6
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2 低炭素社会に向けた水素チェーンの実現可能性検討 Feasibility Study on the Hydrogen Energy Supply Chain for Low Carbon Society 山下誠二 * ・吉野泰 ** ・吉村健二 ** ・新道憲二郎 ** ・原田英一 ** Seiji Yamashita Yasushi Yoshino Kenji Yoshimura Kenjiro Shindo Eiichi Harada (原稿受付日 2013 9 27 日,受理日 2014 2 7 ) 1.はじめに 低炭素社会への移行が世界的な課題となっている中で, エネルギーセキュリティーの観点からも豊富で安定な新エ ネルギー源が求められている.豪州ビクトリア州の褐炭埋 蔵量は 1120 億トンで,そのうち 350 億トンが露天掘りで経 済的に採取可能と報告されている 1) .例としてロイヤン炭 鉱における褐炭採掘状況を図1 に示す. 褐炭は豊富な埋蔵量を誇るが,含有水分が多く輸送効率 や発電効率が低く,乾燥すると再吸湿性や自然発火性を有 するなどの短所があるため 2) ,炭鉱近傍の発電所で利用す る山元発電など現地利用に限定されているのが現状である. このような未利用褐炭を原料とした水素製造を行い,この 水素を液化・輸送して日本において消費する水素チェーン モデルの実現可能性および経済性について述べる. 図1 ロイヤン炭鉱における褐炭採掘状況 2.日本の水素需要と水素チェーン導入時期 日本の一次エネルギー需要は,()エネルギー総合工学 研究所が実施した需要分析結果を用いた.本検討はエネル ギーシステムコストが最小となる世界のエネルギー需給バ ランスを最適化する手法を用いており 3) ,検討の主な前提 として CO 2 削減量を 1990 年比で 2020 年に 25%, 2050 80%削減とし,最終エネルギー需要および水素以外の燃 料価格は資源エネルギー庁の統計 4)5) 等を基に設定した.ま た,原子力および再生可能エネルギーは,立地問題,国土 の制限等から大きく拡大させることは困難であろうという 想定の下,上限比率を設定した. 図2 に水素 CIF 価格 35¥/Nm 3 の場合の一次エネルギーお よび水素の需要分析結果を示す.水素は 2015 年頃から需要 が現れ,その後一次エネルギー需要が減少するにも関わら ず増加を続け,2025 年には年間 29.9MTOE の水素需要が 見込まれ,その後急激に増加するという結果となった 6) 水素価格の異なる 3 ケースについて 2025 年における水素需 要分析結果を表1 に示す.水素価格が高いほど水素需要が 少ないが,高値ケースの場合でも年間 18.3MTOE の大量の 水素需要が見込まれる.以上の検討結果をふまえて水素チ ェーンモデルの導入時期を 2025 年に決定した. なお,本稿における CIF(Cost, Insurance and Freight)価格と は海上輸送費および保険代を含む価格であり,国内揚荷お よび配送コストを含んでいない. 0 100 200 300 400 500 600 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 一次エネルギー需要 (MTOE) 石炭 石油 天然ガ子力 水素 水力 バイオマス 風力 図2 日本の一次エネルギー需要分析 6) A concept of hydrogen energy supply chain is proposed and its feasibility is examined. The hydrogen is derived from abundant brown coal in Australia. Co-produced CO 2 is stored in the CarbonNet, promoted by Australian government. The hydrogen is then liquefied, transported and utilized as carbon free energy in Japan. In the present study, conceptual design for the whole supply chain is conducted to evaluate CAPEX and OPEX. The result shows that the hydrogen CIF cost is 29.7 ¥/Nm 3 (22US$/MMBTU), revealing the feasibility of CO 2 free hydrogen supply chain in economically and technically. 32 回エネルギー・資源学会研究発表会の内容をもとに作成され たもの 川崎重工業株式会社 技術開発本部 技術研究所 673-8666 明石市川崎町 1 番 1 号 川崎重工業株式会社 技術開発本部 技術企画推進センター 673-8666 明石市川崎町 1 番 1 号 33

低炭素社会に向けた水素チェーンの実現可能性検討Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2 低炭素社会に向けた水素チェーンの実現可能性検討

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Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

低炭素社会に向けた水素チェーンの実現可能性検討 Feasibility Study on the Hydrogen Energy Supply Chain for Low Carbon Society

山 下 誠 二 *・ 吉 野 泰 **・ 吉 村 健 二 **・ 新 道 憲 二 郎 **・ 原 田 英 一 ** Seiji Yamashita Yasushi Yoshino Kenji Yoshimura Kenjiro Shindo Eiichi Harada

(原稿受付日 2013 年 9 月 27 日,受理日 2014 年 2 月 7 日)

1.はじめに

低炭素社会への移行が世界的な課題となっている中で,

エネルギーセキュリティーの観点からも豊富で安定な新エ

ネルギー源が求められている.豪州ビクトリア州の褐炭埋

蔵量は 1120 億トンで,そのうち 350 億トンが露天掘りで経

済的に採取可能と報告されている 1).例としてロイヤン炭

鉱における褐炭採掘状況を図 1 に示す.

褐炭は豊富な埋蔵量を誇るが,含有水分が多く輸送効率

や発電効率が低く,乾燥すると再吸湿性や自然発火性を有

するなどの短所があるため 2),炭鉱近傍の発電所で利用す

る山元発電など現地利用に限定されているのが現状である.

このような未利用褐炭を原料とした水素製造を行い,この

水素を液化・輸送して日本において消費する水素チェーン

モデルの実現可能性および経済性について述べる.

図 1 ロイヤン炭鉱における褐炭採掘状況

2.日本の水素需要と水素チェーン導入時期

日本の一次エネルギー需要は,(財)エネルギー総合工学

研究所が実施した需要分析結果を用いた.本検討はエネル

ギーシステムコストが 小となる世界のエネルギー需給バ

ランスを 適化する手法を用いており 3),検討の主な前提

として CO2 削減量を 1990 年比で 2020 年に 25%,2050 年

に 80%削減とし, 終エネルギー需要および水素以外の燃

料価格は資源エネルギー庁の統計 4)5)等を基に設定した.ま

た,原子力および再生可能エネルギーは,立地問題,国土

の制限等から大きく拡大させることは困難であろうという

想定の下,上限比率を設定した.

図 2に水素 CIF 価格 35¥/Nm3の場合の一次エネルギーお

よび水素の需要分析結果を示す.水素は 2015 年頃から需要

が現れ,その後一次エネルギー需要が減少するにも関わら

ず増加を続け,2025 年には年間 29.9MTOE の水素需要が

見込まれ,その後急激に増加するという結果となった 6).

水素価格の異なる3ケースについて2025年における水素需

要分析結果を表 1 に示す.水素価格が高いほど水素需要が

少ないが,高値ケースの場合でも年間 18.3MTOE の大量の

水素需要が見込まれる.以上の検討結果をふまえて水素チ

ェーンモデルの導入時期を 2025 年に決定した.

なお,本稿における CIF(Cost, Insurance and Freight)価格と

は海上輸送費および保険代を含む価格であり,国内揚荷お

よび配送コストを含んでいない.

0

100

200

300

400

500

600

2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050

一次

エネ

ルギ

ー需

要 (

MTO

E)

石炭

石油

天然ガス

原子力 水素

水力

バイオマス風力

図 2 日本の一次エネルギー需要分析 6)

A concept of hydrogen energy supply chain is proposed and its feasibility is examined. The hydrogen is derived from abundant brown coal in Australia. Co-produced CO2 is stored in the CarbonNet, promoted by Australian government. The hydrogen is then liquefied, transported and utilized as carbon free energy in Japan. In the present study, conceptual design for the whole supply chain is conducted to evaluate CAPEX and OPEX. The result shows that the hydrogen CIF cost is 29.7 ¥/Nm3 (22US$/MMBTU), revealing the feasibility of CO2 free hydrogen supply chain in economically and technically.

第 32 回エネルギー・資源学会研究発表会の内容をもとに作成され

たもの

*川崎重工業株式会社 技術開発本部 技術研究所

〒673-8666 明石市川崎町 1番 1号 **川崎重工業株式会社 技術開発本部 技術企画推進センター

〒673-8666 明石市川崎町 1番 1号

33

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

表 1 2025 年における水素需要分析

MTOE:石油換算百万トン

1TOE = 水素 3,284 Nm3

3.水素チェーンモデルの概要

水素チェーンモデルにおける水素製造は褐炭由来水素の

他に,再生可能エネルギー由来電力を利用した水電解など

が考えられ,プラント設置場所その他についても様々な選

択肢がある.これら様々なモデルを比較検討した結果,ビ

クトリア州の炭鉱近傍で褐炭をガス化・ガス精製して水素

を製造し,水素製造過程で分離・回収された CO2はビクト

リア州政府が推進している CarbonNet に移送・貯留するモ

デルを選定した 6)7).ビクトリア州褐炭の性状例を表 2 に示

す.水素製造プラント全体配置を図 3 に示す.プラントは

3 系列設置され,合計水素製造量は日量 770 トンである.

製造された水素ガスはパイプラインで約 80km 離れた港湾

設備に輸送される.港湾設備全体配置を図 4 に示す.港湾

設備は水素液化プラントおよび水素積荷基地で構成され,

ここで水素を液化・貯蔵したのちに水素輸送船に積荷し日

本に輸送する.水素輸送船の外観を図 5 に示す.推進機関

の燃料は積荷液化水素のボイルオフ利用を想定している.

液化水素の比重は LNG の約 15%と小さいため,少ない排

水量でも喫水を確保できるような船型としている.

水素チェーンモデル規模を表 3 に示す.年間水素製造量

は 225,500 トン(CIF)であり,豪州~日本間の片道約 9,000

kmの距離を 16万m3(液化水素積載量 10,840トン)の水素輸

送船 2 隻で年間延べ 22 回で輸送する.

表 2 ビクトリア州褐炭性状例

項目 値 備考

水分 60.0% 到着ベース(重量%)

灰分 2.0%

炭素 67.8%

水素 4.6%

窒素 0.6%

全硫黄 0.3%

全塩素 0.1%

酸素 24.4%

総発熱量 26.5MJ/kg

無水ベース

(重量%)

図 3 水素製造プラント全体配置 6)

図 4 港湾設備全体配置 6)

図 5 水素輸送船外観図 6)

表 3 水素チェーンモデル規模

項目 値

褐炭消費量 4.74M トン/年(到着ベース)

0.764MTOE/年

2.51GNm3/年 水素製造量

(CIF) 225,500 トン/年

CO2貯留量 4.39M トン/年

水素輸送船 160,000m3×2 隻

4.経済性検討

4.1 水素チェーンモデルの設備費および運営費

水素チェーンモデルの設備費総額および各プラントの割

合を図 6 に示す.設備費は各部のマスヒートバランスに対

ケース 安値 標準 高値

水素価格(CIF) ¥/Nm3 25 35 45

一次エネルギー需要 MTOE/年 388 387 399

MTOE/年 33.9 29.9 18.3

G Nm3/年 111 98.2 60.1水素需要

M トン/年 10.0 8.83 5.40

34

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

して機器容量を決定し,各機器費を求めるとともに土木,

電気,機械,建設・据付費用を積算し,さらに配置計画図

を作成し道路や管理設備などのサイトインフラ費用を算出

する手順で行った.オーナーコストにはプラント設置に伴

う許認可,法令対応,ファイナンスに関する諸費用などが

含まれている.土地代について,パイプラインは地役権設

定費を設備費に含めているが,各プラント,積荷基地の土

地はリースであり,リース費用は運営費に含めている.

運営費算出の前提となる主要単価を表 4 に示す.また,

水素チェーンモデルの運営費内訳を図 7 に示す.運営費の

うち電気代が 43%と大きな割合を占めている.この電力消

費の内訳を図 8 に示す. も消費電力の大きいのは水素液

化プラントの 47%であり,水素製造プラントの中で消費電

力の大きいものは空気分離装置 12%,ガス精製設備 17%,

CO2 貯留用設備(CO2 除湿装置,CO2 圧縮機)12%である.

運営費を抑えるためには水素液化設備をはじめ,これらの

性能向上が重要であることがわかる.水素液化は産業用水

素等において実用化済の技術であるが,将来のエネルギー

用途を前提とした大型化・高効率化のプロジェクトが進行

中であり 8),その進捗に期待ができる.

30%

1%

33%

19%

4%

13%

水素製造プラント

水素パイプライン

水素液化プラント

水素積荷基地

オーナーコスト

液化水素輸送船

7,436億円

図 6 水素チェーンモデルの設備費

表 4 運営費算出の前提となる主要単価

項目 値 備考

褐炭 15A$/トン コンベヤーによる直接搬送

(重量は水分含む到着ベース)

電気 70A$/MWh

再生可能エネルギー由来電

力,化石燃料発電および

CO2 貯留またはカーボンオ

フセット

水 2A$/トン

CO2処理 15A$/トン CarbonNet 貯留費用

81¥/A$

0.61€/A$ 為替

レート 0.73US$/A$

1991 年~2010 年の平均 9)

13%

43%

10%

12%

18%

4%

褐炭

電気

窒素、水、その他

CO2貯留

保守費

労務費

450億円

図 7 水素チェーンモデルの運営費

4%

12%

17%

12%

47%

1%

4%

3%

空気分離装置

ガス化炉設備

ガス精製設備

CO2貯留用設備

水素移送設備

その他炭鉱側設備

水素液化プラント

水素積荷基地

水素積荷基地1%

水素液化プラント47%

水素製造プラント52%

図 8 水素チェーンモデルの電力消費内訳

4.2 経済性検討の前提と水素コスト

前節の設備費,運営費を基に水素コストを算出する.現

時点では水素チェーンモデルのような事業例は過去に無い

が,経済性検討においては過去の石油・天然ガスプロジェ

クト 10)がエネルギー関連投資である点や投資規模が同規模

であることなどから参考になる.水素チェーンモデルの事

業者を日本の会社を中心とするコンソーシアムが豪州現地

において設立する特別目的会社(SPC:Specific Purpose

Company)と仮定すると,調達通貨は主に日本円であり,

水素チェーンを構成する各設備のメーカーを考慮すると,

支払い通貨は日本円 50%,ユーロ 25%,豪州ドル 25%程度

の比率である.通常このようなプロジェクトにおけるファ

イナンス形態はプロジェクトファイナンス(プロジェクト

を審査して貸す)もしくはコーポレートファイナンス(会

社の信用をもとに会社に貸す)の 2 形態である.ファイナ

ンス形態や必要な出資金比率,金利等は SPC 結成後に具体

的に決定されるが,ここでは水素コスト算出のためキャッ

シュフロー計算の前提を表 5 のように設定した.なお,出

資・借入比率および借入金利の前提を以下に補足する.

(1) 出資・借入比率

ファイナンスは通常ある程度の十分な出資金を集めたう

えで,ファイナンスの審査を行うことになる.日本の政策

金融機関の国際部門である国際協力銀行(JBIC:Japan Bank

for International Cooperation)の情報によれば,JBIC からの

借入の目安としては出資金比率 50%,借入金比率 50%であ35

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

り,ここではこの値を採用した.また,JBIC は民間銀行か

らの借入の補完という形であり,借入金利はこの二者の平

均金利として設定した.

(2) 借入金利

JBIC からの借入の場合,円貨の金利は 1.2%であり,米

貨の借入金利は米国 6 ヶ月 LIBOR (LIBOR: London Inter

Bank Offered Rate)に 0.25%上乗せした金利が目安となる.

例えば,2008 年~2012 年の過去 5 年間の米国 6 ヶ月

LIBOR の平均は 1.16%であり 11),JBIC 米貨借入は 1.16 +

0.25 = 1.4%程度と見積もることができる.支払い通貨の

50%は日本円であり,円貨の金利が 1.2%と低いこと,豪州

ドルの借入の場合は若干金利が高い可能性があること,ま

た民間銀行借入金利は JBIC より 1%程度金利が高いこと,

現時点での商用チェーンの経済性検討の精度などを総合的

に勘案して借入金利を 3%と設定した.

表 5 キャッシュフロー計算の前提

項目 値 備考

プロジェクト年数 30 年 解体撤去費含まず

借入年数 15 年 元金均等返済

償却年数 15 年

税率 30%

定率償却, 税金算出

に使用 (税制)

出資・借入比率 50:50

借入金利 年利 3%

建設期間中の利子は

設備費に組込

設備費,運営費と年間水素製造量から表 5 に示す前提で

キャッシュフロー計算を実施した.計算に必要な水素価格

は本来市場が決定するが,ここではパラメータとして変化

させた.水素価格と水素チェーンモデルの内部収益率の関

係を図 9 に示す.内部収益率が 0%,つまり投資に対する

リターンが 0 となる水素価格は 29.7¥/Nm3(22US$/MMBTU)

である.

水素コストの設備費,運営費内訳を図 10 に示す.水素コ

ストはプロジェクト年数 30 年間における平均コストを示

している.水素コスト 29.7¥/Nm3のうち 10.4¥/Nm3が設備費

であり,水素コスト低減においては性能向上による運営費

削減とあわせて,設備の大規模化,設備利用率向上および

プロジェクト年数の延長による設備費の削減が重要である.

水素コストの設備内訳を図 11 に示す.水素製造から水素

パイプラインによる豪州内移送までのコストは 14.7¥/Nm3

であり,後流の港湾設備や液化水素輸送船など日本へ輸送

するためのコストは 15.0¥/Nm3 である.水素チェーンモデ

ルは日本に経済的な水素を供給することが目的ではあるが,

豪州内においてはパイプラインにより 14.7¥/Nm3 とさらに

経済的なコストで水素を供給できる.

0%

5%

10%

15%

20%

30 35 40 45 50 55 60 65 70

水素価格(\/Nm3 CIF)

内部

収益

率(%

)

y = -5.816E-06x2 + 5.824E-03x - 1.680E-01

図 9 水素価格と水素チェーンモデルの内部収益率

0.8

3.2

2.1

1.8

7.6

1.4

10.4

2.3

0

10

20

30

水素

コス

ト (

\/N

m3)

設備費

利息、税金

褐炭

電気

窒素、水、その他

CO2貯留

保守費

労務費

運営費

図 10 水素コストの設備費,運営費内訳

2.5

3.1

9.4

0.5

6.3

1.1

6.7

0

10

20

30

水素

コス

ト (

\/N

m3)

その他炭鉱側設備

ガス化炉設備、空気分離装置

ガス精製設備、CO2貯留用設備

水素パイプライン、他

水素液化プラント

水素積荷基地

液化水素輸送船

水素製造プラント

港湾設備

図 11 水素コストの設備内訳

4.3 燃料電池自動車における水素利用

水素チェーンで製造した褐炭水素を,日本で燃料電池車

に利用した場合の経済性について述べる.

燃料電池車とガソリン車およびハイブリッド車の燃費差

を考慮した燃料代の比較を図 12 に示す 7).燃料電池車の燃

費は JHFC による台上燃費データ 139km/kg-H2(ガソリン36

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

換算 38km/L)を使用した 12).また,ガソリン車の燃費は

13km/L,ハイブリッド車の燃費は 23km/L を使用した.現

在の日本国内のガソリン価格は税込 150¥/L 前後であり,こ

れは水素価格 83¥/Nm3(対ハイブリッド車),145¥/Nm3(対

ガソリン車)と等価となる.水素の配送コストを 30 ¥/Nm3

とすれば,水素 CIF 価格はそれぞれ 53¥/Nm3,115¥/Nm3 と

なり,この場合の水素チェーンモデルの内部収益率は図 9

よりそれぞれ約 12%,約 42%と高い経済性を有する.

なお,燃料電池車は CO2 フリーであるので,各種インセ

ンティブが期待できるが,水素小売時の税体系も未定であ

るので,これらはともに考慮していない.また,水素配送

コストは本検討における水素揚荷基地のコスト 3.3¥/Nm3

に加えて,2030 年におけるローリー輸送および 35MPa 供

給水素ステーションのコスト検討結果 13)を利用した.表 6

に水素配送コストをまとめる.

図 12 燃料電池車の燃費を考慮した燃料代の比較 7)

表 6 水素配送コスト(単位¥/Nm3)

2015 年 2020 年 2030 年

水素揚荷 - - 3.3

ローリー輸送 7.7 2.0 2.0

水素ステーション 2,100.4 112.7 24.5

合計 - - 29.8

4.4 褐炭水素発電とその普及

水素チェーンで製造した褐炭水素を,日本で炭素フリー

燃料として事業用発電に利用した場合の経済性について述

べる.水素チェーン導入初期の 2030 年における,原子力,

石炭,LNG,石油,風力および太陽光と褐炭水素の発電コ

ストを比較したものを図 13 に示す.褐炭水素発電以外の各

発電コストはエネルギー環境会議におけるコスト等検証委

員会のデータ 14)を引用した.本データの発電コストは内部

収益率 3%を与えるコストであり,風力・太陽光における

系統安定費用は発電コストに含まれていない.また,原子

力におけるその他費用は政策経費および事故リスクへの対

応費用の下限値である.褐炭水素発電は LNG 発電の燃料費

を褐炭水素コストに置き換えて表示した.

褐炭水素発電コストは 16¥/kWh であり,石炭や LNG な

どの化石燃料発電よりも高いものの,風力や太陽光などの

再生可能エネルギーより安い結果となった.つまり,CO2

フリー発電として褐炭水素発電はコストメリットがあり,

水素チェーン導入初期において電力買取などのインセンテ

ィブが優先的に与えられることが期待できる.また,水素

発電は再生可能エネルギーに比べて,安定で大量に利用可

能という利点があり,エネルギーセキュリティーの観点か

らも重要なエネルギー源となり得る.

1.6

0.7

33.5

17.1

1.90.71.82.5

14.6

21.6

8.74.21.4

2.9

1.33.0

0.7

12.3

6.1

1.6

0.71.6

3.3

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

原子力 石炭 LNG 石油 風力(洋上)

太陽光(メガソーラ )ー

褐炭水素

発電

コス

ト(\

/kW

h) 運転維持費

その他費用

炭素税

燃料費

設備費8.910.6 11.4

28.0

23.1

45.8

16.0

図 13 各種事業用発電コストとの比較(2030 年)

2010 年から 2050 年にむけて,LNG 発電コストの変化と

褐炭水素発電の普及予測について図 14 に示す.2010 年に

は炭素税が導入されていないが,2025 年には 0~20US$/ト

ン CO2,2050 年には 100~200US$/トン CO2 と税額に幅を

持たせて徐々に炭素税が引き上げられるとしている.なお,

CCS 普及段階における CO2 削減の限界コストは 100~

200US$/トン CO2 の試算が示されており 15),本稿の炭素税

の前提は CO2削減推進のために限界コストと同等の炭素税

が導入されるという考えに基づいている.

LNG 発電は燃料価格の上昇と炭素税の導入により発電

コストが上昇する.一方,褐炭水素発電については燃料の

褐炭価格が安定していること,CO2 フリーであり炭素税の

導入によるコスト増加がないことから,炭素税の導入時期

および税額にかかわらず,2050 年に向けて褐炭水素発電の

優位性が増し,普及が進んでいくと予測される.

図 14 では,褐炭水素発電コストが 2025 年から 2050 年に

向けて 20~40%程度低減すると考えているが,理由として

水素製造コストの低減と水素発電の効率向上が挙げられる.

エネルギーチェーンの先行例である LNG の場合,1960 年

後半に日本が初めて LNG を輸入した時には,本稿の水素

50

60

70

80

90

100

110

120

130

140

150

120 130 140 150 160 170 180

ガソリン価格(\/L ステーション)

水素

価格

(\/N

m3 ス

テー

ショ

ン)

ガソリン車より経済的な領域

ハイブリッド車より経済的な領域

37

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 35, No. 2

チェーンと同規模であり,40 年後の 2000 年代に需要の拡

大と普及により設備規模が約 10 倍に拡大し,LNG 関連機

器の技術革新とともにコストが半減した実績があり 16) ,

同様に水素製造コストも低減していくと考えられる.また,

水素発電導入初期はガスタービン複合発電等における水素

利用であり,発電効率は LNG 発電と同等の 57%HHV であ

るが,水素発電は水素酸素燃焼の特徴を生かしたグラーツ

サイクルなどサイクル効率 60~66%HHV の各種高効率サ

イクルが提案されており 17),これらが水素の普及とともに

実用化されて水素発電の効率が向上し,水素発電コストの

低下に寄与すると考えられる.

0

5

10

15

20

2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050

発電

コス

ト (\/kW

h)

褐炭水素発電

LNG発電

補助金によるインセンティブ

炭素税最小

炭素税最大

褐炭水素発電の普及

年 図 14 発電コストの変化と褐炭水素発電の普及予測

5.まとめ

豪州褐炭をガス化・ガス精製して水素製造を行い,この

水素を液化・輸送して日本で消費する水素チェーンモデル

の実現可能性および経済性について述べた.以下に結論を

まとめる.

・ 2025 年に水素チェーンモデルを実現した場合の水素

CIF コストは 29.7¥/Nm3 (22US$/MMBTU) となった.

・ 燃料電池自動車における水素利用を考えた場合,ハイ

ブリッド車あるいはガソリン車と同等の燃料価格で水

素を供給すれば,水素チェーンモデルの内部収益率は

それぞれ約 12%,42%であり高い経済性を有する.

・ 炭素フリー燃料として事業用発電で使用した場合,

2030 年では石炭や LNG 発電より割高になるが,風力

や太陽光などの再生可能エネルギー発電より安くなる.

・ 2050 年には,化石燃料価格の上昇と炭素税の導入によ

り発電コストが上昇するが,褐炭水素発電は燃料の褐

炭価格が安定していること,水素製造コストの低減と

水素発電の効率向上により発電コストは低減し,十分

競争力のあるものになる.

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