Vol.51 No.1 51

頬粘膜 に発生 した腺扁平上皮癌の1例

小 泉 陽 子 ・瀬 田 修 一 ・秋 元 善 次

高 野 正 行 ・柿 澤 卓 ・榎 谷 保 信*

A case of adenosquamous carcinoma of the buccal mucosa

KOIZUMI Yoko. SETA Shuichi. AKIMOTO Yoshitsugu

TAKANO Masayuki. KAKIZAWA Takashi. ENOKIYA Yasunobu

Abstract: Adenosquamous carcinoma is a malignant tumor with histological findings of both squamous cell carci-

noma and adenocarcinoma. It often arises in the nasal and sinus mucosa of the maxillofacial region. Thirty-six

cases of adenosquamous carcinoma developing from oral mucosa have been reported. However, none of them

were found on the buccal mucosa. We report a case of adenosquamous carcinoma of the buccal mucosa.

The patient was a 64-year-old man; he visited our hospital because of an ulcer of the right side of the buccal

mucosa in April 2000.

On initial examination, there was a 12•~7 12mm ulcer which bled easily and was tender and surrounded by

induration (20•~20mm). There was no lymphadenopathy in the neck and no radiological abnormality that sug-

gested bone resorption in the right side of the maxilla or mandible. The tumor was diagnosed as squamous cell

carcinoma on initial biopsy. After preoperative chemotherapy with peplomycin, we resected the tumor. The final

histopathological diagnosis was adenosquamous carcinoma. Four years have passed since the operation, with no

evidence of recurrence or metastasis.

Key words:adenosquamous carcinoma(腺 扁 平 上 皮 癌),buccal mucgsa(頬 粘 膜)

緒 言

腺扁平上皮癌は扁平上皮癌 と腺癌の組織像が混在する悪

性腫瘍で,頭 頸部領域では鼻腔,上 顎洞などに好発するが,

口腔領域に発生するものはまれとされ,と くに頬粘膜原発

と思われるものは認められない.今 回われわれは,頬 粘膜

に発生した腺扁平上皮癌の1例 を経験 したので報告する.

症 例

患 者:64歳,男 性.

初 診:平 成12年4月 ■日.

主 訴:右 側頬粘膜潰瘍.

既往歴:糖 尿病のため血糖降下剤 を平成9年 より服用

中.

現病歴:平 成11年10月,近 歯科医院で右側下顎臼歯部

の可撤性義歯 を装着後,頬 粘膜に褥創が生じたため調整を

行ったが,11月 になり明瞭な潰瘍を形成 した.さ らに義歯

調整を続けていたが改善 しないため,精 査目的で当科を紹

介 され来院 した.

生活歴:た ばこ1日20本(30年 間).

ビール1日1本(20年 間).

家族歴:特 記事項なし.

現 症:

全身所見;身 長168cm,体 重78kg,栄 養状態良好で,全

身的に特別な異常は認めなかった.

口腔外所見;顔 貌は左右対称で,所 属 リンパ節の腫脹,

圧痛は認めなかった.

口腔内所見;右 側頬粘膜の上顎第2大 臼歯相 当部 に

12×12mm大 の不定形で易出血性,接 触痛を伴った比較

的浅い潰瘍を認めた.潰 瘍周囲には硬結を触知 し,硬 結を

含めると病変は20×20mmで あった(写 真1).

粘膜染色所見:初 診時,病 変部に対 しヨード・トルイジ

東 京 歯科 大 学 水 道 橋 病 院 口腔 外 科

(主 任:柿 澤 卓 教 授)*東 京 歯科 大 学 病理 学 講座

(主 任:下 野 正 基 教授)

Department of Oral and Maxillofacial Surgery,Tokyo

Dental College,Suidobashi Hospital(Chief:Prof.KAKIZA-

WATakashi)*Department of Pathology

,Tokyo Dental College(Chief:

Prof.SHIMONO Masaki)

受 付 日:2002年2月20日

採 択 日:2004年11月2日

51

52 日本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Jan.2005

ンブルー染色を行ったところ,潰 瘍周囲にヨー ド不染帯が

認められた.ま た,潰 瘍部 は トル イジンブルーに濃染 し,

腫瘍性病変が強 く疑われた.

画像所見:オ ルソパ ントモX線 写真においては,病 変付

近の上下顎骨の吸収所見は認めなかった.ま た,MRIで は

病変の深部への浸潤および所属 リンパ節の腫脹所見は認め

なかった.胸 部単純X線 写真においても異常を認めなかっ

た.

臨床診断:右 側頬粘膜癌の疑い.

処置および経過:平 成12年4月 ■日,潰 瘍辺縁部から

生検を行ったところ,扁 平上皮癌 との結果 を得て,頬 粘膜

に発生した扁平上皮癌TINOMOと 診断した.処 置方針とし

て術前にペプロマイシン投与による化学療法 を行ったのち

切除を行 うこととした.ペ プロマイシンは術前に筋肉注射

で2.5mg/回 を隔日に計5回,そ の後持続皮下注射で5mg/

日を4日 間,合 計15日 間で32.5mgを 術前に投与 した.そ

の結果,腫 瘍は15mm×16mm大 に,潰 瘍は8mm×8

mm大 に縮小 し,潰 瘍面の平坦化が認められた.

平成12年5月 ■ 日,全 身麻酔下に腫瘍切除術を行った.

切除範囲はヨー ド不染部の範囲を参考に硬結外縁部より約

10mmの 安全域を設け,深 部は頬筋を含めて切除 した.耳

下腺乳頭部は追加切除 し排泄管断端を後方に移設 して開口

部とした.欠 損部はテルダー ミス(R)で被覆 し,周 囲を縫合

の上タイオーバーした.

切除標本所見:切 除標本は中央部に直径8mm大 の類円

形,ク レーター状の潰瘍を認め,そ の周囲に硬結がみられ

た.こ の硬結部分の割面は灰白色を呈 し,充 実性であった.

病理組織学的所見:H-E染 色標本の弱拡大において,頬 粘

膜重層扁平上皮に連続 して,あ るいは頬粘膜上皮直下およ

び深部結合組織にむかって不規則な胞巣を形成 しながら浸

潤増殖する腫瘍組織が観察 された(写 真2).強 拡大では,

表層部は細胞異型が強 く,角 化傾向を示す扁平上皮様細胞

からなる胞巣が(写 真3),深 部では腺管形成を伴う胞巣が

観察 された(写 真4).腺 管様腫瘍胞巣の内容物は,PAS染

色およびムチカル ミン染色に陽性で,上 皮性粘液の貯留と

考えられた(写 真5,6).以 上のように,腺 管形成を伴った

腺癌の特徴 を示す胞巣と角化傾向を示す扁平上皮癌の胞巣

が混在 していることから,頬 粘膜に発生 した腺扁平上皮癌

と診断した.ま た,腫 瘍組織は化学療法によると思われる

修飾を受けており,深 部結合組織や横紋筋組織中に浸潤す

る腫瘍細胞の胞巣周囲には,組 織や細胞の壊死がみ られ,

形質細胞の浸潤とともに線維化を示す結合組織の著明な増

生が観察された(写 真7-a).表 層近くの比較的高分化で角

化傾向を示す腫瘍胞巣では,胞 巣辺縁部のbioavailability

が高い腫瘍細胞が消失 し,内 側の角化細胞のみが残存 し

(写真7-b),腫 瘍細胞の断片やアポ トーシス小体と思われ

る濃縮 した粒状物が多数認め られた(写 真7-c).一 方,深

部の腺管様構造を示す部分では,胞 巣辺縁部にもbioavail-

abilityの高い細胞が残る傾向が認められ,角 化傾向を示す

部分と比較して化学療法に対する感受性の違いが示唆され

た.

考 察

腺扁平上皮癌は,1968年 にGerughtyら1)に よって報告

されて以来,胃,肺,子 宮などに発生したものが多く報告

されているが2),顎 口腔領域においてはまれとされており,

とくに口腔での報告例は少ない.今 回われわれが渉猟 し得

た範囲では,自 験例 を含めて37例1～16)の 報告があった.

これ らの発生部位について検討すると,舌15例,口 底13

例,口 蓋2例,歯 肉3例,口 唇2例,頬 粘膜1例,口 峡部1

例であった.腫 瘍の大きさはT1の ものは本例 を含めて5

例,T2以 上のものが32例 であった.ま た,頬 粘膜に発生 し

た例 としては下顎歯肉か ら移行的にみ られたものはある

が14),頬 粘膜単独のものは認め られなかった.

腺扁平上皮癌は同一病巣内に腺癌 と扁平上皮癌様細胞が

混在 してみられる腫瘍で,口 腔では小唾液腺管の導管上皮

や被覆粘膜上皮から発生すると考えられている17).病 理組

織学的には,PAS染 色,ム チカル ミン染色において陽性を

示す粘液産生細胞が認められるのが特徴である.鑑 別を要

する疾患としては腺様扁平上皮癌や粘表皮癌などがあげら

れる.腺 様扁平上皮癌は,扁 平上皮の性格をもつ細胞が腺

様構造を示すが,PAS染 色,ム チカル ミン染色で粘液産生

細胞の存在を示す陽性反応 を示 さない点か ら鑑別が可能で

ある.粘 表皮癌は,粘 液産生細胞,中 間細胞,扁 平上皮細胞

が認められるが,腺 管様腫瘍胞巣がみられないことより鑑

別できる2).

腺扁平上皮癌には,有 効な放射線療法や,化 学療法が確

立 されておらず,外 科的療法が第1選 択であるとする報告

もある212).ま た生検により扁平上皮癌 と診断されること

も多い12).本 症例でも生検により扁平上皮癌と考えられた

ため,ペ プロマイシンを使用 したところわずかに感受性を

示 した.こ れは本病変を構成 している組織が主に扁平上皮

癌様の病変からなっていたためと思われる.

現在術後4年 経過 し,再 発,転 移の徴候 を認めていない.

本疾患は局所再発や リンパ節転移,遠 隔転移が生じやすい

とされており2),今 後とも厳重な経過観察 を行う予定であ

る.

結 語

今回われわれは,頬 粘膜に発生 した腺扁平上皮癌の1例

を経験 したので報告 した.

52

Vol.51 No.1 頬粘膜 に発生 した腺扁 平 上皮癌の1例 53

写真1 初診時口腔内写真

右頬粘膜に潰瘍を認めた下

矢頭:潰 瘍部

写真2 病理組織像(H-E染 色,弱 拡大)

深部結合組織にむかって不規則な胞巣を形成 しながら

浸潤増殖する腫瘍組織が認められる.

矢印:扁 平上皮癌

矢頭:腺 扁平 上皮癌

写真3 病理 組織 像(H-E染 色,強 拡 大)

角化傾 向 を示 す扁 平上 皮細 胞 か らな る胞 巣 が認 め られ る.

写真4 病理 組織像(H-E染 色,強 拡大)

腺 管様構 造 を しめす胞 巣 がみ られ る.

写 真5病 理 組織 像(PAS染 色,×270)

胞巣 内側 と胞巣 構成 細胞 に陽 性 を示 した.

写 真6 病理 組織 像(ム チ カル ミン染色,×270)

胞 巣 内側 と胞巣構 成細 胞 に陽性 を示 した.

53

54 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Jan.2005

写真7 化 学療 法 によ り効果 をみ とめ た病理 像

(H-E染 色,×245)

a:形 質 細 胞の 浸 潤 と と もに線 維 化 の著 明 な増 生 が観 察

され る周囲 組織

b:辺 縁 部のbioavailabilityの 高 い細 胞 が消失 し内側 の 角

化細 胞の み が残 存 した像

C:ア ポ トー シ ス小 体

本 論 文の要 旨は,第20回 日本口 腔 腫瘍 学 会 総 会(平 成13

年1月,宇 都宮 市)に おい て報告 した,

引 用 文 献1) Gerughty, R. M., Hennigar, G. R., et al.:

Adenosquamous carcinoma of the nasal, oral and

laryngeal cavities. A clinicopathologic survey of ten

cases. Cancer 22: 11404155 1968.

2) 梅 田 正博, 渋谷 恭之, 他: 口蓋穿 孔 を 主訴 に来院 し

た 鼻腔 原 発腺 扁 平下上皮癌 の1例. 日口外 誌44: 202-

204 1998.

3) Marcucci, G., Birman, E. G., et al.: Adenosquamous

carcinoma of the oral cavity: report of two cases. Rev

Fac Odontol Sao Jose Dos Campos 5: 87-92 1976.

4) Sanner, J. R.: Combined adenosquamous carcinoma

and ductal adenoma of the hard and soft plate: report

of case. J Oral Surg 37: 331-3341979.

5) Weider, N. and Foucar, E.: Adenosquamous carcino-

ma of the skin: an aggressive mucin- and gland-form-

ing squamous carcinoma. Arch Dermatol 121: 775-

779 1985.

6) Siar, C. H. and Ng, K. H.: Adenosquamous carcinoma

of the floor of the mouth and lower alveolus: a radia-

tioninduced lesion?. Oral Surg Oral Med Oral Pathol

63: 216-220 1987.

7) Martinez-Madrigal, F., Baden, E., et al.: Oral and pha-

ryngeal adenosquamous carcinoma. A report of four

cases with immunohistochemical studies. Eur Arch

Otorhinolaryngol 248: 255-258 1991.

8) Napier, S. S., Gormley, J. S., et al.: Adenosquamous

carcinoma: a rare neoplasm with an aggressive

course. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol

Endod 79: 607-611 1995.

9) Abdelsayecl, R. A., Sangueza, O. P., et al.:

Adenosquamous carcinoma: a case report with

immunohitochemical evaluation. Oral Surg Oral Med

Oral Pathol Oral Radiol Endod 85: 173-1771998.

10) Scully, C., Porter, S. R., et al.: Adenosquamous carci-

noma of the mouth: a rare variant of squamous cell

carcinoma. Int J Oral Maxillofac Surg 28: 125-128

1999.

11) Sheahan, P., Fitzgibbon, J., et al.: Adenosquamous

carcinoma of the tongue in a 22-year-old female:report of a case with immunohistochemistry. Eur

Arch Otorhinolaryngol 260: 509-512 2003,

12) Yoshimura, Y., Mishima, K., et al.: Clinical character-

istics of oral adenosquamous carcinoma: report of a

case and an analysis of the reported Japanese cases.

Oral Oncol 39: 309-315 2003.

13) 山 本哲也, 尾 崎登 喜雄 他: 下顎 歯 肉 にみ られ た腺

扁 平上皮 癌 につ いて.日 口 外誌36: 644-648 1990.

14) 松 本 浩 一, 大橋 一之, 他: 下顎 の 腺扁 平上 皮 癌 の1

例 (抄). 日口外誌42: 124 11996.

15) Izumi, K., Nakajima, T., et al.: Adenosquamous carci-

noma of the tongue: report of a case with histochemi-

cal, immunohistochemical, and ultrastructural study

and review of the literature. Oral Surg Oral Med Oral

Pathol Oral Radiol Endod 85: 178-184 1998.16) 瀧 旧 正 亮, 京 本 博 行, 他: Adenosquamous carcino-

Ina (腺 扁 平 上皮 癌) の 組 織 像 を 伴 っ た 舌 扁 平 上皮

癌. 阪 大 歯 学 誌46: 31-35 2001.

17) Pindborg, J. J., Reichart, P. A. 他: WHO口 腔 粘 膜 の

癌 と 前 癌 病 変 の 組 織 学 的 分 類. 第2版, 永 未 書 店,

京都, 2002, 13頁.

54