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卓球のパフォーマンス分析とビジョン技術 A Performance Analysis of Table Tennis with Vision Technology ○玉城将 ,斎藤英雄 †† ,吉田和人 ††† ,山田耕司 †††† ,尾崎宏樹 ††††† Sho TAMAKI, Hideo SAITO††, Kazuto YOSHIDA†††, Koshi YAMADA†††† and Hiroki OZAKI††††† : 慶應義塾大学理工学研究科,[email protected] ††: 慶應義塾大学情報工学科,[email protected] †††: 静岡大学教育学部, [email protected] ††††: NPO 法人卓球交流会, [email protected] †††††: 国立スポーツ科学センター, [email protected] 概要: 卓球では,情報の効率的な記録方法が無いことから試合中のパフォーマンスを対象とした 統計的な分析はほとんど行われてこなかった.この問題の解決を目的とした卓球のパフォーマンス 分析用ソフトウェアが開発され,ロンドン五輪における卓球のパフォーマンス分析が実現するなど, 現在は問題解決に進展がみられる.しかし,情報記録の本質的な問題解決はされていない.我々 は現在,ビジョン技術により,卓球情報の自動記録による問題の解決を試みている. <キーワード(3 語程度)>パフォーマンス分析,卓球,追跡 1これまでの卓球パフォーマンス分析 卓球は 100m 競走をしながらトランプをやるような競 技であるといわれることがある[3].技術のみならず戦 術が試合の勝敗と密接に関連するスポーツである. 戦術を組み立てるには,選手のパフォーマンスの評 価やプレーの特徴の分析(以降,パフォーマンス分 析)が重要であり,これまで統計値を用いた幾つかの 方法が提案されてきた. 高島[6]は,ラリー開始時のポイントスコアの状況に よる選手の得失点の傾向,選手が犯しやすいミスを 分析できるソフトウェアを開発した.吉田ら[8]は,攻 撃の先手性についてリアルタイムに分析することを目 的とし,ラリー開始から第 2,3 番目の打球を対象に, 打球サイド,打法,攻撃性,得失点を分析するソフト ウェアを開発した. このように,統計値を用いたパフォーマンス分析の 方法は複数提案されてきたが,実際の競技場面では 映像観察によって主観的に分析されることがほとんど である.その理由は,実際の多面的な戦術立案に必 要となる情報を効率的に記録する手段が無い点にあ る.既述した 2 つの先行研究によって開発されたシス テムは,限られた情報の記録および分析を目的とし たものであり,一般的な分析ソフトウェアとしては利用 できない.個々に試行錯誤がされることはあったが, これまで,競技現場で卓球のパフォーマンス分析を 行う有効な方法は無かったと言える. 2現在の卓球パフォーマンス分析 我々は,効率的な情報記録の実現をめざし,コン ピュータソフトウェアを開発した.このソフトウェアはロ ンドン五輪における日本代表選手を対象とした分析 サポートに使用され,試合場面におけるパフォーマン ス分析の実現に大きく貢献した. 本章ではまず 1)打球回数を用いたパフォーマン ス分析について簡単に紹介する.これは,開発され たソフトウェアのベースとなった卓球のパフォーマンス 分析法である.次に,開発された 2)卓球パフォーマ ンス分析用ソフトウェアの概要を説明する.そして, 3)ロンドン五輪での使用事例および結果から,ソフト ウェアによる卓球のパフォーマンス分析を評価する. 最後に 4)現在抱える問題を検討し,以上を「現在の 卓球パフォーマンス分析」とする. 2.1. 打球回数を用いたパフォーマンス分析

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卓球のパフォーマンス分析とビジョン技術

A Performance Analysis of Table Tennis with Vision Technology

○玉城将†,斎藤英雄††,吉田和人†††,山田耕司††††,尾崎宏樹†††††

Sho TAMAKI†, Hideo SAITO††, Kazuto YOSHIDA†††, Koshi YAMADA†††† and Hiroki OZAKI†††††

†: 慶應義塾大学理工学研究科,[email protected]

††: 慶應義塾大学情報工学科,[email protected]

†††: 静岡大学教育学部, [email protected]

††††: NPO 法人卓球交流会, [email protected]

†††††: 国立スポーツ科学センター, [email protected]

概要: 卓球では,情報の効率的な記録方法が無いことから試合中のパフォーマンスを対象とした

統計的な分析はほとんど行われてこなかった.この問題の解決を目的とした卓球のパフォーマンス

分析用ソフトウェアが開発され,ロンドン五輪における卓球のパフォーマンス分析が実現するなど,

現在は問題解決に進展がみられる.しかし,情報記録の本質的な問題解決はされていない.我々

は現在,ビジョン技術により,卓球情報の自動記録による問題の解決を試みている.

<キーワード(3語程度)>パフォーマンス分析,卓球,追跡

1. これまでの卓球パフォーマンス分析

卓球は 100m 競走をしながらトランプをやるような競

技であるといわれることがある[3].技術のみならず戦

術が試合の勝敗と密接に関連するスポーツである.

戦術を組み立てるには,選手のパフォーマンスの評

価やプレーの特徴の分析(以降,パフォーマンス分

析)が重要であり,これまで統計値を用いた幾つかの

方法が提案されてきた.

高島[6]は,ラリー開始時のポイントスコアの状況に

よる選手の得失点の傾向,選手が犯しやすいミスを

分析できるソフトウェアを開発した.吉田ら[8]は,攻

撃の先手性についてリアルタイムに分析することを目

的とし,ラリー開始から第 2,3 番目の打球を対象に,

打球サイド,打法,攻撃性,得失点を分析するソフト

ウェアを開発した.

このように,統計値を用いたパフォーマンス分析の

方法は複数提案されてきたが,実際の競技場面では

映像観察によって主観的に分析されることがほとんど

である.その理由は,実際の多面的な戦術立案に必

要となる情報を効率的に記録する手段が無い点にあ

る.既述した 2つの先行研究によって開発されたシス

テムは,限られた情報の記録および分析を目的とし

たものであり,一般的な分析ソフトウェアとしては利用

できない.個々に試行錯誤がされることはあったが,

これまで,競技現場で卓球のパフォーマンス分析を

行う有効な方法は無かったと言える.

2. 現在の卓球パフォーマンス分析

我々は,効率的な情報記録の実現をめざし,コン

ピュータソフトウェアを開発した.このソフトウェアはロ

ンドン五輪における日本代表選手を対象とした分析

サポートに使用され,試合場面におけるパフォーマン

ス分析の実現に大きく貢献した.

本章ではまず 1)打球回数を用いたパフォーマン

ス分析について簡単に紹介する.これは,開発され

たソフトウェアのベースとなった卓球のパフォーマンス

分析法である.次に,開発された 2)卓球パフォーマ

ンス分析用ソフトウェアの概要を説明する.そして,

3)ロンドン五輪での使用事例および結果から,ソフト

ウェアによる卓球のパフォーマンス分析を評価する.

最後に 4)現在抱える問題を検討し,以上を「現在の

卓球パフォーマンス分析」とする.

2.1. 打球回数を用いたパフォーマンス分析

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サービスは卓球において唯一,相手選手にコントロ

ールされない技術であり,ラリーを有利に展開するた

めに重要な技術である.このことから,卓球ではサー

ビスを軸に戦術を考察することがよく行われる.ボー

ルを相手コートに入れることに成功した打球の数(以

降,打球回数)を用いることでこの点を分析する方法

が提案されている[5].打球回数は,「何番目の打球

で得点したか」を示す情報とも捉えられる.ここで,サ

ービスを1,レシーブを2と数えた打球の番号を「打球

番号」と呼ぶと,卓球では交互に返球しあうため,「何

番目の打球で得点したか」からは,選手がある打球

番号で何度返球に成功したか,そしてそのうち何本

が得点または失点であったかを求められる.加えて

打球回数は簡易に短時間で記録できる情報である.

打球回数を用いる方法は,短時間で記録できる情報

から打球単位の分析ができる特長がある.打球回数

によってどのような分析が行われるかは,「2.2. 卓球

用パフォーマンス分析ソフトウェアの開発」の「1)簡易

分析」で簡単に紹介する.

2.2. 卓球パフォーマンス分析用ソフトウェアの開発

効率的な情報記録の実現を目的とし,我々は卓球

パフォーマンス分析用ソフトウェアを開発した.開発し

たソフトウェアでは打球回数を用いた分析をベースと

した短時間で行う簡易な分析(以降,簡易分析),長

時間かかかるが具体的な技術の評価が可能な分析

(以降,詳細分析)の 2 つのタイプの分析を行うことが

できる.分析プロセスを2つに分割したことで,複数の

ユースケースに対応した点がこのソフトウェアの特徴

である.以降,簡易分析,詳細分析の順に機能の概

要を説明する.

1)簡易分析

簡易分析とは,「2.1.打球回数を用いたパフォー

マンス分析」のことである.この分析を簡易に且つ効

率的に行えるようユーザー・インタフェースを工夫した.

情報入力画面を図 1,分析の作業フローを図 2 に示

した.作業フローに示した通り,ほとんどのラリーは打

球に合わせたボタンのクリックおよび打球回数の入力

のみで記録される.ゲームスコア,ポイントスコア,得

点選手,失点選手,サービス選手,レシーブ選手は

入力された情報より自動的に求められる.この非常に

単純な記録が本ソフトウェアの 1 つの特徴である.ま

た,入力中に記録ミスが出たとしても,ミスを簡易に修

正できる機能が実装されており,修正を含めた全て

の作業が試合時間内に行えるようになっている.簡

易分析の結果は図 3 のシートで示される.このシート

では,①サービス,レシーブと得失点の傾向,②試合,

ゲームを通したスコアの推移,③打球番号(サービス

を 1,レシーブを 2と数えたラリー中の打球の番号)毎

の得失点の傾向が分析できる.このシートは情報の

記録終了後に即座に出力できる.簡易分析の記録

は試合時間内に行うことができるので,つまりこのシ

ートは試合直後に出力できる.

2)詳細分析

詳細分析では,打法および打球コースと得失点の

関係を分析する.これらは,観察から実用的な精度

で記録でき,且つプレーの特徴が現れる情報である.

図 4 に情報の入力画面を示した.簡易分析で全ての

打球に関するインパクト時刻が記録されており,詳細

分析は連続して再生される各打球の情報を記録する

作業となる.詳細分析の結果は図 5のシートで示され

る.このシートでは,①打球面(フォア,バック),②打

法(ドライブ,カット等),③打球コースと得失点の関

図 2 簡易分析の作業フロー 図 1 情報入力画面

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係を分析できる.詳細分析は,サービスの分析だけ

でもおよそラリー数×1 分の時間が必要となり,対象

の打球が増えればそれだけ分析時間は増大する.

多くの分析時間が必要となるが,簡易分析よりも選手

のプレーを具体的に理解できる長所がある.

2.3. ロンドン五輪での使用事例および結果

開発されたソフトウェアは,ロンドン五輪におけるパ

フォーマンス分析活動に利用された.ロンドン五輪で

行われた分析のフローを図 6に示した.まず,試合会

場においてプレーを観察しながらの簡易分析に必要

となる情報を記録し,試合終了直後に簡易分析結果

を出力した.簡易分析は最大で同時に 2試合を対象

とした.簡易分析と並行して試合映像の撮影も行った.

ロンドン五輪では分析対象となる試合数が多く,現地

に派遣できるメンバーだけでは全ての分析を行うこと

が不可能であったため,日本にも分析班を配置し,

詳細分析は試合後に日本の分析班が行った.合計

136試合を対象として簡易分析,59試合を対象として

詳細分析を行った.簡易分析の結果は試合終了直

後,詳細分析の結果は試合翌日に出力した.分析を

簡易分析と詳細分析の 2 つに分割したことが,短時

間での分析結果の出力に加えて作業分担のし易さ

にもつながった.

ロンドン五輪以前には,統計値を用いたパフォーマ

ンス分析が卓球の試合会場で行われ,且つ試合直

後に分析結果が出力された事例はなかった.その実

現に本ソフトウェアは大きな役割を果たした.これまで

に事例がないことから,コーチ,監督によって統計値

が効果的に活用されるかが大きな課題であったが,

大会前に男子コーチより,個人戦の統計結果を団体

戦に利用したい,というコメントがあり,また,大会期

間中には,女子監督よりライバル選手に関する詳細

分析結果の要請があったことなどから,ロンドン五輪

中の戦術立案等に統計値が活用されたものと考えら

図 3 簡易分析シート 図 5 詳細分析シート

図 4 詳細分析用の情報入力画面

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れた.このようなロンドン五輪の事例から理解できる

通り,開発されたソフトウェアによって卓球のパフォー

マンス分析は競技現場に有効な情報を与え得るもの

となったと考えられる.

2.4. 現在抱える問題

卓球のパフォーマンス分析はロンドン五輪でリアル

タイムに展開されるなど,方法上の課題解決に向け

て進展がみられた.しかし,ロンドン五輪の事例から

は,使用したソフトウェアでは解決できていない問題

も浮かび上がる.最も大きい問題は,以前と比較して

改善されたとはいえ,依然,分析に多くの人手と時間

が要求される点である.パフォーマンス分析を効果的

に活用するためには,選手やコーチが普段から分析

結果を参照し,統計値に基づいたパフォーマンスの

評価に慣れる必要がある.実際,ロンドン五輪後,監

督,コーチにより,今後さらに統計値を使い慣れる必

要があるとコメントがあった.ロンドン五輪ではチーム

「ニッポン」マルチサポート事業による援助を得られた

ため計 9名による 12日間のパフォーマンス分析活動

を実施できたが,この水準のサポートを普段から継続

的に行うことは不可能である.今後,パフォーマンス

分析に要するコストの低減が強く求められる.

3. ビジョン技術による分析方法の開発

現在のパフォーマンス分析が抱える問題は,情報

の記録に要する時間が膨大な点であった.これは人

間が情報を記録することに起因しており,問題の解

決には記録の自動化が必要である.卓球のプレーに

関する情報は,ボール,選手およびラケットの卓球台

に対する相対的な位置情報から求められる.つまり,

これらの自動追跡が次世代のパフォーマンス分析シ

ステムに求められている.本章では,現在開発を進

めているシステムについて,まず 1)技術的課題を明

らかとし,次に 2)システム構成を検討する.そして,

3)ボール追跡の実験結果を紹介し,最後に本システ

ム開発の 4)今後を展望する.

3.1 技術的課題

卓球プレー中の物体追跡を行った研究には[7]が

ある.[7]ではテレビ映像から卓球台,選手,ボールを

逐次追跡している.卓球では,選手は高速に移動せ

ず,選手同士のオクルージョンが発生しないことから

選手の検出に問題はなかった.しかし,ボールの検

出には問題がみられ,提案手法による検出率は

65-88%であった.[1]には,一般にボール検出には

以下の難しさがあると述べてられている.

a. ボールの色,形,大きさ,速さ等がフレーム毎に異

なる

b. ボールが速く移動する際にモーションブラーが起

こる

c. ボールが選手やラインと重なり隠れる

d. 選手領域等に外見上ボールと類似した小領域が

多く含まれる

e. プレー領域のアピアランスが場所,時間によって

変化するため適切なモデル化が難しい

a,e は特に屋外の競技を対象とした場合の問題で

あるが,b,c,d は屋内で行われる卓球にも当てはま

る.例えば卓球ボールと卓球台上の白線は色が類似

しているため外見上,しばしば同化する(図 7).先に

紹介した[7]においてボールが未検出となった理由の

多くは cや dであった.これらの難しさにどう対処する

かが本システムの開発で重要となる.

3.2 システム構成

本システムは,2 台の同期したカメラ(Flea3, Point

Grey 社)で撮影された解像度 1280x960 の映像を用

図 6 ロンドン五輪におけるパフォーマンス分析のフロー 図 7 類似した色の背景と重なる卓球ボール

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いる.この構成は,(1)フレームレート,(2)モーション

ブラーへの対応(上述の b),(3)オクルージョンへの

対応(上述の c,d),(4)利用場面を想定した制約の

4点を検討した結果である.

(1)フレームレート

追跡対象の物体が高速で移動する卓球ボールで

あることから,ある程度高いフレームレートでの撮影

が必要となる.本システムは 120fps の撮影に対応す

るビデオカメラを使用している.多くの民生用カメラで

設定できる 60fpsでは,ボールが映るフレームが極端

に少なくなるケースが起こり得る 1.精度を考慮すると

民生用カメラでは十分ではない.

(2)モーションブラーへの対応

高速で飛翔する卓球ボールのブラーを1画素以内

とするには露光時間が 0.1ms以下である必要がある 2.

民生用カメラであっても通常は 0.1ms 以下に設定で

きるが,距離カメラは露光時間を短くできず,この条

件を満たさない.

(3)オクルージョンへの対応

対応方法はいくつか考えられるが,(2)より距離カ

メラを用いることができないため,2 視点からの撮影に

よって対応することとした.より多くの視点から撮影す

ればさらに安定的に対応できると考えられるが,次に

述べる「(4)利用場面を想定した制約」を考慮し,3 台

以上のカメラによる撮影は行わないこととした.

(4)利用場面を想定した制約

本システムは,試合会場もしくはトレーニング場で

の利用を想定したものである.トレーニング場面を考

えると,システム利用の簡便さが重要であり,この観

点からは,使用端末の少ないシンプルな構成が望ま

しい.本システムは 2 つのカメラおよび汎用 PC のみ

から構成されるため,利用の簡便さを大きく損なうこと

はない.単視点が理想であるのは言うまでもないが,

(2),(3)の両条件を単視点で満たすことは,現在利

用可能な端末では不可能である.

3.3 ボール追跡の実験

上述のシステム構成により2視点から撮影された映

像を用いて,卓球プレー中のボールを実験的に追跡

した.ボール検出の流れを図 8に示した.連続して検

出が成功するまでは方法 1(図中の太線),その後は

前フレームまでの移動から探索領域を限定しつつ,

方法 2(図中の二重線)によってボールを追跡した.3

次元座標は,事前に推定したカメラの内部パラメータ

および外部パラメータから求めた射影行列,および 2

つの画像上に投影されたボールの 2 次元座標より推

定した[4].座標系は,片方の卓球台左手前のコーナ

ーを原点とし,エンドライン方向を X 軸,サイドライン

方向を Y軸,鉛直上方向を Z軸とした.

この実験により,本システム構成により逐次ボール

が追跡できることを確認した.

3.3今後の展望

今後,まずはボール追跡の安定化および高精度

化が必要となる.そのためには,検出されたボール位

置から軌跡モデルの最適解を求めることが有効であ

ると考える[2].これにより,未検出が起こった際にも

高精度な推定が可能となる.次に,選手およびラケッ

トの追跡が課題となる.特にラケットは,選手や卓球

台に隠れる場面が多く,2視点撮影による3次元座標

の記録が困難であることは容易に想像できる.ただし,

パフォーマンス分析で必要となるのはラケットの 3 次

元座標そのものではなく,ラケットの 3 次元座標から

決定される打球面(フォア:利き手側,バック:利き手

の反対側),および打法(ドライブ,カット,等)の情報

である.カメラを卓球台の両サイドに配置することで

少なくとも 1視点からラケットを検出できれば,卓球台

とラケットを検出したカメラと選手の位置関係から打球

面が,スウィングの 2 次元軌跡から打法の情報が推

定できる可能性がある.物体追跡の問題解決に終始

するのではなく,システム全体として目的を達成する

ことが本システム開発では重要となると考える.

図 8 ボール検出の流れ

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4. むすび

卓球試合中の情報を効率的に記録するためのソ

フトウェアが開発され,開発されたソフトウェアは,ロン

ドン五輪におけるパフォーマンス分析を実現するなど

卓球のパフォーマンス分析法の確立に一定の成果を

示した.しかし,情報の記録に要するコストは依然とし

て大きく,継続的な分析活動の方法として問題が残

った.現在,コンピュータビジョンの技術を用いること

でボール位置の自動記録を試みている.この研究の

最終的な目標は,卓球のパフォーマンス分析全体の

自動化である.今後は,ボール追跡の安定化および

高精度化に加え,選手およびラケット位置記録の自

動化が課題となる.

補足 1 高速な卓球ボールは 100km/h程度に達する

と言われており,画像上に卓球ボールが見える区間

が最小で 137cm(卓球台サイドライン側の長さの半

分)程度になると仮定すると,ボールが見えるフレー

ムは最小で 2枚となる.

補足 2 卓球台サイドラインの長さが画像の横幅の

2/3 と対応する画角で撮影したとすると,撮影される

ボールの直径は約 13 画素である.つまり,1 画素は

約 3mm と対応する.100km/h の卓球ボールが 3mm

移動する時間は約 0.1msである.

謝辞 「2. 現在の卓球パフォーマンス分析」で紹介

したソフトウェアはチーム「ニッポン」マルチサポート

事業の一環として開発されたものである.

参考文献

[1] Dawei Liang, Yang Liu, Qingming Huang and Wen Gao:

A Scheme for Ball Detection and Tracking in Broadcast,

Proc. Pacific-Rim Conference on Multimedia, 864–875,

2005.

[2] Fei Yan, Kostin Alexey, William Christmas and Josef

Kittler: A Novel Data Association Algorithm for Object

Tracking in Clutter with Application to Tennis Video

Analysis: CVPR, vol.1, 634–641, 2006.

[3] 荻村伊智朗:卓球は,時間と空間の芸術だ,TALK1,

119-139,ヤマト卓球,1989.

[4] 佐藤淳:コンピュータビジョン-視覚の幾何学-,コロナ社,

119-120,1999.

[5] Sho Tamaki, Kazuto Yoshida, Takeshi Kasahara and

Chikara Miyaji: Development of a Tactical Analysis

Application for Table Tennis, International Symposium on

Computer Science in Sport, 2011.

[6] 高島規郎:卓球競技における情報収集解析システム-コン

パス 21 の開発,近畿大学教養部研究紀要,vol.26,no.2,

155-179,1994.

[7] Wei Chen, Yu-jin Zhang: Tracking Ball and Players with

Applications to Highlight Ranking of Broadcasting Table

Tennis Video, CESA, 1896–1903, 2006.

[8] 吉田和人・牛山幸彦・蛭田秀一・井上伸一・前原正浩・野

平孝雄・荻村伊智朗:卓球の実戦場面における戦術に関

する情報収集伝達システムの開発 —日本卓球協会国際

競争力向上プロジェクトにおけるコンピュータを用いたゲ

ーム分析—,静岡大学教育学部研究報告(自然科学編),

vol. 48,101-110, 1998.

玉城将:2007年静岡大学教育学部卒業.2010年静岡大学大

学院教育学研究科修了.同年,国立スポーツ科学センター情

報研究部,情報処理技術者.現在,慶應義塾大学理工学研

究科博士課程に在学中.主にスポーツ映像を対象としたコン

ピュータビジョンに関する研究に従事.日本卓球協会情報戦

略スタッフ.

斎藤英雄:1992 年慶大院理工学研究科電気工学専攻博士

課程修了.同年慶大助手.2006 年慶大理工情報工学科教授.

1997年-1999年,学術振興会海外特別研究員.2000年-2003

年,JST さきがけ研究「情報と知」領域研究員兼務.2006 年

-2012 年,JST CREST研究代表者.現在,主としてコンピュー

タビジョンとその VR 応用に関する研究に従事.博士(工学).

吉田和人:1984年筑波大学体育専門学群卒業.1986年同大

学院体育研究科修了.現在,静岡大学教育学部教授.卓球

に関して,日本の国際競争力向上,競技の発展などに資する

ことを目指して研究を進めている.日本卓球協会スポーツ医

科学委員会副委員長・競技者育成委員会副委員長・情報戦

略スタッフ,日本オリンピック委員会強化スタッフ.

山田耕司:1997年静岡大学理学部卒業.1997年静岡大学理

工学研究科修了.現在,NPO法人卓球交流会理事長.また,

日本オリンピック委員会専任情報科学スタッフ,日本卓球協会

情報戦略グループメンバーとして日本卓球ナショナルチーム

をサポート.

尾崎宏樹:2004 年日本大学大学院理工学研究科博士後期

課程医療・福祉工学専攻修了.現在,国立スポーツ科学セン

ターの契約研究員として卓球競技のサポートを担当.博士(工

学).