8
02 1.はじめに オープンなIPTV *1 サービスおよび次世代スマートテレビ *2 サービスに必要な技術仕 様を策定する一般社団法人IPTVフォーラムは,2014年6月に,ハイブリッドキャスト に関わる技術仕様を改定し,2.0版を公開した 1)2) 。これにより,サードパーティー *3 が参加しやすい仕組みである放送外マネージド *4 や録画コンテンツへの対応など,機 能拡張がなされるとともに,VOD機能の拡張として,HTML5のvideo要素への対応が 明確化された。 video要素は,HTML5の最も注目される新しい要素の一つであり,ウェブブラウザー で直接,動画の再生を制御する機能を持つ。それ以前のHTMLでは,動画の再生は, プレーヤー機能を有する別のソフトウエアをダウンロードし,プラグイン(機能を追加 するためのソフトウエア)としてウェブブラウザーに組み込むことで実現されていた。 例えば,Adobe Flashが代表的な例である。しかし,スマートフォンなどによる動画再 生の需要が高まると,プラグインとブラウザーの間のボトルネックによるCPU処理量 の増加や,それに伴う電池の消費量などが課題となったため,video要素で直接動画を 再生する需要が増えてきた。 一方,動画配信方式としては,RTSP(Real Time Streaming Protocol) 3) ,RTMP(Real Time Messaging Protocol) 4) ,MMSP(Microsoft Media Server Protocol) 5) などの, MPEG-DASH と ハイブリッドキャスト 藤沢 寛 2013年9月に開始されたハイブリッドキャストは,現在では24の放送局がサービスを始 め,累計で約300万台の対応受信機が出荷されている(2015年10月現在)。ハイブリッ ドキャストは,オープンなプラットフォームであるHTML5をアプリケーションエンジンと して採用したことにより,テレビ受信機やアプリケーションの開発コストが軽減されると ともに,アプリケーションの複雑な処理を受信機だけでなくサーバー側と連携して行える ようになり,放送通信連携サービスにおける機能の充実が容易に実現できるようになっ た。このハイブリッドキャストに,MPEG-DASH(Dynamic Adaptive Streaming over HTTP)に対応したビデオ・オン・デマンド(Video On Demand,以下VOD) の規格が加わり,新たな放送通信連携サービスへの期待が高まっている。本稿では,一 般社団法人IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版で利用可能となった MPEG-DASHについて解説するとともに,MPEG-DASHに対応した視聴プレーヤーや ハイブリッドキャストサービスにおける応用事例について述べる。 *1 「テレビ」を「ネット」につな ぐことで,いつでも好きなとき に,品ぞろえされている映画や 番組を視聴できるサービス。 *2 次世代スマートテレビとは, 「放 送・通信連携サービス」に対応 して,新たなテレビの使い方を 可能とするスマートテレビ。ス マートテレビとは,IPTVサー ビスやゲームなどのアプリケー ションを利用できるテレビや セットトップボックスなどの機 器。 *3 放送事業者以外の,サービスを 提供している幅広い事業者(ア プリケーション開発者,受信機 メーカーなど)。 *4 放送信号以外の手段(例えばア プリケーションに対する署名な ど)によって正当性が担保され るアプリケーション。 14 NHK技研 R&D/No.156/2016.3

1603 No.156 R&D 再校 - NHK › strl › publica › rd › rd156 › PDF › P14-21.pdf一方,動画配信方式としては,RTSP(Real Time Streaming Protocol)3),RTMP(Real

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Page 1: 1603 No.156 R&D 再校 - NHK › strl › publica › rd › rd156 › PDF › P14-21.pdf一方,動画配信方式としては,RTSP(Real Time Streaming Protocol)3),RTMP(Real

02

1.はじめにオープンなIPTV*1サービスおよび次世代スマートテレビ*2サービスに必要な技術仕様を策定する一般社団法人IPTVフォーラムは,2014年6月に,ハイブリッドキャストに関わる技術仕様を改定し,2.0版を公開した1)2)。これにより,サードパーティー*3

が参加しやすい仕組みである放送外マネージド*4や録画コンテンツへの対応など,機能拡張がなされるとともに,VOD機能の拡張として,HTML5のvideo要素への対応が明確化された。video要素は,HTML5の最も注目される新しい要素の一つであり,ウェブブラウザーで直接,動画の再生を制御する機能を持つ。それ以前のHTMLでは,動画の再生は,プレーヤー機能を有する別のソフトウエアをダウンロードし,プラグイン(機能を追加するためのソフトウエア)としてウェブブラウザーに組み込むことで実現されていた。例えば,Adobe Flashが代表的な例である。しかし,スマートフォンなどによる動画再生の需要が高まると,プラグインとブラウザーの間のボトルネックによるCPU処理量の増加や,それに伴う電池の消費量などが課題となったため,video要素で直接動画を再生する需要が増えてきた。一方,動画配信方式としては,RTSP(Real Time Streaming Protocol)3),RTMP(Real Time Messaging Protocol)4),MMSP(Microsoft Media Server Protocol)5)などの,

MPEG-DASHとハイブリッドキャスト藤沢 寛

2013年9月に開始されたハイブリッドキャストは,現在では24の放送局がサービスを始

め,累計で約300万台の対応受信機が出荷されている(2015年10月現在)。ハイブリッ

ドキャストは,オープンなプラットフォームであるHTML5をアプリケーションエンジンと

して採用したことにより,テレビ受信機やアプリケーションの開発コストが軽減されると

ともに,アプリケーションの複雑な処理を受信機だけでなくサーバー側と連携して行える

ようになり,放送通信連携サービスにおける機能の充実が容易に実現できるようになっ

た。このハイブリッドキャストに,MPEG-DASH(Dynamic Adaptive Streaming

over HTTP)に対応したビデオ・オン・デマンド(Video On Demand,以下VOD)

の規格が加わり,新たな放送通信連携サービスへの期待が高まっている。本稿では,一

般社団法人IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版で利用可能となった

MPEG-DASHについて解説するとともに,MPEG-DASHに対応した視聴プレーヤーや

ハイブリッドキャストサービスにおける応用事例について述べる。

*1「テレビ」を「ネット」につなぐことで,いつでも好きなときに,品ぞろえされている映画や番組を視聴できるサービス。

*2次世代スマートテレビとは,「放送・通信連携サービス」に対応して,新たなテレビの使い方を可能とするスマートテレビ。スマートテレビとは,IPTVサービスやゲームなどのアプリケーションを利用できるテレビやセットトップボックスなどの機器。

*3放送事業者以外の,サービスを提供している幅広い事業者(アプリケーション開発者,受信機メーカーなど)。

*4放送信号以外の手段(例えばアプリケーションに対する署名など)によって正当性が担保されるアプリケーション。

14 NHK技研 R&D/No.156/2016.3

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※ Media Presentation Description

動画ストリーム生成映像素材

セグメント

MPD※ファイルWebサーバー

123456

〈MPD〉

•ビットレート• 解像度•セグメントの分割単位•セグメントの取得先…

1図 MPEG-DASHの概要:MPDの生成とセグメント化

動画配信専用のサーバーを制御する方式に代わり,近年は,ウェブサーバー上にある動画コンテンツをウェブページへのアクセスと同様にHTTP(Hypertext Transfer Protocol)により配信するHTTPストリーミングが脚光を浴びるようになってきた。HTTPストリーミングの例としては,Apple HLS(HTTP Live Streaming),Adobe HDS(HTTP Dynamic Streaming),Microsoft Smooth Streaming,MPEG-DASHなどが挙げられる。HTTPストリーミングは,動画配信用の特殊なサーバーが必要ないことに加え,大規模配信のためのCDN(Contents Delivery Network)などにおいても動画配信専用の構成をとる必要がなくなり,容易に配信環境を整備することができるとともに,コストメリットが期待できる。中でもMPEG-DASHは,国際標準化されているため,放送での利用が期待されており, 欧州のDVB6),HbbTV7)の規格において採用されているほか,BBCのiPlayer,YouTube,Netfl ixなど,有名なテレビ向け動画配信サービスでも利用が始まっている。本稿では,IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版において採用された,video要素とMPEG-DASHを利用したVOD方式と,それに対応した視聴プレーヤーについて解説するとともに,ハイブリッドキャストサービスにおける応用事例について述べる。

2.MPEG-DASHの概要MPEG-DASHは,ISO/IEC(International Organization for Standardization /

International Electrotechnical Commission:国際標準化機構/国際電気標準会議)23009-1で国際標準化された動画配信方式である。本章では,その動作について簡単に説明する。1図に示すように,動画サービスの提供者は,映像・音声素材から動画配信用のストリームを生成し,それを順番に数秒単位のファイル(セグメント)に分割する。さらに,その動画のエンコード情報(符号化方式やビットレートなど)やセグメント構成を記述したMPD(Media Presentation Description)ファイルを生成し,セグメントとともに,配信に用いるウェブサーバーに供給する。視聴端末は,画像やテキストといった一般のウェブコンテンツと同様に,動画もウェブサーバーとインターネットを介してHTTPで通信する。視聴端末は,まずMPDファイルを取得してセグメントの構成を把握し,次々とセグメントを受信して順番につなぎ合わせて再生する。

15NHK技研 R&D/No.156/2016.3

02

1.はじめにオープンなIPTV*1サービスおよび次世代スマートテレビ*2サービスに必要な技術仕様を策定する一般社団法人IPTVフォーラムは,2014年6月に,ハイブリッドキャストに関わる技術仕様を改定し,2.0版を公開した1)2)。これにより,サードパーティー*3

が参加しやすい仕組みである放送外マネージド*4や録画コンテンツへの対応など,機能拡張がなされるとともに,VOD機能の拡張として,HTML5のvideo要素への対応が明確化された。video要素は,HTML5の最も注目される新しい要素の一つであり,ウェブブラウザーで直接,動画の再生を制御する機能を持つ。それ以前のHTMLでは,動画の再生は,プレーヤー機能を有する別のソフトウエアをダウンロードし,プラグイン(機能を追加するためのソフトウエア)としてウェブブラウザーに組み込むことで実現されていた。例えば,Adobe Flashが代表的な例である。しかし,スマートフォンなどによる動画再生の需要が高まると,プラグインとブラウザーの間のボトルネックによるCPU処理量の増加や,それに伴う電池の消費量などが課題となったため,video要素で直接動画を再生する需要が増えてきた。一方,動画配信方式としては,RTSP(Real Time Streaming Protocol)3),RTMP(Real Time Messaging Protocol)4),MMSP(Microsoft Media Server Protocol)5)などの,

MPEG-DASHとハイブリッドキャスト藤沢 寛

2013年9月に開始されたハイブリッドキャストは,現在では24の放送局がサービスを始

め,累計で約300万台の対応受信機が出荷されている(2015年10月現在)。ハイブリッ

ドキャストは,オープンなプラットフォームであるHTML5をアプリケーションエンジンと

して採用したことにより,テレビ受信機やアプリケーションの開発コストが軽減されると

ともに,アプリケーションの複雑な処理を受信機だけでなくサーバー側と連携して行える

ようになり,放送通信連携サービスにおける機能の充実が容易に実現できるようになっ

た。このハイブリッドキャストに,MPEG-DASH(Dynamic Adaptive Streaming

over HTTP)に対応したビデオ・オン・デマンド(Video On Demand,以下VOD)

の規格が加わり,新たな放送通信連携サービスへの期待が高まっている。本稿では,一

般社団法人IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版で利用可能となった

MPEG-DASHについて解説するとともに,MPEG-DASHに対応した視聴プレーヤーや

ハイブリッドキャストサービスにおける応用事例について述べる。

*1「テレビ」を「ネット」につなぐことで,いつでも好きなときに,品ぞろえされている映画や番組を視聴できるサービス。

*2次世代スマートテレビとは,「放送・通信連携サービス」に対応して,新たなテレビの使い方を可能とするスマートテレビ。スマートテレビとは,IPTVサービスやゲームなどのアプリケーションを利用できるテレビやセットトップボックスなどの機器。

*3放送事業者以外の,サービスを提供している幅広い事業者(アプリケーション開発者,受信機メーカーなど)。

*4放送信号以外の手段(例えばアプリケーションに対する署名など)によって正当性が担保されるアプリケーション。

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このようにMPEG-DASHでは,動画配信専用の設備を用いることなく,ウェブサーバーと同じ設備で動画配信サービスが可能となる。また,MPEG-DASHを用いると,通信回線の混雑状況に応じて動画の品質を視聴端末で選択して再生するアダプティブストリーミングが可能となる。2図に示すように,1つの映像素材から品質(解像度やビットレート)が異なる複数のストリームを生成して,時刻をそろえてセグメントに分割し,すべての動画品質の情報を含むMPDファイルを生成しておくことにより,視聴端末は,そのMPDファイルの内容を把握し,通信回線の状況や視聴環境などに合わせた品質の動画を選択して再生することができる。

3.IPTV Forum Japan MPEG-DASHプロファイルIPTVフォーラムは,2014年6月に,ハイブリッドキャスト技術仕様2.0版1)2)においてMPEG-DASHへの対応を明確化し,引き続き2014年12月には,ハイブリッドキャスト運用規定9)において,MPEG-DASHによるVODサービスを運用するためのプロファイル*5を策定した。このプロファイルを,IPTV Forum Japan(以下,IPTVFJ)MPEG-DASHプロファイルと呼ぶ。本プロファイルの特徴は,video要素に加えて,W3C(World Wide Web Consortium)勧告の中で検討されているMSE / EME(Media Source Extensions / Encrypted Media Extensions)API(Application Programming Interface)*6の利用を前提としていることである。MSE / EMEは,JavaScriptで再生クライアント(受信側で動画を再生するためのソフトウエア)を記述するためのAPIで,MSEは動画再生制御を行うためのAPI,EMEはコンテンツ保護を行うDRM(Digital Rights Management)を扱うためのAPIである。これらのAPIにより,受信機にMPEG-DASH用の複雑な再生制御処理部を組み込む必要がなくなり,HTML5対応ウェブブラウザー(以下,HTML5ブラウザー)にその処理を任せればよい。例えば,通信回線の状況に合わせてアダプティブ(適応的)に動画ストリームを切り替える再生クライアントが必要な場合は,再生する動画のセグメントをMSE APIを用いて適応的に切り替える処理を実装したHTML5アプリケーションを開発することで実現できる。このように,MSE / EME APIを利用することにより,受信機の開発コスト低減はもとより,新たなサービスへの柔軟な機能拡張を,受信機メーカーに依存せず,サービス提供者側のアイデアに基づくアプリケー

動画ストリーム生成

輻湊,ノイズなど

映像素材 Webサーバー

視聴端末(テレビ)

123456123456123456

〈MPD〉

123456 〈MPD〉

インターネット

レート制御

低解像度

高解像度

2図 MPEG-DASHの概要:ネットの混雑状況に応じた品質の動画を選択

*5規格や規定のうち,必要な用途を実現するための機能を定義したもの。

*6あるOSやアプリ実行環境向けのソフトウエアを開発する際に使用する命令や関数を用いるためのインターフェース。

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解説 02

ション開発により実現することができる。本プロファイルが対応する映像の符号化方式は,H.264|MPEG-4 AVC(Advanced Video Coding)またはH.265|MPEG-H HEVC(High Effi ciency Video Coding)とし,解像度については,現在は4Kまで対応している。そのほかに,本プロファイルでは,MPD,字幕,DRMなどに関して規定されている。

4.視聴プレーヤーと再生制御IPTVFJ MPEG-DASHプロファイルにおいては,動画サービス提供者が必要とす

る視聴端末の機能は,HTML5ブラウザー上で動作する再生クライアント(以下,視聴プレーヤー)によって実現される。このような視聴プレーヤーとしては,DASH Industry Forumが公開しているdash.js10)が有名である。これによりパソコン上のウェブブラウザーではMPEG-DASHの再生を簡単に体験できるが,パソコンなどと比較してメモリーリソースやCPUリソースが少ないテレビにおいては,安定した再生に課題があった。NHKは,主にテレビを対象とするハイブリッドキャストサービスの要件に対応した

視聴プレーヤーを構築するために,再生制御機能を持つソフトウエアモジュール(以下,再生制御機能モジュール)を開発した11)。これは,video要素が持つ再生・一時停止などの基本的な動画視聴機能の制御に加え,通信回線の状況に合わせて適応的に動画ストリームを切り替えたり,DRM処理を行ったりするなど,MPDファイルに従った制御を実現するためのモジュールであり,MSE / EME APIを用いて開発した。3図に,視聴プレーヤー全体と再生制御機能モジュールの関係を示す。再生制御機能モジュールが提供するAPIを利用して,サービス,ビジネスに応じた機能(サービス制御)やユーザーインターフェース(UI)を加えていくことで,視聴プレーヤーの開発を行うことができる。本モジュールは,テレビで再生可能であることが特長の一つであるが,HTML5を搭載しているデバイスであれば動作可能なため,スマートフォン,タブレット,パソコンなどのデバイスでも視聴環境を容易に実現できる。

5.ハイブリッドキャストでの再生制御機能モジュールの利用例NHKが開発した再生制御機能モジュールは,通信回線の状態に応じてビットレート

視聴プレーヤー

テレビ用UI スマートフォン用UI

スマートフォン

パソコン用UI

パソコン

サービス制御

MPEG-DASH再生制御機能モジュール

HTML5ブラウザー

テレビ

字幕,CM差し替えなどサービスに応じた機能を実現

動画再生の基本的機能を実現

3図 再生制御機能モジュールと視聴プレーヤー

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このようにMPEG-DASHでは,動画配信専用の設備を用いることなく,ウェブサーバーと同じ設備で動画配信サービスが可能となる。また,MPEG-DASHを用いると,通信回線の混雑状況に応じて動画の品質を視聴端末で選択して再生するアダプティブストリーミングが可能となる。2図に示すように,1つの映像素材から品質(解像度やビットレート)が異なる複数のストリームを生成して,時刻をそろえてセグメントに分割し,すべての動画品質の情報を含むMPDファイルを生成しておくことにより,視聴端末は,そのMPDファイルの内容を把握し,通信回線の状況や視聴環境などに合わせた品質の動画を選択して再生することができる。

3.IPTV Forum Japan MPEG-DASHプロファイルIPTVフォーラムは,2014年6月に,ハイブリッドキャスト技術仕様2.0版1)2)においてMPEG-DASHへの対応を明確化し,引き続き2014年12月には,ハイブリッドキャスト運用規定9)において,MPEG-DASHによるVODサービスを運用するためのプロファイル*5を策定した。このプロファイルを,IPTV Forum Japan(以下,IPTVFJ)MPEG-DASHプロファイルと呼ぶ。本プロファイルの特徴は,video要素に加えて,W3C(World Wide Web Consortium)勧告の中で検討されているMSE / EME(Media Source Extensions / Encrypted Media Extensions)API(Application Programming Interface)*6の利用を前提としていることである。MSE / EMEは,JavaScriptで再生クライアント(受信側で動画を再生するためのソフトウエア)を記述するためのAPIで,MSEは動画再生制御を行うためのAPI,EMEはコンテンツ保護を行うDRM(Digital Rights Management)を扱うためのAPIである。これらのAPIにより,受信機にMPEG-DASH用の複雑な再生制御処理部を組み込む必要がなくなり,HTML5対応ウェブブラウザー(以下,HTML5ブラウザー)にその処理を任せればよい。例えば,通信回線の状況に合わせてアダプティブ(適応的)に動画ストリームを切り替える再生クライアントが必要な場合は,再生する動画のセグメントをMSE APIを用いて適応的に切り替える処理を実装したHTML5アプリケーションを開発することで実現できる。このように,MSE / EME APIを利用することにより,受信機の開発コスト低減はもとより,新たなサービスへの柔軟な機能拡張を,受信機メーカーに依存せず,サービス提供者側のアイデアに基づくアプリケー

動画ストリーム生成

輻湊,ノイズなど

映像素材 Webサーバー

視聴端末(テレビ)

123456123456123456

〈MPD〉

123456 〈MPD〉

インターネット

レート制御

低解像度

高解像度

2図 MPEG-DASHの概要:ネットの混雑状況に応じた品質の動画を選択

*5規格や規定のうち,必要な用途を実現するための機能を定義したもの。

*6あるOSやアプリ実行環境向けのソフトウエアを開発する際に使用する命令や関数を用いるためのインターフェース。

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を切り替えて再生するアダプティブビットレートに対応しているほか,ハイブリッドキャストやHTML5と組み合わせてさまざまな機能を実現できる。また,これらの機能を利用して,サービス事業者の要件に合わせた視聴プレーヤーを開発可能であるため,民放や受信機メーカー,動画配信事業者などとともに,さまざまな応用を検討している。本章では,再生制御機能モジュールの特長的な機能とともに,ハイブリッドキャストサービスにおける活用事例を示す。5.1 放送との連携による安全安心の確保ハイブリッドキャスト対応テレビにおいては,本モジュールを用いてMPEG-DASHのネット動画を再生しているときには,同時に放送信号を受信することが可能となる。したがって,VODの視聴中に緊急災害などが起こった場合でも,放送により一斉に配信される緊急情報の通知を受信することができる(4図)。5.2 字幕対応本モジュールはソフトウエアであるため,他のさまざまな機能モジュールと組み合わせることができる。例えば,放送用字幕にも採用されているARIB TTML(Timed Text Markup Language)をHTML5ブラウザーに表示する機能モジュールと組み合わせることで,多彩な表現の字幕サービスが実現できる。5図は,NHKが開発したTTML字幕プレーヤーと本モジュールを組み合わせて字幕サービスを行っている様子である。

ネット動画

放送信号(イベントメッセージ等)

緊急情報が発生しました

スクロールニュースなど表示の仕方を自由に選ぶこともできるにゃ

スクロールニュースなど表示の仕方を自由に選ぶこともできるにゃ

4図 放送との連携による安全安心の確保

5図 TTML字幕プレーヤーと組み合わせた字幕サービスの例

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解説 02

5.3 高精細動画の再生本モジュール自体は,2K,4K,8Kなどの動画の解像度に依存することはない。メモリーの利用効率を高めているため,テレビにおける4K動画の再生も問題なく可能である。6図は,フジテレビジョンが本モジュールを用いて視聴プレーヤーを開発し,2015年12月11日のオンエアーでハイブリッドキャストによる4K動画配信実験を行ったときの様子である。4K動画再生機能と5.1節で述べた放送信号とVODの同時受信機能を活用し,放送番組(2K)の受信中に,4K動画をネットから受信している。5.4 マルチピリオド機能による動画挿入本モジュールは,異なる配信元から配信される動画を切り替えて再生するマルチピリオド機能にも対応している。この機能により,例えば視聴者の属性や好みに合わせて広告を提示するターゲティングCM等を可能とする動画挿入技術が実現できる。7図は,このマルチピリオド機能を活用してTBSテレビが開発した視聴プレーヤーの例であり,米国のインタラクティブ広告業界であるIAB(Interactive Advertising Bureau)による動画広告配信のための規格VAST(Video Ad-Serving Template)*7およびVMAP(Digital Video Multiple Ad Playlist)*8に準拠している。この例では,放送中の動画をほぼリアルタイムにVOD化し,それを配信しつつ,そのVODのCMを視聴者の属性等に応じて差し替えることができる。

切り替え操作

相互に切り替え可能

放送へ自動復帰

放送映像放送映像 4K配信映像4K配信映像

番組開始後,数分で配信可能に

VMAP,VASTに準拠したCM差し替え

本編

CM

MPEG-Dash本編配信サーバー

MPEG-Dash広告配信サーバー(VMAP・VAST対応)

※ Media Presentation Description

テレビ

6図 4K動画サービス

7図 マルチピリオド機能による動画挿入の例

*7動画広告を提供するためのプロトコル。

*8動画広告の再生リストの規格。

19NHK技研 R&D/No.156/2016.3

を切り替えて再生するアダプティブビットレートに対応しているほか,ハイブリッドキャストやHTML5と組み合わせてさまざまな機能を実現できる。また,これらの機能を利用して,サービス事業者の要件に合わせた視聴プレーヤーを開発可能であるため,民放や受信機メーカー,動画配信事業者などとともに,さまざまな応用を検討している。本章では,再生制御機能モジュールの特長的な機能とともに,ハイブリッドキャストサービスにおける活用事例を示す。5.1 放送との連携による安全安心の確保ハイブリッドキャスト対応テレビにおいては,本モジュールを用いてMPEG-DASHのネット動画を再生しているときには,同時に放送信号を受信することが可能となる。したがって,VODの視聴中に緊急災害などが起こった場合でも,放送により一斉に配信される緊急情報の通知を受信することができる(4図)。5.2 字幕対応本モジュールはソフトウエアであるため,他のさまざまな機能モジュールと組み合わせることができる。例えば,放送用字幕にも採用されているARIB TTML(Timed Text Markup Language)をHTML5ブラウザーに表示する機能モジュールと組み合わせることで,多彩な表現の字幕サービスが実現できる。5図は,NHKが開発したTTML字幕プレーヤーと本モジュールを組み合わせて字幕サービスを行っている様子である。

ネット動画

放送信号(イベントメッセージ等)

緊急情報が発生しました

スクロールニュースなど表示の仕方を自由に選ぶこともできるにゃ

スクロールニュースなど表示の仕方を自由に選ぶこともできるにゃ

4図 放送との連携による安全安心の確保

5図 TTML字幕プレーヤーと組み合わせた字幕サービスの例

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6.まとめ本稿では,IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版で利用可能となったMPEG-DASHについて解説した。ハイブリッドキャストがオープンなプラットフォームである HTML5を採用し,動画配信用のオープンな技術規格であるIPTVFJ MPEG-DASHプロファイルが公開されたことにより,ソフトウエアによるテレビ機能の拡張性が大きく広がった。さらに,NHKが開発したMPEG-DASH再生制御機能モジュールの提供により,テレビを対象にした高品質・高機能な動画配信サービスも,ウェブページを作成するのと同等の身近な技術となった。これにより,今後,多くのサービス事業者や開発者の参入が見込まれ,視聴者にとって魅力的で新しい放送通信連携動画サービスが創出されていくことが期待される。なお,本稿の執筆にご協力いただいた(株)TBSテレビおよび(株)フジテレビジョンの関係各位に感謝する。

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解説 02

参考文献1) IPTV-FJ STD-0010,“放送通信連携システム仕様”

2) IPTV-FJ STD-0011,“HTML5ブラウザ仕様”

3) Real Time Streaming Protocol (RTSP) , Request for Comments : 2326 , https://www.ietf.org/rfc/rfc2326.txt

4) Real-Time Messaging Protocol (RTMP) Specifi cation, http://www.adobe.com/jp/devnet/rtmp.html

5) Microsoft Media Server (MMS) Protocol, https://msdn.microsoft.com/en-us/library/cc234711.aspx

6) ETSI TS 103 285,“MPEG-DASH Profi le for Transport of ISO BMFF Based DVB Services over IP Based Networks”

7) ETSI TS 102 796,“Hybrid Broadcast Broadband TV”

8) ISO/IEC 23009-1:2014,“Information Technology - Dynamic Adaptive Streaming over HTTP (DASH) - Part 1: Media Presentation Description and Segment Formats”

9) IPTV-FJ STD-0013,“ハイブリッドキャスト運用規定”

10) DASH Industry Forum,http://dashif.org/

11) https://www.w3.org/2011/webtv/wiki/images/6/66/Webtv_mse_eme_iptvfj_player_ 20151026.pdf

藤ふじ

沢さわ

寛ひろし

1995年入局。松江放送局を経て,1998年から放送技術研究所において,地上デジタル放送,インターネット,放送通信連携サービスの研究に従事。メディア企画室を経て,現在,放送技術研究所ハイブリッド放送システム研究部上級研究員。

21NHK技研 R&D/No.156/2016.3

6.まとめ本稿では,IPTVフォーラムのハイブリッドキャスト技術仕様2.0版で利用可能となったMPEG-DASHについて解説した。ハイブリッドキャストがオープンなプラットフォームである HTML5を採用し,動画配信用のオープンな技術規格であるIPTVFJ MPEG-DASHプロファイルが公開されたことにより,ソフトウエアによるテレビ機能の拡張性が大きく広がった。さらに,NHKが開発したMPEG-DASH再生制御機能モジュールの提供により,テレビを対象にした高品質・高機能な動画配信サービスも,ウェブページを作成するのと同等の身近な技術となった。これにより,今後,多くのサービス事業者や開発者の参入が見込まれ,視聴者にとって魅力的で新しい放送通信連携動画サービスが創出されていくことが期待される。なお,本稿の執筆にご協力いただいた(株)TBSテレビおよび(株)フジテレビジョンの関係各位に感謝する。

20 NHK技研 R&D/No.156/2016.3