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-2- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 《論 文》 とも はら よし ひこ 四日市大学 総合政策学部 専任講師 四日市大学 総合政策学部 専任講師 ドイツ新連邦州におけるバルト海沿岸地方の 観光歴史都市とリゾート Mecklenburg-Western Pomerania is the highest number of tourists out of all the new states in Germany. This paper describes tourist relations between the historic cities of the Baltic area(cities of Stralsund, Wismar and Greifswald)and the island resorts (islands of Rügen, Poel and Usedom) . The results of this study are as follows; Stralsund and Rügen have especially strong tourism. Wismar depends not only on Poel, but also Stralsund. Wismar and Stralsund are one world heritage site. Greifswald has tourism relations with Usedom, but the city isn't as active in tourism as the other two. Greifswald has the positions also as an academic and industrial city. 1.序論 バルト海沿岸(図-1)は1793年にドイ ツで初めてハイリゲンダムに海水浴場が 開かれて以来、鉄道や自動車道の開発も 相まって、特に本土の保養地やリューゲ ン島、ウーセドム島などの島嶼部を中心 に今日まで一貫して観光需要が高い地方 である。しかし、今日では歴史都市 (1) 観光も顕著に伸長している。バルト海沿 岸地方の諸都市は中世にはハンザ都市と して名を馳せ、2002年にはハンザ都市の 歴史的遺産をよくとどめたシュトラール ズントとヴィスマールの2都市が世界文 化遺産に登録された。本論文ではこの地 方の歴史都市の観光構造について、世界 遺産都市と世界遺産未登録の都市に分 け、比較検討する。また、周辺リゾート 部との関係性についても着目していく。 2.バルト海沿岸地方の観光発展 ドイツ再統一後のバルト海沿岸地方は ほかの新連邦州の地域にも増して急速に 観 光 地 と し て 発 展 し た。Nolte und Steingrube(2002、p.149)によると、国 家からは1990-1998年の間に共同課題 Gemeinschaftsaufgabe=GA と名付けら れた枠組みの中で760万ドイツマルク (DM)が東ベルリンを除く新連邦州の観 光開発のために支払われた。また、すべ ての投資の合計額は2000万 DM に上り、 こうした投資の大部分は観光以外の産業 が活発でないメクレンブルク・フォアポ ンメルン州に支払われたという。こうし た一連の支援の下で、従来からのリゾー トが観光者数を大幅に伸長させた。図-2 はバルト海沿岸地方に位置する3郡の年 間のべ宿泊者数の推移を示したものであ (2) 。なお、リューゲン郡はリューゲン 島やヒデンゼー島を、オストフォアポン メルン郡はウーセドム島を、ノルトヴェ ストメクレンブルク郡はペール島を域内 に有している。とりわけ、リューゲン郡 とオストフォアポンメルン郡は1994年の 時点で100万人以上の観光者を誘致して いたにもかかわらず、その後も観光者増 は著しく、1994年から2008年までに前者 は291%増、後者は314%増の伸びを示し 図-1 バルト海沿岸地方

ドイツ新連邦州におけるバルト海沿岸地方の 観光歴史 … · Wismar depends not only on Poel, but also Stralsund. Wismar and Stralsund are one world heritage site

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Page 1: ドイツ新連邦州におけるバルト海沿岸地方の 観光歴史 … · Wismar depends not only on Poel, but also Stralsund. Wismar and Stralsund are one world heritage site

-2�-

日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

《論 文》

友と も

原は ら

 嘉よ し

彦ひ こ

四日市大学 総合政策学部 専任講師四日市大学 総合政策学部 専任講師

ドイツ新連邦州におけるバルト海沿岸地方の観光歴史都市とリゾート

Mecklenburg-Western Pomerania is the highest number of tourists out of all the new states in Germany. This paper describes

tourist relations between the historic cities of the Baltic area(cities of Stralsund, Wismar and Greifswald)and the island resorts

(islands of Rügen, Poel and Usedom).

The results of this study are as follows;

Stralsund and Rügen have especially strong tourism. Wismar depends not only on Poel, but also Stralsund. Wismar and Stralsund

are one world heritage site. Greifswald has tourism relations with Usedom, but the city isn't as active in tourism as the other

two. Greifswald has the positions also as an academic and industrial city.

1.序論

 バルト海沿岸(図-1)は1793年にドイ

ツで初めてハイリゲンダムに海水浴場が

開かれて以来、鉄道や自動車道の開発も

相まって、特に本土の保養地やリューゲ

ン島、ウーセドム島などの島嶼部を中心

に今日まで一貫して観光需要が高い地方

である。しかし、今日では歴史都市(1)の

観光も顕著に伸長している。バルト海沿

岸地方の諸都市は中世にはハンザ都市と

して名を馳せ、2002年にはハンザ都市の

歴史的遺産をよくとどめたシュトラール

ズントとヴィスマールの2都市が世界文

化遺産に登録された。本論文ではこの地

方の歴史都市の観光構造について、世界

遺産都市と世界遺産未登録の都市に分

け、比較検討する。また、周辺リゾート

部との関係性についても着目していく。

2.バルト海沿岸地方の観光発展

 ドイツ再統一後のバルト海沿岸地方は

ほかの新連邦州の地域にも増して急速に

観 光 地 と し て 発 展 し た。Nolte und

Steingrube(2002、p.149)によると、国

家からは1990-1998年の間に共同課題

Gemeinschaftsaufgabe=GA と名付けら

れた枠組みの中で760万ドイツマルク

(DM)が東ベルリンを除く新連邦州の観

光開発のために支払われた。また、すべ

ての投資の合計額は2000万 DM に上り、

こうした投資の大部分は観光以外の産業

が活発でないメクレンブルク・フォアポ

ンメルン州に支払われたという。こうし

た一連の支援の下で、従来からのリゾー

トが観光者数を大幅に伸長させた。図-2

はバルト海沿岸地方に位置する3郡の年

間のべ宿泊者数の推移を示したものであ

る(2)。なお、リューゲン郡はリューゲン

島やヒデンゼー島を、オストフォアポン

メルン郡はウーセドム島を、ノルトヴェ

ストメクレンブルク郡はペール島を域内

に有している。とりわけ、リューゲン郡

とオストフォアポンメルン郡は1994年の

時点で100万人以上の観光者を誘致して

いたにもかかわらず、その後も観光者増

は著しく、1994年から2008年までに前者

は291%増、後者は314%増の伸びを示し

図-1 バルト海沿岸地方

Page 2: ドイツ新連邦州におけるバルト海沿岸地方の 観光歴史 … · Wismar depends not only on Poel, but also Stralsund. Wismar and Stralsund are one world heritage site

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

た。また、ノルトヴェストメクレンブル

ク郡も14年間で303%増と観光者誘致に

成功している。

 さらに、再統一後の新たな観光の潮流

として歴史都市が観光都市(3)へと変貌し

たことが州の観光経済に大きく寄与して

いる。図-3はバルト海沿岸地方3歴史都

市の年間のべ宿泊者数の推移を示したも

のである。これを見ると、いずれの都市

も再統一直後の1992年から2008年まで

に、のべ宿泊者は増加している。1992年

を100とした場合、2002年のシュトラール

ズントは1�6、ヴィスマールは実に877ま

で伸ばした。その一方、グライフスヴァ

ルトは91となり、再統一後の10年間では

減少している。再統一後、シュトラール

ズントとヴィスマールは歴史都市として

集客力を充分に発揮したが、グライフス

ヴァルトは観光者数が低迷した。その原

因として、市場としての旧連邦州から最

も遠く、また、都心とバルト海とが数km

離れていること、市自体が主要観光目的

地である島嶼部から離れていることなど

が観光者増に繋がらなかったと考えられ

る。2002年はシュトラールズントとヴィ

スマールが世界遺産に登録された年であ

るが、この年ののべ宿泊者を100とする

と、2008年のシュトラールズントは13�、

ヴィスマールは122、グライフスヴァルト

は141であり、世界遺産に登録されていな

いグライフスヴァルトの伸びが最も大き

かった。両世界遺産都市は高止まりして

いることが示されている。なお、シュト

ラールズントの宿泊施設は計103軒(2010

年4月入手の市の観光パンフレット

“Hansestadt Stralsund und Umgebung

Gastgeber 2010” による)、ヴィスマール

は同�6軒(2010年5月入手の市のパン

フ レ ッ ト “Gastgeber, Gastronomie und

Freizeit in und um Wismar 2010” に よ

る)、グライフスヴァルト(2010年4月入

手 の 市 の パ ン フ レ ッ ト “2010

Universitäts- und Hansestadt Greifswald

Willkommen!” による)は同�9軒である。

 また、上記の3歴史都市とリゾート3

郡における年間平均宿泊日数の推移をま

とめたものが表-1である。これを見る

と、シュトラールズントは概ね2泊程度

で推移してきたのに対し、ヴィスマール

は3泊に迫っている。ヴィスマールには

都市観光だけでなく、海水浴場があるこ

とも影響しているとも考えられる。グラ

イフスヴァルトも2泊をやや上回ってい

る。なお、リゾート3郡はいずれも5泊

前後で推移している。

 豊かな自然に彩られたメクレンブル

ク・フォアポンメルン州は伝統的な観光

地であるが、中でも海岸地方が最も集客

力がある。しかし、海岸地方のリゾート

は夏季にシーズンがほぼ限定されるのに

対し、歴史都市の観光振興は季節性と直

接的には関係がない。本論文で取り上げ

るシュトラールズント、ヴィスマール、グ

ライフスヴァルトはいずれも郡に属さな

い独立市であり、とりわけ、シュトラール

ズントとグライフスヴァルトは2都市で

1つのフォアポンメルンの上位中心地を

形成している地域の中心都市である(小

林、 1996)。しかし、ドイツ再統一後はシ

ュトラールズント、ヴィスマールの両世界

遺産都市において人口の減少に歯止めが

かかっていない状況である(図-4)。一

方、グライフスヴァルトの人口は200�年

から増加に転じている。また、州全体の

失業率は近年、減少傾向にあるが、2008

年現在、依然として州平均で1�.�%、シュ

トラールズントでは16.9%と高い割合で

ある(StatA MV, Statistisches Jahrbuch,

2009)。2008年の段階においても、同州、

とりわけ歴史都市における観光はまだ人

口や有職率を安定させるほどには寄与し

ていないことが示されている。このよう

に、バルト海沿岸は同州にとって重要な

観光地帯であるものの、歴史都市はリ

ゾートの補完的な役割しか担っていない

ことが示唆され、本来、都市観光は比較

的季節の影響を受けにくいが、バルト海

沿岸の3歴史都市は夏季リゾートの影響

※ StatA MV, Statistischer Bericht G413(199�-2008)を基に作成。

図-2 バルト海沿岸地方の3郡における年間のべ宿泊者数の推移

※ StatA MV, Statistischer Bericht G413(1993-2008)を基に作成。

図-3 バルト海沿岸地方3歴史都市における年間のべ宿泊者数の推移

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

を強く受けていることが考えられる。この

傾向の詳細は次章以降で3都市に分けて

検討する。

3.シュトラールズントの事例

 この章では、再統一後の観光者増加が

著しいシュトラールズントにおいて、市

の観光パンフレットから市が観光都市と

してどのように広報され、どのような観

光資源に重きが置かれているのかについ

て明らかにする。

 市の観光パンフレット “Hansestadt

Stralsund und Umgebung Gastgeber

2010”(2010)は全47ページで、そのうち

3ページが地図、9ページが広告、20ペー

ジが宿泊施設の紹介である。なお、これ

らは市と近郊を合わせたものである。こ

のパンフレットからは「文化・歴史性」

と「バルト海」(主として海洋関係の博物

館、港)、「イベント」の3つを主力観光

資源とし、比重を置いていることが認め

られる。

 次に、市の観光の現状や観光者の特徴

について、聞き取り調査の結果から観光

都市としての現状と課題について考察を

する。

(1)世界遺産登録の観光への影響につい

て、市 の 観 光 セ ン タ ー 所 長 の André

Kretzschmar氏は「ハンザ都市であるこ

とやレンガゴシックといったテーマと比

べ、現在のところ有意な影響は見られな

い」(2010年4月23日の聞き取りによる。

以下同じ)と言う。この見方について、

短期でも貸し出しているチェーン形態の

賃貸アパートマネジメント会社の支配人

F 氏は「ハンザ都市であるということが

観光振興にとって最も重要で、世界遺産

であることはこれに比べて重要性が低

い」(2010年4月21日の聞き取りによる。

以下同じ)とし、また、2008年開業低年

齢者向けホテルの H 氏も「影響は弱い」

(2010年4月23日の聞き取りによる。以下

同じ)と述べた。また、2000年開業のホ

テルの支配人B氏は「世界遺産も重要で

はあるが、レンガゴシック街道や(2008

年にオープンした水族館である)オツェ

アネウムOzeaneumがあることも同程度

重要である」(2010年4月23日の聞き取り

による。以下同じ)とした。

(2)市 の 観 光 連 携 に つ い て、

Kretzschmar氏は「レンガゴシック街道

が第一、次いでスウェーデン街道である。

博物館などと違い、これらの街道は歴史

的建造物が残っていないと運用できない

からだ。州内の連携は多様な観光テーマ

があり、現実的ではない」と述べた。

(3)市の観光の競争相手としては「ビー

チのあるヴィスマールとハンザ都市リ

ューベックである。リューゲン島とシュト

ラールズントは “ 木と茸の関係 ” であり、

夏季の特に自然観光に向かない雨天の日

にはリューゲン島からシュトラールズン

トへ観光者が流れてくる」(Kretzschmar

氏)。F 氏も「特に夏季においてリューゲ

ン島からの観光者は重要」としている。ま

た、「都市規模の大きいロストック」(B氏)

が挙がった。

(4)市を訪れる観光者のタイプとして、

Kretzschmar氏は「宿泊者の80%以上が

�0歳代以上。年間を通じて来訪している。

若い家族連れは日帰りか夏休み、イース

ターなどの連休に多い。観光者の出発地

では新連邦州と旧連邦州の割合は5:5

で、州外からはノルトライン・ヴェスト

ファーレン州、ニーダーザクセン州、シ

ュレスヴィヒ・ホルシュタイン州が多い。

また、宿泊者の1�%が外国人で、スウェー

デン、デンマーク、スイス、オランダか

らが上位を占める」と述べた。各宿泊施

設に滞在する観光者については、F 氏が

「20歳代と30歳代で90%。滞在期間は1-

3週間が80%。観光シーズンにカフェや

レストランでアルバイトをする者が70%

で多く、一般の観光者は30%と見る。ド

イツ人観光者が90%を占める。外国人観

光者はクロアティア人とポーランド人が

多く、そのほとんどがアルバイト目的で

来ている」と述べた。H 氏は「当ホテル

は修学旅行や子ども連れの家族が80%を

占める。20%は主にスポーツの団体が利

用している。80-90%はドイツ人観光者。

HST HWI HGW RÜG OVP NWM

1994年 2.2 1.8 3.6 4.4 �.1 4.7

1997年 1.9 2.2 2.0 4.8 4.9 �.1

2001年 2.2 2.8 2.7 �.7 �.� �.�

200�年 2.2 2.6 2.6 �.2 �.2 4.9

2008年 2.1 2.7 2.4 �.1 �.0 4.�

※ HST=シュトラールズント、HWI=ヴィスマール、HGW=グライフスヴァルト、RÜG=リューゲン郡、OVP =オストフォアポンメルン郡、NWM =ノルトヴェストメクレンブルク郡。単位:泊。

※ StatA MV, Statistischer Bericht G413(199�-2008)を基に作成。

表-1 バルト海沿岸の3歴史都市と3リゾート郡における年間平均宿泊日数の推移

※ StatA MV, Statistischer Bericht, 199�-2008を基に作成。

図-4 バルト海沿岸地方3歴史都市における人口の推移

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

外国人観光者はスウェーデンからが最も

多い。当ホテルが組んでいる4泊5日の

滞在プログラムが人気で、旧市街の散策

やオツェアニウムを周り、日帰りではあ

るが、リューゲン島へも行く」とした。

B 氏は「80%は�0歳代以上の観光者だ。

ドイツ人観光者は7�%で、出発地は新連

邦州と旧連邦州で6:4。出発州はノル

トライン・ヴェストファーレンが最も多

く、次いでベルリン、ハンブルクである。

外国人観光者は北欧、とりわけデンマー

クとスウェーデンが中心である」と語っ

た。

(5)現在の市観光の重要資源と将来の市

の 観 光 に お け る 展 望 に つ い て、

Kretzschmar氏は「年配の観光者にはハ

ンザ都市としての文化歴史的建築物を見

歩く都市観光が、若い家族連れにはオツ

ェアネウムや海洋博物館が人気である。

今後の市の観光はまだしばらく伸びるで

あろう。まだ外国人観光者が増加する余

地はあると考え、また、シュトラールズ

ントが出身地やゆかりの地である旧連邦

州のドイツ人も多い」と述べた。F 氏は

「ハンザ都市の歴史性と博物館が観光振

興に重要だ。博物館類の中でもオツェア

ネウムは国際環境 NGO のグリンピース

Greenpeaceと密接に協力しており、学術

的に重要な成果も期待できる。また、こ

れまでは夏季に偏っていた市の観光も近

年、大型温水プールやサウナを備えたレ

ジャー施設ができたことで、今後は冬季

にも期待したい」とした。H 氏は「市の

観光で重要なことは第一にオツェアネウ

ムと海洋博物館、第二にリューゲン島に

近いこと、第三に歴史的旧市街である」

とした。B 氏は先に示したように、歴史

文化遺産と博物館を重要視した上で、「ハ

ンザ都市としてのアピールは該当都市が

多過ぎるため影響が少ない」と述べた。

 これらの聞き取り調査結果からシュト

ラールズントにおける観光の特色とし

て、①世界遺産の影響は弱い、②オツェ

アネウムや海洋博物館があること、③リ

ューゲン島に近いこと。②と③からは地

方固有性のある観光資源を有し、有力リ

ゾートに近い点が観光振興に有利に働い

ていることが確認された。「市には東ドイ

ツ期に比べ縮小した造船業と専門大学が

ある程度で、観光は市の第一産業である」

(Kretzschmar 氏)と言うように、市が

観光に期するものは大きい。今後は冬季

の観光と外国人観光者増をどのように図

っていくかが注目される。

4.ヴィスマールの事例

 この章では、再統一後の観光者数の増

加が著しいヴィスマールにおいて、市の

観光パンフレットから市が観光都市とし

てどのように広報され、どのような観光

資源に比重が置かれているのかについて

明らかにする。

 市の有料観光パンフレット“Hansestadt

Wismar”(2008)は全31ページで、奇数

ページが写真、偶数ページがドイツ語と

英語による説明文で、パンフレット末の

4ページは地図が3ページとメモ欄1

ページになっている。このパンフレットか

らはヴィスマールにおける主力観光資源

として「文化・歴史性」と(港、船、釣

り、ペール島など)「バルト海」に重きが

置かれていることが認められる。また、シ

ュトラールズントを紹介しており、世界遺

産として単独ではなく、2都市でのア

ピールを図っている。観光振興について

シュトラールズントに頼っている面もあ

ると考えられる。

 次に、市の観光の現状や観光者の特徴

について、聞き取り調査の結果から観光

都市としての現状と課題について考察を

する。

(1)世界遺産登録の観光への影響につい

て、市の観光センター所長のKai-Michael

Stybel 氏は「現在のところ観光に与える

影響は弱いが、当市は国際市場を見据え

ているため、将来的には強くなるであろ

う」(2010年5月4日の聞き取りによる。

以下同じ)と言う。市内の宿泊施設もこ

の見方を支持する。東ドイツ期の198�年

からプライベートルームを営むJ氏(2010

年5月1日の聞き取りによる。以下同じ)

と2000年開業のユースホステルの支配人

であるG氏(2010年5月2日の聞き取り

による。以下同じ)は「世界遺産都市で

あることは観光振興に非常に重要であ

る」とする。また、1994年開業のホテル

の支配人である P 氏も「世界遺産登録が

市の観光に与える影響は強いと感じる。

それ以前は観光者がもっと少なかった」

(2010年5月1日の聞き取りによる。以下

同じ)と述べた。ヴィスマールの観光者

数は再統一後から増加が著しかったが、

市が世界遺産に登録される2002年の直前

の2年間は前年比で減少していた。世界

遺産登録が市の観光を持ち直させた一面

もあると考えられる。このように、ヴィ

スマールにおける観光関係者は一様に世

界遺産登録が市の観光に与える影響は大

きいと述べた。

(2)市の観光連携について、Stybel 氏

は「現在はレンガゴシック街道に力を入

れている。国内外の観光者に人気だ。こ

のほかハンザ都市や世界遺産といった固

有の歴史遺産関係の繋がりがある。また、

州内の郡独立市が共同で従来からの市場

である北欧やオランダ、スイスなどに対

するマーケティングを行なっている」と

述べた。

(3)市の観光の競争相手について「競争

というのはない。ヴィスマールのような

小さな街は協力しかない」(Stybel 氏)、

「競争はない。ここも来て、さらにここか

らシュトラールズントなどへ行く観光者

も多い」(J氏)との見方がある一方、「ロ

ストック。やはり大きな街なので集客力

がある」(P 氏)という意見もある。

(4)市を訪れる観光者のタイプとして、

Stybel 氏は「宿泊者の�0%以上が�0歳代

以上で、2�%が若い家族連れである。ま

た、ドイツ人観光者は8�%を占め、近隣

の州からが多い。外国人観光者は2�%で

北欧、特にスウェーデンからが最も多い。

夏季にはペール島からの日帰り観光者も

重要である」と述べた。各宿泊施設に滞

在する観光者については、J 氏が「70%

が�0歳代以上で、30%は若い家族連れで

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

ある。ドイツ人観光者は90%。出発地は

新連邦州と旧連邦州の割合は5:5であ

る。外国人観光者は10%で、オーストリ

アからが目立つ」としている。P氏は「ド

イツ人観光者が80%、外国人観光者は20

%でスウェーデン、デンマークからが多

い」と言う。G 氏は「高校生以下の生徒

と若い家族連れが20%ずつ、そのほかは

スポーツクラブや学生の利用が多い。ド

イツ人観光者は8�%、外国人観光者は1�

%で北欧からが多い」と述べた。

(5)現在の市観光の重要資源と将来の市

の観光における展望について、Stybel 氏

は「やはり当市における観光は文化歴史

観光が最も重要で、中でもレンガゴシッ

クはテーマとして最有力である。市の産

業は製材業や造船業があるが、昨今の経

済危機の影響もあり、厳しい現状がある。

観光業は市の収入の20%を占める有力産

業である。すでに西欧は経済成長が鈍化

している。今後の市場としてはインドと

中国が有力で、ハンザ都市、世界遺産、

レンガゴシックをテーマに需要を掘り起

こしていきたい」と述べた。J 氏は「文

化歴史的遺産と港が市の観光にとって重

要。東ドイツ期は採石業関係の労働者の

み客として迎えており、現在のように都

市観光が一般的でなかったため、都市観

光目的の観光者は存在しなかった。確固

とした産業がない当市にあって、観光業

は重要であり、今後も観光者の増加に期

待している」と語った。P 氏は「文化歴

史、港、シャンパン貯蔵庫、ペール島に

近いことが市の観光にとって重要であ

る。確たる産業を有していない当市にと

って観光は非常に重要であるが、ほかの

産業がないという現状のままでは観光者

も横ばいが続くだろう」とした。G 氏は

「文化歴史とペール島に近いことが市の

観光にとって重要である。かつて市の経

済を支えた造船業は衰退し、現在は観光

業が最も重要である。当ユースホステル

も開業以来10年間、小幅ながら観光者増

が続いている。このような傾向は市の観

光においても今後も続いていくだろう」

と述べた。

 これらの聞き取り調査結果に基づいた

ヴィスマールにおける観光の特色とし

て、世界遺産の観光への影響が強く、市

の観光はほぼ文化歴史性にのみ依存して

いることが確認された。一方、夏季にお

いてはペール島からの観光者の影響も強

く、この点はシュトラールズントと似て

いるが、近隣リゾートとしての島の観光

誘致力の差やオツェアネウムなどの文化

歴史性以外の観光資源に乏しいことがシ

ュトラールズントとは大きく異なる点で

ある。Stybel 氏は新市場の開拓に意気込

むが、今後は近隣のハンザ都市とどう差

別化を図っていくのかが市観光にとって

大きな課題となることが浮き彫りになっ

た。

5.グライフスヴァルトの事例

 この章では、ドイツ再統一後のグライ

フスヴァルトにおいて、市の観光パンフ

レットから市が観光都市としてどのよう

に広報され、どのような観光資源に重き

が置かれているのかについて明らかにす

る。

  市 の 観 光 パ ン フ レ ッ ト “2010

Universitäts- und Hansestadt Greifswald

Willkommen!”(2010)は全42ページで、

そのうち11ページが広告、1ページが地

図、12ページが宿泊施設の紹介である。

英独対訳となっている。なお、これらは

市と周辺を合わせたものである。このパ

ンフレットからは「文化歴史性」と、「河

口、沿岸」、そして「大学」がグライフス

ヴァルトにおける主力観光資源として重

きが置かれていることが認められる。グ

ライフスヴァルトはシュトラールズント

やヴィスマールのように中心部と海岸と

が接してはいないが、それら2都市同様

に水辺が重要な観光資源となっているこ

とが確認された。また、州内ではロスト

ックとグライフスヴァルトのみ存在する

総合大学も中世からの伝統を持ち、観光

資源として確立されている。

 次に、市の観光の現状や観光者の特徴

について、聞き取り調査の結果から観光

都市としての現状と課題について考察を

する。

(1)近隣の同規模都市であるシュトラー

ルズントやヴィスマールの世界遺産登録

がグライフスヴァルトの観光に与える影

響 に つ い て、市 経 済 観 光 課 の Ingrid

Freisleben 氏は「そのような影響は少な

いと考える。当市を含むバルト海沿岸の

歴史都市は観光において連携しているか

らだ」と述べた(2010年4月28日の聞き

取りによる。以下同じ)。市内で2001年開

業のプライベートルームを営む D 氏は

「観光への影響はあるにはあるであろう

が、当市の観光にとってはレンガゴシッ

ク街道の方がより重要だ」と語った(2010

年4月27日の聞き取りによる。以下同

じ)。2000年開業のユースホステルの支配

人である J 氏は「世界遺産かどうかは関

係ない。シュトラールズントにしてもオ

ツェアネウムやリューゲン橋などの観光

資源の方が観光に与える影響は強い」と

した(2010年4月27日の聞き取りによる。

以下同じ)。このように、グライフスヴァ

ルトにおける観光関係者は近隣都市の世

界遺産登録が市の観光に与える影響は総

じて弱いと認識している。

(2)市の観光連携について、Freisleben

氏は「第一に州内の6つのハンザ都市-

ヴィスマール、ロストック、シュトラール

ズント、デミン Demmin、グライフスヴ

ァルト、アンクラム Anklam 間の連携を

強化している。第二にそのほかのハンザ

都市間との連携が重要である。近年は“ポ

メラニアプログラム”の一環でヒンターポ

ンメルンとの連携もしている」と述べた。

(3)市 の 観 光 の 競 争 相 手 に つ い て

Freisleben 氏は「競争というのはない。

ほかのハンザ都市と連携して観光振興に

努めている」と述べた。

(4)市を訪れる観光者のタイプとして、

Freisleben 氏は数値などへの言及を避け

たが、各宿泊施設に滞在する観光者につ

いて、D 氏は「当プライベートルームの

宿泊者は主として3タイプで、それらは

学生、一般観光者、当市で屋根や道路の

補修などを行なうアルバイトをする者で

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

ある。学生は当市が大学を有するために、

ここで学んだ者や当市の大学生の兄弟姉

妹などが挙げられる。ドイツ人宿泊者は

90%でヘッセンやノルトライン・ヴェス

トファーレン、ベルリン、ザクセンなど

からが多い。外国人宿泊者は10%でオー

ストリアやスイス、フランスからが多い」

と語った。J 氏は「80%が27歳以下の観

光者で、そのうち60-70%がグループで

来ている。ドイツ人観光者は80%で、北

部ドイツからが60%を占める。外国人観

光者は20%である」としている。

(5)現在の市観光の重要資源と将来の市

の 観 光 に お け る 展 望 に つ い て、

Freisleben 氏は「ハンザ都市やレンガゴ

シックをテーマとした文化歴史観光、

ウーセドム島やリューゲン島に近いこと

が当市の観光における特徴である。また、

市には大学や病院、研究所があり、こう

した機関への所用で来訪する観光者も重

要である。東ドイツ期は文化歴史的な建

築物も朽ち果てており、観光は専らリ

ューゲンやウーセドムが主体であった。

今後の市の観光者については増加を見込

んでいる。特にリピーターや大学、病院、

研究所関係者に期待したい」と述べた。

D 氏は「東ドイツ期は観光都市としての

性格はなく、大学都市や工業都市であっ

た。現在は観光も盛んになってきている

が、グライフスヴァルトは第一の観光目

的地ではない。レンガゴシック街道の一

環としてバルト海沿岸を周遊するサイク

リング観光者も夏季にはよく見られる。

市の経済にとって観光が重要であるのは

確かだ。ただ、当市にはシュトラールズ

ントやヴィスマールとは違い、大学や研

究所がある。こうした施設を中心に街が

発展することも考えられる」と述べた。J

氏は「グライフスヴァルトは第二次世界

大戦でほとんど被害を受けていないた

め、歴史的な建築物が残った。ただ、東

ドイツ期から主要な観光目的地ではな

く、ウーセドムやリューゲンこそが観光

の目的地で、そこから夏季は天候次第で

当市にも観光者が訪れる。当市には大学

や病院、マックス・プランクの研究所や

シーメンスの工場がある。確かに観光も

重要だが、当市の経済の一構成要因に留

まっている」とした。

 これらの聞き取り調査結果から、観光

テーマや観光資源はシュトラールズント

やヴィスマールと同一であるが、これら

都市の世界遺産登録はグライフスヴァル

トの観光に大きな影響を与えていないこ

とが示された。また、夏季においては近

隣のウーセドム島やリューゲン島からの

観光者の影響も強く、この点はシュト

ラールズントやヴィスマールと似てい

る。しかし、この両都市と決定的に異な

るのはグライフスヴァルトが市の経済を

支えるものとして、大学や病院、研究所

といった施設を持っており、それ故、観

光は市経済を支えるうちの1つの要因で

しかないということである。今後の市の

観光は州やバルト海沿岸の動向に強く影

響されるであろう。それは、D 氏が述べ

たように、市が観光者の第一目的地では

ないことからも確認される。

6.結論

 以上のように、本章ではバルト海沿岸

という周縁に位置する歴史都市であるシ

ュトラールズント、ヴィスマール、グラ

イフスヴァルトの3都市をそれぞれ広域

(とりわけリゾート)との関係性や世界遺

産が観光に与える影響の強弱などに留意

しながら特徴を考察し、また比較検討し

たものである。この3都市の観光都市と

しての状況を地理的な位置関係も加味

し、模式図で示したものが図-5である。

シュトラールズントはこの地方を代表す

る観光歴史都市であり、これにはオツェ

アネウムや夏季のリューゲン島、ヒデン

ゼー島が大きく寄与している。ヴィス

マールはシュトラールズントのようにほ

かの観光資源に支えられておらず、また、

すでに見たように都市人口もシュトラー

ルズントに比べ少ない。市観光パンフレ

ットにも取り上げられているように、ヴ

ィスマールがこの地方の世界遺産をア

ピールするとき、シュトラールズントは

無視できない。グライフスヴァルトは有

力な研究所も多く、先の2都市のように

は必ずしも産業が観光一辺倒でない。大

学もあり、これも観光資源の1つとなっ

ている。また、ウーセドム島からはUBB

(Usedomer Bäderbahn.=ウーセドム海

水浴鉄道)でのアクセスもよいなど、特

に夏季には同島の観光における影響も大

きいが、同島には現在ポーランド領とな

っている都市・シュヴィネミュンデがあ

り、島内に確たる都市のないリューゲン

島とシュトラールズントの関係ほどは緊

密でないと考えられる。

 このように、3都市はそれぞれ異なっ

た状況下にあるが、その一方、「ハンザ都

市」や「レンガゴシック街道」という共

通の基盤も有している。そのため、隣接

する観光歴史都市を周遊という形で観光

移動する観光者も強く念頭に置く必要が

あると考えられる。また、かつて冷戦期

の西ドイツ、東ドイツ、ポーランドが現

在ではすべて欧州連合に加盟し、一体性

が増している中で、周遊観光地をどこま

で広げるかもポイントになってくるであ

図-5 バルト海沿岸地方における観光の相関を示した模式図

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日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013

ろう。行政側の思惑や利害関係を調整し、

ハンザ都市を訪れる観光者の潜在的な

ニーズを首尾よく引き出していくことが

重要であると結論付けられる。

参考文献

1) Nolte, B. und Steingrube, W.,“Entwicklung

des Tourismus in Mecklenburg-

Vorpommern”, Dortmunder Beiträge

zur Raumplanung, Vol.109. 2002.

pp.146-1�6.2) 小林浩二(編)『ドイツが変わる 東欧

が変わる』二宮書店、1996年。

(1) 本論文においては「歴史都市」を「可

視的な歴史遺産と認められるものが

市内(特に都心)に顕著に存在してい

る都市」とする。(2) 1994年に郡の統廃合が行なわれたた

め、これ以後の統計に依拠して図を作

成した。(3) 本論文においては「観光都市」を「国

内外の主要なガイドブックに掲載さ

れており、観光者を惹きつける観光資

源を持つと認められる都市」とする。

なお、「観光歴史都市」は「観光都市」

と先に挙げた「歴史都市」の両方を満

たす都市、すなわち「可視的な歴史遺

産と認められるものが市内(特に都

心)に顕著に存在しており、それらが

観光資源として観光者を惹きつける

力を有し、国内外の主要なガイドブッ

クにも取り上げられている都市」とす

る。

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】

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