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提言:「組織開発」と「対話」の力 02 探求:戦略実行のためのコミュニケーション変革 04 実践:組織の連携をうながす「対話」の力 06 共想・知創:社会を知る 10 メッセージ:xchangeリニューアルのご挨拶 11 組織を変える個の力 希望をつなぐ対話 発行年月日:2013年12月15日(季刊発行) 発行責任者:芳澤宏明 編集長:西山裕子 編集メンバー:小串記代 取材協力:太田奈緒子 制作協力:(株)エフビーアイ・コミュニケーションズ 株式会社 富士ゼロックス総合教育研究所 〒106-0032 東京都港区六本木3-1-1 六本木ティーキューブ14階 TEL: 会社代表 03-5574-1511 『xchange communicatio』は、 皆さまとパフォーマンスを 考える「場」です。 ご感想・ご意見、 またはバックナンバーご希望の際は 下記メールアドレスへ お寄せ下さい。 [email protected] http://www.fxli.co.jp/ Cover Photo ヴェネツィア サン・マルコ広場 (イタリア) 118の小島の集合からなるヴェネツィア は、中世以来海上貿易で栄え、「アドリア海 の女王」と称えられた。もとは「ラグーナ」と 呼ばれる干潟に、6世紀に異民族から追わ れた本土の人々が小さな浮島を築き、400 を超える橋でつないで現在のような街が できあがった。地中海交易に乗り出した ヴェネツィアの人々は、優れたものなら何 でも積極的にとり入れた。東は中国へ、西 はイギリスまで航路を拡げ、ここで東西の 文化が融合した。あらゆる自由が認められ た海の都は、ルネサンス運動の最後の拠点 にもなる。 「communicatio(コムニカチオ)」とはコミュニケーションの語源の一つで 「他者と分かち合う」ことを意味します。コミュニケーションにフォーカスしながら、 企業の枠に留まらない社会への視点を持った情報を発信してまいります。 Winter 2013 vol.127

組織を変える個の力 - PERSOL(パーソル)グループ...変化の激しい現代においては、変化に適応するだけでなく、変化を生み出していくような組織力を高める

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Page 1: 組織を変える個の力 - PERSOL(パーソル)グループ...変化の激しい現代においては、変化に適応するだけでなく、変化を生み出していくような組織力を高める

提言:「組織開発」と「対話」の力 02

探求:戦略実行のためのコミュニケーション変革 04

実践:組織の連携をうながす「対話」の力 06

共想・知創:社会を知る 10

メッセージ:xchangeリニューアルのご挨拶 11

組織を変える個の力希望をつなぐ対話

発行年月日:2013年12月15日(季刊発行)発行責任者:芳澤宏明編集長:西山裕子編集メンバー:小串記代取材協力:太田奈緒子制作協力:(株)エフビーアイ・コミュニケーションズ

株式会社 富士ゼロックス総合教育研究所〒106-0032 東京都港区六本木3-1-1 六本木ティーキューブ14階TEL: 会社代表 03-5574-1511

『xchange communicatio』は、皆さまとパフォーマンスを考える「場」です。ご感想・ご意見、またはバックナンバーご希望の際は下記メールアドレスへお寄せ下さい。

[email protected]://www.fxli.co.jp/

Cover Photoヴェネツィア サン・マルコ広場

(イタリア)

118の小島の集合からなるヴェネツィア

は、中世以来海上貿易で栄え、「アドリア海

の女王」と称えられた。もとは「ラグーナ」と

呼ばれる干潟に、6世紀に異民族から追わ

れた本土の人々が小さな浮島を築き、400

を超える橋でつないで現在のような街が

できあがった。地中海交易に乗り出した

ヴェネツィアの人々は、優れたものなら何

でも積極的にとり入れた。東は中国へ、西

はイギリスまで航路を拡げ、ここで東西の

文化が融合した。あらゆる自由が認められ

た海の都は、ルネサンス運動の最後の拠点

にもなる。

「communicatio(コムニカチオ)」とはコミュニケーションの語源の一つで「他者と分かち合う」ことを意味します。コミュニケーションにフォーカスしながら、企業の枠に留まらない社会への視点を持った情報を発信してまいります。

Winter 2013

vol.127

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変化の激しい現代においては、変化に適応するだけでなく、変化を生み出していくような組織力を高める

こと、そして組織が存続していく強みを際立たせることが重要となっています。一人ひとりの Humanity を

大切にする「組織開発」は、疲弊する現場が持続的で自発的な力を取り戻すこと、言い換えれば、個の多

様性を尊重し、組織とゆるやかにつながること、一人ひとりの当事者意識を高め、組織の活動への参加や

関与を促し、自ら変革を起こす持続的な力を呼び起こす、そのような人と組織の在り方を目指すものです。

組織における効率重視の問題解決的な取り組みは、短期的には成果を上げても、本質的な課題とはかい

離したものになってしまう。また、情報共有を促進しても、新たな価値の創出には発展しない。といったこ

とはないでしょうか。「対話」は、そのプロセスを体感することを通じて、自分自身のものの見方を相対化し、

自己理解や他者との相互理解を深めることにつながります。組織において、効率的、効果的なコミュニケー

ションを図るための土台となる「解釈の枠組み」を共に作り上げるプロセスにもなるでしょう。また、多様

性に意味を見出し、新しいアイディアを創出するために、情報や知識に新たな意味や価値をもたらす相互作

用をも生み出すものです。

現代の日本は、希望の持てない、持ちにくい時代だと言われます。会社や自分の将来に何となく希望が

持てないという方は少なくないのではないでしょうか。それでは、希望とは何か。あらためて考えるために、

希望学 * にヒントを求めてみました。そこでは次のように表現されています。

「希望は現状の維持を望むというよりは、現状を未来に向かって変化させていきたいと考えるときに

表れるものなのです…現状のきびしさを認めつつも、より良い未来が待っていると信じられるような変

化が期待できるときに、希望は育まれていくのです。」

「Hope is a Wish for Something to Come True by Action (with others).

(他者と共に)行動によって何かを実現しようとする気持ち」

この中に含まれる、「他者とのつながり、行動、何か、実現、気持ち」が希望の柱であり、どれが

欠けても、希望を持続することは難しい。

希望の柱となる「Something(何か)」は個人と組織をつなぎ、また社会とのつながりにも発展しうるも

のでしょう。「Something(何か)」が一人ひとりにとって、挑戦しがいのある、可能性を感じられるもので

あるかどうかが鍵となります。希望の柱を育み、強固なものにしていくこともまた、「組織開発」と「対話」

の力によって実現できるものではないでしょうか。

編集長  西山 裕子

*玄田有史 『希望のつくり方』、岩波新書、2010

「組織開発」と「対話」の力

「communicatio(コムニカチオ)」とはコミュニケーションの語源の一つで「他者と分かち合う」ことを意味し

ます。弊社の原点でもある「Xerox Philosophy*」に立ち返り、コミュニケーションにフォーカスしながら、企

業の枠に留まらない社会への視点を持った情報を発信してまいります。

*Xerox Philosophy “Our business goal is to achieve better understanding among men

through better communications.

(我々の事業の目的は、より良いコミュニケーションを通じて、人間社会のより良い理解をもたらすこ

とである。)”

人と組織に関する問題は、そのほとんどがコミュニケーションに起因しているといっても過言ではないでしょ

う。自分の考えを誰かに伝え、分かってもらう、受け止めてもらう。相手の言っていることを理解する、共有

する。コミュニケーションはシンプルなことの積み重ねですが、メディアやツールの進化は年々加速し、コミュ

ニケーションのスタイルと共に、その質や量の劇的な変化をもたらしています。関わる人の拡がり、関わり方

の複雑化、多様化に直面する現代は、個人としても組織としても、コミュニケーションを通じた在り方を再考

させられる時代といえるかもしれません。

リニューアル第1号では、組織のコミュニケーションを変革するプロセスに注目し、組織開発や対話の力、

その可能性について「探求(アカデミアからのメッセージ)」と「実践(事例紹介)」の視点から紹介します。

xchangeは名称を「x

エ ク ス チ ェ ン ジ

change cコ ム ニ カ チ オ

ommunicatio」と改め、「コミュニケーションを軸に、お客さまと共に考える」

媒体としてリニューアルしました。

組織の変革は、構造や制度などの「ハードな側面」の変革と、コミュニケーションやリーダーシップ、規範や風土などの

「ソフトな側面」の変革に大別されます。当事者が組織のソフトな側面の現状に気づき、その変革に取り組んで

いくのが組織開発(organization development)です。コミュニケーションが変わり、職場や組織で語られる

ことが変わることで、仕事の仕方や質、お互いの関係性や関わり方が改善され、

結果や成果が向上していきます。

生活者・消費者への貢献という社会に開かれた視点を取り入れて、環境の変化にも適応できる組織風土に変えていく、

そのような組織風土づくりが現場の対話会からスタートした事例です。対話のコンセプトや背景にある

問題意識、また取り組みの結果生じた意識の変化について紹介します。

戦略実行のためのコミュニケーション変革

~結果や数値中心のコミュニケーションをいかに変えるか~

組織の連携をうながす「対話」の力

~かかわりの変革から、組織の知・社会への価値創造に挑戦する、そのプロセスはどのようなものか、

組織風土づくりに取り組む事例から紹介する~

探求 実践

提 言

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2. コミュニケーションの変革と組織開発

 数値中心のコミュニケーションは、多忙かつ短期的な成果を求められる現在の状況が要因となって生じていることについて、これまで述べてきました。そして、短期的な視点から数値や結果についてコミュニケーションされることが、戦略が実行できる「強い組織」「強い職場」は育まれません。 組織の変革は、構造や制度などの「ハードな側面」の変革と、コミュニケーションやリーダーシップ、規範や風土などの「ソフトな側面」の変革に大別されます。ハードな側面の変革は外科手術のようなもので、ソフトな側面の変革は体質改善や漢方薬による治療のようなものです。組織を人間にたとえると、強い人間になるためには、当事者が自ら変革に取り組みながら体質改善をしていくことが必要です。組織や職場も同じで、強い組織や職場になっていくためには、当事者自らが組織や職場のソフトな側面、すなわち、コミュニケーションのあり方やお互いの関係性、リーダーシップのありようや組織の風土の変革に取り組む必要があります。当事者が組織のソフトの側面の現状に気づき、その変革に取り組んでいくのが組織開発(organization development)です。 コミュニケーションの変革は組織開発の重要なテーマの一つです。人と人とがどのように関わっているかがコミュニケーションに表れてきます。コミュニケーションが変わり、職場や組織で語られていることが変わることで、仕事の仕方や質、お互いの関係性や関わり方が改善され、結果や成果が向上していきます。 しかし、短期的な視野から数値中心にコミュニケーションがなされている会議はすぐには変わりません。先に述べたように、短期的な視点から数値中心にコミュニケーションがなされることは様々な要因によって強化されているとともに、多忙な中でコミュニケーションにエネルギーを省くことができるためです。しかも、たとえば会議でそのようなコミュニケーションが慣例化していると、会議とはそういうものだという規範

(ノーム)が形成されていきます。

3. 変化の公式

 では、短期的視点での数値が中心となるコミュニケーションはどのように変革できるのでしょうか?組織開発では、変化が生じる際の要因を説明するための「変化の公式」(ベックハード&ハリス)が提唱されています。それは、

C = [ A B D ] > X

 C は変化、A は現状への不満足、B は変化後の状態の望ましさ、D

は変化の現実性(最初のステップの理解)、X は変化に伴うコスト、です。 この公式を当てはめると、まず、コミュニケーションの変革のためには、コミュニケーションの現状に不満や危機感(A)を当事者がもつ必要があります。これは自分達の現状(ソフトな側面やコミュニケーションのあり方の現状も含めて)に気づく過程です。現在の業績だけではなく、自分達の仕事の仕方やコミュニケーションの現状や問題点に気づくことから変化は始まります。特に、短期的な視野での数値中心のコミュニケーションの問題に気づくためには、そのデメリット(特に長期的視点から捉えた問題点)について理解することが重要だと思われます。 また、B(変化後の状態の望ましさ)が高まるための一つの方法は、自分達のビジョンを社員自らが作ることです。組織の戦略やビジョンは上層部で作られ、それが上から与えられるだけでは、一人一人の社員にそのビジョンが内在化され、社員の内発的動機づけが上がることは起こり得ません。将来の状態に対して内発的動機づけが高まるためには、自分達でビジョンを創る(=自己決定)ことが必要になります。たとえば、組織全体のビジョンのもとで、部署ごとに自分達でビジョンを創ることで B(変化後の状態の望ましさ)は確実に高まります。部署ごとに自分達で自らの戦略やビジョンを作る手法は、GE が実施しているCAP(チェンジ・アクセラレーション・プログラム)や、フューチャーサーチや AI の応用などで可能になります。 D(変化の現実性)は、そのステップの明白さ、つまり、最初に何に取り組めばよいかが明確で共有されていることです。そのためには、社員自らが創った、自分達の部署のビジョンの実現や戦略実行に向けて、会議やミーティングにおけるコミュニケーションを変革していく必要があります。短期的な視点での数値中心の会議から、ビジョンや戦略の実行のための創造的で双発的な会議にコミュニケーションに変革していくことで、会議が戦略実行の原動力になっていきます。コミュニケーションを変革するための具体的な方法(組織開発の手法やプログラム)を導入していくことで、変革のためのステップが明確になり、当事者の理解を得られやすくなり、D(変化の現実性)が高まります。

1. 結果や数値中心のコミュニケーションがなぜ起こるのか

 戦略やビジョンを策定し、その実現を目指す、「戦略的変革」が多くの日本企業で行われています。戦略やビジョンに基づいて、業績の年度単位の数値目標を上層部が設定し、各部署にその数値目標の到達を目指すように伝える、という形が取られることもあります。特に営業部門は結果が売り上げという数値で表されるので、各部署の数値目標が企業の上層部から降りてくることが多くなります。その結果、特に営業部門で起こりやすいコミュニケーションの問題として、会議や普段の会話で数値(数値目標とその達成)がやりとりされ、短期的な視野で結果とその対策について話される、という現象が起こっています。このコミュニケーションのパターンが、社員による主体的で創造的な戦略実行を阻んでいます。 まず、特に営業部門の会議や普段の会話で、コミュニケーションの内容が結果や数値が中心になっている状況や、それはなぜなのかについて考えていきましょう。読者の皆さんの職場では、会議で数値目標が達成されたかどうかや、今期は売り上げがあとどれだけ足りないかについて話される、という状況はありませんか?このような会議では報告型になりがちで、その仕事の目的や意味、顧客への提供価値などについて考える双方向の対話は少なくなります。また、現在の結果やその対策について焦点が当たるので、ビジョンや戦略などの将来に向けた長期的視点から現在を考えることも少なくなります。 数値で話されることのメリット、それは明快で客観的であり、わかりやすく、説得性があることでしょう。心理学では「認知的ケチ」と呼ばれる現象が起こることが知られています。すなわち、複雑で難しい認知的処理よりも、単純で簡単な認知的処理を人間は行いやすいという現象です。一方で、数値で話されることのデメリットは、その数値の裏にある意味や目的について語られなくなることです。加えて、先に述べた

ように、数値は組織の上層部から降りてくることが多いので、他者から与えられた数値目標に対して社員の外発的動機づけが高まることはあっても、社員の内発的動機づけが高まることはありません。 短期的な視点からものごとを考え、コミュニケーションがなされることの問題、それは目の前の問題とその対処に追われ、戦略やビジョンといった長期的な視点からの変革やイノベーションについて創造的に考えることができなくなることです。ある講演会で某有名中小企業の社長さんが、「四半期決算が日本企業をダメにした」と明快に語っていました。3か月で数値として結果を出さなければならない状況のもとでは、長期的な視点からものごとを深く、かつ、創造的に考えることが難しくなります。 現在の日本企業(特に営業部門)を取り巻く状況は、短期的視点から数値を中心にコミュニケーションがなされる傾向を強化しています。人員削減による多忙化によって(「認知的ケチ」の理論が想定しているように)、人はコミュニケーションにかけるエネルギーを少なくし、シンプルでわかりやすい数値や結果を中心にコミュニケーションがなされていきます。また、数値という明確で客観的な指標をもつ(=正解がある)共通言語を用いることで、人々は異議を唱えることが難しくなり、上司やマネージャーはコミュニケーションをコントロールできます。つまり、多様な考え方や価値観をもつ部下をマネジメントしていく際に、数値で語ることが簡便で省エネできる道具になります。その結果、職場内のコミュニケーションは、意味や目的よりも「数値」、思いやストーリーよりも「結果」、プロセス(お互いの関係性)よりも「コンテント(仕事の内容)」、将来よりも「目の前」、戦略よりも「対策」、衆知を集めた決定よりも「前例による決定」になっていきます。しかし、それでは社員が主体的に考え、社員個人やチームの潜在力が発揮されるような組織づくりはできません。

プロフィール / Kazuhiko Nakamura

名古屋大学大学院教育学研究科教育心理学専攻後期博士課程満期退学。専門は組織開発(OD)、人間関係トレーニング、グループ・ダイナミックス。米国NTL Institute組織開発Certificate Program修了。人間関係トレーニングのファシリテーション、組織開発コンサルティングなどの実践に取り組む。プロセス・コンサルテーション、組織診断とフィードバック、グループプロセスへの働きかけ、対話型組織開発の手法であるフューチャーサーチやAIの実践をしてきている。ODに関する論文としては、「組織開発とは何か?」、「ゲシュタルト組織開発とは何か?」(「人間関係研究」に掲載)を執筆している。

南山大学人文学部心理人間学科 教授 中村和彦

戦略実行のためのコミュニケーション変革~結果や数値中心のコミュニケーションをいかに変えるか~

探 求

4 5

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組織の連携をうながす「対話」の力~かかわりの変革から、組織の知・社会への価値創造に挑戦する、  そのプロセスはどのようなものか、組織風土づくりに取り組む 事例から紹介する~

組織風土づくり

 そもそも今回の取り組みは、組織の現状を把握するために、A 社から富士ゼロックス総合教育研究所(以下、FXLI)に従業員意識調査を依頼されたことがきっかけであった。しかし、意識調査だけでは調査結果がマネジメント層に共有されるだけで終わってしまい、現場には共有されず、その結果、現場の意識と行動は何ら変わらないということが多い。そこで、FXLI 側が提案したのは、意識調査をコミュニケーションのツールとして活用し、対話の要素を入れた小集団活動を通じて、組織風土を変えていくというものである(図 1)。 意識調査の結果、部門間連携に課題があることが明確になった。ただその前提としての職場内の連携すら取れていないという問題意識があり、まず足下を固めないことには課題解決ができないと考え、施策は3カ年計画で進めることになった。初年度は意識調査による現状把握とマネジメント層の意識合わせ、次年度にグループ対話会(職場単位)、最終年度に部門対話会(グループ混合)を行う、というのがその概要である。対話会の目的は、お互いの強みを活かし、支援し合う関係づくりであるが、いきなり組織間の連携に着手するのではなく、あえて基礎固めとして、一番小さい単位であるグループの中の関係性を変えていくことからスタートした。

 コミュニケーションの場としては、マネジメント合宿などマネジャー層を対象としたものと、グループ対話会や部門対話会など現場でメンバーを含めて行うものを両輪とするコミュニケーション・プロセスを設計した。対話のポイントは、そこに組織や会社を良くしたいという社内の視点だけでなく、生活者・消費者のために何ができるかという社外の視点を入れたことである。社会とのつながりを意識したコミュニケーションを回していくことで、組織連携の必然性を理解できるようにした。

 グループ対話会は年間 6 回(2 カ月に 1 回)開催。実際に現場の活動を牽引していくのは社内ファシリテーターである。ファシリテーターはコーチングの有資格者を中心に社内から適任者を選定し、事前にトレーニングも行った。対話会以外でも現場から出てくる不満の受け皿になるなど、その献身ぶりや真剣な姿勢は社内に強い影響力を持つことになった。 組織内連携ができてきたところで、本来の課題である部門間連携に向けた取り組みとして部門対話会がスタート。ホールシステム・アプローチ * という手法を活用し、対話の場のさらなる活性化を狙った。その詳

細については後述する。

 仕事の生産性を高めるため、業務の細分化、専門化が進んでいる。また、成果主義に基づく評価制度により、いかに効率よく自分の目標を達成するかが求められている。そうした職場環境が一人ひとりの仕事や成果に対する責任意識を高め、個人の力を引き出す一方、組織としての力や協力関係を弱めていると感じる方も多いのではないだろうか。 A 社は医薬、健康、環境など幅広い分野で事業展開を行っている。同社を研究開発の面から支えるのが研究開発部である。昨今、消費者・生活者を起点とする商品開発やイノベーション創出の必要性から、以前にも増して組織間の連携が強く求められる場面が増えてきている。それは研究開発部おいても例外ではない。もとより専門性が非常に高く、その専門性をもっと突き詰めたいという職業的欲求や、仕事に対する達成意欲も強い部門だが、しかし、そうした強みがかえって連携を困難にしているという側面があるようだ。具体的に何が起きているかといえば、目の前の仕事に関しては愚直にやり抜く一方、それ以外の分野には目が行かず、いわゆる「仕事の三遊間」を誰もカバーしない。それぞれがそれぞれで仕事を完結させ、他者と積極的に交わらないため、新しい領域が発展していかない。 個人や組織が連携しあう風土に変えていくにはどうすればいいか。A 社・研究開発部における取り組み事例を追っていく。

P

D

C

AP

D

C

A

現状把握

課題抽出対策立案2

3

現状把握意識、風土の変化

1

課題抽出対策立案

現状把握意識、風土の現状

1

2

3

グループ横断の取り組み●仕組み、制度●マネジメント

各グループでの取り組み●小集団(職場別)活動

図1 小集団活動を通じた組織風土づくり

実 践

6 7

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対話会のコンセプト

 施策の中心となる対話会のコンセプトについて触れたい。まず基本的な考え方としてあるのが、個人の活性化が職場を活性化し、職場の活性化が会社を活性化する、ということである。個人が自信を持っていること、自律していることが周囲とのいい関係を生み、チーム力を高める。そして職場のいい関係が組織全体を変えていく。言い換えれば、組織を変革するときは、個人を手当てするところから始める必要があるということだ。 そのプロセスを細かく示したものが、「組織革新における関係構築のステップ」(図 2)である。4 段階のステップは、組織変革を成し遂げるまでにクリアすべき手順を示している。このうち、グループ内で問題が可視化されるのが 2 番以降である。そして、それを解決しようとするときは、2 番以降のステップだけを回していく、というのがよくある問題解決の流れであろう。しかし、もしかしたら見えているのは問題の一部かもしれない。あるいは、本当は問題ではなかったり、別のところに別の問題が隠れていたりするかもしれない。そうしたことを明らかにするのが、1 番のステップだ。一人ひとりが心の中で思っていることや違和感を話し合い、お互いを理解した上で、何が本当に問題なのかを突き止めていく。 グループ対話会は、そうしたところにまで踏み込めるような構成にした。まずは自分と周囲を知る(ステップ 1)。次に職場の現状と目指す姿を考える(ステップ 2)。そして具体的な実行計画を立て、課題解決の方向を探る(ステップ 3)。最後にその振り返りをする(ステップ 4)という流れである。

 こうした関係構築のステップを別のモデルで示したものが、「成功循環モデル」である(図 3)。お互いがよく理解しあい、一人ひとりが力を発揮する基盤として「関係の質」を高めることからスタートすることが、組織に成功をもたらすという考え方だ。関係が良くなると、本質的なことやこうしていきたいと思うことを一緒に考えることができ、「思考の質」も高まる。それが「行動の質」「結果の質」にも良い影響を与え、良い循環が生まれていく。ちなみに行動や結果だけを見て、それを是正しようとするところから始めると、上手く行かない。なかなか成果が上がらないとき、「関係の質」が悪化し、それが「思考の質」を下げ、「行動の質」「結果の質」もさらに低下させる、という悪循環になってしまうのである。

 グループ対話会終了後に行ったアンケートでは、個人の意識としては「お互いの考え方・価値観を理解しあう」というのが一番変化した点であった。職場の関係性については、「一方的でない話し合いができる雰囲気になった」という評価となった。いずれもやってきたことそのものであり、自己理解と相互理解の好循環が生まれつつある結果といえよう。

部門対話会への展開

 グループ対話会は部門間連携に向けてのいわば助走であった。部門対話会ではいよいよ本格的に離陸する。組織の壁を越えて人と人とが活発に交流し、対話がさらに活性化されるような場づくりをしていくことが必要だ。 そこで、組織開発の有効な手法として注目されているホールシステム・アプローチを活用した。メンバーや組織が持つ強みや価値などポジティブな面に光を当て、それを高めていくということを重視した。それは、強みを認識し、成長を探求することが、変化の原動力になり、本質的な変革を実現するという考え方に基づいている。ちなみに、これと真逆の手法が、問題解決型アプローチである。目指すべき姿と現状との差異や問題に焦点を当て、その原因を探り、解決していくやり方である。 部門対話会では部門としてのありたい姿を実現するために何ができるかを明確にしていくことを全体のテーマとした。また、オープンな会話や、参加者の主体性にも気を配り、できるだけ多様な参加者と対話できるようにした。 現時点では本部対話会参加者のモチベーション、場の活性化度合いは間違いなく上がっている。対話会で得た気づきが、グループでの対話にも良い刺激を与えているようだ。当初、部門全体での対話から始めたいという声もあったが、あえてグループ内で場を閉じ、基礎固めをしっかり行ったことが功を奏したといえるだろう。

今後に向けて

 グループ対話会、部門対話会を通じて、「関係の質」「思考の質」は確実に変化してきている。今後は「行動の質」「結果の質」にいつ、どのような形で変化が現れてくるか、注視していく必要がある。具体的には、組織のヨコ連携の中から自発的な活動が立ち上がってくることが、1 つの指標となるだろう。良い循環を回していくためには、そうした動きを支援する取り組みをしていくことも重要になるはずだ。 組織内・会社内の改革にとどまらず、生活者・消費者への貢献という社会に開かれた視点を取り入れることで、環境の変化にも適応できる組織風土に変えていく。それが対話会の目指す最終的な成果である。

*ホールシステム・アプローチとは、「多くの関係者が集まって、特定の課題やテーマについて話しあい、アイデアやアクションプランを生み出す対話の方法論の総称」である。

関係の質お互いをよく理解し合い、一人ひとりが力を発揮する基盤ができる

行動の質思いを実現するためにともにやりきる

結果の質結果をふり返り、絶えず学習することで個人も組織も成長する

思考の質本質的に大切なこと、“こうしていきたい” と思えることをともに考える

図3 成功循環モデル

*ダニエル・キム「成功循環モデル」をもとに加筆

ステップ1●自分と周囲の理解●一人ひとりの思いを発散し共有

ステップ2●目指す職場の状態の明確化●何をするかの決定

ステップ3●実行計画の実践上の課題共有●解決の方向の探索

ステップ4●実行計画の振返り●グループの変化の振返り

組織革新における関係構築のステップ

図2 組織革新における関係構築のステップ

8 9

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当社では、今年、社会と企業、および個人の関係性についての研究

活動を開始した。中長期的な社会ニーズを事業と関係付け、イノベー

ションを生み出す企業の戦略として形作っていくことが必要との認識の

下、あらゆる垣根を超えた “ 社会知 ” をもたらすコミュニケーション基

盤構築に取り組み始めている。

これに至った私自身の原体験の一つとして、仕事での地域コミュニ

ティ活動のなかで刻まれた言葉・シーンがある。

「それで、目的は何なのですか?」

地域の未来にとって求められるものは何か、本質的価値を探る対話

セッションを行った後、参加者から突き付けられたものである。

余りに素朴かつ本質を突いた問いに、見透かされた思いであった(飾

り立てた言葉では通用しなかった)。その後、対話を重ね、寄せられ

る期待とともに、企業としての戦略、本気度合いを試されていることを

知りながら、解き切ることができなかった。

ビジネスと地域貢献…。“ もはや両方である ” ということを、自分と

して、組織として、力に変える知慮と覚悟に乏しかったのである。こう

した苦い記憶、忸じく

怩じ

たる思いが、私自身を突き動かすものとなり、今

に至る源泉の一つとなっている。

また、この地域活動を通じ、“ スゴい若者たち ” と接する機会を得た。

“ 悟り世代 ” とも表されるが、今どきの思慮ある学生は社会貢献が

先に来る。様々な活動に勤しみ、そこで育まれている感性、さらには

SNS などでつながる軽やかさは、時としていいオトナの経験知をも凌

駕する。そして、こうした若者は、挙って社会の課題解決に向かい、

もはや企業の枠には留まらない。  

このような進化と呼ぶべき様を目の当たりにするに付け、今の企業

の価値観、働くことへの価値観では、こうしたあたらしい力を引き寄せ

られない、繋ぎとめられない。イノベーションが、益々企業から離れて

いくことになるのでは…。微かな疑念とともに企業の未来に対する漠

然とした危機感を抱くに至る(企業でこそ活かすべきと思いつつ、そ

の高い志と、覚悟の弱い自らの現状が交差し、それとして言い切るこ

とはできなかった )。

企業と個人、そしてこれを取り巻く社会との3つの観点で、これから

のあり様を考える大きなきっかけとなった。

そして今、こうした思いを、まずは探究し、論理的に飽和させるべ

く挑んでいる。

“Society-In”(ソサエティ・イン)という富士ゼロックスが 1993

年に提唱した経営思想の概念を紐解き、これを足掛かりにこれからの

社会と企業、そして個人との関係についての論考を記述した。

(「Society-In(ソサエティ・イン)/組織の未来」)

企業で働く一人ひとりが、お客さまや市場との関係だけではなく、“ ど

ういう社会を創り出していきたいのか ” を、日々の活動のなかで意識し

ていくこと、そのために、自らは何者で、何をやりたいのかという原点

に絶えず立ち返ることが、“創造的で発見的な競争”への第一歩となる。

これが一つのメッセージである。

また、社会との接点を強めることで、イノベーションの創出を図る先

行事例として、今回3社にご協力いただき、その取り組みを分析・記

述した。

全社変革活動が、社内から社外へと進化する過程を追ったケース 1。

失ったものを全て元通りにすることではなく、先を見据え、新しい歴

史を創るべく、震災復興支援と新規事業開発を結ぶケース 2。そして、

IT の先駆が、企業市民という米国の文化的価値観をもとにしながらも、

広く社会との関係を強める動き、“ そこにあるもの ” を解いたケース 3。

いずれも、社会の課題解決を自社と結び、あらたな価値を生み出そ

うとする歩みを追ったものである。そこにある“活・ ・ ・

きる鼓動 ”を感じ取っ

ていただければ幸いである。

「Societal Leaders プロジェクト」サイト:http://www.fxli.co.jp/co_creation/societal

富士ゼロックス総合教育研究所 研究室 荒木健次

社会を知る ~「地域」「スゴい若者」から芽・生・え・た・微かな疑念~

1.「“人”が原点に立ち返り、本社-営業現場-地域社会をつなぐ、“人づくりイノベーション”を加速中」/富国生命

2.東北から新たな産業を立ち上げる/NECネッツエスアイ

3.何故、社会課題解決にむかうのか。そこにある5つのもの/日本マイクロソフト

1985年創刊以来28年間皆様にご愛読いただきました “xchange” も今号で127号となりま

した。この “xchange” は、弊社が創設され来年で25周年を迎えますが、1989年の創設以前

の富士ゼロックス教育事業部の時代から発行させていただいております。まさに皆様にお読み

いただきながら、弊社の歴史を表現してきた刊行物でございます。           

変化の激しい現代社会、多様化する市場要求を企業成長のエネルギーに転換するための経営課

題は今や一言では語れない時代に突入しております。そのための人材育成、組織開発のあり方も

大きく変化をしています。改めて私たち富士ゼロックス総合教育研究所は経営理念にも謳っており

ます「人と組織の無限の可能性の追求」をお客様のパートナーとなり伴走させていただくために、

富士ゼロックスが大切にしている経営の原点でありゴールである Xerox Ph i losophy “Our

business goal is to achieve better understanding among men through

better communications.(我々の事業の目的は、より良いコミュニケーションを通じて、人

間社会のより良い理解をもたらすことである。)” by J.C.Willson(1946-1971 Corporate

executive,Xerox Corp,)に立ち戻り、これからの時代の人材育成と組織開発のあり方を今まで

の延長線とは異なる、新たな価値をご提言していく覚悟を全社員で再確認しました。私たちが豊

かで幸せな、そして有意義な生活をおくるための “コミュニケーション” はあらゆる生活のシーンで

とても重要な要素であることは申し上げるまでもありません。個人から組織、企業、社会で展開

されるあらゆる “コミュニケーション” のシーンに丁寧にフォーカスをあて、“xchange” を通じて

皆さまにその時代の新しいスタイルや動きそして経営イノベーションとの関係等を交え、今まで以

上に広い視覚をもってお伝えしてまいりたいと思います。                

今号より、サブタイトルを従来の “per forma” から、コミュニケーションの語源で “他人と分か

ち合う” ことを意味するラテン語“communicatio”とさせていただきました。引き続きご愛読いた

だけるよう、編集メンバー一同努力と研鑽をしてまいる所存です。今後ともお客様のパートナーと

して一層お役にたてる企業として成長してまいりたいと思っております。宜しくお願い申し上げます。

2013年12月

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所代表取締役社長 芳澤 宏明

今号よりxchangeは装いを新たにいたします

Message共想・知創未来を想い考える

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