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Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 701 1 1 〈総 説〉 腸内フローラと内科疾患 神谷 茂 杏林大学医学部感染症学 2017 1 10 日受付) 腸内には 500 種類以上 1001000 兆の腸内菌が棲みつき腸内フローラ(細菌叢)を 形成する。近年,16S リボソーム RNA 遺伝子解析法およびメタゲノム解析法の開発 により,腸内フローラ研究が飛躍的に進歩した。Clostridium difficile 感染症,炎症性 腸疾患,過敏性腸症候群,大腸癌,肝疾患(肝硬変,非アルコール性脂肪性肝炎,肝 癌),肥満, 2 型糖尿病,動脈硬化症,多発性硬化症など極めて多数の内科疾患と腸内 フローラとの関連性についての新たな知見が報告されている。両者の関連性のみな らず,疾病発症に腸内フローラがどのような役割を果たしているかの研究が今後期 待される。 1. はじめに 腸内には種類にして 500 種類以上,数にして 100 兆から 1000 兆という膨大な数の細菌が棲息 し,腸内細菌叢(または腸内フローラ intestinal flora)を形成している。腸内フローラの構成細菌 数は人体の総細胞数(約 40 兆) 1よりもはるかに 多い。フローラの語源は細菌が植物に分類されて いた頃の植物相(microflora)に由来する。海外で はフローラよりもマイクロビオータ microbiota 呼ばれることが多い。腸内フローラの研究は 21 世紀になり次世代シーケンサーの開発・発達によ り飛躍的に進展して,現在腸内フローラと健康お よび疾病との関連性が指摘されている。本稿では 腸内フローラと内科疾患との関連について自験結 果とともに最新の知見を紹介する。 2. 腸内フローラの基礎 腸内フローラの解析法として分離培養法,質量 分析法,FISHfluorescence in situ hybridization法, 16S リボソーム RNA 遺伝子解析法,メタゲノ ム解析法などが知られている 2(表 1)。分離培養 法の感度は低く,腸内フローラの 7080% にあた る細菌は培養できない。しかし,分離培養された 腸内菌の生物性状が明らかにされ,様々な分野へ の応用が可能となる。質量分析法では操作が簡単 で同定が迅速に行われる利点があるが高価な質量 分析器が必要となる。FISH 法は腸内細菌の局在 を観察できる利点をもつが,蛍光顕微鏡観察が必 要となる。 16S rRNA 遺伝子解析法(16S メタゲノ ム解析法)により全ての腸内細菌を評価できる が,PCR やクローニングを行う必要がある。メタ ゲノム解析法では次世代シーケンサーを用いて網

〈総 説〉 腸内フローラと内科疾患jja-contents.wdc-jp.com/pdf/JJA70/70-1/70-1_1-13.pdfBacteroides属優位, Prevotella属優位および Ruminococcus優位のタイプをそれぞれエンテロ

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  • Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 1 ( 1)

    〈総 説〉

    腸内フローラと内科疾患

    神谷 茂

    杏林大学医学部感染症学

    (2017年1月10日受付)

    腸内には500種類以上100~1000兆の腸内菌が棲みつき腸内フローラ(細菌叢)を形成する。近年,16SリボソームRNA遺伝子解析法およびメタゲノム解析法の開発により,腸内フローラ研究が飛躍的に進歩した。Clostridium difficile感染症,炎症性腸疾患,過敏性腸症候群,大腸癌,肝疾患(肝硬変,非アルコール性脂肪性肝炎,肝癌),肥満,2型糖尿病,動脈硬化症,多発性硬化症など極めて多数の内科疾患と腸内フローラとの関連性についての新たな知見が報告されている。両者の関連性のみならず,疾病発症に腸内フローラがどのような役割を果たしているかの研究が今後期待される。

    1. はじめに腸内には種類にして500種類以上,数にして

    100兆から1000兆という膨大な数の細菌が棲息し,腸内細菌叢(または腸内フローラ intestinal flora)を形成している。腸内フローラの構成細菌数は人体の総細胞数(約40兆)1)よりもはるかに多い。フローラの語源は細菌が植物に分類されていた頃の植物相(microflora)に由来する。海外ではフローラよりもマイクロビオータmicrobiotaと呼ばれることが多い。腸内フローラの研究は21世紀になり次世代シーケンサーの開発・発達により飛躍的に進展して,現在腸内フローラと健康および疾病との関連性が指摘されている。本稿では腸内フローラと内科疾患との関連について自験結果とともに最新の知見を紹介する。

    2. 腸内フローラの基礎腸内フローラの解析法として分離培養法,質量分析法,FISH(fluorescence in situ hybridization)法,16SリボソームRNA遺伝子解析法,メタゲノム解析法などが知られている 2)(表1)。分離培養法の感度は低く,腸内フローラの70~80%にあたる細菌は培養できない。しかし,分離培養された腸内菌の生物性状が明らかにされ,様々な分野への応用が可能となる。質量分析法では操作が簡単で同定が迅速に行われる利点があるが高価な質量分析器が必要となる。FISH法は腸内細菌の局在を観察できる利点をもつが,蛍光顕微鏡観察が必要となる。16S rRNA遺伝子解析法(16Sメタゲノム解析法)により全ての腸内細菌を評価できるが,PCRやクローニングを行う必要がある。メタゲノム解析法では次世代シーケンサーを用いて網

  • 2 ( 2) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 Feb. 2017

    羅的な腸内細菌遺伝子解析が可能となるが,大型コンピューターや解析ソフトウエアが必要となる。分類には培養法に基づいた形態,グラム染色性,生物学的性状検査などの結果による類型学的分類法が使われていたが,近年,細菌の 16Sリ ボソームRNA遺伝子の塩基配列の相同性に 基づく系統学的分類法が確立された。表2に系 統学的分類 3)に基づく常在細菌の分類を示 す。腸内フローラ構成菌も本表に含まれるもの であり,Firmicutes, Bacteroidetes, Actinobacteria, Proteobacteriaの4門のみで腸内フローラ構成菌の97%以上を占める(全細菌は約70門に分類される)。腸内フローラの形成は年齢に応じて行われるが,その他に出生前環境,出産様式,哺乳,食餌,抗菌薬投与などの条件により変化する 4)。新生 児ではActinobacteria門細菌が最優勢を示し, 次いでProteobacteriaおよびFirmicutes門細菌が検出される。離乳食を摂取することにより

    Proteobacteria門細菌が減少し,Bacteroidetes門細菌とFirmicutes門細菌が優勢菌となり,成人のそれに類似してくる。成人ではFirmicutes門細菌が最優勢菌となり,Bacteroidetes門細菌がそれに 次ぐ。高齢者では Proteobacteria門細菌およびActinobacteria門細菌の増加がみられる。百歳以上の長寿者の腸内フローラの特徴として菌叢の多様性(diversity)の低下,Proteobacteria門およびBacilli綱細菌の相対的増加ならびにClostridium cluster XIVaの相対的低下が報告されている 5)。 経腟分娩児に比べて帝王切開分娩児の腸内 フローラは多様性の低下,Bacteroidetes門,Bifidobacterium, Escherichia coliの低下,皮膚正常細菌叢構成菌(Staphylococcus, Propionibacterium, Corynebacteriumなど)やClostridium difficileの増加がみられる 6)。母乳生育児の腸内フローラではBifidobacterium, Lactobacillusなどが優勢であるのに対して,人工乳生育児のそれではBacteroides, Clostridium, Streptococcusなどの増加がみられる。生 後 48 hr以 内 の 抗 菌 薬 投 与 に よ り,

    表1. 腸内フローラの解析法の特徴

  • Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 3 ( 3)

    Proteobacteria門の増加,Actinobacteria門およびLactobacillus属の減少が認められた 7)。生後1年以内での抗菌薬投与がその後の児の炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease: IBD)発症の原因となることが報告されている 8)。

    表3に腸内フローラの生体における役割を示す。腸内フローラ構成細菌による発酵産物(酢酸塩,酪酸塩,プロピオン酸塩,乳酸塩,コハク酸塩などの短鎖脂肪酸 short chain fatty acid: SCFA)は生体のエネルギー源として利用される。腸内フ

    表2. 主な常在細菌の系統的分類(門,綱,属)

  • 4 ( 4) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 Feb. 2017

    ローラは腸管の蠕動運動や消化吸収機能を促進させ,腸管粘膜細胞の恒常性の維持に関与する。また腸内フローラは胆汁酸の脱抱合や脱水酸化反応を行う他,コレステロール代謝,ステロイドの異化,尿素の腸肝循環(enterohepatic circulation)に関与する他,薬剤の活性化(センノシド,サラゾピリンなど)および不活化(ジゴキシン,クロラムフェニコールなど)にも関与する。腸内フローラは外来性病原細菌の宿主細胞への接着阻害,栄養物の競合的利用による増殖抑制効果などにより,感染防御に有用である。加えて腸内フローラは自然免疫,液性免疫,細胞性免疫を活性化する作用をもつ他,発癌物質の産生亢進(β-グルコシダーゼ産生細菌,アゾレダクターゼ産生細菌)および分解作用(Lactobacillus, Eggerthella lenta)など発癌にも関与することが知られている 9)。

    3. 腸内フローラの構成QINら 10)は124名の腸内フローラのメタゲノム

    解析を行い,約330万個の腸内細菌遺伝子を同定した(ヒトの遺伝子数は約22,000個)。これらのうちの約38%(約120万個)の遺伝子は124名に共通していたが,約 1,000種の腸内細菌のうち124名に共通していた菌種はわずか18菌種であり,ヒトの腸内フローラは多様性が高いことが示された(ヒトの遺伝子はその98%が共有されている)。また1人の腸内細菌の遺伝子数は約60万個であると推定されている。ARUMUGAMら 11)は39

    名(欧米人および日本人)の腸内フローラのメタゲノム解析の結果,腸内フローラは主として3つのエンテロタイプに分かれることを報告した。Bacteroides属 優 位,Prevotella属 優 位 お よ びRuminococcus優位のタイプをそれぞれエンテロタイプ1, 2および3とした。エンテロタイプは地域性,性別,健康状態,年齢などには依存せず,長期間の食事と関連する可能性を提唱した。エンテロタイプ1はタンパク質や脂質が豊富な食事と関連し,米国人や中国人に多かった。エンテロタイプ2は炭水化物が豊富な食事と関連し,アジア人,中南米人,アフリカ人に多かった。エンテロタイプ3は食事との明確な関連はなく,日本人,スウェーデン人に多かった。NISHIJIMAら 12)は日本人106名(男64名,女42名,平均年齢32歳)の糞便を用いてメタゲノム解析を行い,他国(デンマーク,スペイン,米国,中国,スウェーデン,ロシア,ベネズエラ,マラウイ,オーストリア,フランス,ペルーの 11か国,755名)の腸内フローラメタゲノム解析結果と比較した。12か国の腸内フローラは個別のクラスターを形成していることが明らかにされ,同国人の腸内フローラは他国人の腸内フローラに比べて高い類似性をもつことを示した。また,肥満度,食生活,年齢と腸内フローラの違いは相関しないことを報告した。 日本人の腸内フローラ構成菌の特徴として, ①Actinobacteria門細菌が豊富であった②特にBifidobacterium, Blautia属細菌が多かった③Methanobrevibacter smithiiの検出頻度の有意な低下がみられた④Clostridium属細菌が少なかったなどが示された(図1)。また日本人腸内フローラから海藻,ワカメなどの多糖類を分解する酵素をもつBacteroides plebeiusが高頻度に検出されることより,海洋細菌の海藻分解酵素が長年の海藻摂食により,日本人の腸内フローラに移行したことが想定されている 13)。

    表3. 腸内フローラの生体における役割

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    4. 腸内フローラと内科疾患腸内フローラのメタゲノム解析結果より,腸内フローラが健康および疾病と密接な関連性をもつことが明らかにされている。本稿では腸内フローラと腸疾患,肝疾患,肥満・糖尿病,動脈硬化症,多発性硬化症などの内科疾患との関連性を紹介する。

    1)腸疾患i) Clostridium difficile感染症(CDI)

    C. difficileはグラム陽性偏性嫌気性菌であり,菌体の亜断端部に芽胞を形成する(図2)。本菌は健常人糞便の5%前後より検出され,抗菌薬関連下痢症 antibiotic-associated diarrhea(AAD)および偽膜性大腸炎pseudomembranous colitis(PMC)の原因となる。AADと PMCとを合わせてC. difficile感染症(CDI)またはCDAD(C. difficile-associated diarrhea/diseases)とよばれる。抗菌薬の投与が腸内フローラを攪乱させ,C. difficleの異常増殖と毒素産生(トキシンA, Bおよびバイナリートキシン)を誘導することがCDI発症基盤となる。筆者ら 14)は連続流動培養法continuous flow (CF) cultureを用いてC. difficile陽性および陰性の乳児糞便のC. difficile増殖に及ぼす効果を判定した。興味深いことにC. difficile陰性糞便は同陽性

    糞便に比べC. difficile増殖阻止効果が強かった。同陰性糞便より腸内細菌を分離した後,分離菌混和液を調整してC. difficile増殖抑制効果を評価した(表4)。 Enterococcus avium , Klebsiella pneumoniae , Bac te ro ides d i s tason i s (現Parabacteroides distasonis), Eubacterium lentum, Clostridium ramosum, Clostridium perfringens の 6種菌混和液が最も強いC. difficile増殖阻止効果を示した。1958年,EISEMANら 15)は劇症型偽膜性大腸炎患者に対して健康人の糞便移植法(fecal transplantation: FT)が有効であることを初めて報告した。VAN NOODら 16)は再発性CDI患者42名を

    図1. 日本人の腸内フローラに関する最新メタゲノム解析結果

    日本人腸内フローラ構成菌が外国人腸内フローラと比較検討された。左より日本人(JP),オーストリア人(AT),スウェーデン人(SE),フランス人(FR),ロシア人(RU),アメリカ人(US),中国人(CN),デンマーク人(DK),スペイン人(ES),ベネズエラ人(VE),マラウイ人(MW),ペルー人(PE)の腸内フローラ中のFirmicutes, Bacteroidetes, Actinobacteria, Proteobacteria門細菌の相対的割合を示す(文献12より引用)。

    図2. C. difficileのグラム染色像

    (東京都健康長寿医療センター,稲松孝思博士より供与)

  • 6 ( 6) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 Feb. 2017

    図3. 再発性Clostridium difficile腸炎への糞便移植(FT)の効果

    縦軸は寛解率を示す。横軸は左より①(バンコマイシン治療+単回FT)群(n=16)②(バンコマイシン治療+複数回FT)群(n=16) ③バンコマイシン治療群(n=13)④(バンコマイシン治療+腸管洗浄)群(n=13)を示す(文献16より引用)。

    表4. 連続流動培養法における乳児糞便によるC. difficile増殖抑制効果

    (文献14より引用)

  • Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 7 ( 7)

    3群(①バンコマイシンVCM+FT投与群②VCM投与群③VCM投与+腸管洗浄群)に分けFTの効果を評価した(図3)。①②および③群の寛解率はそれぞれ81%(単回FT)・94%(複数回FT),31%および23%であり,FTは再発性CDIに有効であることが示された。FT治療前後の患者糞便の腸内フローラのメタゲノム解析より,FTにより腸内フローラの多様性が回復するとともに Bacteroides, Clostridium clusters IV and XIVaの増加とProteobacteria門細菌の減少がみられた。ii) 炎症性腸疾患 inflammatory bowel disease(IBD)IBDには潰瘍性大腸炎ulcerative colitis(UC)とクローン病Crohn’s disease(CD)とが含まれる。UC, CD患者の腸内フローラは非 IBD患者の それに比べ,多様性の低下とBacteroidetes門,Lachnospiraceae 科 細 菌 の 減 少 な ら び に

    Proteobacteria門,Bacillus属細菌の増加がみら れた 17)。他の報告でも腸内フローラの多様性 の低下と Firmicutes門(特に Roseburia hominis, Faecalibacterium prausnitzii)の減少および Proteobacteria門の増加が両疾患患者で認められた。OHKUSAら 18)はFusobacterium variumがUCの原因菌である可能性を各種の実験的データによ り示すとともに,再発性UC患者へのATM(amoxicillin+tetracycline+metronidazole)除菌治療法が有効であることを報告した。iii) 大腸癌

    CASTELLARINら 19)は99名の大腸癌患者の癌組織および正常粘膜組織に結合するFusobacterium nucleatumの相対的菌量を比較した結果,癌組織では正常粘膜組織に比べ有意に高値を示すことを報告した(図4)。同様にF. nucleatumは過形成性ポリープ,腺腫,健常リンパ節組織に比べ大腸癌

    図4. 大腸癌組織におけるFusobacterium nucleatumの相対的検出量(n=99)

    定量的PCRにより癌組織に付着しているF. nucleatumの相対的菌量が評価された(文献19より引用)。

  • 8 ( 8) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 Feb. 2017

    組織に多数の菌量が検出されること 20),大腸癌患者の抗F. nucleatum抗体価は健常人や良性大腸線腫患者のそれらに比べ有意に高値を示すこと 21)

    が報告された。vi) 過敏性腸症候群過敏性腸症候群 irritable bowel syndrome(IBS)は明らかな器質的異常が認められないにもかかわらず,腹痛や腹部不快感を伴い便秘や下痢が持続する病態である。日本人の10~15%に認められ,約1,300万人の患者がいることが想定されている。男女比は1対1.6で女性に多く,好発年齢は20~40代である。IBSの原因は不明であるが,小腸 細 菌 増 殖 症 候 群 small intestinal bacterial overgrowth syndrome(SIBO)との関連が指摘されている 22)。

    2)肝疾患i) 肝硬変(liver cirrhosis: LC)

    LC患者と健常者の腸内フローラの違い について複数の研究報告がある 23~26)。LC 患 者 で は Bacteroidetes門 の 減 少 な ら び に Proteobacteria門の増加が認められることが多い。 Clostridium cluster XIVや F. prausnitziiの 減 少,Enterobacteriaceae科やVeillonella属細菌の増加が複数の論文にて報告されている。ii) 非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic

    steatohepatitis: NASH)NASHの病態には肥満および慢性炎症が関与しており,腸内細菌と本症との関連性が報告されている。IMAJOら 27)は高脂肪飼育NASHマウスでは肥満時に誘導されるレプチン(摂食抑制作用あり)によるクッパー細胞でのCD14発現が亢進されること,肝臓においてLPS反応性が亢進することを示すとともに,NASH患者での血清レプチン値の上昇ならびに肝臓におけるCD14発現の亢進を報告した。MOUZAKIら 28)はNASH患者,単純性脂肪肝患者および健常者の腸内フローラを解析し

    た結果,NASH患者でのBacteroidetes門細菌の相対的低下とClostridium coccoidesの増加を報告した。ZHUら 29)はNASH患児,肥満児および健常児の腸内フローラを解析し,NASH患児および肥満児ではBacteroidetes門の増加,Firmicutes門の減少が認められることを示した。また,NASH患 児では肥満児に比べ,Proteobacteria門細菌が 増加していること,特にEnterobacteriaceae科のEscherichia属細菌が増加していることを明らかにした。加えてNASH患児の血清エタノール値の亢進を示した。Escherichia属,特にEscherichia coliはアルコール産生能をもち,活性酸素の生成に関与することにより炎症惹起を引き起こすことが想定されている。iii) 肝癌発癌剤DMBA(7, 12-dimethyl-benz-α-anthracene)を投与したp21-p-lucマウス(p21のイメージングが可能となる)に高脂肪食(HFD)にて飼育すると30週後に全例肝癌を呈する。HFDマウスの腸内フローラとしてClostridium cluster XIが増加すること,本実験系に抗菌薬(特にバンコマイシンVCM)投与を行うことにより肝癌の発生が予防されることより,腸内フローラと肝癌の関連性 が明らかにされた 30)。VCM投与マウスではProteobacteria門細菌が優勢となることが示された。またHFDマウスに抗菌薬投与を行った後,デオキシコール酸(DCA)を投与することより肝癌が発生したことより,老化誘導能のあるDCAを産生するClostridium cluster XI(特にOperational Taxonomic Unit-1105の細菌)が肝癌を発症させる可能性が提唱された。本菌は研究所の地名をとり「有明菌」と称されているが,未だ分離培養は成功されていない。

    3)肥満米国ワシントン大学の JEFFRY GORDON博士のグ

    ループは2005年,痩せマウスと肥満マウスの腸

  • Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 9 ( 9)

    内フローラの解析を行い,肥満マウスでのBacteroidetes門細菌の減少とFirmicutes門細菌の増加を初めて報告した 31)。次いで同グループは肥満マウスの糞便を痩せマウスに経口投与することにより肥満が誘導されることを示した 32)。LE CHATELIERら 33)は肥満者と非肥満者との腸内フローラの比較検討を行った結果,肥満者では腸内フローラの遺伝子数が少なく,多様性に乏しいことを明らかにした。また,腸内フローラ遺伝子数の少ない群では経過観察した9年間にBody Mass Index(BMI)増加が高頻度に認められることを 示した。GOODRICHら 34)は 416組の英国人双子 の糞便を用いた腸内フローラ解析の結果,Christensenellaceae科(Firmicutes門Clostridia綱に属する)細菌が低BMI(body mass index)の者に高頻度に定着していることを示した。興味深いことに本科に属するChristensenella minutaの無菌マウスへの感染が肥満予防効果ならびに定着マウス(ノートバイオートマウス)の腸内フローラの変化をもたらすことも明らかにされた。

    4)2型糖尿病遺伝的体質および食事,運動,肥満,喫煙などの生活習慣に関連して発症する2型糖尿病患者では腸内フローラの変化がみられるとともに,エンドトキシン血症を呈することが多いことが示さ れた 35)。QINら 36)は2型糖尿病患者では健常者 に比べ,酪酸産生性のRoseburia intestinalis, F. prausnitzii, Eubacterium rectaleなどの細菌が減少するとともに,Clostridiales目細菌,Bacteroides caccae, E. coli, 硝酸塩還元性Desulfovibrioなどの日和見病原菌が増加することを報告した。また,SHINら 37)は高脂肪食投与マウスにおいて,2型糖尿病治療薬であるmetforminの投与が腸内フローラ を 変 換 さ せ る こ と,特 に Akkermansia muciniphilaが増加することを報告した。加えて,高脂肪食投与マウスにA. muciniphilaを感染させ

    ることにより,耐糖能の改善,杯細胞の増加,脂肪組織関連制御性T細胞の増加などが誘導されることが明らかにされた。

    5)動脈硬化症WANGら 38)はLearning cohortおよびValidation

    cohortとして心筋梗塞,冠動脈硬化症,同関連死亡を含む計65例とマッチした対照例65例との 血漿メタボロミクス解析を行い,両群に差を 見出した18のanalytesを抽出した。このうち統計学的に有意差をみたのは trimethylamine N-oxide(TMAO),choline, phospatidylcholine (PC)の3種であることを報告した。同時にマウスを用いた実験により cholineの経口投与がマクロファージ上の scavenger receptor発現亢進と動脈硬化所見を誘導することを示すとともに,同マウスでは腸内フローラによりTMAOが産生され,抗菌薬投与はTMAO産生を減少させることを明らかにした。TANGら 39)は健常人を対象に PC摂食が血中TMAOを増加させること,抗菌薬投与がTMAO産生を減少させることを報告した。興味深いことに心臓カテーテル施行患者の3年間のフォロー アップの結果,血中TMAO濃度の最も高い群にお いて心臓血管リスク(心筋梗塞,脳卒中,同関連死亡)が高かったことを明らかにした。これらの結果より,食品中のPCが消化管内にてcholineに変換後,Clostridiaceae, Peptostreptococcaceaeなどの腸内フローラによってTMA(trimethylamine)が生成されること,更にTMAが肝臓にてTMAOに変換されることがマクロファージの泡沫化を誘導して動脈硬化発症の基盤になることが想定されている(図5)40)。

    6)神経内科疾患i) 多発性硬化症multiple sclerosis(MS)

    MSは中枢神経系の炎症性病変で知覚障害,高次脳機能障害などの神経症状を伴い再発を繰り返

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    す神経性難病である。MSは自己免疫疾患の1つとして考えられ原因が不明であったが,近年,腸内フローラとの関連性が明らかにされつつある。MIYAKEら 41)は再発寛解型を示すMS患者(寛解期)20名と健常者58名の腸内フローラを解析し,MS患者では健常者に比べ腸内フローラのdysbiosis(腸内フローラのバラツキおよび乱れ)がみられるとともに,Firmicutes門細菌の減少(特にClostridium clusters IV, XIVa)が認められることを明らかにした。近年,BRANTONら 42)はMS患者(未治療患者3名,治療患者3名)および非MS患者(6名)の剖検脳組織(大脳白質)中のmicrobiota解析を行い,未治療MS患者脳ではProteobacteria門細菌のゲノムが相対的に増加していることが示された。更に細菌性ペプチドグリカンの検出度はMS患者脳の脱ミエリン化と神経炎症度と相関していることが明らかにされた。この他,内科系疾患とは言えないが,自閉症,躁鬱症,パーキンソン氏病などの精神神経疾患と腸内フローラとの関連性が報告されており,今後

    の研究の進展が期待される。

    5. おわりに腸内フローラと内科疾患の関連性について紹介した。近年の腸内フローラに関するビッグデータは極めて多数の疾患との結びつきを示唆しており,世界中の研究者の関心が集まっている。昨年,来日した米国アイオワ大学のMARK LYTE教授は微生物学内分泌学に関する講演の際に,「腸内フローラと疾病とに関するデータを評価する際に,CorrelationかCausationであるかを吟味しなくてはならない」ことを強調された。今後,両者の違いを十分念頭において,腸内フローラ研究を評価していくことが必要であろう。

    利益相反著者 神谷 茂は興和株式会社より研究費の提供を,また,ミヤリサン製薬株式会社より奨学寄付金を受けている。

    図5. 腸内フローラと心血管系疾患との関連性を示す仮説図

    食品中のphosphatidylcholineが消化管内にてcholineに変換後,腸内細菌によりTMAが生成される。その後,TMAは肝臓にてTMAOに変換され,動脈硬化症の基盤となるマクロファージの泡沫化が誘導される(文献40より引用)。

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    文献1) BIANCONI, E.; F. PIOVESAN, A. BERAUDI, et al.: An

    estimation of the number of cells in the human body. Ann. Hum. Biol. 40: 463~471, 2013

    2) 神谷 茂,大﨑敬子:腸内細菌の解析方法。小児科57: 113~120, 2016

    3) 渡邉邦友:臨床微生物学のための新しい細菌分類体系。日本臨床微生物学雑誌24: 99~113, 2014

    4) OTTMAN, N.; H. SMIDT, W. M. DE VOS, et al.: The function of our microbiota: who is out there and what do they do? Front. Cell. Infect. Microbiol. 2: 104, 2012

    5) BIAGI, E.; L. NYLUND, M. CANDELA, et al.: Through ageing, and beyond gut microbiota and inflammatory status in senior and centenarians. PLoS One 5: e10667, 2010

    6) MUNYAKA, P. M.; E. KHAFIPOUR & J-E. GHINA: External influence of early childhood establishment of gut microbiota and subsequent health implications. Front. Pediatr. 2: 109, 2014

    7) FOUHY, F.; C. M. GUINANE, S. HUSSEY, et al.: High-throughput sequencing reveals the incomplete, short-term recovery of infant gut microbiota following parenteral antibiotic treatment with ampicillin and gentamicin. Antimicrob. Agents Chemother. 56: 5811~5820, 2012

    8) SHAW, S. Y.; J. F. BLANCHARD & C. N. BERNSTEIN: Association between the use of antibiotics in the first year of life and pediatric inflammatory bowel disease. Am. J. Gastroenterol. 105: 2687~2692, 2010

    9) 神谷 茂:腸内細菌叢(フローラ)研究の進歩と臨床への応用。診断と治療102:1069~1074, 2014

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  • Feb. 2017 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 70―1 13 ( 13)

    Intestinal microbiota and medical diseases

    SHIGERU KAMIYA

    Department of Infectious Diseases, Kyorin University School of Medicine

    More than 500 kinds with number of 100–1000 trillion of bacteria colonize intestinal tract and form intestinal microbiota (flora). Recently, researches on intestinal microbiota have advanced progressively due to development of 16S ribosomal RNA analysis and meta-genome analysis. Novel findings in the correlation between intestinal microbiota and medical diseases including Clostridium difficile infection, inflammatory bowel diseases, irritable bowel syndrome, colorectal cancer, liver diseases (liver cirrhosis, nonalcoholic steatohepatitis, hepatic cancer), obesity, type 2 diabetes, atherosclerosis and multiple sclerosis have been reported. In addition to the correlation between intestinal microbiota and the medical diseases, the researches to determine how intestinal microbiota cause the diseases are expected to be done in the near future.