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第8章 アリューシャン・アイスランド両低気圧間のシーソー現象 8.1 シーソーの3次元構造、形成過程、経年変動、天候への影響
本田 明治 1)、中村 尚 1),2) 1) 地球フロンティア研究システム ( [email protected]) 2) 東京大学大学院理学系研究科 8.1.1 はじめに
アリューシャン低気圧(Aleutian low: 以下 AL)とアイスランド低気圧(Icelandic low: 以下 IL)は、寒候季の海面気圧(sea level pressure: 以下 SLP)場において北太平洋及び
北大西洋上にそれぞれ準定常的にみられる低気圧(図 8.1)で、極東・北米・欧州などの冬
の天候に影響を及ぼす気候学的にも重要な変動である。両低気圧は北半球対流圏循環場の経
年変動が最も大きな場所に位置し、それぞれ冬季北半球の最も主要な 2 つのテレコネクシ
ョンパターンである北太平洋-北米パターン(Pacific-North American pattern、以下 PNA)及び北大西洋振動(North Atlantic Oscillation: 以下 NAO)と密接に関係している (Wallace and Gutzler 1981; Kushnir and Wallace 1989)。付随する大気循環場の変動は、
停滞性波動やストームトラックの振る舞いにも影響を与えている(Hurrell 1995b など)。 冬季北半球の対流圏循環場変動の研究とは、主にこの両低気圧の変動の研究と言い換えて
もよいかもしれない。しかし両低気圧の相互の関係については、それぞれ北太平洋上の変動、
北大西洋上の変動という立場でみられていたためか、これまで特に注目はされてこなかった
ようである。van Loon and Rogers (1978) や Wallace and Gutzler (1981) など一部の研究
者らは AL と IL 両勢力間の負相関(シーソー)関係の存在に気が付いていたものの、統計
的関係の示唆に留めるのみで、シーソー形成の時間発展や背景の力学過程については特に触
れられてはいない。 最近、高坂 (1997) は 1973 年~1994 年の客観解析データを用いて AL と IL の勢力間に
存在するシーソー関係(以下 AIS)が、冬季後半の 2 月~3 月にかけて最も顕著になること
を発見した。筆者らはこの結果を更に詳しく解析し、AIS は北太平洋上の循環異常が停滞
性ロスビー波として北大西洋に及ぶことによって形成される過程を明らかにした (Honda et al. 2001; 以下 Part I)。そしてこの AIS は北太平洋から北米をまたいで北大西洋に及ぶ
波状のパターンとして PNA と NAO が結合した対流圏で最も卓越する変動とみなせること
も示した (Honda and Nakamura 2001; 以下 Part II)。また成層圏循環場への本質的な影
響も確認した (Nakamura and Honda 2002; 以下 Part III)。本節では、主に最近数十年の
データに基づく AIS の 3 次元構造、季節性と形成過程、冬季循環場の経年変動における重
要性及び天候場への影響について述べる。長期変調に関しては続く 8.2 節を参照していただ
きたい。尚、本稿は主に Part I、II 及び III に基づくが、AIS に関する以下の邦文解説等(本
田他 2000, 本田・中村 2002, 中村・本田 2002, 山根他 2002, 中村他 2002)も参照して
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頂きたい。 ではこの AIS と「北極振動(Arctic Oscillation: 以下 AO)」とはどのような関わりがあ
るのか?Walker and Bliss (1932) よって提唱された NAO に始まり、Wallace and Gutzler (1981) による、PNA や NAO を含む複数の主要パターンへの集大成的な分類整理は、基本
的に東西・南北のシーソー的変動を組み合わせとするテレコネクションパターンの枠組みで
説明しようというものである。だが Thompson and Wallace (1998) が冬季北半球循環場を
説明する最も主要な変動として提唱した AO はこれまでの概念を一気に変えるものであっ
た。冬季北半球 SLP 場の経験的直交関数(以下 EOF)第 1 モードとして定義される AO の
空間パターンの特徴とされているのは、北極域とそれを取り囲む中緯度域(北大西洋と北太
平洋)のシーソー的な構造である(図 8.2)。成層圏で環状構造を持つ極渦変動を反映して
いることを考慮して「北半球環状モード(Northern Hemisphere Annular mode: 以下
NAM)」と最近は呼ぶことも多い (Wallace 2000, Thompson and Wallace 2000)。AO に関
するさまざまな議論(邦文)は本誌の他章、山崎 (2001) や中村 (2001) の解説、本田・山
根 (2002) による報告や 2002 年発行のグロースベッター第 40 巻の北極振動特集などを参
照されたい。さて本稿で注目したいのは、AO の空間パターンに見られる北太平洋上に見え
るシグナルである。これは NAM の反映なのか、AIS の紛れ込みなのか?またこのパターン
には AL と IL の勢力の反転関係も含まれているように見えるため、AIS は AO の一部であ
ると受け止められることもあるが、その実態はいかなるものなのか、AO/NAM の本質を理
解する上でも、詳しくその空間構造や季節依存性をみていきたい。 本稿の構成は以下である。続く 8.1.2 では AIS の 3 次元構造の特徴と形成過程を示す。
8.1.3 では冬季循環場の経年変動における AIS の重要性及び AO とのかかわりを中心に述べ
る。8.1.4 では地上天候への影響について示し、8.1.5 をまとめとする。
8.1.2 3次元構造と形成過程 解析に用いたデータは、米国環境予測センター(NCEP)と米国大気研究センター(NCAR)
によって作成された最近約 50 年に及ぶ再解析データ(NCEP-NCAR Reanalyses: Kalnay et al. 1996)である。使用した要素は SLP、地上~下部成層圏の高度場(Z)、風の東西及
び南北成分(U、V)、また地上要素として地上気温、降水量を用いた。 AL と IL の勢力は、それぞれ北太平洋上(40°N-55°N、180°-150°W)と北大西洋上
(60°N-70°N、40°W-10°W)の領域平均の SLP とした(図 8.1)。図 8.3a は 31 日移動平均
SLP に基づく 11 月~4 月の AL と IL の勢力間の相関係数(31 年の移動相関)である。近
年の 2 月後半を中心として有意なシーソー関係(負相関)が確認される(Part I)。AIS の
特徴をより明確に捕らえるため、最大値(-0.68)の得られた 1967 年~1997 年を本稿で
の基本的な解析期間する。尚、これ以前の約 100 年のデータに基づく AIS の長期変調に関
しては、続く 5-2 節を参照していただきたい。 AIS が最も顕著である 2 月下旬(2 月 10 日~3 月 12 日の 31 日間)を AIS「最盛期」と
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して定義する。図 8.3b は「最盛期」の規格化された AL と IL の時系列で、このシーソーの
極性と振幅を明確にするため、AL から IL を引いて更に規格化したものを AIS インデック
ス(AII)と定義した(図 8.3c)。AII の正と負の値はそれぞれ IL または AL の勢力が相対
的に強い(中心気圧が低い)ことを意味する。 続いて AIS の特徴的な空間パターンを示す。図 8.3c より正負それぞれの上位 8 年ずつそ
れぞれ合成平均した SLP、対流圏上層の 250 hPa 高度場(Z250)である(図 8.4)。対流圏
では両大洋上に広がる等価順圧的な AIS の構造が特徴的で、上空では PNA と NAO を本質
的に反映していることが分かる。 次に AIS の形成過程を対流圏上層に着目して調べる。11 月から 4 月まで中心を 10 日毎
にずらした 18 期間の 31 日平均(以下、中心となる各月の旬で示す)の Z250場に対して図
8.3c の AII との線形回帰係数の分布図を用意した。図 8.5a-c は 12 月~2 月の各月下旬を取
り出したもので、IL の勢力が強く、AL の勢力が弱いケースに相当する(本稿では基本的に
この極性に基づいて議論を進める)。図中の矢印は Takaya and Nakamura (1997, 2001) に基づく波の活動度フラックスで、停滞性ロスビー波の波束の伝播を表わす指標となる。偏差
場の符号が反転した場合でも活動度フラックスの分布に変化はない。まず 12 月に北太平洋
東部に勢力の弱い AL に相当する高気圧性の偏差場が出現する(図 8.5a)。次いで 1 月に
PNA パターン的な波列がその高気圧性偏差場から出現して、カナダ西部と米国南東部にそ
れぞれ低気圧性と高気圧性の偏差場を形成する(図 8.5b)。同時期に、後者の偏差場から北
大西洋の北部を横切る波列が現れカナダ東方の北大西洋上と欧州北部にそれぞれ低気圧性
と高気圧性の偏差場を形成する。前者の低気圧性偏差場は勢力の強い IL に相当する。波の
活動度フラックスによる診断では、これらの波列は停滞性ロスビー波と認識される。2 月に
なると、北米を横切る PNA 波列は弱まるが、AL と IL の両偏差場はともに発達を続けて、
AIS はその最盛期を迎える(図 8.5c)。 2 月以降の停滞性ロスビー波伝播の弱まりにもかかわらず両偏差場が更に発達するのは、
西風ジェット付近のストームトラックに沿って移動する短周期擾乱からのフィードバック
による強制が停滞性の偏差場の維持及び発達に貢献するためである(Lau 1988; Lau and Nath 1991; Hurrell 1995b)。図 8.5d-f は Nakamura et al. (1997) に基づいて評価した短
周期擾乱のフィードバック強制に伴う Z250の高度変化傾向である。北太平洋上では、12 月
~1 月にかけての高気圧性偏差場の形成による 30°N-40°N 付近の西風ジェットの減速は
(図 8.5a-b)、ストームトラックの弱化を伴いその北側で高度を上昇、南側では下降させる
ような強制が働き、その結果 AL 勢力を弱める方向に寄与する(図 8.5e)。2 月にかけても
その傾向は続き(図 8.5f)、北太平洋上の高度は更に上昇する(図 8.5c)。一方北大西洋上
では、1 月中の低気圧性偏差場の形成に伴い(図 8.4b)40°N-50°N 付近の上空の西風ジェ
ットは強化され、ストームトラックが活発化する。2 月に入ると北太平洋上とは反対にジェ
ットの北側では高度を低下させ、一方南側で上昇させるような強制が強まり(図 8.5f)、ILの勢力(地上の IL、上空の NAO 的パターン)を更に強める方向に寄与する(図 8.5c)。
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AISはこのように PNAと更に北大西洋を横切る波動の北太平洋から北大西洋に及ぶ 2つ
のいわば「大気の架け橋」によって形成される。エルニーニョ・南方振動(ENSO)は PNAなど北太平洋上の変動に影響することは良く知られており、実際 ENSO は AIS の形成を助
長するものの、あらかじめ ENSO の影響を統計的に除去した場においても、AIS は有意に
再現される(Part I)。AIS の形成において中高緯度の力学過程が本質であることを示す。 AL と IL は東西平均流からのずれとして定義される惑星波の地表への反映であることを
考慮すると、AIS の影響は下部成層圏に及ぶことが予想される。図 8.6a は AIS 最盛期にお
ける 30 hPa 高度場(Z30)に対しての AII との線形回帰図で、カナダからシベリア方向に
引き延ばされた北極上空の負偏差及び欧州と北太平洋上空の正偏差によって特徴付けられ
る。対流圏上空(図 8.6b)と比較すると欧州・北大西洋セクターでは偏差場の位相が高度
とともに西傾しており、偏差中心の振幅も成層圏で 2~4 倍に増幅している。一方北太平洋
セクターでは位相の傾きは弱く、かつ振幅も減衰しており、両大洋上の鉛直構造に大きな違
いがみられる。このことから、対流圏の AIS の影響は主に北大西洋上空から成層圏に及ん
でいることが推察される。実際、これら偏差場に波の活動度フラックスを評価してみると、
北大西洋域にのみ対流圏から成層圏に及ぶ顕著な上方伝播が確認される(図 8.6)。カナダ
上空から欧州を経てシベリアに至る偏差場の形成は、このフラックスが下部成層圏で発散し
極夜ジェットに沿って東方に伝播することによるものであることが分かる。尚、北太平洋セ
クターでは AL 偏差場上空のアリューシャン高気圧の存在によって導波管の役割を果たす
極夜ジェットの軸が北偏している。実際、下部成層圏の定常ロスビー波の屈折率を評価する
とアリューシャン列島上空は負となっており(図略)、AL 偏差は定常ロスビー波束として
上方伝播できないと予想される。一方成層圏極夜ジェットの真下にあたるカナダ~欧州~シ
ベリア上空の屈折率の分布は、IL 偏差の影響が定常ロスビー波として上方及ぶ東方へ伝播
できることを示している。AIS の成層圏への影響は、惑星規模波動全体の振る舞いにおい
て主に波数 2 の波の消長に貢献している。また晩冬における成層圏突然昇温のきっかけと
なる可能性もある(Part III, 中村・本田 2002)。 8.1.3 冬季循環場の経年変動における AIS の重要性及び AO との関わり 半球スケールの変動である AIS は冬季循環場の経年変動においても重要な役割を果たす
ことは容易に推察される。AO は冬季全体に卓越する変動を抽出するために 11 月~4 月の
SLP に対して EOF を施したものであるが(図 8.2)、ここでは AIS が冬の後半に卓越する
現象であることを考慮して、SLP 及び Z250の場を冬季前半の 11 月~1 月(NDJ)と冬季後
半の 2 月~4 月(FMA)に分けて、それぞれ EOF 解析を施して、大気場の振る舞いの違い
に着目した(図 8.7)。偏差の符号は北極付近が負になるよう極性を統一している。 SLP 場の冬季後半の卓越パターン(図 8.7d)は AIS そのもの(NAO も含む)の反映と
みるべきであろう(cf. 図 8.4a)。一方 AIS 形成前の冬の前半は、後半に見られる北太平洋
上の有意な偏差は消滅しており、北極-大西洋セクター間の NAO を反映する変動のみが抽
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出されている(図 8.7a)。いわゆる AO(図 8.2)は明らかに両者の中間的な様相を示して
おり、北太平洋上のシグナルは冬季後半に卓越する AIS の紛れ込みを反映していると考え
られる。 対流圏上層(Z250)では、冬の後半は AL と IL に対応する北太平洋上と北大西洋上の 2つの逆符号の偏差が中心となっており AIS の反映と解釈できる(図 8.7e)。一方冬の前半は
負偏差は北極上空に広がり、全体に東西一様性の高い構造となる(図 8.7b)。尚、両者に見
られる北太平洋上の有意なシグナルは、冬季を通じての PNA の卓越を示唆している。 極渦変動を最も反映する下部成層圏(Z50)では、冬の前半と後半で本質的な違いはみら
れず、NAM(環状モード)を最もよく反映したものと考えられる(図 8.7c、8.7f)。Thompson and Wallace (1998, 2000; 以下 TW)の主張に従えば、AO は地上から下部成層圏に及ぶ等
価順圧構造を持つはずだが、実際下部成層圏環状モードの対流圏への反映は北極-北大西洋
セクターに限られ(図 8.8)、その本質は NAO であることが分かる。同様の結果はこれまで
のいくつかの研究(Baldwin et al. 1994; Kitoh et al. 1996; Kodera et al. 1996)と矛盾し
ないし、最近の Wallace (2000) や Thompson and Wallace (2001) の提唱している「NAM~NAO」の概念を支持するものである。つまり対流圏で卓越するパターン(図 8.7b、d、e)に見られる北太平洋上の有意なシグナルはNAMの反映ではなくAISまたはPNAによるも
のであることを意味する。このことは以下の解析からも確認できる。 月平均の SLP に対して AII を用いて AIS の影響を線形回帰によって除去した 11 月~4
月の場に EOF を施して得られた第 1 モードを図 8.9a に示す。このパターンとオリジナル
の場の EOF 第 1 モード(図 8.9b; TW の AO)を比較すると、前者では北太平洋上の有意
な偏差は消えて、NAO のみが現れている。図 8.9a のパターンは成層圏環状モードの対流
圏への反映を素直に表した冬前半の SLP の EOF 第 1 モード(図 8.7a)とよく似ているこ
とを考慮して、今度は冬前半の SLP の EOF 第 1 モードの主成分時系列を用いて除去した
11 月~4 月の場を別に用意して、改めて EOF を施した(図 8.9c)。卓越する空間パターン
を見ると、北太平洋上に AL に対応する有意な偏差場が現れ、図 8.4a の AIS の特徴を極め
てよく反映している事がわかる。同様の解析を Z250場に対しても行なった(図 8.9d-f)。ま
ず対流圏上層では、冬季を通じて AIS の卓越を確認できる(図 8.9e)。AIS を除去した場(図
8.9d)を見ると、北太平洋上の有意性が低下して、パターンの環状性も高くなっていること
が分かる。一方、冬季前半の SLP の EOF 第 1 モードを除去した場のパターンは(図 8.9f)、より AIS を反映していることが確認できる。
AO の本質は冬の前半に卓越する環状モードの反映である NAO 的な北極-北大西洋モー
ドと、冬の後半に卓越する AIS にあると考えられ、対流圏上層でその傾向はよりはっきり
する。むしろ重要なことは対流圏上層で冬を通じて卓越するパターンが環状モードよりも
AIS を反映していることである(図 8.9e、図 8.7b 及び図 8.7e も参照)。TW は対流圏上層
での AO の構造に見られる環状性の低下を、地上気温の分布に伴う傾圧性の現れとみなして
いるが、対流圏上層では AIS が AO を凌ぐ主要な変動であることを単に示唆しているのか
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もしれない。 冬の後半の一時期に卓越する AISがなぜ SLPの EOF1に紛れ込むか?これは AOを計算
する際、各月毎に平均値からの偏差を求めてそれをそのまま(各月毎に標準化せず)用いる
からで、実際各月均一の重みにはならず 1 月(27%)と 2 月(26%)で全分散の約 53%を
占めているのである。AIS が主に 2 月を中心に目立つ現象であるにもかかわらず、AO の中
に紛れ込むのもこのようなからくりがあるからなのである。ちなみに 2 月の AO インデッ
クスのみ取り出すと AII と相関係数は 0.85 に及ぶ。 8.1.4 AIS の天候への影響
AIS が冬季後半に卓越する半球規模の現象であることを考えると、地上の天候場にも大
きな影響を及ぼしていることが予想される。図 8.10 はシーソー最盛期の地上気温(SAT)及び降水量と AII の線形回帰図で弱い AL(高気圧性偏差)と強い IL(低気圧性偏差)に対
応(図 8.4a)する。まず気温場(図 8.10a)を見ると、これらに伴い北寄りの季節風の弱ま
る日本を含む極東と海からの暖かい南西風の強まる欧州で気温が高くなる傾向がみられる。
一方、南寄りの風が弱まる北米西岸からアラスカと北西風の強まるカナダの中部から東部一
帯にかけて気温が低くなる傾向が見られる。また NAO の対となるアゾレス高気圧の強まり
に対応して、米国南東部では高温偏差、中東では低温偏差が見られる。AIS はストームト
ラックの活動とも密接に関連していることから(図 8.5d-f)、これに伴う降水量分布にも影
響する(図 8.10b)。降水量の偏差パターンは主に両海洋上に集中しており、北大西洋上で
は NAO の高指数化に伴い、50°N-60°N を中心とした北東部で降水量が増加、30°N-40°Nの中緯度帯で降水量の減少がみられる。北太平洋上では、AL の弱まりに伴って 40°N 付近
の中緯度帯で降水量は減少、ストームトラックの強まる 50°N-60°N 付近の降水量増加の傾
向が見られる。尚、AL と IL の符号が反転した場合には、偏差パターンも全て反対になる。
また Jones の地上気温 (Jones et al. 1994)、COADS の海上気温 (地球フロンティア版: Tanimoto et al. 1999) 、CMAP の降水量 (Xie and Arkin 1996) などの観測データセット
を用いて同じの解析を行なったが、同様の結果が得られている。 AIS が厳冬期北太平洋上の循環異常をきっかけに北大西洋への停滞性ロスビー波の伝播
によって形成される性質を利用すると、晩冬の各地の天候を予測できることになる。1 月の
北東太平洋上(32.5N, 150W)の Z250が指標としては最も適当で、この時系列と 2 月の各
地の気温との相関係数を調べると、絶対値が 0.7 以上の地域が欧州北部、極東、米国北東部
と南東部、アフリカ北部などにみられる。北米西岸や中東でも 0.5~0.6 に及ぶ。中でもス
カンディナビア半島を中心とした北欧では相関係数が 0.8~0.9 に及び、冬季後半の欧州方
面を中心とした天候予測における厳冬期の北太平洋上の循環場変動の重要性を示唆するも
のである。
8.1.5 まとめ
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冬季の北太平洋上と北大西洋上に存在する AL と IL の経年変動と季節依存性を調べたと
ころ、最近の約 30 年の期間で両者の勢力間に冬季後半を中心に有意なシーソー関係の存在
が認められる。この AIS は対流圏内で両大洋上に広がる等価順圧的構造を持っており、上
空では PNA と NAO の 2 つのテレコネクションパターンを反映している。対流圏の AIS は
初冬~厳冬期の北東太平洋上の停滞性循環異常(AL 偏差)から北米大陸上空を経て北大西
洋への停滞性ロスビー波列の伝播による IL 偏差場の形成と、更にストームトラックからの
フィードバック過程による発達維持の過程によって 2 月後半に最盛期を迎える。すなわち
冬季後半にはこれら「大気の架け橋」によって両大洋上の変動が結合するのである。また対
流圏の AIS の影響は北大西洋上からの上方伝播によって成層圏にも及んでおり、主に波数
2 の変動に影響する。 AIS は冬季後半の北半球の広範囲の天候に影響を及ぼすことも分かった。AL が弱く ILが強い極性では、極東・欧州・米国南東部では高温傾向、北米西岸・カナダ・中近東では低
温傾向となる。また北太平洋及び北大西洋上の広範囲の降水量分布にも影響する。AIS の
形成過程を考慮すると、初冬~真冬の北東太平洋の循環場変動は冬季後半の欧州を中心に北
半球の地上気温場の良い指標となる。 半球スケールの変動である AIS が冬の後半に顕著な現象であることを考慮して、冬季を
前半と後半に分けて EOF を施した結果、冬の前半は北極-北大西洋セクターのシーソーで
ある NAO が卓越するものの、冬の後半は AIS が最も卓越する変動として抽出される。冬
季北半球対流圏循環場の年々変動は季節を通じて一様ではなく顕著な季節依存性が存在す
ることを示唆する。冬季間の SLP の EOF 第 1 モードとして定義される AO は、下部成層
圏に冬季を通じて卓越する極渦変動(NAM)を反映する地上から下部成層圏まで及ぶ等価
順圧的な構造と一般に認識されている。しかし本研究の結果からは、成層圏の環状モードの
対流圏への反映は北極-北大西洋セクターに限られており、AO の空間パターンにみられる
北太平洋上のシグナルは冬季後半に対流圏で卓越する AIS が人為的に紛れ込んだものと解
釈できる。最近 Wallace and Thompson (2002) は、北太平洋上のシグナルはやはり NAMの反映であると再び主張しているが、本研究の結果とはやはり矛盾している。AIS は NAMとはその力学的背景が異なり、その本質は停滞性波動の伝播に伴う中緯度過程である。対流
圏上空ではこの「大気の架け橋」による両大洋上の変動の結合がより強いため、冬季を通じ
ても NAM を凌いで卓越する経年変動パターンとして認識される。 AIS 形成のメカニズムにはまだ解明されていない点がある。特に北太平洋から北大西洋
への架け橋の形成過程の詳細をより明らかにする必要がある。このうち北太平洋から米国南
東部までの最初の架け橋は PNA パターンによって冬季を通じて維持されている。問題はそ
こから北大西洋に及ぶ 2 つ目の架け橋がどのように築かれるかである。70~90 年代の最近
30 年は 1 月から 2 月にかけて AIS が形成されやすい条件が整っていたようだ。しかしそれ
以前の 50~60 年代はそもそも AIS が見られない。つまり 2 つ目の架け橋がうまく作られ
ていないのである。約 100 年に及ぶ観測に基づく観測データを解析すると AIS は緩やかな
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長期変調をしているようだ (山根他 2002)。実際、AIS の活発期と非活発期において北太平
洋上の大気循環場の基本場構造が異なっていることが示されている。詳しくは次節を参照し
て頂きたい。今後更に数値実験を組み合わせて、AIS 形成のメカニズムを解明していく必
要がある。 謝辞 本研究を通じて貴重なご意見を頂いた、または議論に参加していただいた浮田甚郎、山根
省三、大淵済、谷本陽一、小寺邦彦、黒田友二、山崎孝治、田中博、竹内謙介、渡部雅浩、
高谷康太郎、M. Wallace、B. Hoskins、Y. Kushnir、T. Shepherd、U. Bhatt の各氏に感謝
したい。堀内一敏、橘田かおりの各氏にはデータの整備で大変お世話になった。図の作成に
は GrADS を用いた。
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図の説明 図 8.1.北半球 SLP場の 1-2月の気候値(hPa)。1967-97年の平均。ALと ILはそれぞれアリューシャン低気圧とアイスランド低気圧。陰影された領域内の平均 SLP を日々の AL と IL の勢力の指標と定義している。 図 8.2.1967年~1997年の冬季間(11月~4月の各月平均)の北緯 20度以北の海面気圧場(SLP)における EOF第 1主成分時系列と対応する SLPの線形回帰係数の分布図(hPa)。係数は主成分が単位標準偏差だけ増加したときに予想される気圧偏差。濃淡の陰影はそれぞれの主成分と各地の SLPの相関係数がそれぞれ 99%、95%の信頼限界で有意である領域。11月と 12月は前年の冬を使用。いわゆる北極振動(AO: Thompson and Wallace 1998)に相当する。 図 8.3.(a)31日移動平均した ALと ILの勢力の日別同時相関係数(11月~4月)。31年間毎の移動相関で縦軸の年はその中心年。濃淡の陰影はそれぞれ相関係数が 99%及び 95%の信頼限界で有意であることを示す。シーソー最盛期(2月 10日~3月 12日、2月下旬を中心とした 31日間)の(b)規格化された 31日平均 AL(実線白丸)と IL(破線黒丸)の勢力、(c)AL-ILシーソーインデックス(AII:(b)の ALとILの差を規格化したもの)の時系列(1967-1997年)。 図 8.4.シーソー最盛期(2月 10日~3月 12日の 31日平均)の(a)海面気圧(hPa)と(b)250-hPa高度(m)のコンポジット偏差図。AII(図 8.3c)の正値の上位 8年(1967、1974、1976、1982、1985、1989、1990、1997年)平均から負値の上位 8年(1968、1969、1970、1978、1983、1986、1988、1993年)平均を引いている。濃淡の陰影は偏差が 99%及び 95%の信頼限界で有意である領域。いずれも 0の等値線は省略。 図 8.5.(a)-(c) AII(図 8.3c)と 12月~2月の各下旬(を中心とした 31日平均)の 3期間の 31日平均 250-hPa高度場の間の線形(ラグ)回帰係数の分布図。係数は AIIが単位標準偏差だけ数値が増加したときに予想される各地の高度偏差(m)。濃淡の陰影は AII と各地の高度場の相関係数がそれぞれ 99%、95%の信頼限界で有意である領域。矢印は Takaya and Nakamura (1997, 2001)に基づく、定常ロスビー波の活動度フラックスの水平成分 (m2 s-2)。(d)-(f)は (a)-(c)に同じ。ただし、AIIとストームトラックに沿って進む短周期擾乱に伴う渦度フラックス偏差によって予想される 250-hPa高度場の変化傾向(m day-1)との線形(ラグ)回帰係数の分布図。渦度フラックスは 8日高周波フィルターされた 250-hPa高度の風の場より求める(Nakamura et al. 1997)。いずれも 0の等値線は省略。 図 8.6.図 8.5cに同じ。(a)30-hPa高度、(b)250-hPa高度で、等値線の間隔は 30 (m)。また、陰影は(a)50-hPa面、(b)100-hPa面における定常ロスビー波の活動度フラックスの上向き成分 (10-3 Nm3 s-2)。 図 8.7.(a)図 8.2に同じ。ただし 11月~1月の各月平均に基づく。(b)(a)に同じ。ただし 250-hPa高度場 (m) 。(c)(a)に同じ。ただし 50-hPa高度場(m)。(d)、(e)、(f)は(a)、(b)、(c)に同様、ただし 2月~4月の各月月平均に基づく。等値線の間隔は、(a)と(d)は 1 (hPa)、(b)と(e)は 20 (m)、(c)と(f)は 30 (m)。 図 8.8.(a)図 8.2に同じ。ただし 50-hPa高度場(m)。1月下旬(1月 11日~2月 10日)の(b)250-hPa高度場(m)、(c)SLP(hPa)と(a)の 11 月~4 月の冬季平均の EOF 第 1 主成分時系列との線形回帰係数の分布図。等値線の間隔は、(a)は 30、(b)は 20、(c)は 1。 図 8.9.図 8.2 に同じ。ただし、(a)AL-IL シーソーの影響を除去した場、(b)オリジナルの場、(c)11月~1 月の SLP の EOF 第 1 モードを除去した場に基づく(hPa)。(d)、(e)、(f)は(a)、(b)、(c)に同じ、ただし、250-hPa高度場(m)。(f)で除去した場は(c)と同じ 11月~1月の SLPの EOF第 1モード。等値線の間隔は、(a)-(c)は 1、(d)-(f)は 20。 図 8.10.図 8.5c に同じ。ただし、(a) 地上気温(K)、(b)降水量(mm/day)。等値線の間隔はいずれも0.4で、0の等値線は省略。