12
2 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組 東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下「東電福島第一原発」という。)の事故 により、大気中に大量の放射性物質が放出されました。この影響により、事故発生から 4 年が経過した後においても、東電福島第一原発周辺の一部地域に対する避難指示や、一部 の農畜産物に対する出荷制限が続いています。 このような中、農林水産省では、農畜産物の安全確保に向けた取組や食品に対する消費 者の信頼を確保するための取組等を推進するとともに、避難指示区域等における農業者の 経営再開を支援しています。 (1)福島県の復興に向けた取組 (避難指示区域の解除・見直し) 東電福島第一原発事故に伴い、周辺住民に対する避難指示が行われました。この避難指 示の対象区域は、平成24(2012)年4月以降、「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」 及び「帰還困難区域」の 3 つの避難指示区域に再編され、平成 25(2013)年 8 月に、避難 指示区域の見直しが完了しました。さらに、平成 26(2014)年 4 月1日に田 むら において 避難指示が解除され、同年 10 月 1日に川 かわ うち むら の避難指示が一部解除されました(図 4-2-1)。 平成 27(2015)年 3 月現在、10 市町村において避難指示区域が指定されているととも に、約4万7千人 1 が福島県から県外へ避難している状況にあり、引き続き避難住民の早 期帰還・定住に向けた取組を推進していく必要があります。 図 4-2-1 避難指示区域の概要(平成 26(2014)年 10 月 1 日現在) 広野町 伊達市 楢葉町 葛尾村 大熊町 浪江町 富岡町 双葉町 南相馬市 川俣町 飯舘村 20km 福島第一 原子力発電所 福島第二 原子力発電所 田村市 川内村 いわき市 資料:原子力災害対策本部「避難指示区域の概念図」 注:* [用語の解説]を参照 ≪避難指示解除準備区域≫ 年間積算線量が20ミリシーベルト 以下となること が確実であることが確認された地域 ≪居住制限区域≫ 年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれ があり、住民の被ばく線量を低減する観点から引き 続き避難の継続を求める地域 ≪帰還困難区域≫ 5年間を経過してもなお、年間積算線量が20ミリ シーベルトを下回らないおそれのある、現時点で年 間積算線量が50ミリシーベルト超の地域 凡例 避難指示解除準備区域 居住制限区域 帰還困難区域 1 復興庁「全国の避難者等の数」 202 第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と …第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

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第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下「東電福島第一原発」という。)の事故により、大気中に大量の放射性物質が放出されました。この影響により、事故発生から4年が経過した後においても、東電福島第一原発周辺の一部地域に対する避難指示や、一部の農畜産物に対する出荷制限が続いています。このような中、農林水産省では、農畜産物の安全確保に向けた取組や食品に対する消費者の信頼を確保するための取組等を推進するとともに、避難指示区域等における農業者の経営再開を支援しています。

(1)福島県の復興に向けた取組

(避難指示区域の解除・見直し)東電福島第一原発事故に伴い、周辺住民に対する避難指示が行われました。この避難指示の対象区域は、平成24(2012)年4月以降、「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」及び「帰還困難区域」の3つの避難指示区域に再編され、平成25(2013)年8月に、避難指示区域の見直しが完了しました。さらに、平成26(2014)年4月1日に田

た村むら市しにおいて

避難指示が解除され、同年10月1日に川かわ内うち村むらの避難指示が一部解除されました(図4-2-1)。

平成27(2015)年3月現在、10市町村において避難指示区域が指定されているとともに、約4万7千人 1が福島県から県外へ避難している状況にあり、引き続き避難住民の早期帰還・定住に向けた取組を推進していく必要があります。

図4-2-1 避難指示区域の概要(平成26(2014)年10月1日現在)

広野町

伊達市

楢葉町

葛尾村

大熊町

浪江町

富岡町

双葉町

南相馬市川俣町

飯舘村

20km

福島第一原子力発電所

福島第二原子力発電所

田村市

川内村

いわき市資料:原子力災害対策本部「避難指示区域の概念図」

注:* [用語の解説]を参照

≪避難指示解除準備区域≫ 年間積算線量が20ミリシーベルト*以下となることが確実であることが確認された地域≪居住制限区域≫ 年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがあり、住民の被ばく線量を低減する観点から引き続き避難の継続を求める地域≪帰還困難区域≫ 5年間を経過してもなお、年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれのある、現時点で年間積算線量が50ミリシーベルト超の地域

凡例避難指示解除準備区域居住制限区域帰還困難区域

1 復興庁「全国の避難者等の数」

202

第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

(避難住民の「早期帰還・定住プラン」に基づく工程表の策定)避難住民の早期帰還・定住の推進のため、平成25(2013)年3月、復興庁に設置された福島復興再生総括本部において、「早期帰還・定住プラン」が策定されました。このプランに基づく住民の帰還・定住を加速するための工程表については、東電福島第一原発事故により被災した12市町村の置かれている状況がそれぞれ異なることを踏まえ、自治体ごとに個別・具体的に進められてきました。復興庁は、工程表を既に公表した広

ひろ野の町まち、楢

なら葉は町まち、川内村及び田村市に続いて、平成

26(2014)年7月8日に南みなみ相そう馬ま市し及び川

かわ俣また町まちの工程表を公表しました。他の市町村につ

いては、今後も調整を行い、順次公表を行うこととしています。また、避難指示区域等の地域においては、避難住民が帰還後速やかに営農再開できるよう、農林水産省では、関係省庁と連携し、除染と合わせて、農林水産業関連インフラ復旧等を推進しています。さらに、平成27(2015)年度までを事業期間とする「福島県営農再開支援事業」を実施しており、除染が終了した農地等の保全管理から作付実証、大規模化や施設園芸の導入等の新たな農業への転換まで、一連の取組を切れ目なく支援しています。平成26(2014)年には、南相馬市、広野町、川内村、田村市の約700ha1で水稲の作付けが本格的に再開されるなど、営農再開に向けた取組が進んでいます。

(関係省庁等と連携し復興を推進)福島の復興を加速化するため、平成25(2013)年度補正予算及び平成26(2014)年度予算において、「福島再生加速化交付金」が措置され、町内復興拠点の整備、放射線不安を払拭する生活環境の向上、農林水産業等の再開に向けた環境整備と、既存の長期避難者支援を一括するとともに、事業メニューを多様化し、より幅広くきめ細かなニーズに対応しています。農林水産省は、関係機関等と連携しながらこれらの事業を推進し、福島の再生、復興まちづくり、産業の復興及び被災者支援に引き続き取り組むこととしています。

事 例

原発事故からの復興に向けた取組(1)トルコギキョウの4年ぶりの出荷再開福島県の阿武隈高原北部に位置する川

かわ俣また町まち山やま木き屋や地区のあ

ぶくまカットフラワーグループは、地区の生産者8戸で構成されたグループで、平地との標高差約500メートルから生まれる寒暖差により、着色や日持ち性に優れた花を生産するほか、湿式輸送の導入、グループ共通の箱の使用等によりブランド力を築き上げ、震災前(平成22(2010)年)までは東北有数のトルコギキョウ産地として高い評価を受けていました。しかしながら、東電福島第一原発事故により、山木屋地区は計画的避難区域に指定され、平成23(2011)年に栽培中だった花を廃棄したほか、平成24(2012)年以降も避難生活を余儀なくされ、栽培も断念せざるを得ない状況でした。地道に築き上げたブランドをなくすわけにはいかないとい

福島県

山形県

栃木県 茨城県

新潟県

川俣町

栽培中のトルコギキョウ

1 農林水産省調べ

203

第4章

う気持ちから、同グループのメンバーは避難生活をしながらも、台湾のトルコギキョウ産地や国内の取引市場の視察等を通じ、消費者が求める流行の実態把握に努めるなど、出荷再開に向けた準備を積極的に進めました。そして、平成25(2013)年には、地区の本格除染の開始や、避難指示区域の再編等、山木屋地区の復旧・復興に向けた動きが加速したことを受け、ハウスにおいてトルコギキョウの試験実証栽培を行いました。試験実証栽培では38品種(約7千本)のトルコギキョウを栽培し、市場関係者や種苗メーカー等が揃う品質検討会で高い評価を受けました。検討会での高評価も後押しし、平成26(2014)年には、震災前の約半分の栽培面積ながら、グループ全8戸で営農及び出荷を再開しました。同グループの出荷再開は業界でも注目され、震災前と同等以上の価格で販売されました。4年ぶりの出荷再開にも関わらず市場から高い評価を受けたことについて、同グループのメンバーは「産地として忘れられていなかった。」と喜ぶ一方で、「今年はご祝儀みたいなもの。来年が本当の勝負。」と口を揃え、平成27(2015)年3月現在も避難指示解除準備区域に指定され、宿泊が制限されている山木屋地区の「復興の先導役」を果たすべく、次年度に向けて栽培準備を進めています。

(2)被災農家による共同型運営牧場の立ち上げ~酪農復興の取組~東日本大震災と東電福島第一原発事故に伴い、福島県の酪農は大きな被害を受け、県内の約500戸全ての酪農家が生乳の出荷制限を指示されました。その中でも、浜通りを中心とする11市町村の酪農家76戸は、避難指示区域による避難を余儀なくされ、酪農を続けていくことができなくなりました。13戸は自力で酪農を再開しましたが、避難した大半の酪農家にとっては、酪農を再開できるのか、そもそも元の場所に戻れるのかも分からない不安を抱えていました。このような中、フランス乳業メーカーのダノンから福島県酪農業協同組合に対して、福島県の酪農の復興のための支援の打診がありました。同農協は、酪農家同士が集まってともに酪農作業に携わることができ、情報交換できる場として、震災で経営が困難となっていた牧場を借り受け、牛舎・機械を改修し、共同型運営牧場ミネロファームを立ち上げることとし、被災した酪農家へ参画を打診しました。また、支援の受皿として、特定非営利活動法人福島農業復興ネットワーク(FAR-Net)を立ち上げ、元広告会社勤務の増

まし子こ裕ひろ人とさんを事務

局に迎え、ミネロファームの運営に加え、新規就農支援や大学生向けのインターンシップ受入れ、子供の酪農体験も行っています。被災した酪農家紺

こん野の宏ひろしさんらは「これまでやってきた酪農がしたい。」、「地元に近い場所で

昔からの仲間達と一緒に牛を飼いたい。」としてミネロファームに参加し、平成26(2014)年の経営状況は、乳牛は163頭で、搾乳を1日2回行い、生乳出荷量は1日約4tにまで拡大しています。被災した酪農家が個人で牧場を新規整備することは難しいため、ミネロファームは、元々一人の経営者だった参加農家の気持ちを一つにすることを大切にし、共同型運営の実践モデルとなることを目指しています。今後、建設が進められる第2、第3の共同型運営牧場で、休業している酪農家が復帰することを目指し、福島の酪農を復興させていくこととしています。

福島県

山形県 宮城県

栃木県 茨城県

新潟県

紺野宏さん(左)と増子裕人さん(右)

204

第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

(2)農畜産物の安全確保に向けた取組

(農畜産物の放射性セシウムの検査)食品中の放射性物質の基準値は、コーデックス委員会 1が定めた国際的な指標に沿って、食品から受ける放射線量が年間1ミリシーベルトを超えないようにとの考え方の下、平成24(2012)年4月、厚生労働省が設定しました。食品中の放射性物質検査は、原子力災害対策本部が定める「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」により、地方公共団体において実施されています。この「考え方」は、これまでの検査結果を基に、検査が必要な地域・品目について重点的に検査を行う考え方で、平成26(2014)年3月に検査対象地域・品目の見直しが行われ、改正されました。農林水産省は、厚生労働省等の関係省庁と連携し、必要な検査が円滑に行われるよう、関係県に対する科学的な助言、検査機器の整備、検査費用の支援等を行っています。

(品目ごとの安全確保の取組)生産現場では、後述する農地土壌の除染を行うとともに、農畜産物の安全を確保するため、暫定許容値以下の飼料、肥料、土壌改良資材等が用いられています。また、それぞれの品目の性質に合わせた取組が行われています。米については、作付制限、放射性物質の吸収抑制等の対策及び収穫後の検査を組み合わせて安全確保を図っています。なお、福島県下では、県下全域で抽出検査に替えて全袋検査が実施されました(図4-2-2)。また、平成26(2014)年産米については、避難指示区域の見直しを踏まえて、作付制限の対象地域における水田面積は2,100ha2となり、福島県の水稲の作付面積は6万8,200ha3となりました(図4-2-3)。

図4-2-2 福島県産米における安全確保に向けた取組

資料:農林水産省作成

根からの放射性セシウムの吸収を抑制するため、適切な量の「カリ肥料」等を散布

作付け、収穫 県が出荷前に行う全量全袋検査。万一にも基準値を超過した米は廃棄され、市場には出回らない

1 消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、昭和38(1963)年にFAO及びWHOにより設置された、国際食品規格の策定等を行う国際的な政府間機関

2 2010年世界農林業センサスに基づき推計3 農林水産省「作物統計」

205

第4章

図4-2-3 平成26(2014)年産米の作付制限等の対象地域

相馬市伊達市

飯館村川俣町

二本松市

本宮市大玉村

福島市

南相馬市

浪江町双葉町

大熊町

富岡町

樽葉町

広野町

いわき市古殿町

石川町

玉川村 平田村

小野町川内村

矢吹町

浅川町

鮫川村

塙町

葛尾村

田村市三春町

須賀川市

鏡石町

棚倉町

中島村

相馬市伊達市

飯館村川俣町

二本松市

本宮市大玉村

福島市

南相馬市

浪江町双葉町

大熊町

富岡町

樽葉町

広野町

いわき市古殿町

石川町

玉川村 平田村

小野町川内村

矢吹町

浅川町

鮫川村

塙町

葛尾村

田村市三春町

須賀川市

鏡石町

棚倉町

中島村作付制限 作付・営農は不可

作付再開準備 管理計画を策定し、作付再開に向けた実証栽培等を実施全量生産出荷管理 管理計画を策定し、全てのほ場で吸収抑制対策を実施、もれなく検査(全量管理・全袋検査)し、順次出荷

農地保全・試験栽培(平成26(2014)年産で新設) 除染後農地の保全管理や市町村の管理の下で試験栽培を実施

25年産米 26年産米

福島県

拡大

資料:原子力災害対策本部「避難指示区域の概念図」

福島第一原子力発電所

果実については、樹体に付着した放射性セシウムの影響が大きいことから、樹体表面を洗い流す高圧洗浄等の放射性物質の低減対策が平成23(2011)年度から行われてきました。大豆、そばについては、農林水産省と地方公共団体、関係独立行政法人等が連携し、放射性セシウム濃度が高い大豆やそばが発生する要因とその対策について調査し、この調査結果に基づき、土壌中のカリウム濃度に応じた適切なカリ施肥による吸収抑制対策等を推進しています。畜産物においては、飼料から畜産物への放射性セシウムの移行に関する知見等を活用して飼料の暫定許容値を設定し、暫定許容値以下の飼料の給与等を徹底するよう指導するとともに、畜産物中の放射性セシウムの検査を徹底することにより、安全を確保しています。牧草等の飼料作物については、モニタリング調査の結果により、利用の可否を判断しており、暫定許容値を上回ると考えられる牧草地においては、反転耕による放射性物質の移行低減対策等を推進しています。このような生産現場における取組の結果、平成26(2014)年産で基準値超過が検出された割合は、すべての品目で平成23(2011)年以降低下しており、平成26(2014)年度に基準値を超過したものは大幅に減少しました(表4-2-1)。なお、基準値を超過した農畜産物については、出荷されないよう隔離・処分されており、市場には流通していません。

206

第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

表4-2-1 農畜産物の放射性セシウムの検査の概要(17都県)(平成27(2015)年3月30日現在)(単位:点、%)

品目

平成26(2014)年度 平成25(2013)年度 平成24(2012)年度の基準値超過率

平成23(2011)年度末までの基準値超過率*1

検査点数

基準値超過点数

基準値超過率

検査点数

基準値超過点数

基準値超過率

米*2*3 1,098万 0 0 1,104万 28 0.0003 0.0008 2.2麦 383 0 0 592 0 0 0 4.8豆類*2 2,579 2 0.1 5,167 21 0.4 1.1 2.3野菜類 16,712 0 0 19,657 0 0 0.03 3.0果実類 3,302 0 0 4,243 0 0 0.3 7.7茶*4 206 0 0 447 0 0 1.5 8.6その他地域特産物(そばを含む) 1,049 0 0 1,618 0 0 0.5 3.2

原乳 1,846 0 0 2,040 0 0 0 0.4肉・卵(野生鳥獣肉を除く) 188,304 0 0 194,945 0 0 0.003 1.3

資料:厚生労働省資料、地方公共団体資料を基に農林水産省で作成注:1)基準値を超過した品目・地域については、出荷制限や自粛等が行われている。

2)*1 �平成24(2012)年4月施行の基準値(100Bq/kg)の超過率(茶については浸出液換算で10Bq/kg、原乳については50Bq/kg。)。Bq(ベクレル)については、[用語の解説]を参照

*2 穀類(米、豆類)について、生産年度と検査年度が異なる場合は、生産年度の結果に含めている。*3 福島県で行った平成23(2011)年度産の緊急調査、福島県及び宮城県の一部地域で平成24(2012)年度以降に行った全袋

検査の点数を含む。*4 平成24(2012)年度以降の茶は、飲料水の基準値(10Bq/kg)が適用される緑茶のみ計上

(農畜産物の出荷制限の解除)東電福島第一原発の事故後、放射性セシウムの基準値を超える食品が地域的な広がりをもって見つかった場合、その食品及び地域に対して出荷制限が指示されました。その後、原子力災害対策本部が取りまとめた「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」に沿って、検査結果が基準値を下回り、安全が確認された農畜産物及び地域については、出荷制限が解除されています(表4-2-2)。例えば、そばについては、平成26(2014)年4月までに出荷制限が指示されていた全ての地域において出荷制限が解除されました。

表4-2-2 平成26(2014)年4月以降に農畜産物の出荷制限が解除された品目及び地域(平成27(2015)年3月末現在)

区分・品目 地域

そば 岩手県(盛岡市(旧渋民村の区域)、一関市(旧大原町の区域)、奥州市(旧衣川村の区域))宮城県(栗原市(旧金成村の区域))

大豆宮城県(栗原市(旧金田村の区域))福島県(伊達市(旧堰本村及び旧富野村の区域)、郡山市(旧高野村の区域)及び桑折町(旧伊達崎村の区域)

キウイフルーツ 福島県(相馬市)くり 福島県(いわき市)ゆず 福島県(いわき市)非結球性葉菜類、結球性葉菜類、アブラナ科の花

蕾らい

類及びかぶ福島県(楢葉町及び川内村(東電福島第一原発から半径20km圏の区域))

資料:厚生労働省資料を基に農林水産省で作成注:農畜水産物の出荷制限に関する最新の情報:http://www.maff.go.jp/noutiku_eikyo/syukka_seigen.html

207

第4章

(ため池の放射性物質対策の推進)東電福島第一原発の事故に伴い、福島県を中心に広範囲にわたり、ため池等の農業水利施設 1が放射性物質に汚染されました。ため池における放射性物質により、利用・管理に支障が生じているもの、又は今後の営農再開に向けて支障が見込まれるものについて、営農再開・農業復興のために、その影響の程度に応じて適切に放射性物質対策を講じる必要があります。ため池における放射性物質対策としては、平成24(2012)年度から平成26(2014)年度にかけて、農林水産省と福島県が連携して、ため池等の農業水利施設における放射性物質の実態把握に加え、放射性物質による営農及びため池等の利用・管理に係る支障の把握、放射性物質の拡散を防止するための技術の開発・実証に取り組んできました(図4-2-4)。この結果を踏まえて、平成27(2015)年3月、農林水産省は、対策の考え方や調査計画・設計施工の手順、留意点等について整理した「ため池の放射性物質対策技術マニュアル」を取りまとめました。今後、市町村等が同マニュアルを活用し、対策に円滑に取り組めるよう、支援することとしています。

図4-2-4 ため池の放射性物質対策の例

② 除去・減容化

底質Cs

浮遊粒子に付着したCs

風などによる巻き上がり

濁水の流入

① 汚濁防止フェンスの設置等

汚濁防止フェンス

汚濁防止フェンス

③ 凝集沈殿で粘土成分  と上澄み水を分離

② 濁水を吸上げ

① 底質層を混合攪拌し濁水化

④ 粘土分は脱水し  廃土として回収

資料:農林水産省作成

・汚濁防止フェンスを設置することで、水面付近の流れを遮断し、放射性セシウムを含む濁水の懸濁物の沈降を促進するとともに、底質の巻き上がりを防止する

・機械的に混合撹拌、その濁水を水中ポンプで吸い上げ、濁水を凝集沈殿、細粒分と上澄み水に固液分離し、放射性セシウムを多く吸着している細粒分のみ取り出し回収する

⑤上澄み水はPBカラムにて放射性セシウムを吸着・回収ため池へ

凝集沈殿槽へ

(農地除染及び農林業系汚染廃棄物の処理の推進)農地土壌の除染については、放射性物質汚染対処特措法 2に基づき、環境省を中心に関係省庁や県、市町村等との連携により取組が進められています。農林水産省では、農地等の効果的・効率的な除染に向けて、現場の課題に応じた除染技術の研究開発や、農地の除染と区画整理等農地整備の一体的な実施に向けた取組等を推進しているほか、除染が終了した農地等の保全管理や作付実証等、営農再開に向けた取組を支援しています。放射性物質に汚染された農林業系汚染廃棄物については、8千ベクレル/kg超は放射性

1[用語の解説]を参照2 正式名称は「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」

208

第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

物質汚染対処特措法に基づき国が処理し、8千ベクレル/kg以下は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に基づき市町村等が処理することとなっています。除染及び廃棄物処理の推進に向けて、とりわけ福島県においては、農地・森林も含めた除染に伴い発生する大量の土壌等を安全かつ集中的に貯蔵・管理する中間貯蔵施設を整備することとしています。平成27(2015)年2月、福島県及び施設立地町である大熊・双葉両町が施設への土壌等の搬入を容認し、本格的な輸送に向け、安全かつ確実な輸送が実施できることを確認するため、パイロット輸送による搬入を同年3月から開始したところです。農林水産省では、環境省等関係機関と連携して放射性物質低減対策に取り組むとともに、処理を行う体制が整うまでの間、営農上の支障が生じないよう、農林業系汚染廃棄物の隔離と一時保管を推進しています。

事 例

農地の除染と農業生産性向上の同時達成の取組福島県川

かわ俣また町まち山やま木き屋や地区は、阿武隈山系北部に位置する高

原地帯にあり、震災前は水稲のほか、冷涼な気候を利用した花きやミニトマト等の生産に取り組んできた地区です。しかしながら、東電福島第一原発事故により、山木屋地区は避難生活を余儀なくされ、営農も断念せざるを得ない状況となりました。このような中、平成25(2013)年4月、復興庁が開催した

「除染・復興加速のためのタスクフォース」において、取組の一つとして「農地の除染と農業生産性向上の同時達成」が挙げられ、山木屋地区がモデル地区の一つとなり、同年11月より、環境省の実施する除染工事と川俣町及び福島県が実施する暗渠

きょ排水工や用排水工の農地整備工事が一体的に実施され

ています(川俣町による施行は平成26(2014)年12月に終了)。この取組においては、除染工事と農地整備工事の共通する工程である準備工や原形復旧工の重複の排除等によりコストの縮減と工期の短縮を図ること、さらに、避難中の農業者に、除染計画と併せて地域農業の将来像や生産基盤の整備計画を示すことにより、帰還・帰農の促進等の効果が期待されています。また、平成26(2014)年4月に川俣町が策定した山木屋地区の農業復興の構想においても、農地の除染後は当面の間、飼料作物、トルコギキョウやリンドウ等の花きの生産拡大を図ることとしていることから、除染と一体的に水田の汎用化に必要な暗渠

きょ排水及び用排水路の整備を今後も推進していくこととしています。

福島県

山形県

栃木県 茨城県

新潟県

川俣町

除染工事(平成25(2013)年12月)

農地整備工事(平成26(2014)年5月)

209

第4章

(3)食品の信頼確保のための取組

(風評対策強化指針の取りまとめ)平成26(2014)年6月、震災から3年が経過しても、なお根強く残る風評被害の現状に鑑み、政府は「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」を開催し、平成25(2013)年度における取組状況の進捗管理とともに、課題を洗い出し、風評対策の強化について検討しました。このタスクフォースの中で、取り組むべき施策を体系的に整理し、新たに3つの強化指針を定めた「風評対策強化指針」が取りまとめられました(図4-2-5)。この指針に基づき、食品等の安全と消費者の信頼の確保を図るとともに、被災地の産業を支援していくこととしています。

図4-2-5 風評対策強化指針の概要

食品等の安全・消費者の信頼の確保

被災地の産業における新たな需要創出

国民の健康リスク回避

被災地の産業への影響の克服

基本的考え方

強化指針1 風評の源を取り除く 強化指針3 風評被害を受けた産業を支援する

強化指針2 正確で分かりやすい情報提供を進め、風評を防ぐ

資料:復興庁作成

(1)被災地産品の放射性物質検査の実施 ・放射性物質検査体制整備と検査実施 等

(2)環境中の放射線量の把握と公表 ・放射線モニタリング体制の維持・管理、汚染水対策に資

するモニタリング結果を取りまとめ、情報発信 等

(1)被災地産品の販路拡大、新商品開発等 ・「食べて応援しよう!」の実施  (官民結集した取組の強化) ・福島産農産物等のブランド力回復のためのPR事業を実施  (有名タレントを活用した戦略的PR) ・被災地産品の販路拡大支援や新製品の開発支援等を実施 ・輸入規制を行っている諸外国への働きかけ 等

(2)国内外からの被災地への誘客促進等 ・福島県への教育旅行の再生や国内外へのプロモーション

の強化 等放射線に関する情報提供及び国民とのコミュニケーションの強化(従来の取組の総点検) ・放射線に関する情報の提供 ・食品中の放射性物質の検査結果等に関する情報の公表 ・食品中の放射性物質に関する意見交換会等の開催 等

川俣町山木屋地区における農地の除染と暗渠排水工の一体的実施の流れ

汚染された表土

疎水材及び掘削土埋戻

除染効果の最終確認

(環境省直轄)

除染工事

(川俣町実施)

暗渠排水工事

①準備工(除草、進入路整備)

雑草

健全土

汚染状況の事前調査

②表土削り取り

※削り取った表土(汚染土)は、土のう袋詰め後仮置場へ搬入

除染効果の確認

⑤客土工 ⑥原形復旧工(耕起)

③掘削及び暗渠管埋設 ④疎水材及び掘削土埋戻

除染と農業生産性向上

暗渠管埋設

資料:農林水産省作成

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第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

(正確で分かりやすい情報の提供と被災地産品の販売促進の強化)平成26(2014)年に消費者庁が実施した、風評被害に関する消費者意識の実態調査によれば、一部の消費者は福島県を始めとする被災地産食品の購入に依然としてためらいがある状況です 1。このようなことから、関係府省庁の内閣府食品安全委員会、消費者庁、厚生労働省及び農林水産省は連携して、食品中の放射性物質に関するリスクコミュニケーションに重点的に取り組んでおり、平成26(2014)年度は、意見交換会を全国で6回開催しました。また、これまでに生産者や事業者等の努力により放射性物質を低減させる様々な措置がとられ、食品中の放射性物質の基準値に基づいた出荷制限、作付制限等の措置により農畜産物等の安全が確保されてきました。これらの取組について、政府は消費者やメディアに対して周知を図っています。また、福島県を始めとする被災地及びその周辺地域で生産・製造されている農林水産物・食品を積極的に消費することで被災地の復興を応援するため、「食べて応援しよう!」というキャッチフレーズの下、食品産業事業者、地方公共団体等の協力を得て、被災地産の農畜産物等の販売フェアや協力事業者等の社内食堂での積極的利用等の取組を進めており、平成27(2015)年3月末までに、1,106件の取組が行われました 2。農林水産省は、今後とも、福島県産農産物等について、産地や関係府省庁と連携しつつ出荷時期に合わせて効果的にPRを行う取組を支援していくこととしています。

事 例

「食べて応援しよう!」の具体的な取組(1)4か国の駐日大使が福島県の名産品を食べて応援平成27(2015)年1月、「食べて応援しよう!」に賛同したニュージーランド、豪州、カナダ及び英国の駐日大使が、東京都日本橋にある福島県のアンテナショップ「M

み で っ てIDETTE」

を訪問しました。4か国の駐日大使は、農林水産大臣及び復興大臣とともに、福島県知事に店内を案内され、福島県産米「天のつぶ」のおにぎり、福島牛、あんぽ柿、大吟醸の日本酒、地ビール等の名産品を試食・試飲し、同行した各国大使館のシェフと一緒に食材を購入しました。駐日ニュージーランド大使は「原発事故から4年を経る今も、産地が苦しんでいるのは残念。食べて生産者を応援したい。」と話し、「食べて応援しよう!」をアピールしました。

(2)福島県の自治体による観光物産展の取組福島県喜

き多た方かた市しは、平成26(2014)年9月、北海道札

さっ幌ぽろ市し

において、農林水産省北海道農政事務所と共催で「『食べて応援しよう!』喜多方観光物産展in札幌~福島・喜多方~」を開催しました。物産展には約5千人の来場者があり、被災地の復興に向けて、福島県の安全・安心でおいしい農産物や加工食品が販売されました。

福島県名産品に舌鼓を打つ4か国の駐日大使ら

北海道札幌市における観光物産展

1 消費者庁「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第4回)」(平成26(2014)年10月公表)2 平成23(2011)年4月から平成27(2015)年3月末までの取組件数

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第4章

(日本産農林水産物・食品の輸出回復に向けた取組)東電福島第一原発の事故に伴い、多くの国・地域において、日本産農林水産物・食品の輸入停止や放射性物質の検査証明書等の要求、検査の強化といった輸入規制措置が実施されています(表4-2-3)。これらの輸入規制の緩和・撤廃に向けて、輸入規制措置を実施している諸外国・地域に対して、我が国が実施している安全確保のための措置やモニタリング結果等の科学的データ等の情報提供を行うことにより、政府一体となって輸入規制の緩和・撤廃に努めてきました。これらの取組により、平成26(2014)年4月以降には、EUやシンガポール、タイ、米国等において、輸入規制措置の緩和の動きがみられました(表4-2-4)。

表4-2-3 主な輸出先国・地域の輸入停止措置の例(平成27(2015)年3月現在)

国・地域 輸入停止措置対象都県 主な輸入停止措置対象品目 農林水産物・食品の輸出額(平成26(2014)年)

香港 福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県 野菜・果実、牛乳、乳飲料、粉ミルク 1,343億円

米国 日本国内で出荷制限措置がとられた都県 日本国内で出荷制限措置がとられた品目 932億円

台湾 福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県 全ての食品(酒類を除く) 837億円

中国*1 宮城県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、新潟県、長野県 全ての食品、飼料 622億円

韓国日本国内で出荷制限措置がとられた都県 日本国内で出荷制限措置が

とられた品目409億円

青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県 水産物*2

資料:農林水産省作成注:*1 �中国当局は、上記輸入停止措置対象都県以外の「野菜、果実、乳、茶葉等」について、放射性物質検査証明書の添付による輸入を

認めているが、同証明書の様式が合意されていないため、実質的には輸入を停止している状態*2 韓国当局による水産物の輸入停止措置については、政府として撤回を申し入れているところ。

表4-2-4 平成26(2014)年4月以降の主な輸出先国・地域の輸入規制措置緩和の動き(平成27(2015)年3月現在)

国・地域 年月 輸入規制措置緩和の概要EU 平成26(2014)年4月 検査証明書の対象地域及び対象品目が縮小イスラエル 平成26(2014)年5月 輸入時モニタリング検査の対象県が縮小(47都道府県→8県)

シンガポール 平成26(2014)年7月 輸入停止(福島県)→産地証明書添付で輸入可能(福島県の一部除く)検査証明書の対象地域及び対象品目が縮小(8都県→3県)

タイ 平成26(2014)年11月 検査報告書の対象県が縮小(8県→3県)サウジアラビア 平成26(2014)年11月 検査証明書等添付で輸入可能(47都道府県)バーレーン 平成26(2014)年12月 検査報告書(47都道府県)→輸出実績証明書で輸入可能米国 平成26(2014)年12月 検査報告書(3県)の対象品目が縮小オマーン 平成26(2014)年12月 検査報告書(47都道府県)→輸出実績証明書で輸入可能

ブルネイ 平成27(2015)年2月 輸入停止(福島県)→検査証明書添付で輸入可能(一部品目を除く)検査証明書(福島県以外)→産地証明書(福島県以外)

米国 平成27(2015)年3月 輸入停止(福島県他3県)→解除(一部の品目、証明書添付不要)検査報告書(3県)の対象品目が縮小

資料:農林水産省作成注:諸外国・地域の規制措置に関する最新の情報:http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/hukushima_kakukokukensa.html

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第2節 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響と復旧・復興に向けた取組

(被害を受けた農業者への賠償等)「原子力損害の賠償に関する法律」においては、「原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」と規定しており、今回の東電福島第一原発の事故の損害賠償責任は一義的に東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が負っています。農林水産省が関係都道県等から聞き取りを行った結果によると、平成27(2015)年3月末までに、農業関係の損害賠償支払額は合計で約5,505億円 1となっています。また、東電福島第一原発の事故に伴う出荷制限や風評被害等を受けた農業者等に対しては、東京電力からの賠償が行われるまでの間、農協等の自主的な取組として、事業資金の一時的な不足を補うつなぎ資金の融資が平成23(2011)年3月31日から実施されており、平成27(2015)年3月末現在、つなぎ資金の貸付実績は、約2千件、約67億5千万円 2となっています。

1、2 農林水産省調べ

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第4章