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41 3 放電・プラズマ技術 3.1 放電・プラズマの工業的応用 3-1 に放電・プラズマの工業的応用例をまとめて示す。この中で薄膜作製とエッチ ング・灰化はデバイスプロセスの主要技術である。それらの中から具体的に 4 つの応 用例を取上げて簡単に放電・プラズマを利用する効果や意味を説明する。 3-1 放電・プラズマの工業的応用例 分類 応用例 薄膜作製 スパッタリング、イオンプレーテイング、プラズマ CVD、プラズマ重合 エッチング・灰化 スパッタエッチング、リアクテイブイオンエッチング(RIE)、プラズマエッ チング、フォトレジスト・ストリッパー 表面処理 プラズマクリーニング、プラズマ窒化 真空管 定電圧放電管、水銀整流管、プラズマデイスプレイ、ガスレーザ その他 アーク溶解、アーク溶接、プラズマ溶射、プラズマ核融合、蛍光灯、ネオ ンサイン、高圧水銀アーク放電管 (1) プロセス応用例 1:プラズマ CVD CVD(chemical vapor deposition)は原料気体を熱分解して固体にして薄膜を作製する技術 であり、反応を真空中あるいは大気圧力中で行なう熱 CVD に対して特別プラズマ空間 中で行なう方式を PECVD(プラズマ CVDplasma-enhanced CVD)と呼ぶ。様々な種類の薄 膜を作製することができるが、ここではシランガス(SiH4)を用いて半導体シリコン(Si) 薄膜を作製する熱 CVD とプラズマ CVD を比較してみよう。熱 CVD はシランガスの熱 分解を行い良質の特性の薄膜を得るために、基板温度を 900 ~ 1000℃に設定しなけれ ばならない。従って基板は耐熱性の高い石英ガラスを使う必要がある。一方プラズマ CVD はプラズマ中におけるシランガス分解促進を利用して基板温度 300 ~ 350℃で半導 体シリコン薄膜を作製することができる。従って耐熱性は低いが石英よりもずっと低 価格の白板ガラス基板を使用することができる。プラズマ CVD によって得られる非晶 質シリコン薄膜を利用する薄膜トランジスタは、熱 CVD によって得られる多結晶シリ コン薄膜を利用する薄膜トランジスタには応答速度の点では及ばない。しかし大面積 基板に低価格で作成するという面で圧倒的に優れており、今日広く使われる LCD 用の 薄膜トランジスタは大部分がこの方式で製造されている。 (2) プロセス応用例 2:リアクテイブイオンエッチング(RIE: reactive-ion-etching) 半導体 IC の製造プロセスでは IC パタン加工を行なうために、シリコンウェーハ上 にリソグラフィーによるフォトレジストマスク作製をした後にそれを薬品水溶液に 浸してマスクに覆われない部分を溶解するウェット・エッチング方式が採られていた。

3 放電・プラズマ技術. discharge_and...41 3 放電・プラズマ技術 3.1 放電・プラズマの工業的応用 表3-1 に放電・プラズマの工業的応用例をまとめて示す。この中で薄膜作製とエッチ

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  • 41

    3 放電・プラズマ技術

    3.1 放電・プラズマの工業的応用

    表 3-1 に放電・プラズマの工業的応用例をまとめて示す。この中で薄膜作製とエッチ

    ング・灰化はデバイスプロセスの主要技術である。それらの中から具体的に 4 つの応

    用例を取上げて簡単に放電・プラズマを利用する効果や意味を説明する。

    表 3-1 放電・プラズマの工業的応用例

    分類 応用例

    薄膜作製 スパッタリング、イオンプレーテイング、プラズマ CVD、プラズマ重合

    エッチング・灰化 スパッタエッチング、リアクテイブイオンエッチング(RIE)、プラズマエッ

    チング、フォトレジスト・ストリッパー

    表面処理 プラズマクリーニング、プラズマ窒化

    真空管 定電圧放電管、水銀整流管、プラズマデイスプレイ、ガスレーザ

    その他 アーク溶解、アーク溶接、プラズマ溶射、プラズマ核融合、蛍光灯、ネオ

    ンサイン、高圧水銀アーク放電管

    (1) プロセス応用例 1:プラズマ CVD

    CVD(chemical vapor deposition)は原料気体を熱分解して固体にして薄膜を作製する技術

    であり、反応を真空中あるいは大気圧力中で行なう熱 CVD に対して特別プラズマ空間

    中で行なう方式を PECVD(プラズマ CVD、plasma-enhanced CVD)と呼ぶ。様々な種類の薄

    膜を作製することができるが、ここではシランガス(SiH4)を用いて半導体シリコン(Si)

    薄膜を作製する熱 CVD とプラズマ CVD を比較してみよう。熱 CVD はシランガスの熱

    分解を行い良質の特性の薄膜を得るために、基板温度を 900 ~ 1000℃に設定しなけれ

    ばならない。従って基板は耐熱性の高い石英ガラスを使う必要がある。一方プラズマ

    CVD はプラズマ中におけるシランガス分解促進を利用して基板温度 300 ~ 350℃で半導

    体シリコン薄膜を作製することができる。従って耐熱性は低いが石英よりもずっと低

    価格の白板ガラス基板を使用することができる。プラズマ CVD によって得られる非晶

    質シリコン薄膜を利用する薄膜トランジスタは、熱 CVD によって得られる多結晶シリ

    コン薄膜を利用する薄膜トランジスタには応答速度の点では及ばない。しかし大面積

    基板に低価格で作成するという面で圧倒的に優れており、今日広く使われる LCD 用の

    薄膜トランジスタは大部分がこの方式で製造されている。

    (2) プロセス応用例 2:リアクテイブイオンエッチング(RIE: reactive-ion-etching)

    半導体 IC の製造プロセスでは IC パタン加工を行なうために、シリコンウェーハ上

    にリソグラフィーによるフォトレジストマスク作製をした後にそれを薬品水溶液に

    浸してマスクに覆われない部分を溶解するウェット・エッチング方式が採られていた。

  • 42

    しかしウェット・エッチングでは溶解

    化学反応は基板面に垂直方向のみなら

    ず水平方向にも進行し等方的なエッチ

    ングが生じる。歴史的には、パタン寸

    法が比較的大きくエッチングすべき膜

    の厚みがそれに比べて十分小さい初期

    の IC の加工ではこれは問題にならなか

    った。しかしパタン寸法が微細になり、

    エッチングすべき薄膜の厚みに近づく

    に従ってウェット・エッチングで起こ

    るマスクの下部のエッチング(アンダ

    ーカット)が無視できなくなった。これ

    に対しプラズマ中のイオン衝撃をラジ

    カルと固体の化学反応の反応作用に利

    用するリアクテイブイオンエッチング方式は、適切な条件を選定して基板に垂直な方

    行だけをエッチングすることができる。現在の IC 加工では典型的な薄膜の厚みは 0.5

    μm 程度であり、最小のパタン幅は 0.1μm よりも小さい。このような微細パタンの

    エッチング加工にはウェット・エッチングは適用できず、すべて RIE を用いる。図 3-1

    に SiO2 層のウェット・エッチングとリアクテイブイオンエッチングを比較して示す。

    (3) プロセス応用例 3:プラズマ CVD によるダイヤモンド合成

    宝石のダイヤモンドは地球内

    部の高温高圧条件下で炭素が結

    晶化したものである。人工的に

    50,000 気圧、2000℃の条件を作れ

    ば同様なダイヤモンドを合成す

    ることができる。しかしそれを

    達成する装置は宝石のダイヤモ

    ンドよりもずっと高価だから実

    用的ではない。一方メタン等の

    炭化水素ガスを 10-3 気圧のプラ

    ズマにして基板温度を 700 ~

    900℃にすれば、直径 1 ~ 2μm 程

    度のダイヤモンドの微結晶粒や

    ダイヤモンドの薄膜を形成する

    ことができる。図 3-2 はダイヤモ

    ンド合成プラズマジェットを示す。ダイヤモンド薄膜は表面硬化被覆、潤滑等の用途

    に使われる。

    ウェットエッチング(HF水溶液) RIE (CF4+H2プラズマ)

    SiO2層上に形成されたフォトレジストマスクパタン

    図 3-1 ウェット・エッチングと RIE の比較

    ウェット・エッチグはレジストマスクの下部

    がアンダーカットされるが、RIE は垂直方向の

    みエッチング可能である

    図 3-2 ダイヤモンド合成プラズマジェット

    左は右の一部拡大

  • 43

    (4) プロセス応用例 4:スパッタリングによる薄膜作製

    室温の気体分子の速度は 300 ~ 500m/sec

    程度であり、我々はいつでもそれらの衝

    撃を受けているが痛くも痒くもない。し

    かし非常に高いエネルギーの原子、分子

    等の粒子で固体を衝撃すると、粒子は固

    体内部に侵入し固体を形成する原子が固

    体外部に叩き出される。この現象をスパ

    ッタリングと呼び、固体から飛び出た原

    子が離れた位置に置いた基板上に堆積す

    ると薄膜が形成される。スパッタリング

    装置では、真空中で放電によりプラズマ

    を発生させ、プラズマ中から陽イオンを

    ターゲットに衝撃させることにより薄膜

    作製を行なう。薄膜作製の速度は陽イオ

    ンターゲット衝撃頻度に比例するので、スパッタリング装置は高密度プラズマを作る

    こと及びターゲット衝撃陽イオンのエネルギーを適切に設定する配慮がなされる。

    図 3-3 はスパッタリング装置内部の放電・プラズマを真空外部の覗き窓から眺めた

    写真である。低圧力で高密度プラズマを発生させるためにマグネトロン放電を使うが、

    特殊な電界と磁界の組合せによりプラズマがドーナツ状に閉じ込められている。

    3.2 自然と人工の放電・プラズマ現象

    デバイスプロセスで利用する放電・プ

    ラズマの説明に入る前に自然と人工の放

    電・プラズマ現象について簡単に触れて

    おく。

    (1) 宇宙のプラズマ

    我々は日常あまりプラズマを意識する

    ことはないが、宇宙の構成物質は大体プ

    ラズマ状態である。図 3-4 は天体観測望

    遠鏡によって観測される銀河系宇宙の星

    雲を分光分析によりカラー表示した写真

    である。星雲からは水素原子の放射光が

    出ており、それらが水素プラズマである

    ことがわかる。

    太陽も大部分は水素で構成されているが、中央部は 1.4×107K で水素原子がヘリウ

    ム原子に変換する熱核融合反応が起こり、外周表面は約 5,800K の高温熱プラズマ状

    態である。太陽系宇宙に中心の太陽からプラズマが噴出されて、地球もプラズマ空間

    図 3-4 銀河系宇宙の星雲

    図 3-3 マグネトロン放電による

    銅ターゲットのスパッタリング

  • 44

    内に存在する。しかし地球には磁場があるために、直接強力なプラズマの流れに晒

    されない。但し磁力線が地表に垂直に入射する北極と南極には高エネルギーの荷電粒

    子が侵入して大気と衝突してオーロラが発生する。またバン・アレン帯(Van Allen

    radiation belt)には 100 keV ~ 30 MeV の陽子(水素イオン)や電子が集まっている。バン・ア

    レン内帯は高度約 3,600km、外帯は高度約 18,000km で地球を取巻くドーナツ形状をし

    ている。更に地表から高度 90 ~ 400km の領域には電離層と呼ばれるプラズマ空間があ

    り電波を反射する。図 3-5 は地球付近のプラズマ現象を示す。

    (2) ローソク、落雷、放電の作るプラズマ

    プラズマは気体分子が電離して全体としては正負等量の中

    性を保つ状態をいう。気体を電離してプラズマにする最も簡単

    な方法は温度を上げることである。図 3-6 に示すローソクの炎

    の先端は数百度から 1000℃に達し、燃焼熱エネルギーにより励

    起された気体分子が密度の低いプラズマ状態になっている。

    上昇気流によって雷雲が発達すると、上層部に正電荷が集ま

    り下層部に負電荷が集まる。下層部の負電荷は地面に正電荷を

    引き寄せ、両者間の電圧が高くなると、雲からストリーマが発

    生し大気中を進み一方地面から正電荷のストリーマが雲の方

    に進む。これが落雷現象であり、荷電粒子と気体分子の衝突に

    図 3-6 ローソクの炎

    の作るプラズマ

    図 3-5 地球の作る磁場と太陽風に送られるて来るプラズマ 図 3-5 地球の作る磁場と太陽風に送られるて来るプラズマ

  • 45

    よりプラズマが発生しそれに伴い稲妻が観測される。

    蛍光灯やネオンサインでは真空放電により発生するプラズマの放射光を利用する。

    蛍光灯はプラズマから放射される紫外線が管壁内面に塗布した蛍光塗料を照射し発

    光することを利用するが、しかネオンサインではプラズマから出る光を人間が直接見

    る。様々な発光色を出すためにネオン管にはネオン以外にも各種の金属気体分子が添

    加されている。

    気体放電には大気圧で行なわれるアーク放電やコロナ放電、低真空で行なわれる正

    常グロー放電があり、中真空で行なわれる異常グロー放電等がある。デバイスプロセ

    スでは、比較的高い密度のプラズマを得ることができ同時にプラズマ中の陽イオンエ

    ネルギーを制御するのに便利な異常グロー放電が広く使われる。異常グロー放電にお

    いてもプラズマの密度や空間分布は圧力の影響を受けて異なる様相を示す。図 3-7 は

    ガイスラー管の異常グロー放電に伴う発光の様子を示す。図の説明では圧力の単位に

    mmHg が使われている。

    図 3-7 ガイスラー管の放電に伴うプラズマの発光

    印加電圧数キロボルト。右が陽極、左が陰極。管内圧力①40mmHg, ②10mmHg, ③6mmHg, ④3mmHg,

    ⑤0.14mmHg, ⑥0.03mmHg、圧力が高くても低くてもこれ以外の領域では放電が困難

  • 46

    3.3 放電・プラズマの基礎概念

    (1) プラズマの定義と分類

    プラズマは生物・医学分野における

    半流動性の細胞質を呼ぶ名称であった

    が、20 世紀前半に放電気体を研究した

    ラングミュア( I. Langmuir )が正イオンと

    それと同数の電子と任意の数の中性分

    子とから構成される粒子集団をプラズ

    マと命名した。今日ではプラズマとは

    荷電粒子を含んだほぼ中性の粒子集団

    を意味することが多い。そしてプラズ

    マは大体気体状態にある。

    プラズマはその発生方法により熱プラズマと放電プラズマに分類することができ

    る。熱プラズマは熱平衡状態にある気体の温度を上げることにより得られる。10,000K

    以上の高温気体はプラズマ状態であり、そのイオン、電子、中性気体分子の構成比率

    は気体温度に依存する。図 3-8 に水素の温度と電離度の関係を示す。放電プラズマは

    気体放電により得られる。電荷粒子構成比率は比較的小さく、弱電離プラズマと呼ば

    れる。中性気体分子の温度を Tg, イオン温度を Ti, 電子温度を Te とするとこの粒子集

    団は 3 種類の粒子温度を持ち、Tg ≦ Ti ≪ Te である。表 3-2 に各種プラズマの温度

    と密度の例をまとめて比較する。

    表 3-2 各種プラズマの温度と密度

    種類 気体密度

    (m-3)

    プラズマ密度

    (m-3)

    電子温度

    (eV)

    イオン温度

    (eV)

    ガス温度

    (eV)

    弱電離プラズマ 1020 ~ 1023 1014 ~ 1018 1 ~ 3 0.03 ~ 0.1 0.03

    電離層(F2 層) 1014 1012 0.1 0.1 0.1

    大気圧アーク 1025 1020 0.5 0.5 0.5

    核融合(目標値) - 1020 105 105 -

    基底状態にある原子や分子と電離状態では後者の方がエネルギーが高い状態にあ

    る。両者のエネルギー差をイオン化ポテンシャルと呼ぶ。1 価のイオンと基底状態の

    エネルギーの差は 1 価のイオン化ポテンシャルであり、2 価イオンと 1 価イオンのエ

    ネルギーの差は 2 価イオンのイオン化ポテンシャルである。以下同様に多価イオンの

    イオン化ポテンシャルが定義される。多価のイオン化ポテンシャルは 1 価イオンに比

    べて非常に大きい。デバイスプロセスで利用するプラズマ中は、1 価イオンにくらべ

    て多価イオンは尐ない。表 3-3 に代表的原子のイオン化ポテンシャルを示す。また表

    3-4 にはガス分子の一価のイオン化ポテンシャルを示す。

    図 3-8 水素熱プラズマの電離度αと温度

  • 47

    表 3-3 代表的原子のイオン化ポテンシャル(eV)

    Z 元素 1 価 2 価 3 価 4 価 5 価 6 価 7 価 8 価

    1 H 13.6

    2 He 24.6 54.4

    7 N 14.5 29.6 47.4 77.5 97.9 551.9 666.8

    8 O 13.6 35.1 54.9 77.4 113.9 138.1 793.1 871.1

    9 F 17.4 35.0 62.6 87.1 114.2 157.1 185.1 953.6

    10 Ne 21.6 41.1 63.5 97.0 126.3 157.9

    14 Al 6.0 18.8 28.4 112.0 153.8 190.4 241.4 284.5

    18 Ar 15.8 27.6 40.9 59.8 75.0 91.3

    29 Cu 7.7 20.3 36.8

    36 Kr 14.0 24.6 36.9 70.5* 69.9* 132.5*

    53 Xe 12.1 21.2 32.1 45.5 76 85* 135* 170

    86 Rn 10.7

    * Kr4+: 70.5±2.5, Kr5+: 69.9±12, Kr6+:132±20, Xe6+: 85±5, Xe7+: 135±20

    表 3-4 気体分子とラジカルの第 1 イオン化ポテンシャル(eV)

    無機ガス 有機ガス ラジカル

    H2 15.4 HF 17.0 CH4 13.0 CH 11.1

    O2 12.1 N2 15.6 C2H6 11.7 CH2 11.9

    O3 12.8 NH3 10.1 C2H4 10.5 CH3 10.0

    H2O 12.6 NO 9.3 C2H2 11.4 C2H5 8.7

    CO 12.6 NO2 9.8 C6H6 9.2 C6H5 7.8

    CO2 14.0 Cl2 11.32 CH3OH 10.9 OH 13.2

    F2 16.5 HCl 12.9 C2H5OH 10.5 NH 13.1

    (2) 電子と気体分子の衝突と電離

    [放電中の衝突の種類]

    放電中では電子と気体分子の衝突に

    より気体分子の電離が起こる。図 3-9

    に放電・プラズマ中の重要な衝突を 4

    種類に分類して示す。

    弾性衝突では粒子の運動エネルギー

    の授受が起こるだけで粒子種の変化や

    内部エネルギーの変化が起こらない。2

    つの粒子の弾性衝突(elastic collision)では、

    弾性衝突 非弾性衝突Ⅰ

    電子衝撃イオン化

    非弾性衝突Ⅱ

    電子衝撃励起 d) 弛緩衝突

    図 3-9 放電・プラズマ中の電子と

    気体分子の典型的衝突及び弛緩

  • 48

    粒子の質量が同じ場合にエネルギーの授受が多いが、電子と気体分子の衝突では質量

    の相違が大きいために電子が一方的に散乱されるだけである。

    衝突により粒子種が変化したり内部エネルギーが変化する場合を非弾性衝突

    (inelastic collision)と呼ぶ。電子衝撃により気体分子がイオン化する衝突は、非弾性衝突

    の中の前者のタイプである。この場合 1 個の気体分子は 1 個の陽イオンと 1 個の電子

    に変化する。電子衝撃により基底状態の気体分子が励起状態になるのは励起衝突と呼

    ばれ、非弾性衝突の中の後者のタイプである。一方励起状態の気体分子が光を放出し

    て基底状態になることを弛緩と呼ぶ。単体の励起分子が自然に弛緩する確率は非常に

    小さく、一般には三対衝突により弛緩が起こる。三体衝突は励起分子が固体表面に入

    射しそこで別の気体分子と衝突する過程で起こる。

    表 3-5 放電・プラズマ中の重要な衝突

    # 衝突の種類 反応例

    1

    電子衝撃による電離衝突 (σ~10-16cm2) e + Ar → 2e + Ar+

    2 乖離電離衝突 e + O2 → e + O + O

    3 電子付着衝突 e + SF6 → SF5- + F

    4 イオン衝撃による電離衝突 Ar+ + Ar → 2Ar+ + e

    5 化学反応衝突:衝突乖離と電荷移行 A+ + BC → A + B+ + C

    6 ぺニング電離衝突(励起粒子衝突による電離、σ~10-15cm2) He* + Ar → He + Ar+ + e + ΔE

    7 準安定イオン電離衝突(励起粒子同士の電離衝突) Ar* + Ar* → Ar+ + Ar + e

    8 準安定イオン電離衝突(電子衝撃による励起粒子の電離) e + Ar* → Ar+ + 2e

    9 維

    電荷交換衝突 (σ~10-14cm2) Ar++Ar → Ar + Ar+

    10 電子衝撃による励起衝突 e + Ar → e + Ar*

    11 消

    弛緩衝突 Ar* → Ar + hν

    12 再結合衝突 e + Xe2+ → Xe + Xe

    13 他 化学反応衝突:電離のない衝突化学反応 A + BC → AB + C

    表 3-5 には 13 種類の粒子間衝突を分類して、反応例と共に示す。#1, #2, #3 はそれぞ

    れ図 3-9(b)~(d)の衝突に対応する。また#1 ~ 8 は電離衝突、#9, 10 はプラズマの維持に

    関わる衝突、#11, 12 はプラズマの消滅に関わる衝突を示す。#5, #13 はプラズマ中にお

    ける化学反応衝突であるが、#5 は電離を伴い、#13 は電離を伴わない反応例である。

    なお反応例の中で示される原子や分子の肩付記号*はそれらの粒子が励起状態であ

    ることを意味する。またΔE は運動エネルギーの発生を、hνは光の放射を示す。

    ここには 8 種類の電離衝突を示してあるが、放電によるプラズマ発生で最も主要な

    のは電子衝撃による電離衝突である。#1, #7, #10 にはその衝突断面積σの最大値を示

    す。衝突断面積は衝突発生頻度を表す指標のひとつであり、直ぐ後で詳しく説明する。

  • 49

    [分子・原子・電子衝突の概念]

    気体中の放電について考えるとき

    には、次の 4 項目が前提になる。

    ① 衝突に関わる粒子の種類:電子、

    正・負のイオン、中性粒子としての

    原子・分子・ラジカル

    ② 粒子の寸法:非常に小さいが有限

    の大きさである。電子の直径≪原

    子・分子・ラジカル・イオンの直径

    ③ 粒子数: 非常に多いが有限

    ④ 衝突頻度:統計確率の扱いをする

    ライフル射撃競技で標的に向い銃

    弾を発射することを想定しよう。図

    3-10 に示すように標的の中に小さな

    粒子が多数取り付けられていると考

    える。銃弾は極めて小さく、粒子は銃

    弾に比べれば大きいが標的に比べれ

    ば非常に小さいと仮定する。銃弾は標

    的を必ず貫通するとして、粒子に衝突

    する確率 P*を求めてみよう。粒子の

    断面積をσ、粒子の 2 次元的面密度を

    n*とすると、1 個の銃弾が多数の粒子の中の 1 個に衝突する確率は標的全面積 A に対

    する粒子断面積の総計 S であるから次式が得られる。

    P* = S/A = (n*σA)/A = n*σ ・・・・・・ (3.1)

    次にライフル銃ではなく標的を衝撃するのが多数の粒子の流れであると考える。入

    射粒子束を j とするとターゲット面粒子の衝突発生頻度 F*は次のように示される。

    F* = jAP* = jn*σA ・・・・・・ (3.2)

    次に図 3-11 に示す 3 次元標的で考えてみよう。標的の面積を A、標的の厚みを L と

    して標的内空間粒子密度を n とすると容積 V の立方体標的内で衝突が発生する確率 P

    は次のように示される。

    P = S/A = (nσV)/A = (nσAL)/A = nσL ・・・・・・(3.3)

    入射粒子速度

    標的面積

    粒子断面積

    図 3-10 2 次元標的(ターゲット)

    における衝突断面積

    標的面積

    入射粒子速度

    標的厚み

    図 3-11 3 次元標的(ターゲット)

    における衝突断面積

  • 50

    また粒子束 j の入射頻度の粒子と標的空間内粒子の衝突が発生する頻度 F は次のよう

    になる。

    F = jnσV ・・・・・・ (3.4)

    以上の数式表示を導くために用いたσの概念が衝突断面積である。ここまで暗黙の

    前提で衝突断面積は粒子に固有な一定の値であると考えてきた。しかし電子と気体分

    子の電離衝突では電子の運動エネルギーにより電離確率が異なる。それは入射粒子の

    エネルギーのより衝突断面積が変化すると考える。図 3-12 に電子衝撃による各種気体

    分子の電離衝突断面積の電子エネルギー依存性を示す。グラフは両対数目盛である。

    多くのガスに対して電子エネルギー100 eV 程度で最大値をとり、またその最大値は表

    3-5 に示した如く約 10-16cm2 であるのが特徴的である。また電子の運動エネルギーの減

    尐に従い、表 3-4 に示した第 1 イオン化ポテンシャルに相当するエネルギーに近づく

    と電離確率が急激に小さくなるのがわかる。

    図 3-12 電子衝撃による各種気体分子の電離衝突断面積の電子エネルギー依存性

    縦軸の断面積はボーアの水素原子断面積 Qi (=πa02 = 8.81×10-17cm2)により規格化されている。ここ

    で a0 (= 0.529Å)はボーア半径である。

  • 51

    図 3-13 は電子衝撃による希ガスの電離衝撃断面積の電子エネルギー依存性を示す。

    表 3-3 に示すように He, Ne, Ar, Kr, Xe の順序で原子番号が大きいほどイオン化ポテンシ

    ャルが小さく、また逆に電離衝突断面積は大きい。図 3-14 は非常に広いエネルギー範

    囲における Ar の電離衝突断面積のエネルギー依存性を示す。グラフは異なる研究者

    の 6 件の論文のデータをまとめたものであるが、研究者による相違が見られる。

    3.4 DC グロー放電の特徴

    (1) デバイ長

    プラズマ中における荷電粒子に働く力について考えてみよう。最初に 1 個の点電荷

    の作る電界を考える。電界 E の中における荷電 Q の粒子に働く力 F は次のように示

    される。

    F = Q E ・・・・・・ (3.5)

    点電荷 q が r だけ離れた位置に作る電界 E は次のように示される。

    E = q/(4πε0 r 2)・(r/r) ・・・・・・ (3.6)

    但しε0 は真空の誘電率であり、太い飾り文字はベクトル量を意味する。電荷 q の作

    る電位 V(r) は次のように示される。

    E = -grad V(r), ・・・・・・ (3.7)

    V(r) = q/(4πε0 r) ・・・・・・ (3.8)

    図 3-13 電子衝撃による希ガスの電離衝突断面

    積の電子エネルギー依存性

    図 3-14 電子衝撃による Ar の電離衝突

    断面積の電子エネルギー依存性(測定者

    による異なるデータが報告されている)

  • 52

    これに対して密度 n のプラズマの中で点電荷の作る電位分布は次のように与えら

    れる。

    V (r ) = q exp[-r /λDe]/(4πε0r ), ・・・・・・ (3.9)

    λDe = (ε0kT /n q 2)1/2. ・・・・・・ (3.10)

    多数の正負電荷が分布するプラズマ空間中で点電荷の作る電位分布(3.9)式は、1 個の

    点電荷が作る電位分布(3.8)式に係数 exp[-r /λDe]を乗じた形になっている。λDe はこの分

    野の研究者の名前に因みデバイ長と呼ばれており、プラズマの性質を表す長さの単位

    の量である。r →0 のとき V (r )→ q/(4πε0r )となるから、荷電粒子に近い場所ではプ

    ラズマ中でも通常の空間における点電荷の作る電界と同じになる。しかし r≫λDe の

    ときには V (r )≒0 となり、プラズマ中の荷電粒子は遠方で電界を作らないことを意味

    する。これはプラズマが互いの電荷を包囲して導電性の金属容器のような静電シール

    ドになっていると解釈できる。

    デバイ長は(3.10)式に示されるように

    温度 T とプラズマ密度 n の関数である。

    温度が高いほどデバイ長は大きく、ま

    た密度が大きいほどデバイ長は小さい。

    表 3-6 に異なる温度と密度の組合せに

    対する電子のデバイ長を計算して示す。

    多くのデバイスプロセスで使われるプ

    ラズマのデバイ長は 10 ~ 100μmである。

    (2) プラズマに接する壁近傍空間の状況

    プラズマ中では陽イオンと電子の空間密度が等しくデバイ長以上のスケールでみ

    るときは電界が 0 であり、電気的に中性を維持しようとする傾向が強い。デバイ長よ

    りも十大きな容器に閉じ込められたプラズマは気体の拡散と同じく空間のプラズマ

    密度を均一化する方向に拡散するが、電子と陽イオンが互いに引き合いながら同じ速

    度で拡散する。これを両極性拡散と呼ぶ。

    しかしプラズマに接する真空容器壁面近傍空間では両極性拡散による中性化が充

    たされない。それはプラズマ中の電子温度がイオン温度より非常に高く、それに加え

    電子はイオンに比べて質量が小さいために、電子の速度が圧倒的に大きいからである。

    壁面にはプラズマ中から電子が高速度で流入し、壁面近傍の狭い間隔の空間は電子密

    度が尐なく陽イオン密度が多く、イオンシース(ion sheath)と呼ばれる。シースとは元

    来刀や豆の鞘を意味する言葉であるが、プラズマとは異なり壁を覆う薄い空間という

    意味で命名された。プラズマ空間中に浮遊電位の固体が設置されている場合にも固体

    表面近傍の空間はシースとなる。図 3-15 にプラズマに接する壁面近傍の空間における

    粒子密度と電位分布を示す。

    表 3-6 電子のデバイ長λDe の例

    λDe = (ε0kTe /n e 2)1/2

    n

    Te

    1016(m-3)

    典型的なプロセ

    スプラズマ

    1018(m-3)

    高密度プラズマ

    1(eV) 2.6×10-4 (m) 2.6×10-5(m)

    10(eV) 8.3×10-4(m) 8.3×10-5(m)

  • 53

    電気的中性の保たれる無電界のプラズマ領域を特に区別してバルクプラズマと呼

    ぶ。壁面近傍の狭い間隔の空間は電子が尐なく陽イオンが多い(イオン)シースである。

    シースとバルクプラズマの間には荷電粒子は中性を保ちながら弱い電界のあるプリ

    シースが生じる。ne, ni, n0 は空間における電子密度、イオン密度、中性気体分子密度を

    示し、Vp, Vw はプラズマポテンシャル、ウォールポテンシャルを示す。シースの厚み

    ds はデバイ長の数倍、プリシースの厚みは電離衝突の平均自由行程程度である。

    壁面が浮遊電位の場合には、壁面に電子が過剰に帯電しプラズマに対して負のバイ

    アス電圧が自然に誘起される。生じた負バイアスに加速されて陽イオンが壁面に入射

    して、定常状態では壁面に入射する電子と陽イオンの量が等しくなり均衡が保たれる。

    これを充たすための浮遊電位(ウォールポテンシャル)Vw は次式で与えられる。

    Vw = -Te ln[M+/2πme] ・・・・・・ (3.11)

    (バルク)プラズマ プリシース シース

    粒子密度

    電位分布

    無電界 弱電界 強

    ns(=n0/e1/2)n0

    λ i : 電離衝突平均自由行程

    (シース)

    ~

    V

    Vp

    Vw

    Vp

    n

    ds

    図 3-15 プラズマに接する壁面近傍空間のイオン・電子密度分布と電位分布

    バルクプラズマ内は無電界、プリシース内は弱電界、シース内は強電界である(詳細は本文説明

    を参照)。ne, ni, n0, nsは空間における電子密度、イオン密度、中性気体分子密度、及びシース端部

    のプラズマ密度を示し、Vp, Vw はプラズマポテンシャル、ウォールポテンシャルを示す。シース

    の厚み dsはデバイ長の数倍、プリシースの厚みは電離衝突の平均自由行程程度である。

  • 54

    但しは Te 電子温度、M+, me はそれぞれイオン質量、電子質量である。簡単な仮定をす

    れば、シース端部からの距離を x の位置のシース内の電位分布 V(x)とシースの厚み ds

    を計算して求めることができる。次にマトリックスシースとチャイルド・ラングミュ

    アシースの場合について示す。

    [マトリックスシース]

    図 3-15 の破線で示すようにシース内に均一密度 ns の陽イオンのみが存在すると仮

    定すると、ポアソンの方程式 d(ε0E)/dx = -d2(ε0V)/dx 2 = ens からと壁面の間の電位分布

    はが計算できて次式で与えられる。

    V(x) = -(ens/ε0)(x2/2) ・・・・・・ (3.12)

    シースの両端の電位差を V0 とすると次式が得られる。

    ds = [2ε0 V0/(ens)]1/2 = λDe(2 V0/Te)1/2・・・・・・ (3.13)

    [チャイルド・ラングミュアシース]

    シース内のイオンの速度を v(x)とすると、イオン電流密度 J+ = en(x)v(x)は連続して一

    定値であり、またイオン質量を M+とするとイオンに働く力は M+dv(x)/dt = -edV(x)/dx であ

    るから次のような電位分布とイオン電流密度の表示式が得られる。

    -V(x)3/4 = (3/2)(J+/ε0)1/2(2e/M+)-1/4x ・・・・・・ (3.14)

    J+ = (4ε0/9)(2e/M+)V03/2/ds2 ・・・・・・ (3.15)

    (3.15)式は空間電荷制限領域におけるチャイルド・ラングミュアの関係式と呼ばれる。

    (3.15)式からシースの厚みは次のように示される。

    ds = (2/9)1/2λDe(2V0/Te)3/4・・・・・・ (3.16)

    シースの厚みがデバイ長に比例するのは(3.13)式と同じである。チャイルド・ラングミ

    ュアシースは図 3-15 に近い粒子密度分布を与える。なおプリシースからシース端部に

    飛込むイオンの熱運動平均速度 v+とすると、電流密度は連続であるから、次のように

    示すことができる。

    J+ = ensv+ ・・・・・・ (3.17)

  • 55

    (3) DC グロー放電(dc glow discharge)

    [グロー放電領域区分と電位分布、陽イオン電密度表示式]

    デバイスプロセスで最もよく使われるプラズマ発生方法はグロー放電である。グロ

    ー放電は低真空から中真空の圧力範囲にかけて一対の電極の間に DC 電圧を印加して

    発生することができる。このとき発生するプラズマは図 3-7 に示すように強い輝く発

    光(グロー)を伴うためにグロー放電と呼ばれる。電極印加電圧は DC でも交流でもグロ

    ー放電は発生する。その内周波数の低い交流による放電は、正負の電極が時間的に交

    互に反転する DC 放電と同じと考えることができる。周波数の高い RF 放電はそれとは

    異なるので後に詳しく述べる。ここでは先ず DC グロー放電について説明する。

    図 3-16 に DC グロー放電の発光領域を示す。図 3-17 にはこれと対応する空間電位分

    布を示す。グローとその間の暗部の各領域には、19 世紀に真空放電を観測した研究者

    達の名前が付けられている。負グローから陽極までの間はプラズマ空間で殆ど電界が

    ない。負グローの境界から陰極まで間はシースであり、電極印加電圧の大部分はこの

    間の空間で降下するので陰極降下と呼ばれる。陰極降下はグロー放電の維持に重要な

    役割を果たしている。放電により陰極には陽イオン電流が流れ、一方陽極には電子電

    流が流れる。陰極面における陽イオンの電流密度はチャイルド・ラングミュアの式

    (3.15)によりシース電圧 V0 とシース間隔 ds により示すことができる。一方プリシース

    からシース端部に飛込むイオンの熱運動平均速度 v+は、プラズマ中の電子温度を Te

    とすると(kTe/M+)1/2 であるから、イオン電流密度の式(3.17)は次式のようになる。

    J+ = ens(kTe/M+)1/2 ・・・・・・ (3.18)

    (3.18)式はボームの基準式と呼ばれる。(3.15), (3.18)の二つの表示式は導き方が異なるが、

    いずれも同じ陰極流入陽イオン電流密度を表す。

    図 3-16 DC グロー放電

    交差線領域は強い発光(グロー)を示す

    図 3-17 DC グロー放電の電極間電位分布

    クルックス暗部領域が陰極降下に相当する

  • 56

    [グロー放電維持メカニズム]

    図 3-18 はグロー放電維持メカニズム

    を示す。主要電離は、陰極から放出さ

    れる電子が陰極降下空間で加速されて

    負グロー領域で気体分子と衝突するこ

    とにより行なわれる。陰極から放出さ

    れる電子は、陰極降下空間で加速され

    た陽イオンが陰極を衝撃して発生する。

    二次電子は空間で気体分子と衝突を繰

    返して電子・イオン雪崩を起こす。こ

    のような定常状態に達する前段階には

    宇宙線による電離が行なわれその電子

    が種となり放電に発展すると考えられ

    る。

    図 3-19 は陽イオン衝撃による 2 次イ

    オン放出係数のエネルギー依存性の 1

    例を示す。二次電子放出係数γは入射

    イオン 1個当り放出電子数の統計値で、

    単位は[電子/イオン]である。図は Ar+が

    Al ターゲットを衝撃する場合であり、

    放出係数は結晶面により異なるがいず

    れもイオンの衝撃エネルギーの増加に

    伴い増加する。

    図 3-18 により放電維持条件を、二次電子放出係数γと空間における累積電離衝突

    回数 n により表示してみよう。陰極に流れる電流 IC は陽イオン電流 I+、二次電子電流

    ICe の合計であるから次のようになる。

    IC = I+ + ICe = ( 1 +γ) I+ ・・・・・・ (3.19)

    陽極に流れる電子電流 IA は二次電子が平均 n 回電離衝突して発生した電子雪崩であ

    るから次のように示すことができる。

    IA = 2nICe = 2nγI+ ・・・・・・ (3.20)

    放電維持条件は IC = IA であるから次式が得られる。

    2n = 1 + 1/γ ・・・・・・ (3.21)

    陽イオン衝撃・2次電子放出

    図 3-18 グロー放電維持の陰極面における二次

    電子放出と空間における電子・イオン雪崩

    図 3-19 イオン衝撃 2 次電子放出係数

    Ar+ → Al(111), (100), (110)

  • 57

    (3.21)式に図 3-19 から 1keV の Ar+衝撃に対する二次電子放出係数γ=0.1[電子/イオン]を

    入れると n = 3.5 が得られる。これはグロー放電における大雑把な累積電離衝突回数

    の目安となる。

    [パッシェンの法則]

    図 3-20 に示すグロー放電の放電開始

    電圧と気体の圧力、電極間隔の相関性

    のデータはパッシェンの法則と呼ばれ

    る。横軸は放電圧力 p と電極間隔 d の

    積である。

    曲線はガスの種類により異なるが、

    いずれも最小放電開始電圧を与える pd

    積があり、pd 積がそのときの値よりも

    小さいくなるに従い急激に放電開始電

    圧が高くなる。また pd 積が大きくなる

    に従い緩やかに放電開始電圧が上昇す

    る。前者の傾向は電子と気体分子の電

    離衝突平均自由行程が電子の走行可能

    距離である電極間隔に近づき、電離衝

    突発生頻度が小さくなるからである。

    一方後者の傾向は pd積が大きいほど電

    子・気体分子の衝突の平均自由行程が

    短くなり、1 回の衝突と衝突の間に電子

    が加速を受けて獲得するエネルギーが

    小さくなるからである。ただこれらの

    放電特性の定性的解釈はできるが、定

    量的理論説明はできていない。しかし

    データは電極設計上有益である。特に

    放電を避けるべき部分の電極面に対向

    して静電シールドを設けるときに、その間隙設定は pd 積を十分小さくしてこの空間

    の放電開始電圧を電極印加電圧よりも十分高くするような配慮をする。

    図 3-21 は 1GHz のマイクロ波放電における放電開始電界と圧力の関係を示す。パッ

    シェンの法則とは異なり横軸は圧力、縦軸は電界強度で示される。周波数 10kHz の高

    周波からほぼ同様な傾向の放電特性があることが知られている。

    3.5 容量結合型 RF 放電(capacitive-coupled rf discharge)

    (1) 容量結合型 RF 放電のメカニズム

    DC グロー放電をするときには一対の電極は金属であることが暗黙の前提である。

    図 3-20 各種気体に対する放電開始電圧と

    pd 積に関するパッシェンの法則

    1GHz

    図 3-21 各種気体に対する高周波放電の放電

    開始電界(絶縁破壊電界)と圧力の関係

  • 58

    図 3-22 に示すように、その系でもし一方の電極表面を絶縁物で被覆して電圧-Vs を印

    加するとどうなるであろうか。それは図 3-23 に示すような等価電気回路において、ス

    イッチを入れてから起こる過渡現象を

    調べればいい。絶縁体表面の電位を V,

    その裏面の電位を Vs’とすると、スイッ

    チを入れた瞬間は V = Vs’であり回路抵

    抗 Rで与えられる電流 I = Vs/Rが流れ始

    める。絶縁体の表裏面の間の静電容量

    を C とすると、時間の経過と共に蓄積

    電荷 Q が蓄積し、電流 i、電位 V, Vs’の

    間には∫idt = Q = C(V-Vs’)の関係が成り

    立つ。十分長時間の後には I = 0, Q = CVs,

    Vs’ = Vs となる。図 3-24 は以上の絶縁体

    表面電位の時間的変化を示す。

    ここまで説明したように絶縁体で覆

    われた電極に DC 電圧を印加しても絶

    縁体表裏の間に電荷を充電する短時間は電流が流れるが、充電するに従い絶縁体表裏

    面の間の電圧は DC 電源出力電圧に近づき、絶縁体表面と対向電極の間の空間には殆

    ど電圧を印加することができず放電が継続しない。電圧印加を停止すると蓄積された

    電荷は次第に放電され、充電と逆の現象が起こりやがて電圧印加前の状態に戻る。充

    放電の時定数τは静電容量 C と放電抵抗 R の積で、τ = RC と表示される。DC 電源

    の代りに周期τの交流電源を使用すれば、上述の充電放電が自動的に行なわれる。実

    用的な装置で周期を計算すると相当周波数は 100kHz ~ 100MHz 程度となる。これはラ

    ジオの短波帯である RF 周波数であるから、RF 電圧を印加して放電を起こす方式を容

    量結合型 RF 放電と呼ぶ。

    V

    DC

    電源-Vs

    図 3-22 絶縁体で表面を被覆された電極に

    DC 電圧を印加するときの放電

    DC

    電源

    Vs’

    ∫idt =Q=C(V-Vs’)

    R

    放電の等価電気回路

    図3-23 絶縁体で表面を被覆された電極極にDC

    電圧を印加する場合の等価電気回路

    t = 0, i = VS/R, Q = 0, VS’ = V

    t =∞ , i = 0, Q = CVS , VS’ =VS

    図 3-24 電極表面電圧の時間的変化

  • 59

    しかし歴史的には RF 放電はこのように論理的考察から開始したのではなく、実際

    は 13.56MHzのRF工業用周波数の電圧を絶縁物の外部から印加すると放電が行なわれ

    ることが確認されて始まったのである。技術の実用化は往々にして新事実の発見が先

    行し、理論的解釈が続きそれにより改良され発展するが、RF 放電もその一例である。

    RF 放電は絶縁物電極を介して放電が可能なために、放電・プラズマ技術を非常に広

    い分野に応用する上で有益な技術である。例えば IC の微細加工のための RIE の加工

    対象は金属よりも絶縁物に近いシリコンウェーハ基板であり、加工面は絶縁物材料に

    より覆われており DC 放電では安定な持続放電は不可能であろう。またプラズマ CVD

    ではシリコンウェーハやガラス等の絶縁物基板上に絶縁体に近いシリコン薄膜や

    SiO2, Si3N4 等の絶縁物薄膜を堆積するから、DC 放電を利用することは考えられない。

    しかも RF 放電は絶縁体電極でなくても、金属電極でも同様に放電し、電極材料の絶

    縁性・導電性の相違に関係せず利用される。

    (2) RF 放電プラズマの特徴

    [DC, AC, RF 有電極放電の比較]

    DCグロー放電の電極構造でAC電圧を印加する場合には電極が半周期毎に反転する

    と考えればよく、両者の放電メカニズムに基本的な差異はない。これに対して容量結

    合型 RF 放電で使用する周波数は通常の交流よりも周波数が非常に大きい。放電維持

    は陰極降下と陽イオン衝撃による二次電子放出、及び空間における電子イオン雪崩で

    あるのは DC, AC, RF の 3 つの放電の共通事項であり、同じグロー放電の範疇にある。

    しかし RF 放電には通常の DC グロー放電とは異なる放電・プラズマ現象が起こる。3

    種類の放電を簡単に比較すると次のようになる。

    ① DC 放電:放電の特徴は陰極側の陰極降下にある。

    ② AC 放電:周波数≦1kHz、陰極・陽極が交互に反転、電子・イオン双方の振幅は大き

    い。

    ③ RF 放電:周波数≦1GHz、1 対の電極は共に陰極となる、電子の振幅は大きいがイ

    オンの振幅は小さい。

    [交番電界中の電子とイオンの振動]

    電界 E の空間における電荷 Q に働く力 F は次のように表示される。

    F = Q E ・・・・・・ (3.5)

    電界が角周波数ωの交番電界であるとすると、電荷 e、質量 m の電子及びイオンに対

    して、(3.5)式から次の運動方程式とその解が得られる。

    m d2x/dt2 = eE0cosωt, ・・・・・・ (3.22)

  • 60

    x = -A cosωt, ・・・・・・ (3.23)

    A = eE0 / mω2 = eE0 / (4π2mf2) ・・・・・・ (3.24)

    (3.23)式は振幅 A の単振動を示す。振幅は質量に反比例しまた周波数の 2 乗に反比例す

    る。陰極前面のシースの厚みが約 1cm、陰極降下が 100 ~ 1000V であると考えるとシー

    ス内の平均電界は 100 ~ 1000V/cm となる。この値を E0と考えると f = 10MHzのとき、(3.24)

    式から電子の振幅 Ae とアルゴンイオンの振幅 AAr が計算できて、Ae = 0.4 ~ 4 m, AAr = 0.05

    ~ 0.5 mm となる。 従って電子の振幅はシースの厚みよりずっと大きく装置の寸法レベ

    ルであり、RF 電界の振動に対応して大きな振幅で振動することがわかる。一方イオ

    ンの振幅はシースの厚みに比べて非常に小さく、RF 電界には応じた振動運動は殆ど

    しないと言える。RF 放電の電界中で電子は周波数に対応した振動運動をするのに対

    して陽イオンは DC 電界に対応した運動をするが、これは電子に比べてイオンの質量

    が非常に大きいために起こる特徴的現象である。

    以上の振幅の計算は典型的な RF 周波数に対して行われたものであるが、もっと広

    範囲の周波数変化に対する振幅を調べてみよう。図 3-25 は(3.24)式に従い単振動電界中

    における電子とイオンの振幅と周波数の関係を示す。図では E0 = 103, 105 V/cm の 2 つの

    電界に対して計算した結果を示す。周波数が大きい場合には電子も電界振動に対応す

    る大きな振幅の振動はしない。

    電子

    105V/cm

    103V/cm

    アルゴンイオン

    105V/cm

    103V/cm

    図 3-25 単振動電界中の電子とアルゴンイオンの振幅と周波数の関係

  • 61

    [RF 電極の自己バイアス電圧の発生]

    RF電極がプラズマに対して正

    電位にあるときには電極に電子

    が流入し、負電位にあるときに

    は陽イオンが流入する。しかし

    前述のように電子は RF 電極の

    電位変動に直ちに対応する電子

    電流が電極に流入するが、イオ

    ンは質量が非常に大きいために

    RF電極の変動に対応してイオン

    電流は殆ど流れない。従って電

    極表面が絶縁物で被覆されて浮

    遊電位にあれば、電極表面がプ

    ラズマに対して正電位にある半

    サイクルに電子が流入し蓄積し

    ていく。しかし蓄積した電子の

    ために電極表面は負に帯電して

    プラズマに対して負のバイアスが発生する。その結果生じた負バイアスにより陽イオ

    ンが電極表面に流入するようになる。最終的には負バイアスは電極ピーク電圧の約半

    分の大きさにまで発達し、電極表面が 1 サイクル中の非常に短い時間だけプラズマに

    対して正電位となる。そのときに流入するパルス的電子電流と負バイアスにより流入

    するを定常的イオン電流が均衡して定常状態が達成される。図 3-26 は RF 電極表面に

    負電位が発生する様子を示す。

    上述のようにプラズマに接する RF 電極には、プラズマに対して負のバイアス電圧

    が自動的に発生する。陽イオンはこの負バイアス電位により RF 電極に向って加速さ

    れるので、RF 電極は陽イオンに対して陰極として作用する。RF 電極を衝撃する陽イ

    オンのエネルギーを求める理論計算と実験的測定によりそれが正しいことが確認さ

    れている。

    [1 対の RF 電極の自己バイアス電圧]

    幾何学的に完全に対称な 1 対の RF 電極に電圧を印加して放電するとき、それぞれ

    の電極に発生する自己バイアス電位も対称だから 2 つの電極とプラズマの電位の関

    係は図 3-27 に示すようになる。このような放電をするためには電極が対称であるこ

    とに加え、RF 電源の出力も対称出力端方式(プッシュプル型電源)とせねばならない。

    しかし多くの装置では一方の電極はアース電位として、また RF 電源もアース電位に

    対して電圧を印加する方式である。この場合には金属製真空容器は常識的にアース電

    位とするから真空容器壁面も電極となり、プラズマに接する表面積はアース電極側の

    方が圧倒的に大きく、幾何学的に非対称な 1 対の RF 電極となる。ここでは図 3-28 に

    電極表面電位

    電極表面への流入電流

    図 3-26 RF 電極の自己バイアス電位の発生

    図の上段は RF 電源電圧、中段は RF 電極電位の時間的

    変動、下段は電極に流入する電子電流とイオン電流。ま

    た各段左側は放電開始初期、右側は平衡状態を示す。

  • 62

    示すように異なる表面積 S1, S2 の 2 つの

    電極に発生する自己バイアス電圧 V1, V2

    が一般的にどのように表示されるか考え

    てみよう。

    プラズマに接する電極に入射するイオ

    ン電流密度はチャイルド・ラングミュア

    の式から次のように表示される。

    J+ = (4ε0/9)(2e/M+)V03/2/ds2 ・・・・・・ (3.15)

    但し V0 はプラズマと電極間の電位差、ds

    はプラズマと電極の間に発生するシース

    の厚みである。プラズマの密度が両電極

    面近傍でも等しいと仮定すると、次式が

    成り立つ。

    V13/2 / d12 = V23/2 / d22 ・・・・・・ (3.25)

    一方両電極間に印加されるRF電圧は 2

    つのシースの作る静電容量 C1, C2 のイン

    ピーダンスにより分割されていると考え

    る。そして分割された RF 電圧 VRF1, VRF2

    は自己バイアス電圧 V1, V2 とほぼ等しい

    ので次式が得られる。

    VRF1/ VRF2 = V1/ V2 = C2/ C1 ・・・・・・ (3.26)

    シースの作る静電容量は電極表面積に

    比例しシースの厚みに反比例するから、

    両電極表面積を S1, S2 とすると次式が成り立つ。

    C1/ C2 = S1d2 / S2d1 ・・・・・・ (3.27)

    (3.25)~(3.27)式から次式が得られる。

    V1/ V2 = (S2 / S1 )4 ・・・・・・ (3.28)

    プラズマに接するアース電位の電極表面積 S2は絶縁電位の RF電極面積 S1よりも相

    プラズマ

    アノードカソード

    電位

    位置

    Vc

    Vp

    0

    C A

    V1

    V2

    V1 + V2 = VRF

    電極1 電極2

    電位

    電極1 電極2

    V1 + V2 = VRF

    図3-27 対称電極の電位分布

    図 3-27 対称 RF 電極の電位分布

    プラズマ電位の下の線はアース電位を

    示す

    図 3-28 非対称 RF 電極の電位分布

    電極 2 がアース電位である。V1 》V2 で

    あるから V1を陰極、V2 を陽極と呼ぶ。

  • 63

    当広いので V1 》V2, V1≒VRF となる。またこのため電極 1 は陰極、アース電位側の電

    極 2 は陽極と呼ばれる。このようにアース電位と RF 電極の間に電圧を印加する非対

    称電極構造の RF 放電の電位分布は、アース電位と陰極の間に DC 電圧を印加する放電

    とよく似ている。しかし厳密に言えばその場合でも RF 放電ではアース電極もプラズ

    マに対して負電位であり、弱いエネルギーではあるが陽イオンの衝撃を受け、この点

    が DC 放電とは異なる。

    (3) RF 放電負荷に対する整合

    図 3-29 に RF 放電負荷に対

    する整合を説明するために

    RF2 極スパッタ装置の構成を

    示す。アース電位の金属製真

    空容器 (vacuum chamber)内部

    に 基 板 ホ ル ダ ー (substrate

    support) 電極とターゲット

    (target)電極が設けられている。

    RF 電極とアース電位の間に

    RF 電圧を印加すると放電が

    起こり、2 つの電極の間にプ

    ラズマが発生する。RF 電極の裏面側の放電を防止するために、裏面側には RF 電極と

    狭い間隙を挟んでアースシールド(earth shield)を配置する。プラズマと電極の間の破線

    はイオンシース(ion sheath)の境界を示す。RF 電源(radio-frequecy generator)からターゲッ

    ト電極には絶縁コンデンサー(blocking capacitor)を介して RF 電圧が印加される。RF 電

    源との間には整合回路(matching network)が挿入される。またその前段には電力系が挿入

    されて進行波(forward power)Pf と反射

    波(reflected power)Pr を観測する。負荷

    への正味の投入電力 Pn は Pn = Pf - Pr で

    与えられ、整合がとれた状態では Pr =

    0 となる。

    図 3-30 は RF 放電の等価回路を示す。

    2 つの電極とプラズマの間は電極側が

    正電圧になれば電子電流が流れるがそ

    のときの抵抗値は 0 と考える。また電

    極側が負電圧になればイオン電流が流

    れるが、このときの自己バイアス電圧

    とイオン電流から計算される抵抗値を

    放電抵抗と考える。以上の DC 負荷に加

    えて、シースの面積と間隔で与えられ

    Earth Shield

    図 3-29 RF2 極スパッタ装置の構成

    RF電極

    アース電極

    プラズマ

    シース1

    シース2

    V1

    V2

    C R

    等価負荷

    図 3-30 RF 放電の等価回路(左)と整合回路の

    計算をするための負荷:等価負荷の静電容量

    C にはシースのほかに静電シールドの不要容

    量が加わる。

  • 64

    る静電容量が並列に接続されていると考える。図 3-29 に示すような実際の装置では

    アース電極の方が RF 電極に比べてプラズマに接する表面積が大きいから、図 3-30 左

    のシース 2 の電圧は無視してよい。整合回路を考える場合にはシース 1 の作る静電容

    量に加えて、RF 電極とその裏面側に設けられたアースシールドとの間の浮遊静電容

    量を考慮しなければならない。3.4(3)のパッシェンの法則で述べたように電極裏面の

    放電を防止するためにアースシールドと RF 電極の間隙は狭く 3~5 mm 程度とする。

    一方イオンシースの厚みは約 1cm 程度であるから、浮遊静電容量の方が大きい。整

    合回路について考える場合には図の左に示すように RF 放電装置の負荷は RF 電極側

    の放電抵抗 R と静電容量 C(イオンシースの作る静電容量とアースシールドの浮遊静

    電容量の和)が並列接続された等価負荷であると見做す。このときインピーダンス Z

    は角周波数をωとすると次のように複素数表示することができる。

    1/Z = 1/R + jωC ・・・・・・ (3.29)

    Z = R(1 – jωC) / [ 1 + (ωCR)2] = R’ + jX ・・・・・・ (3.30)

    但し j は単位虚数を示す。R’, X は並列接続負荷から変換された直列接続負荷表示の抵

    抗分とリアクタンス分であり、次のように表示される。

    R’ = R/ [ 1 + (ωCR)2], ・・・・・・ (3.31)

    X = -ωCR2/ [ 1 + (ωCR)2 ] ・・・・・・ (3.32)

    一方放電負荷に流れる電流 I は次のようになる。

    I = VRF/Z = IR + jIX = VRF/R + jVRFωC ・・・・・・ (3.33)

    DC グロー放電の電圧電流特性から、単位面積あたりの放電コンダクタンスは 1 ~ 2

    μmoh/cm2 である。また静電容量は 0.2 ~ 0.4 pF/cm2 となる。直径 10 cm 程度の電極に

    13.56MHz の周波数の RF 電圧を印加する放電の場合について以上の計算を当てはめる

    と、R = 1kΩ, 1/ωC = 100Ω, R’ = 10Ω, X = -100Ωj となる。更に VRF = 1kV とすれば、IR = 1A,

    IX = -10Aj となる。これらは RF 放電を利用する装置の典型的な値である。

    最後に RF 放電負荷の整合回路について説明する。放電に使うための市販の RF 電

    源の出力インピーダンスは 50Ωに調整されており、そのまま(3.30)で示されるような

    複素インピーダンスの負荷に接続しても効率よくパワーを投入することができない。

    負荷と電源の間に整合回路を挿入して、電源側から見た負荷が 50Ωになるように調

    整せねばならない。整合回路の形は負荷の抵抗成分 R’が電源出力インピーダンスよ

    り大きいか小さいかにより異なる。典型的な放電装置では上述のように R’ = 10Ωであ

    り、電源出力インピーダンスより小さい。このときの整合回路は図 3-31 に示すよう

    な形にする。このとき RF 電源の負荷インピーダンス Z は次のように表示できる。

  • 65

    Z = [R + j{ωL(1-ω2LC) – ωR2C}]

    ÷[(1-ω2LC) + (ωRC)2] ・・・・・・ (3.34)

    整合の条件は負荷インピーダンスの実数部

    が電源出力インピーダンス R0 と等しくなり、

    虚数部が 0 となることであるから次式が得ら

    れる。

    R0 = R/[ (1-ω2LC)2 + (ωRC)2], ・・・・・・ (3.35)

    ωL(1-ω2LC) – ωR2C = 0 ・・・・・・ (3.36)

    これを充たす L, C は次のように表示される。

    ωL = [(R0 - R)R]1/2 ・・・・・・ (3.37)

    ωC = [(R0/R – 1)]1/2÷R ・・・・・・ (3.38)

    図 3-32 に実際の整合器とその回路を示す。

    (3.37), (3.38)式の整合条件を充たすように L, C

    の値を調整する。可変インダクタンス素子よ

    りも可変キャパシタンス素子の方が扱い易

    いので実際の回路では図に示すように過剰

    な L 成分の B をコンデンサ C で打ち消すこ

    とにより調整するような回路構成とする。

    (3.33)式で示すように装置に流れる電流は

    I = IR + jIX と表示される。IR は放電電流であり、

    IX は静電容量に流れる高周波電流である。

    IX 》IR であるから、電流供給回路で生じる高

    周波電流 IX による比較的大きな電力損失を

    抑制するよう注意せねばならない。高周波電

    流は表皮効果により導体表面しか流れない

    ので、電流供給回路配線には表面積の大きな

    幅の広い金属板とか網導線をよく使う。表皮

    の厚みδは導体の透磁率をμ、電気伝導度を

    σ、周波数を f とすると、δ = (πμσf) -1/2

    で与えられる。透磁率の高い金属材料である

    鉄、ニッケル等はδが小さいので抵抗値が高く、高周波電流回路への使用を避ける。

    RF 放電装置の真空容器を含むアース電位部も高周波電流の帰還回路に含まれるので

    電力損失を抑制するよう注意せねばならない。

    R’

    図 3-31 R’<50Ωの場合の整合回路

    図 3-32 RF 整合器(上)とその回路

    (下):A(可変真空コンデンサ), B(コイ

    ル), C(可変真空コンデンサ), D(固定

    コンデンサ)は上の写真に対応する

    回路素子

  • 66

    3.6 無電極放電

    容量結合型 RF 放電で 1 対の電極間に電圧を印加して放電する方式に対して、電極

    を設けずに電界を発生させ放電する方式を無電極放電と呼ぶ。工業的によく利用され

    るのは次に示す 2 種類の高周波誘導放電方式と 4 種類の電磁波放電方式である。非常

    に簡単な説明とそれらの放電を利用する装置の構成を示す。

    ① 円筒誘導コイル型高周波誘導放電方式:円筒型コイルに流す高周波電流が作る誘

    導電界を利用して放電する。13.56MHz の周波数を使うことが多い。図 3-33 参照。

    ② 平面誘導コイル型高周波誘導放電方式:平面型コイルに流す高周波電流が作る誘

    導電界を利用して放電する。図 3-34 参照

    ③ レゾネーター・アンテナ型放電方式:円環または円筒コイル状のアンテナを高周

    波共鳴状態にして放電する。3 ~ 30 MHz の周波数を使うことが多い。図 3-35 参照。

    ④ ECR(電子サイクロトロン共鳴、electron-cyclotron resonance)放電方式:磁界中のマイ

    クロ波による電子のサイクロトロン共鳴現象を利用して電子を加速して放電する。

    2.45GHz の周波数と 875G の磁界の組合せが実用化されている。図 3-36 参照。

    図 3-33 円筒誘導コイル型高周波誘導放電

    誘導型放電を利用した装置

    図 3-35 レゾネータ・アンテナ型放電を利用

    した装置

    図 3-34 平面誘導コイル型高周波誘導放電を利

    用した装置

    図 3-36 ECR 放電を利用した P-CVD 装置

  • 67

    ⑤ 表面マイクロ波放電方式:誘電

    体窓を介してマイクロ波を導入

    して生ずる表面マイクロ波によ

    り放電する。

    ⑥ ヘリコン波放電方式:円筒コイ

    ルアンテナと磁場を組合せてヘ

    リコン波と呼ぶ電磁波を発生さ

    せその中で放電を起こす。

    13.56MHzの周波数と 100Gの磁界

    の組合せが実用化されている。

    図 3-37 参照。

    3.7 マグネトロン放電

    マグネトロン放電は電界と磁界が直行する空間における電子の特殊な運動を利用

    する。名前の由来は電子の運動が、マイクロ波真空管の 1 種類であるマグネトロンの

    内部における電子の運動に類似することである。歴史的に初期のマグネトロン放電は、

    真空管のマグネトロンと同様に、円柱陰極とそれを包囲する同軸円筒陽極に軸方向の

    磁界を組合せた電極構造で行なわれた。その後陰極を平面状にする電極構造が発明さ

    れてスパッタ装置に応用されて、広く使われるようになった。

    図 3-38 ~40 に円形平板マグネトロンカソードの構造と磁力線及び電子の運動の様子

    を示す。特殊な磁気トンネル型磁界分布を形成するために、多数の弧状磁力線が陰極

    表面から出て離れた場所に入るような工夫がなされている。カソードの裏面側には円

    柱と円環の一対の磁石が配置され、中心部の円柱磁極から図の破線で示すように磁力

    線が出て外周部の円環磁極に入り、磁力線のトンネルが形成される。トンネルはカソ

    ード面を覆い一周して出口入口がない。磁気トンネルの中心部分では、シース中に形

    成されるカソード面に垂直な電気力線とカソード面に平行な磁力線が直行するが、そ

    こではカソードから飛び出た電子がトロコイド曲線を描きながら図に示すようにト

    ンネルに沿って周回する。トロコイドの円回転の角速度ωB はラーマの角周波数と呼

    ばれ、カソード面に平行な電子の移動速度 vd はドリフト速度と呼ばれる。電子の質量

    を me、電界 E、磁界 B を均一であるとして近似するとωB, vd はそれぞれ次式で与えら

    れる。

    ωB = eB/me ・・・・・・ (3.39)

    vd = E/B ・・・・・・ (3.40)

    トロコイド曲線の円回転運動の半径はカソード面を飛び出る電子の初速度と方行

    により異なる。もし初速度を 0 とすると、電子の軌跡はサイクロイドになり、その円

    回転半径 rc は次式で与えられる。

    図 3-37 ヘリコン波放電を利用した装置

  • 68

    rc = (me/e)(E/B2) ・・・・・ (3.41)

    図 3-38 にはカソード面を初速度 0 で飛び出す電子の作るサイクロイド曲線の軌跡を

    示す。サイクロイドのカソード面からの高さは 2rc で与えられる。カソード面から飛

    び出す電子の初速度を 0 とする仮定は妥当であり、従って図の電子の軌跡も正しい。

    しかし空間でガス分子と衝突すると、その後の電子の軌跡は衝突後の初速度に従うト

    ロコイド曲線となり、サイクロイドよりも複雑な曲線となる。

    湾曲した磁力線の作る磁気トンネルは、トロコイド運動をする電子を閉じ込め、気

    体分子と衝突頻度を高くして高密度のプラズマを作る。

    図 3-38 では電界のあるシース中の電子の運動について述べたが、図 3-39, 40 には電

    界のないプラズマ中における電子の運動を示す。

    先ず図 3-39 により、磁界に垂直な方行のドリフト運動について説明する。電界がな

    いとき磁力線の方行を z 軸としてそれに垂直な面を xy 面とすると、電子は xy 面内で

    等速円運動を行いその回転角速度は(3.39)式で示すωB で与えられ、その回転半径 Rxy

    は xy 面内の電子の運動エネルギーを Exy とする次式で与えられる。

    Rxy = (2meExy)1/2 /(eB) ・・・・・・ (3.42)

    図 3-38 円形平板マグネトロンカソードの電極構造と磁力線及び電子の運動の様子

    湾曲した磁力線がカソード面上に閉じたトンネルを形成し、ドリフト電子トンネル内部を周回運

    動してその途中で気体分子と衝突して電離する。磁力線は電子閉じ込め高密度プラズマを作る。

  • 69

    回転運動する電子は磁界の方行に向き大きさがμM の磁気モーメントベクトルを持つ。

    ここでμM ≡ Exy/B である。磁場が変化しても磁気モーメントを一定に保ちながら電

    子は湾曲した磁力線に巻き付いて移動する。磁界強度の空間的変化をする中で電子が

    運動する影響と、磁力線が湾曲した磁力線に沿う電子の円運動の影響との双方から、

    電子は図 3-39 に示すように磁界 B に垂直な方行の力 F が作用し、その結果 vD で示す

    磁力線に直角な方行のドリフト速度を持つ運動をする。

    次に図 3-40 により、磁界に平行な方行の電子の運動について説明する。磁力線に巻

    き付いて移動する電子の磁界方行に働く力 Fz は Fz = -μM ∂B /∂z で与えられる。こ

    れは磁界の弱くなる方行(∂B/∂z<0)に進む電子には前方に押し出す力として働き、磁

    界が強くなる方行(∂B/∂z>0)に進む電子には後方に推し戻す力として働く。磁界の

    強さはカソード面から離れるに従い弱くなる。従って図に示すように、電子はカソー

    ドから出て磁力線に沿って押し出され再びカソードに近づくが推し戻される往復運

    動を繰返す。

    図 3-39 電界のないプラズマ中に湾曲した磁力

    線があるとき電子に働く力と電子の運動(1):電

    子には磁界 B に垂直な力 F が作用して、湾曲し

    た磁力線に垂直な方行にドリフト速度 vD で移

    動する。

    図 3-40 電界のないプラズマ中に湾曲した磁力

    線があるとき電子に働く力と電子の運動(2):磁

    力線に巻き付き移動する電子には磁界が弱くな

    る方行に押し出し磁界が強くなる方行に押し戻

    す力 F が働くので、磁力線に沿って往復する。

  • 70

    図 3-41 は各種放電方式

    における電極印加電圧と

    陰極に流入する陽イオン

    電流の関係を示す。この

    中で 4 極方式は熱フィラ

    メント陰極と陽極の間の

    熱電子衝撃による放電を

    利用してプラズマを作り、

    それとは別の陰極に電圧

    を印加して陽イオン電流

    を得る。プラズマ密度は

    フィラメントと陽極の間

    に流れる放電電流で決ま

    るために、陽イオン電流

    密度は別に設けた陰極電

    圧依存性がない。4 極方式、

    RF2 極方式、DC2 極方式は

    いずれも典型的な陽イオ

    ン電流密度が 1mA/cm2 で

    あるが、マグネトロン方

    式は 10 ~ 100mA/cm2 の大

    きな陽イオン電流密度を

    得ることができる。

    3.8 プラズマ計測

    (1) 代表的プラズマ計測法

    プラズマの諸特性を測定するためには通常次の 4 種類の方法がよく使われる。以下

    (2), (3)には簡便に使用できる①③について説明する。

    ① ラングミュアプローブ:プローブ(探針、probe)に印加した電圧を走査し電圧電流特

    性を測定してプラズマ密度、電子温度、電子エネルギー分布、空間電位を求める。

    ② マイクロ波干渉計:プラズマにマイクロ波を照射してその吸収量を測定しプラズ

    マ密度を求める。

    ③ 分光分析:プラズマから放射される光の波長スペクトルを観測して励起粒子の種

    類と量を求める。

    ④ イオンエネルギー分析:プラズマ中のイオン種は質量分析計で測定し、イオンエ

    ネルギー分布はエネルギー分析器で測定する。

    電極電圧 (V)

    陰極流入イオン電流密度

    (m

    A/c

    m2)

    逆円錐マグネトロン円筒同軸マグネトロン

    平板マグネトロン

    図 3-41 各種放電方式の電極印加電圧と陰極流入イオン電流

    密度の関係:DC2 極放電、容量結合型 RF 放電と比較してマグ

    ネトロン放電は低電圧で大きな陽イオン電流が得られる。

  • 71

    (2) ラングミュアプローブ

    図 3-42 に単針型ラングミュアプローブ

    の構造例を示す。プローブ(探針)は絶縁

    物細管の中に挿入した金属線の先端が尐

    しだけ外部に露出した簡単な形状である。

    先端部を測定すべき箇所に置いて電圧を

    走査すると図 3-43 のような電圧電流曲線

    が得られる。電流が 0 となる点が浮遊電

    位 Vw (ウォールポテンシャル)である。プ

    ラズマに対して Vw よりも十分低い電位

    をネガテイブプローブ、十分高い電位を

    ポジテイブプローブと呼ぶ。ネガテイブ

    プローブではイオン飽和電流が流れ、ポ

    ジテイブプローブでは電子飽和電流が流

    れる。そしてネガテイブプローブとポジ

    テイブプローブの中間領域では電圧に依

    存する電子電流が流れる。

    [ネガテイブプローブ]

    プローブ電位が Vw よりも十分低いと、

    プローブ表面近傍にシースが生じ、プロ

    ーブには電位依存性のない飽和イオン電流が流入する。飽和イオン電流 I+はプローブ

    の表面積を A、シース端部のプラズマ密度を ns、プラズマからシースに飛込むイオン

    の平均速度を v+とすると(3.17), (3.18)式から次式のように表示できる。

    I+ = ensv+A, ・・・・・・ (3.43)

    v+ = (kTe/M+)1/2 ・・・・・・(3.44)

    一方プラズマ密度 n0 とシース端部のプラズマ密度 ns の間には次の関係がある。

    n0 = (ε)1/2ns ≒ ns/0.61 ・・・・・・ (3.45)

    但しεは自然対数の底である。(3.42) ~ (3.44)式から、もしプラズマ中の電子温度 Te が

    わかっていればプラズマ密度 n0 を求めることができる。電子温度は後に述べるように

    電圧依存特性曲線から求められる。

    [ポジテイブプローブ]

    飽和電子電流を Iesatとすると、シース端部に入射する電子の平均速度を ve として次

    図 3-42 ラングミュアプローブ(単針)

    ポジテイブプローブ

    Iesat(電子飽和電流)

    ネガテイブプローブI +(イオン飽和電流)

    Vw(浮遊電位)VB(プラズマ電位)

    プローブ電圧

    プローブ電流

    図 3-43 プローブの電流電圧特性

  • 72

    のように表示される。

    Iesat = (1/4) ensveA ・・・・・・ (3.46)

    実際にはポジテイブプローブの飽和はネガテイブプローブの飽和ほど明確ではなく、

    プローブ電圧を上げると緩やかに電流が増加する。これはプラズマよりも高いプロー

    ブ電圧によりプラズマ中の電子を加速して電離衝突が発生する影響である。従って

    (3.45)式を用いて電子密度とか電子速度の精度の高い計算をするのは無理である。しか

    しポジテイブプローブの電流増加が始る変曲点をバルクプラズマの電位 VB と考えて、

    図 3-43 に示すようにグラフ上からその値を求めることができる。

    [電圧依存電流特性領域]

    バルクプラズマの電位を VB、プローブ電

    位を Vp とするとプローブ電子電流 Ie は次の

    ように表示される。

    Ie = (1/4)ensveAexp[(VB - Vp) /Te], ・・・・・・ (3.47)

    ve = [(8kTe)/(πme)]1/2 ・・・・・・ (3.48)

    但し me は電子の質量である。(3.46), (3.47)か

    ら次の関係が得られる。

    ln ( Ie / Iesat ) = (VB – Vp) / Te ・・・・・・ (3.49)

    (3.46)式から電子電流の方対数グラフの傾きが 1/Te に比例することがわかる。図 3-44

    は電子電流のプローブ電圧依存性の方対数グラフを示す。こうして電子温度を計算に

    より求めることができる。この電子温度を用いてネガテイブプローブ特性からプラズ

    マ密度も計算できる。

    プローブを移動してプラズマ中の位置を変化させながら、電圧電流特性を調べると

    放電空間内部のプラズマ密度や電位の分布を調べることができる。

    (3) プラズマ分光分析

    プラズマからの放射光を解析すると原子・分子の励起状態や分子の解離状態がわか

    る。励起原子・分子の密度、放電・プラズマ空間の構造と時間的変動、分子の回転温度

    等が測定できる。ラングミュアプローブによる計測ではプラズマ中にプローブを挿入

    するのに対して、分光分析は系を乱さず測定できる利点がある。

    図 3-45 は RIE 装置における放電中の発光分光スペクトル例である。同じ装置で同じ

    (C4F8 + H2)の混合ガスを用いて Si のエッチングをしているが、上下のスペクトルの相

    プラズマ電位 VB

    電子飽和電流 Iesat

    プローブ電圧 Vp

    log (

    I e)

    Δ V

    θ

    図 3-44 プローブ特性の方対数プロット

  • 73

    違は異なる投入放電電力に対応する。

    図 3-46 は同じ装置で Si のエッチング速度を F ラジカルと CF2 ラジカルの発光強度

    比をプロットした結果を示す。固体の Si は F ラジカルと Si + 4F → SiF4 の化学反応を

    起こしエッチングされるが、エッチング速度は F ラジカル濃度に比例することが示さ

    れている。

    このように分光分析はプロセス中の分子や原子の状態を解析して、起きている現象

    を理解するために有益である。また分光スペクトル強度を観測してプロセスのモニタ

    リングに利用することができる。

    3.9 放電・プラズマの問題

    (1) プラズマとは何か説明しなさい。多くのデバイスプロセスで使われるプラズマは

    どのようなプラズマか。

    (2) 具体的なプラズマを応用したプロセスを 3 種類あげなさい。それらにおいてプラ

    ズマを使う利点を述べなさい。

    (3) プラズマ中における電子と原子や分子等との衝突のタイプを 3 種類あげなさい。

    それはプラズマの発生、維持、消滅とどのような関係があるか説明せよ。

    (4) 放電を起す電子とガス分子の衝突では電子の衝突エネルギーにより衝突断面積が

    変わる。電子とアルゴンガス分子の半径を re, rA, 衝突断面積をσ,アルゴンガス分

    子密度を nA とすると平均自由行程λは次のような表示式で与えられる: λ =

    1/[π(re + rA)2nA] = 1/(σnA).

    電子の運動エネルギーが 20eV, 100eV, 1keV の 3 つの場合について、この式及び電

    子とアルゴンのイオン化衝突断面積のグラフからアルゴンガス圧力1Pa, 300Kのと

    きの電子の電離衝突平均自由行程を求めなさい。更にその 3 つの値をアルゴンガ

    ス分子同士の衝突の均自由行程の大きさと比較し、それぞれ何倍かあるいは何分

    PowerSource ; 500W

    Bias ; 750W

    CF2

    C2

    C2

    C2H H

    F

    PowerSource ; 1750W

    Bias ; 200W

    CF2

    C2

    C2

    C2SiF

    Si H H F

    C4F8/H2 = 20/20sccm10 mTorr

    250 350 450 550 650 750

    Wavelength (nm)

    図 3-45 RIE 装置における(C4F8 + H2)混合ガスの

    発光分光スペクトル:上下は放電投入電力に応

    じて異なる解離を示すスペクトルの観測例

    図 3-46 RIE装置におけるSiのエッチング速

    度と F/CF2 スペクトル強度比:Si のエッチン

    グ速度は F ラジカル濃度に比例する

  • 74

    の 1 か計算しなさい。但しアルゴンガス分子同士の衝突の平均自由行程は上記式

    で電子半径 re の代わりに rA を使い、 2rA = dA = 0.367nm を用いて計算すること。

    (5) プラズマ中には荷電粒子があるにも拘らず長距離の電界が存在しないことを説明

    しなさい。

    (6) プラズマに接する壁があるときに、壁近傍の空間ではプラズマが中性であり電界

    がない状態が保たれない。壁から充分離れたバルクプラズマから壁に近づくに従

    いどのように空間の状態が変わるか説明しなさい。

    (7) DC グロー放電が持続的に維持される条件について考えよう。陽イオン衝撃により

    カソード表面から放出される二次電子の放出係数をγ、放出二次電子がカソード

    フォール内を走行して陽光柱端部に到達するまでにガス分子と電離衝突 を起す

    累積回数を n 回とする。放電維持のためにγ, n の充たすべき関係を数式表示しな

    さい。次にアルゴンイオン衝撃に対するアルミニウムの二次電子放出係数として

    エネルギー1keV のときの値(テキスト図 3-19)を使って前問の式から放電維持に必

    要な累積衝突回数を計算しなさい。

    (8) ラングミュアプローブによる測定からプラズマ密度の計算をしてみる。プローブ

    の捕集面積が 2×2mm2 の矩形タンタル箔を用いて原子量 40 のアルゴンガスプラズ

    マ中で 100μA の飽和イオン電流が得られた。電子温度が 2eV のときプラズマ密度

    はおよそいくらか。(ネガテイブプローブの式を使うこと。)

    (9) テキスト p59 の絶縁体表面を持つ電極に交流を印加する時の電流と電極の電圧及

    び蓄積電荷の関係式∫idt = CVから i = CdV/dtと書くことができる。V =V0cosωt, i = i0sin

    ωt とすると、与えられた C, V に対して交流電流 i0 の値を周波数 f(= ω/2π)の関数

    として表示できる。この関係を使って次の問題を計算により求めよ。

    RF 電極に厚み 2.5mm の溶融石英ターゲットを取付けた RF スパッタ装置を考え

    る。このとき石英板ターゲットの静電容量は約 1pF/cm2 である。印加電圧が 1kV の

    ときRF電極面の放電電流密度として1mA/cm2 を充たすための必要周波数はいくら

    か。

    (10) 13.56MHz の RF 放電により RF 電極にはプラズマに対して 1kV の負の自己バイアス

    電圧が生じておりまたプラズマとの間に厚さ 1cm のシースができていると考える。

    シース内電界を均一であると近似してこの中におけるアルゴンイオンの RF 電界

    による単振動の振幅を計算せよ。

    (11) 容量結合型 RF 電極の面積比が 1:4 の非対称の場合は小面積 RF 電極をカソードと

    し大面積電極をアノードとする DC 放電に近いことを説明せよ。

    (12) 初期エネルギー0 のイオンが電圧 V0, 厚み s の無衝突チャイルドーラングミュア

    型シースを走行する時間 tは t =3s /v +であることを示せ。但しM +をイオン質量、e を

    イオンの電荷量として、v + = (2eV0/M +)1/2 とする。

    (13) 問題 12 の結果を用いて問題 10 に示す RF 放電条件においてシースの端から出発

    して RF 電極まで無衝突で走るアルゴンイオンの走行時間を計算せよ。更にこのア

    ルゴンイオン走行時間が高周波の何周期に相当するか計算せよ。