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179 Tatsunori ISHII 健康・スポーツ心理学科(Department of Health and Sport Psychology) マインドリーディングの推測方略 ―感情,選好,性格の推測における投影とステレオタイプ化の使い分け― Mindreading Strategy: Selective Utilization of Projection and Stereotyping in Inferences about Others’ Affective State, Preference, and Personality 石 井  辰 典 Tatsunori ISHII It has been argued that social judgment is affected by our own mental states (projection) and stereotype knowledge (stereotyping). Recently, Ames (2004a, b) offered and examined a similarity contingency model for mental states inference, which predicted people selectively use projection and stereotyping depending on perceived similarity to a target person. This study aims to test this model with different samples (Japanese university students) and tasks from previous studies. However, the results did not support the model. First, Japanese participants employed projection unanimously regardless of the perceived similarity to the target person in inference about her affective states and preferences. Second, they employed both projection and stereotyping in inference about her personality. These results suggest that the model is incompatible with an East Asian cultural context, and the inference about others’ personality is based on different computation from that about affective state and preferences. Keywords: mindreading, projection, stereotyping

―感情,選好,性格の推測における投影とステレオタイプ化 …181 マインドリーディンの推測方略 していることが示唆されてきた。一方で,社会

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  • 179

    *TatsunoriISHII 健康・スポーツ心理学科(DepartmentofHealthandSportPsychology)

    マインドリーディングの推測方略―感情,選好,性格の推測における投影とステレオタイプ化の使い分け―

    Mindreading Strategy:Selective Utilization of Projection and Stereotyping in Inferences

    about Others’ Affective State, Preference, and Personality

    石 井  辰 典*

    Tatsunori ISHII

     It has been argued that social judgment is affected by our own mental states (projection) and stereotype

    knowledge (stereotyping). Recently, Ames (2004a, b) offered and examined a similarity contingency model

    for mental states inference, which predicted people selectively use projection and stereotyping depending on

    perceived similarity to a target person. This study aims to test this model with different samples (Japanese

    university students) and tasks from previous studies. However, the results did not support the model. First,

    Japanese participants employed projection unanimously regardless of the perceived similarity to the target

    person in inference about her affective states and preferences. Second, they employed both projection and

    stereotyping in inference about her personality. These results suggest that the model is incompatible with an

    East Asian cultural context, and the inference about others’ personality is based on different computation from

    that about affective state and preferences.

    Keywords: mindreading, projection, stereotyping

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    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    研究がなされている(e.g.,Gopnik&Wellman,

    2012;Meltzoff, 2007; Carruthers& Smith,

    1996)。

    社会心理学における議論

     社会心理学においても,人々が他者の心的状

    態の推測についての研究が蓄積されている。特

    に,他者の意見や態度,好み,性格特性,感情

    などについて人々が下す判断は社会的判断と呼

    ばれ,人々はどのような判断をする傾向・バイ

    アスを持つのか,またその傾向・バイアスはど

    のような社会状況下で現れやすいかといった点

    について明らかにしてきた。

     例えば,社会的判断においては,他者の所属

    する集団やカテゴリーに関するイメージ,特に

    ステレオタイプ(stereotype)が,その判断に

    大きな影響を及ぼすことが知られている。例

    えば,“男性は理系科目が得意である”という

    ステレオタイプを使って,“あの人は男性だか

    ら,きっと理系科目が得意だろう”と考えるわ

    けである。実際に,80年台に北米で行われた実

    験では,人々は社会的階層の低い他者は,総じ

    て学力レベルが低いと判断する傾向を示した

    と報告されている(Darley&Gross,1983)。

    これは,“社会階層の低い者は,貧しく知的

    教育を十分に受けていない”という,“社会

    階層が低い者”に関するステレオタイプが判

    断に影響を及ぼしたのだと解釈されている。

    その後も,ステレオタイプが社会的判断に及

    ぼす影響について多数の研究がなされており

    (e.g.,Cohen,1981;Devine,1989),他者の心

    的状態の判断に,人々がステレオタイプを判断

    の枠組みとして用いていることが示唆される。

    なお,このように他者にステレオタイプを当て

    はめる判断の仕方・方略は,ステレオタイプ化

    (stereotyping,以下ST化と表記)と呼ばれて

    いる。

     毎日の生活の中で私たちは,他者がどんなこ

    とを考えているか,どんな気持ちであるかと

    いったことに思いを巡らせている。例えば,自

    分が母親の誕生日にどんなプレゼントを贈ろう

    かと考えるという場面を想像してみほしい。そ

    の場面ではきっと,どんなプレゼントを好むだ

    ろうかとか,2つの候補の内どちらをより喜ん

    でくれるかといったことを考えることだろう。

    また,友人と喧嘩をした翌日には,多くの人

    は,まだ相手は自分のことを怒っているだろう

    か,それとももう許してくれているだろうかな

    どと思うだろう。

     このように私たちは他者の心的状態を推測す

    ることができる。ただし,他者の心は直接観察

    することはできないのだから,そうであれば,

    そこには何らかの情報を用いて他者の考えや気

    持ちを計算し,検討をつけるといった心的なプ

    ロセスが存在するはずである。それでは私たち

    は一体,どのようにして観察不可能な他者の考

    えや気持ちを推測しているのだろうか?

     この問題については,心の哲学や認知科

    学,心理学などをはじめとする多くの分野に

    おいて様々な議論がなされている。例えば心

    の哲学によれば,私たちが他者の心的状態を

    推測・理解できるという現象に対してシミュ

    レーション・セオリー(simulation-theory)と

    セオリー・セオリー(theory-theory)という

    2種類の説明があり得るという(e.g.,Nicholas

    &Stich, 2003)。そして認知科学者や神経科

    学者は,実証研究を通じてどちらがより妥当

    な説明であるかを検討している(e.g.,Appley,

    2008;Malle&Hodge,2005;Suzuki,Harasawa,

    Ueno,Gardner, Ichinohe,Haruno,Cheng,&

    Nakahara,2012)。また発達心理学では,他者

    の内に心的状態を想定し,その内容を推測・理

    解する能力は心の理論(TheoryofMind)と

    呼ばれており,この能力の解明のために多くの

  • 181

    マインドリーディングの推測方略

    していることが示唆されてきた。一方で,社会

    的判断における自己の影響についても研究が蓄

    積されており,私たちが投影方略を用いて他者

    の心的状態を判断することが示されている。

     それでは,社会的判断におけるステレオタイ

    プの影響と自己の影響はどのように整理できる

    ろうか?言い換えれば,人々がST化を使うの

    はどのような条件下であり,投影を使うのはど

    のような条件下なのだろうか?

     この点について,Ames(2004a, b)は,

    “類似性随伴モデル(similaritycontingency

    model)”を提案している(Figure 1.参照)。

    このモデルによれば,人々は自分と類似してい

    ると感じられた他者に対しては投影をより強く

    用いるが,類似していないと感じられた他者

    に対してはST化をより強く用いるとされる。

    そして彼はこの仮説の検討する一連の研究を行

    い,これを支持する結果を得ている。

     例えばAmes(2004a)の研究1では,参加者

    は“アリスという名の医学部学生が,自分の受

    講している授業を担当する教授が困っている場

    面に遭遇し,その教授のことを助ける”という

    シナリオを読み,その状況でのアリスの心的状

    態について推測を行った。具体的には,“アリ

    スは成績のためではなく親切心から教授を助け

    たと思う”といった8つの質問項目に対して12

    件法で評定を行った。その後,参加者自身がア

     そのほかで有名なバイアスとしては,自己中

    心性バイアス(egocentricbias)がある。こ

    れは,“他者は自分と同じような心的状態に

    ある”と判断してしまうバイアスのことを指

    す。このバイアスの現れとされる現象は様々あ

    るが,代表例として合意性推測の過大視,あ

    るいはフォールス・コンセンサス効果(false

    consensus effect, Ross, Greene,&House,

    1977)を挙げることができるだろう。例えば,

    学生に“着ぐるみを着て大学内を30分間歩いて

    回ってほしい”と頼んだところ,6割の学生が

    承諾し,残り4割が拒否したとする。そしてこ

    の学生たちに,他の学生は一体どのくらいの割

    合で承諾・拒否するかについて推測してもら

    う。すると,着ぐるみを着ることに承諾した学

    生は,実際には6割が承諾したのだが,“7割く

    らいの学生は承諾するだろう”と判断し,拒

    否した学生も“全体の半分くらいの学生は拒否

    するだろう”と判断する傾向を見せるのであ

    る。このように人々は,自分の判断に対して他

    者が合意する程度を,実際以上に多く見積もる

    のである。なぜこうしたことが起きるのだろう

    か?その理由は,私たちが他者の考えや気持ち

    を推測するときに,自分が持つ考えや気持ち

    を他者に適用・投影するからだと考えられてい

    る(e.g.,Krueger,2003;工藤,2010;Nickerson,

    1999)。その結果,他者は自分と同じ心的状態

    にあると判断してしまう(合意性推測の過大視

    が起きる)というわけである。なお,人々が自

    分の心的状態を他者に適用・投影するという判

    断の方略は社会的投影(socialprojection),

    あるいは単に投影と呼ばれている。

    投影とST化:2つの方略の使い分け

     以上の議論を整理すると,まず社会的判断に

    おけるステレオタイプの影響が示されており,

    私たちがST化を用いて他者の心的状態を判断Figure 1. A similarity contingency model of mental states inference. This figure is from Ames (2004b).

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    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    リスと同じ状況に遭遇したらどのような心的状

    態になると思うか(“自分ならば,成績のため

    ではなく親切心から教授を助けるだろう”など

    8項目),また典型的な医学部学生が同じ状況

    に遭遇したらどのような心的状態になると思

    うか(例えば“典型的な医学部学生ならば,成

    績のためではなく親切心から教授を助けるだろ

    う”など8項目)についても同様に評定を行っ

    た。そして,アリスの心的状態についての評定

    値が,自分の心的状態の評定値と典型的な医学

    部学生についての評定値のどちらとより強く関

    連しているかを検討した。その結果,アリスに

    対する評定値と自分に対する評定値の正の関連

    は,自分とアリスの間に類似点があった(類似

    性を高く知覚した)参加者のデータにおいて,

    類似点がなかった(類似性を低く知覚した)参

    加者のデータよりも有意に高かった。一方で,

    アリスに対する評定値と典型的医学部学生に対

    する評定値の正の関連は,類似点がなかった参

    加者のデータにおいて,類似点があった参加者

    のデータよりも有意に高かったのである。つま

    り,投影は,他者に対し類似性を高く知覚した

    場合により強く用いられ,ST化は類似性を低

    く知覚した場合に用いられるという仮説に合致

    した結果であった。

    本研究の目的:類似性随伴モデルの検討

     類似性随伴モデルは,社会的判断におけるス

    テレオタイプの影響と自己の影響を整理したと

    いう点で,高く評価できる。そこで本研究で

    は,このモデルのさらなる妥当性を検討するこ

    とを目的にとする。具体的には,このモデルか

    ら導かれる仮説――類似性を高く知覚した他

    者の心的状態の判断には投影がST化よりも強

    く用いられるが,低く知覚した他者に対しては

    ST化が投影よりも強く用いられる――に合致

    する結果が,先行研究と異なるサンプル(日本

    人大学生)や課題を用いても得られるかを検討

    する。もしモデルが高い妥当性を持つならば,

    この仮説と合致する結果が得られるだろう。

     まず研究1では,感情状態を扱った検討を行

    う。すなわち,参加者に標的人物を紹介し,そ

    の人物が体験した出来事についてのビネット

    (vignette,行動描写)を読んでもらう。そし

    て,標的人物がその出来事を経験する中でどん

    な感情状態になったかについて推測し,評定す

    るように求める。また,自分がその出来事を体

    験したらどんな感情を抱くか,そして標的人物

    の所属する集団の典型的人物がその出来事を体

    験したらどんな感情を抱くかについても評定を

    求める。そして,これら評定間の関連が,標的

    人物に対する知覚された類似性の高さによって

    どのように変わるかを検討する。なお,研究1

    は,扱っている心的状態が感情状態や気持ちで

    ある点とビネットを用いた研究である点で,上

    で紹介したAmes(2004a)の研究1と対応があ

    る。つまり,この研究1はAmes(2004a)の研

    究1の直接的な追試研究と位置づけられる。

     これに対して研究 2では,性格(personality)

    の判断と選好(preference)の判断を用いる。

    まず研究 1と同様に,参加者に標的人物を紹介

    するが,その後ビネットは呈示せずに,“この

    人物には,どのくらい明るいという言葉が当て

    はまるか?”といった質問を行い,評定を求め

    る(性格判断)。また“この人物ならAと Bの

    どちらをより好むか?”といった質問を行い,

    評定を求める(選好判断)。同時に,自分や典

    型的人物に対しても性格判断や選好判断を求

    める。そして,これら性格判断間の関連と選好

    判断間の関連を,標的人物に対して類似性を高

    く感じた場合とそうでない場合とで比較する。

    Ames(2004a)においても標的人物の性格や

    選好を尋ねる質問が含まれていたが,性格判断

    や選好判断という形で用いられていたわけで

  • 183

    マインドリーディングの推測方略

    かけて行うというものだった。アルバイト終了

    後,日給を受け取って家路につくが,自宅で給

    料を確認すると,もらえるはずの金額よりも少

    ないことがわかった”というものであった。

     第2セクションは,自分の心的状態について

    の評定であった。まず参加者に,もしAさんが

    体験した出来事(ビネット)を自分が体験した

    としたら,どんな気持ちになると思うかを想像

    するよう求めた。そして,“自分なら,初めて

    の土地できちんと目的地にたどり着けるか,不

    安になると思う”,“自分なら,道に迷った

    時,約束の時間に遅れてしまうかもしれない

    と,焦る気持ちになると思う”,“自分なら,

    通りがかりの人を呼び止めて道を尋ねること

    に,緊張すると思う”,“自分なら,アルバイ

    トの給料が足りないのを知って,怒りを感じる

    と思う”などの7つの質問を呈示し,それぞれ

    に対して“まったくそう思わない”を1,“ど

    ちらとも言えない”を4,“強くそう思う”を7

    とする7件法で回答を求めた。

     続く第3セクションは標的人物の心的状態に

    ついての評定であった。まず参加者に,先ほど

    の出来事を体験する中で,Aさんはどんな気持

    ちになったと思うかを想像してほしいと教示

    した。そして,自分の場合と同様の7つの質問

    (“Aさんなら,初めての土地できちんと目的

    地にたどり着けるか,不安になったと思う”,

    “Aさんなら,道に迷った時,約束の時間に遅

    れてしまうかもしれないと,焦る気持ちになっ

    たと思う”など)を呈示し,それぞれに対して

    7件法で回答を求めた。

     最後の第4セクションでは,典型的関西出身

    者の心的状態についての評定であった。まず参

    加者に,Aさんが体験した出来事を多くの関西

    で生まれ育った人々の身に起きたら,この人々

    はどんな気持ちになると思うかを想像しても

    らった。そして,同様の7つの質問(“多くの

    はなかった。したがって,この研究 2はAmes

    (2004a)の概念的追試として位置づけられる。

     なお,本研究で扱うステレオタイプは,“関

    西出身者ステレオタイプ”とする。その理由

    は,本研究の参加者である関東の大学生は、関

    西出身者のイメージを広く共有しており,想像

    が容易であると考えられるためである。

    研究1

    方法

     参加者 東京成徳大学の学部学生62名(女性

    24名,男性37名,未回答1名)が参加した。平

    均年齢は20.4歳(SD=1.09)であった。 質問紙 質問紙は4つのセクションから構成

    されていた。第1セクションには,標的人物の

    紹介,知覚された類似性の評定,ビネットの呈

    示が含まれた。まず参加者に標的人物の紹介文

    を読んでもらった。標的人物は“関西で生まれ

    育った21歳女性Aさん”とし,Aさんは現在東

    京の大学に通っていること,テレビのドラマ

    番組が好きであり録画をするほどであること,

    そして運動,特にフィギュア・スケートが好き

    で,スポーツ番組もよく見ていることといった

    情報を含む紹介文を呈示した。そして,この

    Aさんに対してどの程度自分と似ていると感じ

    たかについて,“まったく似ていない”を1,

    “どちらとも言えない”を4,“とてもよく似

    ている”を7とする7件法で回答を求めた。

     続いてAさんについてのビネットを呈示し,

    内容を理解しながらよく読むようにと教示し

    た。ビネットの内容は“Aさんがアルバイトの

    ために,これまで一度も行ったことのない地域

    のある駅で降り立った。しかし,目的の場所に

    行く途中で迷ってしまい,道行く人に道順を尋

    ねながら,ようやく目的地に辿り着いた。そし

    てアルバイトが始まるが,その内容は,書類を

    コンピューターに入力するという作業を5時間

  • 184

    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    状態についての評定値の2つ,従属変数を標的

    人物の心的状態についての評定値とする重回帰

    分析を実施した(式1を参照)。そして,この

    分析から算出される,自分についての評定値

    に係る非標準化偏回帰係数をどの程度参加者が

    投影を用いたかの指標とし,典型的関西出身者

    についての評定値に係る非標準化偏回帰係数を

    どの程度参加者がST化を用いたかの指標とし

    た。これら2つの指標を全参加者分算出し,類

    似性の評定値の各段階で平均値を算出した。

    y=b0+b1x1+b2x2・・・式1 注1

     なお,回答の不備により6名のデータでこの

    重回帰分析が実行できなかった。また,重回

    帰分析においてVIFが5以上を示した参加者の

    データは,多重共線性の問題から信頼のおける

    分析結果が得られなかったと判断し,除外し

    た。最終的に54名のデータが以降の分析の対象

    となった。

     知覚された類似性 分析対象となった54名の

    類似性評定は次のように分布していた。すなわ

    ち,1が3名,2が7名,3が8名,4が9名,5が23

    名,6が4名,7が0名であった。以降の分析に耐

    えうるデータ数を考慮して,まず1,2と評定し

    た参加者をまとめて知覚された類似性がもっ

    とも低い群とした。また5,6,7と評定した参

    加者をまとめて知覚された類似性がもっとも高

    い群とした。こうして,類似性の高さについ

    て評定値1&2(n=10),3(n=8),4(n=

    9),5&6&7(n=27)という4群を設けた。

     分散分析 知覚された類似性の高さによっ

    て投影の指標とST化の指標がどのように変化

    するのかを検討するために,類似性の高さ4

    (1&2vs.3vs.4vs.5&6&7)×方略2(投影

    vs.ST化)の分散分析を実施した(Figure 2.参

    照)。その結果,方略の主効果が有意で,総じ

    関西人なら,初めての土地できちんと目的地に

    たどり着けるか,不安になると思う”,“多く

    の関西人なら,道に迷った時,約束の時間に遅

    れてしまうかもしれないと,焦る気持ちになる

    と思う”など)を呈示し,それぞれに対して7

    件法で回答を求めた。

     最後に参加者の性別と年齢を尋ねて,質問を

    終えた。なお,標的人物に対する評定と典型的

    関西出身者に対する評定の順番(第3セクショ

    ンと第4セクションの順番)は,参加者間でカ

    ウンターバランスを取った。

     手続き 授業時間を利用して質問紙の配布・

    回収を行った。まず本研究は“想像力に関する

    アンケート調査”であると説明され,実施者か

    ら学生へ研究への協力が依頼された。その際に

    は,参加協力はボランティアであること,プラ

    イバシー情報は守られることなどが説明され

    た。そして協力に承諾した学生がその場で質問

    紙への回答を行った。全員が回答を終えたとこ

    ろで一斉に回収を行った。

    結果

     データの処理 標的人物の心的状態の判断

    において参加者が投影とST化をそれぞれどの

    程度強く用いたかを検討するために,Ames

    (2004a)にならい以下の分析を行った。

     まず,投影を用いたのならば,標的人物の心

    的状態についての評定値(あるいは7項目に対

    する評定のパターン)は,自分の心的状態につ

    いての評定値(評定パターン)と強く正の関連

    をするはずである。またST化を強く用いたの

    なら,標的人物についての評定値は典型的関西

    出身者についての評定値(評定パターン)と強

    く正の関連をするはずである。

     そこで,これらの関連の強さを指標化するた

    めに,参加者ごとに,独立変数を自分の心的状

    態についての評定値と典型的関西出身者の心的

  • 185

    マインドリーディングの推測方略

    ないのだろうか?この点を検討するために,研

    究2を行う。

    研究2

     研究2では,他者の選好と性格という2つの心

    的状態を扱い,選好や性格の判断において投影

    とST化がどのように使い分けられているかを

    検討する。具体的には,研究1と同じ標的人物

    を参加者に呈示し,標的人物に対する性格判

    断,自分に対する性格判断,典型的関西出身者

    に対する性格判断を求める。次に,標的人物に

    対する選好判断,自分に対する選好判断,典型

    的関西出身者に対する選好判断を求める。そし

    て,これら3つの性格判断間の関連と3つの選好

    判断間の関連についてそれぞれ分析を行い,標

    的人物に類似性を感じた場合には,投影をより

    強く用いてその心的状態を判断するが,類似性

    を感じない場合にはST化を使って心的状態を

    判断するという仮説を検討する。

    方法

     参加者 東京成徳大学の学部学生52名(女

    性22名,男性28名,未回答2名,平均年齢18.3

    歳,SD=0.44)であった。

     質問紙 研究2の質問紙は7つのセクションか

    ら構成されていた。第1セクションの内容は研

    究1と同様であった。すなわち,“関西出身で

    東京の大学に通うAさん,21歳の女性。彼女は

    テレビドラマが好きで,運動も好きである”と

    いった紹介文を読んでもらい,このAさんに対

    してどの程度自分と似ていると感じたかについ

    て7件法で回答を求めた。

     第2セクションでは,参加者に標的人物につ

    いての性格判断を求めた。具体的には,まず参

    加者に性格のBigFive理論に基づく5種類20個

    の性格特性語(例えば,“社交的”,“自信

    のない”,“まじめ”,“短気”,“のみ込

    て投影の指標(M=0.33,SD=0.53)の方が,

    ST化の指標(M= -0.16,SD=0.34)よりも高

    い値を示していた(F (1,50)=20.33,p< .01,

    ηp2=.29)注2。その他,類似性の主効果や類似

    性×方略の交互作用効果は有意ではなかった

    (Fs<1.5,n.s., ηp2<.01)。

    考察

     研究1では,日本人参加者を対象にAmes

    (2004a)の研究1を追試し,類似性随伴モデル

    から導かれる仮説に合致する結果が得られるか

    を検討した。その結果,確かに標的人物に類

    似性を比較的高く感じた群(評定値5&6&7)

    では,投影の指標のほうがST化の指標より高

    かった。しかしながら,この傾向は標的人物に

    類似性を感じなかった群(評定値1&2,3,4)

    でも維持された。すなわち,標的人物に対する

    類似性の感覚の高さにかかわらず,一貫して投

    影がST化よりも強く用いられていたことを示

    唆する結果であった。Ames(2004a)と同様

    に,ビネットを用い感情状態を扱ったが,その

    結果は仮説に合致せず,Ames(2004a)の結

    果を再現するものではなかった。

     それでは,選好や性格といった感情とは異な

    る種類の心的状態を扱っても,仮説は支持され

    Figure 2. Projection and stereotyping in judgments about affective states as a function of the perceived similarity to the target person. Error bars indicate SEs.

  • 186

    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    を見るならどちらを選ぶと思う?フランス映

    画,イタリア映画”など),6件法で回答を求

    めた。

     最後に,参加者の性別と年齢を尋ねて質問を

    終えた。なお,性格判断や選好判断において,

    自分の判断と典型的関西出身者の判断のどちら

    を行うか(第3セクションと第4セクションの順

    番,第6セクションと第7セクションの順番)

    は,参加者間でカウンターバランスが取られ

    た。すなわち,自分に対する判断が先である質

    問紙と,典型的関西出身者に対する判断が先で

    ある質問紙を同数作成し,配布した。

     手続き 手続きは研究1と同様であった。

    性格判断の結果

     データの処理 研究1と同様に,独立変数を

    自分の心的状態についての評定値と典型的関西

    出身者の心的状態についての評定値,従属変数

    を標的人物の心的状態についての評定値とする

    重回帰分析を,参加者ごとに実施した。そし

    て,自分についての評定値に係る非標準化回帰

    係数を投影の指標,典型的関西出身者について

    の評定値に係る非標準化回帰係数をST化の指

    標とした。これら2つの指標を全参加者分算出

    し,類似性の評定値の段階ごとに平均値を算出

    した。

     なお,回答の不備により16名のデータは重回

    帰分析が実行できなかった。また,分析におい

    てVIF5以上を示したケースはなかった。最終

    的に36名のデータが分析対象となった。

     知覚された類似性 分析対象となった36名

    の類似性評定は1が1名,2が2名,3が7名,4が

    8名,5が10名,6が6名,7が2名と分布してい

    た。以降の分析に耐えうるデータ数を考慮し

    て,まず1,2,3と評定した参加者をまとめ

    て,知覚された類似性がもっとも低い群とし

    た。また6,7と評定した参加者をまとめて知覚

    みが遅い”など)を呈示した。そして,これ

    らの特性語がAさんにどの程度当てはまるかと

    思うかについて,“まったく当てはまらない”

    を0%,“非常によく当てはまる”を100%とし

    た場合に何%くらいであると思うかと質問し,

    10%区切りの11件法で回答を求めた。第3セク

    ションと第4セクションは,自分と典型的関西

    出身者に対する性格判断であった。自分の性格

    判断では,先ほどの20個の特性語が普段の自分

    にどの程度当てはまるかと尋ね,同様の11件法

    で回答を求めた。典型的関西出身者の性格判断

    では,20個の特性語が多くの関西で生まれ育っ

    た人々にどの程度当てはまると思うかと尋ね,

    11件法で回答を求めた。

     第5セクションでは,参加者に標的人物につ

    いての選好判断を求めた。具体的には,まず参

    加者に,“Aさんなら左右2つの選択肢のうち

    どちらがより好みであると思うか”と尋ねる質

    問を12問呈示した(例えば,“Aさんは,映画

    を見るならどちらを選ぶと思う?フランス映画

    (左選択肢),イタリア映画(右選択肢)”,

    “Aさんは,食後に飲むならどちらを選ぶと思

    う?コーヒー(左),紅茶(右)”,“Aさん

    は,国内旅行に行くならどちらを選ぶと思う?

    屋久島(左),白神山地(右)”など)。そし

    て,これらに対して,“迷わず左選択肢を選

    ぶ”を1,“迷わず右を選ぶ”を6とする6件法

    で回答を求めた。第6セクションと第7セクショ

    ンは,自分と典型的関西出身者に対する選好判

    断であった。自分の選好判断では,自分なら2

    つの選択肢のうちどちらを選ぶかと尋ね(例え

    ば,“あなたは,映画を見るならどちらを選

    ぶ?フランス映画,イタリア映画”など),同

    様の6件法で回答を求めた。典型的関西出身者

    の選好判断では,多くの関西で生まれ育った

    人々なら2つの選択肢のうちどちらを選ぶと思

    うかと尋ね(例えば,“多くの関西人は,映画

  • 187

    マインドリーディングの推測方略

    の群を設けた。

     分散分析 類似性の高さ4(1&2&3vs.4vs.

    5vs.6&7)×方略2(投影vs.ST化)の分散分

    析を実施したところ,方略の主効果が有意で

    あった(F(1,47)=14.4,p<.001,ηp2=.23)。

    すなわち,総じて投影の指標(M= 0.19,SD

    =0.38)の方が,ST化の指標(M= -0.13,SD

    = 0.42)よりも高い値を示した(Figure 4.参

    照)。

     また,仮説の検証とは直接関係ないものの,

    類似性により方略使用の程度が異なるというパ

    ターンが示された(F(3,47)=2.24, p=.10,ηp2

    = .13)。投影とST化の指標を合わせた値は,

    類似性評定が4の群(M=0.12,SD=0.44)の方

    が5の群(M=-0.1,SD=0.41)に比べ高く(p

    =.03),また6&7の群(M=0.14,SD=0.43)

    の方が5の群に比べ高かった(p = .04)。最

    後に,交互作用効果は有意ではなかった(F

    (3,47)=0.19,p=.91,ηp2=.01)。

    考察

     研究2では,性格や選好の判断において,類

    似性随伴モデルが示す通りに投影とST化が使

    い分けられているかを検討した。その結果,ま

    ず性格判断においては,類似性の各群によって

    投影の指標とST化の指標の高さに違いが認め

    された類似性がもっとも高い群とした。こう

    して,類似性の高さについて評定値1&2&3(n

    =10),4(n=8),5(n=10),6&7(n=

    8)という4群を設けた。

     分散分析 知覚された類似性の高さによっ

    て,投影の指標とST化の指標がどのように変

    化するのかを検討するために,類似性の高さ4

    (1&2&3vs.4vs.5vs.6&7)×方略2(投影

    vs.ST化)の分散分析を実施した(Figure 3.参

    照)。その結果,方略や類似性の主効果,そし

    てこれらの交互作用効果のいずれも認められな

    かった(Fs<1.5,n.s., ηp2<.01)。

    選好判断の結果

     データの処理 性格判断と同様のデータ処理

    を行った。回答の不備により1名のデータは重

    回帰分析が実行できなかった。また、分析に

    おいてVIF5以上を示したケースはなかった。

    最終的に分析対象となったのは51名のデータで

    あった。

     知覚された類似性 分析対象となった51名の

    類似性評定の分布は,1が1名,2が3名,3が9

    名,4が13名,5が17名,6が6名,7が2名であっ

    た。性格判断の結果と同様に分類を行い,類似

    性の高さについて1&2&3(n=13),4(n=

    13),5(n=17),6&7(n=8)という4つ

    Figure 3. Projection and stereotyping in the personality judgment task as a function of the perceived similarity to the target person. Error bars indicate SEs.

    Figure 4. Projection and stereotyping in the preference judgment task as a function of the perceived similarity to the target person. Error bars indicate SEs.

  • 188

    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    なぜ結果は仮説と合致しなかったか?

     それでは,なぜ“知覚された類似性が高いほ

    ど投影がより強く用いられ,それが低いほど

    ST化がより強く使われる”という仮説は支持

    されなかったのだろうか。

     まず,感情状態や選好の判断の結果について

    考察する。これらの判断では,知覚された類似

    性の高さにかかわらず一貫して投影が強く用い

    られていた。こうした結果が得られた理由とし

    て,本研究の参加者が日本人であったことが

    挙げられるかもしれない。集団の認知に関す

    る文化差について検討したYuki(2003)によ

    れば,北米の人々にとって集団とは,比較的同

    質の成員から構成された明確な実体(entity)

    であるという。それに対して,東アジアの人々

    は,集団を比較的個性的・個別的な人同士の

    つながりやネットワークとして捉えるという

    (Figure 5.参照)。このことを踏まえれば,日

    本人参加者が“関西出身のAさん”という情報

    を目にしても,“Aさんは,多くの関西出身者

    と同じ特徴を持つ”とは考えにくいだろう。そ

    うであれば,Aさんの心的状態の推測に関西出

    身者に関するステレオタイプを用いる程度も低

    くなる,つまりST化はあまり使われないとい

    うことになる。そしてST化を利用する代わり

    に参加者は,投影を用いたのかもしれない。

     なお,本研究と同じく類似性随伴モデルにつ

    いて検討した研究として,石井・竹澤(2012)

    とIshii&Takezawa(2012)の報告がある。彼

    られなかった。参加者は,知覚された類似性

    の高さにかかわらず,投影とST化を同程度用

    いていたことが示唆された。この結果はモデル

    から導かれる仮説とは合致しないものである。

    また,選好判断の結果も仮説とは合致しなかっ

    た。類似性の低い群でも高い群でも,総じて投

    影の指標の方がST化の指標よりも高かったの

    である。つまり,他者の選好判断において参加

    者は,知覚された類似性の高さに関わらず一貫

    して投影を強く使っていたことが示唆された。

    総合考察

     本研究では,社会的判断における類似性随伴

    モデル(Ames,2004a,b)の妥当性を,先行研

    究とは異なるサンプルや課題を用いて検討し

    た。具体的には,このモデルから導かれる“類

    似性を高く知覚した他者の心的状態の判断には

    投影がST化よりも強く用いられるが,低く知

    覚した他者に対してはST化が投影よりも強く

    用いられる”という仮説に合致する結果が,日

    本人サンプルを用いたり,感情状態の判断の他

    に性格判断や選好判断を用いたりしても得られ

    るかどうかを2つの研究から検討した。その結

    果,感情状態や選好の判断においては,知覚さ

    れた類似性の高さに関わらず,一貫して投影が

    ST化よりも強く用いられていたことが示され

    た。一方で,性格の判断においては,知覚され

    た類似性の高さに関わらず,投影とST化が同

    程度用いられていたことが示された。

     以上から,本研究の結果はいずれも類似性随

    伴モデルから導かれる仮説とは合致しないもの

    であった。総合考察では,まず仮説と合致しな

    い結果が得られた理由について考察し,次に感

    情状態や選好の判断と性格の判断とで異なる結

    果が得られた点について考察する。そして,こ

    れらから類似性随伴モデルの妥当性と適用範囲

    について議論をしたい。

    Figure 5. Cognitive representations of self and in-group in North American (left) and East Asian (right) cultural contexts. “S” indicates “Self”. This figure is from Yuki (2003).

  • 189

    マインドリーディングの推測方略

    メカニズムが働いていた可能性がある。私たち

    は,他者に関する少量の情報から,その他者が

    どのような性格をしているかについて豊富に推

    測できることが示されているのである。例え

    ば,社会心理学の印象形成の分野では,人々は

    暗黙の性格観(implicitpersonalitytheory)と

    いうべきものを持つと指摘されている。私たち

    は,“明るい”という性格特性を持つ人は,同

    時に“社交的”であったり,“陽気”であった

    りするという風に推論をするというわけであ

    る。言い換えれば,私たちはある性格特性を

    持つ人が別の性格特性をどの程度強く持つか

    という関係性について,既に知識体系というべ

    きものを持っている。さらに,他者の性格特性

    の推測は,その他者の行動描写を見ただけで

    自発的・自動的に進行すると考えられている

    (Winter&Uleman,1984)。これは自発的特

    性推測と呼ばれており,私たちの性格特性の推

    測が,他の心的状態の推測とは異なる性質を持

    つ可能性を示している。

     こうした議論を踏まえると,標的人物Aさん

    についての紹介文やビネットを読んだ時点で,

    参加者はAさんについて比較的明瞭な性格イ

    メージを,意識はせずとも,形成していたかも

    しれない。そうであれば,自分の心的状態やス

    テレオタイプを参照せずとも,参加者は標的人

    物Aさんについての性格判断が行えただろう。

     以上のように,感情状態や選好と性格では,

    その判断のメカニズムに違いがあると考えられ

    る。そして,そのことが本研究で見られた感情

    や選好についての判断結果と性格判断の結果の

    違いを生んだのかもしれない。ただ,この説明

    はなぜ性格判断において投影とST化が同程度

    使われていたかという点まで解決するものでは

    ない。推測メカニズムに違いがあるとすれば,

    その違いが投影やST化の使用にどのような帰

    結をもたらすか。こうした点については,今後

    らもAmes(2004a)を日本において追試して

    いるが,本研究と同じように,参加者は類似他

    者にも非類似他者にも投影をより強く用いたと

    報告している。そして,ST化が文化によって

    使われる程度が異なる文化依存的な心的状態の

    推測方略であり,投影方略は文化に依存しない

    普遍的な方略である可能性を指摘している。

     以上のように,北米での先行研究と異なり,

    日本ではST化が使われにくい傾向があると考

    えられる。ただし,この説明は感情状態や選好

    の判断に対しては当てはまるが,性格判断には

    当てはまらない(研究2の性格判断において,

    投影とST化が同程度使われていたことが示唆

    されている)。この点はどのように解釈したら

    良いだろうか。

    なぜ感情や選好の判断と性格判断で結果が異

    なったか?

     感情や選好の判断と性格判断とで結果が異

    なっていたことは,これらの間で推測のメカニ

    ズムが異なっている可能性を示しているかもし

    れない。

     日常生活において,私たちが他者の感情状態

    や好みを推測するときには,その他者の表情を

    参考にしたり,あるいは過去にその人物がどん

    な感情状態になっていたか,どんなものを選択

    したか(好んでいたか)といった情報を参照し

    たりする。それに対して,本研究の参加者は,

    表情や過去の履歴といった情報を利用すること

    はできなかった。質問紙を用いていることから

    表情は参照できず,標的人物は参加者にとって

    まったく新奇な(架空の)人物であったからで

    ある。したがって参加者は,自分の心的状態

    や(本研究では使われなかったものの)ステレ

    オタイプといった社会的知識を利用するほかな

    かったのだろう。

     一方で,性格の判断にはこれとは異なる推測

  • 190

    東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 21 号(2014)

    もちろん,弁護士ステレオタイプを扱った石

    井・竹澤(2012)やIshii&Takezawa(2012)

    でも,本研究の研究1と同様の結果が報告され

    ていることから,結果の一般化可能性はある程

    度担保されているとも言える。ただし,これら

    の研究では性格判断や選好判断は扱っておら

    ず,研究2の再現性については,別のステレオ

    タイプを用いるなどして,改めて検討する必要

    があろう。

     第二に,本研究ではサンプル数がそれほど多

    くなかった上に,分析における除外データが多

    かった。さらに,研究1と研究2で判断順序が一

    貫していないなど,方法上の修正点も認められ

    る。こうした点は確かに細かな点であるが,本

    研究結果の信頼性(頑健さ,再現性)は改めて

    確認する必要がある。

     第三に,類似性随伴モデルの妥当性について

    さまざまに考察したが,これはあくまで推測の

    域を出ていない。例えば,北米と東アジアでの

    比較文化研究を行っているわけではない。ま

    た,性格判断と選好判断を行った参加者は同一

    であるため,これらの結果は直接比較可能であ

    る。しかし,感情状態と性格判断を行った参加

    者は別であるため,直接の比較は難しいかもし

    れない。さらに,性格判断においてのみ異なる

    結果のパターンが得られた点について明確な説

    明がつけられなかった。このモデルの妥当性に

    ついて議論するには,以上の問題をクリアする

    必要がある。

     他者の心的状態を推測する能力は,ヒト

    に特有の認知能力である可能性が議論され

    ており(e.g.,Humphrey, 1986 垂水訳 1993;

    Tomasello,1999 大堀・中澤・西村・本多訳 

    2006),ヒトの社会を理解する上で重要な能力

    であると思われる。以上の検討を通じて,他者

    の心的状態の推測メカニズムについて,社会心

    理学にとどまらず,心の哲学や認知科学神経科

    の検討が必要である。

    類似性随伴モデルの妥当性

     これまでの議論を踏まえて,類似性随伴モデ

    ルの妥当性と適用範囲について考察する。ま

    ず,このモデルの適用範囲について,北米など

    の集団を実体のあるカテゴリーとして認識する

    文化圏に限られる可能性が指摘できる。既に述

    べたように,東アジアでは,標的人物を,その

    人物の所属する集団の成員と同質であるとは捉

    えない傾向にあると思われる。こうした文化の

    人々は,他者の心的状態においてST化を適用

    する傾向は低く,代わりに投影を使うのだと考

    えられる。

     また,Ames(2004a,b)も指摘する通り,

    心的状態の推測といっても,表情などの非言語

    的情報やその人物についての知識が使える状況

    なのか,そうした情報が使えない状況なのかに

    よって,推測に用いる情報やそのメカニズムは

    異なる。そして,表情や知識が使えない状況に

    おいて,類似性随伴モデルは有効になる。ただ

    し,たとえ表情や相手についての知識が使えな

    くても,人々は性格特性については比較的少な

    い情報から豊富に推測ができるのであり,こう

    した場合には,投影やST化を用いずとも性格

    の推測や判断が可能であろう。したがって,性

    格の判断においては,このモデルがどの程度

    当てはまるかは検討の余地が残ると言えるだろ

    う。

    今後の課題

     最後に,本研究の限界と今後の課題について

    3点議論する。

     第一に,本研究では扱ったステレオタイプは

    関西出身者ステレオタイプのみであった。した

    がって,本研究の結果がこのステレオタイプに

    固有のものであったとの批判も可能であろう。

  • 191

    マインドリーディングの推測方略

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    学,発達心理学などの知見と整合の取れる理論

    体系を構築することが重要であろう。

    注1 yは従属変数で,今回は他者の心的状態についての評定値。x1とx2は独立変数で,それぞれ自分の心的状態についての評定値(x1)と典型的関西出身者の心的状態についての評定値(x2)。b0は定数項,b1はx1の非標準化偏回帰係数,b2はx2の非標準化偏回帰係数である。b1の値は,x2からx1への影響を除いた時,x1の変動よってyの変動をどれだけ説明できるかを示し,b2も同様にx1からx2への影響を除いた時,x2の変動よってyの変動をどれだけ説明できるか示す。そして,b1を投影の指標,b2をST化の指標とした。

    注2 統計的仮説検定の結果だけでなく効果量も示すべきという議論(APA, 2001,Klein, 2004)に従って,効果量を示す。今回の分析は反復測度を含むため,partial η2 (ηp2,偏イータ二乗)用いた。なお,ηp2は次の式で求められる。

    ηp2 = SSfactor / (SSfactor + SSerror)

     SSfactorは要因の平均平方(sum of square),SSerrorは誤差の平均平方を表す。すなわちηp2は,要因と誤差で説明できるデータ変動のうち,要因によって説明できる変動がどの程度を占めるかという割合を示す。この指標は.10を小さな効果,.25を中程度の効果,.40以上なら大きな効果と解釈できる。

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    謝辞

     本研究の計画段階において,竹澤正哲先生(北海道大学大学院文学研究科)に多くの助言を頂きました。記して感謝申し上げます。

    付記

     本研究は,筆者の指導のもとで,東京成徳大学応用心理学部健康スポーツ心理学科の2013年度卒業生が実施したものである。