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- 17 - 5)タイ 1)タイの食文化 タイの本来の食文化は、各家庭に伝わっている「おばあちゃんの味」に沿って調理し、 家族そろって食事をとるという姿であった。食事は主食の米に魚や肉、野菜等の副食を、 煮る焼く等の調理法、料理の色彩や味付けなどをバランス良く配するものであった。 現代タイ、特にバンコクの家庭では共働きが一般的であることから、女性は通勤や仕事 で忙しくなり、家族の食事は外食や、屋台、食堂で調理済みの総菜を購入して家で食べる という姿が一般化し、家庭で調理する機会は激減している。 食材や料理もスパゲティ等の西洋料理や、寿司等の日本料理を食べる機会が多くなり、 タイの人々の味覚にも変化が出てきているといわれている。また一方では、健康志向の高 まり等から、伝統的なタイ料理への回帰もみられるという指摘もある。 2)タイの食文化の継承・普及活動 タイでは、民間によるタイの食文化の継承・普及活動は料理学校での伝統的なタイ料理 法の教授等に限られており、むしろ政府によるタイ食品・食材の輸出拡大、タイレストラ ンの海外展開振興を目的とした諸施策とあいまって、本物のタイの味を継承・普及させる 活動が行われている。 3)タイ・セレクト タイ・セレクトは、タイ国内外のタイ料理レストランで、本物のタイ料理を提供してい るレストランであることを、タイ国政府国際貿易振興局(Department of International Trade Promotion: DITP)が認定する制度である。DITP は、タイ・ブランドの認定プロジ ェクトを推進するなかで、2006 年にタイレストラン分野の認定を「タイ・セレクト」とし て分離独立させるとともに、 2012 年にはタイ国内のレストランやレトルト食品等のタイの 加工食品も認定対象に拡大し、その後はタイ料理レシピも認定対象に加えた。 現在は、タイ・セレクト・プレミアムとタイ・セレクトの2つの認定があり、タイ・セ レクト・プレミアムレストランは、5つ星以上のハイレベルレストランであることを示し、 その認定を受けるには、評価点の 85%以上を獲得しなければならない。一方、タイ・セレ クトは、3つ星~4つ星のレベルであることを示し、その認定を受けるには、評価点の 75 84%を獲得しなければならない。 2 タイ・セレクト・プレミアム(左)とタイ・セレクトのロゴマーク 4)タイ・セレクトの成果 海外では徐々にタイ・セレクトに対する関心も高まってきており、海外で認定を受けた タイ・セレクトレストランの数は、過去 2 年間で 1,200 店補(2012 年)から 1,550 店舗(2013 年)に増加した(日本は 2013 9 月末現在 100 店舗)。 タイ料理の人気が高まってきていることから、タイの調味料やカレーペースト等のタイ 料理の調理に不可欠な加工食品(エビ等の食材一般ではなく)の輸出が増加している。

5)タイ - maff.go.jp...Trade Promotion: DITP )が認定する制度である。DITP は、タイ・ブランドの認定プロジ ェクトを推進するなかで、2006 年にタイレストラン分野の認定を「タイ・セレクト」とし

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(5)タイ

1)タイの食文化

タイの本来の食文化は、各家庭に伝わっている「おばあちゃんの味」に沿って調理し、

家族そろって食事をとるという姿であった。食事は主食の米に魚や肉、野菜等の副食を、

煮る焼く等の調理法、料理の色彩や味付けなどをバランス良く配するものであった。 現代タイ、特にバンコクの家庭では共働きが一般的であることから、女性は通勤や仕事

で忙しくなり、家族の食事は外食や、屋台、食堂で調理済みの総菜を購入して家で食べる

という姿が一般化し、家庭で調理する機会は激減している。 食材や料理もスパゲティ等の西洋料理や、寿司等の日本料理を食べる機会が多くなり、

タイの人々の味覚にも変化が出てきているといわれている。また一方では、健康志向の高

まり等から、伝統的なタイ料理への回帰もみられるという指摘もある。

2)タイの食文化の継承・普及活動

タイでは、民間によるタイの食文化の継承・普及活動は料理学校での伝統的なタイ料理

法の教授等に限られており、むしろ政府によるタイ食品・食材の輸出拡大、タイレストラ

ンの海外展開振興を目的とした諸施策とあいまって、本物のタイの味を継承・普及させる

活動が行われている。

3)タイ・セレクト

タイ・セレクトは、タイ国内外のタイ料理レストランで、本物のタイ料理を提供してい

るレストランであることを、タイ国政府国際貿易振興局(Department of International Trade Promotion: DITP)が認定する制度である。DITP は、タイ・ブランドの認定プロジ

ェクトを推進するなかで、2006 年にタイレストラン分野の認定を「タイ・セレクト」とし

て分離独立させるとともに、2012 年にはタイ国内のレストランやレトルト食品等のタイの

加工食品も認定対象に拡大し、その後はタイ料理レシピも認定対象に加えた。 現在は、タイ・セレクト・プレミアムとタイ・セレクトの2つの認定があり、タイ・セ

レクト・プレミアムレストランは、5つ星以上のハイレベルレストランであることを示し、

その認定を受けるには、評価点の 85%以上を獲得しなければならない。一方、タイ・セレ

クトは、3つ星~4つ星のレベルであることを示し、その認定を受けるには、評価点の 75~84%を獲得しなければならない。

図 2 タイ・セレクト・プレミアム(左)とタイ・セレクトのロゴマーク

4)タイ・セレクトの成果

海外では徐々にタイ・セレクトに対する関心も高まってきており、海外で認定を受けた

タイ・セレクトレストランの数は、過去 2 年間で 1,200 店補(2012 年)から 1,550 店舗(2013年)に増加した(日本は 2013 年 9 月末現在 100 店舗)。 タイ料理の人気が高まってきていることから、タイの調味料やカレーペースト等のタイ

料理の調理に不可欠な加工食品(エビ等の食材一般ではなく)の輸出が増加している。

Page 2: 5)タイ - maff.go.jp...Trade Promotion: DITP )が認定する制度である。DITP は、タイ・ブランドの認定プロジ ェクトを推進するなかで、2006 年にタイレストラン分野の認定を「タイ・セレクト」とし

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5)タイ・デリシャス

一方、タイ政府科学技術省イノベーション庁(National Innovation Agency, NIA)は、

フードサイエンス、フードテクノロジーを駆使して本物のタイ料理の味そのものの標準化

に取り組んでいる。タイ・デリシャスは、世界に展開されているタイ料理のレベルの向上

を当面の目標とした。世界には多くのタイレストランがあるが、本物のタイ料理とは異な

るタイ料理を提供しているタイレストランも少なくない。タイで食べたのと同じ美味しさ

のタイ料理が各国で食べられるようにすることを目指した。 現在、タイ・デリシャスでは、タイ料理の代表的な 11 のメニューについて味の標準化を

行い、標準レシピを完成・公開するとともに、味覚センサー(e-Delicious)による科学的

な味の確定を行った。コンパクト化されたタイ料理専用のセンサーにより、調理したタイ

料理の味が基準内に収まるかどうかをチェックすることができる。標準である本来のタイ

料理であるかどうかは、甘い・辛い等の味と香りを含めた評価項目が、数値で示された基

準の範囲内に収まっているどうかで評価される。 (現在標準化され、公開されている 11 品目のメニュー)

・グリーンカレー ・ナムプリックヌン

・マスマンカレー ・ナムプリックオン

・パッタイ ・サイウア

・トムヤムクン濃い ・イエローカレー

・トムヤムクン薄い味 ・ソートカイコーレ

・カウソーイ(カレーラーメン)

図 3 ポータブルセンサー(左)と分析結果

タイ料理は多様なハーブを使用しなければ本来の味が出せないが、タイ料理に使用する

ハーブによっては、薬物等の扱いとなり輸入できないものもある。こうした障害を克服す

るため、NIA はタイ料理に必要なハーブを全て加えた調味ペーストを開発し、海外でも容

易に本来のタイ料理の味が出せるように製品化した。しかし、現段階では同ペーストの商

業生産・販売はまだ行われていない。

表 2 タイの調味料等加工食品(ingredients)の輸出額

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6)タイ・デリシャスの今後

タイ・デリシャスの今後についての方向性について NIA は、以下のように考えている。

① 味覚センサーのさらなる開発

これからの飲食業界では、e-Delicious で開発したような味覚センサーに対するニーズが

世界的に高まると考えている。現在 NIA で開発した味覚センサーは、タイ料理の味覚分析

に特化しており、タイ料理に欠かせない香り(アロマ)の分析に重点を置いている。タイ・

デリシャスにおける味の標準化を推進するためにはさらに、タイ料理独特の粘りけなどが

分析できるような味覚センサーが必要であり、こうした次の段階の味覚センサーの開発が

当面の課題である。 ②標準メニューの拡大

現在すでに、タイの代表的な料理 11 品目のメニューに関して標準化を行ったが、今後は

さらにメニューを拡大し、30品目のメニューを目標にタイ料理の標準化に取り組んでいく。 ③世界標準に向けての取組

タイ・デリシャスの実用化にむけて世界規模での標準化推進を検討している。その際重

要となるのは、タイ国内での標準となる美味しさを各国に押しつけるのではなく、各国の

味覚特性を反映したタイ・デリシャスの標準を提示することであると考えている。そこで

NIA は、現在世界の主な味覚について、下記のような 4 つの代表的な地域を選定した。各

地域では、甘さやしょっぱさ、辛さ酸っぱさについて、各地域の味覚特性に沿って、タイ

の標準より許容範囲を広げることを検討している。ただし、必要不可欠な食材の使用や、

色や香り、食感等は料理固有の特性なのでタイの標準を堅持する方向である。 (下記は現在 NIA が検討している代表的な味覚の地域性) ・ヨーロッパの味覚 ・オーストラリアの味覚 ・日本の味覚(台湾、韓国を含める) ・中国の味覚 また、タイ料理に不可欠なハーブや香辛料等については、すでに調味ペーストを開発い

ており、今後この調味ペーストをどのように商品化し、普及させるかを検討している。

④タイ・デリシャスによる認証

タイ・デリシャスによるメニュー等の認証に関しては検討している段階である。すでに

タイ料理に関しては、レストランを対象としたタイ・セレクトによる認証制度があるが、

タイ・デリシャスによる認証制度の場合は、レストラン自体ではなく、個々のメニューの

認証になる。その場合、認証のされたタイ料理については、個々のメニュー(料理の品目)

に下記のロゴマークを付けることなども検討している。

図 4 タイ・デリシャスロゴマーク

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7)人材の育成

ドゥシタニカレッジには現在、タイ語による学士コース、修士コース、短期コースがあ

るが、学士コースにはインターナショナルコースも併設されている。また、短期コースを

受講する学生は、親が海外でレストランを営んでいるケースが多く、海外でのレストラン

事業継承を目的として学んでいる学生が多い。 ドゥシタニカレッジは、2012 年より辻調理師専門学校と連携を始めている。連携には 2

つのコースがあり、1 つは 1 学期間ドゥシタニカレッジに講師を派遣し、日本料理を選択

した学生に伝統的な日本料理を教えるものであり、第 2 は超短期間(4 日間)での現役調

理師の教育や、一般の人々を含む日本料理の体験授業等である。

8)食育支援

タイ味の素は、2010 年よりタイの小中学校 50 校に対して給食及び関連施設の建設整備

を中心に学校給支援を実施してきたが、今後は食育を中心とするソフト面に重心を置いた

支援を行っていく方針である。

9)日本食の普及状況

2000 年頃にタイのローカルレストランがローカライズされた味で日本食レストランを

出店し、1,000 円(300 バーツ)程度で食べ放題を行ったことが、日本食レストランの価格

に対する安心感を与えた。こうしたローカライズされた味と、安価な価格が下地を作り、

その後日本人向けではなく、一般タイ人向けの日本食レストランが急増しだした。 タイ人の日本食好きは、一時的なブームではなく、タイの食文化の中に既に浸透してお

り、今後も外食、小売ともに成長を続けていくとみられている。

10)日本食・食文化の海外普及戦略への示唆

タイにおける日本食の普及は、タイの人々の味の嗜好を考慮した味付けでかつ、中間所

得層でも安心して利用できる安価な日本食レストランの普及したことが下地となって、そ

の後の日本食の普及・浸透につながったことから、日本食の海外普及の端緒としては、味

を対象とする国の味覚に合わせるとともに、比較的安価な価格の日本食レストランを展開

し、日本食に馴染んでもらうことが重要である。ただし、この段階では本物の日本の味と

は異なることから、その後、より日本の味に近い日本食レストランの進出という連続性に

加え、日本食文化の広報や教育、及び海外の日本食レストランにおける日本食調理技術の

教育等へとつなげていく必要があろう。 タイ・セレクトがタイ料理店の海外展開やタイ食品の輸出拡大に一定の成果を上げてい

ることから、日本食に馴染んだ人々が本来の日本食を求めるというニーズに対応すること

も重要であるため、ロゴマークの表示等により外見からも本来の日本食を味わえるレスト

ランであることが容易に分かるようにすることは重要である。 タイ・デリシャスにおいては、世界的な視野でタイ料理の味の標準化を検討しており、

その際各地域毎の味覚特性を考慮し、あえて味の許容範囲(アローワンス)を設けること

は、今後の日本食の世界的な普及を考える上で示唆に富むのではないか。

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<DITP外観>

Mr. Chappon Rochanasena Kitchen of the world 課長

NIA外観

Dr. Sure-at Supachatturet イノベーション戦略部長(左) Mr. Yuzo Takahashi

シニアアドバイザー

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○ドゥシタニカレッジと辻調理師専門学校との連携の取組

○ドゥシタニカレッジと Ecole Hoteliere de Lausanne との連携の取組

○タイ味の素により整備された小学校の給食・食堂施設(メーホンソン県)

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○近隣にスーパー等がなく、整備されずに廃れていく伝統的市場(プラカノン駅近く)

○近隣に大型スーパーが進出し、再整備された伝統的市場(プラカノン駅の隣駅近く)

進出した大型スーパー