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1 第1章 タイにおける環境問題の現状と 環境保全施策の概要 本章には、タイで日系企業がすぐれた環境対策に取り組む際に必要とな る基本的な情報を、8 つの節に分けて盛り込んだ。 まず第 1 節でタイと日系企業の関わりにふれた後、第 2 節ではタイの 環境問題の現状を紹介した。その後第 3節でタイの環境行政組織と 1992 年に制定された国家環境保全推進法、第 4節で産業環境問題に関係する主 要な法令について、それぞれその内容等を紹介した。 つづく第 5節から第 7 節では、タイの主要な環境課題である水質汚濁、 大気汚染、有害廃棄物問題に対する具体的な環境規制の仕組みや内容を解 説した。さらに第8 節では特定業種の工場建設等に必要とされる環境影響 評価制度について、対象事業や評価の仕組みなどを紹介している。 なお、国家環境保全推進法については、巻末資料編の参考資料1 にその 全文を収録している。

第1章 タイにおける環境問題の現状と 環境保全施策 …第1章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要 4 1.緊密な交流続く日本とタイ

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1

第1章

タイにおける環境問題の現状と

環境保全施策の概要

 本章には、タイで日系企業がすぐれた環境対策に取り組む際に必要とな

る基本的な情報を、8 つの節に分けて盛り込んだ。

 まず第 1 節でタイと日系企業の関わりにふれた後、第 2 節ではタイの

環境問題の現状を紹介した。その後第 3 節でタイの環境行政組織と 1992

年に制定された国家環境保全推進法、第 4 節で産業環境問題に関係する主

要な法令について、それぞれその内容等を紹介した。

 つづく第 5 節から第 7 節では、タイの主要な環境課題である水質汚濁、

大気汚染、有害廃棄物問題に対する具体的な環境規制の仕組みや内容を解

説した。さらに第 8 節では特定業種の工場建設等に必要とされる環境影響

評価制度について、対象事業や評価の仕組みなどを紹介している。

 なお、国家環境保全推進法については、巻末資料編の参考資料 1 にその

全文を収録している。

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第1節

タイと日系企業

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

4

1.緊密な交流続く日本とタイ

 タイの面積は日本の約 1.4 倍に当たる 51.3 万 Km2(図表 1-1-1)。ゾウの頭のかた

ちに似ているといわれるその国土に 1998 年 7 月現在 6,114 万人の人々が生活している。

日本とタイとの交流の歴史は古く、600 年以上も前から深い交流と友好関係が維持されて

きた。このうち 14 世紀末から 18 世紀中頃まで約 400 年にわたって続いたアユタヤ王朝は

国際貿易に力を入れ、日本からも御朱印船が派遣され、現在はタイの古都として知られる

アユタヤには 17 世紀初頭に日本人町も生まれている。

 その後第二次世界大戦中に日本軍が進駐するといった不幸な歴史の一幕もあったが、近

年は、日タイ間の貿易の活発化、わが国の対タイ投資の拡大、技術移転の進展などによっ

て経済面を中心に両国間の関係はかつてないほど緊密なものになっている。またタイにと

って日本は最大のODA供与国であり、タイが海外から受ける直接投資額でも 1997 年のア

ジア通貨・経済危機の発生をきっかけに投資額自体は大きく落ち込んではいるものの、国

別では相変わらずわが国が第 1 位となっている。

 このような関係を背景に両国間の人的交流も盛んで、タイを訪れる日本人は増加の一途

をたどり、1996 年には年間約 70 万人にのぼっている。その訪問目的も商用ニーズばかり

ではなく観光等へと多様化している。現在バンコクを中心にタイに長期滞在している日本

人の数は 2 万人を超え、そのほとんどが日系企業の関係者及びその家族とみられている。

図表 1-1-1 タイ全土

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第 1 節 タイと日系企業

5

またタイ国民の敬愛を集めるタイ王室は日本の皇室と深い友好関係にある。

 ところでタイは 1980 年代後半から右肩上がりの経済成長を続け、1990 年代初めには韓

国などと並んで世界銀行が「アジアの奇跡」と呼んだほどの経済発展を遂げた。しかし 1997年 7 月に始まったアジア地域の通貨・経済危機はタイ通貨のバーツの変動相場制移行が引

き金となり、瞬く間にアジア各国に広がった。このため危機の震源地となったタイでは

1995 年 8.7%、1996 年 5.5%を示していた経済成長率が一転マイナスに急降下、1997 年

にはマイナス 0.4%、1998 年にはマイナス 7~8%と見込まれている。その後IMF(国

際通貨基金)の支援などによって、未だ景気低迷の出口はみえないものの、1999 年の経済

成長率がほぼゼロ成長まで回復するとの予想も出始めている。

 タイの日系企業は、程度に差はあってもほぼ全てが今回の通貨・経済危機の影響を被っ

たと考えられるが、進出各社は販路拡大や組織のスリム化などに懸命に取り組み、長引く

経済危機の中で苦境打開の努力を重ねている。

 しかし今後、通貨・経済危機を回復し、両国がさらに密接に交流しあうためには日本の

支援が求められている。その中でタイに根を下ろし、タイ経済と深い依存関係にある日系

企業が果たす役割は大きい。従来とは異なる経済環境の中、これまでタイの経済力と工業

力を押し上げてきた日系企業による、環境分野を含む資本、技術、ノウハウの移転がその

カギを握っているといえる。

2.アジアで最多の日系企業が進出するタイ

 両国の密接な関係を背景に日系企業のタイへ進出は著しい。進出日系企業のほとんどが

加入する盤谷日本人商工会議所の会員数は 1999 年 1 月末現在で 1,160 社である。これは

東南アジア地域では最多で、日本国内の主要企業のほとんどがタイに現地法人または合弁

企業をもっている。

 現在タイに進出している日系企業は製造業をはじめ、金融・保険、土木・建築、流通、

運輸など多岐な業種にわたっている。しかし、その中核を占めているのは製造業で、盤谷

日本人商工会議所の会員も半数以上は製造業である。今回の調査でも現地訪問調査を受け

入れてくれたのはそのほとんどが製造業で、第 2 章で紹介する 16 事例も 1 事例(工業団地

の造成・運営管理会社)を除いて製造業の取り組みである。したがって本書の内容も、主

に製造業を中心とした環境対策に関連する情報に焦点をあてている。

 日系企業のタイへの進出は、1960 年ごろ、当時のサリット首相が打ち出した外国企業の

積極的誘致策などを含む工業化政策の展開がきっかけとなって始まった。タイに進出する

海外企業を支援するタイ投資委員会(BOI:Board of Investment)が設置されたのも 1960年である。

 日系企業のタイ進出は過去 3 度大きなブームがあった。まず 1960 年代から 1970 年代

前半にかけての輸入代替措置による第 1 次ブーム。1985 年のプラザ合意に基づくドル安を

契機とした 1980 年代後半の第 2 次ブームは集中豪雨的ともいわれた。そして 1993 年後

半からの円高の進行による第 3 次ブームである。盤谷日本人商工会議所の会員数も 1985年 4 月に 394 社だったものが、5 年後の 1990 年 4 月には 793 社に、そして 1995 年 4 月

には 1,000 社を超えている。その後は進出企業数も落ち着きをみせ、1997 年に 1,100 社

台にのった後はほぼ横ばいに推移している。なお、1997 年 7 月の通貨・経済危機の発生後

もほぼ会員数に大きな変化はみられていない。

 これほど多くの日系企業がタイに進出する理由としては、①政変の発生はあるものの政

治的安定感が強く、したがって経済・産業政策に一貫性がある、②一般労働力が豊富で国

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

6

民性が温和、③6,000 万人の国内市場があるとともに、アジア市場の地理的かなめの位置

にもある、④タイ政府が外資導入に積極的、⑤他のアジア諸国に比べて比較的各種のイン

フラ整備が進んでいる-などがあげられる。

 製造業の場合、1960 年代に進出した日系企業はバンコクとその周辺で自ら敷地造成して

工場を建設する例が多かったが、その後はタイ工業団地公社(IEAT:Industrial EstateAuthority of Thailand)や民間企業による工業団地の整備が進む一方、BOI による税制優

遇措置などによる地方誘導策によって、最近ではほとんどの進出企業が各種のインフラが

整備された工業団地に入居するとともに、バンコク及びその周辺以外の地方に立地する例

も多くなっている。また既存工場の拡張を計画する場合も各種の環境規制の制約などによ

って、バンコク以外の地方に新工場を建設する例が多くみられるようになってきた。

 さらに進出する製造業の業種内訳も時代の流れに伴って繊維などの素材型産業から、電

気・電子分野などへと変化しており、取引先の大企業の進出に伴ってタイへ進出してきた

規模の比較的小さな部品メーカーなどが増えていることも最近の特徴となっている。

 ところでタイでは、急速な経済開発によって様々な環境汚染が発生し、重要な社会問題

となっている。タイ政府もそのひずみを解決すべく積極的に環境問題に対応する姿勢をみ

せており、従来は開発重視だった国家経済社会開発 5 カ年計画にも第 7 次計画(1992 年~

1996 年)からは環境保全の推進が目標の主要な柱として盛り込まれ、1992 年には環境対

策に関連する法律が一斉に強化されている。また環境 NGO 活動も盛んで市民の環境問題に

対する関心も高まっている。

 このような背景の中、すでにタイ産業の中核を担っている日系企業の環境対策への取り

組みには大きな注目が集まっている。率先して環境に配慮した活動を進めることはもちろ

ん、日系企業が持つすぐれた環境対策技術を積極的に伝えていくことが、今後タイで企業

活動を続けていくための欠かせない条件となっている。

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第2節

タイの環境問題の現状

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

8

 タイの環境事情は決して良好とはいえない。東南アジア諸国の中ではいち早く積極的な

外資導入による工業化政策を展開してきた同国では、1980 年代後半からの急激な経済成長

と引き換えに様々な環境公害問題が引き起こされている。特に全人口の約 2 割、タイ全体

の工場の半数以上が集中するバンコク都(BMA:Bangkok Metropolitan Administration)と周辺 4 県(ノンタブリ、パトムタニ、ナコンパトム、サムットプラカーンの各県)で構

成されるバンコク首都圏地域では、自動車排ガスによる大気汚染、生活排水や工場排水に

よる水質汚濁などが深刻化している。一方、産業活動の活発化によって増加する有害廃棄

物は、処理施設の不足によってその多くが未処理のまま投棄されており、処理施設の整備

が進まなければ、有害廃棄物が原因となる環境汚染が今後タイにとって最も大きな環境課

題となっていくものと思われる。

1.水質汚濁問題

 現実的にタイで最も主要な環境課題となっているのは水質汚濁問題である。したがって

環境行政の上での水質汚濁対策の優先度が最も高い。

 人口が集中するバンコク首都圏地域を中心に、生活排水や工場排水を原因とする河川の

水質汚濁が深刻化している。チャオプラヤ川(メナム川)をはじめ、ターチン、メクロン、

バンパコンなどの主要河川では DO(溶存酸素)、BOD(生物化学的酸素要求量)、大腸

菌群数など 20 項目に及ぶ指標について表流水の環境基準が定められ、モニタリングが実施

されている。その結果によると、バンコク都内を貫流し最も水質汚濁が進むチャオプラヤ

川の下流域(サムットプラカーン県の河口から上流 62Km のノンタブリ県庁まで)の水質

は、DO の最低値が 0.2mg/l、BOD が平均 3.50mg/l、全大腸菌群数 95 万

9,000MPN/100ml(いずれも 1995 年の測定値)と非常に悪い。この DO 値では魚が生息

できず、工業用水としての利用にも制約を受けるレベルといえる。また実際にチャオプラ

ヤ川下流域を訪れると食物残宰や飲料容器など多数の漂流物が浮いている。この状況は同

川の中・上流域や他の河川でも同様な傾向を示し、上水道源や農業用水としての利用にも

支障を与えている。

 一方、長年にわたって流れ込んだ重金属による汚染も無視できず、チャオプラヤ川河口

では基準値を大きく超える水銀も測定されており、川底に堆積した重金属による生態系へ

の影響も懸念されている。

 バンコク都内からチャオプラヤ川に流入する有機汚濁物質については、BOD 換算でその

75%が住居や商業施設、残りの 25%が工場排水という試算が出されている。水質汚濁の最

大原因は未処理で排出される生活排水であるが、工場排水については、地場資本がほとん

どを占める製糖、紙パルプ・製紙、ゴム、皮革産業などがその大きな要因となっている。

 しかし、現在実施されている水質モニタリングは生活排水関連が中心で、工場排水が原

因となる重金属など高度な分析技術や機器を必要とする項目に関しては、データ数も少な

く測定結果も体系化されていないことから、正確な実態については不明な部分がまだ多い。

 これらの都市河川の汚濁を防ぐため、科学技術環境省(MOSTE: Ministry of Science,Technology and Environment)の告示やバンコク都の条例によって一定規模以上の建物

に浄化槽の設置が義務づけられたり、下水処理場の建設が着手されているほか、国も経済

的・効率的な排水処理施設の建設・運営を担う排水処理公社(WMA: WastewaterManagement Authority)を 1995 年に発足させているが、いずれもまだ実効を発揮する

ところまでは至っていない。

 なお、同様の水質汚濁は河川以外でも発生しており、1995 年にはタイ東北部の主要都市

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第 2 節 タイの環境問題の現状

9

であるコラートの上水道水源などとなっているラムタコンダム湖で、生活排水や周辺レス

トランからの排水、農業活動による排水の流入によって藻の異常発生が起こり、コラート

の水道施設が大きな被害を受けている。

2.大気汚染問題

 バンコク首都圏地域を中心とする都市部での大気汚染が深刻化している。産業活動によ

る大気汚染も原因だが、最大の原因は急激なモータリゼーションの進展に伴う自動車排気

ガスによる大気汚染である。特にバンコク首都圏地域での自動車公害は深刻で、交通整理

の警察官やオートバイの運転手が防塵マスクを付けている姿が日常的にみられている。

 通貨・経済危機の発生で自動車台数が減り実際はこれより若干少ないと思われるが、バ

ンコク都内の1998年末の自動車登録台数は約400万台、それに加えてオートバイが約200万台走行していると推計されている。自動車公害で最も問題になっているのは粉じん

(TSP:Total Suspended Particulate)で、道路沿いはもちろん住宅地の測定地点を含め

全ての地点で大気環境基準値を超えている。中には基準値の 7 倍近い測定値を記録してい

る地点もある。またバンコク都内では 1998 年 12 月に開催されたアジア競技大会に向けて

高速道路をはじめとする数多くの公共工事が実施されたが、これらの建設工事によって発

生する粉じんも大気汚染の大きな原因となった。

 その他、自動車排ガスによる窒素酸化物濃度なども無視できないレベルとなっており、

呼吸器系を中心とした健康被害の発生も心配されている。ただし、かつて問題となった鉛

については年々大気中濃度が低下しており、1991 年にスタートし、1995 年に完全実施さ

れたガソリンの無鉛化が効果を表し始めている。

 この自動車公害に対しては、新車が工場から出荷される時点での排ガスチェックのほか、

一定期間ごとの(バス・トラック 1 年、オートバイ 5 年、自家用車 7 年)排ガスチェック

が義務化されているが、現実には工場出荷時以外の検査は法規制通りには実施されていな

い。また 1993 年からは排気量 1,600cc 以上の新車には排ガス浄化装置が装着されている

ものの、通貨・経済危機による景気低迷が回復すれば再び自動車台数が増加すると見込ま

れ、自動車による大気汚染は今後も解決の難しい環境課題の一つとなろう。

 一方、産業活動による大気汚染についても、タイ全体で登録されている約 10 万カ所を超

える工場のうちのほぼ半数が立地し、エネルギー消費量が国内全体の 5 割以上を占めてい

るバンコク首都圏地域からの大気汚染物質排出量が最も多い。

 またタイではエネルギー事情のために、1980 年代後半に産業用燃料を石油から褐炭(リ

グナイト)や石炭へ意図的に転換しているが、褐炭や石炭は石油に比べて大気汚染を発生

しやすいことから、これらの燃料を使用している施設や工場周辺での大気汚染が心配され

ている。例えばタイ北部のランパン県メモにあるタイ電力公社(EGAT: ElectricityGenerating Authority of Thailand)の発電所では褐炭が燃料とされており、二酸化硫黄

(SO2)などによる大気汚染が発生している。高煙突化や集塵機の設置は進められている

が、13 基のボイラーのうち脱硫装置が設置されているのは 2 基に過ぎない。

 最近建設された施設・工場では主に天然ガスや石油を燃料としているが、集じん機など

の大気汚染防止設備がないものが多く、また工場敷地内にある焼却炉などもほとんどが法

規制の対象とされていないため、今後の対策強化が求められている。最近は砕石、製鉄、

セメント工場などからの大気汚染が問題となり始め、科学技術環境省では、これらの業種

を対象とした新たな大気排出基準の設定も計画されている。

 大気環境モニタリングについては、一般環境大気と道路沿いを中心に全国的な測定網の

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

10

整備が進められているが、自動車公害を除いては環境行政の大気汚染対策への取り組みは

遅れており、産業環境規制の優先度も水質汚濁問題に比べて低い。

3.廃棄物問題

 タイの廃棄物問題において日系企業の事業活動に最も影響を与えているのは産業廃棄物

のうちの有害廃棄物である。工業発展などに伴って有害廃棄物の発生量は毎年対前年比

10%近い伸びを示しており、通貨・経済危機の発生前の時点であるが、科学技術環境省で

は 1996 年の有害廃棄物の総発生量を生活系や商業系からの発生要因なども含んで約 160万 t と推計している。このうち工業要因は約 120 万 t で、その内訳は重金属含有スラッジ

や固形物が約 60%、廃油が約 20%などとなっている。

 ところがタイ国内には現在、これらの有害廃棄物を適切に処理できる施設がバンコク都

内バンクンチエンとラヨン県マブタプットの 2 カ所にしかなく、両施設あわせた処理能力

も年間 20 万 t 程度に過ぎないことから、ほとんどの有害廃棄物は工場内に敷地内保管され

るか一般廃棄物に混ぜられて不法投棄されているものと考えられる。このためタイ政府も

全国 7 カ所に有害廃棄物処理施設の新設を計画しているものの、いずれも予定地周辺住民

の強い反対運動などによって建設が難航し、数カ所の建設プロジェクトは中止されている。

 処理施設の整備が遅々として進まない中で有害廃棄物の不法投棄が多発し、1995 年には

サムットプラカーン県で金属精錬工場の廃スラグが古い化学物質処分場に不法投棄された

ことによって有毒ガスが発生、周辺住民に死亡者が出る事故も発生している。また車のバ

ッテリーや医療系廃棄物といった工業部門以外からの有害廃棄物も増えている。さらに、

工業原料として輸入、国内製造される有害物質の量も年々増加しており、1996 年には工業

部門での有害物質の消費総量は 1,200 万 t に達している。これに伴って有害物質の製造・

保管・輸送中の事故も数多く発生している。

 いずれにしても、経済活動の活発化による有害廃棄物の発生量は増える一方、処理施設

の整備は進まない現状では、今後タイでは有害廃棄物及び有害物の問題が最も重要で解決

が難しい環境課題となることは避けられないようだ。

 他方、工場から出る有害廃棄物以外の廃棄物については、プラスチックや金属、材木、

段ボールなどいずれも有価物としての人気が高く、通常民間の回収業者が引き取り再生・

再販が行われている。

 一方、生活系廃棄物に関しては、1996 年にタイ全体で年間約 1,300 万 t 発生しているが、

バンコク都をはじめ全国的にかなり高いレベルでの収集が実施されている。全国の生活系

廃棄物のうち、約 23%に当たる年間 295 万 t の生活系廃棄物が発生するバンコク都の場合、

そのほとんどに当たる 99%が収集され、1995 年に比べて収集率は 12.6%も増加している。

ゴミ収集車や水路や河川沿岸のゴミを収集する専用船の整備、指定場所のゴミ箱にゴミを

捨てる規制の実施が効果を上げている。収集された生活系廃棄物は、2 カ所のゴミ処理場と

輸送ステーションを経て埋立処分されるほか、約 1 割は堆肥化処理されている。

 バンコク都以外の地域でも平均 8 割程度の高い割合での収集が実施されている。しかし

これらの地域では処理予算や処理技術の不足などもあって、収集された廃棄物の約 4 割程

度しか埋立処分が行われていない。残りは野積み後、露天焼却されており、衛生的にみて

適正処理されているとはいえない。

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第 2 節 タイの環境問題の現状

11

4.その他の環境問題

 その他の環境問題としては、各種の開発による森林減少やマングローブ林の破壊、土壌

浸食などといった自然環境や生態系での門題も数多く無視できないが、日系企業の企業活

動の観点からは、騒音と悪臭問題があげられる。

 このうち騒音問題では、タイには現在、24 時間平均値で 70 デシベル以下という環境基

準のほか、自動車とモーターボート、労働環境、採石場には基準が設けられているが、一

般工場の騒音には日本の騒音規制法に当たる規制基準は設定されていない。しかし環境行

政に寄せられる工場騒音に関する苦情件数は年々増えており、規制はなくとも対策が求め

られる例も多くなっている。

 また悪臭問題に関しても同様で、規制基準はないものの工場の周辺住民からの苦情によ

って大がかりな臭気対策に取り組んだ日系企業もある。特に従来型の硫化水素やメチルメ

ルカプタンといった悪臭物質に対する苦情ではなく、溶剤臭やこげ臭といったタイの人た

ちがこれまで経験したことがない臭いに対する苦情が多いことが特徴となっているという。

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第3節

タイの環境政策

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

14

1.環境政策と環境行政の発展

(1)環境政策の展開と国家環境保全推進法の制定

 急速な工業化と都市化の進展よる環境問題の深刻化を背景に、タイでは 1975 年に「国家

環境保全法」が制定された。同法によって、副首相を委員長とする国家環境委員会(NEB:

National Environment Board)が組織され、初めて国家として組織的に環境対策に取り

組むこととなった。環境政策展開のための事務局として国家環境委員会事務局(ONEB:

Office of Environment Board)が新設され、環境保全施策の立案や大気、水質の環境基準

づくり、環境モニタリング体制の整備などに取り組んだ。しかし予算不足や人材不足、関

係政府機関との調整問題の混乱などから所期の成果をあげることができなかった。

 その後、1981 年には国家環境政策が発表され、自然・天然資源の保全、社会経済の発展

と環境改善の調和を図る政策の実施などが打ち出されたが、1980 年代後半以降、経済成長

と工業化は加速し、環境汚染はますます深刻化していった。

 しかし 1990 年代に入ると、環境保護の重要性を求める社会的要請が高まり、国民の敬愛

を集めるタイ国王も 1990 年の新年のあいさつで環境問題を取りあげ、環境改善に向けて官

民が一丸となって取り組むことを奨めた。タイでは 1961 年から 1966 年までの第 1 次計

画を皮切りに、5 年ごとに国家計画の基本となる国家経済社会開発 5 カ年計画を策定してい

るが、これらを背景に 1990 年 8 月に決定された第 7 次計画(1991 年~1996 年)では、

持続的な経済発展、所得の公平な分配と人材開発と並んで環境と自然資源の保護、生活・

環境の質の向上が強く打ち出され、国家として環境保全に積極的に取り組むことが宣言さ

れた。

 そして 1992 年には、前年のクーデーターによる社会改革機運の盛り上がりもあり、1975年国家環境保全法が廃止され、新たに 1992 年国家環境保全推進法(Enhancement andConservation of National Environmental Quality Act. A.D.1992)が制定された。また

同時に環境対策と深い関わりを持つ工場法(Factory Act, A.D. 1992)、公衆衛生法、有

害物質法(Hazardous Substances Act, A.D.1992)、エネルギー保全促進法などが、い

ずれも大幅に改正された。

 このように大幅な環境関連法の改正が実施された背景としては、都市部における公害問

題の急激な悪化、国王及び当時のアナン政権が環境問題に熱心だったこと、1992 年にタイ

東北部コンケーンの紙パルプ工場による水質汚濁事故による多額の経済被害の発生、国際

観光リゾート地であるパタヤ、プーケットにおける環境悪化など、環境問題がタイ国内で

社会問題として認識されるようになったことがあげられる。

(2)科学技術環境省の発足と環境行政組織の整備

 1992 年の国家環境保全推進法は、公害規制委員会(Pollution Control Committee)の

新設、公害防止重点地域の指定制度、環境基金制度の導入、全国一律排出基準の設定、一

定要件を備えた NGO の参画の奨励、環境汚染者負担の原則の強化、罰則の強化など実効性

ある環境規制の実施に向けていくつかの画期的内容を盛り込んだものだが、その中の重要

な柱として環境行政組織・機構の改編強化をうたっている。

 同法の制定を受けて 1992 年、タイの環境行政組織は大幅な機構改革が実施された。従来

の国家環境委員会事務局の機能は整理され、名称を変更した科学技術環境省(MOSTE:

Ministry of Science ,Technology and Environment)に統合された(図表 1-3-1)。

国家環境委員会事務局は、環境政策・環境計画事務室(OEEP:Office of EnvironmentalPolicy and Planning)、公害管理局(PCD:Pollution Control Department)、環境質

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第 3 節 タイの環境政策

15

推進局(EQPT:Environmental Quality Promotion Department)の 3 局に分けられた。

このうち環境政策・環境計画事務室は従来の国家環境委員会事務局が担当していた政策調

整機能を果たすとともに、国家経済社会開発 5 カ年計画に基づいてタイの環境のマスター

プランづくりも担当する。そのほか新たに、開発プロジェクトに対する環境影響評価と地

方分局の設置に取り組むこととなった。現在地方分局はアユタヤ、サラブリ、チョンブリ

など 12 カ所に設置され、数県ずつを管轄範囲に科学技術環境省の出先機関としての役割を

果たしている。

 また公害管理局はそれまで分散していた公害規制行政を一本化するもので、同局には水

質、大気・騒音、固形廃棄物・有害廃棄物の各担当部が設けられたほか、公害苦情部など

も設置されている。さらに環境質推進局は国民に対する環境行政の PR、環境情報の収集・

管理などを行うとともに、民間 NGO と科学技術環境省との仲介役も担っている。なお、わ

が国の援助でバンコク都(BMA: Bangkok Metropolitan Administration)に隣接するパ

トムタニ県に建設され、1997 年まで国際協力事業団(JICA)の技術協力プロジェクトが

実施された環境研究研修センター(ERTC: Environmental Research and TrainingCenter)も、同局に所属している。

管理室/ Office of the Secretary環境政策・環境計画部/ Environmental Policy & Planning Division天然資源・環境管理調整部/ Natural Resources & Environmental Management Division環境影響評価部/ Environmental Impact Evaluation Division都市環境・地域計画部/ Urban Environment & Area Planning Division環境国際部/ Environmental Foreign Affairs Division自然・文化遺産保全部/ Conservation of Natural & Cultural Heritage Division環境基金室/Office of Environmental Fund地方分局/ Regional Environmental Offices(12 ヵ所:アユタヤ、サラブリ、チョンブリ、ラチャブリ、ナコンラチャシマ、コンケーン、ウボンラ

チャタニ、ナコンサワン、ピサヌルーク、チェンマイ、スラタニ、ソンクラー/ 12 offices: Pranakorn SriAyuthaya, Saraburi, Chonburi, Rachaburi, Nakhon Ratchasima, Khon Kaen, Ubon Ratchathani,Nakhon Sawan, Phitsanulok, Chiang Mai, Surat Thani, Songhkla)

管理室/Office of the Secretary水質管理部/ Water Quality Management Division大気騒音管理部/ Air Quality & Noise Management Division有害物・廃棄物管理部/ Hazardous Substances & Solid Waste Management Division公害苦情部/ Law & Petition Division汚染管理調整部/ Pollution Management Coordination Division

環境政策・環境計画事務室/OEPP: Office of Environmental Policy and Planning

管理室/Office of the Secretary広報連絡部/ Public Education & Extension Division環境情報部/ Environmental Information Division環境研究研修センター/ ERTC: Environmental Research & Training Center

公害管理局/PCD: Pollution Control Department

環境質推進局/Environmental Quality Promotion Department

科学技術環境省Ministry of Science, Technology and Environment

<資料>:科学環境技術省パンフレットなど

図表 1-3-1 タイ科学技術環境省の環境担当部門の組織

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

16

 一方、国家環境委員会も副閣議レベルに格上げされ、総理大臣を委員長、副首相と科学

技術環境大臣を副委員長に、工業大臣、厚生大臣など関連する各省の大臣、投資委員会事

務局長、民間から選ばれた 8 人までの環境専門家で構成され、国家の環境政策の最高決定

機関となっている。

 また従来関係機関でバラバラに行われてきた環境政策の立案検討を統一するために新た

に設けられた公害規制委員会は、科学技術環境省の次官を委員長に、関係省の局長クラス、

バンコク都助役、国家環境委員会が任命する 5 人を超えない有識者などを委員に、国家環

境委員会に国内の環境公害状況に関する報告を年に 1 回するとともに、環境規制に関する

法律の改正など環境政策の変更を国家環境委員会に対して助言できることとなっている。

(3)科学技術環境省以外の環境関連政府機関

 このように 1992 年の国家環境保全推進法に基づいて環境行政機構の整備が図られ、法体

系上は科学技術環境省への権限強化が進められたわけだが、タイ政府の行政組織は長年に

わたって縦割り行政が続いたため、即時に環境行政・規制の一本化を図ることは困難であ

るといえよう。現在タイでは、20 以上の政府機関などが環境規制になんらかの関わりを持

ち、それぞれが所管する法律に基づいた各種の規制を実施しており、しかもそれぞれの規

制の優先順位が明確でない場合も多く、環境規制の仕組みをわかりにくいものとしている。

 その主な政府機関は、工業省(MOI: Ministry of Industry)、内務省(MOI: Ministry ofInterior)、農業・協同組合省、運輸通信省(Ministry of Transport and Communications)、タイ工業団地公社(Industrial Estate Authority of Thailand)、タイ電力公社(EGAT:Electricity Generating Authority of Thailand)などで、その他、地方行政であるバンコ

ク都も環境に関する規制などを実施している。

 この中で最も大きな影響を与えているのは、工場法に基づいて工場の操業に関する許認

可権を持った工業省である。特に同省の工業局(DIW:Department of Industrial Works)は、工場の設置運営認可業務に付随して排水規制、大気汚染規制などを実施している。科

学技術環境省の示している排出基準と同一のものを工業省告示として出しており、工場に

対して水質、大気の測定結果を四半期に一度提出するよう要求している。また有害廃棄物

についても同様で、有害廃棄物の範囲や処理方法なども工業省が定めているほか、有害廃

棄物処理センターも監督している。さらに環境規制に関連して工場への立入検査を実施す

るのも通常は工業省である。

 また工業省の関連第三セクターである工業団地公社も、自らが運営する工業団地には工

業団地法に基づいて独自の排水規制などを適用している。

 そのほか運輸通信省の港湾局は一般河川の水質調査や河川に流入する産業排水の水質検

査、自動車の排ガスに関しては運輸通信省の陸運局や内務省警察局が取締を実施している。

さらに農業・協同組合省はかんがい水路への放流水質基準を持ち、排水の放流先がかんが

い水路の場合は同省のかんがい局による規制を受けることとなる。

 しかし最近は、例えば科学技術環境省と工業省の間で環境規制内容を調整するため連絡

委員会が設けられるなど、政府機関内の調整も始まっており、将来的には環境規制の役割

は科学技術環境省に集約されることになると考えられるが、現状では関わりのある全ての

政府機関の環境規制に対応することが求められている。

(4)地方自治体の環境行政

 タイの行政組織は中央集権化されており、地方行政は内閣の下、内務省地方行政局が管

轄している。組織はバンコク都と 76 の県(チャンワット)、その下にアンプーと呼ばれる

郡、さらに下位組織として地区(タンボン)、村(ムーバン)で構成されている。

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第 3 節 タイの環境政策

17

また 1953 年の地方自治体法に基づいて、地方自治体として県の下に市に当たる自治区(テ

ーサバン)、衛生区(スカピバーン)、そしてパタヤ特別市が設けられている。

 このうち環境行政に主に関係するのはバンコク都、県、自治区、衛生区であるが、バン

コク都知事のみが公選制であるほかは、各県知事は内務省が任命する官選知事であり、地

方自治体は環境行政にあまり機能を有していない。具体的な環境施策や規制に関しても特

別の権限を持つバンコク都は独自の展開を図っているが、それ以外の地方自治体は国の事

務を単に処理するだけで、環境規制に関して工場から出される様々な報告や届け出等も各

県に駐在する工業省の係官に提出され、そのままバンコクへ集められている。

(5)その他の新たな環境政策の展開

 国家環境保全推進法の制定等をきっかけにいくつかの新しい環境政策が始まっているが、

そのうち日系企業の企業活動に関わるものとしてはまず、公害防止重点地域の指定がある。

 これは国家環境保全推進法の規定に基づいて、深刻な環境汚染の発生やそのおそれのあ

る地域を公害防止重点地域に指定し、環境汚染解決のための実施計画に基づいて総合的な

公害防止対策を実施するものである。総合排水処理設備や総合廃棄物処理施設などを建設

する場合には国家予算からの資金配分や環境基金からの貸付を受けられるほか、現実にそ

のような例はないが、公害防止重点地域の県知事は国の一律基準より厳しい排出基準を決

める権限を持つことになる。現在同地域にはサムットプラカーン、ノンタブリ、パトムタ

ニ、ナコンパトムのバンコク周辺 4 県のほか、パタヤ、プーケットなどが指定され、それ

ぞれの地域で排水処理・廃棄物処理施設の建設、環境モニタリング体制の整備などが進め

られている。

 一方、環境基金の発足も新しい動きといえる。1992 年に大蔵省内に設けられた環境基金

は、かつて制度化されていた燃料油基金の 45 億バーツと政府出資の 5 億バーツの合計 50億バーツを当初の基金規模としてスタートした。本基金から、国や自治体が進める排水処

理場などの建設・運営、民間企業や環境 NGO などが環境対策や環境保護活動に取り組む際

の資金に対する貸付が行われている。これは日本の環境事業団(旧公害防止事業団)の役

割と似たもので、その資金には国家環境保全推進法に基づく使用料や罰金なども繰り入れ

られている。

 なお、現在のタイの環境政策は、汚染者負担の原則、環境汚染者に対する厳格な責任を

はっきりと打ち出しており、国家環境保全推進法では環境汚染者に対する賠償義務を明確

に示すとともに、従来、罰金額を増額するとともに新たに禁固刑の導入を行っている。同

様に工場法にも罰金、禁固刑などの罰則が盛り込まれている。

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19

第4節

産業公害対策と関連法

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

20

1.産業公害対策とタイの環境法

 1992 年にタイにおける総合的・統括的な環境法として国家環境保全推進法が制定された

わけだが、前述のようにタイでは環境問題に 20 近い政府機関等が関係しており、現実的に

は縦割り行政の中でそれぞれの機関が 100 近い所管法令に基づいて関連分野で環境法規制

を実施している。

 また法律に基づいて出される詳細な基準や規則などは政令や省令、告示などとして官報

によって公布されるが、当然これはわれわれ日本人にはなじみにくいタイ語で公布される。

しかも法律自体は英語訳されても政令や省令までが翻訳されることはまれで、タイに進出

している日系企業はこれらの資料を入手するために、タイ人スタッフを雇ったり翻訳に多

額の費用をかけるなどかなり苦労しているのが現実となっている。

 以下では、タイでの産業公害対策の実施に深く関わる 7 つ法律について、タイの環境法

研究の第一人者であるチュラロンコン大学環境調査研究所のスニー・マリカマール準教授

に、それぞれの特徴や内容のポイントについて解説してもらった。

2.産業公害対策に関連するタイの主な法律

スニー・マリカマール(チュラロンコン大学環境調査研究所準教授)

 タイの開発は、第 1 次計画(1961 年~1966 年)の実施以来現在まで国家経済社会開発

5 カ年計画に定められた原則と方向付けに基づいて実施されてきた。現在実施中の計画は第

8 次計画(1997 年~2001 年)である。これらの計画によりタイの経済は徐々に農業主体

から農産工業(アグロインダストリー)型へ、さらに現在では新興産業国家へと変貌を遂

げた。

 経済発展ブームは明らかにこのような開発の成果であったが、同時に、人々にとって有

害な社会的・環境的問題の発生といった好ましくない結果も今日までに生み出してきてい

る。

 環境面の問題に関しては、環境破壊及び汚染物質の排出に対して環境を保護するために、

色々な対策が実施されている。それらは技術的、経済的、社会的、かつ法的な対策である。

 法的な対策に関しては、1991 年にタイは国家平和維持評議会(National PeacekeepingCouncil)により統治されるところとなり、それに伴って国の開発促進のために多くの法律

が改定された。環境関連の法律も同時期に改定されたが、その内容は以前に比べてより環

境にやさしい法律となった。

 タイの環境法、すなわち国家環境保全推進法(Enhancement and Conservation ofNational Environment Quality Act, A.D.1992)がタイの唯一の環境法であるという点に

おいて、他の国々と異なる。その主たる目的は、天然資源や公害規制等に関して環境保護

の基本的な規則を提示し、もって総合的な環境法とするところにある。しかしながら、上

記以外にも環境を保護する法律はある。環境保護を主たる目的としてはいないものの、い

くつかの規定はそれぞれの分野で強い効力を発揮し、環境関連法として知られている。

 環境法規は 2 つの範疇に分類できる。一つは天然資源の保護と保全に関する法規であり、

他方は公害の予防と是正に関する法規である。これらの法規の適用は各種活動により影響

を受ける地域によって異なる。

 公害問題は主として 3 つのソースから発生する。すなわち、地域社会公害、農業公害、

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第 4 節 産業公害対策と関連法

21

及び産業公害である。ここでは産業公害の要因となる産業分野に限定して記述することと

する。産業分野が水質汚濁、大気汚染、そして有害廃棄物の発生要因となることは周知の

事実である。そのため工場には公害を予防するために法の定めにしたがって環境を管理す

るように義務づける必要がある。ここに説明する環境法は工場が適切に法を遵守できるよ

うにするための指標とみなされている。

(1)国家環境保全推進法

 タイにとって最初の具体的な環境法は 1975 年の国家環境保全法(Improvement andConservation of National Environment Quality Act, A. D. 1975)であるが、これは環

境政策に関し総理大臣に助言するための機関である国家環境委員会(NEB: NationalEnvironmental Board)の運営を司るために策定された経緯があり、非効率であることが

判明した。独自に法を実施する権限が付与されていなかったために、国家環境委員会は他

の政府機関の協力を求める必要があったが、それはほとんどの場合成功しなかった。1991年のクーデターの結果、国の開発に関する多くの法律が廃止もしくは改定された。これに

あわせて 1975 年国家環境保全法もまた廃止され、1992 年国家環境保全推進法として、環

境管理に関する様々な項目を織り込んで、基本的かつ包括的な環境法として再制定された。

 この新法は 7 つの章及び 111 項からなり、移行規定としてさらに 4 項があるので、あわ

せて 115 項により構成されている。本法の管轄官庁は科学技術環境省(MOSTE:Ministryof Science ,Technology and Environment)であり、環境面を管理しているのは公害管理

局(PCD: Pollution Control Department)、環境政策・環境計画事務室(OEPP: Office ofEnvironmental Policy and Planning)、及び環境質推進局(Environmental QualityPromotion Department)の 3 部門である。本法の主な特徴は以下のとおりである。

1)国家環境委員会は、総理大臣を議長とし、政界関係者として環境関連の 11 省の大臣、4人の常任役員、そして非政府団体の代表者 4 人を含む 8 人の専門家により構成されてい

る。その主たる権限は、国の環境質の向上に資する政策や計画を閣議に提言することで

ある。当委員会はさらに、環境大気汚染基準値を設定する権限、及び大臣から提案され

た排水基準値を検討し承認する権限を付与されている。

2)下記のような人民の権利と義務の保証。

2-1 環境に関する情報を得る権利

2-2 公害の蔓延、もしくは政府機関または国営企業の活動またはプロジェクトによ

り発生した公害により被害を受けた場合に国家から損害補償を受ける権利

2-3 環境規制及び天然資源の保全に関する法律に違反もしくは抵触する行為に対し

て証人として非難を公にする権利

2-4 環境質の保全と向上に関する義務の遂行に際して、権限を付与された監督官を

支援し、協力する義務

2-5 本法及び環境に関係する他の法律を遵守する義務

3)非政府団体及び公共団体の環境管理への参画。タイもしくは外国の法人格を有する非政

府団体は、科学技術環境省において環境 NGO として登録する資格を有する。それらの

団体は、それらが遂行する環境関連の行動に対して環境基金からプロジェクト助成金を

受けたり、政府機関からの情報支援を受ける等の特権も付与される。

4)税制上の恩典や環境融資等、民間セクターにおける環境管理を促進する施策。

5)環境基金は石油基金、年間予算、環境法によるサービス料及び罰金、政府からの補助金、

民間セクターからの寄付金、金利その他の収入、政府セクターや民間セクター及び環境

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

22

関連で活動する NGO に対する助成金や長期低利融資または無利子の融資等の資金及び

資産で構成される。

6)環境保護地区の指定は、特定の生態系が存在する河川の源流地域等、人間の活動により

破壊の危険がある特定の地域を保護することを目的とする。このような保護指定は国家

環境委員会の承認に基づき、科学技術環境大臣が実施する。

7)深刻な公害問題が発生し緊急に改善する必要のある公害防止重点地域の指定。ほとんと

どの場合、当該地域には多くの工場が存在する。地域の指定は国家環境委員会の決定に

よる。環境保護地区及び公害防止重点地域の指定により、その地域内における全ての活

動及び工場は、環境管理及び水、大気、その他の環境基準について特別の遵守が義務づ

けられる。当該地域に指定された地区を持つ県の知事は環境管理計画の作成を義務づけ

られる。

8)環境管理に関する汚染者負担の原則(PPP:Polluter Pays Principle )。中央排水処理

場の利用者は本法の定めに基づいて所定の料金の支払いを要請される。料金の不払い、

及び中央排水処理場への不法排出は料金の 4 倍に相当する罰金により処罰される。

9)汚染被害に関する汚染者からの損害回収については、厳格な民事債務原則の採用により

挙証責任を汚染者に転化して負わせ、被害者の権利保護を期している。

10)天然資源の破壊が発生した場合、汚染者または破壊者に対して損害額及び復旧費用の

国家への支払いを義務づけている。

11)環境に影響を与えるような事業またはプロジェクトに対しては、事業またはプロジェ

クトの種類を規定して、環境影響評価(EIA:Environmental Impact Assessment)を義務づけることにより、公害発生に対する予防措置としている。義務づけられた環境

影響評価では、公害の緩和対策及び公害のモニタリング体制を説明し、プロジェクトの

認可前に評価委員会での検討を受けることとなっている。環境影響評価が評価委員会に

よる評価をパスしないかぎり、当該事業またはプロジェクトは認可されない。

12)権限の分与。本法は環境保護地区または公害防止重点地域に指定された地区がその管

轄下にある州知事に対して、環境管理計画を策定する義務と権限を付与している。他の

県に対して同様の義務づけはしていないにもかかわらず、全ての州で環境計画が策定さ

れている。

 本法は国家環境委員会に対して国家環境委員会告示を発行する権限を付与し、科学技術

環境大臣に対して、全ての関係者が遵守するべき詳細事項を規定した省令及び告示を発行

する権限を付与している。

(2)工場法

 工場法(Factory Act, A.D.1992)は工業省(MOI : Ministry of Industry)の工業局の

管轄下にある工場の操業を管理するもので、その担当大臣に対して補足的な規則を発行す

る権限を付与してしている。本法は工場を業種と規模により 3 つのカテゴリーに分類して

いる。

 カテゴリー1 の工場は、工場の操業者により直ちに操業を開始することが許される業種と

規模の工場である。カテゴリー2 の工場は、許可証発行権限を有する者が操業開始の通知を

受けた後に操業できる業種と規模の工場である。カテゴリー3 の工場は、設立以前に操業許

可を受けることを必要とする業種と規模の工場である。

 上記の分類は、工場の規模と業種により、また工場の操業による環境への影響の大きさ

によって決められる。カテゴリー3 の工場は、環境への影響が大きいため、全ての段階で監

督が必要とされている。

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第 4 節 産業公害対策と関連法

23

 本法による工場管理の対象は以下のとおりである。

1)工場建屋について、カテゴリー1 及びカテゴリー2 の工場は、住宅地近辺の地域、公共

地区の 50m以内、カテゴリー3 の工場は公共地区の 100m以内には建設できない規定と

なっている。建屋は十分な強度を持ち、堅牢に仕上げてあり、換気装置及び有害廃棄物

の保管場所が設置されており、他人に対して危険を与えたり生活妨害とならず、また他

人の財産に損害を与えることがないものでなければならない。

2)機械及び機器類は十分な強度を持ち、安全で心配のないものでなければならない。それ

は振動の要因となってはならず、標準的な要求条件を満足するものであること。

3)工場の従業員には監督者が付き、公害の予防体制としての専門スタッフがいること。

4)廃棄物の管理。

4-1 排水及び汚染された空気は、工場外に排出される前に法に定められた基準を満

たすように処理すること。処理機器の設置は規定に従うこと

4-2 騒音は法に定められた騒音基準を超えないこと

4-3 ゴミ、排水、廃棄材は以下の 2 つのカテゴリーに分類される

①有害廃棄物とは、化学物質により汚染された廃棄物を意味し、安全で密閉さ

れた容器に保管すること。その処分は大臣の指定する方法によること。この業

種の廃棄物は、生活廃棄物とは厳密に区別されていなければならない

②生活廃棄物とは、事務所から出るゴミ及び食品残滓を意味する。生活廃棄物

については、1998 年省令第 1 号により、指定された 14 州に所在する工場は

ゴミの運送前に工業局長の許可を得ることが義務づけられている

4-4 工業省の省令に基づく有害物質とは、爆発物、引火物、可燃物、毒性物質、腐

食性物質、摩耗性物質、及び健康有害物質である。本法では、その保管方法及

び工場における使用について次のように規定している

保管場所は、隔離されており、居住区、燃焼機器、他の製品の保管場所や建物

の近くとしない。保管場所は良好で安全な条件を維持していること。それぞれ

の物質の有害性に関して、材料安全データ票を準備すること

保管容器は、本法で規定された標準と設計基準を満足する安全性と強度を有し、

散逸を効果的に防ぐために容器を取り囲むようにコンクリート壁を設けること。

散逸した場合の影響を最小限に留め、また影響を低減するために十分な量の化

学品を常備して予防措置とすること。避雷針及び接地線を設けること

大気汚染防止・除去システムを保管室及び実験室に設置し、生命と財産に対す

る危険と生活妨害の発生を予防すること。警告表示及び通知も義務づけられて

いる。有害物質の漏洩予防には十分な注意を払わねばならない。従業員は予防

機器の維持管理と操作の責任を負う。また、物質の有害性に関して、材料安全

データ票を準備することが義務づけられている

4-5 1992 年第 3 号省令は下記の業種の工場に対して省令による書式と手続きに沿

って工業局にデータを提出することを義務づけている

①蒸気ボイラー、または液体またはガスを熱伝導体として使用するボイラーを

設置している工場

②蒸気ボイラーを製作または修理する工場

③大臣が規定するような環境へ重大な影響を与える工場

④放射性物質を扱う工場

⑤有害物質法に基づく有害物質を製造、保管または使用する工場

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

24

 全ての工場は、工場法を遵守しなければならない。遵守しない場合には行政的及び法的

に処罰される。行政罰には警告、差し止め命令、改善命令、機械封鎖、部分的もしくは全

面的操業停止、工場閉鎖、または工場操業許可の取り消しが含まれる。最悪の場合には工

場設立許可が取り消しとなる。民法上の手段としては、損害を与えた工場に対して賠償金

またはコンサルタント費用としての役務費用の支払いを義務づけている。刑事法による手

段には、投獄、罰金、資格の剥奪が含まれる。さらに重要なことは、違反が繰り返して発

生した場合には、その工場で働いているか、違反が起きている工事に責任を持っている建

築士または技師に対する処罰が重くなり、従業員でも違反に参画、もしくは違反の認識を

持っていた場合には処罰の対象となるということである。関係する専門職監督委員会によ

って処罰されることもある。

(3)公衆衛生法

 公衆衛生法(Public Health Act, A. D. 1992)は地方公共団体により実施されるが、住

民の健康、健全な暮し、及び生活の質に直接的に関係する。

 環境に関しては本法は以下のように規定している。

1)悪臭発生ゴミ、生活廃棄物、及び病院からの伝染性のゴミを含めて、ゴミと排水の管理

は、収集、輸送、及び処分まで地方公共団体の管理下にある。本法は収集及び輸送の手

数料を規定しているが、処分については規定していない。しかしながら、本法は地方公

共団体の許認可に基づいて民間セクターでもゴミと排水の処理を実施できる可能性を

残している。この場合、地方公共団体と協定を結ぶことにより、民間業者は、操業の各

段階において手数料を徴収することができる。本法では、手数料及びサービス料の上限

を定めると同時に、操業者が遵守すべき操業方法、手続き、及び条件も規定している。

地方公共団体には、ゴミや排水の移送、廃棄、投棄の禁止、ゴミや排水の処理に必要な

場所を用意する際の条件、さらにはそれらの場所や建物の所有者による収集、輸送、及

び処分方法に関する条件を地方規則として施行する権限を付与している。

2)本法では生活妨害となる要因を以下のように定めている。

2-1 水源、排水設備、水浴場、便所、排泄物もしくは灰の貯蔵設備を不適切な場所

に設置する、そういった場所を不潔あるいは過密な状態にする、悪臭あるいは

有害な煙霧を発生する物質を投棄する、病原菌媒体の培養地とする等、健康の

悪化につながる行為

2-2 なんらかの方法で過剰な数の動物を飼育すること

2-3 換気設備、排水設備、有害物質管理設備の備わっていないもしくは悪臭や有害

な煙霧の発生を防止しない建物、工場、事業所

2-4 臭い、光線、放射線、騒音、熱、有毒物質、振動、ちり、すす、または灰を発

生する行為

2-5 大臣の指定するその他の要因

 上記 2-1~2-5 のような健康を害する生活妨害は法的な処罰の対象となり、地方の監督

官は法に基づいて、これを引き起こす行為を禁止もしくは中止させる権限を付与されてい

る。地方の監督官は、生活妨害を命令書の発行によって停止させ、排除し、管理する権限

を有し、管轄下にある全ての道路、通路、水路、排水設備、堀、運河、その他の場所を生

活妨害から守る権限を有する。そのような生活妨害を行った者がこの命令に従わない場合

には地方監督官は、行為者もしくはその関係者の費用負担の原則に沿って、その生活妨害

を排除するか、再発を予防するために必要な措置を取ることができる。

Page 25: 第1章 タイにおける環境問題の現状と 環境保全施策 …第1章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要 4 1.緊密な交流続く日本とタイ

第 4 節 産業公害対策と関連法

25

 本法の規定に基づく投獄や罰金の刑は厳しくはないが、それぞれの具体的なケースにお

いて、それを生活妨害と定義するはっきりした基準がない等、環境規制が存在しない場合

でも、環境への影響を引き起こしている工場に対して本法は適用される。この場合、公共

の健康への影響と正常な感覚的通念が判断基準として使用される。例えば、タイには悪臭

に関する法律が存在しないため、本公衆衛生法の生活妨害に関する部分が、周辺に悪臭を

出して近隣居住者の平穏な生活を妨害している工場を規制するための適切な手段として適

用される。

(4)タイ国水域航行法

 タイ国水域航行法(Navigation in Thai Water Act, A. D. 1913、その後 B. E. 2535 A.D. 1992 で改定)の主たる目的は水路の交通及び使用を規制することにより、水上交通に

影響を及ぼす行為や妨害となる行為を防止することである。本法のうち 3 つの条項が水質

公害に効果的に関与している。運輸通信省(Ministry of Transport and Communication)の港湾局(Department of Harbor)の港湾管理者が本法の実施責任者であり、公共の水資

源を汚染した多くの工場に対して訴訟を起こし、勝訴している。この事実は汚染者たる工

場にとっては脅威である。現在数件の訴訟が進行中である。

 水質公害に関係する 3 つの条項は、以下のとおりである。

第 119 条

港湾管理者の許可がない限り、何人といえども、公共の交通または公共の用途に使用

されている河川、運河、沼、貯水池、湖、もしくはタイ国の海域に対して、岩、砂礫、

土、泥、砂利、石油及び化学物質を除く物質あるいは未処理の下水を投棄または廃棄

して、水深を浅くしたり、沈泥化したり、汚染してはならない。違反者は 6 カ月まで

の投獄、または 1 万バーツまでの罰金、もしくはその両方による刑罰を受ける。また

当該物質の除去に要した費用の賠償義務も負うこととなる

第 119 条追記

何人といえども、公共の交通または公共の用途に使用されている河川、運河、沼地、

貯水池、湖、もしくはタイの海域に対して、生物または環境に対して害を与える、も

しくは当該河川、運河、沼地、貯水池、湖における航行に有害となるような石油、化

学物質、その他の物質を投棄または廃棄してはならない。違反者は 3 年までの投獄、

または 6 万バーツまでの罰金、もしくはその両方の処罰を受ける。また有毒性の解消

に要した費用、または発生した損害の賠償責任も負うこととなる

第 204 条

石油または石油で汚染された水を、港湾地域、河川、運河、湖、もしくはタイ国海域

に投棄または廃棄した者は 1 年までの投獄、2,000 バーツから 2 万バーツまでの罰金、

もしくはその両方の処罰を受ける

 比較してみると、前記の各条項は異なる違反に対する規定である。第 119 条は水路等の

水深を浅くしたり、沈泥化もしくは汚染するような行為の取り締まりを目的としているた

めに、他の 2 条に比べて刑罰は軽くなっている。

 第 119 条の追記は第 119 条で除外された事項について明確にするものである。すなわち

石油、化学物質、その他の物質の公共水資源への投棄により生物または環境に対して害を

与える、もしくは航行に対して有害となる行為を対象としているために第 119 条よりも重

い刑罰を規定している。この 2 条項は、損害賠償はもとより違反により発生した妨害物の

除去、または有毒性の解消に要する費用の賠償責任を規定している。第 204 条は損害の有

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

26

無にかかわらず、石油または石油に汚染された水によって公共の水資源の汚染を発生させ

るような石油の輸送、または船舶の洗浄作業を規制している。

(5)有害物質法

 有害物質法(Hazardous Substance Act, A. D. 1992)の目的は、適切な管理規定及び

手続きを定め、有害物質の監督と管理に関係する省庁間に適切な管理システムを整備する

ことにより、全ての有害物質を管理下に置くことである。本法は工業大臣に対して、危険

予防の必要がある場合には、有害物質の保有、分配、または使用を禁止する地域を指定す

る権限を付与している。

 特に重要なことは、本法は有害物質に 4 つのカテゴリーを定義し、それぞれの管理手続

きを以下のように規定していることである。

1)カテゴリー1 の有害物質とは、特定の規定もしくは手続きに従って、製造、輸入、輸出、

または保持することが義務づけられている有害物質である。

2)カテゴリー2 の有害物質とは、特定の規定もしくは手続きに従うことはもとより、その

製造、輸入、輸出、または保持するに当たっては、所轄官庁に事前に通知することが義

務づけられている有害物質である。

3)カテゴリー3 の有害物質とは、製造、輸入、輸出、または保持するためには免許を必要

とする有害物質である。免許が発行されても、法律が改定されたり、事情が変化したり、

さらには安全の保護に関して重要な事態が発生した場合、免許を発行する権限を有する

官庁は必要に応じて免許の発行条件を変更できる。万一所轄官庁が免許の発行を拒否し

たり、更新を拒否した場合には、その免許の申請者、もしくは更新の申請者は所轄官庁

から拒否通知を受領した日から 30 日以内に担当大臣に対して上訴することができる。

それに対する担当大臣の決定は最終的なものである。

4)カテゴリー4 の有害物質とは、製造、輸入、輸出、または保持することが禁止されてい

る有害物質である。

 有害物質委員会(Hazardous Substance Board)の承認に基づき、工業大臣は政府官報

に公告を掲載し 4 つに分類した有害物質の名称、成分、カテゴリー、有効期限、及びその

管理責任省庁等を明らかにする権限を付与されている。

 カテゴリー2 またはカテゴリー3 の有害物質を商業上の目的で保持する場合、所定の規定

もしくは手続きに基づいて年間費用を支払う。

 本法はカテゴリー2 またはカテゴリー3 に該当する有害物質の模倣品、標準品質に満たな

いもの、品質が劣化しているもの、所定の登録がなされていないものの保持を禁止してい

る。そのような有害物質を所持していることが明らかになった場合には破壊され、所轄官

庁に通知がなされ、もしくは所定の規定と手続きに基づき所轄官庁の元に持ち込まねばな

らない。

 製造者は、このような有害物質の入手及び製造プロセスを決定するに当たり十分な注意

を払わなくてはならない。有害物質を使用し、移送し、輸送する上で、十分な強度のある

容器を使用せねばならない。また、そのような物質の有害な成分を表示するため、明瞭で

目的に十分適うラベル表示を行う。物質は適切な保管をし、物質の受取人または予定受取

人の適切性が確認されていることが求められる。

 輸入者は、製造者の選択、品質管理、容器及びラベルの適切性と正確度、輸送手段及び

輸送業者には十分な注意を払わなくてはならない。物質は適切な保管をし、物質の受取人

または予定受取人の適切性が確認されていることが求められる。

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第 4 節 産業公害対策と関連法

27

 輸送業者は、車両、容器及びラベルを含む輸送に使用される用具及び機器類の検査、及

び輸送手段の適切性、車両への適切な積み込み及び固定、従業員、荷役業者、または協力

業者によって遂行される仕事の信頼性につき注意を払わなくてはならない。

 有害物質の保有者は、製造者、輸入業者、及び納入業者の信頼性、及び容器及びラベル

の正確性を検証するために注意を払わなくてはならない。物質は適切な保管をし、物質の

受取人または予定受取人の適切性が確認されていることが求められる。

 雇用者、事業の主体者、契約者、または事業のオーナーは、製造者、輸入者、輸送業者、

保有者、販売業者、納入業者、あるいは彼らに代わって仕事を実行する者が犯した違反行

為に対して共同で責任を負う。

 有害物質を保管する場所となる建物に関しては、担当大臣は、建築物管理法(BuildingControl Act, A. D. 1979)に基づき、建築物管理委員会(Building Control Committee)の提言に従って、1983 年第 4 号省令の中で、有害物質法の対象となる可燃物、爆発物、毒

性放散物質、放射性物質の保管に使うための特別に強度のある建物の仕様を規定している。

このような建物に使用される建材は、設計図面で指定された仕様に沿ったもので、計算方

法も許可されたものでなければならない。建築資材が仕様を満足していないという合理的

な疑いがある場合には、免許の保持者、操業者、または建設監督者は、検査官に対して検

査のために適切な量の建築資材を無料で提出しなければならない。

(6)エネルギー保全促進法

 エネルギー保全促進法(Energy Conservation Promotion Act, A. D. 1992)は、エネ

ルギー保全を促進する、またはエネルギー節減に資する高効率な機械設備の製造を促進す

る措置を規定することを目的としている。エネルギー保全に役立つ投資を実行しているか、

エネルギー保全に関連する環境問題に対処している工場の操業者もしくはオーナーは特別

料金免除とか、大蔵省のエネルギー保全資金からの助成金等の恩典を得ることができる。

 本法は工場によるエネルギー保全を次のように規定している。

①燃料の燃焼効率の向上

②エネルギーロスの防止

③使用済み残存エネルギーの再使用

④エネルギー形態の転換

⑤エネルギー効率の向上による電力消費効率の向上。ピーク時電力需要の最大値の引き

下げ。電力負荷に見合う適切な機器類の採用その他

⑥エネルギー保全に適した管理システム及び材料の採用と最高水準の効率を持つ機械、

機器類の採用

⑦省令に盛り込まれているその他のエネルギー保全手段

 1,000 ワット/175 キロアンペア以上のメーターを使用しているか、2,000 万メガジュー

ル以上の火力発電システムからの電力を使用している工場は管理下に置かれ、電力節減計

画の作成が義務づけられる。

 管理下にある工場の所有者の義務を次のように規定している。

①法律で定められた資格を有するエネルギー担当者を 1 人工場に置くこと

②エネルギー開発促進部に対して生産、エネルギーの消費と節減に関する情報を提出す

ること

③エネルギー消費、及びエネルギー消費及び節減に影響するような機械機器の設置また

は代替の記録を整えること

④エネルギー節約目標と計画を策定し、これをエネルギー開発促進部に提出すること

⑤エネルギー節減目標と計画に対する達成状況を分析、検査すること

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

28

 上記は国家エネルギー政策委員会(National Energy Policy Board)の勧告に基づいて

科学技術環境大臣が発行する省令に記述されている基準・手続き及び期間に沿って実施し

なければならない。

(7)タイ工業団地公社法

 タイ国の開発政策は工業開発を中心とし、それを収益源としているために、環境にとっ

て有害な公害も発生する。したがって工場の操業を管理下に置くことが必要であるが、工

場が同じ地区に立地していると管理の効率は高くなる。タイ工業団地公社法(IndustrialEstate Authority of Thailand Act, A.D. 1979)は、法人としてのタイ国工業団地公社

(IEAT : Industrial Estate Authority of Thailand)が、その所有する団地に立地する全

ての工場を管理し監督すると規定している。その一方では、これらの工場は特別料金を免

除されたり、投資促進法(Investment Promotion Law)のもとで輸出入関税や税金の免

除等の恩典を享受する。

 工業団地公社の団地内に立地している工場は、企業家による操業を管理するためにタイ

国工業団地公社委員会が発行している公社の規定に準拠することを義務づけられている。

 IEAT の団地内に工場を立地するためには、公社総裁もしくはその委託を受けた代理人に

よる書面での許可が必要である。

 団地公社の正式な職員は、操業時間中に必要に応じて工場敷地に入り、工場の誰にでも

質問をし、事業に関係する書類やその他の書類を検査する権限を付与されている。工場の

操業者はよほどの不都合がない限り、そのような訪問を受け入れる義務を負わされている。

 排水処理に関しては、団地公社は管理する団地内に各工場が利用できる中央処理設備を

設けることとなっている。しかしながら、各工場はもしその方が好ましければ、独自の排

水処理設備を建設することもできる。

(8)おわりに

 上記に解説した全ての環境関連の法律は、工場が遵守を義務づけられている重要な規定

である。実際の運用に関する詳細は省令や告示等の補足的な法律において定められている

ので、注意が必要である。

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第5節

水質汚濁対策

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

30

1.タイの水質汚濁規制

 タイは伝統的に稲作を中心とする農業を基盤として発展してきた国であるだけに、農業

用水の汚染につながる水質汚濁問題には敏感である。また近年は、都市部を中心に水不足

の発生もあり、水源である河川や湖沼の汚濁にも関心が高まっている。したがって環境行

政の中でも水質規制に関する優先度は高く、各種の環境規制の中でも最も実効性ある規制

が実施されている。近年は生活排水による河川等の汚濁が深刻で、例えばチャオプラヤ川

における水質汚濁原因はその 75%が生活排水、残り 25%が産業排水と推計されているが、

生活排水対策のための下水処理場の建設等のインフラ整備が遅れている中で、行政による

水質規制の焦点は産業排水に当てられている。

 水質規制に関連する基準としては、わが国の環境基準に当たるものが河川及び湖沼の表

流水(図表 1-5-1)、海岸、飲料水について設定されている。このうち表流水の環境基

準については対象水域を利水目的にあわせて 5 ランクに区分(図表 1-5-2)、それぞれ

の区分別に色度や水温、BOD(生物化学的酸素要求量)から重金属まで 27 項目の基準値

が示されている。またチャオプラヤ、ターチン、バンパコン、メクロンなどの特定河川に

ついては河口からの距離によって利水目的別の地域区分が指定されている。

 一方、排水基準としては工場排水基準(図表 1-5-3)のほか、建築物や住宅団地を対

象とした排水基準が設けられている。また地下水保全を目的に深井戸への排出水の基準も

決められている。

 このうち日系企業の環境対策に密接に関連する工場排水基準に関しては以下に詳細を紹

介するが、1970 年代後半から順次規制の強化が実施され、1992 年の国家環境保全推進法

に基づく現行排水基準では、12 種類の重金属を含む 27 項目に関する全国一律基準値が示

されている。また水質汚濁対策が難しい特定業種等については、現実的で実施可能な水質

汚濁対策を重視する観点から、BOD、COD(化学的酸素要求量)、全ケルダール窒素(TKN:

Total Kjeldahl Nitrogen)の 3 項目に関しては基準値の緩和措置が設けられている。

 日系企業のほとんどが立地する工業団地では、団地ごとの中央排水処理場の整備が前提

となっており、工場から排水が公共水域に直接放流されることはないことから、団地内の

個別工場に対してはタイ工業団地公社法(Industrial Estate Authority of Thailand,A.D.1979)に基づいて全国一律排水基準より緩い基準が示されている。

 なお工場排水の放流先によっては、河川や港湾、農業用水などを所管する官庁による独

自の排水規制がある場合があり、その場合は複数の排水規制に対応する必要がある。

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第 5 節 水質汚濁対策

31

図表 1-5-1 表流水(河川、湖沼)の環境基準

(mg/liter)

級ごとの基準値項目 統計値

1 2 3 4 5

Color,odor and Taste/色度、臭気、味 - n n n n -

Temperature/ 温度(℃) - n n′ n′ n′ -

pH - n 5-9 5-9 5-9 -

DO:Dissolved Oxgen/溶存酸素 20%値 n 6 4 2 -

BOD/生物化学的酸素要求量(5 日 20℃) 80%値 n 1.5 2.0 4.0 -

Coli. Bacteria/大腸菌(MPN/100ml)

-Total Coliform/全大腸菌

-Fecal Coliform/糞便性大腸菌

80%値

80%値

n

n

5,000

1,000

20,000

4,000

-

-

-

-

NO3-N/硝酸性窒素 最大許容 n 5.0 5.0 5.0 -

NH3-N/アンモニア性窒素 〃 n 0.5 0.5 0.5 -

Phenol/フェノール 〃 n 0.005 0.005 0.005 -

Cu/銅 〃 n 0.1 0.1 0.1 -

Ni/ニッケル 〃 n 0.1 0.1 0.1 -

Mn/マンガン 〃 n 1.0 1.0 1.0 -

Zn/亜鉛 〃 n 1.0 1.0 1.0 -

Cd/カドミウム 〃 n 0.005*

0.05**

0.005*

0.05**

0.005*

0.05**

-

Cr6+/6 価クロム 〃 n 0.05 0.05 0.05 -

Pb/鉛 〃 n 0.05 0.05 0.05 -

T-Hg/全水銀 〃 n 0.002 0.002 0.002 -

As/ひ素 〃 n 0.01 0.01 0.01 -

T-CN/全シアン 〃 n 0.005 0.005 0.005 -

Radioactivity/放射能(Bq./liter)

-総量 (alpha)

-総量 (beta)

〃 n

0.1

1.0

0.1

1.0

0.1

1.0

-

-

Pescticides/殺虫剤 〃 n 0.05 0.05 0.05 -

DDT/ジクロロジェフェニルトリクロエタン(μg/liter) 〃 n 1.0 1.0 1.0 -

α-BHC/ベンゼンヘキサクロライド(μg/liter) 〃 n 0.02 0.02 0.02 -

Dieldrin/デルドリン(μg/liter) 〃 n 0.1 0.1 0.1 -

Aldrin/アルドリン(μg/liter) 〃 n 0.1 0.1 0.1 -

Heptachlor & Heptachlor epoxid/ヘプ

タクロール及びペプタクロルエキスポサイド

(μg/liter)

〃 n 0.2 0.2 0.2 -

Endrin/エルドリン(μg/liter) 〃 n none none none -1)n=自然な状態

2)n'=自然な状態、ただし温度変化は 3℃を超えないこと3)* =水の硬度が CaCO3として 100mg/liter より多くない場合

4)** =水の硬度が CaCO3 として 100mg/liter より多い場合

<資料>・国家環境委員会告示 1994年第 8号(Notification of the National Environmental Board, No. 8, A.D.1994)

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

32

図表 1-5-2 表流水の利水目的別分類

級別 条件及び受益者

1 級 特別に洗浄で新鮮な表流水源で、次に利用されているもの

(1)非消費。水処理を必要としない。ただし、通常の減菌処理だけは必要

(2)基本的な生物体が自然に繁殖していけるような生態系保存

2 級 非常に洗浄で新鮮な表流水源で、次に利用されているもの

(1)使用の前に通常の水処理工程をして消費

(2)漁業の存続や助けになる水生生物の保護

(3)漁業

(4)レクリエーション

3 級 中程度に洗浄で新鮮な表流水源で、次に利用されているもの

(1)消費用。使用の前に通常の水処理工程を要す

(2)農業

4 級 いくぶん洗浄で新鮮な表流水源で、次に利用されているもの

(1)消費用。使用の前に通常の水処理工程を要す

(2)工業

(3)その他の活動

5 級 1~4 級に区分されない水源で、次に利用されているもの

(1)水上交通<資料>・国家環境委員会告示 1994年第 8号(Notification of the National Environmental Board, No. 8, A.D.1994)

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第 5 節 水質汚濁対策

33

2.工場排水の水質管理

(1)タイ国政府が定めた工場排水基準値

 タイ政府が定めた工場排水基準値は(図表 1-5-3)、1992 年に制定された国家環境保

全推進法に基づき 1996 年に科学技術環境省(MOSTE:Ministry of Science, Technologyand Environment)告示として発令された(全く同一内容の告示が工業活動に強い権限を

持つ工業省(MOI : Ministry of Industry)からも出されており、二重基準であるが事実上

は単一基準である)。日本の国が定める排水基準値(総理府令)と比べると BOD、COD、

重金属類はタイ政府の基準値の方が厳しい数値となっている。

 個々の工場への設定に当たっては、当該工場を管轄する政府機関により工場の条件、す

なわち、規模、業種、立地場所、排水の性質などを考慮して国の基準値を超えない範囲で

数値が決められ、また新たな項目が設定される。例えば、排水がかんがい用水として使わ

れる立地場所では農業・協同組合省のかんがい局から排水中の塩濃度を厳しく規制する項

目が設定されている。しかし法制度上は可能であるが、いまのところ日本の場合のように

地方自治体による上乗せ基準値は設定されておらず、排水基準値は基本的に全国一律であ

る。

 図表 1-5-4 にタイ政府の基準値と工場へ設定されている基準値の例、及び参考として

日本の国の基準値を示す。タイ政府の基準値では BOD が 20~60 mg/liter となっている

が、管轄する政府機関が工場の条件を考慮してこの範囲内で決めることになっている。い

ずれにしても、日本の基準値 160 mg/liter より厳しい。また、COD についてはタイと日

本では測定方法が異なる。日本では過マンガン酸カリウムによる酸化反応で酸化に要する

酸素量を求めるが、タイでは重クロム酸カリウムによる酸化反応で求める。重クロム酸カ

リウムの方が酸化力が強いので同じサンプルを両方法で分析するとこちらの方が高い値と

なる。サンプルによって異なるが重クロム酸カリウムによる値の方が過マンガン酸カリウ

ムによる方法のおよそ 3 倍の値となる。したがって、タイの COD 基準値、120~400mg/liter は、日本の基準値に置きかえるとおよそ 40~130 mg/liter となり、日本の基準

値 160 mg/liter と比べてタイの基準値は厳しい。

 重金属類では銅(Cu)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、カドミウム(Cd)などほと

んどの項目が日本の基準値より低い値である。特に Cd については、タイの基準値は

0.03mg/liter で日本の基準値 0.1mg/liter の3分の1である。

 またセレン(Se)については、日本の基準値が 0.1mg/liter であるのに対しタイの基準

値は 0.02mg/liter と非常に厳しい数値が設定されている。Se は土壌中に広い濃度範囲で

存在し、低いところは 0.1mg/kg から高いところでは 1,200mg/kg の濃度で分布している。

そして、顔料やゴム添加剤など広く使われているので、取り扱っている工場の排水に含有

される可能性がある。しかし、基準値 0.02mg/liter は極めて低く、このレベルにまで処理

するためには、高度な処理が必要で処理費用もかさむ。

 工業省の担当者によると、今後の規制の方向としては、基準値そのものがさらに厳しく

なることはなく、むしろ排水の質により合理的な基準値を決めることが検討されている。

例えば、BOD については現在基本的には 20 mg/liter であるが、食品排水のように含有さ

れている汚濁物質が自然環境の中で微生物により容易に分解される場合は上限の 60mg/liter とする考えである。すでにこの考え方に基づいて前述のように、特定業種等に対

する緩和措置が 1996 年の公害規制委員会(Pollution Control Committee)の告示として

出されている。

 一方、汚染物質排出への課徴金の導入も検討されており、たとえ基準値以下の排水でも

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

34

BOD 値と排水量を掛け合わせた総排出量に基づき賦課金を徴収する考えである。この制度

はすでに一部の工業団地で排水処理費用の徴収のため採用されているが、国レベルでの実

施スケジュールは未定である。しかし、将来は汚染物質の濃度を基準値以下にするだけで

なく総排出量の削減が求められることになろう。

(2)工場へ設定されている排水基準値

 川の流域に立地している工場と、工業団地に立地している工場へ設定されている基準値

の例を同じく 1-5-4 に示す。川の例では放流された排水がかんがい用水として農業に使

われることから、塩害を防止するため排水中の塩濃度が厳しく規制されている。国の基準

で全溶解物質(TDS)が 3,000~5,000 mg/liter と規制されているが、さらにかんがい局

からの求めで電気伝導率を 2,000μS/cm 以下とするように定められている。溶解してい

る塩の種類にもよるが、2,000μS/cmを塩溶解物質に置きかえるとおよそ 1,000 mg/literとなり、国の基準値への上乗せでより厳しい基準値となっている。

 工業団地に立地している例では BOD 450 mg/liter、COD 600 mg/liter といずれもタ

イ政府の全国一律基準値より大幅にゆるい値である。これは、工業団地の場合は団地事務

所が運転管理する中央排水処理場で生物処理により最終処理をしてから公共水域へ放流す

ることが前提となっているからである。生物処理で処理されない重金属類は国の基準値に

等しいかあるいは若干それよりゆるい値が設定されている。中央排水処理場には一般生活

排水なども入ってくるので、重金属含有排水が他の排水で希釈されることを前提としてい

るのであろう。そして、それぞれの重金属濃度を所定の計算式に代入して求められる総重

金属濃度が規制項目として採用されている。また、排水基準項目として採用されている理

由が不明なアルミニウム(Al)とチタン(Ti)にも基準値が設定されている。

 硫酸イオン(SO42-)の基準値 500 mg/liter が設定されているが、これは塩濃度を制限

するためである。工場排水の中には含有する硫酸(H2SO4)のため強い酸性を示すものが

あり、これにカセイソーダ(NaOH)を加えて中和しても SO42-はそのまま残る。硫酸性の

強い酸では SO42-を数十 g 含有する場合もあり、これを中和した場合基準値をはるかに超え

てしまう。基準値以下にしようとすれば希釈水で希釈することになるが、そうすると排水

量が何倍にもなる。仮に汚染物質排出への課徴金制度が実施された場合、希釈して排水量

を増やすことは大変不利となるので、この塩濃度規制は対応が難しいことになる。

(3)水質分析

 水質の分析方法はアメリカの環境保護庁(EPA)が定めている方法を採用している。化

学的酸素要求量(COD)は重クロム酸カリウム法による CODCrを測定する。測定方法はオ

ープンリフラックス法と密閉加熱法の通りあるがいずれの方法でもよいとされている。前

述したように日本で採用されている過マンガン酸カリウム法による CODMn より CODCr の

方が高い値を示すので、日本で基準値をクリアする排水処理方法をタイへ持ってきても同

じようにクリアするとは限らない。より高度な処理設備が必要となることもある。

 各工場は管轄する政府機関へ決められた頻度で定期的に水質分析結果を報告しなければ

ならないが、その分析は政府認定の分析機関で行われなければならない。現在、20 数ヵ所

の機関が認定されている。新しく認定を受けようとする場合は工業省へ申請し、送られて

くる未知試料を分析して結果を送り返し、その評価を得て認定される。

(4)違反者への制裁

 排水基準を違反した場合、工業省、かんがい局などの所管官庁から警告を受ける。繰り

返しの警告に従わない時には操業停止処分を受ける。実際に、ある紙・パルプ工場が操業

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第 5 節 水質汚濁対策

35

停止になった例がある。また、工業団地で団地事務所から設定されている基準値に違反し

た場合には、給水を停止されて操業できなくなった例がある。なお、これら 2 件の例はい

ずれも日系企業ではない。

図表 1-5-3 工場排水基準

項目 基準値

pH 5.5 - 9.0

TDS:Total Dissolved Solids/ 全

溶解固形物

最高基準値 3,000 mg/liter、または公害規制委員会の判断による

が、次の場合は 5,000 mg/liter を超えてはならない

1)流入水が塩分を含みかつ TDS 値が 2,000mg/liter 以上の場合

2)海に放流する場合

SS: Suspended Solids/浮遊物質 最高基準値 50mg/liter 、または公害規制委員会の判断によるが、

150mg/liter を超えてはならない

Temperature/温度(℃) 40℃以下

Color & odor/色度�臭気 不感知

Sulfide/硫化物(H2S 態) 1.0mg/liter 以下

Cyanide/シアン化物(HCN 態) 0.2mg/liter 以下

Heavy metals/重金属類

 Zn/亜鉛

 Cr6+/6 価クロム

 Cr3+/3 価クロム

 As/ひ素

 Cu/銅

 Hg/水銀

 Cd/カドミウム

 Ba/バリウム

 Se/セレン

 Pb/鉛

 Ni/ニッケル

 Mn/マンガン

5.0mg/liter 以下

0.25mg/liter 以下

0.75mg/liter 以下

0.25mg/liter 以下

2.0mg/liter 以下

0.005mg/liter 以下

0.03mg/liter 以下

1.0mg/liter 以下

0.02mg/liter 以下

0.2mg/liter 以下

1.0mg/liter 以下

5.0mg/liter 以下

Fat, Oil and Grease/油脂分 最高基準値 5 mg/liter、または公害規制委員会の判断によるが、

15mg/liter を超えてはならない

Formaldehyde/ホルムアルデヒ

1.0mg/liter 以下

Phenol/フェノール 1.0mg/liter 以下

Free Cl/遊離塩素 1.0 以下

Pesticides/殺虫剤 不検出

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

36

BOD/生物化学的酸素要求量 最高基準値 20mg/liter、または公害規制委員会の判断によるが、

次の業種の場合は 60 mg/liter を超えてはならない

1)毛皮工場

2)澱粉工場

3)澱粉による食料品工場

4)動物用食品工場

5)織物工場

6)製革工場

7)パルプ・紙工場

8)化学工場

9)製薬工場

10)冷凍食品工場

TKN/全ケルダ-ル窒素 最高基準値 100 mg/liter、または公害規制委員会の判断によるが、

次の業種は 200mg/liter を超えてはならない(告示の公示 2 年後

から有効)

1)食品工場

2)動物用食品工場

COD/化学的酸素要求量 最高基準値 120mg/liter、または公害規制委員会の判断によるが、

次の業種は 400mg/liter を超えてはならない

1)食品工場

2)動物用食品工場

3)織物工場

4)製革工場

5)パルプ・紙工場<資料>・科学技術環境省告示 1996 年第 3 号(Notification of the Ministry of Science, Technology and

Environment, No.3,1996)・科学技術環境省告示 1996 年第 4 号(Notification of thhe Ministry of Science, Technology and

Environment, No.4, 1996)・公害規制委員会告示 1996 年第 3 号(Notification of the Pollution Control Committee, No.3,1996)

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第 5 節 水質汚濁対策

37

図表 1-5-4 工場排水の水質基準値例

(特に単位を示していないものは mg/liter)

項目 工場へ設定されている基準値例 国が定めている基準値

製品(立地場所)

項目

コンピュータ部

品(工業団地)

合成繊維

(川の流域)

タイ 1) 日本 2)

Temperature/ 温度(℃) 45℃ 40℃ 40℃ -

pH 6~8 6~8 5.5 - 9.0 5.8 - 8.6

BOD/ 生物化学的酸素要求量 450 20 20 - 60 160

CODCr/ 化学的酸素要求量(クロム法) 600 60 120 - 400 160 (CODMn)

SS/ 浮遊物質 500 30 50 - 150 200

Settleable Solid/ 沈殿性物質 1000 - - -

TDS/ 全溶解固形物 3000 - 5000 3000 - 5000 3000 - 5000 -

Electric Conductivity/

電気伝導率(μS/cm)

- 2000 - -

Fat, oil & grease/ 油脂分 100 5 5 - 15 55)、306)

Tar & oil / タール油分 50 - - -

Cu/ 銅 1.0 2.0 2.0 3.0

Zn/ 亜鉛 5.0 - 5.0 5

Fe/ 鉄 5.0 - - 10

Mn/ マンガン 5.0 5.0 5.0 10

T-Cr/ 全クロム 1.0 - - 2

Cr6+/ 6 価クロム 0.25 0.25 0.25 0.5

Cr3+/ 3 価クロム 0.75 0.75 0.75 2.0(T-Cr)

Cd/ カドミウム 1.0 0.03 0.03 0.1

Ni/ ニッケル 1.0 1.0 1.0 -

Pb/ 鉛 1.0 0.2 0.2 0.1

T-Hg/ 全水銀 0.01 0.005 0.005 0.005

Alkyl-Hg/ アルカリ水銀 - - - 不検出

重金属類 3) 16 - - -

金属類 4) 30 - - -

Ba/ バリウム 1.0 1.0 1.0 -

Ag/ 銀 1.0 - - -

Al/ アルミニウム 5.0 - - -

Ti/ チタン 1.0 - - -

F/ フッ素 - - - 15

T-CN/ 全シアン 0.2 0.2 0.2 1.0

Org. P/ 有機リン - - - 1.0

As/ ひ素 1.0 0.25 0.25 0.1

Color & odor/ 色度・臭気 不感知 不感知 不感知 -

H2S/ 硫化水素 1.0 1.0 1.0 -

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

38

SO42-/ 硫酸イオン 500 - - -

SO32-/ 硝酸イオン 10 - - -

Free Cl/ 遊離塩素 100 1.0 1.0 -

Se/ セレン 0.02 0.02 0.02 0.1

T-coli. Bacteria./ 全大腸菌

(number/100 ml)

- - - 3000

T-N/ 全窒素 100 100 100 - 200 120

P/ リン - - - 16

PCB/ ポリ塩化ビフェニル - - - 0.003

Detergent/ 界面活性剤 100 - - -

Trichloroethylene/ トリクロロエチレン - - - 0.3

Tetrachloroethylene/ テトラクロロエチレン - - - 0.1

Formaldehyde/ ホルムアルデヒド 1.0 1.0 1.0 -

Phenol/ フェノール 10 1.0 1.0 5.0

Glucose/ グルコース 500 - - -

Ethylene Glycol/ エチレングリコール - - - -

Pesticides/ 殺虫剤 不検出 不検出 不検出 -1)1992 年国家環境保全推進法に基づく科学技術環境省告示 1996 年第 3 号(The notification of the Ministry of

Science, Technology and Environment, No.3, A.D. 1996 issued under the Enhancement and Conservation

of the National Environment Quality Act, A.D. 1992)

2)排水基準を定める総理府令(平 5 総令 54、別表 1)と(平 5 総令 40 別表 2)から関係する項目だけを抜粋

3)亜鉛(Zn)とカドミウム(Cd)を合わせた値、及び銅(Cu)の 2 倍の値、さらにニッケル(Ni)の 8 倍の値をす

べて合計した数値

4)鉄及びアルカリ土類金属を除く金属の合計

5)ノルマルヘキサン抽出物、鉱物油

6)四塩化炭素抽出物、動植物油

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39

第6節

大気汚染対策

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

40

1.タイの大気汚染規制

 他の開発途上国と同様、タイでも急激な経済発展に伴って大気汚染問題が顕在化してい

る。しかしタイの大気汚染対策については、都市部を中心に深刻化し解決が緊急の課題と

なっている自動車排気ガスによる大気汚染に重点が置かれており、産業活動が原因となる

大気汚染対策については火力発電所など特定の施設を除いては、本格的な規制実施はこれ

からという段階にある。

 大気汚染に関しては、まず従来の環境基準を一部強化したかたちで 1995 年に新しい一般

大気中の環境基準が示され、一酸化炭素(CO)、二酸化窒素(NO2)、二酸化硫黄(SO2)、

粉じん(Total Suspended Particulate)、10 ミクロン以下の粒子状物質(PM-10)、オ

ゾン(O3)、鉛の 7 つの大気汚染物質について基準値が示されている(図表 1-6-1)。

 一方、産業からの大気汚染、いわゆる固定発生源対策については従来から黒煙対策中心

に進められている。大気汚染に関する産業排出基準としては、工業省(MOI : Ministry ofIndustry)告示で現在 15 種類の大気汚染物質について規制対象となる発生源と物質別の排

出基準値が示されるとともに、一定地域にある石油を燃料とする燃焼工程を持つ施設を対

象とする SO2 基準、新設の火力発電所及び燃料混焼火力発電所に対する SO2、NO2、粉じ

んの基準がそれぞれ定められている。さらに科学技術環境省(MOSTE: Ministry ofScience, Technology and Environment)の大気汚染対策部門の担当者によると今後、現

在大気汚染が問題になりつつある砕石場や製鉄、セメント製造などの個別業種を対象とし

た大気排出基準が順次設定される計画だという。また将来的には総量規制的な排出規制導

入も計画されている。

 なお、自動車大気汚染については、科学技術環境省、内務省警察局、運輸通信省(Ministryof Transport and Communications)陸運局(Department of Land Transport)がほぼ

同一内容であるがそれぞれ告示で、ディーゼル黒煙、CO、炭化水素(HC)について個別

の自動車やオートバイからの排出規制値を示しているほか、新車については工場出荷時に

クリアしなければならない排出基準が設定されている。また同様に新車に対しては 1993年 1 月から、触媒による排ガス浄化装置の設置が義務づけられている。

2.工場にかかる排出基準

(1)固定発生源に対する排出基準

 工業省の大気排出基準(図表 1-6-2)は、1993 年に粉じん、ひ素(As)、塩化水素

(HCl)、硫化水素(H2S)、SO2など 14 種類の大気汚染物質について定められ、その後

1995 年にクレゾールが追加されて排出基準の対象物質は 15 種類となっている。このうち

アンチモン(Sb)、ひ素、鉛(Pb)、塩素(Cl)、HCl、水銀(Hg)、CO、硫酸(H2SO4)、

H2S、キシレン、クレゾールの 11 種類に関しては全ての発生源が対象とされ、それぞれに

基準値が定められているが、残りの 4 種類の物質については、例えば粉じんの場合はボイ

ラー及び炉、製鋼、アルミニウム製造などと発生源が特定されている。さらに 1997 年には、

バンコク都(BMA: Bangkok Metropolitan Administration)とサムットプラカーン県に

ある石油を燃料とする燃焼プロセスから発生するSO2に対する排出基準が追加されている。

 しかしこのような工場からの大気汚染を対象とした排出基準が設定され、工場に対して

は定期的な測定及び報告が義務づけられてはいるものの、現実問題としては煙道排ガスを

測定できる分析機関が少なく、しかも測定値の正確さを検証する仕組みがまだタイ国内に

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第 6 節 大気汚染対策

41

ないことなどから、法規制通りの大気汚染対策が実施されるまでには時間がかかることが

予想される。

 今回の調査ではタイ国内にある十数社の日系企業を訪問したが、各社とも大気汚染対策

には取り組んでいるものの、その多くが測定機関の不足やそれらの分析能力への不安を抱

いているのが実態である。

(2)大気汚染規制に類似の環境規制

 日系企業の企業活動に関連する大気汚染類似の環境問題としては、悪臭と騒音があげら

れる。しかしこの 2 つの問題については、騒音に一般環境中の環境基準と作業環境基準が

定められているだけで、直接産業活動を対象とした規制は設けられていない。

 ところが事業活動を進める日系企業の中には、周辺の住民や寺院、学校などから特に悪

臭に関する苦情を持ち込まれている例が多く、その解決のために多大な設備投資等に取り

組んでいる。

 この対応の根拠になっているのは、公衆衛生法の中に規定されている生活妨害規定であ

る。この規定では臭いのほか、騒音、振動、光、ちり、すすなどによって周囲に影響を与

える行為を生活妨害と定義し、法的な罰則の対象としている。生活妨害の具体的な基準や

定義は明確ではないものの、悪臭や騒音など環境法規制がない問題には、この法律が近隣

住民の平穏な生活を妨害している工場を規制するための手段として使われる場合が多い。

図表 1-6-1 大気環境基準

1 時間平均値 8 時間平均値 24時間平均値 1 ヵ月平均値 年平均値 2)項目 1)

/m3

ppm ㎎

/m3

ppm ㎎

/m3

ppm ㎎

/m3

ppm ㎎

/m3

ppm

測定法

一酸化炭素

/ CO

34.2 30 10.26 9 非分散式

赤外線式

二酸化窒素

/ NO2

0.32 0.17 気相化学

発光法

二酸化硫黄

/ SO23)

0.78 0.30 0.30 0.12 0.10 0.04 蛍光紫外

線分析

粉 じ ん /

TSP

0.33 0.10 重量法大

容量サン

プラー

10 μ 以 下

の粒子状物

0.12 0.05 重量法大

容量サン

プラー

オ ゾ ン /

O3

0.20 0.10 気相化学

発光法

鉛/ Pb 1.5 原子吸光

光度法1)すべて 1 気圧 25℃2)幾何平均値

3)1 時間二酸化硫黄基準。ただし、メモ地区では 1.3 mg/m3、その他の地区では 0.78mg/m3

<資料>・Pollution Control Department , Ministry of Science, Technology and Environment, Laws andStandards on Pollution Control in Thailand 4th Edition, 1997 年 10 月

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

42

図表 1-6-2 大気排出基準

項目 排出源 基準値

粉じん ボイラー及び炉

-重油を燃料とする

-石炭を燃料とする

-その他の燃料

鋼鉄/アルミニウム 製造

その他

300mg/Nm3

400mg/Nm3

400mg/Nm3

300mg/Nm3

400mg/Nm3

アンチモン/ Sb すべての排出源 20mg/Nm3

ひ素/ As すべての排出源 20mg/Nm3

銅/ Cu 炉または精練所 30mg/Nm3

鉛/ Pb すべての排出源 30mg/Nm3

塩素/ Cl すべての排出源 30mg/Nm3

塩化水素/ HCl すべての排出源 200mg/Nm3

水銀/ Hg すべての排出源 3mg/Nm3

一酸化炭素/ CO すべての排出源 1,000mg/Nm3または 870ppm

硫酸/ H2SO4 すべての排出源 100mg/Nm3または 25ppm

硫化水素/ H2S すべての排出源 140mg/Nm3または 100ppm

二酸化硫黄/ SO2 硫酸生産物

石油を燃料とする燃焼過程 2)

1300mg/Nm3または 500ppm

1,250ppm

窒素酸化物/NOX ボイラー

-石炭を燃料とする

-その他の燃料

940mg/Nm3または 500ppm

470mg/Nm3または 250ppm

キシレン すべての排出源 870mg/Nm3または 200ppm

クレゾール すべての排出源 22mg/Nm3または 5ppm1)すべて 25℃、1 気圧、20%の状態

2)バンコク都及びサムットプラカーン県に位置する工場にのみ適用

<資料>・工業省告示 1993 年第 2 号(Notification of the Ministry of Industry No.2, 1993)・工業省告示 1995 年第 9 号(Notification of the Ministry of Industry No.9, 1995)・工業省告示 1997 年第 3 号(Notification of the Ministry of Industry No.3, 1997)

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第7節

有害廃棄物対策

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

44

1.早急な解決の難しい有害廃棄物問題

 産業活動の拡大に伴って増大する廃棄物、特にそのうちの有害廃棄物問題は今後タイで

最も大きな環境課題になっていくと思われる。このため環境行政の取り組みも積極的で、

有害廃棄物対策のための法規制制度が着々と整備されてはいる。しかし一方で適正処理に

不可欠な有害廃棄物処理設備の不足は深刻で、新たな処理施設の整備も建設予定地周辺の

住民による反対運動などで遅々として進んでいない。日系企業はいずれも法規制通りの有

害廃棄物処理を実施しているが、現実面では有害廃棄物処理施設の不足や処理にかかる高

額な費用が深刻な悩みとなっている。

 国内から 1996 年に発生した有害廃棄物は 160 万 t、このうち工業要因は 120 万 t と推

計されているが、有害廃棄物問題を所管する工業省(MOI : Ministry of Industry)の担当

官によると、そのうち適正処理されているのは約 20 万 t に過ぎないという。それ以外は工

場内に保管されているか不法投棄されていると考えられており、不法投棄による環境汚染

の発生が懸念されている。

 なお、工業原料として輸入されたり国内で製造された有害物質は年間 1,200 万 t(1996年)と推定されており、これらの製造・管理・輸送などに関連する災害もすでに数多く起

きている。有害物質については、1992 年有害物質法(Hazardous Substance Act,A.D.1992)で 1,000 種類近い物質が有害物に指定され、その製造、保管、輸送に対する規

制が行われることとなっているが、技術不足や監視体制の未整備などで実効性ある規制は

実施されておらず、有害物質問題も有害廃棄物問題と並んで今後大きな環境課題となるで

あろう。

2.有害廃棄物に対する法規制と不足する処理施設

 有害廃棄物に関しては工場法(Factory Act, A.D. 1992)で、安全で密閉された容器に

保管すること、他の種類の廃棄物とは厳格に区分することなどが定められているが、具体

的な有害廃棄物の処理方法や処理基準は、工場法に基づいて工業省が必要事項を規定する

ことになっている。従来は旧法の 1969 年工場法に基づいて 1988 年に出された工業省告示

第 25 号と同省工業局告示第 1 号で、有害廃棄物の定義や貯蔵・無害化・排出・輸送法など

が詳細に規定されていたが、1992 年工場法の制定に伴って 1997 年に有害廃棄物規制の詳

細を規定した新しい工業省告示第 6 号が示され、現在の有害廃棄物規制はこの 1997 年工

業省告示第 6 号に基づくこととなった(告示の詳細は巻末参考資料 2 を参照)。

 新告示の内容は有害廃棄物の分類等に大きな変化はないが、対象物質を大幅に拡大した

ことなどが特徴となっている。

(1)新告示に規定された具体的規制の内容

 「廃棄物もしくは不用物の処理について」と題された告示では、まず工場経営者に対し

て告示に示された形状・性質の廃棄物または不用物を所有する場合は、規定された手法に

基づいて無毒化・処分・廃棄もしくは埋立する以外は工場敷地外へ廃棄物の持ち出しはで

きないとし、詳細な対象物質のリストと処理方法などが決められている。また告示には有

害廃棄物の保管、処理、輸送の際などに必要となる届出書類の標準様式も定められている。

 したがって工場の所有者は、有害廃棄物についてはこの告示に規定された方法で自前で

処理するか、工業省が唯一公認している有害廃棄物処理業者であるジェンコ社(GENCO:

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第 7 節 有害廃棄物対策

45

General Environmental Conservation Public Company Limited)に規定通りの処理を

依頼することとなる。

 告示は本文と有害廃棄物処理の詳細を示した 2 つの付録、届出書類の標準様式で構成さ

れているが、有害廃棄物の形状とリストを規定した付録 1 では有害廃棄物を 4 つの分類に

分けて示している。まず第 1 分類では有害廃棄物を①引火性物質、②腐食性物質、③有毒

物質、④浸出性物質の 4 種類のカテゴリーに分け、それぞれの形状と性質を規定している。

同様に第 2 分類では不特定発生源等からの有害廃棄物、第 3 分類では急性有害化学薬品や

有毒化学薬品、第 4 分類では使用済みの潤滑油などの化学廃棄物として、それぞれ形状や

性質、具体的な物質名などを詳細に規定、有害廃棄物に指定されるものは合計で 1,000 種

類近くとなっている。

 一方、有害廃棄物の無毒化、処分、廃棄または埋立についての規定と手法を示した付録 2では処分方法を物理的、物理化学的、化学的、生物学的の 4 つに分けて具体的な処理方法

の名称をあげる一方、有害廃棄物を安定化、固体化処理した後の検査方法を規定している。

 いずれにしてもこの告示の内容は詳細多岐にわたるものであり、有害廃棄物処理の理想

を示したものとなっている。物質名や分析方法等かなり高度な化学知識を必要とする難し

い内容を数多く含んでおり、日系企業であっても自前で告示の規定通りの有害廃棄物処理

に取り組むことは困難であろう。

(2)進まない有害廃棄物処理設備の整備

 現在タイ国内には、適切な処理ができる有害廃棄物処理施設は 2 カ所しかない。いずれ

も工業省が設置し、工業省が出資した第 3 セクター・ジェンコ社が運転管理を行っている。

 そのうちの一つは、バンコク都(BMA: Bangkok Metropolitan Administration)内の

南西部にあるバンクンチエン有害廃棄物処理場である。1988 年にサービスを開始し、繊維

工場やメッキ工場などからの有害物質含有排水を日量 1,000m3と各種の固形有害廃棄物を

1 日当たり 50t 処理する能力を持っている。排水処理のためのバッチ処理による化学処理設

備、沈殿池が付随した連続化学凝集沈殿及び沈降設備、有害固形廃棄物処理のための化学

凝固処理とセメント混合施設を持っている。廃棄物処理の技術は米国のウエイストマネジ

メント社によるもので、今回の調査過程でこの処理場を訪れたが、きちんとした処理が実

施されていた。またラチャブリ県にはこのバンクンチエン処理場から発生した残滓の埋立

場がある。

 もう一つの処理場は、ラヨン県のマブタプット工業団地にあり、1997 年に稼働した。安

定化処理装置、燃料化装置と埋立場を持ち、年間約 7 万 t の有害廃棄物の処理ができる。

 ところで、この 2 つの処理場では年間約 20 万 t の有害廃棄物が処理できるが、タイ国内

から年間発生する有害廃棄物は約 160 万 t にのぼり、とても足りない。そこで工業省では

1996 年に全国 7 カ所に有害廃棄物処理場を建設する計画を立てたものの、いずれも予定地

周辺住民の激しい反対運動にあって建設が難航、いくつかの計画はすでに中止されている。

現在建設のめどが立っているのは焼却炉も設置される予定のサムットプラカーン県のもの

だけとなっている。

 処理施設が増えない限りタイの有害廃棄物問題は解決されないため、問題解決までには

まだまだ時間がかかることが予想される。

 日系企業の場合はほとんどがジェンコ社に有害廃棄物の処理を委託しているが、収集運

搬もジェンコ社が担当しており、2 つの廃棄物処理場から遠いところに立地する工場の場合

は高い処理費用にあわせて、かなりの運送費を負担している。

 なお、有害廃棄物のうち使用済みの潤滑油と使用済みの有機溶媒に限っては、ジェンコ

社が運営する 2 つの有害廃棄物処理場以外に、工業省が認めている民間処理業者がある。

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第8節

環境影響評価制度

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

48

1.タイにおける環境影響評価制度

 タイにおける環境影響評価制度は 1981 年に始まった。タイ電力公社(EGAT: ElectricityGenerating Authority of Thailand)が世界銀行の融資を受けて発電所を建設する際に、

世界銀行から環境影響評価の実施を要求されたことがきっかけとなっている。1975 年国家

環境保全法が 1979 年に一部改正された時に、環境影響評価制度が盛り込まれ、当時の科学

技術エネルギー省が告示で環境影響評価の対象事業と規模を定めた。

 その後 1992 年の国家環境保全推進法の制定に伴って、科学技術環境省(MOSTE:

Ministry of Science ,Technology and Environment)に国家環境委員会(NEB: NationalEnvironmental Board)の承認を得て、環境影響評価が必要な事業の種類と規模を決定す

る権限が与えられた。また環境影響評価の手続きは科学技術環境省の環境政策・環境計画

事務室(OEPP)が担当することとなった。1992 年国家環境保全推進法によって、対象事

業の種類が追加されたり、審査期間の短縮が図られている。

 日系企業が計画する工場建設などが対象事業となる場合は、工場開設の認証申請時また

は工場拡張時に環境影響評価報告書の提出が必要となる。

2.環境影響評価制度の対象事業

 環境影響評価の対象事業は、ダム・貯水池や民用空港建設などの公共事業から石油化学

工場の建設などの民間プロジェクトまで、現在 29 種類が科学技術環境省の告示で示され、

それぞれの対象規模が示されている(図表 1-8-1)。

 このうち民間企業の工場建設に関わるものとしては、石油化学、石油精製、製鉄、製糖

業など 11 種類の工場建設プロジェクトがあげられているほか、関連するものとしては工業

団地の造成といった事業もある。

 なお近い将来、酒類の醸造工場の建設事業が環境影響評価の対象プロジェクトに追加さ

れる見込みだという。

3.環境影響評価の実施手続き

(1)環境影響評価報告書の審査の流れ

 環境影響評価の対象となる民間の開発事業の場合は、事業の提案者が環境影響評価報告

書を 2 部作成し、環境政策・環境計画事務局(OEPP: Office of Environmental Policy andPlanning)と事業の所管官庁に提出する。日系企業の活動に関わりの深い工場建設プロジ

ェクトの場合には、環境影響評価報告書を OEPP と工業省(MOI : Ministry of Industry)工業局へ提出することとなる。

 報告書を受け取った OEPP は、15 日以内に書類内容をチェックし、さらに 15 日以内に

環境影響評価に対する予備審査に基づくコメントを添えて専門委員会に提出する。報告書

の付託を受けた専門委員会は 45 日以内に審査と承認の可否判定を行うが、仮に環境影響評

価が不完全な場合は、専門委員会が事業の提案者に再度報告書の提出を求め、30 日以内に

2 度目の審査を実施することとなる(図表 1-8-2)。

 事業の所管官庁は、専門委員会の環境影響評価の承認を待って当該事業の許認可に関す

る意思決定を行うこととなる。専門委員会は広範囲の専門家メンバーで構成され、報告書

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第 8 節 環境影響評価制度

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の承認の可否、報告書の再作成や追加情報提出の指示などを行うが、現在専門委員会は工

業、水資源、鉱業、公共事業、住宅開発の 5 分野に分けて設けられている。

 なお、政府の事業で内閣の承認を必要とする事業の場合は民間の事業と若干手続きが異

なり、事業の提案者は環境影響評価報告書を国家環境委員会に提出する。その後国家環境

委員会が OEPP や専門委員会の意見を聞きながら審査に当たり、審査結果を内閣に報告、

内閣は審査結果や意見に基づいて事業の審査を実施した上で、事業承認の意思決定を行う

こととなる。

(2)環境影響評価報告書に盛り込むべき内容

 環境影響評価報告書は、①プロジェクトの内容など事業計画の概要、②事業予定地域の

現状の各種環境データ、③事業実施による環境影響の評価、④環境影響を防止または最小

化するための緩和措置の内容及び必要な費用、⑤大気・水質の環境モニタリング計画-な

どの項目で構成されることとなっている。

 具体的には、現行の環境状況が人の生活に与えている価値、事業の実施による直接・間

接、短期・長期的な環境影響の予測調査結果、環境資源への影響を防ぐ対策、回復不可能

な環境影響を与えた場合の対応措置、事業の代替案などを盛り込まなければならない。

 なお 1984 年から、環境影響評価報告書は OEPP に登録されたコンサルタント機関に作

成を委託することが義務づけられており、1999 年 1 月現在、民間の環境コンサルタント会

社や大学など 54 機関が登録されている。

図表 1-8-1 環境影響評価制度の対象事業

プロジェクト�事業の種類 規模

ダム�貯水池 貯蔵量 100,000,000 m3 以上、あるいは表面積 15 km2

以上

かんがい かんがい面積 12,800ha 以上(80,000 ライ)

高速道路法に定義される以下の地域を通過す

る、高速道路または一般道路:

1)野生動物保護管理法で定義されている野生

動物生育地と禁獣区

2)国立公園法で定義されている国立公園

3)内閣決議によって 2 級として分類された水

4)国立森林指定区に指定されているマングロ

ーブ森林(河口に生じる森林性の樹木)

5)満潮時に海岸が 50m 以内になる地域

既存の道路の増補を含む地方の高速道路に適用される最

低基準と同等、またはそれ以上のすべてのプロジェクト

民用港 正味 500t 以上の船舶を許容するもの

民用空港 規模を問わず

「大量輸送システムと高速鉄道に関する法律」

にもとづく大量輸送システム及び及び類以施

設、並びにレールを用いる大量輸送

規模を問わず

海岸の埋立地 規模を問わず

内閣が 1 級(2)の水地域内であることを認証

した地域の中に立地するすべてのプロジェク

規模を問わず

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第 1 章 タイにおける環境問題の現状と環境保全施策の概要

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石油化学工場 生産能力 100t/日以上(石油や天然ガスの分離物から製造

された原料)

石油精製 規模を問わず

天然ガスの分配または製造 規模を問わず

炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、塩化水

素、塩素、次亜塩酸ナトリウム、漂白剤の製

造原料として塩化ナトリウムを用いるソーダ

工業

生産能力 100 トン/t 以上

鉄鋼 生産能力 100t/日以上(この生産能力は加熱炉を 1 日 24

時間稼働した場合の生産能力)

セメント工場 規模を問わず

その他の鉄と鉄鋼工場 生産能力 50t/日以上

パルプ工場 生産能力 50t/日以上

殺虫剤工場 規模を問わず

化学肥料工場 規模を問わず

工場法による廃棄物処理場 規模を問わず

砂糖工場

1)砂糖原料、白糖、精製された砂糖の生産

2)ブドウ糖、デキストロース、フルクトース

またはその種の生産

規模を問わず

生産能力 20t/日以上

タイ国工業団地法で規定の工業団地、及び類

以の事業

規模を問わず

発電所 発電容量 10 MW 以上

石油開発

1)地球物理学的削岩、探査と生産

2)石油とガスのパイプライン設備

規模を問わず

規模を問わず

鉱業資源法による採鉱 規模を問わず

ホテル、リゾート施設 80 部屋以上

建設規制法による住居用建物 80 部屋以上

川、海岸地帯、湖、海岸線、国立公園付近ま

たは歴史的な公園の環境近隣の建物

高さ 23 m 以上、または全階を合せたまたは個々の階の床

面積が 10,000m2以上のもの

住居または商業の土地分配 500 ランドスポット以上、開発された地域が 100 ライル

(16ha)を超えるもの

病院

1)川、海岸地帯、湖、海岸線に隣接した地域

2)1)以外の地域

1)患者用ベッド 30 以上

2)患者用ベッド 60 以上<資料>・Technical Section of Environmental Impact Evaluation Division, Office of Environmental Policy and

Planning, MOSTE, Environmental Impact Assessment in Thailand, 1996 年 1 月

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第 8 節 環境影響評価制度

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図表 1-8-2 環境影響評価手続きの流れ(民間事業の場合)

事業者/Project Proponent

環境影響評価書を OEPP と監督官庁に提出

Submit EIA to OEPP and permitting agency

訂正・不備がある場合Not correct or Incomplete

訂正なし・完全な場合/Correct or Complete

(15 日間/ 15 days)

OEPP による提出書類のチェック

OEPP examines EIA and related documents

15 日間/ 15 days

OEPP による環境影響評価所の初期検討とコメント

OEPP reviews EIA and makes preliminary comment

専門委員会による環境影響評価所の検討(45 日以内)

Expert Review Committee review EIA within 45 days

監督官庁による事業許可の保留

Permitting agency withholds thegranting of license

OEPP が要求した条件をつけて監督官庁が事業を許可

Permitting agency grants licenseincluding OEPP's conditions

承認/Approval

拒否/Reject

事業者による環境影響評価書見直しProject proponent revises EIA

<資料>・Technical Section of Environmental Impact Evaluation Division, Office of EnvironmentalPolicy and Planning, MOSTE, Environmental Impact Assessment in Thailand, 1996 年 1 月