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16. 多環性アルカロイド類の合成と活性相関研究-三環性アルカロイド類縁体の 網羅的合成経路の開発- 阿部 秀樹 Key words:アルカロイド,多環性骨格,類縁体合成, N-アシルイミニウムイオン,スピロ環化反応 *東北薬科大学 医薬合成化学教室 動物に分類される人間は,植物や動物を食すのみならず,様々な生物から有用な有機化合物を取り出し,より良い化合物へ と自らの手で変化させた後,それらを有効利用する術を有している.それら有用な有機化合物は,生理活性天然有機化合物と 呼ばれ,医薬品を始めとする機能性分子のシード化合物として利用されている.我々は,より優れた生理活性物質の創製を目 標とした生理活性天然有機化合物の合成研究を行っている.その研究過程においてアシルイミニウムイオン−共役ジエンスピロ 環化反応を見出し,地中海およびミクロネシア海域に生息するホヤより単離された抗腫瘍活性や抗菌活性,および抗不整脈作 用を有する3環性アルカロイド類の効率的全合成を達成した 1,2) .そこで本研究において3環性アルカロイド類の類縁体合成経 路の確立を行い,非天然型3環性化合物類のダイバージェント合成に成功したので報告する.一方,キョウチクトウ科 Kopsia 属植物より単離された多環性二量体アルカロイド 3,4) は,それらの単量体を含め多種多様な構造を有し,様々な生理活性を示す ことが報告されている.そこで今回,アシルイミニウムイオン−共役ジエンスピロ環化反応を用いた Kopsia アルカロイド類の合 成研究を行ったので,以下報告する. 方法、結果および考察 1.3環性アルカロイド類縁体の合成 5) レパジホルミン A–C (13) 6) は,抗腫瘍活性,および抗不整脈作用を示すことが報告されている3環性アルカロイド類であ る(Fig.1).これら3種の生理活性を比較することにより,その生理活性発現においては3位ヒドロキシメチル基の存在,およ び5位アルキル側鎖の長さが重要であるといわれている. Fig. 1. Structures of lepadiformines A (1), B (2) and C (3). *現所属:東京薬科大学 生命科学部 生物有機化学研究室 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 1

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16. 多環性アルカロイド類の合成と活性相関研究-三環性アルカロイド類縁体の網羅的合成経路の開発-

阿部 秀樹

Key words:アルカロイド,多環性骨格,類縁体合成, N-アシルイミニウムイオン,スピロ環化反応

*東北薬科大学 医薬合成化学教室

緒 言

 動物に分類される人間は,植物や動物を食すのみならず,様々な生物から有用な有機化合物を取り出し,より良い化合物へと自らの手で変化させた後,それらを有効利用する術を有している.それら有用な有機化合物は,生理活性天然有機化合物と呼ばれ,医薬品を始めとする機能性分子のシード化合物として利用されている.我々は,より優れた生理活性物質の創製を目標とした生理活性天然有機化合物の合成研究を行っている.その研究過程においてアシルイミニウムイオン−共役ジエンスピロ環化反応を見出し,地中海およびミクロネシア海域に生息するホヤより単離された抗腫瘍活性や抗菌活性,および抗不整脈作用を有する3環性アルカロイド類の効率的全合成を達成した 1,2).そこで本研究において3環性アルカロイド類の類縁体合成経路の確立を行い,非天然型3環性化合物類のダイバージェント合成に成功したので報告する.一方,キョウチクトウ科 Kopsia属植物より単離された多環性二量体アルカロイド 3,4)は,それらの単量体を含め多種多様な構造を有し,様々な生理活性を示すことが報告されている.そこで今回,アシルイミニウムイオン−共役ジエンスピロ環化反応を用いた Kopsia アルカロイド類の合成研究を行ったので,以下報告する.

方法、結果および考察

1.3環性アルカロイド類縁体の合成 5)

 レパジホルミン A–C (1–3)6) は,抗腫瘍活性,および抗不整脈作用を示すことが報告されている3環性アルカロイド類である(Fig.1).これら3種の生理活性を比較することにより,その生理活性発現においては3位ヒドロキシメチル基の存在,および5位アルキル側鎖の長さが重要であるといわれている. 

 Fig. 1. Structures of lepadiformines A (1), B (2) and C (3).

   

*現所属:東京薬科大学 生命科学部 生物有機化学研究室

 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)

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 そこで既に確立している lepadiformine A (1) の合成経路 2)をさらに展開し,立体異性体を含めた種々の5位側鎖類縁体の合成を行った.既知化合物 4 に対し,別途合成した Grignard 試薬を作用させアミドケトン体 5 とした後,アシルイミニウムイオン−共役ジエンスピロ環化反応を行い,立体選択的にスピロ化合物 6 を得た.次いで加水分解,酸化,続く二重結合の還元により,類縁体合成の共通中間体 8 へ導いた(Scheme 1). 

 Scheme 1. Synthesis of the key intermediate 8.

  始めに5位アルキル鎖として最短のアルキル基である 5-メチル体の合成を行った.メチルケトン 8 に対し,ヒドリド還元を行いアルコール 9 および 10 を得た後,脱Boc 化,分子内脱水縮合,続く脱 Bn化をそれぞれ行うことで lepadiformine アナログ 11a および 12a を合成した(Scheme 2). 

 Scheme 2. Synthesis of 5-methyl analogues 11a and 12a.

  次いで得られた共通中間体 8 に対する側鎖伸長の検討を行った結果,アルドール縮合により側鎖の伸長が可能であることが判明した(Scheme 3).そこでプロピオンアルデヒドを用い,3炭素増炭した後,不斉触媒を用いた立体選択的還元反応により,3’R-14b および 3’S-15b をそれぞれ合成した.続く4工程の操作の後,3’R-14b より lepadiformine B (2) の全合成を達成した.また同様の操作を行うことで 5-epi-lepadiformine B (12b) への誘導も可能であった.さらにヘプタナールおよびノナナールをそれぞれ導入後,同様の工程を経て,非天然型 lepadiformine アナログ 11c, 11d, 12c および 12d の合成をそれぞれ達成することができた. 現在,さらに長鎖脂肪鎖を有する類縁体や,分岐側鎖を有する類縁体等の合成を行っており,すべての合成アナログに関して内向き整流カリウムチャネルKir 阻害活性の測定を行う予定である.

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 Scheme 3. Synthesis of lepadiformine B (2), 5-epi-lepadiformine B (12b), analogues 11c, 11d, 12c, and 12d. 2.Kopsia アルカロイド類の合成研究 Tenuisin B (20) および tenuiphylline (21) は,Kopsia 属植物より単離された lapidilectine B (22) を構成成分に含む二量体アルカロイドで,それぞれ異なる腫瘍細胞に対し細胞毒性を示すことが知られている(Fig.2).そこで多種多様な二量体アルカロイドの合成を目指し,三環性アルカロイドの合成に用いた反応を適用する lapidilectine B の全合成を検討した. 

 Fig. 2. Structures of tenuicine (20), tenuiphylline (21) and lapidilectine B (22).   L-リンゴ酸より導いた 2-置換インドール 23 のインドール窒素原子をメトキシカルボニル基で保護した後,スピロ環化反応を行ったところ 25 および 26 が得られた.さらに数工程の変換反応を行うことで第2級アルコール体 29 の両エナンチオマーへ誘導することができ,lapidilectine B 両エナンチオマーの合成が可能であることが判明した(Scheme 4).

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 Scheme 4. Synthesis of the both enantiomers of the secondary alcohol 29.  得られた 29 に対しベンジル位の酸化等を行った後,カルボニル基の選択的保護と立体選択的アリル基の導入を行いアルコール体 33 へ導いた(Scheme 5).次いで二重結合の酸化開裂,還元,光延反応によるエタノールアミンユニットの導入により化合物 35 とした後,TBS基を選択的に除去し,アルコール体 36 へ誘導した.アルコール体 36 を用い,8員環の構築および環状 N,O-アセタールの形成を種々検討したが,目的物 37 を得るには至らなかった. 

 Scheme 5. Attempt of the construction of the cyclic N,O-acetal 37. 

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 そこでアルコール体 29 の酸化により得られるケトン体 39 を用い,8員環構築の前に窒素官能基の導入を種々試みたところ,ベンゼン加熱還流中無保護エタノールアミンを用いる条件において環状 N,O-アセタール体 40 (d.r.=1:1) が得られることが判明した(Scheme 6).現在,N,O-アセタール体 40 に対するビニル化,窒素保護基の導入等について検討を行っている. 

 Scheme 6. Attempt of the construction of the cyclic N,O-acetal 40. 

共同研究者

本研究の共同研究者は,東北薬科大学医薬合成化学教室教授加藤 正,および東京薬科大学生命科学部生物有機化学研究室教授伊藤久央である.本稿を終えるにあたり,本研究を御支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます.

文 献

1) Abe, H., Aoyagi, S. & Kibayashi, C. : Total synthesis of the natural enantiomer of (–)-Lepadiformineand determination of its absolute stereochemistry. Angew. Chem., Int. Ed., 41 : 3143-3146, 2002.

2) Abe, H., Aoyagi, S. & Kibayashi, C. : Total synthesis of the tricyclic marine alkaloids (–)-Lepadiformine, (+)-Cylindricine C, and (–)-Fasicularin via a common intermediate formed by formicacid-induced intramolecular conjugate azaspirocyclization. J. Am. Chem. Soc., 127 : 1473–1480, 2005.

3) Kam, T.-S., Yoganathan, K. & Li, H.-Y. : Tenuisines A, B and C, novel bisindoles with C2 symmetryfrom Kopsia Tenuis. Tetrahedron Lett., 37 : 8811–8814, 1996.

4) Kam, T.-S., Yoganathan, K., Li, H.-Y. & Harada, N. : Tenuisines A–C and tenuiphylline, novelbisindoles from Kopsia tenuis. Tetrahedron, 53 : 12661–12670, 1997.

5) In preparation for publication.6) Sauviat, M.-P., Vercauteren, J., Grimaud, N., Jugé, M., Nabil, M., Petit, J.-Y. & Biard, J.-F. :

Sensitivity of cardiac background inward rectifying K+ outward current (IK1) to the alkaloidslepadiformines A, B, and C. J. Nat. Prod., 69 : 558–562, 2006.

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