28
200989日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討 兵庫県佐用町で時間雨量89mm、日降水量 327mmという過去の記録を大幅に上回る豪雨が 発生。 佐用町で死者18名(不明2名)、岡山県美作市で 死者1名という未曾有の災害となった。 (大阪管区気象台の報告書より) 佐用豪雨 日本気象予報士会 岡山支部 廣幡泰治

2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

  • Upload
    others

  • View
    3

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業における実況監視上の留意点についての検討

兵庫県佐用町で時間雨量89mm、日降水量327mmという過去の記録を大幅に上回る豪雨が発生。

佐用町で死者18名(不明2名)、岡山県美作市で死者1名という未曾有の災害となった。

(大阪管区気象台の報告書より)

佐用豪雨

日本気象予報士会 岡山支部 廣幡泰治

Page 2: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

8月の月降水量の平年値

太平洋側; 300~400mm

佐用町周辺; 150mm前後

Page 3: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

2007年7月14日 台風4号

2009年8月9日 台風9号

降水量50~100mmの領域佐用付近にのみ300mmを超える降水

2つの台風の比較; 何が違ったのか?

Page 4: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

時系列; 4地点降水量比較

佐用(兵庫県)

今岡(岡山県)

木頭(徳島県)

船戸(高知県)

スケールに注意 この3時間に集中雨量200mm

Page 5: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

統計資料; 2地点の降水量の比較

要素名/順位 1位 2位 3位 4位 5位 統計期間

日降水量 531 512 480 463 461

(mm) (2007/7/14) (2004/8/1) (2003/8/8) (1997/9/16) (2009/8/10) 1979-2010

10分間降水量 21 18 17.5 17 13.5

(mm) (2009/8/10) (2008/9/18) (2009/6/16) (2009/8/9) (2008/9/19) 2008-2010

1時間降水量 100.5 90 79 77 75

(mm) (2009/8/10) (2004/8/1) (1988/8/13) (1993/8/10) (1993/11/13) 1979-2010

要素名/順位 1位 2位 3位 4位 5位 統計期間

日降水量 326.5 187 176 126 124

(mm) (2009/8/9) (2004/9/29) (1990/9/18) (1999/9/15) (1999/6/29) 1976-2010

10分間降水量 17 15.5 12.5 9.5 9

(mm) (2009/8/9) (2009/7/26) (2009/7/4) (2009/6/22) (2009/7/21) 2009-2010

1時間降水量 89 57 55 53 50

(mm) (2009/8/9) (1999/9/15) (2004/8/10) (1990/8/17) (1978/9/15) 1976-2010

木頭(徳島県)

佐用(兵庫県)

佐用町の方が雨量が少ないにもかかわらず大きな災害が発生。

過去に200mm以上の降水を経験していない。

Page 6: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

調査・研究の目的

• 過去の日降水量歴代1位の極値の170%という突出した豪雨がなぜ発生し得たのか。

• 防災上の重要な指標である大雨ポテンシャル予想150mm( 15時40分に発表)に対し、実況値は236mmであった。なぜ、ポテンシャル予想が大幅な過少予想となったのか。

• 類似事例の予報作業(シナリオ作り・実況監視)の留意点は。

(大雨ポテンシャル; 18時以降24時間地点最大)

Page 7: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

SATAIDを利用した解析

水蒸気画像

・上層トラフの動向の把握

・暗域の動向と対流活動の関係の把握

・上層渦の動向

赤外画像

・雲の輝度測定による対流活動の把握

・下層の前線や暖湿気の流入と上層の谷との対応

・降水が強まった時間帯での立体構造

衛星画像にGPVを重ね描き、鉛直断面解析

その前に。SATAIDはGPVデータを利用。モデルの信頼性は?

Page 8: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

実況とMSM予想降水量の比較初期時刻に注意; GSMの9時初期値の3時間予想値を境界条件に。

09-12時

18-21時

03-06時

13時

21時

6時 12時-10日21時

実況ではこの時間帯に30~80mmの降水

逆に地形性降水を強く予想

Page 9: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

実況とGSM予想降水量の比較

13時

21時

6時

09-12時

18-21時

03-06時 9時-10日9時

実況ではここの時間30~80mmの降水

地形性降水は弱い予想

Page 10: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

モデルの再現性の評価

• MSMは、目先3~6時間程度は線状の強い降水を予想しているが、その後は降水強度が次第に弱まり、FT=12h以降は全く予想しなくなった。

• MSMは、初期場に解析雨量を取り込んでいる。その後の予想が外れ

ているということは、本来モデルの中では現象が再現できていない可能性が高い。

• MSMは地形やシアーに対応する降水予想は得意だが、不安定降水の予想では見逃しが多い。本事例は不得意とする対象。

• 一方、GSMは降水をやや弱めて予想しているが、その位置や時間は概ね良好。

GSMは本事例の特徴である内陸部の強い降水を良く再現している。

Page 11: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

赤外画像・500hPa高度と風・700hPa上昇流・925hPa相当温位

橙色線に沿う断面; 佐用町で強い雨が降り始めた18時

紀伊水道

この線に沿う鉛直断面の解析

Page 12: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

9日18時の断面図

気温

発散・収束相対湿度

相当温位

傾圧性が小さい; 順圧大気

下層に40ktの強風

乾燥域

乾燥域

強い収束

強い発散

Page 13: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

18時に佐用上空の各高度に入る気塊の流跡線

850hPa

700hPa

500hPa

400hPa

中層に入る乾燥気塊は南海上から西回りで侵入。太平洋高気圧起源

Page 14: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

乾燥気塊の進入ルートを実況で確認

乾燥域

乾燥域

16時頃;風向が南→南西

14時頃、風向が南→南西

鉛直シアー;大鉛直シアー;小

高松

高知

Page 15: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

佐用付近のエコー盛衰の詳細観察(10分間隔)22:20~23:00 23:10~23:50

・エコーの西側及び南側で新たなエコーが発生。

・古いエコーと併合を繰り返す。

なぜ移動しなかったか?

Page 16: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

降水を強化・継続させる立体構造の概念モデル

下図; 南西から北東走向に標高400~500mの山岳が連なる。

標高400~500mの山岳が連なる

Page 17: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

標高500mの山岳で自由対流高度に達するか

LFC 945hPa:560m

LCL 969hPa:340m

潮岬、高層データから

Page 18: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

まとめ1.猛烈な降水のメカニズムは

• 台風9号の前面の相当温位360K以上の暖湿気塊が太平洋高気圧によって最下層に押し込められていた。

• 非常に強い対流不安定。

• 地形による持ち上げメカニズムがトリガとなって一気に対流雲が発達。

• 主にBSB型の対流システムにより降水が強化された。

• 降水システムは地形に拘束され3~4時間維持された。

Page 19: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

なぜ、大雨ポテンシャルは実況に対し大幅な過少となったか。

• 15時40分に発表された短期解説では、近畿中部での大雨ポテンシャルは「18時以降24時間地点最大」で150mmと予想していた。

予想; 150mm 実況; 237mm

1.6倍

大雨ポテンシャルの一般的イメージ; これ以上の雨は絶対ない!

Page 20: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

大雨ポテンシャル見積り方法

最大降水量ガイダンスMAXP24は二次細分ごとに求める。

モデルが予想する24時間平均降水量(二次細分); MRR24

MAXP24 = K × MRR24

大雨ポテンシャル(24時間地点最大); 対象地域の中の最も大きな最大降水量ガイダンス(MAXP24)

NRNによって予想された不安定指標と過去の実況値から推定

比例定数K; 平均降水量に対してどれくらい突出しているか

Page 21: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

成層の不安定を評価するには

温位エマグラムが便利

・温位

・相当温位

・飽和相当温位

飽和した場合の相当温位

9日18時の佐用上空GSMが計算した温位エマグラム

LFC:自由対流高度

この付近がEL(平行高度); 雲頂に対応

Page 22: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

暖湿気塊侵入路の不安定指標の変化

実況では、紀伊水道での降水は殆どない。

低いLFCと強い対流不安定が維持されたまま内陸部へ

潮岬;実況値あり

Page 23: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

モデル内; 暖湿気塊侵入路の不安定指標の変化

紀伊水道を通過する間に降水により不安定が解消

内陸部でのLFCを高く、雲頂を低くする方向

広く降水を予想

潮岬;実況値あり

Page 24: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

まとめ2.大雨ポテンシャルが過少となった原因

• 実況では紀伊水道に降水が無いにもかかわらず、モデルでは降水を予想しており、係数 K の推定が過少であった可能性がある。

• モデル内部では不安定が解消されたため、降水量の予想MRR#が過少であった可能性がある。

Page 25: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

兵庫南部は太平洋側と同じ扱いに

近畿地方

北部・兵庫県北部・京都府北部・滋賀県北部

中部・兵庫県南部・京都府南部・滋賀県南部・大阪府全域・和歌山県北部・奈良県北部

南部・奈良県南部・和歌山県南部

同程度の激しい降水があり得る。

太平洋側の大雨ポテンシャルを参照

大雨ポテンシャル発表地域区分

Page 26: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

類似事例における予報作業上の留意点は

本事例に類似する場合、通常の作業に加えて特に注意する点

• モデルにより、925hPa以下の最下層で強い暖湿気が紀伊水道に流入可能かどうかを予想( SATAIDの断面図、925hPa高度場、流跡線予想図の利用)。

• 最下層の水蒸気フラックスの実況監視(潮岬高層データ)。

• 衛星画像による暗域の監視。後面のトラフに対応するものだけではなく、特に南からの進入にも留意。

• WPRの風向風速分布や乾燥域とモデル予想との相違の監視。

• 紀伊水道の降水の有無について、実況と予想の相違。

• 大雨ポテンシャルは四国太平洋側や近畿南部の値も参照する。

Page 27: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

今後の課題

• 本事例のメカニズムについて、これらの議論だけでは十分ではない。雲解像非静力学メソモデルなどを利用した感度実験など詳細な解析が関係研究機関で実施されることを望む。

• MSMのMAXP24を利用している場合は別な対応が必要。

• 一般予報士(気象業務に携わらない)でも、スグダス2やSATAIDといった

新しいツールを利用することで、現象の大まかな解析や予想作業が迅速にできるようになった。気象現象の基本的な理解は勿論だが、これらツールの長所・短所を踏まえた利活用を広めていくべきと考える。

要望となるが・・・、

• 近年情報公開が進んできたが、不十分な点も多い。特に、これらのモデル出力値が公開される一方で、モデルを翻訳・修正するガイダンス(量的予報)についての情報が少ない。

(時間があれば動画再生)

Page 28: 2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況 ......2009年8月9日の佐用豪雨の解析、及び予報作業 における実況監視上の留意点についての検討

ありがとうございました。

参考資料

• 気象庁災害時気象速報2(大阪管区気象台)

• 数値予報研修テキスト(平成19年~20年)

• 量的予報研修テキスト(平成19年他)

• 気象研究ノート(第208号、第212号)

• 天気 Vol.56 No.8

• 数値予報の基礎知識(二宮、オーム社)