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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
3
総説
鉄代謝とその異常
目黒邦昭1)
1)国立病院機構仙台医療センター 血液内科
抄録
地球が酸素化された後、酸素から高いエネルギーを得るため鉄が必要であった。不活性な Fe3+を取込み、
反応性の高い Fe2+を細胞内で役立てる仕組みが鉄代謝の骨幹である。体内の鉄の約 70%はヘモグロビン
鉄である。老化赤血球の鉄はマクロファージで回収され新たな赤血球造血に用いられ、日々僅かに失われ
る鉄は腸管から補われる。鉄代謝は基本的に閉鎖系である。Transferrin とその受容体は細胞間の鉄運搬
を担い、鉄は divalent metal transporter 1 を介して細胞膜内側に入り、膜外への移動は ferroportin1
(FPN1)が担う。各細胞の reductase/oxidase 系により、膜内移動時、Fe3+から Fe2+へ還元、あるいは
Fe3+へ酸化される。鉄代謝の重要な調節系に、hepcidin と iron responsive element(IRE)/ iron responsive
protein(IRP)系がある。Hepcidin は肝より分泌され、FPN1 分解を促進して鉄の細胞間移動を抑制する。
鉄関連蛋白の多くが有する mRNA 非翻訳領域のループ構造の IRE に、IRP が細胞内鉄の過少により結合・
解離して、それらの蛋白発現を制御している。鉄代謝は体内鉄量、赤血球造血、酸素レベルのほか炎症性
サイトカインなどにより多様な調節を受ける。鉄代謝は複雑であるが骨幹となる部分の理解は急速に進ん
でいる。
キーワード:鉄代謝、フェロポーチン、ヘプシジン、鉄欠乏、鉄過剰症
(2017 年 8 月 15 日受領)
1 はじめに
日常診療で鉄代謝異常と言えば鉄欠乏性貧血と
鉄過剰症であろう。鉄欠乏性貧血はありふれた病
気であるし、原因検索は重要だがそれを行えばあ
とは鉄剤を投与すればよい、鉄過剰症は頻回に輸
血が必要な患者に出会えば問題だが、先天性ヘモ
クロマトーシスとなるとまず出会うことはない、
などと考えられているかもしれない。しかし、生
物と鉄の関係は古くから研究され、ヒトの医学ば
かりでなくバクテリアの世界でも重要な研究テー
マとなっている。筆者は鉄代謝の専門家ではない
が、かつて米国留学ではヘム代謝研究に携わった。
周知のようにヘムはミトコンドリア内でプロトポ
ルフィリン IXにFe2+が組み込まれて形成される。
2000 年に鉄代謝調節の要となるヘプシジンが発
見され、鉄の腸管上皮細胞、肝細胞、マクロファ
ージなどでの取り込み、放出、貯蔵のメカニズム
や、赤芽球ミトコンドリアにおける鉄代謝にかか
わる機序など極めて広範に新しい知見が蓄積され
ている。欧米ではすでにヘプシジン作用をコント
ロールする臨床的試みも報告されている。遠くな
い将来に実臨床においても鉄代謝関連のより深い
知識が必要となるであろう。鉄代謝に関する総説
は少なからずあるが、専門家ではない目からみて
解りやすいように整理を試みた。参考になれば望
外の喜びである。
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
4
2 地球と鉄と生物
地球は鉄の惑星だそうだ。実際、鉄は地球の質
量の約 30%を占める。では、鉄は我々の周りに溢
れているのかというとそうではない。地球の鉄は
奥深い核に集中し、内核は高熱の固体の鉄、外核
は液体の鉄で占められている。地殻には鉄が質量
比で第 4 番目の元素で 5%程存在しているにすぎ
ない。因みに最も多いのは酸素で 46.6%である。
しかも鉄の多くは酸化鉄で固体であり、ヒトを含
む多くの生物の利用できる鉄は多くはないのであ
る。25 億年程前、cyanobacteria が出現し光合成
を始め、それまで酸素のなかった地球に酸素を作
り始めたと言われる。これは地球環境にとっては
極めて重大な変化で、Great Oxygenation Event
と呼ばれている 1)。この事により地球は還元的な
環境から酸化的な環境へと変化し、それまでの可
溶性の Fe2+は酸素と反応し、Fe3+ となり固体化
し海底に沈着、縞状鉄鉱床となった。これが鉄鉱
石と呼ばれるものである。この大きな環境変化の
間、進化の過程としてエネルギー効率の非常に高
い酸素を利用する生物としてミトコンドリアの元
となる生物が出現し、それを取り込んだ真核生物
が出てきたと考えられている。そして酸素から効
率よくエネルギーを獲得する仕組みには鉄が必要
であり、その結果、地球上の生物は鉄獲得のため
鎬を削ることになった。Fe3+ は不溶性で反応性に
乏しく、Fe2+は可溶性で反応性に富み酸素利用に
極めて有用であるが、細胞そのものにとって危な
いものでもある。進化の歴史が、この危ない Fe2+
をうまく利用するための様々な仕組みを作り上げ
なければ、大型化し活発な活動を行う生物の出現
はなかったのであろう。我々ヒトに存在する鉄代
謝機構もその一つであるわけだが、その仕組みは、
生物種を超えて高い相同性がある。これも鉄代謝
研究上の特徴であり、マウスのみならずゼブラフ
ィッシュも鉄代謝研究では盛んに利用されている。
ヒトには積極的に鉄を体外に排泄する機構がな
いということが強調されるが、鉄は危険だが貴重
な物質であり常に欠乏状態なので、排出する機構
は発達させる必要がなかったとの過程を物語って
いると思われる。
3 鉄代謝の基本的経路
1)Fe2+と Fe3+
生体にとって Fe2+(ferrous ion)は、電子供給
体で相手を還元し、酸素と結合するなど反応性に
富んでいるが危険でもある。Fe3+(ferric ion)は
かなり反応性が低下し扱いやすくなるが不溶性と
なる。これが基本的に極めて重要な性質であり、
細胞の中に入るときには還元して活性型の Fe2+
とし、細胞外では過剰な反応を抑制するため酸化
された比較的不活性な Fe3+の形で担体を用い運
搬、貯蔵している 2)。
2)マクロファージでの鉄回収と赤血球における
鉄代謝
生体中には約 3~5gの鉄があると推測され、そ
の約 70%が heme鉄として赤血球系細胞に存在す
る。定常状態での 1 日 20-25 ㎎とされる赤血球
造血への鉄供給は、殆どがマクロファージから回
収された鉄であり、閉鎖系を形成している。老化
図1 生体中には約 3~5gの鉄があると推測され、その
約 70%が heme 鉄として赤血球系細胞に存在する。定常
状態での赤血球造血で使用される鉄は 1 日 20-25 ㎎とさ
れ、殆どがマクロファージから回収された鉄である。細胞
剥離や発汗および出血などに失われる 1-2 ㎎の鉄は、腸管
から吸収され補われる。
した赤血球からの鉄の回収は、脾や肝、および骨
髄のマクロファージが担っている。細胞剥離や発
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
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汗および出血などに失われた鉄を腸管から吸収し
ているが、その量は定常状態では 1 日当たり 1~2
㎎とごく少量である 3)(図1)。
マクロファージに貪食された老化赤血球は、活
性酸素 reactive oxygen species (ROS: superox-
ide anion radical, hydrogen peroxide, and hy-
droxyl radical)と加水分解酵素により heme を放
出し、heme oxygenese1(HO1)と酸素により、
heme から Fe2+が分離してくる 4)(図2)。Fe2+
は divalent metal transporter 1(DMT1)および
natural resistance-associated macrophage pro-
tein(Nramp1)を介して貪食胞膜を通過し 5)、そ
の後、poly rC-binding protein 1(PCBP1)を担
体として細胞質を移動し ferritin(Ft)に貯蔵さ
れるか 6)、細胞膜上の膜蛋白 ferroportin1(FPN1)
によりマクロファージ外へ運ばれる。そして、直
ちに glycosylphosphatidylinositol-linked cerulo-
plasmin (Gpi)-Cp により Fe3+に酸化された後、
Tf と結合する。
図2 貪食された老化赤血球から、活性酸素(ROS)と加
水分解酵素により heme が放出された後、HO1 と酸素の
作用で Fe2+が分離する。Fe2+は DMT1 および Nramp1 を
介して貪食胞膜を通過する。その後、PCBP1 を担体とし
て細胞質を移動し、Ft へ貯蔵されるか、あるいは、細胞
膜上の FPN1 により細胞外へ運ばれ、直ちに Gpi-Cp によ
り Fe3+に酸化される。Fe2+は Ft-H により Fe3+に酸化され
貯蔵される。Ft は NCOA4 に導かれ、ferritinophagy に
より分解され鉄が回収される。
鉄は Fe3+として運搬され、細胞内へ入るときは
還元酵素群による活性型の Fe2+へ変換の後、膜蛋
白 DMT1 を介して細胞内に入る。細胞外へ出ると
きは専ら、FPN1 を介し、膜通過時に酸化酵素で
Fe3+へ変換されるというシステムが各細胞で原則
としてほぼ守られている。一方、過剰な鉄は、Ft
で貯蔵される。Ft は 24 個の Ft-H(heavy)と Ft-L
(light)の multimer で、Fe2+は Ft-H により Fe3+
に酸化され約 4500 個の鉄イオンを格納する 7)。
Ft が分解される過程は“ferritinophagy”と呼ばれ
autophagy の一種と考えられている 8)。Ft を構成
する Ft-H は Nuclear Receptor Coactivator 4
(NCOA4)と結合して autophagozome に導かれ分
解され鉄が回収される 9)。NCOA4 は HERC2
ubiquitin ligase を介し、鉄過剰で ubiquitin
proteasome system による分解が亢進する 10)。
図3 Holo-Tf は赤芽球細胞膜上の TfR1 と結合し、
clathrin-dependent endocytosis 機構により取り込まれる。
次いで、ATP-dependent proton pump により Endosome
内に H+が流入し、Fe3+の放出後、STEAP3 により Fe2+
に還元され DMT1 を介し細胞質内へ移動する。
mitochondria 内への Fe2+取り込みは、PCBP1 を介する
か ‘kiss-and-run’ mechanism によるとされる。鉄の
mitochondria 内膜通過には、Mtfn1 and 2 を介する。
Mitochondria 内膜で Fe2+ は ferrochelatase により
protoporphyrin IX へ取り込まれ heme が形成される。
循環血液中の Tf は Fe3+を結合するが、apo-Tf
(鉄を含まない)、monoferric Tf そして diferric
Tf(holo-Tf)の 3 つの形態がある。Fe3+は
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
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transferrin-bound iron (TBI)として移動し、赤芽
球をはじめとした細胞膜上の transferrin recep-
tor1(TfR1)と結合する(図3)。TBI-TfR1 は細
胞膜の clathrin-dependent endocytosis 機構によ
り細胞内に取り込まれ、次いで、ATP-dependent
proton pump により、endosome 内に H+が取り込
ま れ る と 、 Fe3+ が 放 出 さ れ る 。 さ ら に
six-transmembrane epithelial antigen of the
prostate 3(STEAP3)により還元され、Fe2+と
なって DMT1 により細胞質内へ出る。鉄を失った
apo-Tf-TfR1 は細胞表面へ移動し、apo-Tf は循環
へ戻る 11)。Tf と結合していない Fe イオン
non-transferrin bound iron(NTBI)の存在が知
られているが、主にクエン酸(citrate)鉄として
存在し、zinc transporter Zrt-Irt-like protein14
(Zip14)により運搬されると推測されている 12)。
赤芽球 mitochondria 内への Fe2+取り込みは、
poly rC-binding protein 1(PCBP1)を介するか
6)、あるいは‘kiss-and-run’ mechanism による
13)とされる。鉄の mitochondria 内膜通過には、
mitoferrin(Mtfn) 1 and 2 を介する 14) 。
Mitochondria 内で Fe2+は ferrochelatase により
protoporphyrin IX へ取り込まれ heme が形成さ
れる他、Fe–S cluster蛋白などへ取り込まれる 15)。
細胞質内の過剰な free Fe2+は Ft へ運搬される。
3)腸管からの鉄吸収(図4)
ヒト鉄代謝は基本的に閉鎖系を形成しているが、
日々、わずかに失われる鉄の補充はもっぱら腸管
からである。食物中の鉄は、動物の筋肉などの
heme 鉄か非 heme 鉄(無機鉄)がある。非 heme
鉄の吸収効率は 1~10%、heme 鉄は 5~20%とさ
れ、heme 鉄の吸収効率が高いことが分かってい
る 16)。腸管からの鉄吸収経路は heme 鉄および非
heme 鉄で異なる。heme 鉄は血液や筋肉などに由
来するが、heme 蛋白は胃の酸性環境下で heme
を遊離し、heme は heme-carrier protein1(HCP1)
と proton coupled folate transporter(PCFT)に
より、receptor- mediated endocytosis で吸収さ
れるが詳細はまだ議論がある。腸管上皮細胞内で
heme から、HO1 により鉄が分離される。非 heme
鉄は Fe3+で存在しており、腸管上皮細胞への吸収
には、Fe2+への還元が必要で、duodenal cyto-
chrome b(DcytB)と six-transmembrane epi-
thelial antigen of prostate(Steap2)により還元
される。還元された Fe2+は DMT1 により、H+イ
オンと共に腸細胞内へ運搬される 17)。腸管上皮細
胞内へ入った Fe2+は基底膜側へ移動するか、
ferritin(Ft)に蓄積される。この腸上皮細胞内の
Ft 量は、Fe イオンの腸上皮細胞から循環系への
移動を制御しており、Ft 鉄が増加すると鉄吸収や
移動は減少する 18)。腸管上皮細胞から循環系への
図4 食餌中のheme蛋白は胃の酸性環境下でhemeを遊
離する。Heme の吸収は HCP1 および PCFT により、
receptor-mediated endocytosis で行われるとされ、HO1
により heme から鉄が分離される。Fe3+の非 heme 鉄は腸
管上皮細胞で DcytB と Steap2 により、Fe2+へに還元さ
れ、DMT1によりHイオンと共に腸細胞内へ運搬される。
腸管上皮細胞内へ入った Fe2+は基底膜側へ移動し、FPN1
して細胞外に出て、直ちに Heph および Cp により Fe3+
へ酸化後、Tf と結合し循環系に入る。鉄が過剰な場合は
Ft に蓄積される。この腸上皮細胞内の Ft 量増加は腸管ブ
ロックに関係する。
Fe 移動は、基底膜蛋白 FPN1 を介して基底膜か
ら細胞外へ運ばれ、同時に、 ferroxydase、
hephaestin(Heph)および ceruloplasmin(Cp)
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
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による Fe2+から Fe3+への酸化が必須で、その後、
循環中で transferrin へ結合する 19)。
4 鉄代謝調節とその異常
1)Hepcidin による鉄代謝調節(図5)
Hepcidin は初め 2001 年にヒト尿中から抗菌作
用のある分泌ペプチドとして報告された 20)。それ
は、2000 年 LEAP-1 としてヒト血中から分離さ
れた disulfide 結合をもち抗菌作用を有するペプ
チドと同じものであった 21)。2002 年転写因子
USF-2 KO マウスが鉄過剰を呈することから、そ
の責任遺伝子をクローニングしたところ、
hepcidin が同定され 22)、また、hepcidin trans-
genic mouse が高度の鉄欠乏性貧血を呈すること
など 23)から、hepcidin と鉄代謝が関係づけられる
に至った。Hepcidin は 84 アミノ酸鎖として肝臓
図5 肝細胞はTf-TFR1を食作用により取り込み、DMT1
を介して鉄を移動させる。細胞外へは、FPN1 および
Gpi-Cp系の働きによる。肝はhepcidinを産生分泌するが、
その調節には鉄量よる BMP6-BMPR 系から SMAD シグ
ナルを介する経路と、Il-6 などの炎症性サイトカインが誘
導する STAT/JAK 経路などがある。BMPR には、
HFE/TRF2 系よび HJV/Neogenin 系により誘導促進され
る。このらの系の異常は遺伝性ヘモクロマトーシスをきた
す。その他、無効造血時には erythroferronによりhepcidin
産生が抑制されることが報告されている。
で産生され、25 アミノ酸に分解されて活性型とな
る 。 Hepcidin は 腸 細 胞 の 基 底 膜 に あ る
ferroportin1(FPN1)と結合し、その分解を促進
することにより腸上皮細胞から循環への鉄の移動
を抑制する 24)。Hepcidin はマクロファージの
FPN1 にも同様の機序で働き、マクロファージか
ら循環系へ移動する鉄を減少させる 25)。
Hepcidin 分泌は、1)体内鉄量、2)炎症、3)
骨髄造血機能、4)低酸素などの様々な要因で調
節される 26)。体内鉄量による hepcidin 産生は
TGF-βスーパーファミリーに属する分泌性タン
パク bone morphogenetic protein(BMP)の一つ
である BMP-6 により制御されると考えられてい
る 27)。BMP-6 は BMP 受容体複合体に結合し、
Smad 系を介して hepcidin 産生を誘導する。この
BMP 受容体複合体には遺伝性ヘモクロマトーシ
スの原因遺伝子となることが知られる HFE(H =
high; FE = iron)、hemojuvelin(HJV)、TFR2、
neogenin など様々な分子が会合し、複雑な調節を
受けている。HFE-TFR2 系、HJV-neogenin 系と
して、hepcidin 誘導を促進するが、これ等に異常
が生ずると、hepcidin 誘導が低下し鉄吸収の抑制
がかからず鉄過剰症をもたらすことになる 28)。炎
症反応における hepcidin 産生は、IL-1、IL-6 を
介するものが知られ、特に IL-6/IL-6 受容体を介
する JAK/STAT 系の関与が重要であると報告さ
れている 29)。慢性炎症に伴う貧血においては
hepcidin 産生亢進が主たる病態と考えられてい
る。
2)Iron responsive element(IRE)/ Iron re-
sponsive protein(IRP)調節系
IRE/IRP 系は細胞内鉄の増減により鉄代謝の
調節を行うシステムである 30)。鉄代謝関連蛋白の
mRNA の非翻訳領域に、特有の塩基配列により
IRE と呼ばれるループ構造を有するものがあり、
細胞内鉄量により IRE への IRP 結合能が調節さ
れる 31,32)。細胞内鉄濃度が低下すると IRE 活性が
発現するようになり、IRE が 5’UTR にある場合
は、翻訳開始複合体の結合を妨げて翻訳抑制を介
して、発現抑制し、3'UTR にある場合は、mRNA
の安定性を増すことにより翻訳は亢進し発現誘導
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
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される。IRP には IRP1 および IRP2 が知られて
いる。IRP1 は TCA サイクルの aconitase であり、
[4Fe-S]cluster 構造を有する。IRP2 は IRP1
と 57%の相同性を有するが、[4Fe-S]cluster 構
造や aconitase 活性を有しない。IRP1、IRP2 共
に鉄濃度低下時に IRP 活性を発現する。IRE が
5’UTR に あ る も の は 、 Ft 、 FPN1 、 δ
-aminolevulinic acid synthase 2 (ALAS2) 、
Hypoxia Inducible Factor-2α(HIF-2α)等があ
り、TfR1 、DMT-1 では、3'UTR に IRE が存在
する。IRP KO マウス等の知見から、IRPs は主に
その分解を通じて発現量がコントロールされてお
り、IRP1は酸素濃度、IRP2 は鉄濃度により主た
るコントロールを受けるようである。
3)鉄欠乏状態下における調節
基本的には体内の鉄が不用意に減らないよう積
極的には排泄せず、体内に入る鉄はかなり抑制さ
れている 33)。通常、ヒトの生きる環境では鉄過剰
にはならず、鉄過剰症は常に病的状況下で生ずる。
実際、正常に誕生した個体でも、自然界ではしば
しば鉄欠乏になるであろう。出血や鉄摂取がまま
ならない状況に出会う可能性はかなり高い。女性
は 10代から 40代までは常に鉄欠乏の危機にある。
人類は種としてこの鉄欠乏の危機を乗り越えなけ
ればならなかったはずである 34)。従って、ヒトが
鉄欠乏状況となったとき、鉄代謝調節はどうなっ
ているのかという問いから始めるのは自然であろ
う。
人体の鉄バランスが負となった時、典型的な少
量の出血が慢性的に続く状況を想定すると、初め、
貧血はなく、貯蔵鉄の ferritin が減少し貯蔵鉄が
枯渇すると小球性低色素性貧血となる 35)。慢性出
血による赤血球減少は ferritin からの鉄動員を促
し、赤血球造血が亢進し網赤血球数が増加するの
は臨床的に観察されることである。体内の鉄が欠
乏する状況では hepcidin 発現は抑制される 36)。
鉄欠乏時の hepcidin 発現低下が、誘導シグナルが
減少することによるのか抑制機序が存在するのか
は明らかでない。hepcidin の低下により腸管細胞
膜のFPN1分解が抑制され腸管からの鉄吸収が増
える 36)。実際、鉄欠乏状態では数倍から数十倍鉄
吸収が増加するといわれている。また、hepcidin
低下はマクロファージ FPN1 分解を抑制し、Ft
から回収された鉄の赤芽球への還流が増加する。
そしてこの一連の反応の間に適切に鉄が補給され
ずに、マクロファージ内の ferritin 鉄の分解が進
み枯渇に至ると鉄欠乏性貧血となる。鉄バランス
が負になった場合、最初に働く系がなにかは明確
ではないが、細胞内鉄低下に伴い、IRE/IRP 系が
活性化されれば、IREが5’UTRにある、Ft、FPN1、
ALAS2、HIF-2α等は発現が低下し、3'UTR に
IRE が存在する TfR1 、DMT-1 では発現が亢進
することになるが 30)、FPN1 はその制御は
BACH1/NRF2 などの多因子が関わり、総体とし
ては鉄欠乏時には発現は上昇すると考えられてい
る 37)。また、HIF-2α抑制による EPO 発現への
影響も限定的と考えられ、鉄欠乏性貧血時は EPO
上昇が顕著である。鉄欠乏状態における一連の反
応は、赤血球造血のための鉄供給を増やすばかり
ではなく、赤血球造血全体との調整が行われ
protoporphyrin IX やglobin合成が過剰とならな
いよう抑制されると考えられかなり複雑である
38)。そして鉄欠乏性貧血で小球性低色素性貧血と
なるのは heme 供給低下にもかかわらず、赤芽球
の分裂や分化成熟の抑制が不十分な状態との考え
もある 39)。
4)炎症時における鉄代謝調節
体内の鉄代謝調節には生体への外部からの細菌
侵入に対する防御システムとしての側面がある。
細菌の増殖のためには鉄が必要であり、生体は血
清鉄を下げ細菌が利用できる鉄を制限することに
より増殖を抑制するもので、自然免疫における重
要な機構とされる 40)。感染症に罹患し IL-6 など
の炎症性サイトカインが誘導されると hepcidin
分泌の増加により、腸上皮細胞基底膜の FPN1 分
解が亢進し、腸上皮細胞から循環へ入る鉄は制限
されるとともに、マクロファージからの鉄移動も
抑制される 41)。腸上皮細胞内から循環への鉄移動
が抑制されると腸上皮細胞内鉄が増加し、管腔側
細胞膜上の DMT1 mRNA5’側にある IRE への
仙台医療センター医学雑誌 Vol. 7, 2017 鉄代謝とその異常
9
IRP 結合が促進し、DMT1 翻訳は抑制され、その
発現が低下するため管腔から循環系への鉄移動も
減少する。かくして循環中への鉄供給は低下し、
細菌の鉄利用は制限され増殖抑制に働くと考えら
れる 42,43)。そもそも hepcidin は抗菌作用のある
物質として尿中から分離されている 20)。一方、こ
の細菌感染時の鉄代謝変化は代償として anemia
of chronic diseases(ACD)と呼ばれる貧血を伴
う。Hepcidin の作用でマクロファージ内の Ft と
して鉄は隔離され赤芽球鉄利用は抑制され赤血球
造血が低下するためである。
感染症だけでなく関節リウマチなどの慢性炎症性
疾患でも、鉄利用障害による ACD が表れる。感
染症にあっては自己防御的意味があったが、これ
ら自己免疫性疾患にとって何らかの意味を持つの
であろうか。免疫系に対する鉄利用が制限された
場合の影響として、古くからリンパ球増殖の抑制、
リンパ球数減少、反応性低下、IL-2 産生低下など
をもたらすことが知られている 44) 45)。逆に鉄供給
が増加すると、SEL モデルマウスでは腎障害増強
が観察され、即ち、炎症時の hepcidin 産生増加に
伴う血清鉄低下、腸上皮細胞、マクロファージ内
への鉄貯蔵増加などの一連の動きは免疫反応の抑
制方向に働くようである。
5)遺伝子異常による鉄過剰症
生物進化においてヒトはずっと鉄欠乏の危機と
の戦いであったと考えられ、鉄過剰症は稀で特異
な状況と思われる。しかしながら hepcidin 系の異
常である遺伝性ヘモクロマトーシスあるいはサラ
セミアなどの先天性溶血性貧血に伴う無効造血に
伴う鉄過剰症は、稀ではあるがヒトにおける鉄代
謝調節の重要性を認識させる。
鉄代謝調節が破綻し鉄過剰症となる遺伝性ヘモ
クロマトーシス(hereditary hemochromatosis;
HH)となる原因遺伝子は、1)古典的 HH の HFE
遺伝子、TFR2 遺伝子、2)若年性ヘモクロマトー
シス(juvenile hemochromatosis;JH)の HJV、
hepcidin(HAMP)遺伝子、3)フェロポーチン
病の FPN1 をコードする SLC40A1 遺伝子異常な
どがあげられる 46)。いずれも hepcidin–FPN 系に
関わる遺伝子異常によるものである。
HFE 異常は日本では少ないが世界的には HH
の原因として最も頻度が高い 47,48)。HFE 遺伝子
は、1996 年 HH 患者を用いた連鎖不平衡解析よ
り分離された 343 アミノ酸からなる MHC クラス
I 様 分 子 で あ り 、 細 胞 膜 に あ っ て β
2-microglobulinと2量体を形成し 49)、さらにTFR
と結合していることも示された 50)。その後の研究
により、HFE は、HJV、TFR2、neogenin、BMP
受容体(R)等に会合し、鉄濃度上昇による BMP-6
を介する hepcidin 分泌誘導の BMPR 複合体の一
部となっている 47)。TFR2 は TRF1 に比較し Fe3+
への親和性が低く、鉄濃度が上昇すると鉄が
TFR2 に結合するが、鉄を結合する TFR2 は
BMPR 複合体に結合し、hepcidin 発現誘導を亢進
させせると考えられている。このシステムにおい
て、HFE あるいは TFR2 遺伝子異常が生ずると、
鉄過剰にもかかわらず hepcidin が誘導されず、
FPN1 を介する腸管からの鉄吸収が持続し、組織
の鉄過剰をきたすと考えられている 51)。
一方、JH では、HJV の異常が原因であり、HJV
は炎症における hepcidin 合成の主たるシグナル
を伝達する BMPR 複合体の co-receptor を形成し、
hepcidin 誘導シグナル伝達に関与するが、HJV
遺伝子異常はこのシグナル伝達を阻害し、鉄過剰
にも拘らず hepcidin 産生が誘導されず、HH とな
る。その他に hepcidin 遺伝子その野の構造異常で
によって起る場合も JH に含まれる 46)。
FPN 異常によるフェロポーチン病はその構造
異常の性格により 2 種類の疾患が含まれる 52)。一
つは FPN 構造異常により hepcidin 結合が阻害さ
れ FPN1 が分解されず、恒常的鉄吸収が起こり鉄
過剰となって体内の全ての細胞に鉄が沈着するも
ので、他方は、FPN 遺伝子変異により正常な FPN
の 2 量体が形成されず、細胞外へ鉄放出ができな
いため、腸上皮細胞やマクロファージに鉄が沈着
する場合とがある 53) 54)。
6) 赤血球造血と鉄過剰症
低酸素や貧血負荷により誘導される赤血球産生
を stress erythropoiesis というが、溶血性貧血や
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無効造血が顕著な疾患では ferritin 値が上昇し、
肝などに鉄過剰症を伴うことが知られている。そ
のような stress erythropoiesis では、hepcidin 産
生が抑制されることが報告され、それが鉄過剰症
に関係していると考えられている。βサラセミア
患者において、growth differentiation factor15
(GDF15)産生することが hepcidin 産生を抑制
し、鉄吸収増加し鉄過剰症に関係すると報告され
た 55)。その後、サラセミアマウスモデルから、赤
芽球から分泌される erythroferrone(ERFN)が、
hepcidin 産生を抑制する因子として同定され、実
際、ERFN 発現を抑制すると、hepcidin 産生は回
復し鉄沈着は軽減することが示された 56)。Stress
erythropoiesis では hepcidin 産生を抑制し、鉄過
剰回避に優先して造血が行われることになる。再
生不良性貧血(AA)、赤芽球癆(PRCA)あるい
は骨髄異形成症候群(MDS)のため、赤血球輸血
依存となった場合、全身への鉄過剰による臓器障
害が問題となり、deferasirox などの鉄キレート剤
が開発されている 57)。輸血により強制的に鉄が負
荷された場合、hepcidin は上昇し、腸管からの鉄
吸収や鉄再利用を抑制するが、MDS の各病型間
での hepcidin 値には相違が見られ、鉄芽球性貧血
(RARS)が最も低値で芽球増加を伴う不応性貧
血(RAEB)が最も高値であったとの報告がある。
無効造血の程度あるいは性質の差を示唆する結果
と思われる 58)。ヒトでの ERFN の意義は明らか
にされていない。
7)鉄芽球性貧血
鉄芽球性貧血はミトコンドリアへの鉄沈着を伴
う病態であり、後天性は MDS(特に RARS)や
アルコール性肝疾患、薬剤性等が知られているが、
先天性鉄芽球性貧血の原因遺伝子が分かってきて
いる 59) 。ミトコンドリアにはヘム合成や
iron-sulfur protein による電子伝達系の鉄を含む
蛋白が多数存在しているが、ヘム合成系の ALAS2
の変異による X 連鎖性鉄芽球性貧血(XLSA)が最
も多い。その他にミトコンドリアトランスポータ
ー遺伝子異常などミトコンドリア関連遺伝子の異
常が同定されている 60)。
8) 鉄剤不応性鉄欠乏性貧血
小球性低色素性貧血で鉄欠乏が明らかであるが、
鉄剤投与に反応しない症例がある。後天性の原因
は、鉄剤服用のコンプライアンスや原疾患のコン
トロールができていない場合等があるが、最近は
H. pyrori 菌感染の関与が注目されている 61) 62)。
H. pyrori 菌が萎縮性胃炎や胃潰瘍、胃がんと関係
し、それに伴い慢性出血が伴えば、典型的な鉄欠
乏性貧血となることは容易に想像できる。しかし、
明らかな出血の無い場合でも、H. pyrori 菌感染例
では除菌を行うことで鉄剤投与の効率が上昇する
ことが指摘されているが、その明確な機序は明ら
かでない 63)。
先天性鉄剤不応性鉄欠乏性貧血が trans-
membrane protease serine 6 (TMPRSS6)遺伝子
異常で起こることが報告された 64)。TMPRSS6 遺
伝子は膜型セリンプロテアーゼのmatriptase2を
コードしており、matriptasse2 は鉄過剰となった
場合に、BMP 受容体と会合する HJV を切断して
BMP6 による hepcidin 産生促進をブロックする
と考えられている。TMPRSS6遺伝子の異常では、
BMP6 シグナルによる hepcidin 産生に抑制がか
からず、生下時からの鉄利用障害による鉄欠乏に
よって高度の小球性低色素性貧血となるとされ
65)、世界で 40 家系程の報告があるが、一方、変
異により必ずしも貧血を呈しない場合のあること
も報告されている 66)。
5 終わりに
この様に鉄代謝に関しての研究はめざましいも
のがあり、内外に多くの総説も出ている 67,68)。鉄
代謝に関わる因子は極めて多く、その相互関係も
鉄代謝や赤血球造血のみならず、自然免疫として
免疫系との関連もあり大変複雑である。地球上の
生命誕生の後、ある時期から酸素が大量に産生さ
れて地球を覆うことになった時、鉄という危険な
物質を上手く利用し酸素からエネルギーを効率よ
く取り出す方法を獲得したことが、大型化し活発
に活動する生物が誕生することに繋がったのであ
る。地球上は生物間の鉄の奪い合いという側面も
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あることも理解できる。これらの鉄代謝にかかわ
る新しい知見を我々の臨床の場でどのように生か
してゆくのか。実は、ここで述べられている鉄代
謝の知見はゼブラフィッシュやマウスでの知見も
あればヒトの先天性異常からのものもあり、どの
程度ヒトの病態を考えるときに適応できるのか必
ずしも明確ではない。現時点では、実際のヒトに
於ける複雑な体内の鉄代謝の状況を窺い知る手立
ては極めて乏しい。我々の手の中には、いまだに
血清鉄、総鉄結合能、ferritin 等の測定値しかな
く、hepcidin ですら、まだ、ルーチンでは測定で
きないのである。他方、欧米では栄養摂取の問題
として、成長期から鉄分をどのように摂るべきか
ガイドラインが作られており、鉄の重要性の認識
は浸透している。また、慢性疾患に伴う貧血の治
療に hepcidin 作用に拮抗する物質の臨床治験も
いくつか行われているようである。
本総論では鉄代謝の骨格部分をできるだけ整理
することを試みたが、鉄代謝は裾野が大変広く、
論文は医学の領域を超えて留まるところを知らず
検索されてくる。触れることのできなかった知見
も多くあろうが、更に諸氏の知識を深める一助と
なれば幸いである。
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