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187 NEC ソリューションイノベータ株式会社 NEC ソリューションイノベータ株式会社(以下、同社)は、「日本の産地を強くする」というビ ジョンを掲げ、農林水産業における ICT ソリューション提供に取り組んでいる。例えば水産業に おいては、生産性向上につながる「フィッシュカウンター」や「NEC 養殖管理ポータルサービス」 といったシステム・サービスの提供を開始した。また、農地管理から生産・流通まで様々な業種 のバリューチェーンにおける多くのプレイヤと連携してデータを収集し、需給の最適化や生産者 にとっての付加価値向上に貢献する。こうした ICT 技術を用いることで持続可能な農林水産業を 実現している。 File 22 持続可能な 農林水産業 AI や IoT を始めとした ICT ソリューションで⽇本の「産地」を 強くする

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NEC ソリューションイノベータ株式会社

NEC ソリューションイノベータ株式会社(以下、同社)は、「日本の産地を強くする」というビ

ジョンを掲げ、農林水産業における ICT ソリューション提供に取り組んでいる。例えば水産業に

おいては、生産性向上につながる「フィッシュカウンター」や「NEC 養殖管理ポータルサービス」

といったシステム・サービスの提供を開始した。また、農地管理から生産・流通まで様々な業種

のバリューチェーンにおける多くのプレイヤと連携してデータを収集し、需給の最適化や生産者

にとっての付加価値向上に貢献する。こうした ICT 技術を用いることで持続可能な農林水産業を

実現している。

File 22 持続可能な 農林水産業

AIや IoT を始めとした ICT

ソリューションで⽇本の「産地」を

強くする

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ポイント

ICT 技術を活用した「フィッシュカウンター」などのソリューションを提供、農林水産業

の生産性向上を実現

ポータルサービスを提供することでユーザー接点を構築するとともに情報を収集、真の課

題を把握して多様なソリューション開発を行う

農林水産業を始め、多様な業界向けに「需要最適化プラットフォーム」を提供することで、

資源有効利用に貢献することを目指す

NECソリューションイノベータ株式会社

所在地 東京都江東区新木場一丁目 18 番 7 号

従業員数 12,693

創業年 1975 年 9 月 9 日 ※ 2014 年 4 月 1 日 NEC ソリューションイノベータ発足

資本金(百万円) 8,668

売上高(百万円)

※連結ベース

2016 年 3 月 255,734

2017 年 3 月 262,003

2018 年 3 月 291,779

注)同社の親会社である日本電気株式会社(以下、NEC)についての記述は、NEC ホームページ

等の公開情報から引用したものである。

① サービスの特徴

AI技術群「NEC the WISE」を活用して顧客の課題を解決する

同社の親会社である NEC は、社会や企業が抱える課題解決のために、AI の活用が有効である

と考えている。最もふさわしい AI 技術を組み合わせた革新的なソリューションを提供し、新しい

社会価値・企業価値を創造することを目指している。NEC は、保有する AI 技術群を「NEC the

WISE」と命名し、顧客と協議しながら最適なソリューションを提供するサービスを開始した。社

会・企業における様々なプロセスを、AI 技術によって「見える化」、「分析」、「対処」の高度化し、

新たな付加価値提供やコスト・負荷削減を実現する。例えば、需要予測の高度化や生産・在庫・

発注の適正化などがある。NEC が注力するのは、様々な業界におけるバリューチェーンの川上か

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ら川下まで様々な企業に、ソリューションを提供することである。情報の連携を可能にし、結果

として、社会全体での資源利用やエネルギー消費の最適化、付加価値の最大化を可能にする。

図 84 NEC the WISE イメージ

出所)NEC

AI技術でバリューチェーンをつないで食品ロス問題の解決に貢献

NEC は AI 技術を活用し、社会課題の解決に貢献している。その対象の一つに食品ロスがある。

地球の人口が現在の 70 億から 2050 年には約 1.3 倍の 90 億を超えると言われている。特に都市部

では現在の 35 億人から 63 億人と 1.8 倍に膨れ上がるとされ、食品需要は 1.7 倍に増えることが予

想されている。その一方、世界では年間 13 億トンもの食品が食べられることなく廃棄されている。

NEC は、こうした問題の原因は、バリューチェーン上の需要と供給のミスマッチにあり、AI 技術

をベースとした需要予測が問題の解決に大きく貢献できると考えた。そこで、AI を使った需要予

測システム「需給最適化プラットフォーム」を提案している。商品製造から卸・物流、小売まで

バリューチェーン全体から情報を取得するプラットフォームであり、そのデータを活用すること

で需給バランスを調整し、過剰生産や過剰在庫の解消を実現しようというものである。そこで、

他社とのパートナリングを積極的に実施している。例えば気象庁と連携している他、消費者調査

会社の株式会社インテージ(以下、インテージ)と協業するなど、多様な業種・業界における製

造や卸・物流、販売のバリューチェーン全体で需給を最適化するビジネスを開始した。データ流

通基盤「需給最適化プラットフォーム」と、インテージの全国小売店パネル調査 SRI®や全国消費

者パネル調査 SCI®等の様々なデータや分析ノウハウを組み合わせることで、高い需要予測精度を

実現し、それらを活用した商品需要予測サービスを提供する。

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図 85 AI 技術群による需要予測イメージ

出所)NEC

農業や漁業のスマート化にも貢献

このように食品ロスに取り組む NEC グループの一社である同社は、バリューチェーンをつなぐ

サービスだけでなく、農業や漁業といった一次産業の高度化にも取り組んでいる。同社は、画像

認識技術を活用した「フィッシュカウンター」を開発した。養殖業においては、適切な給餌量や

漁獲高を推定するための飼育数やエサとなる魚の量の把握が重要である。これまでは、直接網で

掬い上げて測定するか、生簀内の撮影映像をコマ送りし、測定対象魚を一尾ごと手作業でカウン

トするなど、大きな手間がかかっていた。それでも正確な数量把握ができず、本来は「資産」で

あるはずの養殖魚の量を正しく把握できないケースも多々あった。こうした課題を把握した同社

は、画像認識技術や AI 技術により、スマートフォンを利用して魚数をカウントする技術を開発し

た。本技術により、投入稚魚のコストの可視化、カウントに係るコストの低減、飼育費の把握な

どの効果を得ることができるようになった。

このように、AI・IoT 技術を始めとする先進 ICT を活用し、水産事業のデジタルトランスフォ

ーメーションを加速することで、水産業における新たな社会価値の共創に貢献する。

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図 86 フィッシュカウンターの提供価値

出所)NEC ソリューションイノベータ

② 事業参入の経緯

1960年代から AI に通じる技術を開発

NEC が「NEC the WISE」で柱としている「見える化」・「分析」・「対処」は、1960 年代から培っ

てきた技術をもとに成り立っている。例えば「見える化」は、郵便宛名読取り区分機で用いる OCR

技術などにその源流がある。同社は、こうした親会社の技術を様々なソリューション開発に活用

してきた。

図 87 NEC が培ってきた AI 関連技術

出所)NEC

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社内研修で挙がったテーマを、大学教授の知見・人的ネットワークをとおして事業化

同社は、ビッグデータやクラウドサービス、IoT などの保有先端技術をどのような分野に活用す

れば社会貢献できるかを考えることを重視している。数年前の社内研修においてあるチームが、

「日本の第一次産業を伸ばしていくことに ICT を活用するべきだ」と考えた。また、漁業の分野

では、今後のグローバル市場で予想される食糧不足問題を考慮すると、生育環境をコントロール

し、生産性を向上させやすい陸上養殖市場が拡大すると考えられるため、そこに対する ICT ソリ

ューション提供に事業機会があると考えた。そこで水産業に関する情報収集を開始した。プロジ

ェクトの早い段階で、東京海洋大学・先端科学技術研究センターとのつながりを持ち、それが大

きな転機となった。同センターの指導のもと、アワビの飼育を行うことで、様々な養殖のノウハ

ウを教わりながら研究を進めることができた。また、同センターが漁業関係者と豊富な人的ネッ

トワークを持っていたので、スムーズにつながりを持つことができた。そうした接点をもとに、

地元漁師や水産養殖業者、研究者との活発な意見交換を行い機能に反映していくことで、実用的

なシステムをつくることができた。

③ 成功・差別化要因

ポータルサービスをとおして構築したユーザー接点と情報で真の課題を把握

前述の「フィッシュカウンター」は、多くの漁業関係者との度重なる議論を通し、共通の課題

を発見したことからソリューション開発が始まった。これを可能にしたのは、同社が提供する

「NEC 養殖管理ポータルサービス」だ。これは、飼育業務に関する日々の記録や報告、分析作業

の効率化と水質・養殖物の常時モニタリングを実現できるクラウドサービスである。ユーザーは

パソコンやタブレットなどの Web ブラウザから、ポータルサイト経由で作業の現状を把握するこ

とができるクラウドサービスであり、顧客にとって投資負荷の少ないサービスを実現している。

センサやデータ通信に最新の技術を用いているわけではないが、こうしたサービスをいち早く提

供することで、データやユーザーの声を収集できるようになり、顧客にとって価値の高いサービ

スを開発することが可能になる。

過去に蓄積した膨大なデータを活用する技術についての正しい認識

環境ビジネスを手掛けたきた企業は、過去に蓄積した膨大なデータを保有していることが多い。

同社のようなビッグデータ分析技術を持つ企業には、そうした企業からデータ活用の相談が来る

ことが多いが、次のような点について注意を払うことが成否を分けると考えている。一つ目は「メ

リハリをつけた対象の選択」だ。同社によると、一度データ活用にコストを掛ければ、その後は

コストが発生しないと考えるユーザー企業が多く存在するとのことだ。実際は、データを取得・

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活用し続けるためには一定のコストが発生する。したがって、やりたいこととそのもとになるデ

ータを早い段階で目利きし、優先順位の高いものに集中して投資を行うこと、開発後も適切にコ

ストを掛けることができる体制を構築しておくことが、ユーザー企業にとっても同社のような分

析・ソリューション開発する企業にとっても、成功をもたらす近道だと考えている。二つ目は「急

速な技術の進展」だ。過去にデータ活用にトライして失敗した会社は、ビッグデータ活用から足

を遠ざけてしまうことがあるが、近年の急速な技術開発によって、過去には困難であったことも

実現可能になりつつある。こうした技術開発の進展を意識して、データ活用方針を策定すること

が必要だと考えている。

ユーザーの声を活用した「協調領域」と「競争領域」の線引き

同社は、政府が推進する「農業データ連携基盤(WAGRI)」上でも様々なソリューションを提供

しようとしている。メーカーが異なるトラクターから収集する情報を一元管理して、様々なソリ

ューションに活用する仕組みが WAGRI 上で構築されているが、同社はこのプラットフォーム上

でもサービスを提供しようとしている。この仕組みは、ユーザーにとっては「異なるメーカーの

トラクターを複数台使用していてもデータ連携できること」の価値の大きさを訴えて、国内主要

メーカーを巻き込むことにより実現した。トラクターメーカーにとっては、自社独自の情報収集・

活用の仕組みを構築し、様々なサービスを提供して囲い込みを図るという戦略もありえる。しか

し、ユーザー目線でどういった機能は「協調」すべきか、どういった機能はメーカー等の企業間

で「競争」領域として残すかといった点が議論され、現在の仕組みが構築された。これはどのよ

うな業界でもこれから起こりえる議論であり、「協調」と「競争」の線引きのあるべき姿を多様な

プレイヤが一緒に議論し、仕組みを構築してゆくことが、社会・経済的な価値を生み出すために

必要であると考えている。

④ 事業ビジョン・展望

農林水産業バリューチェーン全体を繋ぐソリューション提供を目指す

同社は農林水産業関連分野の事業ビジョンとして「日本の産地を強くする」を掲げている。一

次産業の「新 3K:カッコいい、稼げる、感動」、「4 定 : 定時、定量、定品質、定価格」を実現

すべく、幅広いバリューチェーンにおいて更なる ICT ソリューション提供拡大に取り組む。

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図 88 農業分野の ICT ソリューション

出所)NEC

⑤ 政府への要望

農業の中下流を巻き込んだ「マネタイズ」のための仕組み作り

同社は、農林水産業には大規模投資を行うことのできるユーザーは多くなく、サービス提供事

業者にとって、高収益事業にするためのハードルは高いと考えている。実際に、サービス提供を

行っている多くの企業は、まだ利益を生み出す段階に至っていないとのことだ。農林水産業で ICT

技術を利用し、生産性向上や需給マッチングを行うことのメリットはバリューチェーンの中流・

下流にも及ぶ。その価値を、中流・下流の企業・消費者だけでなく、農林水産事業者が享受し、そ

の一部について、ICT 導入を支援した同社のようなサービス提供事業者も享受できる仕組み作り

が必要だと考える。政府に対しても、この実現のための支援を行うことことを期待している。

海外市場展開を見据えた現地カスタマイズの支援

農林水産業向け ICT ソリューション市場は海外にも広がっている。ICT 利用は欧米など海外で

先行して進んだため、厳しい競争環境にあるのは事実である。しかし、農林水産業の場合、各地

域に合わせたカスタマイズが必要であるため、新興国を中心にチャンスは存在する。そこで同社

としては、海外展開のために現地カスタマイズを行おうとしている企業に対して、政府が支援を

行うことを期待している。

「適応」のための過去データ活用支援

温暖化対策に当たって CO2 排出削減は重要な課題であるが、現在、これと同様に社会・経済を

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維持するための「適応」対策にも注目が集まっている。同社は、過去の猛暑・暖冬など特徴ある

年のデータを活用して、気温が高い時にも、どのようなことを実施すれば農林水産業において収

量や品質を維持できるのかといった点についての研究を行っている。こうした「適応」のための

研究開発にも、政府はより大きな支援を行うことが望ましいのではないかと考えている。

NEC ソリューションイノベータ株

式会社 スマートアグリ事業推進本部 本部長

榎 淳哉さん

パーソナルコンピュータのOSなど基本ソフトウェアの開発に携わる傍ら、新事業開発を推進。2017 年よりスマートアグリ事業推進本部長として同社の農業 ICT 事業を牽引する。