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180. 生物製剤による免疫担当細胞機能調節の解析 佐藤 浩二郎 Key words:Th17,自己免疫疾患,c-Maf,IL-17, Th1/2 *埼玉医科大学 医学部 内科学リウマチ膠原 病科 関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデス(SLE)を始めとする膠原病は自己免疫現象が炎症を引き起こす疾患と考えられてい るが,その発症メカニズムの詳細は明らかではない.免疫応答の司令塔とも言えるヘルパー T(Th)細胞は,細胞免疫を活性化 する Th1 細胞と液性免疫を司る Th2 細胞の2種類のサブセットに分類されてきた.RA は Th1 応答が優位の疾患であり,SLE は Th2 応答が優位の疾患であるという仮説が提示されてきたが,近年炎症性のヘルパー T(Th)細胞として,新規 Th サブセ ットである Th17 が同定され,疾患への関与が注目されている 1, 2) .本研究では1.Th17 の分化メカニズムの解明及び,2. 各種自己免疫疾患における Th 細胞のふるまいを理解することを目的として解析を進めた. 1.Th17 細胞分化に必須の転写因子の同定及び機能解析 マウスのナイーブ Th 細胞にサイトカイン IL-6 及び TGF-β ,抗 IFN-γ 抗体及び抗 IL-4 抗体を添加して試験管内で増 殖させることによりマウス Th17 細胞が得られる.マウスナイーブ Th 細胞を Th1, Th2, Th17 の各分化条件で培養して得られ た RNA サンプルを Genechip(Affymetrix 社)によりトランスクリプトーム解析した. 2.各種膠原病において Th1/2/17 サブセットの果たす役割 Th1 細胞の産生する最も重要なサイトカインは IFN-γ であり,Th2, Th17 細胞の場合はそれぞれ IL-4 と IL-17 である. 病院倫理委員会の承認を得て,口頭及び文書でインフォームド・コンセントを得られた膠原病患者を対象に,末梢血の採血を行 い,密度勾配法を利用して単核球分画を得た.これを PMA+ionomycin により刺激し培養液上清中のサイトカインを ELISA により測定した.また細胞を抗 CD4 抗体,抗 CD8 抗体及び抗サイトカイン抗体により染色し FACS にて解析した. 1.これまでに報告されていた通り,転写因子 RORγt 及び RORα は実際に Th17 細胞内で増加していたが,それらに劣らず 増加していたのが proto-oncogene としても知られる c-Maf であった(図1). *現所属:埼玉医科大学病院 リウマチ膠原病科 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

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180. 生物製剤による免疫担当細胞機能調節の解析

佐藤 浩二郎

Key words:Th17,自己免疫疾患,c-Maf,IL-17,Th1/2

*埼玉医科大学 医学部 内科学リウマチ膠原病科

緒 言

関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデス(SLE)を始めとする膠原病は自己免疫現象が炎症を引き起こす疾患と考えられているが,その発症メカニズムの詳細は明らかではない.免疫応答の司令塔とも言えるヘルパー T(Th)細胞は,細胞免疫を活性化するTh1 細胞と液性免疫を司る Th2 細胞の2種類のサブセットに分類されてきた.RAは Th1 応答が優位の疾患であり,SLEは Th2 応答が優位の疾患であるという仮説が提示されてきたが,近年炎症性のヘルパー T(Th)細胞として,新規 Th サブセットである Th17 が同定され,疾患への関与が注目されている 1, 2).本研究では1.Th17 の分化メカニズムの解明及び,2.各種自己免疫疾患における Th細胞のふるまいを理解することを目的として解析を進めた.

方 法

1.Th17 細胞分化に必須の転写因子の同定及び機能解析 マウスのナイーブ Th 細胞にサイトカイン IL-6 及び TGF-β ,抗 IFN-γ 抗体及び抗 IL-4 抗体を添加して試験管内で増殖させることによりマウス Th17 細胞が得られる.マウスナイーブ Th 細胞を Th1, Th2, Th17 の各分化条件で培養して得られた RNAサンプルをGenechip(Affymetrix 社)によりトランスクリプトーム解析した.2.各種膠原病において Th1/2/17 サブセットの果たす役割  Th1 細胞の産生する最も重要なサイトカインは IFN-γ であり,Th2, Th17 細胞の場合はそれぞれ IL-4 と IL-17 である.病院倫理委員会の承認を得て,口頭及び文書でインフォームド・コンセントを得られた膠原病患者を対象に,末梢血の採血を行い,密度勾配法を利用して単核球分画を得た.これを PMA+ionomycin により刺激し培養液上清中のサイトカインを ELISAにより測定した.また細胞を抗 CD4抗体,抗 CD8抗体及び抗サイトカイン抗体により染色し FACS にて解析した. 

結 果

1.これまでに報告されていた通り,転写因子RORγt 及び RORα は実際にTh17 細胞内で増加していたが,それらに劣らず増加していたのが proto-oncogene としても知られる c-Maf であった(図1).

*現所属:埼玉医科大学病院 リウマチ膠原病科

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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 図 1. Th1/2/17 細胞分化過程におけるMaf, Rorc Rora の発現.

Genechip により Th1/2/17 細胞の分化過程におけるトランスクリプトーム解析を行った.Th17 細胞において重要な役割を果たす転写因子Rorγ, Rorα の mRNAの発現レベルと c-Maf のそれを示す.

 これは Th2 細胞において(特に Th2 細胞による IL-4 産生に)重要であるとされてきた転写因子である.IL-17 や IL-23 受容体(IL-23R)は Th17 細胞特異的に誘導されるため,Th17 細胞における c-Maf のターゲット分子の候補に挙げられる.中でも IL-6 刺激のみで誘導される IL-23R に特に注目したところ,IL-23R 遺伝子の 5’上流には c-Maf ファミリー転写因子が結合する配列である MARE 配列と相同性の高い配列が存在した.そこで,この 5’上流の約 1500bp の領域をルシフェラーゼ遺伝子につなぎ,プロモーターアッセイを行った.すると,このレポータープラスミドを c-Maf 発現ベクターと共に HEK293T 細胞に導入した場合にルシフェラーゼ活性の増強が観察された.c-Maf 発現ベクターの代わりに GATA-3 発現ベクターを用いても活性は増強しなかった.更に  MARE 配列に相同性の高い配列を取り除いた変異プラスミドを作製し,同様のアッセイを行うと今度は c-Maf 強制発現に対する応答が減弱していた(図2).

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 図 2. c-Maf の転写標的の候補は IL-23 受容体である.

Il23r 上流のMARE配列(a)と,(b)ルシフェラーゼアッセイ.*:P<0.05. 一方,IL-17 遺伝子の 5’上流には MARE 配列類似の配列は認められず,またルシフェラーゼアッセイを行っても c-Maf 強制発現によるルシフェラーゼ活性の増強は認められなかった.2.IFN-γ は CD4 陽性T 細胞及び CD8陽性T 細胞のいずれからも産生されていたが IL-4, IL-17 はほとんどが CD4陽性細胞由来であることが FACS により確認された.つまり IL-4, IL-17 はほとんどが Th2, Th17 細胞由来であるが IFN-γ については Th1 のみならずキラー T 細胞からも産生されることが明らかとなった.産生されたサイトカインの比率を見ると,SLE がIL-17 産生優位の疾患,ベーチェット病が IFN-γ, IL-17 優位の疾患であり,RA はサイトカインの比率に偏りは認められなかった(図3).

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 図 3. 各種膠原病におけるサイトカイン発現の比率.

各種膠原病患者及び対照健常人由来の末梢血単核球を刺激し,Th1/2/17 応答の代表的サイトカインである IFN-γ,IL-4, IL-17 の産生量を ELISA により測定した.*:P<0.05.

 近年RA の治療には抗 TFN-α 抗体など生物製剤が非常に有効であることが明らかとなり急速に広まっている.そこで抗TFN-α 抗体(インフリキシマブ)投与前後でRA 患者の末梢血由来単核球を解析したところ,サイトカイン産生の比率には著変がなかったものの,IFN-γ, IL-4, IL-17 いずれの産生量も増加していることが明らかとなった(図4). 

 図 4. インフリキシマブ(IFX)治療前後における末梢血単核球由来サイトカイン量の変化.

IFX治療前後における末梢血由来単核球の IFN-γ, IL-4, IL-17 産生能.*:P<0.05. 

考 察

1.転写因子 c-Maf は Th17 細胞において IL-6 シグナルの下流で誘導され,IL-23R の発現を直接誘導することで IL-23に反応できるようにする.IL-23 シグナル下流でも IL-6 と同様に Stat3 が活性化されるため,これは一種のポジティブフィードバックループと考えられる(図5).

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 図 5. Th17 分化における転写因子 c-Maf の役割の概念図.

IL-6 は Stat3 の活性化を介して c-Maf と GATA-3 を誘導することが知られている.一方TGF-β は GATA-3 発現を抑制することにより Th2 分化を強力に阻害する.c-Maf が IL-23 受容体を誘導すると更に Stat3 の活性化を促進するポジティブフィードバックの機構が働くと考えられる.

 2.Th1 型の疾患と考えられてきた RA は Th1/2/17 の偏りを示さなかったが,RA は関節が炎症の主座である臓器特異的自己免疫疾患の代表例であり,末梢血単核球は炎症の部位での Th サブセットの偏りを反映していない可能性がある.また,RAを含む多くの膠原病では自己抗原が同定されておらず,PMA+ionomycin のような非特異的な刺激を用いざるを得ない点もこの結果につながった可能性がある.またインフリキシマブ治療後に末梢血単核球のサイトカイン産生能が増加したことも意外であった.RA患者の治療には各種免疫抑制剤が用いられることが多く,それがインフリキシマブ治療前のサイトカイン産生能低値の原因であった可能性については,この治療前後で他の治療薬は基本的に変更していないことから否定的である.現在「非特異的な刺激に対する T 細胞の反応性が活動期の RA 患者では抑制され,低下しており,インフリキシマブ治療によりその抑制が解除される(脱抑制)ためにサイトカイン産生能が増強する」という仮説を考えている.その抑制メカニズムに関しては近年注目されている抑制性T細胞(Treg)がその候補である 3).すなわち RA 特異的な T細胞の活性化に伴いRA特異的Treg が活性化,増殖し,その結果として RA 非特異的な T 細胞も抑制される.なぜなら Treg の免疫抑制能は抗原特異的ではないからである.我々は動物モデル(コラーゲン関節炎)を用いて実際に炎症局所の所属リンパ節においては(1)IL-17 が産生されていること,(2)非特異的なT細胞応答は減弱し,特異的応答(コラーゲンに対する応答)は逆に亢進していること,また(3)Tregの比率及び絶対数が共に増加していること を見いだしている.免疫システムのような複雑系の理解には,システムバイオロジー的なアプローチが重要と考えられ,今後この観点から研究を進めていく方針である.  本研究の共同研究者は,埼玉医科大学病院リウマチ膠原病科の三村俊英,三由文彦,東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門の油谷浩幸,筑波大学大学院人間総合科学研究科の高橋 智,楊 景堯である.

文 献

1) Sato, K., Suematsu, A., Okamoto, K., Yamaguchi, A., Morishita, Y., Kadono, Y., Tanaka, S., Kodama,T., Akira, S., Iwakura, Y., Cua, D. J. & Takayanagi, H. : Th17 functions as an osteoclastogenic helperT cell subset that links T cell activation and bone destruction. J. Exp. Med., 203: 2673-2682, 2006.

2) Sato, K. : Th17 cells and rheumatoid arthritis--from the standpoint of osteoclast differentiation.Allergol. Int., 57: 109-114, 2008.

3) Sato, K., Tateishi, S., Kubo, K., Mimura, T., Yamamoto, K. & Kanda, H. : Downregulation of IL-12and a novel negative feedback system mediated by CD25+CD4+ T cells. Biochem. Biophys. Res.Commun., 330: 226-232, 2005.

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