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- 30 - 第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経済教育について 学校教育では、学校段階に応じ、社会科や公民科、家庭科や技術・家庭科などを中心 に、各教科等にわたって経済に関する教育を行っている。 経済に関する教育には、学校段階と教科等の特質に応じ、経済や金融のしくみや働き に関する内容をはじめ、金銭教育や消費者教育的な内容などがあり、様々な角度から指 導することとなっている。このため、各教科等相互の連携を図って効果的に指導を進め ることが重要になる。学校の判断で、総合的な学習の時間でも取り扱うことができる。 第2節 学校アンケート調査結果 1. 経済教育を進めるうえでの問題点・課題 今回実施したアンケート調査によれば、経済教育を進めるうえで困難を感じていると の回答は、中学校で 54%と半数を超え、高等学校では 71%と多数を占めている。 困難を感じている具体的な点をみると、以下のように「生徒の興味・理解度の向上」、 「授業時間数の不足」「効果的な指導方法や教材の不足」「教員の資質の向上」など教育 現場での多様な問題点・課題が指摘されている。 生徒にとって経済は理解するのに難しい 時間が不足している 経済についての効果的な方法や教材が少ない 教員の経済についての知識が十分でない 生徒が経済について興味を示さない 教員に経済についての研修の機会が少ない 教員の興味が経済よりも政治や憲法など他の分野にある その他 56 42 41 40 32 24 8 4 54 44 44 34 27 17 5 5 57 43 37 49 40 34 11 3 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 全体(n=78) 中学校(n=41) 高等学校(n=35)

第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経 …第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経済教育について

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Page 1: 第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経 …第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経済教育について

- 30 -

第4章 教育現場の実態と課題

第1節 学習指導要領における経済教育について

学校教育では、学校段階に応じ、社会科や公民科、家庭科や技術・家庭科などを中心

に、各教科等にわたって経済に関する教育を行っている。 経済に関する教育には、学校段階と教科等の特質に応じ、経済や金融のしくみや働き

に関する内容をはじめ、金銭教育や消費者教育的な内容などがあり、様々な角度から指

導することとなっている。このため、各教科等相互の連携を図って効果的に指導を進め

ることが重要になる。学校の判断で、総合的な学習の時間でも取り扱うことができる。

第2節 学校アンケート調査結果

1. 経済教育を進めるうえでの問題点・課題

今回実施したアンケート調査によれば、経済教育を進めるうえで困難を感じていると

の回答は、中学校で 54%と半数を超え、高等学校では 71%と多数を占めている。

困難を感じている具体的な点をみると、以下のように「生徒の興味・理解度の向上」、

「授業時間数の不足」「効果的な指導方法や教材の不足」「教員の資質の向上」など教育

現場での多様な問題点・課題が指摘されている。

生徒にとって経済は理解するのに難しい

時間が不足している

経済についての効果的な方法や教材が少ない

教員の経済についての知識が十分でない

生徒が経済について興味を示さない

教員に経済についての研修の機会が少ない

教員の興味が経済よりも政治や憲法など他の分野にある

その他

56

42

41

40

32

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44

44

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5

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37

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34

11

3

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60%

全体(n=78)

中学校(n=41)

高等学校(n=35)

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こうした問題点・課題については、先行アンケート調査においても同様な指摘がされ

ている。

「学校における経済・金融教育の実態調査(平成 17 年 5 月)」

(金融証券知識の普及に関する NPO 連絡協議会)

・経済・金融教育を実施するうえでの問題点としては、中学校、高等学校ともに「教員が

学ぶ機会がない又は少ない」が最も多く、以下「授業の時間がとれない」(57.4%)、「利

用可能で適切な教材・指導書がない」(41.2%)が続いており、中学校、高等学校による

大きな違いはみられない。 ・経済・金融教育の今後の方策については、中学校では「利用可能で適切な教材・指導書

の充実」(63.4%)が第 1 位に挙げられ、ついで「教員研修の機会の拡充」(48.2%)が

続いている。一方、高等学校では「教員研修の機会の拡充」(59.8%)が第 1 位に挙げら

れ、「利用可能で適切な教材・指導書の充実」(53.4%)は第 2 位となっている。

「初等中等教育段階における金融経済教育に関するアンケート調査(平成 16 年 8 月)」

(金融庁総務企画局政策課)

・金融経済教育については「重要でありかつ必要である」(小学校 56.9%、中学校 74.6%、

高等学校 81.3%)との認識は高いものの、「児童・生徒に理解させることは難しい」(小

学校 32.4%、中学校 33.2%、高等学校 33.3%)や「実践事例集や教材が不足している」

(小学校 34.4%、中学校 30.1%、高等学校 27.8%)とする教員が各教育段階で 3 割前後

みられる。

2. 経済教育に使用する教材・資料に対するニーズ

(1)教科書以外に利用している教材・資料の現状と今後のニーズ

現在、教科書以外に使用している教材・資料としては「新聞記事や雑誌記事」が 82%と多数を占め、ついで「自主的に作成した教材・資料」が 53%、「冊子形式の教材」が

37%、「ビデオ教材」が 34%、「インターネットで提供される Web 教材」が 20%で続

いている。「パソコンを使ったプログラム教材」や「DVD 教材」の利用はわずかであっ

た。 一方、今後、積極的に利用してみたい教材・資料としては、「ビデオ教材」(22%)、

「パソコンを使ったプログラム教材」(21%)、「DVD 教材」(19%)、「インターネット

で提供される Web 教材」(18%)の 4 つが 20%前後で上位に挙げられ、映像や IT 技術

を活用した教材・資料ニーズの高まりがうかがえる。特に、中学校でのニーズが高くな

っている。

(2)教材・資料の使用における重視点

経済教育の教材・資料の使用に当たっての重視する点としては、まず「生徒の自己学

習やグループ学習に役に立つ」が 53%で最も多くなっており、以下「クイズ形式など

楽しめる要素が盛り込まれている」が 46%、「さまざまなシミュレーションが可能であ

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る」が 38%、「パソコンに取り込んで教員が自分で編集・加工ができる」が 29%、「ロ

ールプレイングゲーム方式など疑似体験ができる」が 27%で続いており、体験型の教

材・資料に対するニーズが高いといえる。

こうした傾向は、先行アンケート調査においても認められるところである。

「経済教育の現状と課題(2004 年 2 月 27 日)」(子どもの経済教育研究会)

・金融機関および関係団体に対する支援希望としては、「生徒が活用できる教材資料の作

成・配布」が 66.7%と最も多く、ついで「経済活動を疑似体験できる教育プログラムの

提供・実施」が 43.9%で続いている。

・経済分野の授業で使う教材・資料を選ぶに当たっては、「生徒に身近な話題・事例を扱っ

ているか」と「経済のしくみや制度が理解しやすいか」の 2 つは 90%以上が“重視する”

としている。

「学校における経済・金融教育の実態調査(平成 17 年 5 月)」

(金融証券知識の普及に関する NPO 連絡協議会)

・経済・金融教育を実施するうえで有効な教材として挙げたのは「ゲームやシミュレーシ

ョン等体験型教材」(67.2%)が最も多く、以下「ビデオ・DVD 教材」(55.8%)、「教員

向け指導書」(47.8%)、「本、冊子」(45.1%)の順で続いている。

(3)教材・資料に取り上げてほしいテーマ

経済教育の教材・資料に取り上げてほしいテーマとして上位に挙げられたものを中学

校と高等学校別に整理すると以下のようになっており、中学校で「経済の基本的なしく

み」に対するニーズの高さが目立っていた。

中学校 高等学校

経済の基本的なしくみ(51%)

資金の流れと金融機関の役割(46%)

悪徳商法・消費者問題(41%)

年金制度(39%)

企業の役割と働き(37%)

年金制度(53%)

証券市場のしくみ(43%)

悪徳商法・消費者問題(41%)

資金の流れと金融機関の役割(39%)

貿易、国際金融の動向と経済のグローバル化(39%)

3. 体験型授業の実施状況

体験型教材に対するニーズは高いものとなっていたが、ゲーム・シミュレーション・

ディベートなどによる体験型の授業の実施状況をみると、中学校では実施したことがあ

るとの回答は 46%と半数近くを占めるが、高等学校では 29%にとどまっていた。 体験型授業を実施している学校では、「非常に役立った」(45%)「やや役に立った」

(47%)との肯定的評価が多数を占め、「生徒の学習意欲を喚起できる」(81%)、「楽

しい授業が展開できる」(51%)、「生徒の主体性が高まる」(51%)「生徒の理解度が深

まる」(32%)など、体験型授業の効用を高く評価している。

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一方、体験型授業を実施していないと回答した学校の理由をみると、「授業時間にゆ

とりがない」が 60%と最も多く、ついで「適当な教材がない」、「準備に時間がかかる」

の 2 つが 30%台で続いており、授業時間を圧迫しないような教材の開発が求められて

くる。

4. 経済教育に関する教員研修

経済教育を進めるうえでの問題点・課題のひとつとして、「教員に経済についての研

修の機会が少ない」あるいは「教員研修の機会の拡充」が挙げられていたが、最近 3 年

以内に経済教育に関する教員研修に参加したことがあるとする教員は中学校、高等学校

ともに 33%にとどまっていた。

参加したことがある研修の主催者としては「公共機関・公益団体」と「業界団体」の

2 つが 4 割前後と多く、参加しての評価は「非常に役立った」(42%)「やや役に立った」

(44%)との肯定的評価が多数を占め、参加することの効用が認められている。

一方、参加していない理由をみると、「参加のための時間が取れない」が 76%と多数

を占め、ついで「開催日等の都合が合わない」が半数近くを占めていた。

全体(n=88)

参加のための時間が取れない

開催日等の都合が合わない

参加費用の負担額が大きい

研修が行われていることを知らない

その他

無回答

76

47

19

17

10

3

0% 20% 40% 60% 80%

全体(n=78)

授業時間にゆとりがない

適当な教材がない

準備に時間がかかる

やったことがないので分からない

やる必要を感じない

教え方が難しい

受験に役立たない

その他

無回答

60

36

32

22

9

9

3

3

10

0% 20% 40% 60% 80%

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今後の参加意向をみると、「是非参加したい」は 19%にとどまるが、「参加したい」

(42%)との回答を合わせると“参加意向”は 61%と半数を超えており、現場の教員が

参加しやすい研修プランを提示していく必要がある。

5. 経済教育における外部講師の活用状況

経済教育を進めるうえで「教員の経済についての知識が十分でない」ため、積極的に

外部の講師を活用すべきとの指摘があるが、最近 3 年以内に経済教育の授業に外部講師

を招いて授業を実施したことがあるとの回答は中学校では 33%、高等学校では 14%に

とどまっている。

外部講師を活用した学校の派遣元は「公共機関・公益団体」が 79%と多数を占め、

活用しての評価は「非常に役立った」(24%)「やや役に立った」(52%)との肯定的評

価が多数を占め、その効用は認められている。 外部講師による授業を実施していない理由をみると、「講師の派遣元の情報がない」

が 44%と最も多く、ついで「派遣受け入れの手続きなどが面倒」が 28%で続いている。

中学校と高等学校を比較すると、高等学校では「費用の負担額が大きい」を挙げる教員

がやや多くなっている。

外部講師を招いての授業の今後の実施意向をみると、「是非実施したい」(9%)、「実

施したい」(36%)を合わせた“実施意向”は 45%と半数近くあり、中学校での“実施意向”は 53%と半数強を占めている。こうしたニーズに応えるためには、積極的な情報提供

と学校側に負担とならないようなしくみづくりが求められてくる。

講師の派遣元の情報がない

派遣受け入れの手続きなどが面倒

費用の負担額が大きい

魅力ある講師が少ない

その他

無回答

44

28

19

14

26

13

45

29

10

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45

29

29

12

29

7

0% 10% 20% 30% 40% 50%

全体(n=97)

中学校(n=51)

高等学校(n=42)

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第3節 実践事例の紹介と評価

1.牛丼屋経営シミュレーション授業 今年度、昨年度の経済教育に関する研究会で作成した「牛丼屋経営シミュレーショ

ン」の授業を実践させていただく機会を、京都市立藤森中学校の協力によって得たの

で、報告させていただく。 今回の教材は、いわば活動型の授業である。経済について学習する際に、このよう

な教材が有効であるかどうかという点を検証することが、経済教育に関する研究を進

める上では意義深いことである。また、現場で実践する教員の立場からは、日常的に

は講義中心の授業を行っている生徒にとって、このような活動型の授業を行うことの

有効性が認められるかどうかということが、最も関心の深いところであろうと思われ

る。 そこで、授業での生徒の学習状況を、主にワークシートを使って振り返ることから、

このような活動型の授業を展開する教材を活用することが、有効な方法となり得るか

どうかについて考察してみることとする。 (1)クラス全体の状況 【 Work Sheet b「まとめ 振り返り」の感想より 】 注:31 名のうち、感想の主な視点が 2 つの種別にまたがる(だぶる)生徒がいたた

め、合計人数が多くなっている。 (a)関心・意欲に関するもの〈関心・意欲・態度〉 13 名 ●貴重な体験ができて、すごく楽しかった。 ●こういう授業はおもしろい。もっとこういう授業がしたい。 ●こういう授業方法は楽しいし、わかりやすい。 ●毎回こんな授業がいい。 (b)社会的事象に気づいたことに関するもの〈知識・理解の初歩(認識)〉 7 名 ●店をだすのは大変なのがわかった。 ●牛丼を出すだけで、いろいろな条件があるから、店を出すのは大変だなと思った。 (c)理解した内容に関するもの〈知識・理解〉 10 名 ●店を開くときには、価格と人数を考えなければならないと思った。 ●ハプニングがあると、利益も落ちるし、生活も危なくなって、実際はもっと危険

になるだろうし、しっかり考えて決定や選択をしていくことが大切やと思いまし

た。 ●販売価格や人手など、いろいろな選択で売り上げが変わってくることがわかった。 ●営業する厳しさと選択する大切さがよくわかった。 ●この授業で経営とかお金の流れがわかった。こういう実践的なことをやっていき

たい。

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(d)現実との比較や、自分の将来へ引きつけて考えているもの 〈思考・判断〉〈新たな関心・意欲・態度〉 5 名 ●実際にはもっと多くのハードルがあると思う。はじめに決めたことが後に影響し

てくることを学べた。 ●このシミュレーションはアバウトだけど、実際に商売するに当たっていい経験が

できたと思う。 ●中学生でお店の経営は難しいけど、とても大事だと思った。この経験を将来踏ま

えてやっていきたい。 ●途中まではおもしろかったけど、途中からは微妙。でも、こういう授業こそ、本

来あるべき姿だと思う。そう思えば、多少リアリティに欠けてもいい。 (2)生徒個々の状況(例) 【 Work Sheet b「まとめ 振り返り」の各項目や感想から 】 質問1:なぜ、あなたは、はじめの選択で、それを選択したのでしょうか? 質問2:なぜ、2 回目の選択で、それを選択したのでしょうか? 質問3:選択したコースによって、前半年で利益の差が出たのはなぜでしょうか? 質問8:販売価格を高くすると、失う(あきらめる)ものは何でしょうか? 質問9:販売価格を安くすると、失う(あきらめる)ものは何でしょうか? 質問 10:妻も牛丼屋で働いた場合に、失う(あきらめる)ものは何でしょうか? (a)1班 Kくん 最初の決断 :Cコース(1杯の値段は 500 円、夫婦そろって牛丼店経営) 最終 決断 :Aコース(1杯の値段は 500 円、夫は牛丼店経営・妻は外で仕事) 結果と出来事:前期(半年間の毎月の食数は 2,000 食) 出来事カード→悪い出来事 後期(1,600 食に減る) 質問1 「効率がよいと思った。」 夫婦で一緒に働いた方が、夫が一人で働くより、客の回転が早くなり、売

り上げが大きくなると考えたと思われる。 質問2 「妻の収入があるから安定していると思った」

どうなるか不安も多い牛丼店経営で、外で仕事をする妻の収入を、家計を

助ける手段として考えたと思われる。 質問3 「売り上げ数が低かった。」 1 杯の値段を 500 円の方を選択したことが原因と考えたと思われる。 一般に、400 円の場合は値段が安い分だけお客さんが多く来て、売れる食

数が多くなると考えられるが、1 杯当たりの利益は少なくなる。逆に 500 円

の場合は値段が高い分だけお客さんの数が少なく、売れる食数は少なくなる

と考えられるが、1 杯当たりの利益は多くなる。今回のシミュレーションで

は、客数(食数)が多くなる 400 円の場合の方が、夫が一人で働く場合には、

6 ヶ月間の利益が多くなる設定となっているから、この生徒の選択は利益が

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少なくなってしまった。 ただし、これはあくまで一般的な 1 つのケースである。実際の経営を考え

た場合、500 円でも、もっと食数が多くなるケースは考えられる。たとえば、

たとえ 500 円でも、品質がよい(肉の質がよい、味がよい)などの条件がそ

ろえば、500 円(値段が高い場合)であっても、お客さんはもっと多く来て

くれるであろう。逆に、400 円(値段が安い場合)であっても、品質や味が

悪いものを出していれば、いずれお客さんは来てくれなくなるであろう。た

だし、よい品質の牛丼(製品)を出すためには、当然、牛肉や玉ねぎ(材料)

の仕入れ値段が高くなることも、考えなければならない。難しいことである。 だから、企業は、お客さん(消費者)が買ってくれるように、よりよい製

品やサービスを、より安く生産する(値段を下げることにつながる)ことで

利益を上げようと、競争しているのである。また、今回のシミュレーション

では、夫婦で牛丼店を経営するのか、妻が外で働いてその収入を家計に加え

ることを考えるのか、という選択でも、利益が違ってくるようになっている。

まさに、経済活動では限られた条件のなかでの選択が重要になってくるわけ

である。 この質問からは、このような市場経済における大切な考え方を学習する機

会が得られる。授業の振り返りの際に、生徒に考えさせたり、教員によって

整理することによって、大きな効果となる。 質問8 「客の数。売上げ数。」 “販売食数”と同じ考え方である。 質問9 「一度に儲けられる料金。」

“1 食当たりの利益”が少ないということである。 質問 10 「妻の収入。」 その通りである。 授業の感想 「営業する厳しさと選択する大切さがわかった。」

限られた条件のなかから選択することは、重要なことである。市場経

済の基本的な考え方でもあり、生きていくうえでも大切なことである。

重要なことに気づくことができ、以後の授業にもつながったと思われ

る。 (b)2班 Tくん 最初の決断 :Dコース(1杯の値段は 400 円、夫婦そろって牛丼店経営) 最終 決断 :Dコース(1杯の値段は 400 円、夫婦そろって牛丼店経営) 結果と出来事:前期(半年間の毎月の食数は 3,700 食) 出来事カード→よい出来事 後期(5,600 食に増える) 質問1 「二人でやるからこうりつがよく値段が安いから多く客が来る」 最初の決断からしっかりした判断の根拠を持っていたと考えられる。二人

で働くと効率がよくなり(客の回転も速くなり)売上げがあがり、しかも 400

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円という安い価格設定なら、さらに売れるだろうと考えたと思われる。 質問2 「質問1と同じ」 質問3 「値段と人数によって売上げが変わる」

どちらの要素にも気づけている。これをきっかけに指導したい内容は、前

述の事例(a)と同様である。 質問8 「客の数」 “販売食数”を失ったことと同じ考え方である。 質問9 「利益」

つまり“1 食当たりの利益”が少ないからということと思われる。 質問 10 「仕事」

“妻が外で働いて得る収入”のことを指していると思われる。 授業の感想 「普通の授業ではできないことができてよかった。店を開くときは価

格と人数を考えなければいけないと思った。」 活動型の授業もよい経験になったようである。このシミュレーション

で学んだことは、企業の学習の一端であるが、限られた条件のなかか

ら、しっかり考えて(判断して)選択することは重要なことあり、市

場経済の基本的な考え方でもあり、生きていくうえでも大切なことで

ある。この後の授業に対するつながりについても、関心・意欲の高ま

りも含めて、意義があったと考えられる。 (3)まとめ

クラス全体を通しても、生徒個々を通しても、多くの生徒が、限られた条件のな

かでの選択の重要性や機会費用などの経済的な概念に気づくことができていた。こ

れらの生徒の学習の振り返りから、講義中心の授業のみで授業を構成した場合より

も、明らかに多くの有効性が認められたと考えられる。今後は、この教材を深化さ

せていくことと、この教材を活用した授業を行う場合に、前後の授業とのつながり

を大切にしていくことが重要である。 2.わが国における経済教育ならびに金融教育の実践状況 (1)わが国における経済教育実践の歴史

経済のしくみについての体験的な要素を含む教育は、わが国でも古くから行われ

てきた。経済教育の用語は、早稲田大学山岡道男教授を中心とする経済教育総合研

究所、経済教育学会(2003 年 5 月、経済学教育学会より改称)、(財)日本経済教育

センターにみられるが、これらのうち、経済教育総合研究所と経済教育学会は、主

として米国の全国経済教育協議会(National Council for Economic Education、以

下 NCEE)のカリキュラムや教授方法を日本に紹介し、普及するための活動を行っ

ており、特に、前者は「生活経済テスト」という名称で、日米の高校生・大学生の

経済知識を比較する試みを長年にわたり行っていることでも知られる。

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- 39 -

また、これらの研究所や学会に所属するメンバーが、(財)消費者教育支援センタ

ー主催のシンポジウムやセミナーにおいて、米国 NCEE の体験型学習プログラム(い

わゆるアクティビティ)を紹介する試みも行われている。こうした主体によってわ

が国に紹介された経済教育は、これらの研究所や学会に所属するメンバーにより学

校教育等の場で実践されている。典型的な例としては、後述の東京都立西高等学校

の新井明教諭による実践、NPO 子供のお金教育を考える会代表のあんびるえつこ氏

による実践などがある。

(2)わが国における金銭教育・金融教育実践の歴史

わが国における経済のしくみについての体験的な要素を含む教育は、金銭教育の

名のもとに長い歴史を有する。貯蓄増強中央委員会(現・金融広報中央委員会)が

金銭教育研究校の委嘱を開始したのは、昭和 48 年のことであるが、実際には、昭和

20 年代より、学童を預金者ないし貯金者とする、こども銀行、こども郵便局の運営

を通じて、金融や経済のしくみを学ぶ取組みが行われていた。

この活動は、勤倹貯蓄の気風を尊び、日本の戦後復興のための資本蓄積を国民の

貯蓄の増強によって実現しようという意図を背景に、子どもたちに、働くこととお

金の関係、貯蓄と長期的な生活設計などを教えようとする総合的な学習活動であっ

た。この活動を取り入れた学校では、指導体制を整えるため、協議会を開き、研究

を重ねた。貯蓄増強中央委員会では、この取組みを全国的に組織し、昭和 48 年から

全国金銭教育協議会を開催するとともに、金銭教育研究校の委嘱を開始した。

研究校を通じた金銭教育の普及の取組みは、その後も脈々と受け継がれ、平成 15年度には、金融教育研究校および金融教育研究グループの委嘱が開始された。金融

教育研究校は、「金融や経済に関する正しい理解を促す」ことを目的として、小学校、

中学校、高等学校に対して都道府県金融広報委員会が委嘱するものであり、金融教

育研究グループは、同様の目的で活動する学校横断的な教員の集まりに対して都道

府県金融広報委員会が委嘱するものである。

平成 16 年度までの研究校等における研究成果の一部は、金融広報中央委員会が編

集した『金融教育ガイドブック-学校における実践事例集-』にまとめられている。

(3)経済教育の実践事例

経済教育の代表的な実践事例は、内閣府の委託研究において平成 17 年 3 月に公表

された「牛丼屋シミュレーション」教材を使用したものである。「牛丼屋シミュレー

ション」の学習では、サラリーマンを辞めて牛丼屋の経営をはじめる男性を主人公

に様々な経済情勢の変化に応じた経済合理的な意思決定をシミュレーション学習を

通じて学んでいく。主として中高生を対象とした教材として開発され、初年度に当

たる平成 17 年度は、京都市立藤森中学校や弘前大学附属中学校などで実践された。

平成 17 年度末にかけての内閣府委託「経済教育に関する研究会」で同教材の改訂が

重ねられている。

また、(財)日本経済教育センターは、全国の小・中・高等学校における経済教育

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向けに身近で最新の経済社会問題をテーマに「経済参考資料」を作成・配布すると

ともに教育指導者を対象とした「経済教育研究会」に講師を派遣するなどの事業を

長年にわたり実践してきている。

このほか、早稲田大学山岡道男教授が主催する経済教育総合研究所に所属する都

立西高等学校の新井明教諭は、物々交換ゲーム、模擬オークションを取り入れるこ

とにより、貨幣の働きを体感させ、生徒の関心を高める授業を行っている。

また、NPO 法人子供のお金教育を考える会代表のあんびるえつこ氏は、「カレー

作りゲーム」と題して、幼児から小学生まで、幅広い年齢層の子どもたちに、楽し

みながら、資源の希少性の下での合理的な意思決定について学ばせる指導を行って

いる。

なお、新井教諭、あんびる氏の実践は、金融広報中央委員会の『金融教育ガイド

ブック-学校における実践事例集-』でも紹介され、また、金融教育フェスティバ

ルや金融教育全国公開授業でも紹介されている。

(4)金銭教育・金融教育の実践事例

長い歴史を持つ金銭教育・金融教育には、ものを大切にする、勤労を尊ぶ、金銭

管理や生活設計を学ぶ、経済や金融のしくみを理解する、消費者トラブルを未然に

防止する、職業について知り将来の進路について考える、などの内容が含まれる。

こうしたなかで、体験的な学習により金融や経済のしくみを学ぶ取組みにも、豊か

な内容を持つ実践がみられる。以下、代表的ないくつかの事例を紹介したい。

(a) 徳島市立川内北幼稚園の取組み

園児たちが大根を栽培し、地元のスーパーで大根の値段調べをしたうえで、保護

者たちに大根を販売、売上金を園内銀行に預け、預金を下ろして遠足のお菓子を買

いに出かける実践である。園児たちは時間をかけて大根の世話をすることで働くこ

との大変さを知り、町に出かけて大根の値段を調べることを通じて、ものの値段の

決まり方を知る。また、販売活動を通じて、売る人の工夫や努力を体験し、また、

お金を預けるという行為や、働いて得たお金を使って、自分たちの欲しいものを買

うという消費行動も経験している。遠足という将来の大きな楽しみと結びつけるこ

とによって、苦労して得たお金を将来まで使わずに預けておくという行為も経験さ

せるという大変意義深い実践である。

(b) 香川県木田郡三木町立小蓑小中学校の取組み

中学校の総合的な学習の時間ではじまった「こみの株式会社」の取組みは、地域

の住民に株式を発行して募った出資金により地元の農作物を仕入れ、産直店で販売

する活動である。株式会社として社長、営業部長、広報部長、経理部長もおき、地

元農家からの仕入れ、販売の準備、経理、広告、株主総会、配当など、株式会社と

しての一連の活動を 3 年間にわたり実践した。仕入先農家はもとより、産直店に来

る買い物客、そして株主総会で業績報告を聞き配当を受け取る株主に至るまで、地

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域住民が一体となって「こみの株式会社」を応援し、生徒たちと地域住民とのコミ

ュニケーションも活発になり、過疎化の進む地域の住民にとっても、「こみの株式会

社」の取組みはかけがえのないものとなっている。

(c) 新潟県立小千谷高等学校池山教諭の取組み

高等学校の家庭科における消費者教育の単元のなかで、高校生の心を真剣に多重

債務問題に向かわせ、問題の本質を探究させる取組みとして、池山教諭は KJ 法を使

用する。現実に多重債務に長年苦しみぬいた被害者の手記を読ませ、KJ 法により多

角的に分析し、分析結果を文章化する過程を通じて、生徒たちに「人はなぜ多重債

務に陥るのか」を考えさせ、ひいては、消費者として主体的に生きるにはどのよう

な基本的な知識を持つ必要があるのか、どのような態度を持つ必要があるのかを考

えさせる。

このほかにも、金融や経済のしくみに目を向けさせ、単に知識を吸収するだけで

なく、豊かな体験を通じて深い学びを実現する取組みが数多く見られる。詳細は、

金融広報中央委員会『金融教育ガイドブック-学校における実践事例集―』および

同委員会ホームページ(http://www.shiruporuto.jp)「金融教育フェスティバル」ス

トリーミング配信で閲覧可能だが、参考までに、同ガイドブックにみられる体験的

な学習の種類を概観すると次の通りである。

(参考)経済や金融について学ぶための体験活動の種類:

(1) 野菜や花の栽培(勤労体験としての意味を持たせる取組み)

(2) 販売体験(校内・外で行う場合がある)

(3) 買い物体験(校内で行う場合と店舗に出向いて行う場合がある)

(4) 預金体験(校内の模擬的な銀行で行う場合)

(5) 見学(商店、卸売市場、金融機関店頭、日銀、東証など)

(6) 模擬企業経営(株式の発行を伴うもの、模擬通貨の発行を伴うものを含む)

(7) クラス討論

(8) 模擬オークション

(9) 模擬商談

(10) ゲーム・すごろく

(11) ロール・プレイングや演劇

(12) 自分にいくらかかっているかを計算、生活設計の立案

(13) 調べ学習(校外活動を伴うものを含む)

(14) 外部講師による講話

これらのうち複数の活動を組み合わせ、かつ、児童生徒が主体的に取組み、双方

向のコミュニケーションを伴う学習活動が効果的であるように思われる。

Page 13: 第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経 …第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経済教育について

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3.消費者教育における実践事例

(1)わが国における消費者教育実践の歴史

経済教育は、体験的な学習を交えて経済のしくみや経済合理的な意思決定につい

て学ばせる教育活動とされるが、わが国におけるこの種の教育は、消費者教育とし

て長年にわたり実践されてきた。昭和 43 年に施行された消費者保護基本法(平成

16 年の改正により消費者基本法と改称)には、国が消費者教育に取り組むべきであ

ることが謳われ、これを受けて中学校技術・家庭および高等学校家庭の学習指導要

領には、比較的早い時期に消費者教育が取り入れられた。このため、家庭科教育の

分野での消費者教育の実践の蓄積も、経済教育の充実に大いに貢献している。

(2)消費者教育の理念と実践

経済教育とは隣接領域の関係にある消費者教育は、わが国においては一定の定着

をみている。消費者教育には、すでに様々な実践事例や教材の蓄積がみられ、それ

らは消費者教育を進めるうえでの有益な情報として評価を受けている。消費者教育

は今後の経済教育の実施やサポート体制の整備のために参考となるものであるので、

ここでその実践について考察することとする。 消費者教育の実践には、「個人的」並びに「社会的」に責任の持てる「主体的意思

決定能力」を育成するという消費者教育の理念がその背景にある。また、消費者教

育は理念的であると同時に、身近な消費生活にかかわるものであり、消費生活に活

かすことができる実践的な性格も併せ持つものである。したがって、消費者教育は

知識を習得するだけでなく、その知識を活用して問題を発見して解決する等の「生

きる力」を身につけ、学習したことが行動に結びつかなければならない。 こうした考え方が背景にあるため、消費者教育の実践事例や教材は、講義形式ば

かりでなくゲーム、クイズ、ロールプレイング、ディスカッションなどを取り入れ

た活動型・体験型の方法を多くとっている。そして、そのための教材が関係諸機関

で開発されている。

(3)消費者教育の学習テーマ

消費者教育の実践で取り扱う概念とその分類については諸説ある。そのなかでも

現在のところ頻繁に引用され、消費者教育理論の古典とも呼ぶことのできるのは、

バニスターとモンスマによる『消費者教育における諸概念』(1982)(以下『分類』

とする)である。『分類』では、概念をまず大きく、(a)意思決定、(b)資源管理、(c)市民参加の 3 つの上位概念に分類している。そこで、それぞれの上位概念に含まれ

る学習テーマについて整理をすると以下の通りである。 (a) 意思決定においては、消費者の意思決定について個人的な側面と社会的な側

面を扱う。ここでは「(合理的な)意思決定プロセス」や、「希少性・機会費

用・トレードオフ」等の経済教育と共通するテーマが基本となる。さらに「自

己決定・自己責任」(個人的にも社会的にも責任のとれる意思決定)や「自立

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した消費者」の意味等も発展的なテーマとしてここに含まれるであろう。 (b) 資源管理においては、消費者にとって希少な資源や資金の管理について扱う。

「資金管理(パーソナル・ファイナンス)」「クレジット」「商品の知識と選択」

等、かなり日常的で身近なことがテーマとなる。また、「資源・環境問題」も

消費者や消費生活に関連させた形で、ここに含まれるであろう。 (c) 市民参加においては、消費者と社会のかかわりや消費者・市民としての社会

的役割について扱う。「消費者問題」「消費者行政・消費者政策」「消費者関連

法規」等がテーマとなる。さらに「消費者の権利」「消費者の社会的責任」も

ここに含まれるであろう。 (4)消費者教育の教材例

上記の理念と学習テーマで作成された消費者教育の教材について、代表例を以下

に示す。なお、これらの教材は 4 人程度のグループをつくり話し合いながら協同で

学習をすると効果的である。 (a)アクティビティ(活動型教材):「意思決定の木」 一般に合理的な意思決定のプロセスの一例としては、下記のものが挙げられる。

1.問題の明確化、2.選択肢の列挙、3.選択基準の設定(目標の明示)、

4.基準に基づく選択肢の評価、5.選択肢の決定(意思決定)、6.決定

に対する評価。 「意思決定の木」は、合理的な意思決定のプロセスをわかりやすく図式化した

ものである。この教材は個人的な問題の意思決定だけでなく、社会的な問題の意

思決定にも応用が可能である。 (b)クイズ 必要な知識を四者択一形式のクイズで学ぶものである。契約クイズ等によって、

消費生活の法の考え方を理解することができる。自分の思い込みが覆されること

があり、印象が強いようである。 (c)ロールプレイング 台本がある場合や、状況の設定だけを決めて後は即興で行う場合がある。前者

の場合は、一種のケーススタディともなる。登場人物になりきって演じることに

より、消費者や業者の心理を理解することができる。また、演じた後の振り返り

(リフレクション)で、「登場人物のそれぞれにどのような問題があったのか」「ど

うすべきだったのか」「この後どうすべきか」等を話し合うとよい。 (d)ディスカッション(チェックシートを用いて) 「生活のエコ度チェック」や「お金の使い方チェック」等のチェックシートは

関係諸機関で多く作成されている。こうしたチェックシートをディスカッション

の材料として活用することができる。たとえば、環境チェックシートで自分の生

活のエコ度をチェックした後で、グループ内でお互いに見せ合って、それぞれの

工夫について話し合ってみる。自分は×なのに、他の人は○が付いている項目が

あったら、どうすれば○が付くようになるのか聞いてみる。逆の項目(自分○、

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他の人×の項目)については、自分の工夫について説明する。 (e)IT の活用 国民生活センターや都道府県の消費生活センター等ではホームページを通じて

消費者に情報提供を行っている。特に消費者被害の事例については、最新の情報

を迅速に伝えている。こうした情報を活用する能力の育成は生涯学習の見地から

も必要である。 そこで、消費者向けのホームページから情報を収集し自分なりにまとめて発表

したり討論したりする学習も行われている。 (5)評価

ここで例示した消費者教育の教材や実践事例は、(財)消費者教育支援センター等

に蓄積されている。これらの教材や実践事例は、明日の授業にもすぐに(あるいは

手直しすればすぐに)使える教材であり、教員からは使いやすいという評価を受け

ている。もちろん、教員が自分自身の力で独自の教材を開発することも大切である。

しかし、優秀な教員を見てみると、自分のアンテナを高く掲げて、いろいろなとこ

ろから優れた実践事例や教材を収集し、それを自分なりにアレンジして授業に活用

していることが多い。つまり情報収集・情報活用能力が高いのである。こうした意

味からも、授業用の教材を開発し、教員に教材情報を提供することは、消費者教育

の普及に役立っているのである。 次に、活動型・体験型の消費者教育教材は、教員研修にも活用でき、そこでも評

価を得ている。つまり、生徒用教材を教員も実体験して楽しく研修し、教員の消費

者教育理解にも役立っているのである。消費者を取り巻く社会情勢等についての情

報提供も必要であるが、そのような講義・講演型の研修だけでなく、活動型・体験

型研修も多く含まれていることが消費者教育の特徴のひとつである。 ただし、活動型・体験型の教材や実践は、「面白かった」というだけで終わらせて

はならない。そこから何を学んだのかという振り返りの学習が重要である。 経済教育については、とかく生徒にとってはわかりづらく、教員にとっては教え

づらいという印象があり、敬遠されがちであった。そこで、経済教育の実施・サポ

ート体制の整備のためには、生徒にとっては楽しく学習できて、教員にとっては使

いやすい経済教育教材の開発が必要である。その際には、消費者教育で実践されて

いる活動型・体験型の教材や実践事例が大いに参考となることであろう。

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<消費者教育の教材事例>

(a) アクティビティ(意思決定の木)

問題の例: 「連休をどのように過ごすか」

選択肢の例: 「旅行に行く」「テーマパークに行く」「勉強する」

「出かけずに家でのんびりする」 等

* 意思決定の木は、意思決定のプロセスについてわかりやすく図式化したものであ

る。アメリカで開発された教材を、(財)消費者教育支援センターが日本に紹介した。

個人的な問題(「現在持っている 1,000 円をどのように使うか」「連休をどのように過

ごすか」)の他に、社会的な問題についても応用可能である。 出典:Teacher’s Guide for Econ and Me: Student Handout 4, p.63, Agency for Instructional

Technology, 1989.

問題は何か?

どんな選択肢が 考えられるか?

長所

短所

自分の選択と

理由

*選択肢は 4 つ

挙げること

評 価 *決定について他の人

の意見を聞く。

*決定を実行に移して

その結果を自分で 評価する。等

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(b) クイズ教材 * 各問の選択肢(1)~(2)のうち、正しいと思うものを 1 つ選びなさい。 <市場経済における取引の基本ルールである契約等と消費者に関する問題> 1.商品の売買契約が成立するのは、原則として (1) 「売ります」「買います」と口頭で合意したとき (2) 契約書に印鑑を押したとき (3) 代金を支払ったとき (4) 商品を受け取ったとき 2.羽毛布団を買う契約で、クーリング・オフが法律的に認められるのは、 (1) 商店で買った場合 (2) 訪問販売で買った場合

(3) カタログで選ぶ通信販売で買った場合 (4) テレビショッピングで買った場合 3.宅配便で突然本が送られてきて、「不要ならご返送ください。ご返送なき場合は、

買ったものとみなして代金をいただきます」という手紙が入っていた。この場合、 (1) 支払いをせずに、本は処分してよい。 (2) 8 日以内に本を返送するか、代金を支払わなければならない。 (3) 支払う必要はないが、いつでも返せるように本は保管しておかなければならな

い。 (4) 支払いも返送も必要ないが、14 日間は本を保管しなければならない。 4.あなたのクレジットカードが盗難にあった。すぐにカード会社に連絡し警察に届

け出たのだが、すでに窃盗犯が 20 万円分を使ってしまった。この場合、20 万円の

責任は一般的にはどうなるか。 (1) カードの盗難についてすぐに連絡をしたので、20 万円の支払いを要求されるこ

とはないであろう。 (2) 窃盗犯が捕まらなければ、20 万円を支払わなければならないであろう。 (3) 5,000 円だけ支払う必要があるであろう。 (4) カードの名義はあなたなので、20 万円を支払わなければならないであろう。 5.お店のレジでカードを使うと、自分の預貯金口座から買い物代金がただちに引き

落とされるのは、 (1) メンバーズカード (2) デビットカード (3) クレジットカード (4) プリペイドカード

*出典:早稲田大学経済教育総合研究所・山岡道男・淺野忠克・阿部信太郎編「第6回生活経済テスト:

パーソナル・ファイナンス基礎テスト」「第3回生活経済テスト」等

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(c) ロールプレイング

タレントスクールの勧誘 (登場人物になりきって演じてみよう)

*出典:東京都消費生活総合センター編『生きる力を育むカギ ―子どもたちに契約

学習を―』東京都消費生活総合センター、2002 年、60 頁。

振り返り学習(グループで話し合おう)

1.登場人物(主人公とスカウトマン)にどのような問題があったか。

2.主人公はこれからどのようなトラブルに巻き込まれそうか。

3.主人公はこの後、どうしたらいいか。

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(d) ディスカッション 「新ライフスタイル チェック 25」(省エネルギーセンター)を利用して

次の項目のうち、自分が常に心がけているものに○を付けてください。○を付け終わ

ったら、○がいくつになったか数を数えてください。

1. 暖房は 20℃、冷房は 28℃を目安にして温度設定をしている。

2. 冷暖房機器は不必要なつけっぱなしをしないように気を付けている。

3. テレビの付けっぱなしをしたまま、他の用事をしないようにしている。

4. 冷蔵庫の中は季節にあわせて温度調整をしたり、ものを詰め込みすぎたりしな

いように整理整頓に気を付けている。

5. 冷蔵庫の扉は開閉を少なくし、開けている時間を短くするように気を付けてい

る。

6. お風呂は間隔をおかずに入るようにして、追いだきをしないようにしている。

7. シャワーはお湯を流しっぱなしにしないように気を付けている。

8. 外出時は、できるだけ車に乗らず、電車・バスなど公共交通機関を利用するよ

うにしている。

9. 電気製品は使わない時はコンセントからプラグを抜き、待機時消費電力を少な

くしている。

10. 電気、ガス、石油機器などを買う時は、省エネルギータイプのものを選んでい

る。

(全 25 項目のうち、10 項目を抜粋。全項目については、下記のサイトを参照。)

*出典:省エネルギーセンターのホームページより(https://eccj06.eccj.or.jp/new_check25/)

ディスカッションの方法

1. まず自分でチェックしてみる。それから他の人と見せ合う。

2. 自分は×なのに、他の人は○が付いている項目があったら、どうすれば○が付

くようになるのか聞いてみる。

3. 逆の項目(自分○、他の人×の項目)については、自分の実践について説明す

る。

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4.投資教育における実践事例

(1)投資教育の意義・必要性

わが国では、少子高齢社会の到来に伴う年金制度改革や終身雇用・年功序列賃金制

度といった雇用慣行の変化により、個人の自助努力がますます求められるようになっ

ている。一方で、規制緩和の進展により、従来にはなかった様々な金融商品、金融サ

ービスも登場している。このように、個人としては、リスクとリターンを自主的に選

択し、効率的な資産運用を図ることが重要になるとともに、「貯蓄から投資へ」の転換

を図り、個人を含む幅広い投資家が証券市場に参加することによって、様々なビジネ

スにリスクマネーが円滑に供給されることが、今後の日本経済の持続的な成長・発展

にとって必要不可欠とされている。

証券界においても、日本証券業協会や東京証券取引所をはじめ各地証券取引所等を

メンバーとする「証券知識普及プロジェクト」を結成し、証券知識の普及・啓発活動

に長期的・持続的に取り組んできている。とりわけ、学校向け普及・啓発活動では、

学習教材「株式学習ゲーム」(同ゲームについては、日本証券業協会・東京証券取引所

の主催)、ビデオ教材「かぶしき・虎の巻」、Web 教材「証券クエスト」などを提供す

るとともに、平成 17 年度からは、新しい体験型学習教材である「みんなで体験!株式

会社とお金のしくみ」を全国の中学校、高等学校へ試験的に提供している。

本稿では、この新しい体験型学習教材と株式学習ゲームについての教育実践事例を

ご紹介するとともに、その学習効果と課題および今後の展望について述べることとし

たい。

(2)教育実践事例の紹介

1)新しい体験型学習教材「みんなで体験!株式会社とお金のしくみ」について

(a)本教材の特徴・目的

本教材は、証券取引所に上場しているお菓子メーカーが新商品を開発・販売すると

いう設定で、クラスの生徒を 4~5 名のグループに分け、各グループがお菓子メーカー

として事業資金を調達したり、商品販売を行い、また、生徒各人は個人として自分の

属するグループ以外のお菓子メーカーに投資したり、商品購入を行うが、これらの活

動を模擬的に体験することを通して、生徒が、市場経済のしくみや金融の働き、証券

市場の役割などについて、体系的に学ぶことができるようになっており、体験学習を

通じて、生徒が経済・金融に関心を持ち、理解をより深めてもらうことを目的として

いる。

(b)導入状況

本教材は、平成 17 年度より試験的に提供を開始したが、平成 18 年 2 月末時点での

申込状況は平成 17 年度実施分 70 校(中学校 36 校、高等学校 31 校、大学他 3 校)、

平成 18 年度実施分 5 校(中学校 2 校、高等学校 2 校、大学 1 校)となっている。 平成 18 年度からは全国の中学校、高等学校などに向けて、教育実践事例の報告を中

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心としたセミナー・講習会等の開催を通して、本格的な普及を図ることとしている。

また、導入教科としては(ヒアリング調査結果:回答数 45 校)、「選択社会」31.1%、

「社会(公民分野)」17.8%、「総合的な学習」および「政治・経済」各 13.3%、「現代

社会」11.1%、「その他」13.3%である。また、導入学年は(同上)、中学校 3 年 43.7%、

高等学校 3 年 21.0%、高等学校 2 年 8.9%、中学校 2 年 8.3%、中学校 1 年 7.2%、大学

6.4%、高等学校 1 年 4.5%となっている。

(c)実践事例における評価

本教材の授業時数については、知識編 5 時間、体験編 9 時間の合わせて 14 時間を

想定していたが、実践事例の平均は、知識編 2.2 時間、体験編 9.9 時間の約 12 時間と

なっている。

ここで紹介するのは、商品コンセプトまで含めた事業計画の作成・発表について、6時間で取り組まれた事例である。

本教材を授業に導入した教員に、「教材の学習効果について」ヒアリングしたところ

(回答数 45 校、フリーアンサー方式)、「金融、投資全般に関する知識が深まった(実

感できた)」14 校、「株式会社経営をより身近にとらえることができた」10 校、「経済

【導入例】大阪府の私立高等学校の場合 平成 17 年 5~6 月に、高校 1 年・2 年の混合クラス(27 名)の総合的な学習(総合

ゼミ)の時間で導入された。

【学習のねらい】 ・経済のしくみを体験する ・企画力の育成 ・チームワークを図る ・プレゼンテーション能力を養う 【学習のながれ】

第 1 回「新しい事業を始めよう」(5/9) 第 2 回「事業計画を立てよう」(5/16) 第 3 回「事業計画発表準備1」(6/6) 第 4 回「事業計画発表準備 2」(6/13) 第 5 回「事業計画発表」(6/20) 第 6 回「まとめ」(6/27)

指導に当たった教員の学習効果としての評価は、次の通りである。 (1)経済のしくみが実感を持って理解できた。 (2)新聞・ニュースなど、以前より経済に関心を持った。 (3)チームワークを養うには大変効果的であった。 (4)プレゼンテーション能力の向上が図られた。

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の入門用としてとてもわかりやすいよい教材だった」9 校、「経済、金融、株式につい

て興味を持つようになった」9 校、「現実の会社を身近に感じることができた」7 校、

「グループで協力し合って企画力を養うことができた」7 校、「起業について理解を深

めることができた」4 校などの回答が寄せられている。

2)学習教材「株式学習ゲーム」について

(a)本教材の特徴・目的

本教材は、1,000 万円の仮想所持金を元手に、実際に上場されている株式を実際の

株価に基づいて模擬売買を行うもので、この投資シミュレーションを通して、生きた

経済や市場の動きを身近に感じながら、株価変動の背景となっている現実の経済・社

会のしくみや動向などについて体験的に学習してもらうことを目的としている。

(b)導入状況

本教材の教育現場への提供は、正式には平成 8 年度にスタートしたが、直近の平成

16 年度の参加校数は 1,351 校、参加生徒数は 71,331 名となっており、過去最多を記

録した。

参加校の内訳は、中学校 928 校(68.7%)、高等学校 337 校(24.9%)、大学・短期

大学 60 校(4.4%)、その他(海外の日本人学校等)26 校(1.9%)である。このゲー

ムへの参加可能期間は、3 学期制に合わせて、1 年を春、秋、冬季に 3 区分しているが、

参加校数が最も多かったのは秋季(2 学期)で、全体の 45.0%を占めた。なお、平成

14 年度からは従来のマークシート方式に加えインターネット方式でも提供している

が、平成 16 年度はインターネット方式による参加率(52.5%)が初めて過半となった。 導入教科としては、中学校(ヒアリング調査結果:回答数 281 校)では、「選択社会」

79.0%、「社会(公民分野)」16.4%、「総合的な学習」1.4%、その他 3.2%となってい

る。一方、高等学校(同 124 校)では、「政治・経済」21.8%、「現代社会」15.3%、

「課題研究」13.7%、「総合的な学習」11.3%、「選択社会」9.7%などとなっている。

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(c)実践事例における評価

ここで紹介するのは、国語総合で株式学習ゲームに取り組まれた事例であり、数少

ないインフュージョン(他教科への組込み)としての実例である。

株式学習ゲームを授業に導入した教員に、「どのような学習効果があったか」をヒア

リングしたところ(回答数 424 校)、「新聞(株式欄、政治・経済面、社会面)を読む

ようになった」60.6%、「株式が身近に感じられるようになった」56.4%、「政治や経

済に関心を向けるようになった」51.2%、「社会問題に関心を持つようになった」38.0%、

「株価とその要因について理解できた」26.9%、「株式市場のしくみを理解できた」

22.2%などの回答が多かった。なかには、「株価の変動による影響などを実感した」、

「父親との会話が増えた」といった回答もあった。

【導入例】静岡県の公立高等学校の場合 ~株式学習ゲームで行う、小論文対策~ 高校 1 年の国語総合の単元から 4~6 時間、本教材を利用した授業が実施された。

【学習のねらい】 大学入試の小論文対策およびアナログ・デジタルの情報を収集、分類、分析し、 判断する思考の論理的過程を明確に文章化すること。

【学習のながれ】

1.導入 目標の伝達「小論文対策である」 ・2 年後の大学入試に備えるための早期取組みの一環

株式のしくみ、株式学習ゲームの説明 ・実際の社会・経済の動きを説明

2.課題の提出 事前に情報収集、新聞のスクラップの準備 ・新聞を読み情報を収集、スクラップし、コメントを記入させる。 ・宿題として、授業実施ごとに 2 枚ワークシートを課す。 3.実践 株式学習ゲームの実践 4.評価 自己評価を行う

・課題の新聞スクラップ&コメントが論理的な文章になっているか、 自己確認させる。

・株式学習ゲームの授業終了後、最終まとめおよび反省レポートを提出 させる。

指導に当たった教員の学習効果としての評価は、次の通りである。

(1)人間が学ぶために必要な要素のひとつは「実感」だと思う。株価の動きを体 験してこそ実社会を理解できるようになる(職業教育の一環にもなろう)。

(2)株式を売買する際に、必ずその理由を考えさせるようにすることで、株式を 正しく理解できるようになる。

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この株式学習ゲームを長年授業に導入してきた東京都の都立高等学校の教員が、卒

業生を対象に教育効果について追跡調査した実証研究でも、卒業生の約 8 割が学習し

たことを記憶し、また、同約 64%が学習効果ありとの回答だった、との報告がなされ

ている。ここでも本教材の体験学習による有効性が示されたといえよう。

(3)今後の展望

1)体験型学習教材の教育実践事例を踏まえた今後の展開

証券知識普及プロジェクトでは、現在、金融経済教育のための体験型学習教材とし

て、上述の、1)みんなで体験!株式会社とお金のしくみ、2)株式学習ゲームを中心に、

主に全国の中学校、高等学校向けに教材を提供している。教育現場の教員からは、教

材利用のアドバイス・サポート体制への期待や、「実践例を多く紹介してほしい」、「実

施校を交えた意見交換の場がほしい」といった要望が寄せられている。

こうした要望に応えるため、平成 18 年度からは、証券知識普及プロジェクト提供の

体験型学習教材を導入している中学校、高等学校の教員による実践報告・意見交換会

等を積極的に開催することとしており、併せて、全国的な教材普及に一層注力する予

定である。

また、今後も教材の利用方法等についてのサポート体制を強化するとともに、教育

実践事例を踏まえた教員の指摘等に基づき、生徒用ワークシートや教授用手引書、ガ

イドブックなどの内容も絶えず見直しを行い、より使い勝手がよく、より充実した教

材を提供できるよう、改善・改訂を続ける方針である。

2)日本証券業協会 証券教育広報センターの活動における今後の展望

本研究会以外にも、「消費者教育体系化のための調査研究会」や「金融教育プログラ

ム検討委員会」において、教育体系の整備に向け多面的な検討が進められている。

このような体系的教育プログラムの意義・必要性については、(a)教育現場の教員に、

どのような内容の授業を行うべきかを明確に提示できること、(b)当該プログラムをベ

ースとして教材や教員向けの研修が用意されるため、教材の選択や授業の組立てが容

易になること、(c)生徒が授業内容をどこまで習得したかを測定する効果確認テストの

開発が可能となることなどが挙げられる。

このような体系的教育プログラムの意義を踏まえ、日本証券業協会としても、金融

経済教育プログラムの一環として、投資教育に関する体系的なプログラムの整備を関

係団体との密接な連携を図りつつ推進し、当該プログラムをベースとして、学校向け

証券知識の普及・啓発活動について、一層の拡充・強化を図ることとしている。

第4節 教育現場における経済教育の課題

教育現場から、学校における経済教育の課題として、経済教育の教材の質的・量的

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不足とその教授法に関する教員への支援という課題がある。

そこで本報告書では、経済学の原理的な概念を学ぶうえで、「体験活動教材」「シミ

ュレーション教材」を採用することとしたのである。それは、講義や探究という言葉

を媒介とした方法とは異なる、体験・メタファーによる理解を目指す方法である。し

かし、これに対しても同様の知識を扱う場合に、単元構成上、多大な時間を要すると

いう指摘がある。課題は、まさにこの点である。すなわち、シミュレーション・活動

を、中単元、大単元レベルで、どのように位置づけるか。その計画的・整合的位置づ

けが課題となっているのである。当然のことではあるが、場当たり的で単に面白いと

いうことだけが活用目的になるのではなく、「動機づけ」として位置づけるのか、「ま

とめ」として位置づけるのか、様々な経済概念や経済知識を習得させる「本体」とし

て位置づけるのか、それによっても、教材の意味は異なるだろう。また、経済的見方

考え方の習得を試みる場合には、その目標自体が、単なる知識理解にとどまらない、

思考判断に密接に結びついた能力育成にあるということになる。そこではさらに、経

済的な意思決定能力の育成という課題にも派生することとなろう。

以上のように、経済教育を推進するうえでの課題である限定された時間・領域とい

う課題は、一定の教科指導のなかで、体験活動教材などの活用によって、計画的・整

合的な扱いをする必要があるのである。

特に、小学校社会科では、身近な地域における生産や販売の観点から、経済教育が

学習される。

その構成の背後には、社会機能(産業や社会資本・機構がどのように働いているか)

と相互依存(それぞれに働く人々が支え合って生きている)がある。こうした「工夫・

願い」や社会機能・相互依存から構成された経済学習は、子どもの発達段階から考え

て当然のことではあるが、一方で、こうした社会への順応性カリキュラムのみでは急

速に変化する経済社会に対応することは難しいことも考えられる。機能や制度の理解、

つまり、「いま・ここ」の知識のみならず、予測や意思決定などの経済に対する見方を

育成することは、発達段階という観点を考慮しても、今後とも取り組むべき課題であ

る。

そこで、経済についての基本的な見方・考え方、いわゆる経済概念を学ぶことと、

思考の方法としての意思決定能力育成が必要となってくる。基本的な「経済の見方・

考え方」をわずかでも習得できれば、あらゆる変化に対応できる主体となることがで

きるだろう。現在問題となっているパーソナルファイナンス、消費者教育、年金教育、

金銭教育などの幅広い学習課題に対して、個々の学習群に取り組むことにより煩瑣な

知識を集積するのではなく、原理的で基本的な見方から、個々の事象を推測したり予

測したりすることができるような「経済概念」の基本を習得させる学習が必要なので

ある。

もちろん、これまでの「金銭教育」や様々な経済教育の成果を無視することはでき

ない。しかし、こうした金銭教育としての枠組みに加えて、自己の責任で意思決定す

Page 26: 第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経 …第4章 教育現場の実態と課題 第1節 学習指導要領における経済教育について

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る練習をさせるような学習は必要であろう。自らが何ら選択をすることなく予定調和

として万全なる機能的で相互依存的な経済社会を受容するという経済認識ではなく、

主体的に自立した個人として、経済社会に参加し形成する資質能力の育成が求められ

る。

教材の質・量の拡大は当面の継続した課題である。しかし、ここにはただ単に、本

報告書で提言された「体験活動教材」などの質的・量的な拡充にはとどまらない課題

がある。それは、体験活動教材を教員が有効に活用する指導法をいかに支援するかと

いう課題である。前章で示したとおり、体験活動教材は初等教育ではともかく、中等

教育では馴染みが薄い教材=教育法である。これらの教材は、批判を受けることが多

いが(いわく、多くの時間を要する、効率的な知識の暗記に比べ非効率であるなど)、

一方で、その活用法、授業の進め方などが教員に理解されていないという課題が残さ

れている。

教員が、自分が中等教育で生徒として受けた授業は、教科書の講読による語義の解

説や講義である場合も多く、自ら受けた授業を批判的に乗り越えることは困難なこと

である。もちろん、現在教壇に立つ教員も、戦後の良質な教育改革の成果を受け止め

てきたはずである。たとえば、戦後一貫して試みられてきた問題解決学習の流れを汲

む実践、「時事問題」や「現代社会」に見られる主体的・問題解決的・総合的・過程重

視のカリキュラム実践、1970 年代に隆盛を誇った仮説検証による探究学習、新学力観

以来の教育改革などがそれであり、それらの成果を無視することはできない。

しかし、本報告書で論じ、推奨提案してきた体験活動教材・シミュレーション教材

は、こうした多くの先進的な教育実践・教育改革と、その趣旨は同質であるとしても、

その表れ方や実施の方法がまったく別の文脈にあることを認めなくてはならない。つ

まり、これまでの良質な教育改革のなかでも、十全に、あるいは表立って試みられな

かったものであるため、教員自身に被教育者としての経験がなく、正当な判断と、実

施するための契機・動機づけがなされないのである。逆に躊躇することすら垣間見ら

れる。

それでも、ひとたびその教材によって新しい経験をしたなら、教員も生徒も、この

効果的な教材を活用してみることを考えるだろう。教員となってからの研修で、ある

いは、自らが生徒の時代に授業で体験したことがある教員は、教員自身が、その体験・

経験によって変わっていく。その普及には、理論の講義ではなく、まさしく実践的な

経験の場が必要である。もちろん、実施上・学習方法上の課題は依然としてある。シ

ミュレーションは、楽しいだけの「やりっぱなし」授業、体験だけの「からっぽ」授

業になりがちで、学習の成果を確認するためのディブリーフィングがおろそかになり

がちであるからだ。つまり、シミュレーションの手続き・手順を習得するのみならず、

学習を実質化するディブリーフィング(まとめ、振り返り、分かち合い)をどのよう

に構成し、実質化するか、その構成方法や対処・対応の方法が重要である。

この教員の対応は、近年のワークショップの普及とともに、教員が一方的に知識を

伝えるのでなく、ファシリテーター(促進者・支援者)として学習を進めるファシリ

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テーションの手立てとして構想されている。経済教育においても、活動教材、シミュ

レーション教材の活用に当たっては、こうしたファシリテーターとしての教員の発想

の転換が望まれ、ディブリーフィングの充実とともに、教材構成のみならず、現職教

育の体制を組む必要があるだろう。