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花の縁 040102 1 1 2)キキョウ=桔梗 キキョウはキキョウ科の多年草で、北海道の一部を除く日本各地の山野に自生し、 海外では朝鮮、中国、ウスリーなどにも分布する。比較的乾いた陽当たりの良い ところを好むものの、最近では野性のものはめっきり少なくなって、ほとんどが 鑑賞用の栽培種である。根は多肉で太く黄白色をしており、漢方では根を日干しにした ものを、『晒桔梗』( サラシキキョウ) と呼び、煎じて去痰、肺炎、気管支炎や扁桃腺炎 などの治療に用いる。また声がかれた時には、根を洗わずに乾燥させたものを煎じて飲 むと効果があり、化膿性の炎症を鎮めるほか鎮痛作用もあるという。また茎は高さが 50cm ほどになり分枝することもある。長卵形で鋸歯のある葉は互生し、若芽は 茹でて十分に水にさらして和え物や炒め物に、根はサポニンを抜いて揚げ物などとして、 食用にすることができる。花は花被片の 5 裂した鐘形で淡青紫色をしており、園芸種 の中には白色や淡いピンク色のもの、二重咲のものなどがあり、江戸時代には八重咲種 や黄花種もあったという。和名の由来は漢名の『桔梗』をキッキョウと発音し、これが キキョウに詰まったといわれている。別称としてムラサキバナとかボンバナ、チャワン バナ、古くはアサガオとも呼ばれていた。学名は『Platycodon granndiflorum』で、 属名は「Platys=広い」と「codon=鐘」の合成語で花形に由来し、種小辞は大きい花を 意味している。イギリスでは『Japanese bellflower』、もしくは開花前の姿が風船を 思わせるところから『balloon-flower』とも呼んでいる。 日本の文献で最初に桔梗の名が見えるのは『出雲国風土記』である。『延喜式』 には薬用として、 また屠蘇( トソ) の材料として、下総( シモフサ) 、山城、大和などから 宮中に献上されたことが記されている。『万葉集』では「朝がほ」として詠み込んだも のは 5 首が見られ、山上意良の歌として 萩の花尾花葛花( クズバナ)瞿麥(ナデシコ)の花 また藤袴( フジバカマ)朝がほの花 と詠われ、そのすぐ後に同じく意良の歌として、 秋の野に咲きたる花を指折りて かき数うれば七種の花 と詠われているところから、この「朝がほの花」が「桔梗の花」であることがうかがえる。 同様に『新撰字鏡』では「桔梗」に「阿佐加保」の文字を当てている。 『古今集』には紀友則の歌で「きちかうの歌」という題名で詠んだものがある。 あきちかう のはなりにけり白露の おけるくさばも色かはりゆく この歌は他の人が詠んだ「おみなへし」「しをに」「おばな」「けにごし」などと一緒に扱 われているところから、「あきちかう」は「秋」と「桔梗」と「近き」をかけた言葉と考えら れている。また『枕草子』には「草の花は」 (64 ) にこの花が登場する。しかしこちらの ほうの「朝皃」は現在の「朝顔」と思われ、「キキョウ」は「桔梗」として記されている。 時の移り変わりとともに花の呼び方も変化していったのだろう。 草の花は、撫子( ナデシコ)。唐のはさら也、大和のもいとめでたし。

2)キキョウ=桔梗kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/040102kikyou.pdf花の縁04-01-02 4 4 八重咲キキョウ(栽培品)、一重咲きのキキョウよりも一回り大きな花である。また北海道の

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Page 1: 2)キキョウ=桔梗kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/040102kikyou.pdf花の縁04-01-02 4 4 八重咲キキョウ(栽培品)、一重咲きのキキョウよりも一回り大きな花である。また北海道の

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2)キキョウ=桔梗 キキョウはキキョウ科の多年草で、北海道の一部を除く日本各地の山野に自生し、

海外では朝鮮、中国、ウスリーなどにも分布する。比較的乾いた陽当たりの良い

ところを好むものの、最近では野性のものはめっきり少なくなって、ほとんどが

鑑賞用の栽培種である。根は多肉で太く黄白色をしており、漢方では根を日干しにした

ものを、『晒桔梗』(サラシキキョウ)と呼び、煎じて去痰、肺炎、気管支炎や扁桃腺炎

などの治療に用いる。また声がかれた時には、根を洗わずに乾燥させたものを煎じて飲

むと効果があり、化膿性の炎症を鎮めるほか鎮痛作用もあるという。また茎は高さが

50cm ほどになり分枝することもある。長卵形で鋸歯のある葉は互生し、若芽は

茹でて十分に水にさらして和え物や炒め物に、根はサポニンを抜いて揚げ物などとして、

食用にすることができる。花は花被片の 5 裂した鐘形で淡青紫色をしており、園芸種

の中には白色や淡いピンク色のもの、二重咲のものなどがあり、江戸時代には八重咲種

や黄花種もあったという。和名の由来は漢名の『桔梗』をキッキョウと発音し、これが

キキョウに詰まったといわれている。別称としてムラサキバナとかボンバナ、チャワン

バナ、古くはアサガオとも呼ばれていた。学名は『Platycodon granndiflorum』で、

属名は「Platys=広い」と「codon=鐘」の合成語で花形に由来し、種小辞は大きい花を

意味している。イギリスでは『Japanese bellflower』、もしくは開花前の姿が風船を

思わせるところから『balloon-flower』とも呼んでいる。

日本の文献で最初に桔梗の名が見えるのは『出雲国風土記』である。『延喜式』

には薬用として、 また屠蘇(トソ)の材料として、下総(シモフサ)、山城、大和などから

宮中に献上されたことが記されている。『万葉集』では「朝がほ」として詠み込んだも

のは 5 首が見られ、山上意良の歌として

萩の花尾花葛花(クズバナ)瞿麥(ナデシコ)の花 また藤袴(フジバカマ)朝がほの花

と詠われ、そのすぐ後に同じく意良の歌として、

秋の野に咲きたる花を指折りて かき数うれば七種の花

と詠われているところから、この「朝がほの花」が「桔梗の花」であることがうかがえる。

同様に『新撰字鏡』では「桔梗」に「阿佐加保」の文字を当てている。

『古今集』には紀友則の歌で「きちかうの歌」という題名で詠んだものがある。

あきちかう のはなりにけり白露の おけるくさばも色かはりゆく

この歌は他の人が詠んだ「おみなへし」「しをに」「おばな」「けにごし」などと一緒に扱

われているところから、「あきちかう」は「秋」と「桔梗」と「近き」をかけた言葉と考えら

れている。また『枕草子』には「草の花は」(64段)にこの花が登場する。しかしこちらの

ほうの「朝皃」は現在の「朝顔」と思われ、「キキョウ」は「桔梗」として記されている。

時の移り変わりとともに花の呼び方も変化していったのだろう。

草の花は、撫子(ナデシコ)。唐のはさら也、大和のもいとめでたし。

Page 2: 2)キキョウ=桔梗kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/040102kikyou.pdf花の縁04-01-02 4 4 八重咲キキョウ(栽培品)、一重咲きのキキョウよりも一回り大きな花である。また北海道の

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女郎花(オミナエシ)。桔梗。朝皃(アサガオ)。刈萱(カルカヤ)。菊。壺菫(ツボスミレ)。

当時「桔梗」は、宮中の人からも愛された花の一つだったのだろう(03-02-02朝顔の項

参照)。また『徒然草』の 139 段には以下のような文章がある。

草は、山吹、藤、杜若(カキツバタ)、撫子、池には、蓮。秋の草は、荻(オギ)、

薄(ススキ)、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑(シオン)、吾亦紅(ワレモコウ)、刈萱、竜胆(リンドウ)、

菊、黄菊も。蔦(ツタ)、葛、朝顔、いづれもいと高からず、ささやかなる、垣に茂

(シゲ)からぬ、よし。

と記し、秋草の代表の一つとしてあげている。また「山吹」も「萩」も草ではないが、

昔から草として扱われていたようで、『枕草子』でも草として表わされている。分類学

など眼中になかった時代、これはむしろ当然のことというべきであろう。

これより少し前、関東全体に大きな力を誇っていた平将門は、戦いに破れて弟の

御厨三郎将頼の城にたてこもる。将門の愛妾「桔梗の前」は、しばしば城から外に抜け

出していたが、この間に城が攻められたために、密告者として殺されてしまう。一方

将門はその後、平貞盛、藤原秀郷の奇襲を受けて、馬上にて 38 歳の若さで最期を

遂げる。これが世にいう『天慶の乱』(939~941)で、将門の首級は京都に送られ獄門に

架けられたという。ところがこの首は 3 日後に白い光を帯びて宙を飛び、武蔵の国

豊島郡柴崎に落ちたといわれている。この地は現在の千代田区大手町にある三井物産の

脇にあたり、「将門の首塚」として祀られている。また関東の北の方には「桔梗ガ原」

とか「桔梗塚」とかいう地名が残っており、これは古戦場の後とか、刑場の後であること

が多い。桔梗御前の悲話とどこかで結びついたのだろう。桔梗にはそんな悲しい物語

が秘められているのである。一方、茨城南部から千葉県北部にかけての下総地方には、

「咲かずの桔梗」の伝説が伝わっている。これは桔梗が生えていても花が咲かないという

もので、「桔梗御前」の霊の祟りであると伝えられている。このため関東周辺地域では

桔梗の花を忌み嫌い庭には植えない地方もある。

歌舞伎の世界にも桔梗が登場する。これは明智光秀の三日天下を脚色したもので

『時桔梗出世請状』(トキモキキョウシュッセノウケジョウ)というものである。明智

光秀の紋章が「水色桔梗」であったところから、光秀を桔梗になぞらえている。しかし

明治以降になると、むしろ桔梗は涼しげで上品な花として、文学作品の中に登場する。

島崎藤村は『千曲川のスケッチ』で「遠いい山々まで桔梗色に顕れた」と表現し、

宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』の中で「美しい美しい桔梗色のがらんとした空の下を」

と記している。また朝鮮ではこの花を「トラジ」といい、アリランの歌とともにトラジ

の歌は、朝鮮に伝わる二大民謡になっている。

秋の七草である桔梗は、またしばしば着物の文様や絵画の素材、家具や螺鈿蒔絵

などの工芸品の文様としても扱われてきた。いかにも日本的で、どこかもの寂しげで、

美しい桔梗御前の面影を、そこはかとなく伝えている。

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淡いムラサキを帯びた白花キキョウは、いっそう清楚で物悲しい(栽培品)。

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八重咲キキョウ(栽培品)、一重咲きのキキョウよりも一回り大きな花である。また北海道の

函館には桔梗町があり、JR北海道の函館本線には桔梗駅があって、周辺には桔梗が咲いている。

桃色花キキョウ、どこかに桔梗御前の面影が漂ってはいないだろうか(栽培品)。

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白花キキョウ、この花をかたどったものが桔梗紋で、美濃の山県氏、土岐氏一族が紋所にし

ていた。また土岐氏一族であった明智光秀もこの紋所を用いていた(栽培品)。

見事に咲きそろったキキョウの花(栽培品)。

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キキョウの群落(栃木県日光市日光植物園)。

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これはハタザオキキョウと呼ばれる種で茎が長く、いかにも華奢な感じである。しかし通常

ハタザオキキョウと呼ばれているものは、ホタルブクロ(Campanula)と同属の種が多い。

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これはツリガネニンジン。学名は『Adenophora triphylla』、北海道から九州にいたる山地の

日当たりのよい草原地帯に分布する。次ページシャジンの近縁種でもある(長野県軽井沢町)。

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キキョウ科には美しい花を咲かせる植物が多く、ツリガネニンジン属のこのシャジンもその

代表で、学名は『Adenophora divaricata』で、中部以北の山地に分布する(長野県軽井沢町)。

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シャジンの仲間にはこのように白い花を咲かせるものも多く、これもキキョウと同様である。

しかし自然界で見ることはほとんど無く、これも栽培種である(長野県軽井沢町)。

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こちらは糸葉シャジンで、葉が細く前種に比べるとずっと繊細である(01-01-08)。

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シャジンの仲間は、どれも花が美しく可憐なため、山野草愛好家の垂涎種である。

サワギキョウ(長野県茅野市霧ケ峰)、学名は『Lobelia sessilifolia』で、麻酔性を持った

有毒植物である。このため横溝正史の推理小説『悪魔の手毬歌』にも登場する。

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紅花サワギキョウは同じキキョウ科ではあるが、必ずしもキキョウの近縁種ではない。目次に戻る