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2006年11月 第32号 1 〈ABCDE会合〉 報告(3) ネリカ米の貧困削減への効果:ウガンダの事例 国際開発高等教育機構リサーチフェロー  木島 陽子 はじめに ミレニアム開発目標(MDGs)採択後、 いかに貧困を削減するかは特に重要な問 題 と な っ て い る。 し か し Sahn and Stifel (2003)などの研究はサブサハラ以南のア フリカ(SSA)において MDGs が達成され ることはほぼ不可能であろうと予測してい る。MDGs を達成するために今こそキャパ シティビルディング、経済政策の改善、投 資の確実なデリバリーを加速化することが 必要である。貧困層の多くは農村部におり、 その生活は農業に依存していることが多い ため、改良品種などの農業技術の開発と普 及が早急に強化されるべき中心課題のひと つと考えられる(NEPAD 2004, Deininger and Okidi 2001 Pender et al. 2004a)。 土地が不足している地域では、肥料反応 種の開発と普及により農業生産は増加しう る(Hayami and Ruttan 1985)。しかし、非 効率なマーケティングシステムの下では、 現在入手可能な技術に化学肥料を投入する ことにより利益を得ることは難しい(Pender et al. 2004b, Otsuka and Kalirajan 2005, 2006)。マーケティングシステムを改善し、 より収益性の高い技術の開発がなされない 限り、肥料の投入も農業生産も増加しない であろう。 近年、ウガンダ政府はネリカ米(アフリ カの環境に適した高収量陸稲品種 New Rice for Africa の頭文字を取った通称)を貧困削 減策のひとつとして導入した。現在ほとん どの農家は肥料を使わずにネリカ米を栽培 しているが、平均収量は1ヘクタール当たり 2.3トンと高く、これは SSA における従来の 要 旨 サブサハラ以南のアフリカ(SSA)における食糧不足や貧困の増加は主要な開発問題となっている。 ネリカ米はアフリカの環境に適するよう開発され、SSA の貧困世帯の農産物の収量を増やし、食糧 問題を緩和し、所得を増大することが期待されている。近年、ネリカ米の高収量性については良く知 られるようになってきたが、ネリカ米の所得や貧困への効果についての実証研究は皆無である。そこ で本稿は、貧困削減策の一つとしてネリカ米普及プログラムが実施されているウガンダを例に取り、 ネリカ米導入の効果を実際の所得とネリカ米がなかった場合の仮説的な所得を比較し分析する。メイ ズが植えられていたプロットにネリカ米が植えられた場合、1 ヘクタールあたりの所得は US $246 か ら US $429 の所得増加効果があり、さらに、ネリカ米がある場合のほうが、ない場合よりも所得分 布がより平等になることがわかった。これらの結果は、ネリカ米の導入は所得分布を悪化させること なく貧困削減に貢献しうることを示唆している。 はじめに…………………………………… 21 第1章 データ…………………………… 22 第2章 ネリカ米の特性………………… 24 第3章 所得への効果…………………… 28 終章  結論……………………………… 31 目 次

〈ABCDE会合〉 報告(3) ネリカ米の貧困削減への …...2.3トンと高く、これはSSAにおける従来の 要 旨 サブサハラ以南のアフリカ(SSA)における食糧不足や貧困の増加は主要な開発問題となっている。ネリカ米はアフリカの環境に適するよう開発され、SSAの貧困世帯の農産物の収量を

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2006年11月 第32号 �1

〈ABCDE会合〉 報告(3)

ネリカ米の貧困削減への効果:ウガンダの事例国際開発高等教育機構リサーチフェロー 木島 陽子  

はじめに

 ミレニアム開発目標(MDGs)採択後、いかに貧困を削減するかは特に重要な問題となっている。しかし Sahn and Stifel

(2003)などの研究はサブサハラ以南のアフリカ(SSA)において MDGs が達成されることはほぼ不可能であろうと予測している。MDGs を達成するために今こそキャパシティビルディング、経済政策の改善、投資の確実なデリバリーを加速化することが必要である。貧困層の多くは農村部におり、その生活は農業に依存していることが多いため、改良品種などの農業技術の開発と普及が早急に強化されるべき中心課題のひとつと考えられる(NEPAD 2004, Deininger and Okidi 2001 Pender et al. 2004a)。

 土地が不足している地域では、肥料反応種の開発と普及により農業生産は増加しうる(Hayami and Ruttan 1985)。しかし、非効率なマーケティングシステムの下では、現在入手可能な技術に化学肥料を投入することにより利益を得ることは難しい(Pender et al. 2004b, Otsuka and Kalirajan 2005, 2006)。マーケティングシステムを改善し、より収益性の高い技術の開発がなされない限り、肥料の投入も農業生産も増加しないであろう。 近年、ウガンダ政府はネリカ米(アフリカの環境に適した高収量陸稲品種 New Rice for Africa の頭文字を取った通称)を貧困削減策のひとつとして導入した。現在ほとんどの農家は肥料を使わずにネリカ米を栽培しているが、平均収量は1ヘクタール当たり2.3トンと高く、これは SSA における従来の

要 旨 サブサハラ以南のアフリカ(SSA)における食糧不足や貧困の増加は主要な開発問題となっている。ネリカ米はアフリカの環境に適するよう開発され、SSA の貧困世帯の農産物の収量を増やし、食糧問題を緩和し、所得を増大することが期待されている。近年、ネリカ米の高収量性については良く知られるようになってきたが、ネリカ米の所得や貧困への効果についての実証研究は皆無である。そこで本稿は、貧困削減策の一つとしてネリカ米普及プログラムが実施されているウガンダを例に取り、ネリカ米導入の効果を実際の所得とネリカ米がなかった場合の仮説的な所得を比較し分析する。メイズが植えられていたプロットにネリカ米が植えられた場合、1 ヘクタールあたりの所得は US $246 から US $429 の所得増加効果があり、さらに、ネリカ米がある場合のほうが、ない場合よりも所得分布がより平等になることがわかった。これらの結果は、ネリカ米の導入は所得分布を悪化させることなく貧困削減に貢献しうることを示唆している。

はじめに…………………………………… 21第1章 データ…………………………… 22第2章 ネリカ米の特性………………… 24

第3章 所得への効果…………………… 28終章  結論……………………………… 31

目 次

Page 2: 〈ABCDE会合〉 報告(3) ネリカ米の貧困削減への …...2.3トンと高く、これはSSAにおける従来の 要 旨 サブサハラ以南のアフリカ(SSA)における食糧不足や貧困の増加は主要な開発問題となっている。ネリカ米はアフリカの環境に適するよう開発され、SSAの貧困世帯の農産物の収量を

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陸稲の平均収量の2倍以上である(Kijima et al. 2006)。この高収量性のため、ネリカ米は稲作生産量と農家所得を増加させうるとして期待されている。 ここで重要な問題は、どの程度ネリカ米は貧困削減や所得分布に影響があるかである。なぜなら、たとえ平均的に所得を増加させるとしても、相対的に富裕な農家がネリカ米の生産をより大規模で行えば、ネリカ米の導入が所得分布を悪化することになりかねないからである。本研究の目的はこうした問題を実証的に分析し、政策的に含意を得ることにある。我々は2005年にウガンダの10のネリカ米生産地域において家計調査を実施し、ネリカ米栽培農家に関する詳細なデータを収集した。 本論の構成は、第1章で使用するデータについて説明した後、ネリカ米生産地域や農家の特徴を整理し、第2章で既存の作物とネリカ米の技術的な相違点を検証する。第3章では、農業所得やネリカ米栽培面積の決定因を計量分析し、その結果を使ってネリカ米の所得・貧困・所得分布の効果を推定する。最終章では結論を述べる。

第1章 データ

1. サンプリング

 ウガンダの多くの地域で2つの耕作シーズンがある。東部では2月から6月の第1耕作シーズンが、中部と西部では9月から11月までの第2耕作シーズンがより長く安定的な降雨を期待できる。ネリカ米は成熟までの期間が短く旱魃に強いと言われているが、ウガンダではネリカ米を年に二度植えることはほとんどない。2004年の第1耕作シーズンは深刻な旱魃により、東部地域で

ネリカ米生産が壊滅的な打撃を受けたため、中部と西部からサンプル地域を選んだ。 サーベイの行われた2005年2月の時点で、ネリカ米栽培農家数は政府の普及プログラムがある地域において増加していたが、それ以外の地域ではネリカ米栽培農家数は非常に限られていた。2005年に実施されたより広範な地域から無作為に調査地を選択した家計調査によると、水稲と陸稲を栽培している農家の割合はそれぞれ4.6%と1.7%であり、ネリカ米に限っては0.7%に過ぎないことがわかった(Kijima and Sserunkuuma 2006)。よって、厳密な統計分析を行うためには意図的にネリカ米が栽培されている地域を選択しなければならなかったのである。 10のサンプル地域は、より広範囲の地域を網羅するよう選んだ。各地域から2004年の第2耕作シーズンにネリカ米を栽培した25家計を無作為に選択した。ネリカ米栽培農家数の割合が地域によって異なるため、各地から同数の家計を選ぶと実際の母集団よりもある地域のネリカ米農家を過小(または過大)評価する可能性がある。この問題をコントロールするために全ての分析でサンプリングウェイトを使う*1。

2.サンプル地域と  ネリカ米栽培家計の特徴

 図表1はサンプル地域の特徴を示している。ほとんどの地域で年間降雨量が、陸稲生産に最低限必要といわれている1,200mm以上ある。最寄りの町までの車での所要時間は10分から2時間とサンプル地域間で違いがあるが、全サンプル地域に耕作地のほかに休耕地や未開拓地が存在していることが図表1からわかる。ネリカ米耕作地面積は、2004年にネリカ米を新たに導入した地域では0.2ヘクタールと限られているが、そ

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*1 サンプリングウェイトは、地域ごとの [ 全ネリカ米生産家計数 / サンプルとして選ばれたネリカ米生産家計数 ] として計算される。

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2006年11月 第32号 ��

れ以前に導入した地域では約0.4ヘクタールに達している。 図表2は調査家計の特徴を一人当たり所得4分位別に示している。いくつかの重要な点を挙げると、第1に、一人当たりの土地面積は一人当たり所得と正の関係がある。これは土地が所得の重要な生産要素であることを示唆し、伝統的な農業で見られる結果である。第2に、ネリカ米耕作面積は高所得家計でより広く、ネリカ米耕作地の全耕作地面積に占める割合は低所得家計において高いことである。このことは、低所得家計がネリカ米栽培に不利な立場にはないということを示し、アジアにおける緑の革命の経験と類似している(David and Otsuka 1994)。第3に作物生産が所得の70%に寄与し、特に稲作生産は所得の36%を占めている。また、稲作からの所得シェアは低所得家計(下位50%)においてより高いことから、ネリカ米生産が pro-poor 効果を持ちうることを示唆している。

3.ネリカ米導入による  作付けシステムの変化

 肥料の投入や作付けパターンを所得4分位別に示した図表3によると、どの所得4分位においても有機肥料(堆肥や厩肥)・化学肥料はほとんど使われていないことがわかる。有機肥料の投入を妨げている理由としては、東アフリカにおいて堆肥の主要な源となる改良牛の普及がウガンダではあまり進んでい な い こ と(Otsuka and Yamano 2005)、堆肥を投入する際に必要な労働力が不足していること(Sserunkuuma 2005)などが考えられる。ネリカ米栽培においても化学肥料が使われていないのは、化学肥料の価格がアジア諸国と比べ非常に高いためである(Otsuka and Kalirajan 2005, 2006) *2。それでは、どのようにして土壌の肥沃度は保たれているのであろうか。調査によると、農家は主に輪作によって土壌の肥沃度を維持する努力を行っていることがわかった。

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

*2 ウガンダにおける肥料の値段は他の東アフリカ諸国と比べても高く、ナイロビやダルエスサラームの2倍以上との報告がある(Nkonya et al. 2005)。

図表1.サンプル地域の特徴 (降雨量、最寄町までのアクセス、土地利用)

出所)ネリカ米コミュニティー調査データa ネリカ米が初めに導入された年が不明。

一家計あたりの平均面積(ha)

サンプル地域

2003 年

年間

降雨量

(mm)

最寄町まで

の自動車で

の所要時間

(分)

最寄町

までの

距離

(km)

耕作地 休耕地 ネリカ米

耕作地

ネリカ米

導入年

Masindi 1294 70 21 3.42 1.65 0.32 n.a.a

Kobaale 1602 60 17 1.88 4.04 0.54 2001

Kamwenge 643 60 16 1.57 1.16 0.41 2001

Hoima 1530 30 9 1.36 2.12 0.34 2002

Luwero 1373 50 17 1.95 0.99 0.41 2003

Mbarara 765 40 13 1.20 1.25 0.19 2004

Wakiso 1460 25 7 1.08 0.97 0.32 2004

Mpigi 1454 10 2 1.70 1.71 0.32 2004

Mubende 1248 120 25 2.11 1.60 0.22 2004

Kiboga 818 45 8 2.63 3.29 0.29 2004

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よって、第3章で作付けパターンが収量や所得にどのような影響を与えるかを分析する前に、ネリカ米の導入が作付けシステムにどのような影響を与えたかを理解する必要があろう。 まず強調したいのは、ほとんどのサンプル地域でネリカ米は初めて栽培される陸稲であり、ネリカ米を栽培するかどうかは米の品種の選択ではなく、米という作物の選択であるということである。多くの農家はネリカ米を栽培するために、休閑中の土地を耕地に転換した。これは従来の作物(豆、調理バナナなど)の面積を維持するためである。ネリカ米が既存の作物に取って変わったのは、ごく限られた地域においてであった。例えば Hoima では、第1耕作シーズンにタバコが植えられたプロットに、第2耕作シーズンはメイズ、キビ、ネリカ米以外の陸稲などが植えられていたが、ネリカ米導入後、第2耕作シーズンにネリカ米が植えられるようになった。 図表3には、2004年第2耕作シーズンにネリカ米が植えられたプロットが、その前の第1耕作シーズンにどのような作付けパターンであったかを示しており、40%のネリカ米プロットは、その前の耕作期には休閑さ

れていたことがわかる。残りは豆類、タバコ、米以外の穀物、根菜(甘藷、キャッサバ)などが植えられていた。低所得層はネリカ米を休閑地に植え、高所得層はタバコが植えられた後のプロットにネリカ米を植える傾向がある。また、地域により作付けパターンが異なることがわかる。 図表4はネリカ米の収量を一耕作期前に植えられた作物別に示したものである。休閑地、またはタバコやマメ科の作物の次にネリカ米が植えられると、ネリカ米の収量はメイズの次に植えた場合よりも高い。これは、タバコ栽培に化学肥料が投入されることにより、次耕作期にも十分な養分が土壌に残存していることや、マメ科の植物には空中窒素を固定する働きがあることによって説明されよう。

第2章 ネリカ米の特性

 ネリカ米の所得への効果を分析する前に、要素シェア分析(Factor share analysis)をすることにより、サンプル家計が栽培している作物(豆やメイズ)と比べて、ネリカ米がどのような要素をより多く使用する技

図表2.サンプル家計の特徴(一人当たり所得 4分位別)

出所)ネリカ米家計調査データ

一人当たり所得 4 分位

平均 1 2 3 4

一人当たり所得 (US$) 170 41 100 168 363

作物所得シェア(%) 70 75 81 65 60

家畜所得シェア(%) 10 15 6 11 8

稲作所得シェア(%) 26 27 36 20 21

ネリカ米栽培面積 (ヘクタール) 0.47 0.39 0.43 0.57 0.52

全土地面積に占めるネリカ米栽培面積の割合(%) 17.5 16.5 22.5 12.5 18.5

土地面積(ヘクタール) 4.1 3.0 3.7 5.3 4.5

世帯員数 7.7 9.1 6.7 8.2 6.8

家計世帯主就学年数 5.6 5.5 5.8 4.9 6.0

一人当たり土地面積 (ヘクタール) 0.56 0.33 0.55 0.65 0.72

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2006年11月 第32号 ��

術であるのか、どの要素が相対的により多くの収益を得ているのかを明らかにしたい。要素シェア分析は新しい技術や作物が導入される際に広く使われている手法である

(David and Otsuka 1994)。こうした比較を

するために、ネリカ米が植えられていたプロットの近くで作られていた作物を「代替作物」として選び、ネリカ米と代替作物の生産に関するデータ(収穫物の総額、購入された現物投入、生産に費やされた家族労

図表3.調査家計の肥料投入と作付けパターン(一人当たり所得4分位別)

出所)ネリカ米家計調査データ

前期の利用が以下であるネリカ米プロットの

割合(%)

堆肥が投入

されたネリカ

米プロットの

割合(%)

化学肥料が

投入された

ネリカ米プロ

ットの割合(%) (%)

化学肥料が投入

された代替作物

プロットの割合 米以外

の穀類 豆 タバコ

休閑

根菜

平均 1 9 2 18 21 15 40 6

一人当たり所得4分位

1 1 11 2 24 23 1 47 5

2 1 1 0 19 20 8 47 5

3 1 12 6 13 17 25 33 12

4 1 12 13 17 23 23 34 3

サンプル地域

Masindi 7 17 8 45 0 0 45 9

Kibaale 0 8 4 29 33 8 25 4

Kamwenge 0 7 0 22 41 0 33 4

Hoima 0 12 0 0 5 63 26 5

Luwero 0 0 3 0 4 0 88 8

Mbarara 0 0 0 25 0 25 25 25

Wakiso 0 0 0 11 11 0 68 11

Mpigi 3 24 0 5 5 0 65 25

Mubende 0 19 7 40 25 0 30 5

Kiboga 0 22 4 55 0 15 30 0

図表4.ネリカ米収量、収入、支出、所得

注)カッコ内の数値は標準偏差。

収量 (トン/

ヘクタール)

収入 (ドル/

ヘクタール)

支出 (ドル/

ヘクタール)

所得 (ドル/

ヘクタール)

前期の作付けパターン

タバコ 3.38 946 106 840

(1.33) (431) (93) (413)

マメ科 2.64 642 171 472

(1.25) (311) (129) (260)

休閑地 2.39 660 168 491

(1.22) (342) (137) (363)

米以外の穀類 2.42 624 153 471

(1.52) (401) (118) (373)

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�� 開発金融研究所報

働、雇い入れ労働・機械レンタル費用など)を収集した。地理的に近くに位置する作物を選んだのは、ネリカ米が代替作物よりも肥沃度の高い土地に植えられたために、ネリカ米生産からの所得が高くなる可能性を最小限に抑えるためである。よく見られる代替作物はメイズと豆である。 図表5は、2004年第2耕作シーズンの1ヘクタールあたりの要素支払いと要素シェアを表示している。ネリカ米からの収穫物の総額は代替作物の2.7−2.9倍であり、ネリカ米はウガンダでは高価作物であることがわかる。同様に、他のカテゴリーに分類される投入物への要素支払いは、代替作物に

比べてネリカ米生産において高い。このことはネリカ米を導入することにより、資本を除く全ての要素投入へのリターンが高くなることを意味する。家族労働への要素支払い額はネリカ米生産において高くなっているが、労働への要素シェアは豆やメイズと同様、92−96%を占めている。よって、ネリカ米の導入は要素中立的技術変化と類似していると言えよう。ネリカ米生産は労働需要を増加させるので、家族労働力が豊富な貧しい家計の所得状況の改善につながると考えられる。 図表5に見られるように、推計された土地へのリターンはネリカ米生産において高く、

図表5.作物別要素支払い(ドル /ヘクタール)

a 調査時点でのウガンダシリングのアメリカドルへの為替レートは Shs 1700 = US $1.00. カッコ内の数値は要素シェア (%)。b 家族労働は農作業ごとの市場賃金レートを使い、所有資本は市場レンタル料、前年から持ち越しの種子や無料で取得した種子や化学肥料は市場の価格で評価した。

ネリカ米 マメ科 米以外の穀類

サンプル数 240 44 127

総収益 731.8 271.2 254.8

(100) (100) (100)

現物投入 52.4 27.1 21.8

(7.2) (10.0) (8.7)

所有 b 31.7 8.0 11.2

購入 20.7 19.1 10.6

資本 0.7 0.0 4.8

(0.1) (0.0) (0.0)

所有 b 0.1 0.0 2.2

雇い入れ 0.6 0.0 2.6

労働 673.4 255.2 239.8

(92.0) (94.1) (95.8)

家族労働 b 570.4 194.2 164.0

雇い入れ労働 103.0 61.0 75.8

残差 (利潤) 5.3 ‑11.1 ‑11.6

(0.7) (‑4. 1) (‑4. 6)

土地貸し出しからのレント 2.0 0.0 2.1

純利益 3.3 ‑ 11.1 ‑ 13.7

a

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2006年11月 第32号 ��

これはネリカ米が代替作物よりも高い利潤が見込まれる作物であることを示している*3。ネリカ米の残差利潤が非常に小さい理由として、ウガンダの労働市場の不完全性により、

労働雇用のコストが家族労働の機会費用よりも高く、家族労働を雇い入れ賃金率で評価したことにより費用が過大評価されている可能性があることが考えられよう。

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

*3 生産関数が一次同次で市場が競争的であるとき、土地への要素支払いは、現物投入、資本、労働への実際の費用と市場価格で評価した所有資産への支払いを、収穫物の総額から差し引いた残差として推計される。保有資産の場合は、各地域の市場における雇い入れ労働の賃金率(農作業、男女別)、機械の場合はレンタル費によって計算した。

図表6.ネリカ米栽培面積決定因分析 (最小二乗法)

** , * はそれぞれ有意水準1% , 5% を意味する。 a 第1列を除くカッコ内の数値はt値。第1列の数値は標準偏差。b 家畜には牛、ヤギ、豚、鶏が含まれる。c 家計資産には自転車、バイク、車、携帯電話、ラジオ、テレビ、水タンクが含まれる。

平均

(標準偏差)

ネリカ米栽培面積

(ヘクタール)

全土地面積に占める

ネリカ米栽培面積の割合

(1) (2) (3) (4)

2004 年以前のネリカ米栽培年数 0.13 0.082** 0.100** 0.007 ‑0.00 7

(0.43) (3.92) (4.64) (0.55) (0.60)

2004 年以前のネリカ米以外の稲作経験年数 0.36 ‑0.00 7 ‑0.00 6 ‑0.00 7* ‑ 0.007*

(1.76) (1.38) (1.19) (2.39) (2.57)

男性世帯員(年齢 15‑5 9 歳)割合 0.244 0.156 0.136 ‑0.01 5 0.109

(0.165) (1.28) (1.01) (0.21) (1.46)

女性世帯員(年齢 15‑5 9 歳)割合 0.214 ‑ 0.008 0.169 0.044 ‑0.06 7

(0.147) (0.05) (1.19) (0.53) (0.84)

世帯主就学年数 7.15 0.002 0.004 0.005 0.005

(4.04) (0.36) (0.76) (1.76) (1.80)

世帯主年齢/100 0.434 ‑0.29 7* ‑0.16 3 ‑0.21 1* ‑ 0.218**

(0.138) (2.07) (1.09) (2.48) (2.63)

女性世帯主ダミー 0.079 0.022 0.013 0.077* 0.103**

(0.27) (0.35) (0.19) (2.06) (2.77)

世帯員数 7.70 0.016** ‑0.00 2

(3.56) (3.00) (0.69)

全所有農地面積 (ヘクタール) 4.15 0.016** ‑0.01 6**

(4.01) (3.02) (4.99)

一人当たり所有農地面積 0.565 0.021 ‑ 0.137**

(ヘクタール) (0.482) (0.52) (5.97)

家畜保有額 b 4.734 0.911 3.804 ‑1.26 7 ‑2.5 54*

(1 億ウガンダシリング) (8.112) (0.42) (1.72) (0.98) (2.07)

家計資産額 c 2.406 2.124 1.954 ‑1.00 5 ‑0.99 1

(1 億ウガンダシリング) (5.997) (0.77) (0.68) (0.62) (0.62)

肥料・種販売業者までの距離 (km) 13.14 0.004 0.004* 0.001 0.001

(14.23) (1.77) (2.01) (0.65) (1.07)

切片 0.135 0.174 0.273** 0.282**

(1.09) (1.36) (3.71) (3.98)

地域ダミー Yes Yes Yes Yes

サンプル農家数 240 240 240 240

決定係数 0.37 0.30 0.28 0.30

a

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第3章 所得への効果

1.ネリカ米栽培面積の決定因

 ネリカ米の所得への効果はネリカ米の栽培面積に依存するので、はじめにネリカ米の栽培面積がどのような要因によって決定されるのかを分析する。我々の仮説は、貧しい家計は土地面積あたりの労働人口が多いため、より多くネリカ米を栽培する傾向があるというものである。 この仮説の妥当性を検定するために、2つの被説明変数(1)ネリカ米栽培面積、(2)ネリカ米栽培面積の全土地面積に占める割合、を使用する。全サンプル家計はネリカ米を栽培しているので、最小二乗法によって分析する。各被説明変数に対して、土地と労働の希少性を表す説明変数として、(a)世帯員数と土地面積、(b)一人当たり土地面積、を使った推定式を分析する。説明変数の記述統計と推定結果を図表6に示す。 ネリカ米栽培面積決定関数において、一人当たり土地面積は有意な効果はないが、世帯員数の係数は正で有意である。このことは、より多くの家族労働や土地を保有する家計はネリカ米をより大きな規模で栽培することを意味するので、家族労働や土地の入手可能性によってネリカ米栽培面積が制限される可能性があることを示していると言えよう。 しかし、ネリカ米栽培面積シェア決定関数においては、労働・土地比率の係数は負で有意であるので、一人当たりの土地が少ない家計がよりネリカ米栽培に熱心であることがわかる。また、女性が家長である家計はより貧しいことが多いのだが、そうした家計でより多くの土地をネリカ米栽培に割り当てている。このように、貧困家計はネリカ米栽培により多くの土地を割り当てることにより、ネリカ米の導入は貧困の削減と所得分布の改善につながると考えられる。

2.生産管理の作物所得への効果

 作物生産からの所得は、その作物の品種・技術的性質のみでなく、作付けパターンなどの管理方法によっても決定されうる(第2章)。しかし、ある特定の作付けパターンの選択は、土壌の肥沃度や生産者の作付けに関する管理能力などに依存していると考えられる。これらの関係を切り離し、ネリカ米導入の純粋な効果を明らかにするために、各家計からネリカ米と代替作物の2つの隣接したプロットで得られた所得の決定因を家計レベルの固定効果モデルを使って分析する。実証モデルを次のように特定化する。

y ij =βXi +δMij +αi +εij ,

 そこで y ij は家計 i、プロット j(ネリカ米か代替作物)からの所得 ; Xi は家計 i の家計の特徴を表す一連の変数 ;Mif は家計 i , プロット j における作付けパターンダミー ; αi は家計 i の観察不能な特徴を表す変数 ; εij はエラータームである。 ネリカ米と代替作物のプロットレベルの所得は、家計の特徴とそのプロットの作付けパターン(2004年第1・第2耕作シーズンにおける土地利用により表す)の関数とする。作付けパターン以外の管理法(植え付けのタイミング、適切な除草など)もネリカ米からの所得を増加させうるので、第2・第3の特定化では、作付けパターン以外の管理法の代理変数として稲作経験年数を、説明変数として使用する。家計レベルの固定効果モデルを使用しているため、ネリカ米プロットダミーと稲作経験ダミー(稲作経験があれば1、なければ0)を説明変数として追加する。ネリカ米とネリカ米以外の稲作経験の有無が所得に与える影響が異なる可能性があるため、第3の特定化では稲作経験をネリカ米栽培経験とネリカ米以外の稲作経験とに分ける。 図表7第1列に示された結果によると、第

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図表7.プロットレベルの所得決定関数の推定結果(USD100/ヘクタール),    家計レベルの固定効果モデル

a カッコ内の数値は t 値。 ** , * はそれぞれ有意水準1% , 5% を意味する。 b 作付けパターンダミーのデフォルトカテゴリーは穀類−穀類。

(1) (2) (3)

作付けパターンダミー b

(2004 年第 1 期 ‑ 第 2 期作付けシーズン)

穀類 ネリカ米 2.281 0.700 0.717

(1.52) (0.46) (0.46)

豆類 ネリカ米 3.355* 2.068 2.099

(2.25) (1.39) (1.39)

根菜類 ネリカ米 2.450 0.701 1.793

(1.00) (0.29) (0.73)

タバコ ネリカ米 7.630** 5.140** 6.745**

(4.71) (2.98) (4.00)

未開拓地 ネリカ米 4.769* 4.065* 4.540*

(2.38) (2.08) (2.31)

休閑地 ネリカ米 3.085* 2.317+ 3.086*

(2.12) (1.62) (2.16)

穀類 豆類 ‑2.63 6 ‑0.91 3 ‑1.85 7

(‑1. 11) (‑0. 39) (‑0. 78)

豆類 豆類 1.174 3.413 2.430

(0.40) (1.17) (0.84)

根菜類 豆類 ‑2.52 1 ‑2.01 2 ‑2.26 5

(‑0. 99) (‑0. 81) (‑0. 91)

タバコ 豆類 ‑2.1 94 ‑ 0.451 ‑0.7 71

(‑0. 75) (‑0. 16) (‑0. 27)

未開拓地 豆類 ‑0.5 70 0.880 ‑ 0.417

(‑0. 09) (0.15) (‑0.0 7)

休閑地 豆類 ‑1.1 27 0.960 0.203

(‑0. 57) (0.48) (0.10)

穀類 根菜類 ‑1.7 12 ‑ 1.202 ‑0.5 44

(‑0. 62) (‑0. 45) (‑0. 20)

豆類 根菜類 3.293 4.678+ 4.780+

(1.31) (1.89) (1.90)

根菜類 根菜類 0.727 0.694 1.174

(0.37) (0.36) (0.61)

タバコ 根菜類 0.889 1.692 0.587

(0.19) (0.37) (0.13)

未開拓地 根菜類 ‑0.9 71 ‑ 1.675 ‑1.2 00

(‑0. 08) (‑0. 15) (‑0. 10)

休閑地 根菜類 ‑1.3 12 ‑ 0.191 ‑0.2 77

(‑0. 63) (‑0. 09) (‑0. 13)

豆類 穀類 ‑1.9 55 0.105 ‑ 0.615

(‑0. 85) (0.05) (‑0.2 6)

根菜類 穀類 ‑0.5 43 1.542 0.077

(‑0. 19) (0.54) (0.03)

タバコ 穀類 2.284 2.539 1.939

(0.79) (0.91) (0.68)

未開拓地 穀類 0.694 2.378 1.603

(0.36) (1.23) (0.83)

休閑地 穀類 ‑0.6 70 0.805 0.358

(‑0. 39) (0.47) (0.21)

多数作物作付けプロットダミー 0.232 0.737 0.943

(0.22) (0.71) (0.89)

ネリカ米プロットダミー × 稲作経験ダミー 3.798**

(3.46)

ネリカ米プロットダミー × ネリカ米栽培経験ダミー 3.291**

(2.95)

ネリカ米プロットダミー×ネリカ米以外の稲作経験ダミー 1.294

(1.27)

サンプル農家数 428 428 428

決定係数

(自由度修正済み決定係数)

0.72

(0.26)

0.74

(0.31)

0.74

(0.30)

a

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1耕作シーズンに豆やタバコが栽培され、第2耕作シーズンにネリカ米が栽培されたプロットにおいて、ネリカ米栽培からの所得が、米以外の穀物が少なくとも2期続けて植えられたプロット(推定式のデフォルトカテゴリー)からの所得よりも有意に高いことがわかる。ただし、ネリカ米からの所得は、ネリカ米が穀類の後に栽培された場合には有意に高くはない。この結果はネリカ米が土壌養分に反応しやすい品種であり、化学肥料を投入したタバコ栽培の後や、空中窒素を固定する豆栽培の後にネリカ米を植えることが望ましいことを示している。第3列の結果で、ネリカ米プロットとネリカ米栽培経験ダミーの交差項の係数が正で有意であることから、ネリカ米栽培経験がある家計はより高い所得を得ていることがわかる。このように、ネリカ米の栽培が所得に与える効果は、どのような作付けパターンが取られるかに依存しているといえる。 第3列の結果によると、作付けパターンを「第1耕作シーズン:休閑地−第2耕作シーズン:米以外の穀類」から 「休閑地−ネリカ米」 に変えると1ヘクタールあたりの所得が273ドル、または「タバコ−米以外の穀類」から 「タバコ−ネリカ米」 に変えると481ドル増加することを示している。稲作経験がある場合には、これらの変化が602ドルと810ドルに増える。サンプル家計の平均所得が1,044ドルであったことを考慮すると、ネリカ米導入の所得への効果は無視できない大きさであることがわかる。

3.貧困削減と所得分布への影響

 ネリカ米導入の貧困削減と所得分布への影響を考察するために、3つのシナリオの下での仮説的な所得を推計する。第1のシナリオは、ネリカ米が導入されず、実際にネリカ米が植えられたプロットには代替作物が植えられたというものである。例えば、実際の作付けパターンが「タバコ−ネリカ米」で、ネリカ米の代替作物が豆である家

計の場合、第1のシナリオによる仮説的な所得は、ネリカ米プロットの作付けパターンは「タバコ−豆」となる。第3列の結果によると、「タバコ−ネリカ米」 作付けパターンからの1ヘクタールあたりの所得は、「タバコ−豆」 プロットからの所得よりも751.6ドル [(6.745 + 0.771)×100]高いことがわかる。各家計でネリカ米栽培面積は異なるので、得られる所得を計算する際には、各家計の実際のネリカ米プロット面積で調整しなければならない。もしネリカ米プロットの大きさが0.5ヘクタールであるならば、375.8ドル(751.6×0.5)を家計の全所得から差し引いたものが、ネリカ米が導入されなかった場合の所得となる。 第2のシナリオは、2004年以前にネリカ米栽培経験が無い家計に、仮説的にネリカ米栽培を経験させる場合である。ネリカ米プロットダミーとネリカ米栽培経験の有無ダミーの交差項の係数を使い、実際の所得にネリカ米栽培経験があることによる追加的所得 [329.1ドル×ネリカ米栽培面積 (ha)]を加えることにより仮説的所得2を計算する。このネリカ米栽培経験と所得の間の直接的な効果に加えて、第3のシナリオでは、ネリカ米栽培経験がネリカ米栽培面積を増加させることによる間接的な所得増大効果をも考慮する。図表6第2列によって示されたように、ネリカ米栽培経験の1年の増加は、ネリカ米栽培面積を0.1ヘクタール増やす効果がある。 図表8は実際の一人当たり所得と推計された仮説的所得を比較している。仮説的所得1は実際の一人当たり所得よりも平均で8ドル少なく、全ての家計が少なくとも1年のネリカ米栽培経験があった場合の仮説的所得2は実際の所得よりも16ドル(間接的な効果を含めると40ドル)ほど高い。しかし、これらの平均的な所得増大効果はネリカ米導入が貧困を減らすことを意味しない。シナリオ1によると、ネリカ米が導入されなかった場合の貧困者比率は、ネリカ米が導入された場合のものよりわずかに高い程度

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だが、シナリオ2と3においては、全ての貧困指標でネリカ米の導入が貧困を大きく減少させる効果があったことがわかる。 不平等度の指標として用いたジニ係数、タイル指標、対数分散の全てにおいて、ネリカ米の導入が所得分布を平等化する効果があったことがわかる。これは、貧困家計がより多くの割合の土地を、労働集約的なネリカ米生産に割り当てたためだと考えられる。

終章 結論

 本稿は、ウガンダにおけるネリカ米をケースに取り、新しい農業技術がサブサハラ以南のアフリカにおける貧困農家家計の所得に与えうる影響を分析した。ネリカ米は一人当たり所得の10−25%に相当する所得を増加させる可能性があることが示された。この結果は、伝統的な農業において、高収益技術の導入が最も効果的な貧困削減策であるというシュルツの仮説(Schultz 1964,

1979)を支持する。しかし、我々の分析が示したように、ネリカ米の所得増大効果は、土壌肥沃度の維持に寄与する適切な作付けパターンを用いることによってのみ実現されうる。また、稲作経験を積むことによって、作物所得がさらに増加するという分析結果を得た。これらの結果は、高収量・労働使用技術の開発とともに、効果的な新技術の普及、栽培方法などの情報の伝授が、貧困家計の所得増大にとって必要不可欠であることを示している。 ウガンダは比較的雨量の多い地域が多いこと、急速な都市化と人口増加による米需要の増加により米価が比較的高いこと、タバコやコーヒーなどの伝統的な換金作物と異なり米は食べることができるため、貧困削減だけでなく食糧安全の点からも好ましいと考えられていることなどから、国全体にネリカ米が普及する可能性がある。しかし、目下、ネリカ米を栽培している家計の割合は国レベルで1%以下と非常に低く、ネリカ米の導入に深刻な制約があることを示唆する。考えられうる制約の一つはネ

図表8.実際の所得と仮説的所得からの貧困・不平等指標

a 仮説所得1はネリカ米が導入されず、代替作物がネリカ米プロットで栽培された場合の所得、仮説所得2は2004年以前にネリカ米を栽培した経験がない家計が、少なくとも1年の経験があったとした場合の所得、仮説所得3は仮説所得2に加えて、ネリカ米栽培経験がネリカ米栽培面積を0.1ヘクタール増加させる間接的な効果を考慮した所得をさす。

b 貧困ラインは Yamano et al. (2004) で計算されたものを UBOS (2005)の消費者物価指数を使い、2005 年の物価水準に調整した。

実際の 仮説的 a 仮説的 a 仮説的 a

所得 所得 1 所得 2 所得 3

一人当たり所得(US ドル) 155 147 171 195

貧困ライン = US 128 ドル b

貧困者比率 50.8 52.1 43.6 33.3

貧困ギャップ比率 24.3 26.7 18.1 13.5

二乗貧困ギャップ比率 15.4 18.0 10.8 7.5

不平等指標

ジニ係数 0.411 0.428 0.392 0.373

タイル指標 0.290 0.311 0.269 0.250

対数分散 0.822 0.825 0.655 0.526

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リカ米の種子の不足や非効率な extensionサービスである(Kijima and Sserunkuuma 2006)。この研究はネリカ米が導入された地域において、ネリカ米による貧困削減効果が大きいことを示したが、ウガンダの多くの地域ではネリカ米による恩恵を享受するに至っていないことを注意しておきたい。また、我々の分析は一時点のデータに基づいており、ネリカ米の所得や貧困への長期的な影響については分析範囲を超えている。しかし、アジア諸国で収量の飛躍的な増大を実現した緑の革命に相当しうる「ネリカ米革命」がアフリカにおいておこるためには、いかに土壌の肥沃度を維持するかが重要となることをこの研究は示唆している。ネリカ米生産において最も費用効率的でかつ持続可能な土地管理法が何かは知られていない。ウガンダにおいてネリカ米による持続可能な貧困削減を達成するためには、土壌肥沃度への効果についての注意深い研究が必要であろう。

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