10
38 MARCH 2007 機能及びその他の認知機能が低下した状態」 としている。また医師として長年「認知症」 の介護の現場で仕事をしてきた小澤勲氏は, 「獲得した知的機能が後天的な脳の器質性障 害によって持続的に低下し,日常生活や社会 生活が営めなくなっている状態で,それが意 識障害のないときにみられる」としている 2) つまり,単なる「もの忘れ」や「老化現象」で はないのである。また, 「認知症」というのは, 記憶障害,見当識障害,嗜好障害などの,い くつかの症状の集まりを指し,原因となる病 気の代表が「アルツハイマー病」と「脳血管性 認知症」である。前者は病気の原因がまだ解 明されておらず,根本的な治療法はないが, 後者は脳卒中後に起こる「認知症」で,生活 習慣病治療などにより予防が期待できる 3) 用語の見直しで「認知症」と改まっておよ そ2年,「認知症」がどの程度,国民に理解さ れているのかを探るため,2006年11月に「認 知症に関する電話世論調査」を実施した。調 査結果をみると,「家族や知り合いに認知症 の患者がいる,あるいは,いた」と答えた人 が47%と半数近くにのぼり,「認知症」は身 近な病気であることがわかった。また,「認 はじめに 厚生労働省の推計によると,「認知症」の 高 齢 者 数 は 2005 年 の 時 点 で お よ そ 170 万 人,その後,高齢者人口が増加するのに伴い 2015 年にはおよそ 250 万人,さらにピーク時 の 2040 年には 400 万人にまで増加するとして いる 1) 。また2030年以降は65歳以上の人口 の10人に1人が「認知症」という状態になる との予測もある。こうした状況から,「平成 18年版 厚生労働白書」では,「認知症対策は いっそう重要になる」と指摘している。 「認知症」は以前,「老人呆け」や「痴呆症」 と呼ばれていたが,侮蔑的な表現であるとし て関係者から用語変更を求める声が上がっ た。厚生労働省に「『痴呆』に替わる用語に関 する検討会」が2004年に設けられ,同年12 月に「痴呆」は「認知症」に改められた。病気 の理解や用語の普及が図られ,関係団体等の 名称も徐々に変更されていった。 「認知症」の定義はいくつかあるが,介護 保険法では,「脳血管疾患,アルツハイマー 病その他の要因に基づく脳の器質的な変化に より日常生活に支障が生じる程度にまで記憶 まだ不十分な“正しい理解” ~認知症に関する電話世論調査から~ 山田亜樹  

まだ不十分な“正しい理解” - NHK40 MARCH 2007 分母= 全体 患者 介護 いる(いた) いない ある ない 1,092人 509 462 156 345 よく知っている 14%

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38  MARCH 2007

機能及びその他の認知機能が低下した状態」としている。また医師として長年「認知症」の介護の現場で仕事をしてきた小澤勲氏は,

「獲得した知的機能が後天的な脳の器質性障害によって持続的に低下し,日常生活や社会生活が営めなくなっている状態で,それが意識障害のないときにみられる」としている 2)。つまり,単なる「もの忘れ」や「老化現象」ではないのである。また,「認知症」というのは,記憶障害,見当識障害,嗜好障害などの,いくつかの症状の集まりを指し,原因となる病気の代表が「アルツハイマー病」と「脳血管性認知症」である。前者は病気の原因がまだ解明されておらず,根本的な治療法はないが,後者は脳卒中後に起こる「認知症」で,生活習慣病治療などにより予防が期待できる 3)。

用語の見直しで「認知症」と改まっておよそ2年,「認知症」がどの程度,国民に理解されているのかを探るため,2006年11月に「認知症に関する電話世論調査」を実施した。調査結果をみると,「家族や知り合いに認知症の患者がいる,あるいは,いた」と答えた人が47%と半数近くにのぼり,「認知症」は身近な病気であることがわかった。また,「認

はじめに

厚生労働省の推計によると,「認知症」の高齢者数は2005年の時点でおよそ170万人,その後,高齢者人口が増加するのに伴い2015年にはおよそ250万人,さらにピーク時の2040年には400万人にまで増加するとしている 1)。また2030年以降は65歳以上の人口の10人に1人が「認知症」という状態になるとの予測もある。こうした状況から,「平成18年版 厚生労働白書」では,「認知症対策はいっそう重要になる」と指摘している。

「認知症」は以前,「老人呆け」や「痴呆症」と呼ばれていたが,侮蔑的な表現であるとして関係者から用語変更を求める声が上がった。厚生労働省に「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」が2004年に設けられ,同年12月に「痴呆」は「認知症」に改められた。病気の理解や用語の普及が図られ,関係団体等の名称も徐々に変更されていった。

「認知症」の定義はいくつかあるが,介護保険法では,「脳血管疾患,アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶

まだ不十分な“正しい理解”~認知症に関する電話世論調査から~

山田亜樹  

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39MARCH 2007

知症」を7割の人が知っていると答え,「認知症」という用語はある程度普及したと言える。しかし,「認知症」の知識についてたずねると,

「老化現象であり,病気ではない」と答えた人が41%,「薬が効かない」と答えた人が38%いるなど,必ずしも正しく理解されているわけではないことが明らかになった。

しかも,介護経験のある人でも病気全般について正しい知識を持っているとは限らず,

「認知症」という用語の普及の程度と,「認知症」に関する正しい理解との間には落差があることが浮かび上がった。本稿では,そうした「認知症」に関する国民の意識の現状を報告する。

【「認知症に関する電話世論調査」概要】

2006年11月17日(金)から19日(日)にかけて,電話法(RDD)で実施した。調査相手は全国の20歳以上の1,854人で,58.9%にあたる1,092人から回答を得た。

1.「認知症」は7割が知っている

調査では,まず,「認知症」をどの程度知っているかをたずねた。その結果「よく知っている」が14%,「ある程度知っている」が56%で,あわせて7割の人が「知っている」と答えている(表1)。男女年層別にみると,「よく知っている」は男性の高年層(60歳以上)で33%と最も高く,次いで,女性高年層の27%で,全体に比べ高くなっている。どの年層でも最も多かったのは,「ある程度知っている」と答えた割合で,特に男性の中年層(40~59歳)は64%,女性中年層は69%と,それぞれ全体に比べ多かった。

一方で,「聞いたことはあるが,よく知らない」と答えたのは若い人に多く,男性若年層(20~39歳)で45%,女性若年層で43%だった。男性若年層は「ある程度知っている」と答えた人も45%で,「知っている」人と「知らない」人がほぼ同じ割合であった。

さらに「まったく知らない」と答えたのは全体で2%にとどまっている。おおむね「認知症」

表1 「認知症」認知の程度(男女年層別)

分母 =

全体 男性 女性男性 女性

20 ~ 39 歳 40 ~ 59 歳 60 歳以上 20 ~ 39 歳 40 ~ 59 歳 60 歳以上

1,092 人 395 697 134 160 100 266 257 172

よく知っている 14 % 16 14 8 12 33 8 11 27

ある程度知っている 56 55 57 45 64 54 47 69 56

聞いたことはあるが,よく知らない 27 27 27 45 23 10 43 20 14

まったく知らない 2 2 2 3 1 3 3 0 3

※網掛けは全体に比べて有意に多いことを,下線は少ないことを示す。(信頼度 95%)

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40  MARCH 2007

分母 =

全体患者 介護

いる(いた) いない ある ない

1,092 人 509 462 156 345

よく知っている 14% 19 9 33 13

ある程度知っている 56 61 53 57 63

聞いたことはあるが,よく知らない 27 20 35 10 24

まったく知らない 2 0 2 0 0

という用語自体は,浸透していると言える。「認知症」をどの程度知っているかは,「認

知症」に関心があるかどうかで当然違いがあるだろう。そして「認知症」への関心は,やはり,身近に「認知症」の患者がいるかどうかが左右すると考えられる。調査結果をみると,「よく知っている」と答えた割合は全体では14%に対して,身近に「認知症」の患者がいると答えた人では19%であり,多くなっている(表2)。

また,「介護の経験」のあるなしで分けると,「介護経験」のある人の33%は「よく知っている」と答えており,「認知症」とのかかわりが

深くなればなるほど,「知っている」割合も増加する。

2. 兆候を感じたら病院へ行く人は半数

次に,自分自身が,今後「認知症」になるかも知れないと不安に感じるかどうかをたずねた。全体では,「とても不安を感じる」14%,「少し不安を感じる」51%で,あわせて65%,3人に2人が「不安を感じている」ことがわかった(表3)。男女で分けると,男性59%,女性69%で,女性のほうが不安を感じている人が多い。年層別にみると,60歳

表 3 「認知症」に対する不安の程度

表 2  「認知症」認知の程度(患者の存在・介護の経験)

分母 =

全体 男性 女性 20 歳代 30 歳代 40 歳代 50 歳代 60 歳代 70 歳以上

1,092 人 395 697 95 305 230 187 143 129

とても不安を感じる 14% 9 17 4 8 13 19 24 16

少し不安を感じる 51 50 52 47 54 56 53 52 37

あまり不安を感じない 26 31 23 39 33 25 19 15 24

まったく不安を感じない 6 8 5 7 3 4 6 6 18

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41MARCH 2007

代と70歳以上で傾向が大きく分かれた。最も不安を感じていたのは60歳代の76%,次いで50歳代の72%だったが,70歳以上では53%と全体に比べて少なく,20歳代の52%に次いで低かった。老いが間近に迫っていると感じている状態と,すでに老いに入っているけれど元気だと感じている状態の違いがあるのかも知れない。

「認知症」をどの程度知っているかとの関連では,「知っている(よく+ある程度)」と答えた人で,「不安を感じる(とても+少し)」と答えたのは68%,「知らない(よく+まったく)」人で「不安を感じる」のは58%で,「認知症」について知っている人のほうが不安を感じるという傾向があった(図1)。

「認知症」を知っているかどうかは年層による違いがあるので,男女年層別にみてみた。男性の若年層では「知らない」人で「不安を感じる」と答えた割合が61%に対して,「知っている」人で「不安を感じる」と答えた割合が54%で,「知らない」人のほうが高かった。男

性の中年層では「知らない」人で「不安を感じる」と答えた割合が42%に対して,「知っている」人で「不安を感じる」と答えた割合が65%と,若年層とは逆に「知っている」人のほうが高かった。また若年層の女性も「知っている」人のほうが「不安を感じる」割合が高い。

このように「認知症」を知っているかどうかと不安を感じるかどうかの関係は,一概には言えず,その人の置かれた状況によって,あまり関心がないので不安を感じない場合や,よく知らないので不安に感じる場合,それに知識があるかどうかが不安とはあまり関連しない場合があると考えられる。

では,実際に自分が「認知症」ではないかと感じたらどうするか。「すぐ病院に行く」と答えた人は49%,「しばらく様子をみる」が42%と答えが分かれ,「病院には行かない」は4%だった(図2)。

男女で比較すると,男性は48%が「様子をみる」と答えており,男性のほうが病院に行くことにためらいがあるようだ。特に男性の

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90%

女60歳以上

女40~59歳

女20~39歳

男60歳以上

男40~59歳

男20~39歳

全体68

58

5461

6542

5962

6653

7974

7066

■ 知っている人■ 知らない人

■ すぐ病院に行く ■ しばらく様子をみる■ 病院には行かない ■ わからない・無回答

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90%

女60歳以上

女40~59歳

女20~39歳

男60歳以上

男40~59歳

男20~39歳

全体68

58

5461

6542

5962

6653

7974

7066

■ 知らない人■ 知っている人

0 20 40 60 80 100%

女60歳以上

女40~59歳

女20~39歳

男60歳以上

男40~59歳

男20~39歳

全体 49 42 4 5

43

44

51

47

53

55 34 92

40 3 4

44 3 6

35 7 7

49 4 3

52 5 2

図1 「認知症」認知の程度と不安を感じる割合

図 2  「認知症」と感じたらどうするか

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42  MARCH 2007

若年層や中年層ではおよそ半数が「様子をみる」と答えている。また男女とも,年齢が上がるにつれて,「すぐに病院に行く」の割合が高くなっている。

では,しばらく様子をみたり,病院には行かない理由は何なのか,7つの選択肢の中から1つだけ選んでもらったところ,最も多かったのは「認知症ではない可能性があるから」の36%,次に「どこの病院へ行ったらいいのかわからないから」21%,「年齢のせいで,病気ではないから」17%などとなった(図3)。

年層別にみると,「認知症でない可能性があるから」を最も多くあげたのは若年層の42%,「病気ではない」を最も多くあげたのは高年層の24%だった。高年層では,「認知症」を「よく知っている」が,いざ自分の問題となると,「(認知症だと)思いたくない」という気持ちが働くのだろうか。病院に行かない理由からも,「認知症」の正しい理解が不十分な現状が推察される。

3. 正しい理解は足りない

すぐに病院に行かないのには,「(認知症は)年齢のせいで,病気ではないから」と誤って理解しているからだということがわかった。

「はじめに」で述べたように「認知症」は単なるもの忘れなどの老化現象ではなく,脳の細胞が壊れることによって引き起こされる病気である。高年層で「認知症」ではないかと感じても,「病気ではない」からといって「すぐに病院には行かない」人が多いというのは,病気の進行を防ぐ機会を逃すことになりかねない。

順天堂大学教授で老年精神医学が専門の新井平伊氏は,「認知症」が正しく理解されていない主な点として以下の項目をあげている 4)。

①早期診断によって治療可能な原因がみつかることもあり,早期治療でよりよい状態の維持が可能になる。

②アルツハイマー病にはドネペジルという抗認知症薬があり,完治させることはできないが,進行を遅らせることは可能である。

■ 「認知症」でない可能性が あるから

■ どこの病院へ行ったら いいのかわからないから

■ 年齢のせいで, 病気ではないから

■ 「認知症」であれば 治らないから

■ プライドが傷つくから■ 精神科へ行くのは 抵抗があるから

■ 世間体が悪いから■ わからない・無回答

0 20 40 60 80 100%

60歳以上

40~59歳

20~39歳

全体(498人) 36 21 17 5 45 12

42 24 16 4 5 3 8

40 19 15 6

18 18 24 8 5 5 22

5 5 11

1

■ 「認知症」でない可能性が あるから

■ どこの病院へ行ったら いいのかわからないから

■ 年齢のせいで, 病気ではないから

■ 「認知症」であれば 治らないから

■ プライドが傷つくから■ 精神科へ行くのは 抵抗があるから

■ 世間体が悪いから

0 20 40 60 80 100%

60歳以上

40~59歳

20~39歳

全体(498人) 36 21 17 5 5 4

42 24 16 4 5 3

40 19 15 6

18 18 24 8 5 5

5 5 1

図 3 「しばらく様子をみる,病院には行かない」理由(該当者)

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③家族性アルツハイマー病は遺伝する場合があるが,大多数の認知症は生活習慣などが重なって発病すると考えられ,食生活の改善や運動は予防効果が期待されている。

④「認知症になると何もわからなくなる」わけではないので,介護にあたっては患者それぞれにあったケアをすることで,病状の進行が穏やかになる。

こうした理解が,実際に,どの程度普及しているのか,7つの質問に対して「そう思う」か「そう思わない」かを答えてもらう形で聞いた。

○老化現象であり,病気ではない○若い人でもなる可能性がある○遺伝する○薬が効かない○予防できない○リハビリは効果がない○発見の早い遅いは病状の進行に関係ない7問すべてに正解したのは12%で,6問正

解が22%,5問正解が20%などとなっている(図4)。「認知症」については,誤解が多いということができよう。

それぞれの質問に対する答えを図5に示した。全体では,7問のうち「若い人でもなる可能性がある」は,「そう思う」と答えた人が83%で,正しい理解の割合が最も高かった。特に女性中年層は90%が「そう思う」と正しく回答していた。

2005年度の山本周五郎賞を受賞した小説『明日の記憶』5)は,「若年性アルツハイマー病」を取り上げた作品で,翌2006年には映画化もされた。「若年性」とは65歳以前に発症することを指し,作品の主人公は50歳の男性という設定であった。

1972年に出版された『恍惚の人』がベストセラーになり,認知症高齢者(当時は痴呆性老人と呼ばれていた)の介護が社会問題として認識されたように,小説や映画,テレビドラマなどによって理解が広がる場合もあるだろう。

7問

6問

5問

4問

3問

2問9%12%

22% 13%

6%

20%15%

0問 1問

2%

図 4 7 問中,何問正しく答えたか

■ そう思う ■ そう思わない ■ わからない・無回答

  誤り    正解

0 20 40 60 80 100%

発見の早い遅いは関係ない

リハビリは効果ない

予防できない

薬が効かない

遺伝する

若い人でもなる可能性がある

老化現象であり,病気ではない 41 46 13

83 7 10

18 66 17

38 44 18

29 57 14

15 73 13

22 63 15

誤 正

誤 正

誤 正

誤 正

誤 正

誤 正

誤正

誤 正

図 5 「認知症」の認識

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そのほか,「遺伝する」「予防できない」「リハビリは効かない」「発見の早い遅いは関係ない」については6割から7割の人が正しい理解を示した。

一方,誤解が多かったのは,「老化現象であり,病気ではない」に「そう思う」と答えた41%,次いで「薬が効かない」に「そう思う」と答えた38%であった。

「病気ではない」と思っているのは,男性47%,女性37%で,男性に多かった。また,年層が上がるにつれ,「そう思う」と答えた割合が増加し,男性高年層で64%,女性高年層で49%が「病気ではない」と答えている。

「認知症」をどの程度知っているかの質問との関係でみてみると,「よく知っている」と答えた人で「病気ではない」と答えたのは49%で,全体に比べ誤った答えが高かった。

また「介護の経験」があっても48%が「認知症は病気ではない」と答えている。これは,「よく知っている」と答えた人と,「介護の経験」がある人はともに高年層が多く,年層による傾向の違いが影響していると考えられる。

「認知症」への関心が高く,「認知症」患者との接触があり,それゆえ自分では「認知症」を理解していると考えていても,実は,新しい情報が届いていないため,実際に介護にあたっていても病気に対する誤解を改める機会がないという場合があるだろう。また,若い人たちの間にも,予防法や治療法に関する正しい理解が広まっていないのは,そもそも「認知症」を病気だとする理解が不足していることが要因として考えられる。今回の調査結果からは,患者やその家族が必要とする病気としての「認知症」に関する情報が十分に普及していないことが,あらためて浮かび上がってきた。

4.「問題行動」と介護に必要な支援

「認知症」の介護で特に大変なのは,徘徊や妄想などの,いわゆる「問題行動」であると言われている。「問題行動」についてどう思うか3つの選択肢を示してたずねたところ,69%の人が「症状が進めば避けられないことなので,仕方がない」と答えた。そして,「何か理由があるはずだ」が17%,「迷惑に感じる」が7%という結果だった。介護の経験のある人に限れば8割の人が「症状が進めば避けられないことなので,仕方がない」と答えている。

しかし,最近の研究によれば,適切な介護で「問題行動」は軽減することができるとされている 6)。こうした情報が行き届いていれば,介護に当たる人の「問題行動」に対する受け止め方が変わり,「仕方なく」やっていた介護の取り組みが変わって改善されるかも知れない。また,介護を受ける患者の立場からしても,適切なケアを受けることは心身の調子を維持するために必要なことだろう。

今回の調査の最後に,家族の「認知症」を経験した人に「必要な支援」を複数回答でたずねた。一番多かったのは「経済的負担の軽減」で83%だった(図6)。さらに,他の4つの選択肢もすべて7割を超えており,家族に

「認知症」の人がいる場合,様々な支援を求めていることがわかった。裏を返せば,それだけ「認知症」患者の家族の負担は重いということになる。

選択肢以外に「その他」として自由回答で答えがあった内容をみると,「家族やご近所の理解と協力」「相談できる場を増やして欲しい」などの意見があがった。

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45MARCH 2007

おわりに

最近では,「認知症」患者本人の意思を尊重しようという動きが出て,「認知症」の人自身が,自らの体験や社会への要望を語り始めている。若年性認知症患者の太田正博氏は,「認知症」のケアに大切なことは「やさしさ」と「おだやかさ」であると,講演会などで話している 7)。

厚生労働省では,「認知症」を理解し,支援する人を認知症サポーターと呼んで,サポーターたちが地域に数多く存在し,どこに住んでいても「認知症」になっても安心して暮らせるようにすることを目標に掲げている。そのため,「認知症を知り地域をつくる10カ年」を2005年度からスタートして,認知症サポーターを100万人養成することを目指している。しかし,2006年11月末現在認知症サポーターはおよそ8万人。実現するためのハードルは高い。

新しい治療法の開発が進み,現在,「認知症」は「早期発見」と「その人にあったケア」で「病状をコントロールできる病気」と考えられている。しかしながら,今回の調査結果からは,

「認知症」に関する正しい理解が不十分な状況が明らかになった。正しい理解を広げていくことは,安心して暮らせる地域づくりの第一歩と言えよう。

(やまだ あき)

注:1)平成 15 年 6 月 厚生労働省老健局総務課推計2)小澤勲『認知症とは何か』岩波新書 2005 年3)新井平伊 『アルツハイマー病のすべてがわかる

本』講談社 2006 年4)3)に同じ5)萩原浩『明日の記憶』光文社 2004 年6)NHK スペシャル『シリーズ 認知症 その時,

あなたは~第 1 回“常識”を変えよう』(2006年 12 月 17 日放送)より

7)NHK 福祉ポータル ハートをつなごう ハートネットwww.nhk.or.jp/heart-blog/people/oota

図 6 「認知症」への支援(複数回答・分母 =332 人)

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90%

女60歳以上

女40~59歳

女20~39歳

男60歳以上

男40~59歳

男20~39歳

全体68

83

81

78

76

72

8

58

5461

6542

5962

6653

7974

7066

■ 知らない人■ 知っている人

0 20 40 60 80 100%

この中にはない

特別養護老人ホームなどの施設の整備

介護保険制度の充実

専門の病院の整備

社会全体の理解

経済的負担の軽減

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1. とても恥ずかしいと思う ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1.0 % 2. やや恥ずかしいと感じる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8.8 3. あまり恥ずかしくない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 37.6 4. まったく恥ずかしくない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 46.6 5. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6.0

-「認知症」患者の状態-第 5問 「認知症」になった人は,どんな状態にあると思います

か。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください。 1. 呆けているので,何もわかっていない ‥‥‥‥ 23.6 % 2. 本人は病気の症状に苦しんだり, 不安を感じたりしている ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 64.4 3. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 12.0

-「認知症」の問題行動について-第 6問 「認知症」が進むと,家の周りを「徘徊」したり,財布

を盗まれたと言い出すなどの「被害妄想」を持ったりという,いわゆる「問題行動」が起きることがあります。そのような行動をどう思いますか。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください

1. 迷惑に感じる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6.7 % 2. 症状が進めば避けられないことなので, 仕方がない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 69.0 3. 何か理由があるはずだ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16.9 4. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7.3

-「認知症」の介護-第 7問 もしあなたのご家族が「認知症」になったら,どのよ

うな介護をしたいですか。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください。

1. 自宅で自分たちで介護したい ‥‥‥‥‥‥‥‥‥5.0 % 2. 自宅でヘルパーなどの援助を受けながら介護したい ‥ 25.0 3. 施設で専門家に介護をまかせたい ‥‥‥‥‥‥ 14.1 4. 施設や自宅を行き来させながら,介護したい ‥ 46.4 5. その他 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1.1 6. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8.3

-「認知症」の知識-第 8問 次に,あなたは「認知症」をどのようなものだとお考

えですか。これから読み上げるそれぞれについて,「そう思う」「そう思わない」でお答えください。

そう思う

そう思わない

わからない

A. 老化現象であり,病気ではない 40.8 46.2 12.9

B. 若い人でもなる可能性がある 83.3 6.5 10.2

C. 遺伝する 17.7 65.8 16.6

D. 薬が効かない 38.3 44.2 17.5

E. 予防できない 28.9 56.9 14.2

F. リハビリは効果がない 14.5 72.8 12.7

G. 発見の早い遅いは病状の進行に関係ない 21.5 63.4 15.1

H.「認知症」になったら人生終わりだ 20.0 65.4 14.7

-「認知症」の認知度-第 1問 これから,「認知症」についての,あなたのお考えをう

かがいます。「認知症」は,以前「痴呆症」「老人呆け」などと呼ばれていました。あなたは,「認知症」をどの程度知っていますか。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください。

1. よく知っている ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14.3 % 2. ある程度知っている ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 56.3 3. 聞いたことはあるが,よく知らない ‥‥‥‥‥ 27.1 4. まったく知らない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2.0 5. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥0.3

-自分が「認知症」になるか-第 2問 あなたご自身が今後,「認知症」になるかも知れないと,

どの程度不安を感じていますか。次に読み上げる中から 1つ選んでお答えください。

1. とても不安を感じる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 13.7 % 2. 少し不安を感じる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 51.4 3. あまり不安を感じない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 26.0 4. まったく不安を感じない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6.1 5. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2.7

-病院へ行くか-第 3問 もしあなたが自分は「認知症」ではないかと感じたら

どうしますか。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください。

1. すぐ病院に行く ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 49.4 % 2. しばらく様子をみる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 42.0 3. 病院には行かない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3.6 4. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5.0

-病院へ行かない理由-第 3問付問 (前問で 2~ 3と答えた人へ)

あなたがすぐ病院に行かないのはなぜですか。次に読み上げる 7 つの中から 1 つ選んでお答えください。

1. 「認知症」でない可能性があるから ‥‥‥‥‥ 35.9 % 2. プライドが傷つくから ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4.6 3. 年齢のせいで,病気ではないから ‥‥‥‥‥‥ 17.1 4. 「認知症」であれば治らないから ‥‥‥‥‥‥‥5.4 5. どこの病院へ行ったらいいのかわからないから ‥ 20.7 6. 世間体が悪いから ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥0.4 7. 精神科へ行くのは抵抗があるから ‥‥‥‥‥‥‥3.8 8. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 12.0

(分母 =498 人)

-「認知症」は恥ずかしいか-第 4問 もし,あなたのご家族が「認知症」になった場合,ど

のように感じるでしょうか。次に読み上げる中から 1 つ選んでお答えください。もし,ご家族に「認知症」の方がいらっしゃる場合は,今の気持ちをお答えください。

【 調査の概要 】

1. 調査時期 2006年11月17日(金)~19日(日)2. 調査方法 電話法(RDD追跡法)3. 調査相手 全国の 20歳以上の男女 1,854 人4. 回答数(率) 1,092 人(58.9%)

Page 10: まだ不十分な“正しい理解” - NHK40 MARCH 2007 分母= 全体 患者 介護 いる(いた) いない ある ない 1,092人 509 462 156 345 よく知っている 14%

47MARCH 2007

-「認知症」の薬の開発-第 9問 「認知症」は治療薬の開発が進んでいます。このことを

あなたはご存じでしたか。 1. はい ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 42.6 % 2. いいえ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 45.7 3. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 11.7

-「認知症」の患者の存在-第 10問 ところで,あなたのご家族や親せき,知り合いに,「認

知症」の方はいらっしゃいますか。もしくは,いらっしゃいましたか。これから読み上げる中で,あてはまる場合は「はい」,あてはまらない場合は「いいえ」をそれぞれお答えください。

-「認知症」の介護の体験-第10問付問1 (問10でA~Fに1つでも「はい」と答えた人へ)

では,どなたかの「認知症」の介護をした経験はありますか。これから読み上げる中で,当てはまる場合は「はい」を,当てはまらない場合は「いいえ」をお答えください。

(分母 =509 人)

-「認知症」への支援(M.A.)-第 10問付問 2 (問 10で A~ Dで 1つでも「はい」と答えた

人へ)ご家族の「認知症」を経験されて,どのような支援が必要だと感じましたか。次の 5 つの中からいくつでもお選びください。

1. 専門の病院の整備 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 78.3 % 2. 特別養護老人ホームなどの施設の整備 ‥‥‥‥ 72.3 3. 介護保険制度の充実 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 75.6 4. 経済的負担の軽減 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 83.1 5. 社会全体の理解 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 81.3 6. この中にはない ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7.5 7. わからない,無回答 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6.3

(分母 =332 人)

全 体 性  別 年 層男 女 20 代 30 代 40 代 50 代 60 代 70 歳以上 無回答

1,092 人 395 697 95 305 230 187 143 129 3100.0 % 36.2 63.8 8.7 27.9 21.1 17.1 13.1 11.8 0.3

男 の 年 層 女の年層20 代 30 代 40 代 50 代 60 代 70 歳以上 20 代 30 代 40 代 50 代 60 代 70 歳以上 無回答43 91 91 69 50 50 52 214 139 118 93 79 33.9 8.3 8.3 6.3 4.6 4.6 4.8 19.6 12.7 10.8 8.5 7.2 0.3

サンプル構成

職     業農林漁業 自営 勤め人 主婦 無職 学生・その他・

無回答6 85 415 355 166 650.5 7.8 38.0 32.5 15.2 6.0

はい

いいえ

無回答・

わからない

A. 配偶者 1.9 87.5 10.5B. 父母あるいは義父母 16.1 73.9 10.0C. 祖父母 16.2 71.6 12.2D. 兄弟姉妹 1.4 88.8 9.8E. 親せき 14.9 73.4 11.6F. 知り合い 22.9 66.5 10.6

はい

いいえ

無回答・

わからない

A. 配偶者 2.8 95.9 1.4B. 父母あるいは義父母 18.5 80.2 1.4C. 祖父母 10.2 87.8 2.0D. 兄弟姉妹 1.0 97.4 1.6E. 親せき 2.9 95.3 1.8F. 知り合い 4.1 94.3 1.6

地域ブロック北海道東北

関東甲信越

東海北陸 近畿 中国 四国

九州 不明

130 405 143 164 226 2411.9 37.1 13.1 15.0 20.7 2.2