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美
館の
設は最早議論の時代を
ぎてゐる今は此
切なる時機に於て一日も早く實行を
がなけれ
ばならぬ斯う云ふ希
が自然に一致したところから眞先に結合したものは都下新聞雜誌の記者會である
十一月十四日夜十新聞二雜誌の有志
者は鴻の巢に會合して種々意見を
換し
いで十六日夜日本美
學院內に集合して美
館
設期
同盟會を設け先づ大に氣勢を擧げやうと申合せた
その結果美
界
に關係ある各方面の名家の賛同を求め數日の間に下
の諸氏に發
者たる快諾を得た此一事のみを以ても
此
動が如何に剴切であり如何に
であるかを知られるのである
で取敢ず發
者總會を開くべく十一
月廿六日夜燕樂軒に參集して熟議を
げた
議題は
設を企圖する美
館の實質如何期
同盟會の
立
に關する方法及其順序如何の二つであつた
此討論は將來の參考になるべきもの故こゝに
錄する
坂井犀水田口鏡
郞二氏より衆議に
り正木
彥氏を座長に推薦し會議を始む
▲座長
美
館
設期
同盟會を設立すべきものであるか否やを先づ衆議によりて決したいと思ひます
▲高村光雲氏
美
館
設期
同盟會の設立に賛
致します
▲座長
滿場一致を以て美
館
設を期する事の案が
立しました
それから之れは諸君に御計りするのですが
例ば天然物を蒐集したる處を
物館と云ひ美
品を蒐めたる處を美
館と云ふが如く單に美
館と言ふ言葉の
美
館
設
動の經
廣瀨熹六
みにては誰しもが一致せぬと思ひますが美
館と言ひ乍らそれは美
物館と言ふ意味であるかその範圍を定め
て置く
が必
だらうと思ひますが如何ですか
▲坂井犀水氏
國民美
協會の先日
部大臣を訪問して意見を
べた處に依るとそれは展覽會場を本位として
明治以降の美
品を陳列する
になつて居つたと思ひますが同盟會の意見を決めて
けとの
ですが之は私も
希
する處で御座ります個人としては
る可く範圍を決めて
く
が必
と思ひますから目下必
として居る
美
陳列館の設立を先きに
求すべきものと思ひます
▲坂崎垣氏
私は坂井氏の說に賛
致します
▲黑田淸輝氏
何れの美
館が出來ても結
ですが美
家として意見を
べますと陳列館とか新しい美
品を
陳列するとかは目下應
の希
ではありますが私は本當の意味の美
館を
求したいと思ひます先づ巴里の
「ル
ブル」の如きもの之れが日本に必
なものであらうと思ひます坂井坂崎兩氏のは目下一番必
のものを目
的にして取掛りたいと云ふのであるが折角期
同盟會の出來る以上は日本に必
な美
館を設立したいと思ひま
す新しい美
品を陳列するものが出來てもよろしいが一部分をのみ目的とせず大きな目的に向つて設立したい
と思ふのであります
▲坂井氏
私共は
宜を先きに考へて
かねばなりませんそれらの目的の硏究に就ては
て研究すべき調査機關
を設けてそれに委せ今日はそれを決めずして委員會で議するのがよいかと思ひます
▲高村氏
只今美
舘の
に就きまして意見がありましたが黑田氏の說の如くに美
館と陳列館とを併せて設
美 館 設 動の經
立したいと云ふのは私も美
家として
む處でありますが然し兩方と言つても容易で無いから自
の考へでは今
日は民間に富豪も多し當局には最も
當な人を得た時なり
民主義の內閣なれば時機は逸す可らず
る可く充
に奮發するがよろしいと思ひます
▲田口鏡
郞氏
方法論に先き立ち期
同盟會は如何なる人々よりなるかを決め今日の諸氏は發
人となつて
戴て
野官民より
立つものに致したいと思ひます
▲座長
期
同盟會の目的物を何とすべきかゞ問題となりましたが之の目的を確と決めずして
括的の美
館
と言つて
て其の內容を決めず實行の場合には美
館は如何なるものか怎う云ふ大きさ設備のものになるかとか
其他細かき計算等は委員が出來て決める
にして只今は單に義
館として話を
めたものでしようか如何です
▲黑田氏
る可く廣義に於ける美
館として
き
いと思ふのであります美
館の必
は時期の問題ではあ
りません一の理想として我國に必
なりと云ふのが設立の希
を持つ理由であります折角同盟會が出來た以上
は兎に角大目的を日本に必
なる各種の美
館を設立する
に決めて
き
いと思ひます
▲坂井氏
問題となりました美
館に就ての範圍を定める
は暫く
ばして先づ今夕御集合になつた方々と賛
者とを發
人にして而して美
家
體からの期
同盟會を作り
いと思ひます今夕は卽ち發
人會として議
事の
行を望みます
▲有島生馬氏
美
館の設立は重に現代の美
の爲めの美
館であらうと私共は理解して居つたのでありますが
廣い意味の美
館となりますと古い美
をも蒐める
になりますが期
同盟會の目的とする美
館は如何なる
美 館 設 動の經
種類の美
館であるか發
人にお聞き致します
▲黑田氏
有島君は現代の美
の陳列館を意味し
人に依リては差當り陳列場を目的としてあの竹の台陳列館
に代つて立
な陳列館を希望する人もあり
國民美
協會は兩方を附け加へて展覽會場を目的として陳列館を
拵へたいと言つて居ります吾人は國立美
館を以て其目的としたいと思ひます折角各種類の大同團結が出來
たのでありますから大目的に向つて
み
いのです
▲山本鼎氏
私は有馬氏の說と少しく異つた目的でありますそれは現在展覽會場として完備した會場が無いか
ら吾々はそれを
設されん
を希望します
▲永地秀太氏
我々の痛切に考へて居るのは展覽會場であつて美
展覽會場
設期
同盟會と名稱を決めるの
が好いかと思ひます
▲
宅治氏
此際斷つて
き
いのは美
者會が發
に非らずして今晩が發
人會で吾々は準備をした
であります從て今後は美
家大會をも開き
い考へであります
▲座長
當座の問題として美
展覽會場を先きに
したいのは誰しも同感と思はれます
▲津田靑楓氏
範圍の狹い方が早く埓が明くであらうし早く同問題が解決する方が好いと思ひます必
な問題
から决めて行かうではありませんか
▲黑田氏
諸氏の御意見は必しも私の意見に反對と云ふのではありません三ツの中何れが
立つても好いので
あります展覽會場と云ふと
展が一番大きいこれは當然
部省が今の儘で滿足せず必ず
部省が努めるだら
美 館 設 動の經
うと思ひます有馬氏の新しい美
品を陳列する
も必ず必
であつて古いものより新しいものゝ方が
務であ
ります兎に角會が
立して實行に移る以上は
り立ち易いものからするのは當然でありますから單に之の展覽
會場のみで期
同盟會が出來るのは
無いではありませんか大體の目的は大美
館にある
を取决めて
くの
が好いであらうと思ふのです國家的の事はさう短時日に希望すべきものではない出來る
期
同盟會を設けて
き會の目的を大美
館とし委員の協議によりて端より決めて懸るやうにしたいのです
▲有馬氏
私の意味は展覽會場常設美
館とか云ふに非らずして
去の美
品を蒐める美
館と區別して現代
並に將來に關する美
館を
求したいと思ふのであります
▲黑田氏
大美
館と云ふのは一の美
館で總てを網羅するのではありません日本にも大美
館が一つで滿足
すべきではありません會が
立した以上は
る可く
切なものから各種の日本に必
な美
館を
設したいと云
ふのが私の希望する處であります
▲山本鼎氏
此の會にそれを背負はすのは問題が大き
ぎます黑田先生の意味のものは不
當であるかと思ひ
ますもつと問題を限定して展覽會場本位の好いものを
設したい目
の希望を早く解决したいものです
▲座長
黑田氏の說は不賛
の理由はありませんが今日の塲合は斯かる
を考えるよりも兎に角展覽會場を
設するに努めて
かぬと時機を失すると思ひます古い美
品を蒐める美
館に就ては勿論怎うかせねばならぬ
が今日は帝室の御倉を拜借して居るのであつて宮內省もあれで滿足はして居らぬがあれ以上の擴張は無理である
から之れは早晩國家の
物館として擴張される
になるであらう多
宮內省も今日に於てもさう云ふ御考へで
美 館 設 動の經
あらうと思はれます古く美
品を蒐める美
館を設けるのは
はさして困難でないが內容が充實する
は困
難であつて之れは今日の期
同盟會で考へる必
はないと思ひます問題は此際は早く
げぬ先きに捕へて
く
考へが必
かと思ふが之れは私一個の私見であります
▲
倉
夫氏
期
同盟會は聲を大きくして一般有志から金を醵めやうとするのか結局私共から金を出して行る
と云ふのか結局は聲を大きくするに止まりはしませんか原案を伺ひ
いものです
▲坂井氏
私共から原案を出す
を希望されるのは御同感ですが私共は多忙でありまして落合ふ機會が無く
者側の意見として纏つたものはありませんが二三の說に依ると新聞機關に依つて一面聲を大きくし大臣にも美
界が其麽に必
として居るのであるかを
めさせるやうにし先づ
山氏の如き有力者を訪問して民間の代表者
として
相を訪問して官邊の代表となさしめて實行の出來さうなものにしたいと云ふのであります
▲津田氏
政府に行らせるのと民間で行るのと二つありますが民間でやるならば
山氏個人として中橋氏其他
實業家を發
人として期
同盟會を設立するのが好いと思ひます
▲坂井氏
美
家大會には美
奬勵に關係のある先輩をも廣く集めて期
同盟會はかゝる同
者を蒐め實行力
のある人
をも蒐め
い希望であります
▲座長
黑田氏の說と山本氏の說に就て裁決を致します
▲有島氏
現代藝
を奬勵する意味の名稱を取つて期
同盟會はなるものと私は理解して居つたので現代美
を發
させる爲めの美
館たる設備をしたいのと云ふ意味であります
美 館 設 動の經
▲坂井氏
それは設計
第で一部
は常設陳列館として
けば出來る事と思はれます
宜から行つたのは山本氏
の說でそれ
けでは物足らぬ有島氏の說に賛
します
▲荒木十畝氏
差向きの機
としては民間に於て陳列館を
設するにあてつ美
館の
設は政府に向つて
求す
べきものであらうと思ひます
▲座長
黑田氏の說は古代現代の美
館も展覧會塲をも
括したる美
館の完
に努め時期に應じて實行に移
ること坂井有島兩氏の說は現代美
を
步させるに必
なる設備を作る陳列館と現代美
の傑作を蒐める美
館の
設で山本氏の說は先づ陳列館を
に設立すると云ふ說であります
▲
福百穗氏
坂井氏の說によりて二百萬とか三百萬とか百五十萬位の豫算を拵て貫ひ第一期第二期と云ふ風に
して第一に展覽會場を拵へることにしたいと思ひます
▲川合氏
理想としては黑田氏の說に賛
しますが實際は目
の陳列館のみを拵へることに賛
します
(此間山本氏と有島氏とは一致點を發見し山本氏の說は有島氏説に
含することとなれり)
裁決に移りて
黑田氏說
五人
否決
有島氏說
十四人
可決
▲座長名稱は美
館
設期
同盟會で異議ありませんか
▲異議なし
美 館 設 動の經
▲座長
田口氏の說に依て出席せる發
人の外に同意を表して出席せざる人出席の
涉をせぬ人にても之の目
的に向つて
涉して
當な人をも發
人とするの可否並に人
を委員の
議に委かすことに决めて好ろしいで
すか
▲賛
▲座長
仕事が決まれば實行するに就ての委員が必
となりますこの委員の內には誰に話をするにしても金は
怎の位費るか完
に
設するには怎の位であるか地
を何處に
定するか地代のいる地面ならで
常金もいる
第であるから調査する委員の必
もあらう大臣實業家に渡りをつける人をも必
であらう總ては常任委員を
く必
はありませんか
十人の準備委員を
くことに決し新聞十社は當然委員となり雜誌美
家より十人の委員を
出することにし
ます
▲贅
▲座長
田口坂井二氏は願はねばなりませんから殘八人となります
▲黑田長原兩氏
私は除けて貰ひ
いのです
▲川合氏
出席者のみでなく委員を發
人
體にして怎うですか常任幹事は少數にした方が好いかと思ひます
▲鏑木淸方
賛意を表して出席せぬ人をも發
人とし其の內より少數の委員を
んではどうです
▲座長
記者十社
雜誌二社の外の委員は其方々にて相談の上
當に
拔して其決議には
從することにします
美 館 設 動の經
期
同盟會は旣に
立せる種種の團體との關係はありませんか外の團體と連絡して
動する必
がありますか
▲山本氏
る可く廣く關係したいのですが委員に委かせます
▲座長
準備
も總て委員に願ひます
▲座長
大會を來月十日(火)午後二時より上野精
軒に開き準備は
者團にて計ることにします
尙右の外會計を田口坂井兩氏に委任し事務
を
本
區湯嶋六丁目二十
日本美
學院內
に設くるの可否を議題とし滿場異議なく之れを可決す
また之が必然の結果として田口氏に事務の主管を
はねばならぬ事となつた
いで早
大會の凖備に着手し左
の案內狀を四方に出して豫定の如く十日を以て大會を開催した
大會案內狀
拜
陳者多年美
界の懸案と相
居候美
館
設之義
來機
大に熟し來り候に依り此際一層其機
を
促
せしめ
に其實現を期し申
候に就ては其第一着手として美
家諸君は勿論斯
に緣故を有せらるゝ
野名流の賛同を得て美
館
設期
の目的を以て美
家大會を開催致
候間何卒御賛同被下來る十二
月十日(火)午後二時上野
園內精
軒へ御來臨被
下
此段御案內申上候此大會は該問題に關する美
界に於ける
の
を社會に向つて發表する譯にて多年の宿
の
否に關係不尠
第にも有之努めて
美 館 設 動の經
會を期し申
存候に付萬障御繰合せ御出席被下
特に御依願申上候
敬具
大正七年十二月
日
石
井
柏
亭
伯
林
太郞
子
大河內正敏
和
田
英
作
鏑
木
淸
方
橫
山
大
觀
工學
士
塚
本
靖
津
田
靑
楓
長原孝太郞
永
地
秀
太
久米桂一郞
安
田
彥
山下新太郞
正宗得三郞
工學
士
伊
東
忠
太
岡田三郞助
岡
崎
聲
川
合
玉
堂
香
取
秀
眞
高
村
光
雲
塚
田
秀
鏡
土
田
麥
僊
中
川
八
郞
海
野
美
子
黑
田
淸
輝
山
本
鼎
正
木
彥
林
桂
月
美 館 設 動の經
萬
報
記
者
石
井
三
郞
都
新
聞
者
林
田
源
太
郞
東京日々新聞
者 原
田
信
中外商業新報
者 大
谷
時事新報
者
太
田
稠
夫
やまと新聞
者
小
川
多
一
郞
中央新聞記者
金
井
泰
三
郞
賣新聞
者
加
中央美
幹
田
口
鏡
郞
國民新聞
者
宅
治
島
武
二
寺
崎
廣
業
倉
夫
赤
塚
自
得
北
村
四
海
滿谷國四郞
新海竹太郞
福
百
穗
小
杉
未
醒
有
島
生
馬
木
十
畝
澤村專太郞
結
素
明
南
薰
下
村
觀
山
美 館 設 動の經
此日集るもの二百〇八名午後三時正木美
學
長發
人總代として登壇大會開會に至るまでの經
と
將來の希
とを
べ
に來賓代議士金杉英五郞氏は
議會に美
館
設議案を提出した緣故で賛
演說
をなし
いて中川忠順代議士高橋氏等の演說あり
に滿場一致を以て左の決議
を可決した
決議
美
館
設期
同盟會は時勢の
に鑑み美
館
設の
を
め
かに此目的を實現せん事を期す
美
館
設期
同盟會
實行委員は
つて正木座長より指名する事となり
に
會に移り⻝堂にては打
ぎ愉快なる談笑の間
に內田魯庵小室
雲尾竹越堂氏等の卓上演說あり田口米舫氏の發聲にて同盟會の萬歲を三唱し一同の
健康を祝して午後七時開散した
美
家の會合でこれだけ多數者の集つたのは未曾有の事だと
される
『中央美術』四〇(五一)
大正八年一月
東京
日新聞
者
坂
崎
坦
美
旬報主筆
坂
井
義
三
郞
報知新聞
者
廣
瀨
熹
六
(いろは順)
美 館 設 動の經