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確率微分方程式のGrushin作用素への応用
九州大学大学院数理学府数理学専攻2MA16039T吉良 元伸
指導教員:谷口 説男 教授 平成 30年 2月 2日
序Rd上の実数値Borel可測関数αi
k(x), bi(x), 1 ≤ i ≤ d, 1 ≤ k ≤ Nがあ
り、これらを成分とする d×N 行列値関数 αとRd値関数 bを
α = α(x) := (αik(x))1≤i≤d, 1≤k≤N
b = b(x) := (bi(x))1≤i≤d
で定める。X = (Xt)t≥0を出発点 x ∈ Rdをもつ確率微分方程式
dXt = α(Xt)dBt + b(Xt)dt
の解とする (詳細は 3節で述べる)。このとき、偏微分方程式
∂u
∂t= Au+ V u, t > 0, x ∈ Rd
u(0, x) = f(x), x ∈ Rd
の解はu(t, x) = Ex
[f(Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
]という表示をもつことが知られている (定理 3.7)。ただし、
a(x) = (aij(x))1≤i,j≤d
は成分
aij :=N∑k=1
αik(t, x)α
jk(t, x)
をもつ非負対称行列であるとすると、Aは
A =1
2
d∑i,j=1
aij(x)∂2
∂xi∂xj+
d∑i=1
bi(x)∂
∂xi
で与えられる偏微分作用素である。これは確率微分方程式がもつ確率解析上有用な特性の一つである。本論文では特に
α((x, y)) =
(1 0
0 x
), b((x, y)) =
(0
0
)
1
で与えられる場合に焦点をおいて考える。ただし、(x, y)はR2上の標準座標である。これに対応する偏微分作用素は
A =1
2
(∂
∂x
)2
+ x2(∂
∂y
)2
であり、Grushin作用素と呼ばれている。上の表示と条件付き期待値を使ってXtの確率密度関数が具体的に表記される。さらに t→ 0の挙動も調べることができて、Aの構造との対応が見える。本論文の目的はこの2つの解析である。本論文の構成は以下の通りである。1節では確率微分方程式を駆動する
Brown運動を紹介する。2節では積分方程式として定義される確率微分方程式に必要な確率積分を導入し、対応する連鎖定理である伊藤の公式を証明する。3節では確率微分方程式の解の存在と一意性、Feynman-Kac
の公式ついて述べる。4節で本論文の目的となるGrushin作用素について述べる。
2
目 次1 Brown運動 4
2 伊藤の公式 6
2.1 マルチンゲール . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6
2.2 確率積分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8
2.3 伊藤の公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13
3 確率微分方程式 22
3.1 確率微分方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22
3.2 Feynman-Kacの公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30
4 Grushin作用素 34
3
1 Brown運動定義 1.1. 確率空間 (Ω,F , P )上で定義された確率過程B = (Bt(ω))t≥0がBrown運動であるとは、以下の条件を満たすときにいう。
(i) B0 = 0 a.s.
(ii) ∀ω ∈ Ωに対しBt(ω)は tについて連続である。
(iii) 0 = t0 < ∀t1 < · · · < tn, ∀n ∈ Nに対し、増分 Bti −Bti−11≤i≤nは
互いに独立で、それぞれ平均 0、分散 ti− ti−1のGauss分布に従う。
W := C([0,∞),R), W0 := w ∈ W ;w0 = 0とおき、これらの空間に広義一様収束から定まる位相を考え、この位相におけるBorel集合族をそれぞれ B(W ),B(W0)とする。
定義 1.2. 定義 1.1で Ω = W0,F = B(W0)ととり、Bt(w) = wt, w =
(wt)t≥0 ∈ W0がBrown運動となるような (W0,B(W0))上の確率測度P をWiener測度という。
定義 1.3. d次元確率過程Bt = (Bit)1≤i≤d = (B1
t , · · · , Bdt ), t ≥ 0が d次元
の Brown運動であるとは、各 Bit が Brown運動で、かつ Bi1≤i≤dが独
立、すなわちその σ-加法族の系 σ(Bit; t ≥ 0)1≤i≤dが独立であるときに
いう。
定理 1.4. (Brown運動の性質)
B = (Bt)t≥0 を確率空間 (Ω,F , P )上で定義された 1次元 Brown運動として F = σ(Bs; s ≤ t), Ft = F0
t ∨ N とおく。ただし、N = N ∈F ;P (N) = 0である。
(i) E[B2pt ] = (2p− 1)!! , E[B2p−1
t ] = 0, p ∈ N.
(ii) 0 ≤ s < tとすると、Bt −BsとFsは独立である。
(iii) E[BtBs] = t ∧ s (:= mint, s), t, s ≥ 0.
(iv) 以下の確率過程はいずれも Brown運動である。(s > 0, γ > 0 は固定する。)
(a) Bat := Bt+s −Bs, t ≥ 0.
4
(b) Bbt := −Bt, t ≥ 0.
(c) Bct := γBt/γ2 , t ≥ 0.
(v) Bt(ω)の t ∈ [T1, T2], 0 ≤ T1 < T2における全変動は、a.s. ωに対して無限大である。
(vi) B = (Bt)t≥0を d次元 Brown運動、Aを d × d直交行列とすれば、ABtも d次元Brown運動である。特に σs(ω) := inft > 0;Bt ∈ Sを球面 S := ∂B(0, r)への到達時刻とすれば、到達場所Bσs(ω)(ω)の分布は S上の一様確率測度になる。ただしB(0, r) := |x| ≤ rである。
5
2 伊藤の公式2.1 マルチンゲール(Ft)t≥0を確率空間 (Ω,F , P )で定義された増加情報系とする。ここでは
(Ft)t≥0に対し、次の仮定をおく。仮定: (Ft)t≥0は右連続で零集合を含む。すなわち∀t ≥ 0に対し、Ft+ :=
∩s>tFsとしたとき、Ft = Ft+でN := N ∈ F ;P (N) = 0 ⊂ Ftであるとする。
定義 2.1. 右連続な確率過程X = (Xt)t≥0が (Ft)t≥0についてマルチンゲールであるとは以下の条件を満たすときにいう。
(i) ∀t ≥ 0に対しXtは可積分である。
(ii) X = (Xt)t≥0は (Ft)-適合である。
(iii) 0 ≤ ∀s ≤ tに対しE[Xt|Fs] = Xs a.s.
条件 (iii)でE[Xt|Fs] ≥ Xs a.s. が成立するときXを劣マルチンゲール、E[Xt|Fs] ≤ Xs a.s. が成立するときXを優マルチンゲールという。
定理 2.2. (Doobの不等式)
X = (Xt)t≥0は劣マルチンゲールとし、λ > 0, p > 1とする。このとき
(i)
P
(sup0≤s≤t
Xs ≥ λ
)≤ 1
λE
[Xt, sup
0≤s≤tXs ≥ λ
].
(ii) 特に ∀t ≥ 0に対し、Xt ≥ 0 a.s.ならば
P
(sup0≤s≤t
Xs ≥ λ
)≤ 1
λE[Xt].
(iii) XがE[|Xt|p] < ∞, t ≥ 0を満たすマルチンゲール、または非負マルチンゲールならば
E
[sup0≤s≤t
|Xs|p]1/p
≤ p
p− 1E [|Xt|p]1/p .
6
定義 2.3. σ : Ω → [0,∞]が (Ft)t≥0に関するMarkov時刻とは、∀t ≥ 0に対し、
σ ≤ t ≡ ω;σ(ω) ≤ t ∈ Ft
が成立するときにいう。
定理 2.4. (Doob-Meyer分解)
X = (Xt)t≥0を連続な (Ft)-劣マルチンゲールとする。このとき、Xが局所的にクラス (D)に属する (すなわちσがMarkov時刻全体を動くとき、∀T > 0に対して Xσ∧Tσ は一様可積分)ならば、連続な (Ft)-マルチンゲールM = (Mt)t≥0とA0 = 0なる (Ft)-適合な連続増加過程A = (At)t≥0
が存在し、XはXt =Mt+At, t ≥ 0と分解できる。しかもこの分解は一意的に定まる。ただし、Aが増加過程とは t > s ≥ 0のときAt ≥ As a.s.
であるときにいう。
以下では、∀T > 0を固定し時間 tは [0, T ]に限定して話を進める。2乗可積分かつ連続な (Ft)-マルチンゲールM = (Mt)t∈[0,T ]でM0 = 0 a.s.となるもの全体をMT とかく。Jensenの不等式に注意すればM2
t は劣マルチンゲールになり、しかも局所的にクラス (D)に属するので、定理 2.4より増加過程Atが一意的に存在してM2
t −Atがマルチンゲールになることがわかる。
定義 2.5. 上のAtを ⟨M⟩tと書き、M の 2次変分という。
定理 2.6. M,N ∈ MT に対し
⟨M,N⟩t =1
2(⟨M +N⟩t − ⟨M⟩t − ⟨N⟩t), t ∈ [0, T ]
とおけば ⟨M,N⟩tは a.s.に有界変動であり、かつMtNt − ⟨M,N⟩tはマルチンゲールになる。⟨M,N⟩tをM とN の 2次変分という。
M,N ∈ MT は P (Mt = Nt, ∀t ∈ [0, T ]) = 1であるとき同一視することにすると、以下の命題が成立する。
命題 2.7. (Mt, E[⟨ · , · ⟩T ])は実Hilbert空間をなす。
定理 2.8. (Burkholderの不等式)
∀p > 0に対し定数 cp, Cp > 0が存在し、∀M ∈ MT : E[⟨M⟩pt ] < ∞について
cpE[⟨M⟩pt ] ≤ E
[sup
0≤t≤T|Mt|2p
]≤ CpE[⟨M⟩pt ].
7
2.2 確率積分定義 2.9. 確率空間 (Ω,F , P )上で定義されたBrown運動B = (Bt)t≥0が(Ft)-Brown運動であるとは以下の条件を満たすときにいう。
(i) B = (Bt)t≥0は (Ft)-適合である。
(ii) 0 ≤ ∀s ≤ tに対しBt −BsとFsは独立である。
ここでは積分∫ t
0
fsdBsを定義する。B = (Bt)t≥0は (Ft)-Brown運動であるとし、被積分関数 fs = fs(ω)は Brown運動の s時以前の情報量σ(Br; r ≤ s)について可測であるとする。
定義 2.10. (単純過程の場合)
f = (ft)t∈[0,T ]がft = f1(a,b](t), t ∈ [0, T ]
という形のとき f を単純過程とよぶ。ここで f = f(ω)はFa-可測な確率変数で、有界とし、0 ≤ a < b ≤ T とする。f の確率積分を
Mt(f) ≡∫ t
0
fsdBs := f(Bt∧b −Bt∧a), t ∈ [0, T ]
と定める。
補題 2.11. ∀f, g: 単純過程に対し、M = (Mt(f))t∈[0,T ] ∈ MT で
⟨M(f),M(g)⟩t =∫ t
0
fsgsds, t ∈ [0, T ]. (2.1)
証明. まずM = (Mt(f))t∈[0,T ] ∈ MT であることを示す。M の 2乗可積分性と、連続性と、M0 = 0はM の決め方より明らかである。あとは0 ≤ s ≤ tとしてE[Mt|Fs] =Msを示せばよい。
E[Mt −Ms|Fs] = E[f(Bt∧b −Bt∧a)− (Bs∧b −Bs∧a)|Fs]
で、0 ≤ s ≤ aのとき、条件付き期待値の性質を使って右辺を計算すると
(右辺) = E[f(Bt∧b −Bt∧a)− (Bs −Bs)|Fs]
= E[E[f(Bt∧b −Bt∧a)|Fa]|Fs]
= E[fE[Bt∧b −Bt∧a|Fa]|Fs] (2.2)
8
となる。特に a ≤ t ≤ bのとき、(2.2) = E[fE[Bt − Ba|Fa]|Fs] = 0となり他の場合においても同様に計算すれば (2.2)は 0になることがわかる。また s > aのとき、
(右辺) = E[f(Bt∧b −Ba)− (Bs∧b −Ba)|Fs]
= fE[Bt∧b −Bs∧b|Fs] (2.3)
となる。特に s ≤ t ≤ bのとき、(2.3) = fE[Bt − Bs|Fs] = 0となり、他の場合においても同様に計算すれば (2.3)は 0になることがわかる。以上よりE[Mt −Ms|Fs] = 0が示された。次に (2.1)を示す。そのためには定理 2.6.から 0 ≤ s ≤ tとして、
E
[Mt(f)Mt(g)−Ms(f)Ms(g)−
∫ t
s
frgrdr
∣∣∣∣ Fs
]= 0 (2.4)
を示せば十分である。(2.4)を示すには ft = f1(a,b](t), gt = g1(c,d](t)として a ≤ cと仮定してよい。0 ≤ s ≤ cのとき、
((2.4)の左辺) = E
[f(Bt∧b −Bt∧a)g(Bt∧d −Bt∧c)− f g
∫ t
s
1(a,b](r)1(c,d](r)dr
∣∣∣∣ Fs
]= E
[f gE
[(Bt∧b −Bt∧a)(Bt∧d −Bt∧c)
−∫ t
s
1(a,b](r)1(c,d](r)dr
∣∣∣∣ Fc
]∣∣∣∣ Fs
] (2.5)
となる。特に s ≤ a ≤ c ≤ t ≤ b ≤ dのとき、
(2.5) = E[f gE [(Bt −Ba)(Bt −Bc)− (t− c)|Fc] |Fs
]= E
[f gE [(Bt −Bc +Bc −Ba)(Bt −Bc)− (t− c)|Fc] |Fs
]= E
[f gE
[(Bt −Bc)
2 + (Bc −Ba)(Bt −Bc)− (t− c)|Fc
]|Fs
]= 0
となり、他の場合においても同様に計算すれば (2.5)は 0になることがわかる。また s ≥ cのとき、
((2.4)の左辺) = f gE
[(Bt∧b −Ba)(Bt∧d −Bc)− (Bs∧b −Ba)(Bs∧d −Bc)
−∫ t
s
1(a,b](r)1(c,d](r)dr
∣∣∣∣ Fs
](2.6)
9
となる。特に a ≤ c ≤ b ≤ s ≤ d ≤ tのとき、
(2.6) = f gE[(Bb −Ba)(Bd −Bc)− (Bb −Ba)(Bs −Bc)− 0|Fs]
= f gE[(Bb −Ba)(Bd −Bs)|Fs]
= 0
となり、他の場合においても同様に計算すれば (2.6)は 0になることがわかる。以上より、(2.4)が示された。
定義 2.12. (階段過程の場合)
f = (ft)t∈[0,T ]が
ft =n∑
j=1
fj1(tj−1,tj ](t), t ∈ [0, T ]
という形のとき階段過程という。ここで n ∈ N, fj はFtj−1-可測で有界、
かつ分点 0 = t0 < t1 < · · · < tn = Tは ωによらぬものとする。階段過程に対して確率積分を
Mt(f) ≡∫ t
0
fsdBs :=n∑
j=1
fj(Bt∧tj −Bt∧tj−1), t ∈ [0, T ]
により定義する。
補題 2.13. ∀f, g: 階段過程に対し、M = (Mt(f))t∈[0,T ] ∈ MT で
⟨M(f),M(g)⟩t =∫ t
0
fsgsds, t ∈ [0, T ].
証明. 補題 2.11から直ちに従う。
次に一般の場合の確率積分を定義していく。
L2T := f ; f = ft(ω)は可測で ||f ||L2
T<∞.
ただし、||f ||2L2T:= E
[∫ T
0
f 2t dt
]で、f が可測とは写像 (t, ω) ∈ ([0, T ] ×
Ω,B([0, T ])×F) 7→ ft(ω) ∈ (R,B(R))として可測であるときにいう。
L2T = L2
T (Ft) := f ∈ L2T ; f は (Ft)-適合
10
とおく。実は可測な確率過程 fが (Ft)-適合のとき、発展的可測である (正確にはそのような修正を持つ)ことが知られている。ここで、発展的可測とは、∀t ∈ [0, T ]に対し写像 (s, ω) ∈ ([0, t]×Ω,B([0, t])×Ft) 7→ fs(ω) ∈(R,B(R))が可測のときにいう。よってf ∈ L2
Tは発展的可測と考えてよい。
補題 2.14. ∀f ∈ L2tに対し階段過程の列fn, n ∈ Nが存在し ||f−fn||L2
t→
0, n→ ∞とできる。
証明. f = ft(ω) ∈ L2T に対し、
fmt (ω) := ft(ω)× 1[−m,m](ft(ω)), m ∈ N
とすれば、fmt (ω)はFt-可測で
||fmt ||2L2
T= E
[∫ T
0
f 2t (ω)× 1[−m,m](ft(ω))dt
]≤ E
[∫ T
0
f 2t (ω)dt
]<∞
から、fm ∈ L2T で、
||f − fm||2L2T= E
[∫ T
0
f 2t 1|ft|>mdt
]→ 0 (m→ ∞)
が成り立つ。よって、f は有界と仮定して証明すればよい。このとき
f ϵt (ω) := ϵ−1
∫ t
(t−ϵ)∨0fs(ω)ds, ϵ > 0
とおけば、f ϵ ∈ L2T で、
||f − f ϵ||L2T→ 0, (ϵ ↓ 0)
となる。したがって、f は tについて連続であるとしてよい。このとき
fnt :=
n−1∑j=0
ftj(ω)1(tj ,tj+1](t), tj = Tj/n
ととれば、fnは階段過程で、
||f − fn||L2T→ 0, (n→ ∞)
が成り立つ。
11
以上の準備の下で f ∈ L2t の確率積分を定義する。補題 2.14から階段過
程の列 fn, n ∈ Nが存在し ||f − fn||L2t→ 0, n → ∞とできる。よって
M(fn) = (Mt(fn)) ∈ MT を考えることができ、補題 2.13から M(fn)
は空間MT 内の Cauchy列であることがわかる。さらに命題 2.7によりMT は完備だから、M(fn)の極限M(f) = (Mt(f)) ∈ MT が定まる。
定義 2.15. このMt(f)を∫ t
0
fsdBs, t ∈ [0, T ]、あるいは∫ t
0
f(s)dBsのように書き、f ∈ L2
T のBrown運動B = (Bt)t≥0に関する確率積分とよぶ。ここまで t ∈ [0, T ]に限定して議論を進めてきたが、次のように t ∈
[0,∞)に拡張される。すなわち
L2 := f = (ft)t≥0 ; ∀T > 0に対し (ft)t∈[0,T ] ∈ L2T
M := M = (Mt)t≥0 ; ∀T > 0に対し (Mt)t≥0 ∈ MT
とおけば、∀f = (ft) ∈ L2に対し確率積分Mt(f) =
∫ t
0
fsdBs, t ≥ 0が定まり、M(f) = (Mt(f))t≥0 ∈ Mとなる。補題 2.13の極限をとることで、次のような確率積分の性質を得る。
定理 2.16. (確率積分の性質)
f, g ∈ L2, a, b ∈ Rとする。(i) M = (Mt(f))t≥0 ∈ Mで
⟨M(f),M(g)⟩t =∫ t
0
fsgsds, t ∈ [0, T ].
(ii) Mt(af + bg) = aMt(f) + bMt(g), ∀t ≥ 0, a.s.
(iii) Bt = (Bit)i≤i≤dを (Ω,F , P )上の d次元 (Ft)-Brown運動とする。す
なわち各成分 Bit は (Ft)-Brown運動であり、かつ Bi1≤i≤d は独
立な系をなしているとする。このとき、∀f ∈ L2 に対し確率積分M i
t (f) =
∫ t
0
fsdBis, t ≥ 0が定義され、⟨M i(f),M j(g)⟩t = 0, t ≥
0, i = jである。特に (i)と合わせれば
E
[∫ t
0
fsdBis
∫ t
0
gsdBjs
]= δijE
[∫ t
0
fsgsds
].
ただし、
δij =
1, i = j,
0, i = j.
12
2.3 伊藤の公式d次元確率過程Xt = (X i
t)1≤i≤dが与えられ、各成分は次の形であるとする。
X it = X i
0 +N∑k=1
∫ t
0
f ik(s)dB
ks + Ai
t, t ≥ 0. (2.7)
ここで、Bt = (Bkt )1≤k≤NはN次元 (Ft)-Brown運動で、1 ≤ ∀i ≤ d, 1 ≤
k ≤ N に対しX i0はF0-可測な確率変数、f i
k = (f ik(t))t≥0 ∈ L2であって、
Aitは (Ft)-適合な確率過程で、Ai
0 = 0かつ ∀ωについてAit(ω)は tの関数
として任意の有界区間上有界変動であるとする。
定理 2.17. ∀φ ∈ C2b (Rd)に対して
φ(Xt) = φ(X0) +d∑
i=1
N∑k=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(Xs)f
ik(s)dB
ks
+d∑
i=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(Xs)dA
is
+1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(Xs)f
ik(s)f
jk(s)ds, t ≥ 0, a.s. (2.8)
注意 2.18. (2.7)を
dX it =
N∑k=1
f ik(t)dB
kt + dAi
t
と書いて、確率微分表示とよぶことにする。このとき、
dφ(Xt) =d∑
i=1
∂φ
∂xi(Xt)dX
it
となるのが通常の微分に対する連鎖定理であるが、確率演算ではそうならず、形式的なTaylorの公式を 2次で打ち切った等式
dφ(Xt) =d∑
i=1
∂φ
∂xi(Xt)dX
it +
1
2
d∑i,j=1
∂2φ
∂xi∂xj(Xt)dX
itdX
jt (2.9)
において、次の規則を適応して、確率微分の積を計算することになる。
13
dBk
t dBk′t = δkk
′dt,
dBkt dA
it = 0,
dAitdA
jt = 0.
この規則を用いれば
dX itdX
jt =
(N∑k=1
f ik(t)dB
kt + dAi
t
)(N∑k=1
f jk′(t)dB
k′
t + dAjt
)
=N∑k=1
f ik(t)f
jk(t)dt
となる。よって、(2.9)は
dφ(Xt) =d∑
i=1
N∑k=1
∂φ
∂xi(Xt)f
ik(t)dB
kt +
d∑i=1
∂φ
∂xi(Xt)dA
it
+1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∂2φ
∂xi∂xj(Xt)f
ik(t)f
jk(t)dt
と変形される。これを積分形で書いたものが定理 2.17である。証明. step1定理を示すには t ∈ [0, T ], T > 0としてよい。まず、各 f i
k(t)
が階段過程の場合を考える。階段過程 f ik(t)を定める際に現れる時刻の
分点の集合 0 = t0 < t1 < · · · < tn = Tは i, kについて共通である
としてよい。φ(Xt)− φ(X0) =n∑
m=1
φ(Xtm∧t)− φ(Xtm−1∧t)であるから、
(2.8)を示すには s, tがあるm (1 ≤ m ≤ n)について tm−1 ≤ s < t ≤ tmであるとして
φ(Xt)− φ(Xs) =d∑
i=1
N∑k=1
∫ t
s
∂φ
∂xi(Xr)f
ik(r)dB
kr
+d∑
i=1
∫ t
s
∂φ
∂xi(Xr)dA
ir
+1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∫ t
s
∂2φ
∂xi∂xj(Xr)f
ik(r)f
jk(r)dr (2.10)
14
を示せば十分である。s, tはすべての f ik(t)について [tm−1, tm]内にあるか
ら、Fs-可測な有界確率変数 f ik(:= f i
k(tm−1))があって、X it は
X it = X i
0 +N∑k=1
n∑l=1
f ik(tl−1)(B
kti∧t −Bk
tl−1∧t) + Ait
= X i0 +
N∑k=1
(m−1∑l=1
f ik(tl−1)(B
ktl−Bk
tl−1) + f i
k(tm−1)(Bkt −Bk
tm−1)
)+ Ai
t
とかけるから、
X it = X i
s + f ik(B
kt −Bk
s ) + (Ait − Ai
s), 0 ≤ s < t ≤ T (2.11)
の形であるとして (2.10)を示せばよい。step2 ここと以下の step3では Einsteinの規約に従い、同じ添え字が上下に対になって現れるときには
∑は省略する。区間 [s, t]をn等分して
tl =t− s
nl + s, 0 ≤ l ≤ nとする。Taylorの定理より θ = θl(ω) ∈ (0, 1)
がとれて、
φ(Xt)− φ(Xs) =n∑
l=1
φ(Xtl)− φ(Xtl−1)
=n∑
l=1
∂φ
∂xi(Xtl−1
)(X itl−X i
tl−1)
+1
2
n∑l=1
∂2φ
∂xi∂xj(Yl)(X
itl−X i
tl−1)(Xj
tl−Xj
tl−1)
とできる。ただし、Yl := Xtl + θ(Xtl−1−Xtl)である。(2.11)を用いて上
の式を書き換えると、
φ(Xt)− φ(Xs) = I(1)n + I(2)n + I(3)n + I(4)n + I(5)n
となる。ただし、右辺の各項は次のように定義する。
15
I(1)n :=n∑
l=1
∂φ
∂xi(Xtl−1
)f ik(B
ktl−Bktl−1),
I(2)n :=n∑
l=1
∂φ
∂xi(Xtl−1
)(Aitl− Ai
tl−1),
I(3)n :=1
2
n∑l=1
∂2φ
∂xi∂xj(Yl)f
ik(B
ktl−Bk
tl−1)f j
k′(Bk′
tl−Bk′
tl−1),
I(4)n :=n∑
l=1
∂2φ
∂xi∂xj(Yl)f
ik(B
ktl−Bk
tl−1)(Aj
tl− Aj
tl−1),
I(5)n :=1
2
n∑l=1
∂2φ
∂xi∂xj(Yl)(A
itl− Ai
tl−1)(Aj
tl− Aj
tl−1).
step3 ここでは以下の収束を示す。
I(1)n → f ik
∫ t
s
∂φ
∂xi(Xr)dB
kr in L2, (2.12)
I(2)n →∫ t
s
∂φ
∂xi(Xr)dA
ir ∀ω ∈ Ω, (2.13)
I(3)n → 1
2
N∑k=1
f ikf
jk
∫ t
s
∂2φ
∂xi∂xj(Xr)dr in L2, (2.14)
I(4)n → 0 ∀ω ∈ Ω, (2.15)
I(5)n → 0 ∀ω ∈ Ω. (2.16)
これらが示されれば、必要ならば nの部分列 n′を適当にとって(2.12)-(2.16)は同時に a.s.-収束の意味で成立させることができるから、(2.10)が得られる。まず (2.12)の証明から始める。I(1)n は
I(1)n = f ik
∫ t
s
Φi,n(r)dBkr
と階段過程Φi,n(r)の確率積分として表される。ただし、
Φi,n(r) =n∑
l=1
∂φ
∂xi(Xtl−1
)1(tl−1,tl](r)
16
である。 ∂φ
∂xiは有界だから、ルベーグの優収束定理より∣∣∣∣∣∣∣∣ Φi,n(r)−
∂φ
∂xi(Xr)1(s,t](r)
∣∣∣∣∣∣∣∣L2
→ 0 (n→ ∞).
よって、I(1)n は∂φ
∂xi(Xt)の確率積分に L2-収束し (2.12)が示された。
次に (2.13)を示す。Ait(ω)はωを固定するごとに tについて有界変動関
数だから、I(2)n は Stieltjes積分の意味で収束し、(2.13)が得られる。次に (2.15)を示す。
|I(4)n | ≤n∑
l=1
∣∣∣∣ ∂2φ
∂xi∂xj(Yl)
∣∣∣∣ |f ik||Bk
tl−Bk
tl−1||Aj
tl− Aj
tl−1|
≤ supx∈Rd
∣∣∣∣ ∂2φ
∂xi∂xj(x)
∣∣∣∣ |f ik| max
1≤l≤n|Bk
tl−Bk
tl−1|
n∑l=1
|Ajtl− Aj
tl−1|
≤ supx∈Rd
∣∣∣∣ ∂2φ
∂xi∂xj(x)
∣∣∣∣ |f ik| max
1≤l≤n|Bk
tl−Bk
tl−1| sup
∆
n∑l=1
|Ajrl− Aj
rl−1|.
ただし、∆ = s = r0 < r1 < · · · < rn = tは [s, t]の有限分割全体を動くものとする。Bk
t は tについて連続だから、[s, t]上では一様連続である。よって、
max1≤l≤n
|Bktl−Bk
tl−1| → 0 (n→ ∞)
が成り立つことから (2.15)が示された。(2.16)は上の証明で max
1≤l≤n|Bk
tl−Bk
tl−1| → 0を
max1≤l≤n
|Aitl− Ai
tl−1| → 0
に置き換えるだけで示される。最後に (2.14)を示す。そのためには ∀ψ ∈ Cb(R)に対し、
I(3)n ≡ I(3),k,k′
n :=n∑
l=1
ψ(Yl)(Bktl−Bk
tl−1)(Bk′
tl−Bk′
tl−1)
とおくとき、I(3)n → δkk
′∫ t
s
ψ(Xr)dr in L2 (2.17)
17
を示せば十分である。そこで、k, k′は固定して
Zl := (Bktl−Bk
tl−1)(Bk′
tl−Bk′
tl−1)− (tl − tl−1)δ
kk′
とおく。このとき
E
I(3)n − δkk′
n∑l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1)
2 = E
n∑l=1
ψ(Yl)Zl
2 = J (1)
n + J (2)n
となる。ただし、
J (1)n :=
n∑l=1
E[ψ(Yl)2Z2
l ]
J (2)n := 2
∑1≤l1<l2≤n
E[ψ(Yl1)Zl1ψ(Yl2)Zl2 ]
である。ここで、E[Z2l ] = (1 + δkk
′)(tl − tl−1)
2より
0 ≤ J (1)n ≤
n∑l=1
E
[supx∈Rd
ψ(x)2Z2l
]= sup
x∈Rd
ψ(x)2 × (1 + δkk′)
n∑l=1
(tl − tl−1) → 0 (n→ ∞)
がわかる。さらに ψ(Yl1)Zl1ψ(Xl2−1)と Zl2 は独立で、E[Zl2 ] = 0よりE[ψ(Yl1)Zl1ψ(Xl2−1)Zl2 ] = 0である。したがって、J (2)
n は
J (2)n = 2
∑1≤l1<l2≤n
E[ψ(Yl1)Zl1ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)Zl2 ]
と書き換えられる。そこで、Schwarzの不等式を用い、Zl1 と Zl2 の独立性にも注意すれば、
|J (2)n | ≤ 2
∑1≤l1<l2≤n
E
[supx∈Rd
|ψ(x)||Zl1||ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)||Zl2|]
≤ 2 supx∈Rd
|ψ(x)|∑
1≤l1<l2≤n
√E[Z2
l1Z2
l2]√E[ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)2]
≤ 2 supx∈Rd
|ψ(x)|
√E
[max2≤l≤n
ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)2] ∑
1≤l1<l2≤n
(1 + δkk′)
(t− s
n
)2
≤ supx∈Rd
|ψ(x)| × (1 + δkk′)(t− s)2
√E
[max2≤l≤n
ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)2]
18
となる。max2≤l≤n
ψ(Yl2)− ψ(Xl2−1)2は n → ∞のとき 0に収束するから、有界収束定理により最後の項は 0に収束する。よって、
I(3)n − δkk′
n∑l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1) → 0 in L2
がいえる。n∑
l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1)は n→ ∞のとき∫ t
s
ψ(Xr)drに a.s.-収束するから、
ルベーグの優収束定理より、n∑
l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1) →∫ t
s
ψ(Xr) in L2.
よって、∣∣∣∣∣∣∣∣ I(3)n − δkk′∫ t
s
ψ(Xr)dr
∣∣∣∣∣∣∣∣L2
≤∣∣∣∣∣∣∣∣ I(3)n − δkk
′n∑
l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1)
∣∣∣∣∣∣∣∣L2
+
∣∣∣∣∣∣∣∣ δkk′ n∑l=1
ψ(Yl)(tl − tl−1)− δkk′∫ t
s
ψ(Xr)dr
∣∣∣∣∣∣∣∣L2
から (2.17)が示される。以上で各 f ikが階段過程の場合のときに定理は証
明された。step4 一般の f i
k = (f ik(t)) ∈ L2に対して定理を証明する。f i
kを近似する階段過程 f
i,(n)k をとり、f i,(n)
k を用いて得られる確率過程X i,(n)を
Xi,(n)t = X i
0 +N∑k=1
∫ t
0
fi,(n)k (s)dBk
s + Ait
で定めると、step3までに示したように等式
φ(X(n)t ) = φ(X
(n)0 ) +
d∑i=1
N∑k=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(X(n)
s )fi,(n)k (s)dBk
s
+d∑
i=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(X(n)
s )dAis
+1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(X(n)
s )fi,(n)k (s)f
j,(n)k (s)ds (2.18)
19
が成り立つ。両辺 n→ ∞とし、各項が対応する項に収束すれば、結論がいえる。 sup
0≤t≤T|X(n)
t −Xt| → 0 in L2より必要ならば部分列をとり
sup0≤t≤T
|X(n)t −Xt| → 0 a.s. (2.19)
としてよい。(2.19)より
∂φ
∂xi(X(n)
s ) → ∂φ
∂xi(Xs) a.s. (2.20)
となる。(2.18)の右辺の第2項の収束は不等式 (a+b)2 ≤ 2(a2+b2), a, b ∈ Rとルヘーグの優収束定理から、
E
[∫ t
0
∂φ
∂xi(X(n)
s )fi,(n)k (s)dBk
s −∫ t
0
∂φ
∂xi(Xs)f
ik(s)dB
ks
2]
≤ 2E
[∫ t
0
∂φ
∂xi(X(n)
s )(fi,(n)k (s)− f i
k(s))dBks
2]
+ 2E
[∫ t
0
(∂φ
∂xi(X(n)
s )− ∂φ
∂xi(Xs)
)f ik(s)dB
ks
2]
≤ 2 supx∈Rd
∣∣∣∣ ∂φ∂xi (x)∣∣∣∣2 ·||f i,(n)
k − f ik||2L2
T+
∣∣∣∣∣∣∣∣ ( ∂φ∂xi (X(n))− ∂φ
∂xi(X)
)f ik
∣∣∣∣∣∣∣∣2L2T
→ 0 (n→ ∞)
となることからわかる。
また (2.20)よりの右辺の第 3項がd∑
i=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(Xs)dA
isに a.s.に収束す
ることがいえる。∂2φ
∂xi∂xjは有界であるから、∣∣∣∣ ∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(X(n)
s )f i,(n)k (s)f
j,(n)k (s)− f i
k(s)fjk(s)ds
∣∣∣∣≤ C
∫ t
0
|f i,(n)k (s)f
j,(n)k (s)− f i
k(s)fjk(s)|ds→ 0 a.s. (2.21)
が成り立つ。ただしCは正の定数である。また (2.19)より
∂2φ
∂xi∂xj(X(n)
s )− ∂2φ
∂xi∂xj(Xs) → 0 a.s.
20
である。よって ∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(X(n)
s )f ik(s)f
jk(s)ds
→∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(Xs)f
ik(s)f
jk(s)ds a.s. (2.22)
となる。(2.21)と (2.22)より、(2.18)の右辺の第4項は 1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(Xs)f
ik(s)f
jk(s)ds
に a.s.に収束することがいえる。
21
3 確率微分方程式3.1 確率微分方程式[0,∞)×Rd上の実数値Borel可測関数αi
k(t, x), bi(t, x), 1 ≤ i ≤ d, 1 ≤
k ≤ Nがあり、これらを成分とする d×N行列値関数αとRd値関数 bを
α = α(t, x) := (αik(t, x))1≤i≤d, 1≤k≤N
b = b(t, x) := (bi(t, x))1≤i≤d
で定める。
定義 3.1. 確率空間 (Ω,F , P )と増加情報系 (Ft)t≥0があり、その上にN
次元 (Ft)-Brown運動 Bt = (Bkt )1≤k≤N が与えられたとする。このとき、
Xt = (X it)1≤i≤d ∈ Rdに対して確率微分で表わした方程式
dXt = α(t,Xt)dBt + b(t,Xt)dt. (3.1)
あるいは成分ごとに書いて
dX it =
N∑k=1
αik(t,Xt)dB
kt + bi(t,Xt)dt, 1 ≤ i ≤ d
を確率微分方程式という。αは拡散係数、bはドリフト係数とよばれる。
定義 3.2. X = (Xt)t≥0が、出発点 x ∈ Rdをもつ確率微分方程式 (3.1)の解であるとは、Xは (Ω,F , P )上で定義された (Ft)-適合かつ可測なRd-値連続確率過程で以下の条件を満たすときにいう。
(i) ∀i, kに対し
(αik(t,Xt))t≥0 ∈ L2, (bi(t,Xt))t≥0 ∈ L1
loc([0,∞)).
(ただし、第 2の主張は∫ T
0
|bi(t,Xt)|dt <∞, ∀T ≥ 0 a.s.を意味する。)
(ii) 等式
Xt = x+
∫ t
0
α(s,Xs)dBs +
∫ t
0
b(s,Xs)ds. (3.2)
あるいは成分ごとに書いて
X it = xi +
N∑k=1
∫ t
0
αik(s,Xs)dB
ks +
∫ t
0
bi(s,Xs)ds, 1 ≤ i ≤ d
22
が成り立つ。
d×N 行列 αに対し ||α||2 :=∑i,k
(αik)
2とおく。
定理 3.3. ∀T > 0に対しK = KT > 0が存在し、以下の条件を満たすとする。
(i) ∀t ∈ [0, T ], ∀x, y ∈ Rdに対し
||α(t, x)− α(t, y)||+ |b(t, x)− b(t, y)| ≤ K|x− y|. (3.3)
(ii) ||α(t, x)||+ |b(t, x)| ≤ K(1 + |x|) .
このとき (3.1)の解X = (X it)でX i ∈ L2, ∀iとなるものが存在し、解は
一意的である。
証明. ∀T > 0を固定し、区間 [0, T ]における解の存在と一意性を示せば十分である。step1 解の存在を示すためにPicardの逐次近似法を用いる。まず d次元確率過程の列X(n) = (X
(n)t )t∈[0,T ], n ∈ Nを n = 1のときはX
(1)t = xと
おき、X(n−1)t まで定まれば、X(n−2)
t , n ∈ 2を
X(n)t = x+
∫ t
0
α(s,X(n−1)s )dBs +
∫ t
0
b(s,X(n−1)s )ds (3.4)
で定める。しかし、(3.4)の右辺が数学的な意味を持つためにはαik(t,X
(n−1)t ) ∈ L2
T ,
bi(t,X(n−1)t ) ∈ L1([0, T ]) a.s.
でなければならない。ここで n ≥ 2に対し、
X(n−1) = (X(n−1)t )は (Ft)-適合, (3.5)
E
[sup
0≤t≤T|X(n−1)
t |2]<∞ (3.6)
を帰納法により示す。n = 2のときは、X(n−1)t = xにより、(3.5)と (3.6)
は成り立つ。(3.5)と (3.6)がX(n−1)t について成り立つと仮定すると、αi
k
23
はBorel可測であるから、(3.5)より αik(t,X
(n−1)t )はFt可測で、条件 (ii)
と (3.6)より
E
[∫ T
0
αik(t,X
(n−1)t )2dt
]≤ E
[∫ T
0
||α(t,X(n−1)t )||2dt
]≤ E
[∫ T
0
K(1 + |X(n−1)t |)2dt
]≤ K2E
[∫ T
0
(1 + 2 sup
0≤s≤T|X(n−1)
s |+ sup0≤s≤T
|X(n−1)s |2
)dt
]= K2E
[T
(1 + 2 sup
0≤s≤T|X(n−1)
s |+ sup0≤s≤T
|X(n−1)s |2
)]<∞
よって αik(t,X
(n−1)t ) ∈ L2
T で、また、∫ T
0
|bi(t,X(n−1)t )|dt ≤
∫ T
0
K(1 + |X(n−1)t |)dt
≤ K
∫ T
0
(1 + sup
0≤s≤T|X(n−1)
s |)dt
= KT
(1 + sup
0≤s≤T|X(n−1)
s |)<∞
から bi(t,X(n−1)t ) ∈ L1([0, T ]) a.s.
以上から、(3.5)と (3.6)を仮定すれば、(3.4)の式が成り立つことがわかるから、X(n)
t は (Ft)-可測であることがわかり、(3.5)はX(n)t について
成り立つ。あとは (3.6)がX(n)t について成り立つことを示せばよい。不
等式 (a+ b+ c) ≤ 3(a+ b+ c) a, b, c ∈ Rを用いると、
E
[sup
0≤t≤T|X(n)
t |2]= E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ x+ ∫ t
0
α(s,X(n−1)s )dBs +
∫ t
0
b(s,X(n−1)s )ds
∣∣∣∣2]
≤ 3|x|2 + 3E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ ∫ t
0
α(s,X(n−1)s )dBs
∣∣∣∣2]+ 3E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ ∫ t
0
b(s,X(n−1)s )ds
∣∣∣∣2]
となる。ここで、M it =
N∑k=1
∫ t
0
αik(s,X
(n−1)s )dBk
s とすれば、Doobの不等
24
式から
E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ ∫ t
0
α(s,X(n−1)s )dBs
∣∣∣∣2]= E
[sup
0≤t≤T(M1
t )2 + · · ·+ (Md
t )2]
≤ E
[sup
0≤t≤T(M1
t )2 + · · ·+ sup
0≤t≤T(Md
t )2
]≤ 4(E[(M1
t )2] + · · ·+ E[(Md
t )2])
(3.7)
さらに定理 2.16から E[(M it )
2] = E
[N∑k=1
∫ t
0
αik(s,X
(n−1)s )2ds
]となるの
で、
(3.7) ≤ 4E
[d∑
i=1
N∑k=1
∫ t
0
αik(s,X
(n−1)s )2ds
]≤ 4E
[∫ T
0
d∑i=1
N∑k=1
αik(s,X
(n−1)s )2ds
]
= 4E
[∫ T
0
||α(s,X(n−1)s )||2ds
].
さらに、Schwarzの不等式を用いると
E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ ∫ t
0
b(s,X(n−1)s )ds
∣∣∣∣2]≤ E
[sup
0≤t≤T
∫ t
0
|b(s,X(n−1)s )|ds
2]
≤ E
[∫ T
0
1 · |b(s,X(n−1)s )|ds
2]
≤ E
[(∫ T
0
12ds
)(∫ T
0
|b(s,X(n−1)s )|2ds
)]= TE
[∫ T
0
|b(s,X(n−1)s )|2ds
]となる。よって、
E
[sup
0≤t≤T|X(n)
t |2]≤ 3|x|2 + 12E
[∫ T
0
||α(s,X(n−1)s )||2ds
]+ 3TE
[∫ T
0
|b(s,X(n−1)s )|2ds
]<∞
であることがわかる。以上から、d次元確率過程の列X(n), n ∈ Nが順次定義されることがわかった。
25
step2 列X(n)が n → ∞のとき収束し、その極限が求める解であることを示す。∀n ≥ 3,∀t ∈ [0, T ]に対し、(3.3)より
E
[sup0≤r≤t
|X(n)r −X(n−1)
r |2]≤ 2E
[sup0≤r≤t
∣∣∣∣ ∫ r
0
α(s,X(n−1)s )− α(s,X(n−2)
s )dBs
∣∣∣∣2]
+ 2E
[sup0≤r≤t
∣∣∣∣ ∫ r
0
b(s,X(n−1)s )− b(s,X(n−2)
s )ds∣∣∣∣2]
≤ 8E
[∫ t
0
||α(s,X(n−1)s )− α(s,X(n−2)
s )||2ds]
+ 2tE
[∫ t
0
|b(s,X(n−1)s )− b(s,X(n−2)
s )|2ds]
≤ C1
∫ t
0
E[|X(n−1)s −X(n−2)
s |2]ds. (3.8)
ただし、C1 = (8 + 2T )K2である。この評価式を繰り返し用いると
(3.8) ≤ Cn−21
∫ t
0
∫ s
0
∫ s1
0
· · ·∫ sn−4
0
E
[sup
0≤t≤T|X(2)
t −X(1)t |2
]dsn−3 · · · ds1ds.
ここで、C2 := E
[sup
0≤t≤T|X(2)
t −X(1)t |2
]とおくと、C2 <∞より上の右辺
はCn−21 C2
tn−2
(n− 2)!となるので、
E
[sup0≤r≤t
|X(n)r −X(n−1)
r |2]≤ C2
(C1t)n−2
(n− 2)!(3.9)
がいえる。(3.9)で t = T ととり、Chebyshevの不等式を用いれば、
P
(sup
0≤t≤T|X(n)
t −X(n−1)t | ≥ (C1T )
n/4
(n!)n/4
)≤ C2
(C1T )n−2
(n− 2)!× (n!)1/2
(C1T )n/2
となる。∞∑n=2
(n!)1/2
(n− 2)!× (C1T )
(n−4)/2 <∞から、Borel-Cantelliの補題よ
り、
P
[∃n0 s.t. ∀n ≥ n0に対し sup
0≤t≤T|X(n)
t −X(n−1)t | < (C1T )
n/4
(n!)1/4
]= 1
26
が成り立つ。よって、n > mとして
sup0≤t≤T
|X(n)t −X
(m)t | ≤
n∑k=m+1
sup0≤t≤T
|X(k)t +X
(k−1)t |
≤n∑
k=m+1
1
(n!)1/4(C1T )
n/4 → 0 (n,m→ ∞)
となり、X(n)t は a.s.に [0, T ]上一様収束する。さらに
E
[sup
0≤t≤T|X(n)
t −X(m)t |2
]1/2≤ E
n∑k=m+1
sup0≤t≤T
|X(k)t −X
(k−1)t |
21/2
≤n∑
k=m+1
E
[sup
0≤t≤T|X(k)
t −X(k−1)t |2
]1/2
≤n∑
k=m+1
√C2
(C1T )k−2
(k − 2)!→ 0 (n,m→ ∞)
から、X(n)t はL2-Cauchy列であることもわかる。収束先をXtとすれば、
E
[sup
0≤t≤T|Xt|2
]<∞,
E
[sup
0≤t≤T|X(n)
t −Xt|2]→ 0 (n→ ∞)
が成り立つので、
E
[sup
0≤t≤T
∣∣∣∣ ∫ t
0
α(s,X(n)s )dBs −
∫ t
0
α(s,Xs)dBs
∣∣∣∣2]
≤ 4E
[∫ T
0
||α(s,X(n)s )− α(s,Xs)||2ds
]≤ 4K2E
[∫ T
0
|X(n)s −Xs|2ds
]≤ 4K2TE
[sup
0≤s≤T|X(n)
s −Xs|2]→ 0 (n→ ∞)
となる。よって、∫ t
0
αik(s,X
(n)s )dBk
s →∫ t
0
αik(s,Xs)dB
ks in L2.
27
また ∫ t
0
bi(s,X(n)s )ds→
∫ t
0
bi(s,Xs)ds a.s.
よって、(3.4)でn→ ∞として (3.2)が∀t ∈ [0, T ]に対し、a.s.に成立することがわかる。しかし両辺は tについて連続だから、P (∀t ∈ [0, T ]に対し、(3.2)が成立) =
1がいえ、Xtが求める解であることが示された。step3 最後に一意性を示す。Xt, X
′tがともに (3.1)の解であるとする。
τl := inft ≥ 0 ; |Xt| ∨ |X ′t| ≥ l (inf ∅ = ∞), l ∈ N
とする。τ がMarkov時刻のとき、
E
[∣∣∣∣ ∫ t∧τ
0
fsdBks
∣∣∣∣2]= E
[∫ t∧τ
0
f 2s ds
]= E
[∫ t
0
f 2s 1[0,τ ]ds
]≤ E
[∫ t
0
f 2s∧τds
]であることを用いると、
E[|Xt∧τl −X ′t∧τl |
2] ≤ C1E
[∫ t∧τl
0
|Xs −X ′s|2ds
]≤ C1E
[∫ t
0
|Xs∧τl −X ′s∧τl |
2ds
]≤ C1
∫ t
0
E[|Xs∧τl −X ′s∧τl |
2]ds, t ∈ [0, T ]
がいえる。後述する補題 3.4より、
E[|Xt∧τl −X ′t∧τl |
2] = 0, t ∈ [0, T ].
よって、P (Xt∧τl = X ′t∧τl) = 1, t ∈ [0, T ]がわかる。Xt, X
′tの連続性か
ら、 liml→∞
τl = ∞となるから、解の一意性が示された。
補題 3.4. 連続関数 φt, t ∈ [0, T ]が
0 ≤ φt ≤ C1 + C2
∫ t
0
φsds, t ∈ [0, T ], C1, C2 ≥ 0.
を満たすならば、φt ≤ C1eC2t, t ∈ [0, T ]である。
28
定義 3.5. 適当な確率空間 (Ω,F , P )、増加情報系 (Ft)t≥0 と、その上の(Ft)-Brown運動B = (Bt)t≥0をみつけて、(3.1)あるいは (3.2)を満たすようにX = (Xt)t≥0を作ることができれば、それを弱解という。弱解が一意とは、Xの (W d,B(W d))上の分布が一意的に定まるときにいう。
ここで、確率微分方程式 (3.1)が弱解をもつとする。このときφ = φ(x) ∈C2
b (Rd)に対し伊藤の公式を用いると、
φ(Xt) = φ(X0) +d∑
i=1
N∑k=1
∫ t
0
∂φ
∂xi(Xs)α
ik(s,Xs)dB
ks
+d∑
i=1
∫ t
0
∂φ
∂xibi(s,Xs)ds
+1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
∫ t
0
∂2φ
∂xi∂xj(Xs)α
ik(s,Xs)α
jk(s,Xs)ds
= φ(X0) +d∑
i=1
N∑k=1
∫ t
0
αik(s,Xs)
∂φ
∂xi(Xs)dB
ks
+
∫ t
0
(d∑
i=1
bi(s,Xs)∂φ
∂xi(Xs) +
1
2
d∑i,j=1
N∑k=1
αik(s,Xs)α
jk(s,Xs)
∂2φ
∂xi∂xj(Xs)
)ds.
これを微分表記すると、
dφ(Xt) =d∑
i=1
N∑k=1
αik(t,Xt)
∂φ
∂xi(Xt)dB
kt +Atφ(Xt)dt.
ただし、
Atφ(x) :=1
2
d∑i,j=1
aij(t, x)∂2φ
∂xi∂xj(x) +
d∑i=1
bi(t, x)∂φ
∂xi(x)
で、a(t, x) = (aij(t, x))1≤i,j≤d := α(t, x)tα(t, x)
は成分
aij :=N∑k=1
αik(t, x)α
jk(t, x)
29
をもつ非負対称行列である。確率積分の項は (Ft)-マルチンゲールだから、
φ(Xt)− φ(X0)−∫ t
0
Asφ(Xs)ds
は (Ft)-マルチンゲールになることがわかった。特に時間的に一様な場合、つまり係数α, bが tによらないときA := At
も tによらず、
Aφ(x) := 1
2
d∑i,j=1
aij(x)∂2φ
∂xi∂xj(x) +
d∑i=1
bi(x)∂φ
∂xi(x)
と与えられる。
定義 3.6. (W d,B(W d))上の確率測度 P が出発点 x ∈ RをもつA-マルチンゲール問題の解とは以下の条件を満たすときにいう。
(i) P (w0 = x) = 1.
(ii) ∀φ ∈ C2b (Rd)に対し、
Mt(φ) =Mt(w,φ) := φ(wt)− φ(w0)−∫ t
0
Aφ(ws)ds
が P について (B(W d)t)-マルチンゲールである。ただし、wt, t ≥ 0
はw ∈ W dの t時での値 (つまり標準座標関数)を表し、B(W d)t :=
∩s>tσ(wr; r ≤ s)とする。
∀x ∈ Rdに対し、A-マルチンゲールの解が一意的に存在するとき、適切という。
3.2 Feynman-Kacの公式係数 α, bは時間的に一様で x ∈ Rdについて連続とする。確率微分方程
式 (3.1)は ∀x ∈ Rdから出発する一意的な弱解X = (Xt)t≥0をもつとする。その分布は Px、平均はExとかく。初期値 f ∈ Cb(Rd)と関数 V, g ∈ Cb(Rd)が与えられているとする。さ
らに係数 α, bは定理 3.3の条件 (ii)を満たすとする。
30
定理 3.7. u = u(t, x) ∈ C1,2((0,∞) × Rd) ∩ C([0,∞) × Rd)が Cauchy
問題∂u
∂t= Au+ V u+ g, t > 0, x ∈ Rd (3.10)
u(0, x) = f(x), x ∈ Rd (3.11)
の解で、さらに ∀T > 0に対し ∃C = CT , p = pT > 0が存在し、
|u(t, x)| ≤ C(1 + |x|p), t ∈ [0, T ], x ∈ Rd (3.12)
を満たすなら
u(t, x) = Ex
[f(Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
+
∫ t
0
g(Xs) exp
∫ s
0
V (Xr)dr
ds
]と表示できる。この表示式を Feynman-Kacの公式という。
証明のために補題を準備する。
補題 3.8. 解Xtは ∀p > 1, T > 0に対し、
Ex
[sup
0≤t≤T|Xt|p
]<∞, x ∈ Rd
を満たす。
定理の証明. T > 0を固定して、
Mt := u(T−t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
+
∫ t
0
g(Xs) exp
∫ s
0
V (Xr)
ds, t ∈ [0, T ]
とおく。ここで、 X0
t := T − t,
Xd+1t :=
∫ t
0
V (Xs)ds,
Xt := (X0t , X
1t , · · · , Xd
t , Xd+1t )
31
とし、φ(x0, x1, · · · , xd, xd+1) = u(x0, x1, · · · , xd) exp(xd+1)として伊藤の公式を用いると、
dφ(Xt) =d+1∑i=0
∂φ
∂xi(Xt)dX
it +
1
2
d+1∑i,j=0
∂2φ
∂xi∂xj(Xt)dX
itdX
jt
=d+1∑i=0
∂φ
∂xi(Xt)dX
it +
1
2
d∑i,j=1
∂2φ
∂xi∂xj(Xt)dX
itdX
jt
=∂u
∂t(T − t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
(−dt)
+d∑
i=1
∂u
∂xi(T − t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
( N∑k=1
αik(Xt)dB
kt + bi(Xt)dt
)
+ u(T − t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
V (Xt)dt
+1
2
d∑i,j=1
∂2u
∂xi∂xj(T − t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
( N∑k=1
αik(Xt)α
jk(Xt)dt
)
=d∑
i=1
∂u
∂xi(T − t,Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
( N∑k=1
αik(Xt)dB
kt
)
+
(−∂u∂t
(T − t,Xt) +Au(T − t,Xt) + V (Xt)u(T − t,Xt)
)exp
∫ t
0
V (Xs)ds
dt.
ここで、(3.10)から dtの項を計算すると−g(Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
とな
るので、
dMt =d∑
i=1
N∑k=1
∂u
∂xi(T − t,Xt)α
ik(Xt) exp
∫ t
0
V (Xs)ds
dBk
t
となる。σn := inft > 0 ; |Xt| > nとすると、(Mt)t∈[0,T ]はマルチンゲールだから、
Ex[M0] = Ex[MT∧σn ] (3.13)
がいえる。(左辺)=Ex[u(T, x)] = u(T, x)で、(3.12)から、Kを正の定数
32
とすると、
|MT∧σn| ≤∣∣∣∣ u(T − T ∧ σn, XT∧σn)
∣∣∣∣∣∣∣∣ exp∫ T∧σn
0
V (Xs)ds
∣∣∣∣+
∣∣∣∣ ∫ T∧σn
0
g(Xs) exp
∫ s
0
V (Xr)dr
ds
∣∣∣∣ ≤ C(1 + |XT∧σn|p)
∣∣∣∣ exp∫ T
0
Kds
∣∣∣∣ + ∣∣∣∣ ∫ T
0
K · exp∫ T
0
Kdr
ds
∣∣∣∣≤ C
(1 + sup
0≤t≤T|Xt|p
)| exp(KT )|+ |KT exp(KT )|
で、補題 3.8から |MT∧σn|の可積分性も保証されるので、(MT∧σn)は nについて一様可積分である。よって、ルベーグの優収束定理から (3.13)の両辺 n→ ∞とすれば、(3.11)とあわせて結論を得る。
33
4 Grushin作用素Grushin作用素とは、R2上の次で与えられる作用素である。
L =1
2
(∂
∂x
)2
+ x2(∂
∂y
)2. (4.1)
ただし、R2上の標準座標を (x, y)と表す。対応する熱方程式は
∂u
∂t= Lu (4.2)
である。熱核 (熱方程式の基本解)p(t, (x, y), (z, v)) ((x, y), (z, v) ∈ R2)とは、f ∈ Cb(R2)に対し、
u(t, (x, y)) =
∫R2
f(z, v)p(t, (x, y), (z, v))dzdv
とおけば、この u(t, (x, y))が初期条件 u(0, ·) = f を満たす熱方程式 (4.2)
の解となるような滑らかな関数のことをいう。ここでは、確率微分方程式を用いて、Grushin作用素に付随する熱核の具体形を与え、さらにその漸近挙動について調べる。具体形の計算については、[2,3]にあるディラック測度のフーリエ変換とは違う、条件付き期待値を利用する方法を用いる。確率空間 (Ω,F , P )と増加情報系 (Ft)t≥0があり、その上に 2次元 (Ft)-
Brown運動Bt = (Bkt )1≤k≤2が与えられている。
α((x, y)) =
(1 0
0 x
)
とおく。X(x,y)t = (X
(x,y),kt )1≤k≤2を確率微分方程式
dXt = α(Xt)dBt, X0 = (x, y)
の解とする。
α((x, y))tα((x, y)) =
(1 0
0 x2
)となるから、Feynman-Kacの公式により、
u(t, (x, y)) = E[f(X(x,y)t )]
は熱方程式 (4.2)の初期条件 u(0, ·) = f を満たす解となる。この表示を用いて、次のような熱核の表示を得る。
34
定理 4.1. (x, y), (z, v) ∈ R2とし、
p(t, (x, y), (z, v))
=1
√2πt
3
∫R
√ξ
sinh ξexp
([√−1ξ(v − y)− 1
2
ξ
sinh ξ(x2 + z2) cosh ξ − 2xz
]/t
)dξ
(4.3)
とおく。このとき p(t, (x, y), (z, v))は熱方程式 ∂u
∂t= Luの熱核である。
証明のために補題を準備する。
補題 4.2. 連続関数ϕ : [0,∞) → Rに対し、∫ t
0ϕ(s)dB2
s ∼ N(0,∫ t
0ϕ(s)2ds)
である。
証明. ϕn(t) = ϕ([2nt]/2n)とおく。このとき、
∫ t
0
ϕn(s)dB2s =
[2nt]∑i=0
ϕ(i/2n)B2t∧(i+1)/2n −B2
t∧i/2n
となる。よって∫ t
0ϕn(s)dB
2s ∼ N(0,
∫ t
0ϕn(s)
2ds)である。n→ ∞として主張を得る。
定理の証明. 直接計算により、
X(x,y)t =
(x+B1
t , y +
∫ t
0
(x+B1s )dB
2s
)となる。条件付き期待値の定義により
E[f(X(x,y)t )] =
∫RE[f(X
(x.y)t )|x+B1
t = z]1√2πt
e−(x−z)2/2tdz (4.4)
となる。ただし、E[·|x+B1t = z]は条件 x+B1
t = zのもとでの条件付き期待値を表す。
35
F1をB1t (t ≥ 0)が生成するσ-加法族とする。F1と第 2成分B2
t (t ≥ 0)
は独立であるから、補題 4.2とあわせて
E[f(X(x,y)t )|F1] = E
[f
(a, y +
∫ t
0
ϕ(s)dB2s
)] ∣∣∣∣(a=x+B1
t ,ϕ=B2•)
=
∫Rf(x+B1
t , v)1√2πhxt
exp
(−(v − y)2
2hxt
)dv
となる。ただし、hxt =
∫ t
0
(x+B1s )
2ds
である。これを (4.4)に代入すれば
E[f(X(x,y)t )]
=
∫R2
f(z, v)E
[1√2πhxt
exp
(−(v − y)2
2hxt
) ∣∣∣∣ x+B1t = z
]1√2πt
exp
(−(x− z)2
2t
)dvdz
(4.5)
となる。等式 ∫Re−
√−1λu 1√
2πae−u2/2adu = e−aλ2/2,
により、1√2πa
e−u2/2a =1
2π
∫Re√−1λue−aλ2/2dλ
となるから、(4.5)とあわせて
E[f(X(x,y)t )]
=
∫R3
f(z, v)1
2πe√−1λ(v−y)E[e−λ2hxt /2|x+B1
t = z]1√2πt
e−(x−z)2/2tdλdvdz
(4.6)
を得る。[4,Theorem 5.8.2,p268]により、
E[e−λ2hxt /2|x+B1t = z]× 1√
2πte−(x−z)2/2t
=1√2πt
√λt
sinh(λt)exp
(−λ2coth(λt)x2 − 2xz sech(λt) + z2
)
=1√2πt
√λt
sinh(λt)exp
(− 1
2t
λt
sinh(λt)(x2 + z2) cosh(λt)− 2xz
)
36
となる。これより∫R
1
2πe√−1λ(v−y) 1√
2πt
√λt
sinh(λt)exp
(− 1
2t
λt
sinh(λt)(x2 + z2) cosh(λt)− 2xz
)dλ
=1
√2πt
3
∫Re√−1ξ(v−y)/t
√ξ
sinh ξexp
(−1
2
ξ/t
sinh ξ(x2 + z2) cosh ξ − 2xz
)dξ (ξ = λt)
=1
√2πt
3
∫R
√ξ
sinh ξexp
([√−1ξ(v − y)− 1
2
ξ
sinh ξ(x2 + z2) cosh ξ − 2xz
]/t
)dξ
である。(4.6)とあわせて、p(t, (x, y), (z, v))がX(x,y)t の密度関数となるこ
とがわかり、したがってLに対する熱核であるといえる。
V1 =∂
∂x, V2 = x
∂
∂y
とおく。V1, V2のリー括弧積は
[V1, V2] = V1V2 − V2V1 =∂
∂y
となるから、
V(x, y) = aV1(x, y) + bV2(x, y) | a, b ∈ R,
W(x, y) = aV1(x, y) + bV2(x, y) + c[V1, V2](x, y) | a, b, c,∈ R
とおけば、
dimV(x, y) =
1, (x = 0)
2, (x = 0), dimW(x, y) = 2
となる。この x = 0による次元の変動の様子が p(t, (x, y), (x, y))の t→ 0
における挙動に以下に見るように反映する。等式
cosh ξ − 1 = 4 sinh2(ξ/2), sinh ξ = 2 sinh(ξ/2) cosh(ξ/2),
と上の定理により、
p(t, (x, y), (x, y)) =1
√2πt
3
∫R
√ξ
sinh ξexp
(−(ξ/2) tanh(ξ/2)
2tx2)dξ
37
となる。これより、(0, y)においては
p(t, (0, y), (0, y)) =1
√2πt
3
∫R
√ξ
sinh ξdξ
である。すなわち、t → 0のとき、p(t, (0, y), (0, y))は 1/√t3のオーダー
で発散する。次にx = 0とする。g(ξ) = ξ tanh ξ, ξ ∈ Rとすると、g′(ξ) = 4ξ + e2ξ − e−2ξ
(eξ + eξ)2
となり、g(ξ)は ξ = 0で最小値をとる。さらに g(ξ) = ξ2 + O(ξ4), (ξ ↓ 0)
となる。したがってラプラスの方法により、∫R
√ξ
sinh ξexp
(−(ξ/2) tanh(ξ/2)
2tx2)dξ
∼
√ξ
sinh ξ
∣∣∣∣ξ=0
×∫Rexp
(−x
2ξ2
8t
)dξ = 1×
√2π
4t
x2(t→ 0)
となる。ただし、“g(t) ∼ h(t) (t → 0)”は、limt→0 g(t)/h(t) = 1が成り立つことをいう。したがって、x = 0のときは、(x, y)において
p(t, (x, y), (x, y)) ∼ 1
π|x|t(t→ 0)
となる。すなわち、t → 0のとき、p(t, (x, y), (x, y))は 1/tのオーダーで発散する。
38
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Acad. Sinica(New Series) 4 (2009),119-188
[3] O. Calin, D-C Chang, K. Furutani, C. Iwasaki, Heat kernels for
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[4] H. Matsumoto and S. Taniguchi, Stochastic Analysis − Ito and
Malliavin Calculus in tandem, Cambridge Univ. Press, Cambridge,
2016.
39