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65第 50 巻第 2 号(2013) 171 論文 グロス調塗工紙のオフセット印刷物で発生するインキ剥がれ のメカニズムに関する研究 * An Investigation of the Problem of Ink Peeling in Sheet-fed Offset Printing on Gloss-coated Paper* 小菅 **・石崎雅也 **・佐久間真 **・表 尚弘 ** Atsushi KOSUGE**, Masaya ISHISAKI**, Makoto SAKUMA** and Hisahiro OMOTE** **NPI Research Laboratory, Nippon Paper Industries Co., Ltd., 5-21-1, Oji, Kita-ku, Tokyo, 114-0002 JAPAN 1.緒言 オフセット印刷は平判用紙を用いる枚葉印刷と巻取り紙 を用いる輪転印刷に大別され,日本国内では両方式とも多 く用いられており,枚葉印刷は自動車のカタログなど高い 品質が要求される製品の印刷に用いられている.そのため, 印刷白点や見当精度,色調など多くの項目を検査して厳し く管理するが,数年前から幾つかの印刷所にて「インキ剥 がれ」と呼ばれる品質問題が発生し報告を受けた. インキ剥がれの状況としては,① 数ミリメートル程度 の円に近い白い不定形の箇所が生じる,② 印刷面の 3 ~ 4 色重ね部の重い図柄で発生する,③ 枚葉印刷で棒積み した印刷物の最上段の数枚~数十枚で発生する,④ 種々 の銘柄のグロス調コート紙で発生する,⑤ 複数の印刷所 (印刷機)で発生する,などである. インキ剥がれの問題点は,そのまま印刷物が断裁・製本 されて消費者に渡ると読者クレームになる可能性が高いこ とである.また,印刷物を検品してインキ剥がれ発生品を 廃棄する手段も対応策としてあるが,コスト削減のため廃 棄する印刷物を減らしたい,検品の手間を省きたいとの要 望がある. 既往の研究などを調査したところ,高グロス調コート紙 のオフセット輪転印刷物において,製本後にインキ剥がれ と似た外観の白い箇所が発生した事例がある 1) .しかし, 本報告で取り扱うのは枚葉印刷物であること,製本前の段 階で見つかることなどの違いがある.また,印刷トラブル を扱った事例集 2) にもインキ剥がれは報告されていない. 以上の背景から,インキ剥がれが発生した箇所の調査, 再現方法の確立,および発生メカニズムと要因などを検討 Abstract Ink peeling is a quality problem in printing where white dots appear sporadically on the printed surface. With several types of printers, when gloss-coated paper is printed with sheet-fed offset press, ink peeling occurs on the overlaid part of the printed surface of the upper part of the piled up printed sheets. In this study, we attempted to reproduce this phenomenon in order to clarify how it occurs. We also examined possible paper-related factors in this problem. We found that ink peeling can be reproduced by creating four colors on the overlaid portion with a sheet-fed press, and then on top of this printed material, piling up a sheet of transferring paper together with a weight, which is rotated slowly, rubbing the printed surface. We found that at the stage when a solvent component of the ink penetrates into the paper and the ink tack becomes high, if the printed surface is rubbed applying a certain weight, the ink layer peels off at the intersection with the coated layer. We observed the time for the ink peeling to occur is short, and the volume of fine pores on the coated layer is large. We hypothesize that the main causes of this problem are the hardening of ink and force of the rub. Furthermore, the ink, paper, dampening, conditioning, oscillation during moving printed materials, spray powder and other factors may contribute to this problem. Therefore, possible countermeasures involve controlling these factors. * 2012 年 11 月 14 日受理 ** 日本製紙(株)研究開発本部 (〒 114-0002 東京都北区王子 5-21-1)

An Investigation of the Problem of Ink Peeling in Sheet

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[65]

 

第 50 巻第 2 号(2013)

171

論文

グロス調塗工紙のオフセット印刷物で発生するインキ剥がれのメカニズムに関する研究 *

An Investigation of the Problem of Ink Peeling in Sheet-fed Offset Printing on Gloss-coated Paper* 小菅 篤 **・石崎雅也 **・佐久間真 **・表 尚弘 ** Atsushi KOSUGE**, Masaya ISHISAKI**, Makoto SAKUMA** and Hisahiro OMOTE****NPI Research Laboratory, Nippon Paper Industries Co., Ltd.,

5-21-1, Oji, Kita-ku, Tokyo, 114-0002 JAPAN

1.緒言

 オフセット印刷は平判用紙を用いる枚葉印刷と巻取り紙を用いる輪転印刷に大別され,日本国内では両方式とも多く用いられており,枚葉印刷は自動車のカタログなど高い品質が要求される製品の印刷に用いられている.そのため,印刷白点や見当精度,色調など多くの項目を検査して厳しく管理するが,数年前から幾つかの印刷所にて「インキ剥がれ」と呼ばれる品質問題が発生し報告を受けた. インキ剥がれの状況としては,① 数ミリメートル程度の円に近い白い不定形の箇所が生じる,② 印刷面の 3 ~4 色重ね部の重い図柄で発生する,③ 枚葉印刷で棒積みした印刷物の最上段の数枚~数十枚で発生する,④ 種々

の銘柄のグロス調コート紙で発生する,⑤ 複数の印刷所(印刷機)で発生する,などである. インキ剥がれの問題点は,そのまま印刷物が断裁・製本されて消費者に渡ると読者クレームになる可能性が高いことである.また,印刷物を検品してインキ剥がれ発生品を廃棄する手段も対応策としてあるが,コスト削減のため廃棄する印刷物を減らしたい,検品の手間を省きたいとの要望がある. 既往の研究などを調査したところ,高グロス調コート紙のオフセット輪転印刷物において,製本後にインキ剥がれと似た外観の白い箇所が発生した事例がある 1).しかし,本報告で取り扱うのは枚葉印刷物であること,製本前の段階で見つかることなどの違いがある.また,印刷トラブルを扱った事例集 2)にもインキ剥がれは報告されていない. 以上の背景から,インキ剥がれが発生した箇所の調査,再現方法の確立,および発生メカニズムと要因などを検討

Abstract Ink peeling is a quality problem in printing where white dots appear sporadically on the printed surface. With several types of printers, when gloss-coated paper is printed with sheet-fed offset press, ink peeling occurs on the overlaid part of the printed surface of the upper part of the piled up printed sheets. In this study, we attempted to reproduce this phenomenon in order to clarify how it occurs. We also examined possible paper-related factors in this problem. We found that ink peeling can be reproduced by creating four colors on the overlaid portion with a sheet-fed press, and then on top of this printed material, piling up a sheet of transferring paper together with a weight, which is rotated slowly, rubbing the printed surface. We found that at the stage when a solvent component of the ink penetrates into the paper and the ink tack becomes high, if the printed surface is rubbed applying a certain weight, the ink layer peels off at the intersection with the coated layer. We observed the time for the ink peeling to occur is short, and the volume of fine pores on the coated layer is large. We hypothesize that the main causes of this problem are the hardening of ink and force of the rub. Furthermore, the ink, paper, dampening, conditioning, oscillation during moving printed materials, spray powder and other factors may contribute to this problem. Therefore, possible countermeasures involve controlling these factors.

* 2012 年 11 月 14 日受理** 日本製紙(株)研究開発本部 (〒 114-0002 東京都北区王子 5-21-1)

[66] 日本印刷学会誌

 論   文 172

したので,それらの結果を報告する.

2.実験

2.1 試料

 国内市場で流通しているグロス調の上質コート紙 9 銘柄(A2 コート)を入手し評価した(Table 1).それらの坪量は 127. 9 g/m2,75 度白紙光沢度は約 75%,ISO 白色度は約 85% である.

2.2 印刷物の調製

 実機印刷機を用いて以下の条件にて 4 色枚葉印刷物を調製した.  ●  印刷機:オフセット 4 色枚葉印刷機 R300 シリーズ(Man

Roland Co., Ltd.) ●  インキ:枚葉印刷用インキ Hi-unity NEO M-type[標

準タック](東洋インキ製造(株)) ●  ブランケット:キンヨーレックス V((株)金陽社) ●  図柄:4 色(墨藍紅黄)ベタ重ね部(総面積率 400%) ●  サイズ:A3 サイズ ●  パウダー:澱粉 TH500[標準量](東邦精機(株)) ●  環境:室温約 23℃,湿度約 50%RH

2.3 共焦点型 3D レーザー顕微鏡観察

 インキ剥がれ箇所が窪みになっているかを確認するため,高さ情報が得られる共焦点型レーザー顕微鏡で観察を行った. ●  顕微鏡:VK シリーズ((株)キーエンス製)

2.4 インキセット試験方法

2.4.1 単色インキセット

 印刷面と転写紙を重ねて圧着させ,転写紙に転写した箇所の色の濃さで紙のインキセットの速さを数値化して比較する.RI 印刷試験機で枚葉印刷用墨インキ 0. 4 cc を練っ

てからベタ面を印刷し,転写紙(塗工紙)と重ね合せてから別のロールと圧胴のニップ間で圧着させる.これを印刷後に所定時間が経過してから行い,それぞれの時間で転写紙に転写した部分の Y 値を測定し,予め測定した白紙のY 値との差を単色インキセットとする.単色インキセットの数値は小さいほどインキセットは速いことを意味する

(インキセットが速いと転写紙に転移するインキ量が少なく,Y 値の低下幅は小さいことから,インキセットの数値は小さい). ●  試験機:RI 印刷試験機((株)IHI) ●  インキ:枚葉印刷用インキ Hi-unity NEO M-type 墨(Y

値:三刺激値 XYZ 値の Y 値.Y 値は明るさを表わし,明るいほど数値は大きい)

2.4.2 4 色インキセット

 印刷面と転写紙を重ねて圧着させ,転写紙にインキが転写しなくなるまでの時間の長さでインキセットの速さを比較する.4 色枚葉印刷機を用いてベタ 4 色重ね部(墨,藍,紅,黄)を作成し,転写紙(塗工紙)と重ね合わせてから,RI 印刷試験機のニップ部を用いて 1 分間圧着させる.30分毎に圧着させ,転写紙にインキが転移しなくなるまでの時間を 4 色インキセットとする.数値は小さいほどインキセットは速い.(転写した部分の色調が紙の種類によって異なり Y 値での比較が困難であったので,転写時間で比較した.)2.4.3 印刷後のインキタックの挙動

 印刷面上のインキに密着させたディスクを引き剥がす力(タック)を用いて,紙のインキセットを経時で数値化して比較する.紙面上にインキを転移させた後,インキ中から溶媒が紙に浸透する(インキのセットが進む)とインキ皮膜中の樹脂成分の濃度が高くなり,ディスクを引き剥がすのに必要な力は徐々に大きくなる.その後,乾燥が進んで樹脂が酸化重合して硬化するとディスクを引き剥がす力は小さくなり,乾燥が終了すると力はゼロとなる.この現象を利用してインキのセットを評価する. インキをディスクで練ってから紙に印刷し,一定時間経過後に別のディスクを印刷部に圧着させ,引っ張って引き剥がす力を測定する.さらに所定時間経過後,印刷面の別の箇所に同様にディスクを圧着させて測定する.タックが最高値をとる時間が短いほどインキセットが速いことを表し,タックの最高値はインキの顔料と溶媒の分離状況やインキの紙への浸み込み具合などを表すと考えている. ●  試験機:Ink surface interaction tester(ISIT)(SeGan) ●  インキ:枚葉印刷用インキ Hi-unity NEO M-type 墨

Table 1 Samples

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173 グロス調塗工紙のオフセット印刷物で発生するインキ剥がれのメカニズムに関する研究 

2.5 塗工層の細孔分布の測定

 塗工紙の塗工層中の細孔分布(細孔半径,細孔容積など)を測定する.ガス吸着法にてマイクロポア(2 nm 以下),メソポア(2-100 nm)の領域の細孔分布測定を行った.原紙の細孔は数 100 mm ~ 1 mm の領域に,塗工層は数 10~ 100 nm の領域にそれぞれピークを有する分布であることが知られている.今回使用した測定器トライスターでは0 ~約 100 nm の領域を測定するので,主に塗工層の細孔を計測していると考えている. ●  測定器:トライスター 3000(島津製作所(株))

3.結果と考察

3.1 インキ剥がれ部の観察

 インキ剥がれ部の外観を Photo.1 に示す.再現テストに必要な情報を得るために顕微鏡観察を行った.白く見えるのは白紙部であり,電顕観察では塗工層の剥けや原紙のパルプ繊維などは見られなかった(Photo.2).インキ剥がれの近傍に小さい黒い塊がある場合が多かった(Photo.2 点線丸).これはインキの塊と推察した. なお,印刷物で白く見える箇所は一般的に印刷白点やベッセルピックであることが多いことから,これらとイ

ンキ剥がれを比較した.印刷白点とベッセルピックそれぞれのエッジ部の輪郭は滑らかで明瞭な曲線である

(Photo.3).一方,インキ剥がれの輪郭は入り乱れて複雑な形状である(Photo.2).また,ベッセルピック部には原紙のパルプ繊維が見え(Photo.3 SEM image),共焦点レーザー顕微鏡で観察すると約 10 mm の凹部になっているが,インキ剥がれ箇所はほぼ平坦で窪みはなかった

(Fig.1). インキ剥がれ箇所の 1 枚上の印刷物の裏面を観察したところ,インキ剥がれと一致する箇所にはインキなどの汚れはほとんどなかった. 以上の結果から,インキ剥がれは通常の印刷白点やベッセルピックではなく,一枚上の別の印刷物裏面にインキが取られたためでもなく,インキが塗工層との界面から剥がれて消しゴムのカスのような塊(インキ剥がれ部近傍の小さい黒い塊)となり,塗工層が見えることで白い箇所を形成して発生すると推察した.インキ剥がれは棒積みした印刷物の上段で発生することも鑑みると,そこでのみ特異的にずり応力がかかった可能性が示唆され,再現させるためには紙でインキを剥がす力を加えること,すなわち 3 ~ 4色の印刷重ね部を「紙で擦る」ことが重要であると考えた.

Photo.1 Appearance of ink peeling-off

Photo.2 Microscopic image of ink peeling-off

Photo.3  Microscopic image of white dot and vessel pick(left: optical microscopic image, right: SEM image)

Fig.1  3D-image with laser microscopy of ink peeling-off and vessel pick

[68] 日本印刷学会誌

 論   文 174

3.2 インキ剥がれの再現テストの検討

 4 色の印刷重ね部を「紙で擦って」インキ剥がれを再現する方法を検討した.印刷直後,隙間ができるように一回り大きな段ボールの箱に印刷物を入れ,振とう機にセットして数分間激しく振とうさせたが,印刷面表面に細かな傷が入るだけでインキ剥がれは発生しなかった.印刷後に印刷物を台車に積み込み,凸凹道を通過して振動させたが失敗であった.その他,種々の予備検討を試みてもうまくいかなかった.評価法の参考となったのは,印刷物と白紙を重ねてからその上に金属製の数百 g の錘を載せ,白紙を動かしてみたところインキが剥がれた現象を見出したことであった. その手法をもとに再現条件の最適化を検討した.印刷してから一定時間経過後に印刷物と白紙,錘を以下のPhoto.4 のようにセットし,印刷物はそのままにして錘を中心にして白紙と錘を一緒にゆっくりと 180 度程度回転させて戻すことを 2 回繰り返す,という手法が適切であることがわかった.この手法で形成された白い箇所を観察したところ,インキが剥がれて形成された輪郭の乱れ具合や剥がれたインキの塊まで再現していることを確認した

(Photo.5 点線丸). 本手法で評価する内容を検討した.インキ剥がれ部の剥がれ方について,官能評価による 5 段階のランキング評価は可能であったが,ある程度のひどさで「発生するか,しないか」で評価することとした.

3.3 再現テスト法を用いた各塗工紙のインキ剥がれ

 国内市場の製紙会社・各工場の製品に関して(試料 A~ I),再現テスト法を用いてインキ剥がれの比較を行った.その結果,印刷直後にはいずれの試料でも表面に細かな傷は発生するが,インキ剥がれは発生せず,ある程度時間が経過すると発生することがわかった.そこで印刷してから「インキ剥がれが発生し始めるまでの時間(開始時間 : starting time)」と 30 分毎に測定を繰り返して「インキ剥がれが発生している時間(発生時間:generating time)」

とで各種の用紙を調査することとした.各試料の開始時間と発生時間を測定したが,今回は試料 A を基準として相対的に比較して考察した.

 開始時間はほとんどの試料では A と比較すると 1. 0 ~1. 8 倍であった(Fig.2).試料 D は最も遅く,A の約 3. 8倍であった. インキ剥がれの発生時間について,多くの試料は A に対して 0. 4 ~ 1. 0 倍の間であった(Fig.3).なお,試料 Eは最も早く(A の 0. 1 倍),試料 D は遅かった(A の 2. 3 倍). 開始時間と発生時間の相関関係について,試料 D では開始時間が遅くて発生時間は長かったが,その他の試料にはほとんど差異がなく,相関係数(R2)は 0. 61 であったが,真の意味での相関は低いと考えている. 開始時間はインキの溶剤が浸透する初期段階であるため塗工層表層の細孔が影響するが,発生時間はインキの溶剤すべてが浸透するので塗工層全層の細孔が影響すると推察

Photo.4  Reproducibility test of ink peeling-off

Photo.5  Reproduced ink peeling-off Fig.2 Starting time of ink peeling-off

Fig.3 Generating time of ink peeling-off

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175 グロス調塗工紙のオフセット印刷物で発生するインキ剥がれのメカニズムに関する研究 

している.開始時間と発生時間が相関しなかった理由として,塗工層表層の細孔の状態はスーパーカレンダー処理条件などによって異なり,塗工層全層の細孔は塗工顔料や塗工層の層構造(ダブル塗工,シングル塗工)などで違い,両者が独立した現象であるためと考えている.

3.4 インキ剥がれに影響する要因

 インキ剥がれに影響する要因を調査した.インキ溶媒の浸透性が関与していると考え,単色インキセットとインキ剥がれの開始時間や発生時間とを比較した.その結果,開始時間と発生時間の両方が遅い試料 D では極端に単色インキセットが遅いが,それ以外の試料では単色インキセットに違いがほとんどなく,単色インキセットとインキ剥がれの発生時間に明瞭な相関は見られなかった(Fig.4). 一方,インキ剥がれはインキ盛り量が多い箇所で発生することから,4 色印刷機を用いて紙面上のインキ量を多くして 4 色インキセットを比較すると,インキ剥がれの発生時間と相関関係がやや見られた(Fig.5).インキ剥がれは

インキ量が多い場合での 4 色インキセット,つまりインキ溶媒が多い場合での浸透性がある程度影響していると考える. ここでインキ剥がれが印刷直後で発生せず,ある程度時間が経過してから発生する要因を解明するため,ISIT を用いて印刷後のインキタックの挙動とインキ剥がれの関係を調査した.印刷直後のタック値は約 3N と低いが,約 5分経過すると 8N,すなわち約 2.5 倍にまで上昇し,その後は徐々に低下する傾向にあることがわかった(代表例として試料 C の結果を Fig.6 に示す).インキ皮膜のタックが一定レベル以上の高い時間帯は,印刷後にある程度時間が経過してから所定の時間までの特定の範囲だけであった.この時間においてインキ剥がれが発生すると考えられる.なお,影響する紙物性をさらに調査した結果も合わせて,後でメカニムズを改めて考察する.

3.5 インキの溶剤浸透に影響する紙物性

 紙の銘柄によってインキ量が多い場合の溶剤浸透に違いがあることがわかったので,それに影響する紙物性を調査した.インキ剥がれの発生時間が大きく異なる 4 銘柄を抽出して,塗工紙の細孔分布を測定した.その結果,細孔径のピークはすべて約 60 nm と違いが見られなかったが,発生時間が短いほど細孔容積が大きく,試料 E では試料D の約 2 倍であった(Fig.7︲8,Table 2).細孔容積が大きいとインキから分離した溶剤を十分に吸収できるので,インキ皮膜中の樹脂の酸化重合が進んで硬化し易いため,発生時間が短いと推測している.

3.6 インキ剥がれの発生メカニズムと影響する要因

 以上の結果から,インキ剥がれの発生メカニズムを次のように考察している(Fig.9).①  印刷直後に擦ると,インキは粘度が低くて表面にだけ

力がかかり,細かなキズだけが入るが,インキ皮膜は

Fig.4  Relationship between ink setting(single color) and generating time of ink peeling-off

Fig.5  Relationship between ink setting(4 colors)and generating time of ink peeling-off

Fig.6 Tack force of ink after printing

[70] 日本印刷学会誌

 論   文 176

剥がれない.②  その後,数時間経過後までの間について,インキの粘

度が上昇してから擦るとインキ皮膜の強度が高くなっているため皮膜全体に力がかかる.最も強度の低い箇所であるインキ層と紙の塗工層の界面で剥離し,インキ剥がれが発生する.

    なお,インキ剥がれが Photo.3 で示すように複雑な不形状をしているのは,力がかかった部位で表面粗さが不均一である,ないしはインキ溶剤の浸透が不均一であるためと推察している.

③  さらに時間が経過すると,インキの溶剤浸透と樹脂の酸化重合がさらに進み,インキが硬化してインキ剥がれもキズも発生しなくなる.

   と推察している. インキ剥がれは擦るとすべての用紙で発生しうる現象である.紙の要因の一つは塗工層中の細孔容積である.塗工層中の細孔容積が大きい場合には,インキの溶剤浸透が進み易くてインキ皮膜の硬化が早く始まり,インキ剥がれ発生時間は短いと考えている. この発生メカニズムを元に総合的に考察すると,印刷所においてインキ剥がれが発生した要因として,「印刷後からインキが硬化するまでの間に,インキ皮膜に擦る力が加わったこと」が考えられる.すなわち,「インキ皮膜の硬化が不十分である事」と「擦る力が加わった事」の要因が重なったときに発生すると推察している.「インキ皮膜の硬化」にはインキ,紙,湿し水などが影響し,「擦る力」には印刷物の運搬時の振動で印刷物が擦れる,紙の坪量やパウダーの状態などが関係すると考えられる.これらの関係を Fig.10 に示した.インキ剥がれの対策はこれらの要因に対する最適化を図ることであると考えている.

Fig.7 Pore volume distribution in coated layer

Fig.8  Relationship between accumulated pore volume and generating time of ink peeling-off

Fig.9 Estimated mechanism of ink peeling-off

Fig.10 Speculated causes and effects of ink peeling-off

Table 2  Properities of pore in coated layer and generating time of ink peeling-off

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177 グロス調塗工紙のオフセット印刷物で発生するインキ剥がれのメカニズムに関する研究 

4.結論

 印刷所でグロス調コート紙をオフセット枚葉印刷した場合,棒積みした印刷物の最上部数枚~数十枚レベルでインキ剥がれと呼ばれる白点が印刷面の重ね部で発生した.インキ剥がれ部の観察,再現方法の検討,発生メカニズムの解明,用紙による発生状況と要因調査などを行い,以下の知見を得た.1)  インキ剥がれは塗工紙の剥けではなく,インキと塗工

層の界面からインキが剥がれて発生することがわかった.

2)  インキ剥がれの再現方法として,枚葉印刷機で 4 色ベタ重ね部を作成し,その上に転写紙と錘を重ね,錘を中心として転写紙をゆっくり回転させて印刷面と擦り合わせる方法を確立した.

3)  今回試験したすべての印刷用紙でインキ剥がれが発生し,銘柄によって発生時間に違いが見られた.

4)  発生時間が短い試料では 4 色インキセットが速く,塗工層の細孔容積が大きいことを確認した.

5)  メカニズムについて,インキ剥がれは印刷後にインキの溶剤が紙に浸透してインキの皮膜の強度がある程度高くなってから硬化するまでの間に,擦る力を加えることによって発生すると考えている.

6)  項目 5 の要因には,紙,インキ,湿し水,パウダー,印刷物の運搬時の振動などが影響すると考えられる.対策はこれらの要因の最適化を図ることである.

参考文献

1)  吉松丈博,河崎雅行,榊原大介,野々村文蹴,紙パ技協会誌, 63(7):836-843(2009).

2)  オフセット印刷技術研究会編,“オフセット印刷技術─トラブル解決─”,JAGAT 日本印刷技術協会 ,(2006).