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1 はじめに
安倍首相は3月、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を正式に表明した。日本は参加11か国の承認を取りつけ、7月下旬の交渉会合から参加の見通しである(6月現在)。今なお、さまざまな立場、視点から賛否の議論がくり返されているが、とくに農業分野において、その議論は活発である。TPPに関わる今後の日本農業の動向は、私たち国民にとって関心が高い社会問題の一つであり、地理的分野で「世界の諸地域」の学習を進める中学校1年生においても例外ではない。
「TPP」という言葉をほぼ全員が見聞きしており、それに対する自分なりの考えをもつ生徒も少なくない。 他方、『中学校学習指導要領解説社会編』(以下、指導要領解説)によると、「世界の諸地域」学習では、「まず、基礎的・基本的な知識を習得する学習を行」うこと、そのうえで私たち教師が「州内の特色ある地理的事象を基に」「我が国との比較や関連を図る視点をもって」主題を設定し、「その追究を通してそれぞれの州の地域的特色を理解させること」と明記されている。 以上のような社会的背景、生徒のようす、指導要領解説の趣旨に鑑み、ここでは、『中学校学習指導要領』地理的分野の内容「(1)世界の様々な地域 ウ 世界の諸地域 (エ)北アメリカ」において、とくに農業にスポットをあてた授業について紹介する。
2 単元の指導計画
(1) 指導目標 北アメリカ州の自然環境、歴史や文化など地域的特色を大観させたうえで、「世界へ多大な影響を与える巨大国家」を主題に設定し、それを追究する過程を通して、北アメリカ州の地域的特色について多面的・多角的に考察させ、その過程や結果を適切に表現させる。
(2) 評価規準
観 点
社会的事象への関心・意欲・
態度
北アメリカ州の人々の生活のようすや地域的特色に対して関心をもち、学習課題の解決に向けて意欲的に考えようとしている。
社会的な思考・判断・
表現
北アメリカ州の人々の生活のようすや地域的特色を多面的・多角的に考察し、その過程や結果を適切に表現している。
資料活用の技能
北アメリカ州に関するさまざまな資料から有用な情報を適切に選択し、人々の生活のようすや地域的特色について読み取ったりまとめたりしている。
社会的事象についての知識・理解
北アメリカ州の人々の生活のようすや地域的特色を、一般的共通性と地方的特殊性という面から理解し、その知識を身につけている。
地理授業研究
資料を活用してとらえる北アメリカ州〜農業を例に〜
岩手大学教育学部附属中学校 七木田 俊
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授業研究 地 理
3 本時の授業展開
(1) 導入①「TPP」という言葉に関して、知っていることをあげる。 社会参画の視点からも、時事問題を積極的に地理的分野の学習に活用したい。まず、TPPという言葉に関して知っていることを自由に発表させる。日本が交渉参加を決定したこと、賛成・反対の議
(3) 指導内容および評価計画
論がさかんに行われた(ている)ことなどがあがるなか、「TPPという言葉は知っているけれど、内容はよくわからない」という、実は多く存在する生徒の発言を引き出したい。加えて、生徒の社会的事象(時事問題)への関心・意欲の状況を把握し、あらかじめ新聞資料等を準備し、概要を簡単に理解できるような工夫を加えたり、学習意欲を喚起したりする手だてを講じたりしたい。そのうえで、TPPに関して農業分野で議論がさかんなこと、アメリカ合衆国の影響が懸念されているこ
時 指導内容 評 価
1
1.北アメリカ州の多様な自然環境と歴史・文化(=地域的特色の大観)
・北アメリカ州に関するイメージや知っていることを想起させ、コンセプトマップを作成させる。・構成する国名と位置、気候や地形などの自然環境を調べさせる。・歴史的背景を理解させ、北アメリカ州になぜ多くの民族がくらしているのか、その理由を考察させる。
・北アメリカ州を構成する国名と位置を理解し、自然環境や歴史、文化という面から特色をまとめている。【社会的事象についての知識・理解】
2
2.世界へ多大な影響を与える巨大国家①~生活と文化~(=主題の設定および追究①)
・主題「世界への多大な影響」に関わり、「私たちの生活に欠かせなくなった北アメリカ州(アメリカ合衆国)の文化を考えよう」という学習課題を設定する。・1週間の自分の生活を想起させ、おもに生活と文化という視点から、北アメリカ州が世界に与える影響の大きさを理解させる。
・私たちの生活に欠かせなくなった北アメリカ州の文化について、資料やほかの人の考えを参考に、複数の視点から自分の考えをまとめている。� 【社会的な思考・判断・表現】・多国籍企業の経済活動が、進出した地域の人々の生活に大きな影響を与えていることを理解している。【社会的事象についての知識・理解】
3
本時
3.世界へ多大な影響を与える巨大国家②~世界をリードする大規模な農業~(=主題の追究②)
・主題「世界への多大な影響」に関わり、「なぜ北アメリカ州は多くの農産物を世界各国に向けて輸出できるのだろう」という学習課題を設定する。・課題解決に向けて適切な資料を選択・活用し、考察させる。・ほかの人の意見を参考にし、複数の視点から自分の考えをまとめさせる。
・学習課題の解決に関わる資料を適切に選択し、読み取っている。� 【資料活用の技能】・北アメリカ州が多くの農産物を世界各国に輸出している理由について、自然環境、穀物メジャーという語句を用いて適切に表現している。� 【社会的な思考・判断・表現】
4
4.世界へ多大な影響を与える巨大国家③~世界をリードする大規模な工業~(=主題の追究③)
・主題「世界への多大な影響」に関わり、「アメリカ合衆国で先端技術産業がさかんになったのはなぜだろう」という学習課題を設定する。・課題解決に向けて適切な資料を選択・活用し、考察させる。・ほかの人の意見を参考にし、複数の視点から自分の考えをまとめさせる。
・学習課題の解決に関わる資料を適切に選択し、読み取っている。� 【資料活用の技能】・アメリカ合衆国で先端技術産業がさかんになった理由について、他国の重工業の発展との関係にふれながら、サンベルト、シリコンバレーという語句を用いて適切に表現している。� 【社会的な思考・判断・表現】
5
5.北アメリカ州のまとめ
・北アメリカ州について学習したことを、白地図等にまとめさせる。・コンセプトマップを再度作成し、学習前に作成したものとの変化を読み取らせる。
・北アメリカ州の特色について考察した過程や結果を、自然環境、歴史、生活と文化、農業、工業という視点から白地図を活用してまとめている。� 【資料活用の技能】
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とを共通理解し、これから学ぶ北アメリカ州の農業は、私たちの生活に直接大きく関わっているという意識を高めたい。②『社会科 中学生の地理』(以下、教科書)から、アメリカ合衆国とカナダが多くの農産物を輸出していることを理解する。
図1 『社会科 中学生の地理』p.85⑦日本のおもな農産物の輸入先
まず、先ほどのTPPに関連して、農業における日本への影響の裏づけともなる、教科書p.85「⑦日本のおもな農産物の輸入先」(図1)のグラフを読み取らせる。TPPに関しては、関税を撤廃することにより、米など、このグラフにはない農産物なども安価に輸入できるようになること(デメリットのみに偏らないよう留意する)を補足し、①の学習活動からの流れを大切に、日本とアメリカ合衆国の密接な関係も理解させたい。また、「どうして牛肉はオーストラリアから多く輸入しているのか」という疑問に対しては、2000年代前半のBSE問題にふれ、それ以前はほかの項目と同様にアメリカ合衆国から多く輸入していたという事実も理解させたい。 次に、教科書p.84「②世界のおもな農産物の輸出量にしめるアメリカ合衆国とカナダの割合」(図2)のグラフから、大豆、とうもろこし、綿花に関しては、アメリカ合衆国は約4〜5割、小麦に関しては、アメリカ合衆国・カナダ合わせて約3割の輸出「割合」を占めることをまずつかませる。割合を示すグラフには、その周りに「総量」や「総額」が提示されている。そこで、「アメリカ合衆国はとうもろこしをいったいどれだけ輸出しているのだろう?」と輸出「量」を問い、考えさせる
ことで、「割合」と「量」の読み取り方、求め方を確認したい。 そのうえで、「なぜ北アメリカ州は多くの農産物を生産し、輸出できるのだろうか」という学習課題を設定したい。
(2) 展開①学習課題に対する答えを予想する。 学習課題を設定したあとは、まず予想をたてさせる。この際、予想の根拠となるのは、これまでの既得の知識、生活体験等である。多面的・多角的な考察を促す手だての一つとして、ほかの人の考えから自分と異なる視点を見出すことがあげられる。自由に予想し、発表させるなかで、自分と異なる考えにふれさせることで、このあとの学習活動において多面的・多角的な考察を行う視点を発見させたい。②教科書や『中学校社会科地図』(以下、地図帳)から、課題解決へ向けた根拠となり得る適切な資料を選択する。 教科書や地図帳には、学習課題の解決に関わる適切な資料が豊富に掲載されている。指導要領解説に明記されているように、社会科において「資料に基づいて多面的・多角的に考察」させるためには、「資料を適切に収集、選択、処理、活用」させることが肝要である。本時では、学習課題の解決に向けて、資料を適切に「選択」させること、
「活用」させることに主眼をおく。 北アメリカ州が多くの農産物を輸出できるのは、気候や土壌などの自然環境に合わせた農業を大規模に行っていることが第一にあげられる。自然環境に合わせた農業を行っていることに関しては、教科書p.85「④アメリカ合衆国とカナダのおもな
図2 『社会科 中学生の地理』p.84②世界のおもな農産物の輸出量にしめるアメリカ合衆国とカナダの割合
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授業研究 地 理
農業地域」や地図帳p.58「⑤アメリカ合衆国・カナダの農業の分布」を選択させたい。また、大規模な農業を行っていることに関しては、教科書p.84の写真「①大豆の収穫とインターネットを使った情報の収集」や声「大豆やとうもろこしをつくる農家の人の話」、地図帳p.58「⑧大規模な農業」が根拠となろう。 上記に加えて、アグリビジネスの中心に位置し、世界の穀物の価格に影響を与える穀物メジャーの存在にも気づかせたい。p.85「⑥輸出される小麦」
(図3)と教科書本文を併せて読み取るなかで、効率のよさを追求するアメリカ合衆国の農業の特色を浮かび上がらせることができる。
図3 『社会科 中学生の地理』p.85⑥輸出される小麦
③各自で選択した資料が適切かどうか、小グループで検討する。 ②で各自が選択した、学習課題「なぜ北アメリカ州は多くの農産物を生産し、輸出できるのだろうか」に対する答えを導き出すための根拠となり得る教科書や地図帳の資料を、互いに発表し合う。
「教科書○ページの△△という資料から、北アメリカ州は◇◇だから多くの農産物を生産し、輸出できるといえると思います」と発表させ、その妥当性について、グループ内で議論・検討させたい。このようなグループ交流は、多面的・多角的な考察を促す一助となり、調べ学習の成果を、単なる発表(会)形式で終わらせないための一案になると期待できる。また、普段使用している教科書や資料集にある資料の見方・考え方が深まったり、その資料がもつ価値を再発見したりするなど、社会科における言語活動の質を高めることにもなろう。 時間に配慮しつつ、できれば各グループで検討
した内容を全体で交流させたい。(3) 終結①グループ交流や全体交流をもとに、学習課題に対する自分の答えを再度まとめる。②次時の学習内容(世界をリードする大規模な工業)を知る。
4 おわりに
今後の動向が大いに注目されるTPP問題。中学生にこの問題を主体的に、また切実に考えさせたいと願うとき、日本との関係に留意しつつ、基礎的・基本的な北アメリカ州(とくにアメリカ合衆国)の学習内容を理解させる必要性を強く実感する。本単元では、TPPと自分の生活との関わりに気づかせつつ、資料を適切に選択させること、多面的・多角的に考察させることを学習活動の柱にすえた。しかし、反省点も多く残る。あくまで、その土地で生活する人(々)のくらしの理解のために資料にあたり、読み取り、考えることが生徒にとっての地理の学びであるということをつねに念頭におき、よりよい実践を模索していきたい。
授業で使用した学習プリント
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