3
NTT技術ジャーナル 2016.7 15 Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発 デジタルコヒーレントトランシーバ の変遷 NTTはこれまで2.4 Gbit/s,10 Gbit/s, 40 Gbit/s,100 Gbit/sと堅調に光ト ランスポートネットワークの大容量化 を実現してきました (1) .100 Gbit/s伝 送システムでは,超高速デジタル信号 処理を取り入れたデジタルコヒーレン ト技術により,伝送距離を飛躍的に伸 ばすことが可能となりました.しかし ながら,偏波多重および振幅位相変調 を用いているため,変復調器は複雑な 構成となり,光集積技術の高度化が鍵 となっています. デジタルコヒーレントトランシーバ の変遷を図1 に示します.光トランス ポートネットワーク用デバイスに関す る標準規格やプロトコルを策定する業 界団体OIF(Optical Internetworking Forum)は,デジタルコヒーレントト ランシーバの消費電力やサイズについ て規格を定めています.デジタルコ ヒーレントトランシーバは2012年ご ろから使われるようになったため,技 術の進展が速く, 3 年でサイズが約 2 分の 1 となっており,小型化 ・ 低 消費電力化が進んでいることが分かり ます.デジタルコヒーレントトラン シーバのキー部品は,電気信号を光に 載せる光変調器,光信号を受ける集積 コヒーレント受信器(ICR: Integra- ted Coherent Receiver),ICRの出力 電気信号をデジタル処理するDSP (Digital Signal Processor)です.第 1 世代のOIF標準では,デジタルコ デジタルコヒーレントトランシーバ InP シリコンフォトニクス MSA: Multi-Source Agreement CFP: 100G Form-factor Pluggable ACO: Analog Coherent Optics CFP2-ACO 1.6×4.2”,12 W CFP 3.2×5.7”,32 W OIF Gen2 MSA 4 ×5 ”,40 W OIF Gen1 MSA 5 ×7 ”,90 W 時 期 2012 2015 (年) 図 1  デジタルコヒーレントトランシーバの変遷 Beyond 100G 光トランスポートネット ワーク用光送受信器 次世代の光通信ネットワークシステムであるBeyond 100G 光トランス ポートネットワークを経済的に構築するためには,構成部品である光送受 信用デバイスの小型・大容量化と省電力化が不可欠です.本稿では, Beyond 100G 光トランスポートネットワークのキーデバイスであるデジタ ルコヒーレントトランシーバの小型化と低消費電力化を可能とするInP(イ ンジウムリン)材料を用いた光変調器,およびシリコンフォトニクスを活 用した小型コヒーレントサブアセンブリを紹介します. のりひで /那 ゆうすけ NTTデバイスイノベーションセンタ

Beyond 100G 光トランスポートネット ワーク用光 …16 NTT技術ジャーナル 2016.7 Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: Beyond 100G 光トランスポートネット ワーク用光 …16 NTT技術ジャーナル 2016.7 Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

NTT技術ジャーナル 2016.7 15

特集

Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

デジタルコヒーレントトランシーバの変遷

NTTはこれまで2.4 Gbit/s,10 Gbit/s,40 Gbit/s,100 Gbit/sと堅調に光トランスポートネットワークの大容量化を実現してきました(1).100 Gbit/s伝送システムでは,超高速デジタル信号処理を取り入れたデジタルコヒーレント技術により,伝送距離を飛躍的に伸ばすことが可能となりました.しかしながら,偏波多重および振幅位相変調

を用いているため,変復調器は複雑な構成となり,光集積技術の高度化が鍵となっています.

デジタルコヒーレントトランシーバの変遷を図 1に示します.光トランスポートネットワーク用デバイスに関する標準規格やプロトコルを策定する業界団体OIF(Optical Inter networking Forum)は,デジタルコヒーレントトランシーバの消費電力やサイズについて規格を定めています.デジタルコヒーレントトランシーバは2012年ご

ろから使われるようになったため,技術の進展が速く, 3 年でサイズが約2 分の 1 となっており,小型化 ・ 低消費電力化が進んでいることが分かります.デジタルコヒーレントトランシーバのキー部品は,電気信号を光に載せる光変調器,光信号を受ける集積コヒーレント受信器(ICR: In te gra-ted Coherent Receiver),ICRの出力電気信号をデジタル処理するDSP

(Digital Signal Processor)です.第1 世代のOIF標準では,デジタルコ

デジタルコヒーレントトランシーバ InP シリコンフォトニクス

MSA: Multi-Source AgreementCFP: 100G Form-factor PluggableACO: Analog Coherent Optics

CFP2-ACO1.6×4.2”,12 W

CFP3.2×5.7”,32 W

OIF Gen2 MSA4 × 5 ”,40 W

OIF Gen1 MSA5 × 7 ”,90 W

時 期

2012 2015 (年)

サイズ,消費電力

図 1  デジタルコヒーレントトランシーバの変遷

Beyond 100G 光トランスポートネットワーク用光送受信器次世代の光通信ネットワークシステムであるBeyond 100G 光トランスポートネットワークを経済的に構築するためには,構成部品である光送受信用デバイスの小型・大容量化と省電力化が不可欠です.本稿では,Beyond 100G 光トランスポートネットワークのキーデバイスであるデジタルコヒーレントトランシーバの小型化と低消費電力化を可能とするInP(インジウムリン)材料を用いた光変調器,およびシリコンフォトニクスを活用した小型コヒーレントサブアセンブリを紹介します.

柏か し お

尾典のりひで

秀 /那な

須す

悠ゆうすけ

NTTデバイスイノベーションセンタ

Page 2: Beyond 100G 光トランスポートネット ワーク用光 …16 NTT技術ジャーナル 2016.7 Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

NTT技術ジャーナル 2016.716

Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

ヒーレントトランシーバのサイズが5 × 7 ”(”はインチを表す. 1 インチは2.54 cmに相当)でしたが,第 2 世代ではサイズが 4 × 5 ” や3.2×5.7”に小型化されます.さらに,最新規格であるCFP2-ACOではサイズが1.6×

4.2” となり,同じ通信機器サイズで通信容量を 5 倍以上に拡大することができます.デジタルコヒーレントトランシーバ開発には,これらの規格を満たすべく,デバイスの小型化と低消費電力化を進めていく必要があります.本稿では,デジタルコヒーレントトランシーバの小型化と低消費電力を実現するInP(インジウムリン)材料を用いた光変調器とシリコンフォトニクスを活用した小型コヒーレントサブアセンブリを紹介します.

InP材料を用いた光変調器

NTTでは,10数年前からInP材料の優れた特性に着目し,小型光変調器の研究開発を牽引してきました(2).InP材料とニオブ酸リチウム(LiNbO3)を用いた光変調器の比較を表 1に示します.InPは,LiNbO3に比べて光変調効率が10倍高い物性定数を持っており,変調部の長さをLiNbO3の10分の 1 の 3 mmに小型化できます.また,InPを用いた光変調器は駆動電圧が低く,電気信号を差動方式で与える構成として低消費電力を実現しています.動作の安定性も高く,LiNbO3変調器でみられるような動作中に次第に最適バイアス点が変化する現象はみられません.開発したInP光変調器の写真と特長を図 2に示します.従来のLiNbO3変調器に比べて,サイズを 2分の 1 以下に小型化しながら,2.5 V以下の低い駆動電圧動作が可能です.このInP光変調器技術の開発により,CFP2-ACOが実現されました.

次にデジタルコヒーレントトランシーバで用いられる光変調器の第 1世代と第 2 世代の性能比較を表 2に示します.光変調器の消費電力は信号を与えるドライバによっておおむね決められます.LiNbO3光変調器用のドライバの消費電力が5.2 W,InP光変調器用のドライバは2.5 Wです.InP光変調器は温度を一定に保つためにペルチェ素子の駆動に 1 Wを必要としますが,その消費電力を加えてもトータルで3.5 Wとなり,LiNbO3光変調器

よりも低消費電力化が実現されました.

シリコンフォトニクスを活用した小型コヒーレントサブアセンブリ

さらなるデジタルコヒーレントトランシーバの小型化に向け,シリコンフォトニクスを活用した小型コヒーレントサブアセンブリ(COSA: Co her-ent Optical SubAssembly)の開発も進めています.デジタルコヒーレント伝送に用いられるDSPは,信号復調だけでなく伝送路で発生する信号歪も

表 1  InP材料とLiNbO3を用いた光変調器の比較

InP LiNbO3

変調部の長さ 小(〜 3 mm) 大(〜 3 cm)駆動電圧 小(1.5〜2.5 V) 大(〜 3 V)変調速度

(材料起因)非常に高速

(>45 GHz)高速

(>35 GHz)波長 ・ 温度依存性 大 非常に小

光損失 中 小安定性 高 低(バイアス変動)

表 2  光変調器の第 1 世代と第 2 世代の性能比較

第 1 世代 第 2 世代構 成 LiNbO3 InPサイズ 13.2×90.5× 7 mm 15.6×34×6.5 mm

消費電力* 5.2 W 3.5 W*変調器+ドライバの消費電力.ドライバ消費電力はOIF2013.239.00による

・差動駆動・表面実装型RFインタフェース・駆動電圧(Vπ):< 2.5 V@32 Gbaud・消光比:> 20 dB・サイズ:34×15.6 mm(LiNbO3変調器の 2分の 1以下)

図 2  開発したInP光変調器の特長

Page 3: Beyond 100G 光トランスポートネット ワーク用光 …16 NTT技術ジャーナル 2016.7 Beyond 100G 光トランスポートネットワークに向けたデバイス技術開発

NTT技術ジャーナル 2016.7 17

特集

補償が可能ですが,近年ではその処理能力の向上とともに,送受信機器内のアナログデバイスの不完全性も補償することが可能となってきました.これにより,光送受信機器内に使用できる光デバイスの選択肢が増え,新たなデジタルコヒーレントトランシーバの実現可能性が広がっています.NTTデバイスイノベーションセンタでは,シリコンフォトニクスを用い,トランシーバ内のさまざまな光デバイスをシリコンチップ上にワンチップ集積することで,トランシーバの抜本的な小型化をめざしています.

シリコンフォトニクスとは,LSI技術によって培われてきた微細加工技術を用い,通信波長帯(1.5 μm)において透明なシリコンを集積光回路プ

ラットフォームとして活用する技術です.近年では,シリコン上に,単純な光受動素子だけでなく,変調器やGe

(ゲルマニウム)PD(Photo Detector)などの集積も可能となってきました.NTTでも,2000年代初頭より,基盤的基礎研究としてシリコンフォトニクスに取り組み,さまざまな要素検討を進めています(3).

デジタルコヒーレントトランシーバ内の光デバイスとしては,送信側に前述の光変調器およびドライバ,受信側にICRが配置されています.さらにICRには,内部に光90度ハイブリッドや高速PDアレイ,偏波合分波器などの光デバイスと,PDの出力電流を電圧 信 号 に 変 換 す るTIA(Trans-Impedance Amplifier)が実装されています.従来,これら光デバイスはそれぞれ異なる材料系を用いて実現され,光ファイバなどで相互に接続されていました.私たちは図3および図4に示すように,これらキーとなる光デバイス群をシリコンフォトニクスによりワンチップ上に集積し,ドライバおよびTIAとともにパッケージへ実装したCOSAの開発を進めています.従来必要であった光ファイバやレンズを用いた光デバイスの相互接続を削減し,

大幅な小型化が可能となります.

今後の展開

InP光変調器およびシリコンフォトニクスを活用したCOSAは,デジタルコヒーレントトランシーバの小型化 ・低消費電力化に期待されているデバイスです.高速動作に優れたInP光変調器は高速 ・ 長距離向け,小型化 ・ 経済性に優れたCOSAはデータセンタ間接続向けといったそれぞれのデバイスの特長を活かした用途への応用が想定されています.今後も,幅広い視野を持ち,光通信ネットワークを革新するデバイス開発を進めていきます.

■参考文献(1) 村田 ・ 才田:“ネットワークの進化を支える

光 部 品, “ NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル, Vol.23, No.3,pp.48-52, 2011.

(2) 山田 ・ 都筑 ・ 菊池 ・ 八坂:“小型な省電力の光変調器,” NTT技術ジャーナル, Vol.17, No.1, pp.19-22, 2005.

(3) 特集:“新世代通信を拓くシリコンフォトニクス技術,” , NTT技術ジャーナル, Vol.21, No.12, pp.10-35, 2009.

(左から)那須悠介/ 柏尾典秀

次世代光通信ネットワークを経済的に構築するためには,小型かつ低消費電力な光伝送デバイスは不可欠です.Beyond 100G 光トランスポートネットワークの実現に向けて,タイムリーに世の中に技術を提供できるように研究開発を進めていきます.

◆問い合わせ先NTTデバイスイノベーションセンタ 企画部

TEL 046-240-2403FAX 046-270-3703E-mail dic-kensui lab.ntt.co.jp

TIA

DRV

PDDual PolMixer

PM-IQmodulator

受信光入力

局光入力

送信光出力

Si Photonics Chip

DRV: Driver図 3  COSA内機能ブロック図

制御用FPC入出力ファイバ

高速信号用FPC制御用FPC

(サイズ:19×17×2.1 mm)

図 4  COSAモジュール写真