10
2 2我が国ものづくり産業が直面する課題と展望 115 さらに、国内利益還流が困難な国については、「中国」 という回答が圧倒的に多い(図221–41)。その理由と しては、「進出国での送金規制があるため」、「回収のた めの事務手続きが煩雑・分かりにくいため」が主に挙げ られている(図221–42)。 政府においては、企業の国際分業体制の構築を支援す るためにも、利益還流を円滑化する取組も必要だと考え られる。 備考: アンケートのn値は、アンケート実施時点で海外から利益回収源が あると回答した企業とした。 資料:経済産業省調べ(12年1月) 資料:経済産業省調べ(12年1月) 資料:財務省・日本銀行「国際収支統計」 資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」 17.8 1.4 1.0 0.5 0 10 20 中国 韓国 タイ インド (%) (n=1,519) 54.0 17.1 17.5 31.9 14.1 0 20 40 60 進出国での 送金規制があるため 進出国でのロイヤリティ 料率規制があるため 国際的な二重課税 の問題があるため 回収のための事務手続きが 煩雑・分かりにくいため パートナーとの関係 (%) (n=263) ▲ 4 ▲ 2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 所得収支 直接投資収益 (所得収支の内数) 貿易収支 (年) (兆円) 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 その他 アジア 欧米 (10億円) (年度) 図221-41 利益還流が難しい国 図221-42 中国で利益還流が難しい理由 図222-1 所得収支・貿易収支の推移 図222-2 我が国海外現地法人企業(製造業)の地域別経常利益の推移 2. 国際分業における我が国の役割 (1)目指すべき経済のイメージ 2005年以降、我が国では貿易収支を所得収支が上回 る状況が続いている(図222-1)。また、海外現地法人 の経常利益は、リーマンショック後、欧米を中心に減少 したが、アジアからの利益は比較的順調に推移し、一部 は現地で再投資されるものの、国内への利益還流は、企 業収益を補完する重要な柱である(図222-2)。 他方、先に確認したように、企業が国際分業を加速す ると、今後、雇用に悪影響を及ぼす懸念があることは否 定できない。仮に貿易収支の減少を所得収支で補うこと ができたとしても、所得収支の多くは証券投資収益等が 占めている。証券投資収益は、子会社等以外からの配当 金、国債等の中長期債の利子及び金融商品・金融派生商 品に係る利子の受取・支払である。 貿易黒字の裏側では、ものづくり産業が膨大な数の質 の高い雇用を生み出しているが、所得収支はそれとは異 なる。経常収支を貿易収支ではなく所得収支だけで賄う 経済構造への転換は、特に若年労働者の労働機会を奪い、 人々の経済的不安を惹起するだけでなく、人間関係に帰 属することによって得られる承認や、仕事を通じて得ら れる自負心、自尊心あるいは能力の成長の実感の喪失に つながるかもしれない。 厳しい国際競争において企業が生き残るためには、国 際分業を進めることはやむを得ない。また、自前主義に 拘泥して国際分業を拒めば、かえって中長期的には厳し い状況に置かれることにつながるかもしれない。しかし、 国際分業を進める中で、日本はどういった機能を担えば 良いか、政府と企業の双方で模索する必要がある。

(2)国際分業における我が国の役割ž正社員(n=2,915) 研究開発・設計部門 生産技術部門 製造部門 増加 横ばい 減少 (%) 図222-3 海外生産機能保有後に、国内生産拠点で強化した機能

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第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

115

さらに、国内利益還流が困難な国については、「中国」という回答が圧倒的に多い(図221–41)。その理由としては、「進出国での送金規制があるため」、「回収のための事務手続きが煩雑・分かりにくいため」が主に挙げ

られている(図221–42)。政府においては、企業の国際分業体制の構築を支援するためにも、利益還流を円滑化する取組も必要だと考えられる。

備考:�アンケートのn値は、アンケート実施時点で海外から利益回収源があると回答した企業とした。

資料:経済産業省調べ(12年1月)

資料:経済産業省調べ(12年1月)

資料:�財務省・日本銀行「国際収支統計」 資料:�経済産業省「海外事業活動基本調査」

17.8

1.4

1.0

0.5

0 10 20

中国

韓国

タイ

インド

(%)

(n=1,519)

54.0

17.1

17.5

31.9

14.1

0 20 40 60

進出国での送金規制があるため

進出国でのロイヤリティ料率規制があるため

国際的な二重課税の問題があるため

回収のための事務手続きが煩雑・分かりにくいため

パートナーとの関係

(%)

(n=263)

▲ 4▲ 2024681012141618

96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

所得収支 直接投資収益 (所得収支の内数)

貿易収支

(年)

(兆円)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10

その他 アジア 欧米

(10億円)

(年度)

図221-41 利益還流が難しい国 図221-42 中国で利益還流が難しい理由

図222-1 所得収支・貿易収支の推移 図222-2 我が国海外現地法人企業(製造業)の地域別経常利益の推移

2. 国際分業における我が国の役割(1)目指すべき経済のイメージ2005年以降、我が国では貿易収支を所得収支が上回る状況が続いている(図222-1)。また、海外現地法人の経常利益は、リーマンショック後、欧米を中心に減少したが、アジアからの利益は比較的順調に推移し、一部は現地で再投資されるものの、国内への利益還流は、企業収益を補完する重要な柱である(図222-2)。他方、先に確認したように、企業が国際分業を加速す

ると、今後、雇用に悪影響を及ぼす懸念があることは否定できない。仮に貿易収支の減少を所得収支で補うことができたとしても、所得収支の多くは証券投資収益等が占めている。証券投資収益は、子会社等以外からの配当金、国債等の中長期債の利子及び金融商品・金融派生商

品に係る利子の受取・支払である。貿易黒字の裏側では、ものづくり産業が膨大な数の質の高い雇用を生み出しているが、所得収支はそれとは異なる。経常収支を貿易収支ではなく所得収支だけで賄う経済構造への転換は、特に若年労働者の労働機会を奪い、人々の経済的不安を惹起するだけでなく、人間関係に帰属することによって得られる承認や、仕事を通じて得られる自負心、自尊心あるいは能力の成長の実感の喪失につながるかもしれない。厳しい国際競争において企業が生き残るためには、国際分業を進めることはやむを得ない。また、自前主義に拘泥して国際分業を拒めば、かえって中長期的には厳しい状況に置かれることにつながるかもしれない。しかし、国際分業を進める中で、日本はどういった機能を担えば良いか、政府と企業の双方で模索する必要がある。

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(2)国際分業における我が国の役割企業を取り巻く競争環境が大きく変わりつつある現

在、我が国ものづくり企業が競合国企業に対して優位を得るためには、我が国が持つ強みを活かしたビジネスモデルの構築が必要である。では、我が国ものづくりが持つ強みとは、いったいど

のようなものなのだろうか。我が国ものづくり企業が海外展開の拡大を急ぐ中、海外の生産機能保有後に国内拠点で強化した機能をみると、「汎用品生産」や「汎用部素材生産工程」、「組立工程」を強化したという回答が少ない一方、高度な技術・ノウハウを要する 「先端品生産」の他、「生産技術改善」、「技術者育成」、「製品企画・設計」、「試作品製作」という回答が多くなっている(図222‒3)。次に、今後の国内における正社員数の推移(見込み)

を部門別にみると、「製造部門」では「増加」よりも「減少」という回答が多くなっているが、「研究開発・設計部門」 や 「生産技術部門」 では、逆に「増加」が「減少」を上回っている(図222‒4)。海外進出を加速する中に

おいても、このような工程においては、むしろ人的なリソースを多く配分しようとする動きがみられるのである。企業は、国内において、生産技術の改善や設計などの

分野に厚く資源を割り当てようとしており、正社員数の見込みからは、今後もその動きは継続すると推測できる。これは、我が国ものづくりの強みがそのような分野にあると企業が認識していることの表れとも考えられる。国際分業体制下において我が国が果たすべき役割のヒントは、まさにこの点にあるのではないだろうか。また、我が国ものづくり産業は、2011年3月に発生

した東日本大震災から、世界を驚かす早さで復旧・復興を成し遂げたが、この背景には、我が国固有の「現場力」があったと言われる。「現場力」は、我が国ものづくりの強みの形成において、如何なる働きをするものなのか。以下では、上述した国内における企業のリソース配分にも留意しつつ、「現場力」の実態・特性について分析し、国際分業体制下における我が国が果たすべき役割について考察する。

資料: 経済産業省調べ(12年2月)

資料:経済産業省調べ(12年1月)

1.9

24.5

15.1

20.8

11.3

24.5 24.5

28.330.2

0

10

20

30

汎用品生産

先端品生産

組立工程

中核部素材

生産工程

汎用部素材生産工程

試作品製作

製品企画・設計

技能者育成

生産技術改善

(%)

(n=53)

25.5

5.7

19.0

5.9

17.6

16.5

65.9

76.5

70.6

74.9

59.0

55.6

8.6

17.8

10.4

19.2

23.4

27.9

0 20 40 60 80 100

正社員(n=3,524)

非正社員(n=2,101)

正社員(n=3,717)

非正社員(n=2,266)

正社員(n=3,912)

非正社員(n=2,915)

研究開発・設計部門

生産技術部門

製造部門

増加 横ばい 減少

(%)

図222-3 海外生産機能保有後に、国内生産拠点で強化した機能 図222-4 国内における正社員・非正社員の部門別見通し(5年後)

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

117

コラム

早期復旧を支えた「現場力」……………………………………………………………(株)IHI

航空機エンジンの部品を製造する(株)IHIの相馬第一工場、第二工場は、東日本大震災により、壁や天井の落下、停電、設備の破損など、甚大な被害を受け、工場機能は停止した。しかし、同社では、前年比増産予定であった2011年の受注を予定通り達成するなど、驚異的な早さでの復旧を果たすとともに、今後も、ボーイング747、787、その他次世代飛行機にも照準を合わせている。

同社の早期復旧には、工場で働く従業員の「現場力」の功績が大きかった。現場には、「自分達の工場は、自分達で元に戻さなければならない」という責任感があふれていた。余震が続く危険な状況の中、「職長」を中心として現場を知り尽くした従業員達が、工場の安全確認を行いながらハザードマップを作るなど、現場の主体性と蓄積された技術・経験が復旧期間を大幅に縮めた。

同社では「現場力」を、単にトップダウンのコミュニケーションと捉えるのではなく、復旧作業の際に見られたような、「会社としての包括的理念の中で自分の立場や職位を認識し、持ち場の判断で運営できる力」と理解し、相馬工場でしかできないものづくりを実現するとともに、同社の今後を牽引する原動力になるものと考えている。 写真:相馬工場における復興作業に当たる社員激励の様子

コラム

Made in Japanの「出雲モデル」を可能にする「現場力」…………… (株)島根富士通

富士通グループでは、Made in Japanならではの品質と信頼性の高さをアピールするため、 (株)島根富士通(島根県出雲市)で生産するノート PCを「出雲モデル」と称してプロモーションを行っている。

同社の強みは、国内で設計、開発、製造、営業が緊密に連携することによる市場への迅速な対応ときめ細かなカスタマイズに加え、高い品質と信頼性あるものづくりを可能にする「現場力」にある。「現場力」とはシンプルに言えば「カイゼンをやり続ける力」。100万のカイゼンが積み重なれば改革、変革、革命になる。例えば、ノート PCの基板は狭い筐体に搭載するため、1,200点あまりの部品実装を行う特殊なものとなる。同社では1ライン10から12人体制でパソコンを生産するが、海外の ODM工場で同じようなことをしようとすると120から150人がラインに並び、人海戦術の流れ作業を行うこととなる。こうした特殊な基板を、機種ごとに変えて迅速に生産できるのは、カイゼンを蓄積させてきた、国内生産ならではの強みである。

そうした同社の現場力は、東日本大震災の際にも発揮された。同じ富士通グループで福島にあるデスクトップPC生産拠点の富士通アイソテック(株)が被災した際に、準備されていた BCP(事業継続計画)に沿って福島の生産ラインを同社に移管した。実際の作業過程では、支援チームの人不足や、それぞれの工場がものづくりの手順やラインレイアウト、システム等を独自に進化させていた事実が発覚するなど想定外の事態が生じたが、現場の作業者は、日頃の訓練と経験、作業しながらのカイゼンを通し、2週間かかる生産ラインの立ち上げを3割程度短縮させることに成功した。

写真: 出雲モデル初号機誕生式典の様子

118

(3)「現場力」の実態それでは、我が国が誇る「現場力」とは、一体どのよ

うなものなのであろうか。アンケートによると、国内拠点の「現場力」は、「問題発見力・課題発掘力がある」、「課題解決の道筋を見出すことができる」、「部門を超えた連携・協力ができる」という点で評価されている一方、「大局観をもって物事の本質を見極められる」や、「独創的なアイデアに富んでいる」という点では、あまり評価されていないことが分かる(図222‒5)。つまり「現場力」の強みは、「課題を発見し、その課

題に対して解決の道筋をたて、その道筋に沿って部門を超えた連携ができるということ」と認識されている。我が国ものづくり産業が得意とするカイゼンの積み重ねや、先の大震災でみせた早期復旧・復興への協力は、まさにこの「現場力」が、遺憾なく発揮された結果だといえるのではないだろうか。

一方で「現場力」は、大局的な流れを捉えることや、新しい発想を生むアイデアという点には弱点を持つこともわかった。マネジメントにあたっては、「現場力」が有する問題解決力を存分に活用するためにも、そうした弱みを認識し、それを補うような工夫を施すことが必要である。また、この「現場力」は、主に「製造・量産」や「品

質管理」、「生産技術」などの場面で発揮されているが、海外生産の有無別で比較した場合、海外展開している企業は、していない企業に比べて、「企画・マーケティング」や「研究開発」、「販売」など、今後付加価値が高まるとされる分野で「現場力」を発揮していることが分かる(図222‒6)。このことから、グローバル規模で競争をしている企業については、我が国が強みを有する「現場力」を、単に製造という場だけでなく、問題解決力と広義で定義づけ、様々な場面で発揮していることが推察される。

備考: 各項目自社の現場力についての評価について、「そう思う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「そう思わない」のいずれかで回答。それぞれの回答を4点、3点、2点、1点に置き換え平均点をとったもの。

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

2.0

2.5

3.0

問題発見力・課題発掘力がある

課題解決の道筋を 見出すことができる

課題解決に向け 最短プロセスで実行できる

マニュアルどおりの作業ではなく、背景を理解し行動できる

モチベーションが維持できる 独創的なアイデア

に富んでいる

大局観をもって物事の 本質を見極められる

指示がなくとも自ら 目標を設定し、行動できる

部門を超えた 連携・協力ができる

(n=4,019)

8.8

17.6

7.0

5.2

9.1

20.9

21.2

61.9

39.0

33.6

45.7

8.8

14.9

10.0

15.7

27.7

12.7

9 6

14.3

25.6

24.4

59.3

38.0

30.4

43.4

14.2

21.8

13.8

0 20 40 60

企画・マーケティング

研究開発

要素技術開発

先行開発

量産設計

工程設計・生産準備

試作

製造・量産

生産技術

生産管理

品質管理

調達

販売

アフターサービス

海外生産無し (n=3,023)

海外生産有り (n=952)

(%)

図222-5 国内拠点における「現場力」の評価 図222-6 「現場力」が主に発揮される工程(海外生産有無別)

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

119

コラム

設計・生産技術・製造のすり合わせが産み出す「現場力」 …… アイシン・エィ・ダブリュ(株)

オートマチックトランスミッション(AT)で世界有数のアイシン・エィ・ダブリュ(株)は、取引先からの要求水準が多様化・高度化する中、製造プロセスを抜本的に見直すことにより生産革新に挑戦し、高い競争力を維持している。一般的なものづくりは、最初に設計部門が製品の図面を作り、生産技術部門が工程を組み、製造現場はそのラインを使って製造するというプロセスである。しかし、同社では競争に打ち勝つために、短納期で垂直立上げに対応する必要があり、一般的な従来のやり方では難しいと考えた。この課題に対し、設計の計画段階において、生産技術や製造部門の意見を図面に落とし込むSE活動を推進し、フロントローディングを実施した。この手法は、設計を図面に落とす前に各部門がそれぞれの考え方・ノウハウを“すり合わせ”することで、各部門の思想に固執せず全体最適を実現する「造りやすい図面」の作成を可能にした。また、問題点を前倒しで抽出・解決することができ、リードタイムの短縮、設計工数の削減を実現。さらには、新生産技術を図面に落とし込むこともできた。具体的な1つの事例として、「複動1ストロ-クプレス機」の実用化が挙げられる。設備の小型化により、後工程直結のインライン生産を実現し、中間在庫ゼロ、運搬レスを達成した。このように同社の現場力は、設計・生産技術・製造という、それぞれのプロフェッショナルが枠を越えて連携する三位一体の“すり合わせ”の中にある。また、同社の生産革新は人づくりの革新でもある。デザインレビュー(設計段階で、性能・機能・信頼性などを価格、納期などを考慮しながら設計について審査し改善を図ること)による、計画段階での課題に対する考え方や視点を共有する“すり合わせ”。研究発表会の開催による、達成感の共有とモチベーションアップという、これらの基本的な活動が、さらなる成長への意欲を産み出し、グッドサイクルをもたらしている。その結果、生産革新が進み、製品の高機能化と短納期の垂直立上げが同時に実現可能になった。同社では、課題が複雑化する今、一人一人の力を集結させて、世界と戦っていく。

【従来】 【開発】

トランスファープレス 複動 1ストロークプレス

大幅な小型化により、後工程設備同様に低棟工場に床置設置を可能にし、後工程直結のインライン生産を実現した。

図:従来型「トランスファープレス」と開発した「複動1ストロークプレス」の比較

120

企業が「現場力」をどのような理由で必要と考えているかをみると、「技術で勝るため」、「シェア獲得など事業で勝るため」、「日本ブランドの形成のため」、いずれの設問も大半が必要と回答している。しかし、「技術で勝るため」に必要と回答する企業割合に比べ、「シェア獲得など事業で勝るため」は約10%、「日本ブランドの形成のため」に必要と回答する割合は約20%低い(図222–7)。つまり、我が国ものづくり産業が有する 「現場力」 は、現状、技術優位への貢献に比べて事業優位への寄与度が低いことが分かる。

コラム

自社製品の付加価値を高める「現場力」………………………………… (株)森精機製作所

工作機械を製造する(株)森精機製作所は、自社製品の付加価値を高めるべく、ものづくりの「現場力」を活かし、生産性向上やアフターサービスの充実に徹底して取り組む。

顧客の発注から納品までのリードタイムを短くするため、過去10年程セル生産方式により調達、配膳の仕組みを確立したが、スキルのある人材の数によって生産量が制限されてしまうという課題に直面した。生産性を上げるためにスキルのある人材を育てようとしても、その育成には多大な時間がかかってしまう。そこで、同社では ITを活用し一歩進んだライン生産を実践しはじめた。

セル生産を担う人材の教育期間に比べ、ライン生産の場合は個々の業務が分業化されているため、技能習得の期間が短くてすむ。さらに、工程を必要とされる技能レベルにより分けることができ、遅れの原因や、各人の技能向上の状況を把握しやすいというメリットがある。同社は、この試みにより生産性の3割向上を達成している。

また、同社は2009年3月より独国大手工作機械メーカーのギルデマイスターと資本・業務提携し、世界に通用する品質をスピードとイノベーションをもって顧客に届けることを目標としている。工作機械は20~30年は使いつづけるもの。売ったら終わりではなく、お客様に満足いただくために、「機械」で3分の1、

「初期性能の維持(サービス)」で3分の1、「問題解決(ソリューション)」で3分の1というバランスの取れた付加価値の提供で顧客の信頼を獲得している。

このような取り組みの背景にあるのは、「課題を発見し、解決に導く」、同社の「現場力」である。同社は、定着率が高く、モチベーションの高い従業員に支えられている日本のものづくり現場でこそ、「現場力」が醸成されると考えている。従業員の気概が、生産性やサービスの向上につながり、同社の競争力強化に貢献している。 写真:(株)森精機製作所の生産ライン

資料:�経済産業省調べ(12年1月)

62.7

41.3

35.8

34.2

46.0

40.8

2.7

12.0

21.7

0.3

0.6

1.7

0 20 40 60 80 100

技術力で 勝るため

(n=4,029)

シェア獲得など 事業で勝るため (n=4,004)

日本ブランドの 形成のため (n=3,966)

必要 やや必要 あまり必要でない 必要でない

(%)

図222-7 「現場力」の必要な場面

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

121

また、大局観や独創的なアイデアの欠如は「現場力」の弱点と捉えられていたが、「シェア獲得など事業で勝るため」に「現場力」が必要と考えている企業ほど、自社の「現場力」の評価において、大局観や独創的なアイデアを有していると回答している(図222‒8・9)。我が国ものづくり産業の強みを活かして事業でも勝つためには、「現場力」の弱点を補うことが必要だと考えられる。なお、既に海外展開をしている企業の大多数が、海外

展開の際にも「現場力」が「必要である」と回答している(図222‒10)。このことからも、熾烈な競争環境において、「現場力」が競争優位の源泉になりうることが推察される。

一方、「現場力」 には、大局観欠如等の特徴がある故の弊害も見受けられる。「現場力」がもたらす弊害として、「自前主義、垂直統合的ものづくりを指向しやすい」 や「各現場での部分最適傾向に陥りやすい」 などを指摘する声もある(図222‒11)。また、企業規模別にみたときに、中小企業の方が、弊害を強く意識していることとも分かる。グローバル競争に向けた戦略構築の際には、「現場力」

が我が国ものづくり産業の非常に力強い原動力となる一方で、自前主義や部分最適に陥りやすいという側面があることにも留意しながら、ビジネスモデルを考えることがポイントとなる。

備考:1.シェア獲得など事業で勝るために必要(必要ない)とは、自社の現場力の必要性について、シェア獲得など事業で勝るために必要不可欠であるかとの問いに 「そう思う」 「ややそう思う」(「あまりそう思わない」 「そう思わない」)と回答した合算値。

2.大局観をもって物事の本質を見極められる(見極められない)とは、自社の現場力の評価について、大局観をもって物事の本質を見極められるかとの問いに 「そう思う」 「ややそう思う」(「あまりそう思わない」 「そう思わない」)と回答した合算値。

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

備考:1 .シェア獲得など事業で勝るために必要(必要ない)とは、自社の現場力の必要性について、シェア獲得など事業で勝るために必要不可欠であるかとの問いに 「そう思う」 「ややそう思う」(「あまりそう思わない」 「そう思わない」)と回答した合算値。

2 .独創的なアイデアに富んでいる(富んでいない)とは、自社の現場力の評価について、独創的なアイデアに富んでいるかとの問いに 「そう思う」 「ややそう思う」(「あまりそう思わない」 「そう思わない」)と回答した合算値。

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

35.9

23.6

64.1

76.4

0 20 40 60 80 100

(自社の現場力は)独創的なアイデアに富んでいる

富んでいない

(%)

(n=3,456)

必要でない (n=499)

(シェア獲得など事業で勝るため)必要

38.5

33.4

61.5

66.6

0 20 40 60 80 100

(シェア獲得など事業で勝るため)必要

(n=1,451)

必要でない (n=499)

(自社の現場力は)大局観をもって物事の本質を見極められる見極められない

(%)

必要で ある 82.9%

必要で はない 2.4%

わから ない 14.7%

(n=947)

29.7

40.2

49.1

52.1

31.2

39.1

0 20 40 60

大企業 (n=286)

中小企業 (n=3,669)

大企業 (n=285)

中小企業 (n=3,648)

大企業 (n=285)

中小企業 (n=3,661)

技術の見える

化が遅れる

自前主義、垂直統

合的ものづくり

を指向しやすい

各現場での部分

最適傾向に

陥りやすい

(%)

図222-8 「現場力」が事業で勝るために必要と考えている企業の大局観

図222-10 海外展開の際の「現場力」の必要性(海外展開企業) 図222-11 「現場力」がもたらす弊害

図222-9 「現場力」が事業で勝るために必要と考えている企業の独創性

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

備考: 各項目自社の現場力の弊害について、「そう思う」、「ややそう思う」、「あまりそう思わない」、「そう思わない」 のいずれかで回答。「そう思う」、「ややそう思う」 と回答した企業の合算値。

資料: 経済産業省調べ(12年1月)

122

(4)海外現地法人における日本流の移転状況先に述べてきたように、「現場力」は我が国ものづく

り産業の大きな強みである。この「現場力」によって培われた日本流のものづくりは、海外進出の拡大に伴って、海外生産拠点にも移転され、現地の生産水準向上に寄与している。地域別、項目別に日本流ものづくりの移転状況をみる

と、いずれの地域でも多くの面で日本流を持ち込んでいることが分かる。特に、「現場力」 が発揮されると認識されている「生産方法」面では、日本流を移転させる傾向が強い。一方、「人事制度」については多くの企業が日本流ではない現地独自の方法を採用しており、各地の文化等に配慮しながら柔軟に対応していることがうかがえる。また、地域間の特色を比較すると、他地域と比べ、中国では現地独自の方法を多くの面で採用する傾向にある(図222–12)。

コラム

市場を横断し顧客ニーズの満足度を追求した組織改編へ……………… アルプス電気(株)

各種電子部品を手掛けるアルプス電気(株)では、顧客ニーズが部品単品から、複数の部品を組み合わせたモジュール製品やソフトウェアを組み込んだ製品へ拡大していることを受け、従来の市場別組織を機能別組織に改編することで、今後のビジネス強化を図っている。以前の同社の組織は、販売を担う 「営業本部」、それぞれ製品毎に技術・生産を担う 「コンポーネント事

業部」、「通信デバイス事業部」、「ペリフェラル事業部」、「車載電装事業部」 に分かれていた。この体制下では、事業部間の切磋琢磨による成長が期待できる一方で、事業部をまたぐ技術が必要な場合、開発スピードが上がらないという弊害があった。また、生産現場のものづくり力を高める改善活動も、事業部毎にノウハウを囲い込む傾向があった。同社は、そのような問題点を解決するべく、2009年4月に組織変更を実施。市場毎に販売と技術をまと

めた 「AUTO(Automitive)事業本部」 と 「HM&I(Home,Mobile&Industry)事業本部」、グローバルなものづくり思想と生産機能を集約させた 「MMP事業本部」の3事業本部体制へ再編。これにより、市場に特化した提案を営業と技術が一体となり取り組む体制が整ったほか、旧事業部がそれぞれ抱え込んでいた技術やノウハウを集約、横展開することが可能となった。さらに、2012年4月、より良質な事業へのリソー

スの集中と顧客視点での開発強化を目的に先の3事業本部体制を改編し、新たに「営業本部」「技術本部」「生産本部」の3本部制を設置。これにより各部門それぞれの機能強化と、市場を横断した製品の開発・生産・販売がスピード感をもって対応できる体制へと進化させ、より強い基幹部品の創出とコスト競争力の並存を確立させていく。

図表:アルプス電気(株)の新組織体制図

1.0

1.5

2.0

経営理念や ビジョン

コミュニケーション・情報共有化

人事制度

教育制度

5Sの実践

QC活動

技能継承 多能工化

生産方法

調達方法

販売方法

系列取引

顧客との すり合わせ

中国 (n=489)

ASEAN (n=308)

北米 (n=91)

EU (n=58)

図222-12 地域別海外現地法人における日本流の移転状況

備考:�回答企業が有する海外の生産拠点について、日本的なものづくりをしているか、各項目「日本とほぼ同じ」「日本と異なる」のいずれかで回答。それぞれの回答を2点、1点に置き換え平均点をとったもの。�

資料:経済産業省調べ(12年1月)

第2節

第2章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望

「現場力」という比較優位を基礎とし、「マザー機能」を担う我が国ものづくり産業

123

次に、中国とASEANの2地域について、現地生産拠点の生産水準別に日本流の移転状況を分析する。まず、中国では、高い生産水準を実現した企業の方が全ての項目でより日本流を移転している傾向にあるが、「人事制度」や「生産方法」の他、「系列取引」、「顧客とのすり合わせ」で、生産水準による日本流の移転状況の差が小さい。ASEANも基本的には同様であるが、「顧客とのすり合わせ」における生産水準による差が、中国よりも大きくなっていることが分かる(図222‒13・14)。さらに、それぞれの現地生産拠点で高い生産水準を実現している企業同士を比較すると、ASEANで高い生産水準を実現している企業は、中国で高い生産水準を実現している企業に比べ、日本流を持ち込んでいる割合が高いことが顕著に表れている(図222‒15)。以上より、全般的に言って、(項目によって程度の差

はあるものの、)海外で高い生産水準を実現している企業は、日本流を移転させている割合が高い。しかし、上述したように、ASEANでは中国に比べ、日本流のものづくりを持ち込んだ方が生産水準の向上につながりやすい様子がうかがえ、日本流が生産水準の向上に寄与するか否かの度合いは、地域によって異なると考えられる。ASEANでは、人々の気質やものづくりに対する考え方など、我が国と共通する部分が多いのかもしれない。このように、どの項目に日本流のものづくりを持ち込むかは、十分に地域の特性と事業の特長を考慮して検討しなければならない。また、実際の場面では、従来のやり方を一方的に持ち

込めば成功するというわけではないだろう。現地の文化や人々の考え方を理解し、お互いがコミュニケーションを取り合う中で、それぞれに適した形でうまく導入することや、現地従業員が納得するようにしっかりと伝えることが重要である。そのためにも、現地人材の活用やグローバル人材の育成は不可欠だといえる。

備考: 回答企業が有する海外の生産拠点について、日本的なものづくりをしているか、各項目「日本とほぼ同じ」「日本と異なる」のいずれかで回答。それぞれの回答を2点、1点に置き換え平均点をとったもの。

資料:経済産業省調べ(12年1月)

備考: 回答企業が有する海外の生産拠点について、日本的なものづくりをしているか、各項目「日本とほぼ同じ」「日本と異なる」のいずれかで回答。それぞれの回答を2点、1点に置き換え平均点をとったもの。

資料:経済産業省調べ(12年1月)

備考: 回答企業が有する海外の生産拠点について、日本的なものづくりをしているか、各項目「日本とほぼ同じ」「日本と異なる」のいずれかで回答。それぞれの回答を2点、1点に置き換え平均点をとったもの。

資料:経済産業省調べ(12年1月)

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経営理念や ビジョン

コミュニケーション・情報共有化

人事制度

教育制度

5Sの実践

QC活動

技能継承 多能工化

生産方法

調達方法

販売方法

系列取引

顧客との すり合わせ

当初想定を上回る水準 (n=88)当初想定を下回る水準 (n=92)

図222-13 中国における日本流の移転状況(現地における製造水準別)

図222-14 ASEANにおける日本流の移転状況(現地における製造水準別)

図222-15 高い生産水準を実現する海外現地法人における日本流の移転状況(中国とASEANの比較)

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経営理念や ビジョン

コミュニケーション・情報共有化

人事制度

教育制度

5Sの実践

QC活動

技能継承 多能工化

生産方法

調達方法

販売方法

系列取引

顧客との すり合わせ

当初想定を上回る水準 (n=72) 当初想定を下回る水準 (n=57)

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経営理念やビジョン

コミュニケーション・情報共有化

人事制度

教育制度

5Sの実践

QC活動

技能継承 多能工化

生産方法

調達方法

販売方法

系列取引

顧客との すり合わせ

中国(n=88)

ASEAN(n=72)

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コラム

現地法人の効果的なマネジメント体制…………………………………… (株)日立メディコ

医療機器大手の(株)日立メディコは、成長著しい中国市場において、欧米勢と比較して後発組ながら、現地従業員を活用したプロモーション戦略により、高い成長率を実現している。

現地の販売子会社には、本社採用の中国籍社員をマネージャー(現在は社長)として派遣し、従業員も全員が現地採用である。この体制によって、現地事情への理解や顧客とのコミュニケーションを高いレベルで維持でき、日本人には無いネットワークやアイデアを十分に生かし、同社のブランドの立ち上げに大きく寄与している。例えば、マネージャーのネットワークや情報網を活用し、学会で著名な医師等のキーパーソンに徹底的にアプローチすることで、製品の良さを PRしてもらい、学会(川上)から臨床現場(川下)まで、製品の認知度をシャンパンタワーのように広げていく戦略をとっている。

また、現地従業員の発案により、中国ではポピュラーな「二郎神」という神様をモチーフにした12分程度のアニメを制作し、製品説明会などで披露することで、アニメキャラクターとともに同社ブランドが広く認知される一助となっている。

こうした現地従業員の活躍に対して、現地に派遣されている日本人社員は数こそ少ないが、日本本社と現地法人のインターフェースという、重要な役割を担っている。現地出身者を活用して業績やブランド力を向上させる一方で、本社の経営理念やビジョンなど、メッセージを正確に伝えるコミュニケーション機能をきちんと果たす。教育制度や製品知識など日本との交流は円滑で、現地でも軋轢を生むことなく本社経営方針を貫徹できるという、効果的な体制が出来上がっている。 写真: 現地従業員が考案した「二郎神」を

モチーフにしたアニメキャラクター

コラム

“つくり方”は日本流、“つくらせ方”は現地流………………… 岡本工作機械製作所(株)

岡本工作機械製作所 (株 )は砥粒加工機をつくる総合研削盤メーカーで、1987年にタイに進出し、タイ工場は同一敷地内に鋳物の生産(木型工場と鋳造工場)から部品加工、板金加工、塗装、電装品の組み付け、本体の組み付けまで、全ての工程を内製した一貫生産工場となっている。

同社のものづくりは、工程設計や計測方法など「つくり方」は日本流で世界共通である。しかし、「つくらせ方」は必ずしも同じではない。日本では一人一台の機械を持ち、一人の従業員がゼロから100まで作り込む。しかし、100までの技能を持たせるには最低でも3から5年の時間がかかり、転職が激しいタイでそれを実現するのは難しい。そのため、タイでは工程分割を行い、与えられた工程の技術だけを覚えてもらう。

日本とタイで“つくらせ方”を変えている典型例に、平滑面のすり合わせを行うためのキサゲという作業がある。日本ではベテラン職人がすべて一人で行うが、タイでは「ある程度粗いキサゲ」「中程度のキサゲ」「最後の仕上げの目の細かいキサゲ」とキサゲを3工程に分割し、習熟度に応じて各工程を担当させている。

同社では、拠点の特長を理解し、ものづくりを得意とする日本の「つくり方」を現地に合った形に落とし込むことで、最適な国際分業体制を構築している。

写真:タイ工場における工程分割したキサゲ作業の様子