10
全国入選作品・講評 最優秀賞 優秀賞 佳作 選外佳作 タジマ奨励賞 支部入選した 78 作品のうち 1 次審査・2 次審査を経て入選した 15 作品とタジマ奨励賞 10 作品です (うち2作品は全国入選とタジマ奨励賞の同時受賞) タジマ奨励賞:学部学生の個人またはグループを対象としてタジマ建築教育 振興基金により授与される賞です 4 「大きな自然に呼応する建築」という課題に 全国から 433 点もの応募が寄せられた。学会コ ンペティション始まって以来という応募数にこ のテーマへの関心の深さが察せられる。 このテーマでは〈大きな〉自然、と〈呼応す る〉建築という二つの言葉に提案への鍵があっ た。すなわち前者からは、いかに個人の生活か ら発見された小さな提案であっても、「地球全 体にまで拡張可能な普遍性」が求められたし、 後者からは「身体全体で自然を受けとめ、自然 と接し、自然との関係をつくり上げる可能性」 が問われたのである。 さすがに支部審査、全国一次審査を経て選ば れた 15 作品はいずれも提案のレベルも高く、ま たプレゼンテーションの質も優れたものばかり で、審査員の評価もかなり分かれた。 私はこのようなアイデアコンペティションに おいては、実現可能性を問う必要はないと考え ている。ただし、実現不可能だからといって単 なるアイデアがアイデアに止まっているだけで も駄目だと考える。ここで問われるのは〈リア リティを備えた想像力〉ではないだろうか。 リアリティとは思想の身体性とでもいったら よいだろうか。それは身体の総体によって形成 された確信である。そのような身体の奥底から 発せられたイマジネーションは、人々の信頼と 共感を得ることができる。きわめて個人的な想 像から生じたアイデアが他者と共有しうるもの に置き換えられていく過程こそが、〈建築行為〉 だからである。 今回審査員 10 名の議論によって 15 作品の内 から最優秀 3 点、優秀 5 点が選ばれた。 最優秀 3 点のうち『白い浮島』と『樹脈の方 舟』は、ともに水に浮かぶ人工島の提案である。 前者は杉の間伐材を組んでつくられたイカダ の上部にカキ殻を敷きつめた浮島である。松島 湾を移動する海浜のように人々の憩いの場に供 され、やがて海底へと静かに沈んでいく人工島。 それは海水を浄化し、サンゴ礁のように生物の 棲みかとなる。建築とは言い難いが、自然と一 体化したエコロジカルな循環システムの提案は これからの建築の美しいモデル足り得ている。 一方後者は、琵琶湖の湖岸に存在するという アカメヤナギを媒介にして、その周辺に人、植 物、魚、鳥が共生する人工環境を提案する。樹 上、水上、水中、水底それぞれにふさわしい場 所を選んで、多様な生物が多様な生活を展開す る姿はやはり未来の建築のあるべき姿といって よいだろう。前者に比較してより具体的な提案 だが、逆にその具体性が夢の拡がりを拘束して いるようにも感じられた。 同じ最優秀作『海辺のカフカ』は応募作品中 異色の提案であった。その異色さとは、きわめ て具体的な二つの場所を敷地として選びながら、 描かれた家は観念内部にしか存在しない建築だ からである。村上春樹の小説を参照しつつ、 「都市の家」と「森の家」とを対峙させ、それ らをメタファという概念操作によって合わせ鏡 のように一つの像を結ばせようと試みる。新鮮 かつ独創的な提案であるが、この概念の家はど のような現実の家に結晶されるのだろうか。 優秀 5 点のなかで私が魅力を感じたのは、空 家となり廃屋化していく漁村の建築を魚網で 覆って緑化し、再生をはかろうと試みる『魚網 の地表』、「減築」というアイデアによって都市 にエアポケットのような空洞を生み出し自然を 意識させようと提案する『空と対話する』、新 興住宅地のような住宅群の敷地境界に緑の「畦 道」をつくってコミュニティの復活をはかる提 案『こどもはあぜの子』である。 他の作品に触れる余裕がないのは残念だが、 入選作、選外の差はきわめてわずかである。だ がここで述べた〈共有しうるリアリティ〉を備 えた〈想像力〉という観点から個々の作品を読 み説いていただくと、わずかな微差の意味が見 えてはこないだろうか。 大きな自然に呼応する建築 審査委員長  伊東豊雄 総 評 2010年度版-設計競技-_2010年度版-設計競技 10/10/21 15:48 ページ 4

総 評 大きな自然に呼応する建築全国講評 自然や環境といったテーマで案 を集めると、建築がいかに環境 負荷を低減し、循環型社会の構

  • Upload
    others

  • View
    3

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

全 国 入 選 作 品 ・ 講 評

最優秀賞優秀賞佳作選外佳作タジマ奨励賞

支部入選した78作品のうち1次審査・2次審査を経て入選した15作品とタジマ奨励賞10作品です(うち2作品は全国入選とタジマ奨励賞の同時受賞)

タジマ奨励賞:学部学生の個人またはグループを対象としてタジマ建築教育振興基金により授与される賞です

4

「大きな自然に呼応する建築」という課題に全国から433点もの応募が寄せられた。学会コンペティション始まって以来という応募数にこのテーマへの関心の深さが察せられる。このテーマでは〈大きな〉自然、と〈呼応す

る〉建築という二つの言葉に提案への鍵があった。すなわち前者からは、いかに個人の生活から発見された小さな提案であっても、「地球全体にまで拡張可能な普遍性」が求められたし、後者からは「身体全体で自然を受けとめ、自然と接し、自然との関係をつくり上げる可能性」が問われたのである。さすがに支部審査、全国一次審査を経て選ば

れた15作品はいずれも提案のレベルも高く、またプレゼンテーションの質も優れたものばかりで、審査員の評価もかなり分かれた。

私はこのようなアイデアコンペティションにおいては、実現可能性を問う必要はないと考えている。ただし、実現不可能だからといって単なるアイデアがアイデアに止まっているだけでも駄目だと考える。ここで問われるのは〈リアリティを備えた想像力〉ではないだろうか。リアリティとは思想の身体性とでもいったら

よいだろうか。それは身体の総体によって形成された確信である。そのような身体の奥底から発せられたイマジネーションは、人々の信頼と共感を得ることができる。きわめて個人的な想像から生じたアイデアが他者と共有しうるものに置き換えられていく過程こそが、〈建築行為〉だからである。今回審査員10名の議論によって15作品の内

から最優秀3点、優秀5点が選ばれた。最優秀3点のうち『白い浮島』と『樹脈の方

舟』は、ともに水に浮かぶ人工島の提案である。前者は杉の間伐材を組んでつくられたイカダ

の上部にカキ殻を敷きつめた浮島である。松島湾を移動する海浜のように人々の憩いの場に供され、やがて海底へと静かに沈んでいく人工島。

それは海水を浄化し、サンゴ礁のように生物の棲みかとなる。建築とは言い難いが、自然と一体化したエコロジカルな循環システムの提案はこれからの建築の美しいモデル足り得ている。

一方後者は、琵琶湖の湖岸に存在するというアカメヤナギを媒介にして、その周辺に人、植物、魚、鳥が共生する人工環境を提案する。樹上、水上、水中、水底それぞれにふさわしい場所を選んで、多様な生物が多様な生活を展開する姿はやはり未来の建築のあるべき姿といってよいだろう。前者に比較してより具体的な提案だが、逆にその具体性が夢の拡がりを拘束しているようにも感じられた。

同じ最優秀作『海辺のカフカ』は応募作品中異色の提案であった。その異色さとは、きわめて具体的な二つの場所を敷地として選びながら、描かれた家は観念内部にしか存在しない建築だからである。村上春樹の小説を参照しつつ、

「都市の家」と「森の家」とを対峙させ、それらをメタファという概念操作によって合わせ鏡のように一つの像を結ばせようと試みる。新鮮かつ独創的な提案であるが、この概念の家はどのような現実の家に結晶されるのだろうか。

優秀5点のなかで私が魅力を感じたのは、空家となり廃屋化していく漁村の建築を魚網で覆って緑化し、再生をはかろうと試みる『魚網の地表』、「減築」というアイデアによって都市にエアポケットのような空洞を生み出し自然を意識させようと提案する『空と対話する』、新興住宅地のような住宅群の敷地境界に緑の「畦道」をつくってコミュニティの復活をはかる提案『こどもはあぜの子』である。

他の作品に触れる余裕がないのは残念だが、入選作、選外の差はきわめてわずかである。だがここで述べた〈共有しうるリアリティ〉を備えた〈想像力〉という観点から個々の作品を読み説いていただくと、わずかな微差の意味が見えてはこないだろうか。

大きな自然に呼応する建築

審査委員長 伊��東��豊��雄

総 評

2010年度版-設計競技-_2010年度版-設計競技 10/10/21 15:48 ページ 4

全 国 講 評

大量の消費によって、積み上げられたと牡蠣の殻をくだき、森林から排出される間伐材を組み合わせて、浮島をつくる。自然の中の人の営みによって生み出された2つの廃品を組み合わせることによって、海と山の自然が繋がる。それが、彼らが提案した「浮島による松島の自然環境循環システム」である。その浮島が、単に浮かんで人の楽しみの場所になるだけでなく、沈んでまた漁礁になることによって、その循環システムが完成する。終わりがまた始まりになるような、建築の提案に共感を覚える。さらにいえば、人はただ牡蠣を食べ、森林を消費するだけでなく、こんな方法で自然の循環に加わることができる、そういう可能性を見せてくれた提案でもある。しかし、何より、松島湾に浮かんだ白い浮島は、そうしたこの提案の背景をしらなかったとしても、そこに到達したくなるような魅力をもっている。自然や環境における現在的な問題は、社会的、科学的なテーマであり、その方向からのアプローチが重要であると同時に、そこにかかわる意味を感覚的、視覚的、体験的に、建築は人に伝えなくてはならないのではないだろうか。その意味からもこの提案が最優秀賞に選出されたのは、きわめて妥当だと思う。

(篠原委員)

7

4

6

最優秀賞後藤充裕   山口喬久 岩城和昭   山田祥平佐々木詩織  宮城大学大学院

C O N C E P T

カキの貝殻、間伐材を使った人工の島を提案する。松島湾には、多数の島が様々な活動をもって存在している。湾内を漂う人工島は、ある時は島に定着し、そこで行われる活動を受け入れる。ある時は、浅瀬で定着し海水浴場のようになる。人工島の位置により、様々な活動と関わり、活動が生まれる。人と島がそっと寄り添いながら、あらたな風景をつくっていく。大きな自然を形成する小さな建築を提案する。

支 部 講 評

地元名産の牡蠣の貝殻などを使った小さな人工島を、宮城県松島湾にいくつも浮遊させる案で、人工島はその位置によって様々なアクティビティーの場となり、その様子が松島の新たな風景になっていくというものである。例えば、松島はその土地柄、多くのイベントが行われるが、イベント時における人工島の様子も非常によく検討しており、作者のいう「新たな風景」のリアリティがよく現れている。また、人工島による水質浄化の仕組みや、やがて沈んで消失する人工島の素材と自然環境の関係なども考慮している点も高く評価できる。地域の特性を活かした単純な仕組みによる小さな建築が、景観や自然環境に対して正面から正直に向き合っている。

(須田眞史)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 6

全 国 講 評

自然や環境といったテーマで案を集めると、建築がいかに環境負荷を低減し、循環型社会の構築に貢献できるかといった発想がおのずと多く集まる。今回も、全国から選抜された作品のほとんどが、そうした正統的な、俗にいえば優等生的な提案であった。その中で当案だけが、建築そのものを建築的思考で内省した、文字通り唯一の案であったかもしれない。「窓」という建築独自の要素が切り取る風景と、その風景に蓄積される記憶を操作することによって、自然と都市の距離感を顕在化しようとする試みである。窓を通してこそ建築内空間と外部空間との呼応があるのであり、それはそのまま自己と環境の距離を測定する体験となる。自然林と都市の中に一対の住宅を置くことによって生じる空間体験と記憶のずれを、膨らませかつ屈曲された境界ゾーン(眠りのゾーン)に凝縮させた語り口は、それなりに説得力のあるものである。改めて、建築空間が、概念の構築に寄与し、また思索の場となることを思い起こさせてくれる内省的な提案であった。建築が持続型環境形成にどのように役立つかを考えることはまったく悪いことではないし、そこから新しい建築像が生まれてくる予兆もある。しかし、当案のような内省的考察がなければ、建築はすぐに単なる建設物の次元に埋没してしまうであろう。当案が一次審査においても二次審査においても多くの票を集めたことに、そのことが端的に現れている。建築とは、その始まりからすでに「自然と呼応」するものである。「大きな自然」は、建築により人の心の中に宿るのかもしれない。

(三谷委員)

9

26

8

最優秀賞 鈴木高敏坂本達典工学院大学大学院

C O N C E P T

村上春樹「海辺のカフカ」に想起する建築。ストーリーのパラレルな展開。森や人、万物に与えられた多義性、背反性、メタファに着目する。住宅を都市と森に分け、小説の手法で繋げる。都市と森に分けられたイエはメタファによって距離を越えて相補することで、一つの生活の器となり、都市に森を、森に都市を想起させる。象徴としての森と都市を通して、現実の都市と森を見ることで、都市と森を相対化し大きな自然への認識を変える。

支 部 講 評

村上春樹の小説『海辺のカフカ』にある描写から建築のディテールをつくっている。そして都心の住宅と郊外の週末住宅によって、物語の主題のようにメタファによって距離をこえて都市と森をつなげることを提案している。一つのイエガタが2枚の壁からなる境界によって分割され、都心と郊外の住宅が距離を相補することで一つの生活の器になる。いずれに居ても常に反対側の住宅空間を想起するとともに、その背後にある環境を意識させることに成功している。拠り所を既存の物語に求めることで問題提起は明確になるが、普遍性という観点からは不満も残る。都市と森の相互の暗示だけではなく、もっと広く「自然」を相手に展開した方が、より明確な主張になったのではないか。

(野中勝利)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 8

全 国 講 評

琵琶湖の水中から立ち上がるアカメヤナギをよりどころとして、短期滞在のための半水中の住居を設置する提案。太い枝からも根や枝を伸ばすこのヤナギは、おそらくは折れた枝が川から流れ込むなどして湖の中に木立をつくったらしい。居住空間とこれをつなぐウッドデッキは、連鎖する輪のように木立を包む。湖の水位の上下にともない、居住空間の上部は水中に没したり水面から姿を表したりする。アカメヤナギは鳥が翼を休めるところである。水中には、稚魚を外来魚種の食害から守る工作物もある。正直なところ、「樹脈の方舟」というタイトルや、生きもののつながりが気脈であり木脈であるというフレーズには、概念先行の心もとなさを感じた。しかし、提案の内容とそこに込められた意図を説明されるうちに、ベースとなる現場での体験を踏まえていることが見えてきた。景色として美しいだけではない湖、さまざまな人間活動の影響を受けざるをえない湖の姿から目をそらさせないために、短期ではあっても湖の中に人が住むことを求めている。当然、半水中の居住空間を実現するには、さまざまな技術的な難しさがあることは容易に想像される。審査の場でも、そした問題が充分に検討されていないという指摘はあった。それでもなお、提案者が現場に通うなかで見えてきた琵琶湖の姿とその問題点に、人をなんとしても直面させるという意図を込めたところにこの提案の力がある。

(竹中委員)

11

48

10

最優秀賞秋野崇大谷口桃子宮口晃*愛知工業大学大学院 愛知工業大学研究生*

C O N C E P T

私たちは建築を自然に溶け込み流れに身を任せて過ごす場を提案し、これを「樹脈の方舟」と名付けた。ここでは微生物、魚類、鳥類、植物、人が密に住まう。ここ琵琶湖で起こる水位変動や季節の移ろいと共に形態は変化する。アカメヤナギという神木の袂で彼らは互いに通じ合い、理解を深めていく。それが「気脈」=「樹脈」となり、この揺りかごのような方舟で歩み寄り生きていく。自然の摂理を見守るその行為こそが呼応となろう。

支 部 講 評

アカメヤナギのある幻想的な風景を起点として、琵琶湖の水位変動のバロメーターとなるような居住空間の提案が魅力的である。浮かぶデッキの床は、そこで営まれる生活を体験者に鮮明に印象づけるだろう。樹木の視覚的な美しさにとどまらず、水際の生態系に目をむけているところも好ましい。だが、それほど繊細な生態系のバランスを損なわずにこのウッドデッキや室内空間が構築可能なのだろうか?そのあたりの検証項目と設計上のアイディアは不足している。例えば水面下では、ウッドデッキによる光量の低下が大きい。この場所に適した「デッキ」が提案されるべきではないか?

(長坂大)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 10

全 国 講 評

生命の源であるとともに、生命を奪うものでもある水。かつて、親水性豊かな生活が展開されていた町々でも、近代以降の「水害」対策としての治水により、水と生活とが切り離されたものとなるだけでなく、水辺の風景も、私たちの原風景と呼ぶには、その土木的スケール感や処理もあいまって、あまりに寂しい状況を呈している。本提案は、浸水水域が広域で早急な治水対策が求められる横浜駅南西部に位置する帷子川流域の、川により島状になる区域を対象に、治水と親水とを、つまり非日常と日常とを兼ね備えうる提案を行い、大きな自然である「水」と都市とを呼応させるものである。対象区域から、水際、中心部、そして余剰空間が抽出される。川の屈曲部となる水際では、水のエリアを拡大し、日常ではリング状の橋に囲まれた水際の広場が、非常時には調整池として機能する。中心部では、山脈のように構成された建物が、あふれ出る水を引き込む。さらに余剰空間は、川の干満の差により広場や水たまりになり、立地により使われ方にも変化が出る。これら3つの空間的提案はネットワークを有し、水の浄化を促進しヒートアイランド現象をも抑制する。水を「自然」とみたて、治水と都市の関係を検討した提案は数多くみられたが、本提案は、大規模になりがちな治水対策を、まちの雰囲気やスケール感を保持することで、生活景としての親水性を創出し、水と都市とをより積極的に関係づけようとする提案となっている。

(末包委員)

13

9

12

優秀賞 遠山義雅入口佳勝*横浜国立大学大学院 広島工業大学大学院*

C O N C E P T

急激な都市化による地盤の吸水性の低下。近年頻発する短時間集中豪雨。「大きな自然現象である洪水」は日本の都心部のみならず、世界中で深刻な問題となっている。対象敷地は神奈川県横浜市。最も治水対策が必要である、川によって島状になったエリアを選定した。本計画では水は抑え込むものではなくて、街が受け入れるものと考え、治水対策のオルタナティブとして水辺があふれる新たな都市環境や生活環境を提案する。

支 部 講 評

近年、ゲリラ豪雨など都市化が生んだ気候変動が、下水道や堤防等、都市施設の能力をたやすく乗り越え、新たな都市水害を生んでいる。今後さらに温暖化による水位上昇も予想される中、本計画は、治水対策として水をまちの中に積極的に受け入れ、共生する仕組みを提案する。浸水危険性の高い横浜市帷子川流域の緒条件に対処して、既存の街を活かしつつ、あふれる水を公園、空地、住宅地、中心部のビルの地盤面に引き込み、干満により新たな水辺や広場を生み出す。水を地下や堤防の向こうに退け隠すのでなく、日常生活に取り込み、憩いやコミュニケーションの場として制御する方法は、しなやかに自然と共生する建築・都市をリアリティあるイメージで示した。

(椎原晶子)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 12

全 国 講 評

伊勢湾の海岸線に沿って、全長300mにわたる緩勾配な堤防としての建築形態を提案している。海岸で波にさらされるゆるい斜面に発生するであろう生態系は具体的には示されなかったものの、予期せぬ生物の生息への期待感があると感じられた。これだけ長大な建築をこの地に置くことについては疑問の声も聞かれ、内陸側からの視線を遮る、内部の人から斜面に発生する生態が感じられない、などの難点もあげられた。プランニングにあまり提案が盛り込まれていない点も指摘されたが、断面のバリエーションが多く表情豊かに提案されていたのは好感が持てた。プレストレストコンクリート(PC)の構造にも目を引かれた。屋根開口の自由度のために梁を設けている提案に対し、梁とワッフルスラブは一体化してもよいのではと感じたが、PCならではの形態がよく提案されている。こうして規模の大きな建築をいかに自然と共生させるかという難しい問題に取り組み、具体的な建築を提案しようとする姿勢も評価された。ひとつ、皆さんへの注意点として、斜面を提案する時には勾配に気を付けてほしい。この提案の勾配が人が登り降りするには厳しい急斜面ということはイメージできるであろうが、人がゆるやかに登り降りできる斜面を提案したいときは図面でわずかに傾いている程度にしなければならない。試行して体感しておくとよい。

(佐藤委員)

15

29

14

優秀賞 指原豊神谷悠実*株式会社浦野設計 三重大学大学院*

C O N C E P T

これは伊勢湾沿岸の千代崎海岸における、波を遮る機能と、海を間近に感じられる生活とを満たす、新しい堤防の提案である。砂浜から斜めに板を突き出させて波を受け止める。板の表面は海と連続する丘となり、裏面は雨をしのぎ光の差し込む木陰のような空間となる。堤防は様々な用途に使われ、海岸沿いにまちをつくる。本提案は海岸沿いのあらゆる街に適用できる。土地や用途に合わせて形を変え、植物のように根を張り枝葉をのばす。

支 部 講 評

伊勢湾台風以後築かれた伊勢湾沿岸部の堤防に替えて斜めの板状構造体を設置し、その下の空間に住居や公共施設を入れてまちを形成する案である。プレキャストコンクリートによる構造体の提案は具体的で説得力があり、断面図の表現も提案者の力量を感じさせる。ただ、7mもの高さの構造体が海岸線を埋め尽くす風景にはいささか圧迫感を感じざるを得ないだろう。また、既存のまちとの関係性についてもう少し突っ込んだ言及が欲しいところである。もっと海の雰囲気が街に伝わるような工夫があれば、実際に「使える」アイデアになるのではないだろうか。以上、多少の難点はありながらも、課題に真摯に取り組んだ力作であり、入賞に値する作品であると考える。

(清水裕二)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 14

全 国 講 評

廃屋が並ぶ漁村の景色から発見されたのは、朽ちた瓦や材木が、強い海風で吹き飛ばされてしまうことがないように、漁網をかぶせおくというシンプルな現場の知恵だった。漁網と建物の間にうまれる曖昧な隙間には、いつしか植物が生い茂っている。前田さんはそれを環境形成の方法として再発見し、廃屋群に最小限の躯体を付加したうえで漁網をかぶせ、昔からそこにあったような、しかし誰も体験したことのない、親密な空間のネットワークをつくり出している。その環境形成の方法は、地域の誰もが馴染んできたものであり、すぐにでも参加できるものとして開かれている。発見的であること、かつ、参加的であること、この2点において、大きな自然への呼応というテーマに対して技術指向で構築的なものが多かった他の提案の中で、本作が独特の存在感を放っていたのである。卓越したドローイングがまずは目をひくが、示されている計画の内容と、その表現とが無理なく同調しているところに、説得力が生まれていた。一つ一つの空間は、それまで植物が茂っていただけの隙間が人間も入れる程度に広がったものでしかないが、膨らんだ隙間から覗く集落と海の景観の連鎖は、ピクチャレスクな庭園の趣きを備えており、絵描きの町としての地域再生のストーリーにもつながって、持続的な経験を生み出すものだといえる。

(本江委員)

17

33

16

優秀賞前田太志三重大学大学院

C O N C E P T

三重の大王町では魚めがけ投げ放たれる漁網が、空き家では瓦の飛散を防ぐため、屋根の形になる。やがて地面からはツタが絡まり、漁網は新たな地表となる。本作の地表も形態をあらかじめ定められない。本作では既存家屋の形態や配置、構造体の高さ、重力、茂るツタなどが、漁網を媒体にして地表の形態をつくる。この形態の、地形から諸々の建築物やその間をなぞる線が、本作における大きな自然に呼応する建築の姿を表現している。

支 部 講 評

過疎の漁村の空き家となった民家が朽ちていく様を自然現象ととらえ、その自然な変化に呼応する民家の再生策である。空き家となった屋根の飛散防止のための漁網にツタが絡まっている状況を新たな地表面としている。そのうえで、新たな構造体をつないだ空き家は建物の新しい利用価値が生まれ、他の空き家と同じようにツタが絡み合い、自然を感じる地下構造物がつくり出されている。新たに創出された空間は、絵描きの町に相応しいギャラリー等とし、町の活性化、過疎対策にも役立つ。一般的に自然と称されるものとの共生ではなく、人工物の自然な変化とそれに対する創造行為が、自然な変化に呼応する建物をつくり出すという提案に発想の新鮮さを感じる。

(高藤勝己)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 16

全 国 講 評

大変シンプルな案である。そのシンプルさが醸し出す美しさと詩情に審査委員は票を入れたのであろうし、同時に、シンプルなイメージで提案が止まっていることもすぐに見え、最終選考ではあまり話題にのぼらなかった。それでも、天空を見上げるだけのための空間を用意しようという真っすぐな感性は、多くの審査員の共感を呼ぶものであった。二次審査の発表においても、空をゆく雲、夜空をめぐる星の中に、都市生活とは次元を異にするとき空を見出し、そこに自己を解放しようとする意図が、身体的経験のイメージをともなってよく表現されていた。また提案は、静謐な空間を用意するために、一般的なオフィステナントビルの外部環境への遮蔽性を逆手に利用し、日本の都市現況がかかえる減築計画の必要性とも抱き合わせで提案され、現代日本の都市がもつ味気なさへの反逆が、提案に推進力を与えている。それだからこそ、減築計画の実際的問題点の検証や、都市計画上の現実性の考慮がもう少し詰められていればと残念でもある。加えて、屋上につくられた壷状の空間の、形態構成、動線計画、ディテールデザインなどの詰めが浅薄であることも、幾人かの審査員が口にしたところである。空間体験のイメージは、施主でも発想しうる。それを実現すべきモノのデザインへの熱意がやや物足りないところであった。

(三谷委員)

19

61

18

優秀賞横山宗宏広島工業大学大学院

C O N C E P T

本提案は都市において空と関わりあえる空間を減築によって創出するものである。広く大きな空には様々な表情がある。天気や時間、季節で移り変わっていく空を、人々 は知っているのだろうか。どこまでも続く空の変わる様に感動せずにはいられない。その忘れられた空を、既存の高性能建築を減築し、もう一度思い出させることで、社会・経済的に複雑に絡み合った諸問題を、解決する手法を提案する。

支 部 講 評

日本の地方都市部では、どこも大都市部と同じビル建築群が立ち並ぶ風景が繰り広げられながらも、地方の空洞化による空部屋が多く存在している。本計画はビル建築群の空部屋を整理し、そこから生まれる空間に凹みを計画することにより、その凹みから空を眺めさせるものである。建築上部の凹みには屋根がなく、空をダイレクトに建築自身に取り込みながらも、凹みによって生まれる壁は人間によってつくられた環境を取り込まないことも可能としている。建築上部の大きな自然である空を、平面的ではなく立体的に計画し取り込むことで、都市部で新たに自然との交わる空間を構築する提案として評価できる。

(小川晋一)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:06 ページ 18

全 国 講 評

郊外住宅地の敷地境界は、防犯にも防火にも機能しない、あくまで精神的な境界を確保するための結界として、金属製のフェンスで分断されてしまっている。そのフェンスを挟んで、なんとも使いようのない、分断された残余空間が背中合わせに続いている。よく見る景色だ。この提案では、そのフェンスを取り去って土を盛り、畦(あぜ)に置き換える。畦とはもともと田畑を分割する境界をなすものであるが、この畦は、分断よりも連結の場として、子供たちが駆け抜ける共有の安全な遊び場となり、豊かな生物多様性の培地となることが期待されている。畦が、里山や屋敷林のような大きな植生とはまた異なった、ごくミクロな植生のネットワークとなることで、やせ細っていた宅地境界の日陰の土地は、地域のコモンに生まれ変わるというのである。こうしたミクロな自然からなるコモンは、住民に日常的で持続的な世話を要請する。それは手間でありコストだが、その負担を共有することは、確かに地域に共通の愛着を生み出す装置となるだろう。このつく品がおもしろいのは、分断するフェンスから連結する畔への転換という手触りのよいアイデアにとどまることなく、畦というアイデアをエスカレートさせ、都市を覆うネットワークとなって広がり、膨れ上がって住宅を飲み込み、住宅地の地形さえ変化させていくというバロック的な展開である。それを過剰とみるか必然とみるか、「自然」観が分かれるところではないか。

(本江委員)

21

62

20

優秀賞遠藤創一朗曽田龍士木下知山口大学大学院

C O N C E P T

本提案は、住戸間の隙間の残余空間に子どもの遊び場となる「畦(あぜ)」を挿入することで、「図」と「地」を反転させ、遊び場同士を有機的に連結させるものである。畦は大きく変貌し住宅地のコンターをも変えるだろう。その変化は建築の姿を変えてしまうのである。畦と建築は、コンターを媒介としながら相互作用が繰り返され未来に受け継がれていく。畦で育った子ども達が創る世界は、大きな自然と呼応する未来となる。

支 部 講 評

今の子供たちにとって、原風景とは一体どのようなものなのだろう。本計画は山口市郊外にある分譲住宅地の隙間に、畦を挿入することで住民同士のコミュニティを生み出し、さらに豊かな共同空間を創造させる提案である。畦は自然の一部であり、その自然は子供にとって格好の遊び場となり、その自然は子供の原風景となり、その原風景は将来地域の人々 にとって大切な財産となり受け継がれていくことが期待できるものとして計画されている。分譲住宅地に畦を挿入することで豊かな共同空間を生み出し、さらに将来的に地域の財産となる自然を創造する提案として評価できる。

(小川晋一)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:07 ページ 20

全 国 講 評

砂漠化と遊牧民の移動建築がテーマとなっているが、審査過程ではその設定についてそもそも遊牧民は家畜の緑を求めて移動しているのであり、あえて砂漠には移動しないといった疑義も出た。また2重透過膜構造のシェルターは日温度差が大きい砂漠気候に適しているかどうかは、材料性能にもよるが判断が難しい。ただ植物と共生する移動建築は、これまであまり出現していないテーマである点を評価している。つまり建築が移動したあとに緑を残して砂漠化を少しでも防ぐ試みは、環境全体では小さな要素かもしれないが、環境問題へ積極的に関与する建築として意義があるのではなかろうか。また移動型のオートノマスハウスは、技術的にみれば植物の生育の時系列と移動との関連をどう解決するのかなど、宇宙開発に通じる要素があり興味深い。この作品は、巧みな表現でその存在を訴え環境との調和を移動建築で提案している点で評価できる。その意味でこの作品は、今回のテーマである自然に呼応する建築にふさわしいと考えることができる。

(高間委員)

23

86

22

優秀賞タジマ奨励賞 笹田侑志

九州大学

C O N C E P T

これは進行する砂漠化にささやかに抵抗する住宅を提案。この建築は建つこと、そしてそこに人々 の生活が重なることで、自然を再生していけるシステムを内包した遊牧民のための住宅である。そこで暮らす人々 は、日常生活のわずかな延長上で自然を再生しながら遊牧する。本提案は、今までの自然から搾取して立ち上がる建築のあり方や、自然の破壊と再生という両極の活動に終始する人間の歴史への批判である。今回はその一つの可能性として、建てることと自然を再生することが同時に起こりうるような建築を考えた。

支 部 講 評

中国の砂漠に生きる遊牧民のための、水分回生機能を有する極小自律テントの提案である。地球規模で進行する温暖化や砂漠化の中で、ほんとうに小さな抵抗であるが、小さな緑が「足跡」として痕跡を残していくというシナリオには美しさを感じる。事の本質には「小さなことからコツコツと」というベタな思想がぴったりであるというシニカルな提案でもある。構造材やテントの材質のリーズナブルな検討が進めば、実現可能性有りとみた。

(田上健一)

2010年度版‐設計競技‐̲2010年度版‐設計競技 10/10/20 13:07 ページ 22