤に亀裂が多く、割れている状態

であるといった状態は、落石の危険が迫っていることの兆候です.凍結・融解を繰り返すような地域で

は特に危険です.また、礫層に設けられた縦穴内のカット面も、特に崩落が生じやすいものです.図 3

と 4 は落石の模式図とイメージを示したものです.

図 3 落石の模式図(参考文献 9 からの改変模式図)

図 4 2005 年に米国コロラド州クリアクリーク谷で発生した落石・岩盤崩壊であり、何週間もの間こ

の谷沿いの交通を遮断してしまいました.この写真には、危険な岩盤の露出部の覆いとしてよく採

用されるロックカーテンの事例(写真の右中央部)も示されています.(コロラド州地質調査所撮

影)

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トップル(傾倒)

トップルとは、移動体の重心あるいは中心軸が土あるいは岩盤斜面の外にあって、前傾回転している

状態です.トップルは、ときには上方斜面からの移動体の重みが作用することによって生ずることもあ

ります.ときには、岩(土)体の亀裂内の水あるいは氷によって生ずることもあります.トップルは、

岩盤でも崩績土(粗粒材料)でも土(細粒土)でも発生します.トップルは複雑で複合的な場合もあり

ます.

発生

世界中での発生が知られており、柱状節理の発達した火山岩地域において発生しやすい傾向がありま

す.岸の部分が急になっている河川沿いでも同様です.

傾動速度

極緩速から極急速なものまであり、ときには移動距離に応じて速度が加速される場合もあります.

引き金となる要因(誘因)

ときには上方斜面にある移動体の重みが作用することによって生ずることもあります.ときには、岩

(土)体の亀裂内の水あるいは氷によって生ずることもあります.また、振動,下部斜面のカット,差

別的風化作用,掘削,河川浸食などによっても生じます.

影響(直接・間接)

極度に破壊的な場合があり、特に破壊が突然に発生したり、急速度である場合です.

対策工・抑制策

岩盤の場合は、傾倒しやすい地域での安定化策には多くの選択肢があります.このような斜面の補強

事例には、ロックボルトや機械的アンカー工やその他のアンカー工があります.水の浸透も岩盤斜面の

不安定化に寄与する要素であり、そのような場合には排水工も対策手段として検討・適用されるべきで

しょう.

予知

発生しやすい箇所を図化したものは、一般には公表されておりませんが、ある地域を対象とした発生

記録を登録したものはあります.傾倒しやすい地域でモニタリングするのが有効であり、例えば、傾斜

計を使用することです.傾斜計は、亀裂付近の斜面の傾動や縦方向の移動が大きい箇所の変化を記録す

る場合に用いられます.傾斜計によって測定された変動特性に基づいた警報システムは効果的です.図

5 と 6 はトップルの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

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図 5 トップルの模式図(参考文献 9 からの改変模式図.)

図 6 カナダ国ブリティッシュコロンビア州フォートセントジョーンでのブロックトップリングの写

真(G. Bianchi Fasani 撮影.)

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滑動 (Slides)

滑動は、すべり面上あるいは強いセン断歪みが生ずる比較的薄いゾーンに沿って発生する土あるいは

岩盤の下方移動です.最終的には全体に連続したすべり面(破壊面)が形成されますが、移動の初期段

階においては、必ずしもその面上で同時に動き出すわけではありません.つまり、移動は、局所的な破

壊域から全体的なものへと波及していきます.

回転型地すべり

すべり面が(スプーンのように)上向きにカーブし、斜面の等高線に平行な軸に沿って大なり小なり

回転する滑動をさします.移動体は、ある環境下において、ほとんど内部変形を生ずることなく比較的

まとまった状態で、すべり面に沿って移動します.移動体の頭部は、ほぼ垂直に下方移動し、移動体の

上部地表面は崖(滑落崖)の方に向かって後方に傾動します.その滑動が回転性で、複数のカーブした

移動面に平行している場合は、スランプと呼ばれています.

発生

回転すべりは、均質な材料の中でよく発生するものなので、「盛土」材の中で最もよく起こります.

相対的大きさ・範囲

およそ 20°~40°程度の斜面で発生します.土の中での場合には、一般にすべり面深度は、深さ/長

さの比が 0.3~0.1 程度となっています(訳者注:日本の場合には地すべりの長さの認定が難しい場合が

多く、この数値は、深さ/幅の比として一般に適用できます).

移動速度(変動率)

極緩速(5 年間に 0.3m あるいは 1 フィート以下)からやや急速(月に 1.5m あるいは 5 フィート)程

度であり、さらに速いものもあります.

引き金となる要因(誘因)

豪雤とか長雤とか急激な融雪は、斜面を飽和させ土塊内の地下水位を上昇させます.つまり、洪水後

の河川水位の急激な降下,貯水池が満水状態になることによって生ずる地下水位の上昇,渓流や湖や河

川水位の上昇などが、斜面脚部の浸食原因となります.このようなタイプのすべりは地震でも誘発され

ます.

影響(直接・間接)

構造物,道路,ライフライン等に大きな損害を与えますが、一般に移動速度が遅い場合は、生命に危

険を及ぼすようなことはありません.また、移動体の上にある構造物は、移動体が傾動・変形すると大

きな被害をこうむります.移動体の体積が大きい場合は、恒久的に安定させることは困難です.このよ

うな崩壊は、川を堰き止め洪水の原因となることがあります.

抑制策

移動や変動率を探知するために、計器によるモニタリングをすることができます.破壊された排水路

は修繕し、滑動体内のその後の水位上昇を抑えるよう効果的な処理が必要です.斜面を適切な勾配とす

る処置ができる場所ならば、かなり災害を軽減できます.末端部に待ち受け擁壁を設置することも移動

土塊の速度を遅くするとか方向をそらせるのに効果があるでしょう.しかしながら、地すべりによって

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は、いくらうまく構築したとしても、そのような待ち受け構造物を乗り越えてしまう場合もあります.

予知

過去の地すべりが再滑動する場合があります.そうした場合は、斜面頭部にできる亀裂は破壊の始ま

りを知る良い手掛かりとなります.図 7 と 8 は、回転型地すべりの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 7 回転型地すべりの模式図(参考文献 9 からの改変模式図.)

図 8 ニュージーランドで発生した回転型地すべりの写真.

中央左の緑線のカーブは滑落崖です(地盤が破壊した箇所).下部右(陰の部分)の起伏のあると

ころは地すべりの末端です(赤線).これは、土塊がカーブしたすべり面上を左から右に移動してい

るので、回転型地すべりと呼ばれます.回転の方向と軸も描写されています.(Michael J. Crozier 撮

影,ニュージーランド百科事典,2007 年 9 月 21 日改訂.)

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並進型地すべり

並進型地すべりの土(岩)塊は、ほとんど回転移動や後方への傾動を伴わず、比較的平たい面に沿っ

て、下方あるいは外側に向かって移動します.このタイプの地すべりは、すべり面勾配が十分に大きい

場合には、かなりの距離を移動することがあります.滑動過程で均衡状態を回復していく傾向のある回

転型すべりとは対照的です.移動体内の材質は、ルーズで圧密されていない土から広範な板状の岩盤ま

で、あるいは両者の混合したものです.並進型地すべりは、一般には断層面,節理面,層理面,岩盤と

土の境界面のような地質的不連続面に沿って滑ります.高緯度の極地的な環境での地すべりは、永久凍

土層に沿って移動する場合もあります.

発生

世界中において、最も一般的な地すべりタイプの一つであり、地球上のあらゆる環境や条件下で見ら

れるものです.

相対的大きさ・範囲

一般に回転型地すべりよりも浅い深度で発生します.すべり面は、距離/長さ比が 0.1 以下であり(訳

者注:地震に起因する場合は 0.5 以上で 1.0 すなわち破壊域(削剥域)を越えて移動するものもありま

す)、小は住宅の敷地程度から大は数 km と極めて大規模で広範囲にわたるものまであります.

移動速度

移動し始めは、緩速(月に 5 フィートあるいは 1.5m 程度)であっても、多くの場合は中速(日に 5

フィートあるいは 1.5m 程度)から極急速となります.速度が増すにしたがって、並進型破壊の移動体

は岩片・岩塊に分離し、土石流に発展するものもあります.

引き金となる要因(誘因)

主に強い降雤に起因し、降雤,融雪,洪水によって移動体内の地下水位が上昇することが原因となり

ます.あるいは灌漑による浸水とかパイプ類からの漏水とか斜面の脚部掘削のような人為的行為などに

起因することもあります.このタイプの地すべりは地震で誘発されることもあります.

影響(直接・間接)

並進型地すべりは、始めはゆっくりでも、地所やライフラインに損害を与えます.ある場合には、次

第にスピードを増して、生命に危険を及ぼすことにもなります.そのような場合には、川を堰き止め洪

水の原因ともなります.

抑制策

滑動を防止するために、あるいはすでに変動が生じているような場合には、活動の再発を防ぐために

適切な排水対策が必要です.一般的な対策工には、レベルカット,斜面勾配の低下,排工水,待ち受け

擁壁工などがあります.より高度な対応策としては、アンカー工,ボルト工,ドエル(合い釘)工など

がありますが、これらの場合は、すべて専門家に任せた方が無難です.中~急斜面上の並進型地すべり

を恒久的に安定化させることは極めて困難です.

予知

過去に地すべりが発生したことのある地域では、繰り返し発生する可能性が高く、たびたび強い地震

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が発生するような地域でも同様です.頭部での亀裂あるいは先端部の盛上りが、拡大するような場合は、

崩壊が差し迫っていることを示しています.図 9 と 10 は並進型地すべりの模式図とイメージを示した

ものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

Surface of rupture:すべり面,Toe:末端

図 9 並進型地すべりの模式図(参考文献 9 からの改変模式図)

図 10 カナダ国ブリティッシュコロンビア州、ビートン川の谷で 2001 年に発生した並進型地すべり

(カナダ地質調査所,Rejean Couture 撮影)

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スプレッド(拡散)

まとまった形の土あるいは岩塊が拡散・拡大して行く現象ですが、それには亀裂の発達した土(岩)

塊の部分が、下位にある軟質な材料の中に沈み込んで行く現象を伴うのが一般的な形です.スプレッド

は、下位の軟質材料の液状化や流動(や押し出し)に起因して発生します.スプレッドのタイプには、

ブロックスプレッド,液状化スプレッド,ラテラルスプレッドがあります.

ラテラルスプレッド(水平拡散)

ラテラルスプレッドは、一般に極めて緩やかな斜面あるいは本質的に平坦な地形の箇所で発生します.

特に、そうした箇所では堅い岩盤や土の層が拡大・拡散し、下位の軟質で脆弱な層上を移動します.こ

のような破壊は、脆弱な下位層へなにがしかの全体的な沈下を伴うのが一般的です.岩盤スプレッドの

場合は、脆弱層の上を移動しながら、固い地盤が拡大し、割れ目が発生します.そして、安定地盤から

ゆっくり引き離され、はっきりとは認識できないようなすべり面が形成された状態で、脆弱層の上を移

動します.ある条件下においては、広がりつつある層をブロック化させている亀裂を通って、軟質で脆

弱な層が上方に押し出されます.土のスプレッドの場合は、脆弱な下部層が液状化あるいは塑性変形し

た後に流動化し、上部の安定した層はその下部層にそって拡大します.脆弱層が相当に厚い場合には、

上に乗っている亀裂の発達したブロックはその中に沈み込んで、移動したり,回転したり,分解したり,

液状化したり,あるいは流動することさえあります.

発生

世界中で、液状化しうる土のあるところで発生することがわかっています.地震活動のあるところで

は普通に起こることですが、そうした地域に限られるというものではありません.

相対的大きさ・範囲

被災規模の小さなものから始まって、割れ目が少数なものであっても、幅数 100m の範囲に急激に広

がっていくことがあります.

移動速度

なんらかの引き金となる要因(誘因)、例えば地震があった後は、緩速から中速で移動しますが、と

きには急速なものにもなります.それから地盤は時間と共に、数 mm/day~数 10m2/day 程度とゆっくり

と広がって行きます.

引き金となる要因(誘因)

脆弱層を不安定化させる引き金となる要因(誘因)には次のようなものがあります.

・ 地震動による下位脆弱層の液状化

・ 不安定斜面上への自然あるいは人工的な載荷

・ 降雤、融雪あるいは地下水位の変化による下位脆弱層の飽和

・ 河岸や河岸斜面脚部での削剥に続く鋭敏な下位海成粘土層の液状化

・ 深部にある不安定材料の塑性変形(例えば、塩)

影響(直接・間接)

建物、道路、鉄道、ライフラインといったものに、広範な損害を与えます.ゆっくりとしたものから

急速な広がりを見せるものまで、いろいろですが、それは土層毎の水の飽和程度によります.ラテラル

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- 16 -

スプレッドがアースフローの前駆現象となる場合もあります。

抑制策

液状化の可能性のある区域を示した図の作成されているところがありますが、まだどこでも手に入れ

られるわけではありません.液状化する可能性のある地域は、建設箇所として避けるべきであり、たび

たび地震を経験していることがわかっている地域では特にそうすべきです.地下水位が高い場所ならば、

排水するか地下水がその地域に入り込まないような処置をすべきです.

予知

過去にも同じ問題を経験した地域では再発する可能性が大です.液状化しやすい地盤の地域に発生す

るのは無論ですが、大規模な地震災害が発生する地域では宿命的な問題です.ラテラルスプレッドも感

受性の高い海成粘土に生じやすく、東部カナダ,セントローレンスの低地帯では全域にわたってどこで

も共通した問題です.図 11 と 12 はラテラルスプレッドの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 11 ラテラススプレッドの模式図.表層の下に液状化しやすい層が広がっています.(参考文献 9

からの改変模式図.)

図 12 1989 年米国カリフォルニア州、ロマプリータ地震によって発生したラテラルスプレッドによ

る道路災害の写真.(米国地質調査所,Steve Ellen 撮影.)

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- 17 -

フロー(流動)

フローは空間的に連続した移動であり、セン断面(すべり面)は短期的で、間隔が狭く通常は保存さ

れません.フローの移動体内の成分速度は、粘性流体の場合に似ています.スライド(滑動)からフロ

ーへの漸移的変化が生ずることがよくありますが、それは含水比とか可動性とか移動の進展状態により

ます.

土石流

ルーズな土や岩,ときには有機物が、水と混ざってスラリー状態(ドロドロの状態)となり、下方の

斜面に急速に流れ下るものです.非公式なもので、必ずしも適切な表現ではありませんが、「マッドス

ライド」と呼ばれてきました.その理由は、流体の中に細粒分が多く含まれているからでしょう.とき

には、回転型地すべりや並進型地すべりの速度が増し、内部の材質が粘着力を失うかあるいは水が加わ

ると、土石流に発展することがあります.粘着力の少ない砂では、乾燥流動が発生することもあります

(砂質土流).土石流は、極端に速度が速く、予兆の無いこともありますので、死者の出ることがあり

ます.

発生

土石流は世界中で発生しており、特に、急なガリー(訳者注:主に降雤時の表流水による浸食によっ

て斜面上に形成された小水路で普段は水が流れていない場合も少なくありません)や峡谷に発生するこ

とが多いです.それは、山火事とか森林伐採によって裸地となってしまった斜面上とかガリーの中で発

生すると、より強烈なものになります.脆弱地盤の火山地帯でよく見られます.

相対的大きさ・範囲

これらのフロータイプには、厚さが薄くて水分の多いものや、厚くて土石の多いものがあります。一

般には下流への移動が容易になるので、急勾配なガリーの大きさ程度の範囲内に限定されます.一般的

に、その移動は比較的浅く、広がりは長くて狭く、急な地形のところでは数 km に達することがありま

す.土砂は、一般に斜面の脚部で止まって扇状に広がり、土石流扇状地と呼ばれる三角形の堆積地を形

成しますが、それもまた不安定なものであることがあります.

移動速度

急速あるいは極急速(1 時間あたり 35 マイルあるいは 56km/hr)になることがありますが、それはコ

ンシステンシー(稠度, ねばり具合 )や斜面勾配によります.

引き金となる要因(誘因)

土石流は、多くの場合、豪雤あるいは急速な融雪による激しい表流水によって引き起こされ、急斜面

上のルーズな土や岩盤を浸食し移動させます.土石流は、急斜面上で発生しほぼ飽和した状態で、大部

分がシルトや砂サイズの材質からなる別なタイプの地すべりから進展する場合もよくあります.

影響(直接・間接)

土石流は、急激に襲来し、高速移動し、巨大な礫を含む土砂からなるために、命にかかわることがあ

ります.それは、下方斜面に流れていく過程で、一戸の家ほどの大きさのものを動かしますし、土砂や

有機物の急激な堆積によって構造物を埋めてしまうこともあります.土砂を大量に堆積させることで水

質を劣化させることもあります.

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抑制策

フローは、一般には防止することができません.したがって、家屋の建設は、過去の土石流の発生が

記録されているとか、あるいは山火事や土のタイプによってその危険性があるとか、その他にも関連し

た危険が考えられるような急な側壁のあるガリー内で行うべきではありません.新たに発生するフロー

に対しては、その流れの方向を逸らせることによって、構造物を守ることができるでしょうし、予め土

石流堆砂地を設けておくことも可能でしょう.そして、土石流が発生する集水域であることがわかって

いるような地域では、何らかの警戒体制を整えておくのも良いでしょう.死傷者を出さないためには、

疎開したり危険な箇所を回避するとか、移転するのが最善策です.

予知

ある地域では、土石流災害の危険区域を示した図が作成されています.土石流は、急斜面があって、

季節的であろうが間欠的であろうが、そこに豪雤があればどんな地域でも発生する可能性があります.

特に、最近焼き払われたり、それとは別に植生が除去された場合には、その可能性が大きくなります.

図 13 と 14 は土石流の模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 13 土石流の模式図.(参考文献 9 からの改変模式図)

図 14 ベネズエラ北部海岸

のデラコスタン山脈の麓にあ

るカラバレーダ市に被害を及

ぼした土石流.1999 年 12 月

に、この地域はベネズエラに

おける 20 世紀最大の自然災

害を被りました.すなわち、

数日間にわたって継続した豪

雤によって、土や巨礫や水や

流木の混在する流れが発生し、

3 万人もの人々が犠牲となり

ました.(アメリカ合衆国軍工

作隊水路実験所,L.M. Smith

撮影)

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ラハール(火山性土石流)

「ラハール」という言葉はインドネシア語です.ラハールも火山性の泥流として知られています.こ

れは火山斜面上に発生するフローであり、一種の土石流です.ラハールは、ルーズなテフラ(火山噴火

によって空中に舞い上がった固形物:主に火山灰)の堆積物やそれを起源とする崩積土を動かし移動さ

せるものです.

発生

世界中の火山地帯のほとんどで発生します.

相対的大きさ・範囲

ラハールは、数 100 平方 km あるいは数 100 平方マイルの面積に及ぶことがあり、スピードが増すと

さらに大きくなることがあり、下方斜面に向かって移動しながら土砂を堆積させます.あるいは、ボリ

ュームが小さくても火山地帯の限られた地域には被害を与え、その後に下方斜面で分散することもあり

ます.

移動速度

ラハールは、極急速で(1時間に 35 マイルあるいは 50km/hr 以上)、特に積雪地域での融雪や氷河地

域での融氷によって水が加えられるような場合に早くなります.もし、粘性があって土砂が厚く水の少

ない土砂状態ならば、その移動速度は緩速~やや緩速となります.

引き金となる要因(誘因)

水が主な引き金となり、火口湖からの水や火山粒子への噴気の凝結水や、高い火山の頂上付近で生ず

る融雪・融氷によって発生することもあります.かつて発生したいくつかの最大規模で最も破壊的なラ

ハールは、火山噴火あるいは火口の発生を起因としたものであり、その周辺の雪や氷が突然に融けて急

激に液状化し、急勾配な火山斜面を猛烈なスピードで流れ下りました.

影響(直接・間接)

その影響は極端に大きく、広範な荒廃が生じます.特に、火山噴火が引き金となり、結果として雪や

氷が急速に融けた場合です.このようなフローは火山斜面にある人間の居住地域を埋めてしまうことが

あります.大規模なフローは、川を堰き止め上流域を水没させる原因ともなります.次にこのような締

まりの悪いダムが決壊すると、破局的な洪水が下流域を襲うことになります.このタイプの土砂災害は、

たびたび多くの犠牲者を出すことになります.

抑制策

その流下経路あるいは火山斜面上に建物を建てないようにすること以外には、ラハールによる被害を

防止するために取りうる対応策はありません.ある場合には、警戒体制やそれに続く疎開行動が命を救

うことになるかもしれません.しかしながら、警戒体制は継続的なモニタリングを必要とします.そし

て、信頼のおける疎開の仕方が求められます.

予知

過去のラハールの発生記録による影響度評価図を作成することができますし、同様に今後に流下しう

る区域も予想することができます.しかし、このような図は、最も災害の起こりやすい地域でさえ簡単

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には手に入れることができません.図 15 と 16 はラハールの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 15 ラハールの模式図(米国地質調査所による図解)

図 16 米国ワシントン州セントへレンズ山の 1982 年の噴火によって発生したラハールの写真.(米国

地質調査所,Tom Casadevall 撮影)

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岩屑なだれ

岩屑なだれは本来規模が大きく、極端に速度が速く、障害物の無い斜面上で流れます.その際に、不

安定な斜面が崩壊し、結果的に礫化した岩屑が急速にその斜面から運び去られます.ある場合には、十

分な水があれば、雪や氷がその移動を助長します.そして、その流れは土石流とかラハールになる場合

もあります.

発生

急峻な地形条件のところでは、世界中どこでも発生します.また、極めて急傾斜な火山では普通に発

生し、排水渓流の谷に沿って走ることになります.

相対的大きさ・範囲

大きな岩屑なだれになると、3km もの大きさのブロックを発生源から数 km も運搬することが知られ

ています.

移動速度

急速~極急速であり、このような岩屑なだれはほぼ 100km/sec にもなる速度で移動することがありま

す.

引き金となる要因(誘因)

一般に、「冷たい」ものと「熱い」ものの2つのタイプの岩屑なだれがあります.冷たい岩屑なだれ

は、一般に不安定になる斜面に起因します.つまり、急峻な地域の風化岩斜面が崩壊する時とか、ある

いはスライドタイプの地すべりが高速ですべり落ちる際に、岩盤が粉々に壊れる時といった場合です.

その場合には、移動岩塊が岩屑なだれに形を変えてしまうわけです.熱い岩屑なだれは、斜面不安定化

の原因となる火山性地震とかマグマの貫入など火山活動に起因するものです.

影響(直接・間接)

岩屑なだれは停止するまでに数 km 移動することがあります.あるいは、水分の多いラハールとか土

石流に変わって、さらに数 10km 流れ下ることもあります.このような崩壊は、町や村を埋没させたり、

渓流の水質汚染を引き起こすことがあります.極めて高速で移動することから、警告を発したり何らか

の対応をする余裕はほとんどありませんので、致命的となることがあります.

対策工・抑制策

火山地帯や急な山岳地帯の谷の中に建物を建てないようにすることや、リアルタイムの警戒体制が損

害を少なくすることになります.しかしながら、警戒体制をとることは土石流の速度が速いために困難

なことが多いかもしれません.つまり、事が発生した後に人々を避難させる十分な時間はないかもしれ

ません.岩屑なだれは、引き金となる原因自体が避け難いために、土木的な方法で止めたり、防止する

ことはできません.

予知

ある地域で岩屑なだれの予兆となるような現象がつかめた場合とか、そのような兆候を時系列的に把

握できるような場合には、およその発生時期を予測できるかもしれません.火山が噴火している間は、

岩屑なだれの発生する可能性は高くなりますので、適切な警戒行動を取ることは可能でしょう.図 17

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と 18 は岩屑なだれの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 17 岩屑なだれの模式図(参考文献 9 からの改変模式図)

図 18 2006 年 2 月にフィリピンのレイテ島南部,グインサウゴンの村を埋没させた岩屑なだれ(東

京工業大学チーム撮影).図 30 に別の岩屑なだれの写真を示しましたので、そちらもご覧下さ

い.

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アースフロー

アースフローは、緩傾斜から中程度の傾斜の斜面で発生し、一般には粘土あるいはシルトといった細

粒土からなりますが、強風化して粘土化した岩盤の場合もあります.アースフローの移動体は、内部変

形が大きく塑性流動あるいは粘性流動として移動します.鋭敏な海成粘土(クイッククレー)は、乱れ

に非常に弱くて、自然含水比の変化で全く強度を失って、液状化してしまうことがあります.そんな場

合には広範な地域を破壊し、数 km にわたって流動することもあります.その規模は主滑落崖が後退す

ることで拡大していくことも少なくありません.スライドとかラテラルスプレッドも流下しながらアー

スフローに発展することがあります.アースフローは非常にゆっくりとしたもの(クリープ)から急速

なものまであって、大災害をもたらすことがあります.高緯度で永久凍土のあるような環境に特化され、

非常にゆっくりとしたフローについては、別に記述しています.

発生

アースフローは下位に細粒土とか強風化岩盤がある地域で発生します.大災害をもたらすような急速

なアースフローは、北アメリカのローレンス低地帯,アラスカやブリティッシュコロンビアの海岸地域,

スカンジナビアなどの鋭敏な海成粘土でよく発生します.

相対的大きさ・範囲

フローは、100 平方メートル程度の小規模なものから数平方キロメートルの地域を包む大規模なもの

まであります.鋭敏な海成粘土のアースフローは数 km にわたって走ることがあります.破壊の深さは、

浅いものから数 10m にまで及びます.

移動速度

緩速~極急速.

引き金となる要因(誘因)

引き金となる誘因は、長雤,豪雤,融雪,地下水位の急激な低下を招く近接地の急激な貯水位低下,

斜面脚部での渓流浸食,掘削や建設行為,斜面上の超過荷重,地震,人為的な震動などです.

影響(直接・間接)

鋭敏な海成粘土に発生する急速で後退性のアースフローは、斜面上の広範な平坦地を荒廃させること

があり、相当な距離を走ることがあります.そうした場合には、犠牲者が出るでしょうし、建物やガス

管,水道管,電線,電話線といった線状インフラ構造物を破壊し、川を堰き止めることで結果的に上流

域を浸水させたり、下流域では土砂流出という問題を生じます.もっと遅いアースフローでも地所に損

害を与え、線状インフラ構造物を切断したりします.

対策工・抑制策

排水施設を改善することが、重要な対策となります.つまり、斜面勾配を緩くすることや斜面の脚部

が浸食されたり掘削されないように保護することです.粘土のセン断強度を測定したり、その危険のあ

る斜面では水圧をモニターする方法もあるでしょう.しかしながら、最大の抑制策は、そのような斜面

の近接地では開発行為をしないことです.

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予知

過去のアースフローの跡があるのは、その危険性を示す如実に示すものです.ときには、液状化しそ

うな粘土の分布を図に示すことが可能な場合もあり、東部北アメリカでは多くの箇所で図化されていま

す.斜面の頭部付近で亀裂が開いているような場合は、潜在的な破壊が進んでいることを示している可

能性があります.図 19 と 20 はアースフローの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

図 19 アースフローの模式図(カナダ地質調査所による模式図)

図 20 1993 年のレミュー地すべり.カナダ国オタワ近くの鋭敏な海成粘土に発生した急速アースフ

ロー.主滑落崖が河川堤防より上方の平らな地盤で 680m も後退しました.2800 万トンの粘土・シ

ルトが液状化し、サウスネーション川に流入し、川を堰き止めました.(カナダ地質調査所,G.R.

Brooks 撮影)

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- 25 -

緩速アースフロー(クリープ)

クリープは緩速アースフローの非公式な名前であり、感知できないほどゆっくりしたものですが、斜

面を構成する土あるいは岩盤の定常的な下方移動です.移動は変形を生ずるのには十分な内部セン断応

力の作用によるものですが、崩壊を生じさせるほどの応力ではないのです.一般に、クリープには次の

3つのタイプがあります.(1)季節的なもの:この場合は、土の水分や温度が季節的変化の影響を受ける

深度内で発生します.(2)継続的なもの:この場合は、セン断応力が常に材質の強度を越えているという

ことです.(3)進行的なもの:この場合は、斜面は他のタイプのマスムーブメントの破壊点にまで達して

いるということです.

発生

クリープは、世界中に広く分布しており、おそらく最も普通に見られるタイプの地すべりです.スピ

ードが速くなって、損害を生ずるような地すべりになることもよくあります.ソリフラクションという

のは、永久凍土の環境に普通に見られる特殊な移動形態であり、氷を多く含む細粒土の上位層中で起こ

るものであり、それが毎年融ける季節に発生します.

相対的大きさ・範囲

クリープは、極めて広範な地域に及ぶものであったり(数 10 平方キロメートル)、単に小さな区域に

限られる場合もあります.クリープの現象自体は、極めてゆっくりとしたものであり、感知できるよう

な変形を示す地表面の特徴はほとんどありませんので、その境界を見極めることは困難です.

移動速度

非常に緩速~極く緩速.一般に 10年に 1m(0.3フィート)以下.

引き金となる要因(誘因)

季節的なクリープの場合は、降雤や融雪が典型的な誘因です.その他のタイプのクリープには化学的

あるいは物理的風化作用,パイプからの漏水,不完全な排水路,不安定化を招くような建設行為など多

くの原因があります.

影響

場所によっては、移動速度が遅いためにそれを察知することは難しい事があります.そのために、建

築場所として適するかどうかを評価する際に、クリープに気付かない場合もあります.クリープは、パ

イプライン,ビルディング,ハイウエー,フェンス等といったものを、ゆっくりと引きちぎってしまう

こともありますし、もっと破壊的で速く移動してさらに破局的な地盤崩壊を起こすこともあります.

対策工・抑制策

クリープを抑える最も一般的な抑制策は、適切な排水を確実に行うことですし、季節的なクリープに

関しては特に注意が必要です.地盤を平坦にするとか地すべり土塊をすべてあるいは部分的に取り除い

てしまうような斜面整形をするのも良いでしょうし、待ち受け擁壁を造るのも良いでしょう.

予知

曲がった木の幹,ねじれたフェンスや待ち受け擁壁,傾いた柱やフェンス,地表面の小さな皺あるい

は畝といったものが、その兆候です.クリープ速度は、ボーリング孔に設置した傾斜計とか精度の高い

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地表面測量によって測定することができます.図 21 と 22 は、クリープの模式図とイメージを示したも

のです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

Curved tree trunks:曲がった木の幹,Soil ripples:地表面の皺,Tilted pole:傾いた柱,

Fence out of alignment:くねくね曲がったフェンス

図 21 緩速アースフローの模式図,しばしばクリープとも呼ばれます.(参考文献 9 からの改変模式

図)

図 22 この写真は、英国イーストサセックスに近いチョークグラスランドと呼ばれているところでの

クリープの影響を示したものです.海成のチョーク堆積物の上を被う薄い土壌の急斜面に、草

で被われた 0.3~0.6m(1~2 フィート)程度の高さの水平な階段状の畝模様が発達しています.

牛や羊がそれに沿って歩くことで、より強調されていますが、このような段 (々一般に羊道「シ

ープトラック」として知られています)は、土が斜面下方に徐々に匍うようにして移動するこ

とによって形成されたものです.(Ian Alexander 撮影)

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永久凍土内のフロー

永久凍土の条件下での崩壊は、かつて氷結していた細粒土の移動であり、緩傾斜な斜面上でも発生し

ます.凍り付いていた地盤の表層部分に季節的な融解が生ずることで地盤の氷を融かし、その結果、土

は過飽和状態となります.そして、次にはセン断強度を失いフローが始まります.寒冷環境でのクリー

プの一つであるソリフラクションは、地表の極めてゆっくりとした変形であり、斜面下方に伸びた浅い

ローブ(耳たぶ状のわずかな高まり)を形成します.活動層の分離が起こる場合もあって、スキンフロ

ーとして知られています。これは、飽和土の浅い層と植生からなる急速なフローであり、下位の土は永

久に凍ったままですが、表層部が移動しながら長く狭いフローを生じます.この種の移動は、埋没して

いるレンズ状の氷を地表に曝し出すことがあり、その際には、氷が融けて後退性の融解フローあるいは

土石流に発展することもあります.後退性の融解フローは、頭部の急崖と飽和土からなる低角度な末端

部という二つの大きな特徴を有しています.このタイプの特徴は、移動した植生が氷結した崖を被って

保温するまで、頭部滑落崖の後退によって拡大を続けます.

発生

フローは、高緯度や高標高地(寒冷環境)における氷を多く含んだ永久凍土に普通にみられるもので

す.

相対的大きさ・範囲

フローは一般には小さなものですが、頭部滑落崖が後退して行くことで規模が大きくなることがあり

ます.それは、大きな土石流に発展することもあります.

移動速度

極緩速(ソリフラクション);緩速(後退性融解フロー);急速(活動層の分離)

引き金となる要因(誘因)

平均気温を上回る夏期の気温,霜柱,山火事,保温層となるピート層を人為的に乱すこと.このよう

な場合の地すべりは、特に温暖化する気象条件で発生しやすくなります.

影響(直接・間接)

パイプラインや道路やその他の構造物に与える損害は甚大な場合があります.

対策工・抑制策

インフラ構造物の設計に当たっては、表層のピート層とか活動層の温度への影響を最小限に抑えるこ

とであり、可能ならば、道路やその他のインフラ構造物を計画する際には氷を多く含んだ土を避けるよ

うにすることで、リスクが軽減できます.表層土の氷の含有量は簡単に調べることができます.

予知

氷が融けたら土が流れ出します.ある地域では、氷の含有量が図に示されたことがあります.また、

ある地域では、氷の含有量を表層地質図上に示された特別な図化単位で推定することができるようにな

っています.図 23 と 24 は永久凍土に関係するフローの模式図とイメージを示したものです.

詳しくは参考文献 9, 39, 43, 45

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A. 元の斜面

Active layer (seasonally thawed):活動層(季節的に融ける)

Permanently frozen ice sediment:永久的に氷った氷結堆積物

Segregated ice bodies:分離した氷の塊

B. 進行中の後退型融解フロー

Original slope:元の斜面,Tongue of flowing mud:泥流の末端部,Ice 氷

Possible retrogression:予想後退域,Retrogression:後退

図 23 後退型融解フロー地すべりの模式図(カナダ地質調査所,Jan Aylsworth による模式図)

複合地すべりに関する注釈:

これは、二つ以上の基本的な地すべりタイプが複合した地すべりであり、斜面崩壊の開始時に両者同

時かあるいは時間の差をおいて発生することがあります.

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図 24 カナダ国ノースウエストテリトリー内での後退型融解フローの写真.山火事が、保温している

苔の層にダメージを与え、結果的に活動層つまり融解しつつある永久凍土の厚さを厚くしたことが、

フローの発生規模に影響したと思われます.(カナダ国ブリティッシュコロンビア,森林省,Marten

Geertsema 撮影)

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パート C.地すべりはどんなところに発生するのでしょうか?

多くの人々にとっては驚きの事実でしょうが、地すべりは実際上世界中のあらゆるところで発生しう

ることなのです.地すべりは極度に急な斜面や、住宅地として適さないような土地に限られているとい

う古くからの見方は、問題の本質を正確には反映しておりません.世界中のほとんどの国が地すべりに

特有な影響を被ってきました.このように広範な地理的広がりを有する理由は、地すべりを引き起こす

多くの様々な要因に関係があるからなのです.

詳しくは参考文献 2

豪雤,地震,火山,山火事,その他諸々の要因が、そして最近では、人間による危険な行為が地すべ

りを発生させる主要因になっているのです.「Part D.なにが地すべりの原因となるのでしょうか?」を

ご覧下さい.引き金となる要因(誘因)についてもっと詳しくまとめられています.図 25 はラテラル

スプレッドの事例を示したものであり、地震に伴ってよく発生することのある地盤破壊の一種です.

同様に、地すべりは地上でも水中でも発生することがわかっています.また、岩盤であっても土であ

っても発生し、耕地でも荒れ地斜面でも自然林でもあらゆるところが地すべりの危険にさらされている

のです.極度な乾燥地域でも極度に降水量の多い地域でも斜面崩壊による被害を被る可能性があります.

そして、重要なことは、急斜面であることは必ずしも地すべりが発生するために不可欠な条件というわ

けではありません.ある場合には、わずか 1~2 度程度の緩斜面で破壊が観察されたこともあります.

地すべりは実質上、世界中のどこにでも発生する可能性があるということを心に留めておいて下さい.

しかしながら、その発生にはいろいろなパターンがあることがわかっています.カナダとかアメリカ合

衆国といった国家単位の規模では、ロッキー山脈のような山地とある種の地すべりタイプとの関連は良

くわかっています.その他の地すべり分布に関する地理的な傾向は、気候,気象,山火事,渓流や川の

流路、あるいは人間による行為である樹木の伐採,斜面改変,その他の都市や田舎での土木工事などと

関係してくることがあります.これらのいずれのケースにおいても、地すべりタイプはその地方や地域

の条件によって変わるものであるということを知っておくことが大切です.

落石は、急傾斜で露岩や巨礫の多い堆積物が露出している箇所だけで発生しますが、土石流は、それ

を運搬する水路や谷を必要とします.地質自体が多くの地すべり発生に関係することを顕著に表してい

ます.地すべりと地震や火山活動との関係は、極めて重要な問題です.そこで、専門家は、しばしば複

合災害という観点から災害の評価に取り組むことがあります.その場合には、当然ながら、これまでに

述べてきたほとんどの要因が考慮されることになります.

詳しくは参考文献 8, 16, 19, 25, 30, 45

図 25 ラテラルスプレッドによる損害.写

真は、2001 年に発生したニスカリー地震後

の米国ワシントン州プーゲットサウンド地

域を示したものです.(写真はシアトルタイ

ムス社のご厚意による)

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パート D.なにが地すべりの原因となるのでしょうか?

地すべりの原因については、二つの主なカテゴリー、すなわち自然要因と人為的要因があります.と

きには、地すべりは双方の要因が重なったのが原因して発生したり、もっと悪化させることになる場合

もあります.

自然発生

このカテゴリーは次の3つの主要な引き金となる要因(誘因)からなり、単独で発生することもあり、

複合することもあります.(1)水,(2)地震活動,(3)火山活動.これらすべての要因による影響は、非常

に多様なものであり、斜面勾配,斜面形状あるいは地勢,土のタイプ,基盤の地質,その影響圏内に人

がいたり構造物があるかどうか、といったような要素に関係しています.地すべりによる影響について

は、Part Eでもっと詳しく説明します.

地すべりと水

斜面への浸透水の増加が、地すべりの主な要因です.水の浸透は、強い降雤,融雪,地下水位の変化

があった際などに、そして海岸やアースダムの表面水位が変化した際に、また湖,貯水池,運河,川の

堤防内の水位が変化した際にも発生します.地すべりと洪水は、双方とも降雤や地表を流れる水や水の

地下浸透に関係していることから、密接に結びついています.洪水は、渓流や川岸脚部の浸食によって、

あるいは表面水(陸上の流れ)の斜面への浸透によって、地すべりを発生させることがあります.それ

に加えて、土石流や泥流は、一般に急傾斜な小渓流に発生し、よく洪水と勘違いされることがあります.

実際に、これら二つの現象は、同じ地域で同時に発生することがよくあります.逆に、地すべりも移動

する岩塊や崩績土が渓流やその他の水路を塞いでダムを形成し、その上流側には大量の水を貯めますの

で、それが洪水を起こす原因となることがあります.この場合は、湛水域の上流側に浸水を起こすわけ

ですが、ダムが破壊した場合には、引き続いて下流側に洪水を起こすことになります.その上、固体の

地すべり崩土は塊となって移動するとか、通常の川の流れに体積や密度の増大を生じさせるとか、洪水

状態あるいは集中的な浸食を起こしながら水路の閉塞や転換を引き起こします.さらに、地すべりは、

津波を起こして貯水池からの越流を引き起こすこともありますし、貯水池の容量を減少させることもあ

ります.山火事を起こした急斜面は、焼失とその結果によって生ずる斜面の裸地化,焼却による土壌化

学成分の変化,それに続いて発生する降雤のような様々な供給源からの斜面への水の浸透などによって、

しばしば地すべりを起こしやすくなります.土石流は、火事で焼けた斜面上での最も一般的なタイプの

土砂災害です(土石流に関する説明やイメージについては、セクションⅠの「Part B, 地すべりの基本型」

参照).山火事は、もちろん自然発生あるいは人為的な原因によるものです.図 26 は降雤によって発生

した地すべりによる荒廃状況を示したものですが、おそらく水道管からの水漏れがさらに水を供給して、

状況を悪化させたものと思われます.

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図 26 1985 年に発生したプエリトリコ,マメイエスの地すべり.この地すべりは、120 戸の家を破壊

し、少なくとも 129 人の死者を出しました.この悲劇的な地すべりは、極度な豪雤を発生させた熱

帯の嵐が誘因となったものです.発生に寄与した要因は、人口密度の高い地域における下水からの

漏水の地下浸透や地すべり地頭部にあった水道管からの漏水でもあったようです.(米国地質調査

所,Randall Jibson 撮影)

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地すべりと地震活動

地すべりの被害を受けやすい多くの山地は、有史時代において少なくともある程度の確率で地震も経

験しています.急傾斜であって地すべりを起こしやすい地域での地震は、地盤の震動だけで地すべり発

生の可能性を大きく高めます.鋭敏な堆積物の液状化、あるいは震動による土の膨張も急激な水の浸透

を生じさせて、その可能性を高めます.例えば、アメリカ合衆国における 1964 年の大アラスカ地震は

広範な地すべりやその他の地盤崩壊を引き起こし、それが、地震による金銭的損失の大部分を占めまし

た.その他、カリフォルニア州,ワシントン州のプーゲットサウンド地方,カナダ東部のローレンス低

地,のような北アメリカ地域が、中~大規模な地震によって、地すべりやラテラルスプレッドやそれ以

外の地すべりタイプとして分類される地盤崩壊を経験しています.落石や岩盤トップル(倒壊)も、地

震動の結果として岩盤あるいは岩からなる層が緩むことで発生します.図 27 は、地震が引き金となっ

た地すべり被害を示しています.岩盤や土が、地震によって揺り落とされた結果として、急斜面下の渓

流や河川に形成される地すべりダムも非常に危険です.このような地すべりダムは、しばしば水の流れ

を完全にあるいは部分的に堰き止めてしまいます.そして、地すべりダム上流の水位を上昇させ、上流

側に浸水被害をもたらします.このようなダムは多くが不安定ですので、遅かれ早かれ浸食され急激に

壊れてしまいます。そして、上流側に溜まった水が流れ出しますので、ダムの下流では急激な大洪水が

発生します.このような大洪水は、下流域に大変な損害をもたらすことになります.

図 32, 42, C53, C54, C55 は今も存在する大規模な地すべりダムの例です.

図 27 地震によって誘発された地すべりが、盛土上に建てられた家屋に与えた損害,日本の 2004 新

潟県中越地震後に撮影.(京都大学,釜井教授撮影)

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地すべりと火山活動

火山活動による地すべりは、非常に荒廃が激しくなる崩壊の代表的なものです.火山溶岩は、急速に

雪を融かし、岩塊や土や火山灰にその水が加わって氾濫を起こします.その際に、水は急傾斜な火山斜

面では速度を急激に加速させ、その走路内を荒廃させます.このような火山土石流(あるいはインドネ

シア語でラハールとして知られています)は、火山山麓を越えて大変遠方にまで達し、火山周辺の平坦

な地域にある構造物にも損害を与えます.火山体は、若くて固まっておらず、地質的に脆弱な構造であ

るので、多くの場合に崩壊して岩盤地すべりや崩積土地すべりや岩屑なだれを引き起こします.多くの

火山島は、その周辺域での周期的な崩壊を経験しています(火山の表層堆積物は脆弱であるので).そ

して、土と岩塊からなる移動体が、海洋とか入り江といったような水域に滑り込んでいきます.このよ

うな崩壊は、大規模な海底地すべりを引き起こして、急速に水を移動させることにもなります.引き続

いて恐ろしい津波を起こし、発生地域はもちろんのこと、極めて遠距離にまで到達し、被害を与えるこ

とになります.図 28 は、火山体の崩壊とその結果として生じた荒廃状況を示しています.

図 28 中央アメリカ,ニカラグア,カシタ火山の山体が、1998 年 10 月 30 日に崩壊しました.その

日、ハリケーン・ミッチが中央アメリカを横断し、降雤量はピークに達していました.このラハー

ルは、エルポルベニアとロナンドロドリゲスの町を襲い、2000 人以上の死者を出しました.(米国

地質調査所,K.M. Smith 撮影)

人類の活動

新興地では人口拡大が生じて、近隣に町や市街地が広がっていきます。それが、人類が地すべりの発

生に寄与する主な要因になっています.排水系統を乱したり変更すること,斜面を不安定化させること,

植生を除去すること等が、地すべりを発生させる一般的な人為的要因なのです.また、斜面の脚部をカ

ットして急傾斜にしたり、斜面の頭部に荷重することで、地盤の地耐力を越えてしまうこともあります.

地すべりは、このような場合以外の人間活動によっても、かつては安定していた地域に発生することも

あります.つまり、灌漑,芝の給水,貯水池の排水(あるいは建設),パイプからの漏水,不適切な斜

面の開削あるいは整形,といったようなことが原因になることもあります.しかしながら、地すべりの

起こりやすい土地で新しい建設行為をする場合でも、適切な技術的処置(例えば、斜面を緩くすること

や掘削することです)をすることで改善されることもあります.まずは、斜面崩壊の生ずる可能性のあ

る斜面を特定し、適切な地すべりの区域分け(ゾーニング)を行うことです.

さらに地すべりの素因や誘因についての詳細は、付録Aのリストをご覧下さい.

詳しくは参考文献 16, 19, 32, 38, 39, 43, 45

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パートE.地すべりが発生すると、どんな影響がありどんなことになるので

しょうか?

地すべりの影響は二つの基本的な環境の中で発生します.作られた環境と自然環境です.ときにはそ

の二つが接している場合があります.例えば、農耕地と伐採の行われる森林です.

造られた環境での地すべりの影響

地すべりは、地すべり地内にあるかあるいはその近くにある人工物に影響を及ぼします.不安定な斜

面に建てられた住居では、地すべりが、土台,壁,その周辺の地所,地上および地下施設といったもの

を不安定するとか破壊して、部分的な被害から完全に破壊してしまうことがあります.地すべりは、大

きな地域単位(多くの住居が被害を受けます)であろうが、個人の敷地単位(ただ一つだけの構造物あ

るいは構造物の一部が被害を受けます)であろうが、住宅地域に被害を与えます.また、一個人の地所

のライフライン(幹線となる排水溝,水道,電線あるいは共用道路)への地すべり被害は、その周辺の

別の地所のライフラインや進入路にも影響を与えることがあります.商業用施設も住居用構造物が被る

のと全く同じように、地すべりの被害を受けます.その商業用施設が、食品マーケットのように共同利

用されているような場合だと、結果は甚大なものとなるでしょう.つまり、実際の施設とか進入路への

地すべり被害によって商売の中断を余儀なくされるでしょう.

土石流のように速度の速いものは、構造物に対しては極めて破壊的です.その理由は、しばしば前兆

とか警告無しで発生しますし、どんな抑制対策がなされていても極めて速く移動しますし、その速度と

移動材料がしばしば強力で破壊的だからです.速度の速い地すべりは、構造物を完全に破壊することが

あります.しかし、ゆっくり動く地すべりは、構造物にわずかな被害を与えるだけで、そのゆっくりと

したペースのために抑制策を講ずることが可能な場合もあります.しかしながら、そのまま何もしない

で放置しておけば、速度の遅い地すべりでも時間の経過と共に、構造物を完全に破壊します.急傾斜地

での岩屑なだれやラハールは、極端に速く移動し強力な力があるために、都市,町,あるいはその近隣

地の構造物やライフラインを簡単に破壊したり、損傷を与えたりします.地すべり変動の特性と、何日

も何週間もあるいは何ヶ月も動き続ける事があるという実態があるために、何らかの抑制策がとられな

ければ、被害地域の再建を妨げます.そうした抑制策を取っても、その努力が必ずしも安定を保証する

ものではない場合もあります.

地すべりが大きな影響を与えるものの一つは、運送業界であり、この場合は一般に世界中の多くの

人々に影響を与えます.道路や鉄道沿いの切土とか盛土、そして同じように路体となっている脆弱です

べりやすい地盤や道路盛土の崩壊が一般的な問題となります.落石は自動車走行をする人や歩行者を殺

傷し、構造物を損傷します.どんなタイプの地すべりも、泥土・岩屑・岩塊などによって道路や鉄道を

塞いでしまうために、商業や旅行業や緊急活動に欠かせない道路を一時的あるいは長期間にわたって閉

鎖してしまいます(図 29).ゆっくりとしたクリープでもメンテナンスの問題を引き起こし、線形イン

フラ構造物に被害を与えます.図 29 は幹線道路を塞いだ地すべりを示しています.地すべりによる道

路の閉鎖は、世界中で頻繁に発生しており、多くの場合はブルドーザーやショベルで簡単に除去できま

す.しかし、そんな程度のものではなくて、図 29 に示したような場合には、大規模な掘削を必要とし、

少なくとも一時的な迂回路が必要であり、道路の閉鎖さえ余儀なくされます.

世界の人口は拡大し続けていますので、ますます地すべり災害に犯されやすくなっています.人々は、

過去には非常に災害の多い所と思われていたようなところに新しい土地を求める傾向があります.しか

し、今では増加する人口を受け入れるためには、そのような場所だけしか残されていないのです.土地

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利用政策が貧弱だったり、なかったりすると、農業用とかオープンスペースの駐車場とか、住居その他

の建物や構造物以外の利用箇所として残しておいた方が良いような場所に、建物を建てたり建設行為を

容認してしまいます.地域社会によっては、安全性の低いビル建設を規制する準備がなく、合法的な行

政手段あるいはそうしたことを推し進める専門知識を持っていないことがよくあります.

注:個人災害保険のある世界中の多くの地域でも、地すべりによる損害は保険の対象

として扱っていません.したがって、損害の費用は、個人の住宅所有者が負担しなけ

ればなりません.

図 29 中央アメリカ,エルサルバドル,サンヴィセンテの町の近くで、2001 年に発生したアメリカ

大陸横断道路の地すべり被害.(米国地質調査所,Ed Harp 撮影)

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自然環境への地すべりの影響

地すべりは次のような自然環境に影響を及ぼします.

・ 地表の形状:山や谷の配置,陸上と海底の双方.つまり、山と谷の形状は大きな地すべり土塊の

下方移動によって最も強く影響を受けします.

・ 陸上を広く被う森林と草地.

・ 地上・川・湖・海に生息する野生動物

図 30,31,32 は、広範囲におけるいくつかの地すべりを示しており、それらが如何にして地表面を

変化させ、川や農地や森林に影響を与えるかを示しています.

森林や草地や野生動物がしばしば地すべりによる被害を受けますが、森林や魚の生息地が特に被害を

受けやすく、一時的にあるいは稀なことかもしれないけれど破壊されてしまいます.しかしながら、地

すべりは比較的ローカルな出来事なので、動植物は時間と共に回復してきます.それに加えて、最近の

生態研究では、次のようなことがわかっています.つまり、ある条件下では、中~長期的に見れば、地

すべりは実質的に魚や野生動物の生息地にとって直接的に役立っている場合もあり、あるいは魚や野生

動物が餌としている生物体の生息地を改善することで利益をもたらしている場合もあります.

次のリストは、自然環境の中でよく発生する地すべりの確認事例です.

・ 海底地すべりは、地質体が海洋の浅い所から深い所に向かって、一体となって移動する状態を言

うものであり、一般的に用いられる用語です.こんなことが発生すると、海岸線の深さに大きな

影響を及ぼし、最後には舟の繋留や運航に支障を与えることにもなります.これらのタイプの地

すべりは、川や湖や海洋でも発生することがあります.地震によって誘発された大規模な海底地

すべりは、1929 年のグランドバンクス(カナダ,ニューファンドランド沖)津波のように、死者

を出すような津波の原因ともなります.

・ 海食崖の後退とか浸食は、自然環境においてよく起こるもう一つの被害です.岩土の落下,滑動,

なだれは、海岸地域に被害を与える一般的なタイプの斜面災害です.しかしながら、トップルや

フローも発生することが知られています.浸食崖から落下する岩塊は崖の下とか崖の近くの海岸

にいる人にとっては特に危険です.大量の地すべり崩土は、魚や昆布のような水中生物にとって

も破滅的な被害を与えることがあります.そして、水中での土砂の急激な堆積は、しばしば傷つ

きやすい海岸線周辺の水質を悪くします.

・ 地すべりダムは、大きな地すべりが自然に発生して川の流れを塞ぎ、閉塞部の背後に湖を形成し

ます.こうしたダムのほとんどは、短期的なもので、最後には水がダムを浸食してしまいます.

もし、地すべりダムが自然の成り行きや人間による修復作業によって破壊されなかった場合には、

新しい湖が作られます.地すべりダムによって形成された湖は長期にわたって存続することもあ

れば、突然に破堤して下流に大洪水を起こすこともあります.私達が、地すべりダムの潜在的な

危険性を軽減するのには多くのやり方がありますが、これらの方法のいくつかを本書の安全と抑

制策のセクションで説明しています.図 32 は世界でも最も大きな地すべりの一つであるスラムガ

リオン地すべりを示したものです.この地すべりダムは、非常に大きく幅の広いものであり、700

年間も維持されてきました.図 C53,C54,C55(付録 C)も別の大きな地すべりダムの様子を示

したものです.

地すべりダムの被害抑制に関してもっと詳しく知りたい方は付録 C をご覧下さい.

詳しくは参考文献 4, 11, 14, 16, 19, 31, 35, 36, 39, 43

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図 30 米国カリフォルニア州の活火山シャスタ山.前景の地形にご注目下さい.およそ 30 万年前に

発生した岩屑なだれによるものです.この岩屑なだれは火山から遠距離を移動し、今日でも未

だに見ることのできる地形を生み出し、それが長く保ち続けられています.(米国地質調査所 R.

Crandall 撮影)

図 31 南アメリカ,エクアドルの北東部,マロ川(左下からの流れ)とコカ川の合流点から下流方向

を見たところです.双方の河の流路は、1987 年のリベンタドール地震によって誘発された土石

流によっておいて行かれた土砂で埋め立てられてしまっています.この地域の斜面は、地震の

直前に降った豪雤で飽和状態にあったのです.崩積土地すべり・泥質土地すべり,岩屑なだれ,

土石流・泥流,そしてその結果として生じた洪水が、エクアドルを横断する石油パイプライン

やクイトからの唯一の自動車道を 40km にもわたって破壊しました.(米国地質調査所,R.L.

Schuster 撮影;参考文献 32 からの情報)

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図 32 米国コロラド州のスラムガリオン地すべり.この地すべりは(公式にはアースフローとも呼ば

れています)、ガニソン川のフォーク湖を堰き止め、湛水させてクリストバル湖を形成したも

のです.(米国地質調査所,Jeff Coe 撮影)

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パート F.その他の自然災害と地すべりの相関性-複合災害の影響

洪水,地震,火山噴火,地すべりといった自然災害は同時に発生することもあり、あるいはこれらの

災害の複数が、それ以外の複数の災害の引き金となることもあります.地すべりは、しばしば地震や洪

水や火山活動の結果であり、続いて次の災害を引き起こすことがあります.例えば、地震によって誘発

された地すべりでは、大量の地すべり崩土が水の中に滑り込んで多量の水を移動させ、死者を出すよう

な津波の原因となります.もう一例を挙げれば、火山噴火あるいは地震によって誘発された地すべりが

川を塞ぐと、その土塊の背後の水位が上昇し、上流側を浸水させてしまうことになります.そのダムが

壊れれば、湛水していた水は突然に解放されて、下流域に洪水をもたらすことになります.そして、こ

の洪水は斜面地盤を急速に飽和させ、崖や堤防の脚部を洗掘・浸食し、不安定化させます.したがって、

ある地域が地すべり被害を受けやすいかどうかを評価する際には、その他の自然災害の可能性も調べて

おく事が欠かせないことなのです.しかし、その際には、複合災害の可能性を示すような図面などは、

ほとんど期待できません.つまり、仮にハザードマップがあったとしても、ほとんどの場合、一つだけ

の災害が図化されているだけです.

図 33~35 は地すべりを伴う複合災害の様子を示しています.

詳しくは参考文献 17, 20, 35, 39, 43, 45

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図 33 複合災害の事例.写真は、米国アラスカ州リチュヤ湾を空中から見た状況を示しています.1958

年 7 月 9 日に発生した地震によって地すべりが発生し、湾に突入しました.続いてその地すべりに

よって津波が発生して対岸に 174m も駆け上がり、30m もの高さの波がリチュヤ湾を横断しました.

記録に残っている限りでは、地すべりによって発生した波としては最大のものです.湾岸を縁取る

ように森林のなくなっている範囲にご注目下さい.これはおよその津波の到達範囲を印しています.

(米国地質調査所,D. J. Miller 撮影.)

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Flash flood and debris flow path:突発的な洪水と土石流の流路,Flash flood:突発的洪水,

Approximate flash flood hazard zone およその突発的洪水災害範囲

図 34 1999 年に南アメリカ,ベネズエラの海岸地帯にあるタナグアレーナで発生した複合災害.豪

雤が引き金となって洪水と地すべりが発生しました.(米国地質調査所,Matthew Larsen 撮影.)

図 35 これは複合災害の後遺症を示した写真です.アンデス山脈の一部と南アメリカ,ペルーの最高

峰であるネバドファスカランを空中からみたものです.1970 年 5 月 31 日に発生した地震によって

誘発された大規模な氷と岩屑のなだれが、ユンガイとランラヒルカの町を埋め尽くし、2 万人以上

の犠牲者を出しましたが、それは全体の犠牲者数 67,000 人のおよそ 40%にもなります.そのなだ

れは、およそ幅 1000m(約 3000 フィート)延長 1.6km(1 マイル)の氷と岩の移動体としてスター

トし、ユンガイまで約 5.4km(3.3 マイル)の距離を毎時 160km 以上の平均速度で流れ下りました.

氷が、水と泥と岩からなる氷積土を掻き上げて行ったのです.(国立空中写真局撮影の写真と米国

地質調査所,George Plafker の図解.)米国地質調査所写真資料館所蔵の写真と説明:

http://libraryphoto.cr.sugs.gov/